はてなキーワード: 散策とは
憎悪が隅々まで浸透してほしい弱者男性としてはとても望ましい世界が実現していっているとひしひしと感じます。
どちらも私の大好物です。
なぜなら彼らは、お互いを強烈に、心の底から憎みあい、蔑みあい、貶しあい、否定しあうからです。
マスク警察の常軌を逸した秩序押し付け行為が生み出すヘイトは目立ちやすくてとても手軽に味わえるヘイトですが、
コロナは風邪派の鼻出しマスクや大声会食等の迂闊な言動が生み出すヘイトも、添加物のない自然な味わいがあります。
そこへオリンピックをちっとも諦めようとしない日本政府・・・・。
ここから生み出されるヘイトの交響曲の、なんと聴き心地の良いことか。
あなたも私と一緒に味わってみませんか?
はてなーの皆さんはボクのように繁華街に出てウィンドウショッピングするのもコロナ禍で躊躇われることに嫌気が差していて「暇すぎてたまらん」と感じないのかも知れないけど、ボクはマジで暇である。
休みの日に1日2日程度は出歩かないなんてのは丁度よい休みだななんて思うけれども、こうも毎週毎月のように出歩けないのはストレス発散の場が無いので精神が擦り切れる。
あー暇だなぁと日々考えていたら、ふと思い付いた。
「この辺りに住んで長いけどそう言えば行ったことのない路地とかあったよな」と。
しかし、近所の行ったことのないところへ行って「ハイ終わり」ってのも難だな、そうだアレだ「OpenStreetMapへ現地の情報を反映しよう」と思い立ったのだった。
暇を潰せる上に、密にならないし、コロナ禍で無駄に溜め込んだカロリーを消費しつつ、しかも社会貢献できる。これ以上無い暇つぶしなんじゃなかろうか。
ここまで当たり前のようにOpenStreetMapや略称のOSMと書いてきたけれどご存じない人々へ厳密な正確性を無視して小難しくなく説明するのであれば、地図という独占されがちな情報をフェアユースしようという試みでボランティアの協力によって維持されているオンライン地図サービスのことだ。
例えば有名なオンライン地図サービスには Google MapやYahoo!地図などがあるけれども、これは営利企業によって運営されているので特に経済的価値の高い情報は有料機能として提供されていたり、採算が取りにくい機能は省かれてしまっているし、いつサービスが終了してしまうかもわからない。
OpenStreetMapはそんな現状を良しとせずに地図情報は人類の共有財産だとしてボランティアが反映する情報を無償で公開している。
OSMの地図情報は無償であるが、もちろんOSMだって地図サービスを提供するサーバーを維持しなければならないので寄付を歓迎している。
OSMが配信してくれる地図情報は多岐にわたる。
まぁその情報の元はOSMが定めた仕様に則ってボランティアが情報を反映してくれているのだが、多くの人は「OpenStreetMapってGoogle Mapの代替なんでしょ?」程度にしか考えていないので「お店の名前とか公共交通機関の時刻表とか施設のフロアマップとかでしょ?」が想像できる限界だろう。
もちろんOSMはそれらの情報に対応しているけれども、Google Mapには実装されてない興味深い地図情報もあるので紹介しよう。
OSMにはその道には街灯が存在するか否かという情報がある。
これはおそらく夜間犯罪数や率の高い地域で需要がある機能なのだろうけれども、日本でも女性が夜道に危険を感じたりするらしいので有益な情報と言えるだろう。
OSMには道の材質に関する情報がある。
アスファルトなのかコンクリートなのかタイルなのか?や、未舗装であるのならば砂利なのか砂なのか土なのか?のように様々な材質を道路情報へ反映できる。
特にバイク乗りや自転車乗りに取っては非常に嬉しい情報だろう。
ついでに言えば自転車レーンに関しても明示的に歩行者と共有、明示的にバスと共有、明示的に自転車専用、明示的に自転車専用でかつ両進行、明示的に自転車専用でかつ一方通行などの情報も反映できる。
書いているボクもなぜこんな仕様が存在するか理解が出来ないけれど踏切遮断器の形状反映できる。
どういうことかと言えば、踏切遮断器が存在しない、踏切遮断器駆動装置が1つでかつ1つの遮断棒で両道遮断、踏切遮断器駆動装置が1つでかつ1つの遮断棒で片道遮断、踏切遮断器駆動装置が2つでかつ2つの遮断棒で片道ずつ遮断ということだ(ボク自身この書き方でわかりやすいとは思ってない)。
何に使うんだろうか?自動運転?
