「そういえば酒で思い出したが、マスダたちの家では今年“アレ”は出てくるのか?」
「“アレ”ってなんだよ?」
「この時期に“アレ”といえば、“アレ”しかないだろ。ほら、あの白いやつ……」
ウサクが周りを執拗に伺いながら、小声で意味深なことを言ってくる。
妙に怪しい雰囲気を漂わせており要領を得ない言い回しだが、俺は何となく察しがついた。
「餅のこと言ってるのか?」
「おい、公共の場で口にするな!」
どうやら正解だったらしいが、ウサクの慌てぶりは過剰だ。
まあ、慎重になるのも分からなくはない。
餅は他の二つと違って健康被害はなく、粘性の高い特別な米を加工したシンプルな食品だ。
しかし、その性質ゆえ喉に詰まりやすく、一定の年齢でなければ食べることができない。
認可された専門店以外での販売は禁じられており、飲食店で提供する際は異物除去機器の設置が義務付けられている。
それでも一時期は禁止にまでなった代物らしいし、それが食えるだけ俺達は良い時代に生まれたといえる。
「ウサクのところはどうなんだ?」
「また税率が上がっただろう。今年から我が家の食卓も普通の米を使った偽者だ」
しかし高額かつ希少なので、おいそれと手を出せる代物ではない。
「脱法餅も味は大分近くなったけど、食感が全然ダメなんだよなあ」
再現しすぎると条例に引っかかるからだろうけど、あれじゃあ餅を食ってる感じがしない。
「だったら初詣のあとに、また俺の家に集まろうぜ」
「爺ちゃんが大量に送ってくれたんだよ。手に入ったのはいいけど食べられなくなったらしくて、俺達で楽しめってさ」
「そうか……今年から年齢制限が更に厳しくなったのか。気の毒にな」
仕方ないだろう。
逆に弟はというと、今年から餅を食えるようになったので大喜びである。
「じいちゃんの分まで、俺が食ってやるさ!」
まあ、弟は以前からこっそり食っていたのを俺は知っているが。
それにしても意外だったのは、ウサクが大の餅好きだったということだ。
「ウサク、お前的に餅ってアリなのか」
「逆に聞きたいが、我がなぜ餅をナシだと考える?」
出来が酷いうえに内容がクサいし、俺も半ば無理やり出演させられたので嫌でも覚えている。
「貴様、麻薬と餅が同じだと思っているのか。餅には中毒成分も有害物質もないぞ」
「だが、政治的にはどちらも似たような扱いだろう」
「それは大した理屈じゃない。政治的背景から見れば、モノの是非なんて極めて流動的だ。大事なのは、それらを選別するための知識と、各人の確固たる意志だろう!」
とどのつまり“自分が問題だと思っていないから問題ではない”ってことらしい。
都合よく持論を展開してまで、ウサクは餅を食べたいようだ。
客観的に考えて、そこまでして食べたいと思えるほど美味いものじゃないと思うが、人の欲求というものは制限下でこそ高まるのだろう。
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