「ふん、流れの……しかも首輪つきか。あっちの集いで最もマシだったのが貴様か」
対戦相手らしきネコが、こちらに聴こえるような大きさでそう呟く。
仲間達は少し怪訝な顔をしていたが、俺は歯牙にもかけない。
どうせ戦いとなれば、牙は存分に使うことになる。
「代表者、前へ」
俺は恐れも淀みもなく、いつも歩くように前に進んだ。
けれど今この瞬間、俺は何よりも身軽なように思えた。
「逃げるなら今のうちだぞ?」
そしてほぼ同時のタイミングで、お互いに睨み合う。
この時点で、既に戦いは始まっていた。
開始の号令など存在しない。
「すぐには逃げてくれるなよ?」
目を合わせただけで、すごい威圧感だ。
ケンカ慣れしていない俺は、この時点で目を逸らしたくてたまらない。
俺より少しでかいくらいだと思っていたが、至近距離で見ると予想以上だ。
覆われた剛毛が際立っており、実際以上に大きく見える。
こんなことなら、俺も数日前のブラッシングは拒否しておくべきだったか。
普段の俺なら、この時点で面倒くさくなって退散していただろう。
だが、その程度の有利不利は想定の範囲内。
こんなことで悄気てはいられない。
「ほう、嫌々やらされたと思ったが……最低限の根性はあるようだな」
いよいよ、というところまで近づいた。
それは同時に、互いの前足が届く距離であることを意味していた。
「シャーッ」
相手は鋭い牙を見せると、まるで蛇のような声を発した。
一度、蛇と対峙したことがあるけれど、迫力はこっちのほうが上かもしれない。
体が縮み上がりそうだが、ここで怯んだら負けだ。
目も逸らしちゃいけない。
むしろ俺も顔を近づけて、威嚇してやるんだ。
「フーッ!」
少しでも自分の体が大きく見えるように立つと、俺は全力で音を発した。
傍から見てどうだったかは知らないが、気持ちでは負けていないつもりだ。
そして少なくとも、相手にはその気概が十分すぎるほどに伝わったらしい。
「……そうこなっくちゃな!」
相手がそう言った瞬間、俺の視界がグラりと揺れるのを感じた。
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