OSMはバス停に屋根や椅子があるかどうかの情報を反映できる。
これは地味に便利だ。ボクは社会人になってバス利用の頻度は減ったものの学生のときバス停でよくずぶ濡れになってバスを待ったものだ。
色々話題になった車いすのアクセシビリティだけどOSMには車いすアクセシビリティに関する情報を反映できる。
舐めちゃいけないのが町中には1段2段程度しか無い階段が存在することがあるのは皆さんご存知だろう。
OSMはその小さな階段にすらスロープがあるかないかの情報を反映できるのだ。
あの話題には色々皆さん意見はあるかと思うが、ちょっとした階段であれ詳細が分かれば車いすユーザーは助かるはずなのだ。
これも需要がよくわからんが建物の屋根が三角屋根なのか平坦なのか円弧なのかなどの情報を反映できる。
雪国あたりの需要だろうか?
言うまでもなく自動車ドライバーに助かる情報。
特に大型自動車ドライバーは物凄く助かるだろう。
ボク自身、OSMの地図情報の仕様をすべて知っているわけでないが「こんな細かな情報まであるの!?」と驚くほど詳細に充実している。
こういうのを近所を散策しながら反映していくのだ。
ここまで読んだ人の中で一部の人は「そんな細かな情報をいちいち反映なんかしてられないだろ!」と思うであろう。
実際にボクもそう思っていた。
StreetConpleteに出会うまでは。
StreetCompleteはスマートデバイス向けアプリで、OpenStreetMapへの情報反映を省力化してくれるアプリだ。
極力テキスト入力をさせないという設計になっており、地図上に表示されるアイコンをタップしていくだけでOSMへ情報を反映できる(住所や電話番号など一部ではテキスト入力が必要)。
アプリ自体の見た目デザインもモダンでオシャレ、ただ歩いているだけでココの情報が不足しているとアイコンで教えてくれて、ユーザーはただ指示通りに現地と比較しながらタップしていくだけ。
しかも、ゲームでは定番の進捗バッヂ機能もあり「車いすユーザーのための情報を〇〇件反映しました」的に確認できてしまうのだ!
更には自分が今まで反映した情報種別の比率を視覚的に示し、自身の得意分野を比率から知ることも出来る。もっとも編集している国は日本、得意分野は街灯などと自分の得意分野の判別ができる。そしてこの画面も面白い!
ただStreetConpleteには最大の欠点がある。
提供されているのはAndroidアプリのみでiOS/iPadOSアプリは存在しないんだなぁ・・・。
オープンソース系プロジェクトじゃAndroidアプリオンリーってありがちなのよね。
さていろいろ書いたけど、ボクがOpenStreetMapへの情報反映数は7,800件超。単なる暇つぶしがここまで膨れ上がった。
このエントリを読んだ皆さんもどうかな?
旅館に2泊ってしたことないんだよね、同じところでさ。でも2泊したっていいよね。
山奥の温泉とかで、温泉街とまではいかなくともちょっとした集落になっているようなところでさ。
初日はとりあえず17時とかまでに到着して、お風呂のち食事。お酒頼んじゃったりしてさ。普段あんま飲まない日本酒とか頼んじゃったりして。多少強い酒でも旅館だからそのまま寝られるしいいよねって。
でもほら、旅館の食事って18時とかからだったりするから、結構夜は暇だったりしてさ。
テレビでも見ながらぼんやり過ごしたら、ちょっと腹ごなしもかねて外を歩いてみたりしてさ。
星が見えても見えなくてもいいから適当になんか散策できる天気ならそれで良いいよね。
それで寝る前にもう一回露天風呂とか行って、それでまた部屋でぼんやりしてから就寝だよね。
1泊ならそれで翌日帰るわけだけれど、2泊なら1日暇な時間が丸々あるよね。
普通ならそういう時、登山に出掛けたりハイキングに出かけたりするんだろうけれど、そういう「頑張る」やつは極力控えめにしてさ。なんかちょっとした地元の温泉神社とか行って見たり、川に降りて行って見たり、小さな資料館に顔出してみたりさ、そういうのでいいよ。ああでも、外湯とかがあるとそれはそれで嬉しいな。お昼ご飯の時間だけ考えて、あとはもう適当に過ごすのがいいよね。
行きたいところは多少ピックアップしておくけれど、別に行けなくてもいい。それくらいの気持ちで、ゆっくり歩く。
近所に道の駅みたいな場所があればそこでコーヒーでも飲んでもいいし、そういうところがないなら宿に戻ってお茶を飲んだりしてもいいよね。地元のお菓子なんか買ってみたりしてさ。自由だよ自由。本当に自由。
夕方になったら部屋に引っ込んで、眠くなったらちょっとお昼寝したり。眠気覚ましに温泉に行ってもいいよ。
そしたらもうほら、また夕ご飯だよね。2連泊だとちょっとメニューが変わっていたりして、そういうのもいいよね。お酒もちょっと変えてみたりね。
翌朝の朝ごはんもしっかり食べてさ。旅館の朝ごはんってのは美味いよなあ。前の日に食べたエビの頭とかが入った味噌汁とかそういうのも憎いね。2泊目だから飽きているかと思いきやそんなことはなく、お代わりしちゃったりしてさ。卵かけご飯とか久しぶりに食べるよ、ってなったりしてさ。近所の生みたて卵だったりするんだよな。あとは烏骨鶏の卵だとかさ。
もうなんて言うか、普通でいいんだけれど、普通の贅沢がしたいんだよね。3万とか出したら2泊でこんな旅館に泊まれるかなあ。行きたいな。
ストレスが原因だったので、身体の方は休んだら良くなったけど、会社に行く気を失くしてしまった。どうしたらモチベーションを取り戻せるか考えても答えが出ない。
元々何をモチベーションにしていたか考えると、承認欲求、恋愛、ライブ・イベントだったと思う。
でも仕事は年々しんどくなり、最近はノルマ達成のために、承認どころか周りに迷惑をかける日々。
恋愛も同世代の異性はもう皆いなくなって、周囲は一回り以上も年上の人のみ。そもそもここ一年は生存に必死で、会うどころか話す機会すらなし。
ライブ・イベントは大人数で盛り上がったり、東京とか最先端の街を散策するのが好きだったけど、コロナで全てなくなった。
今は何もない地域で、年上ばかりの職場に気を使い、上からは無理難題が降ってくる日々。休日も遠出できず、昇進昇格に必要な資格勉強に追われる。コロナも含めて先は見えず、むしろ悪化する未来しか見えない。
こういう時
③踏ん張って環境が変わるのを待つ
5、10年後も楽しみも持ちながら人生をやっていくにはどれを選ぶべきか、他に選択肢はないのか、皆さんならどうしますか?アドバイス願います。
https://anond.hatelabo.jp/20130520215954
昨年末一昨年末『お前それサバンナでも同じ事言えんの?』というコピペが流行った。
ネット上では半分ジョークだが、弱者というのは、ほとんどこのような意味のことを『真面目に』言われ続けるのだ。
どの程度の障害かと言えば、
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週末。財布と携帯だけ持って家をでる。さあ、どこにいこう。とりえあず電車に乗って街に出よう。本屋と手芸屋には行きたいな。映画もいいかも。あ、こんなところに新しいお店ができてる。入ってみよう。
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なんてことは、全く、出来ないレベルだ。少なくとも思いつきで外出することなど到底ムリである。
とりあえず街に出て、あとは気分で散策。ぶらぶらとウィンドウショッピング。
まだ健常者だった20代のころに、意識することすらなく当然のようにできていたことが、今は出来ない。
このような生活の苦労について、語る。
辛いことがあった、と語る。
すると時偶、こう言われる。
要約すれば、
『特別扱いされるのを当然と思わないほうが良い。むしろ今の状態に感謝すべきだと思え』である。
『特別ではない、普通の、自然の扱いなら障害者なんか……』どうなるっていうんだろう?生きていけない?だから感謝しろ、か。
まあ、やや意味がずれるかもしれないが、要は、
『お前なんかサバンナだったらもう死んでる。生きていけるだけでありがたいと思え』である。
確かに、私なんかサバンナに行ったらすぐに死ぬだろう。1人では移動することもままならないのだ。
『障害者なんて本当は取るに足らない存在だ。生きていけるだけでありがたいと思わなければならないのだ。我々は善意で、お前たちを特別扱いしてやっているのだ。勘違いするな。調子に乗るな』
行き着く先は『生かしてやっている』でしょうか?
インターネットは顔が見えない。
だから今日は、非常に生意気で馬鹿な発言をさせていただこうと思う。
『自分は特別扱いされていない』『自分は[自然な存在]だ』という思いがあるのだと思う。
『自分は裸足で立っている。なのにあいつらは下駄を履いている』と。
それは本当でしょうか?
と、私は問いたい。
人間には、出来不出来がある。
運動能力、知力、コミュニケーション能力。
ありとあらゆることに、優劣がある。
歩けない人がいれば、歩ける人もいる。
遅くしか歩けない人がいれば、速く歩ける人がいる。
日本人のほとんどは、マサイ族より歩くのが遅いだろう。歩ける距離も短いだろう。
あなたはマサイ族のようには歩けない。
たぶんね。
そんなあなたが下駄を履かせてもらっていないとどうして言えるのです?
あなたはおそらく、能力のレベルの人口分布図の、最ももりあがったところにいるのに過ぎないのではないですか?
言い出したらキリがないです。大変にしょうもないです。
あなたよりもっと優秀な人類だけに合わせた世界が作られてもいいんですよ?
能力の高い人が、能力が低い人に合わせてあげる必要なんかないんですよ?
あなたが本当に下駄を履いていないと言うのなら、あなたよりもっと優秀な人達は、もしかするとあなたに合わせて、長い脚を短く切り詰めているのかもしれませんね。
長くてかっこいい脚をわざわざ切り詰めるのはさぞ痛く辛いでしょうね。
『身長は平均以下で顔の造形もやや醜いです。IQは100程度。運動神経は普通。美的センスは悪いです。こんな私ですが入店してもよろしいでしょうか?』と。
自然と不自然のあいだに、正常と異常のあいだに、きっちり一本?
違いますよ?
『境界線』は無数にあるんです。
知ってました?
もしかしてあなたは『正常と異常とを』『自然と不自然とを』隔てる境界線があなたの足下にあると思ってましたか?
その境界線より下にいる人達のことを、不自然で異常で劣っていると思っていませんか?
じゃあ、ちょっと上を向いてみてください。そこにも見えませんか? 境界線が。
『弱者の言うことなんていちいち聞いてたらキリがない。どこまで特別扱いしろってんだ』って?
あなたが年寄りなら若い人に、あなたが病気がちなら一度も病気をしたことのない人に、低所得者なら高額納税者に、そう思われているのでは?
あなたが『普通に暮らす』のは本当に本当に『当然の権利』ですか?
年収がいくら以上なら、自分が受ける公的サービス分をペイできるか知っていますか?
酒を呑むのでは?油物が好きなのでは?
健康に気を使い酒や油物や甘いものを控える人も居るんですから。
生まれながらにして体が丈夫で、病気にかかりにくい人も居るんですから。
そういう人に合わせた世界を作っても良いのでは?
あなたは外に出るのに、いちいちトイレのつくりやエレベーターやスロープの有無その他ありとあらゆることを確認しますか?
あなたは外に出て、通れない通路や入れない店に頻繁に出くわしますか?
そういうことがあまりないのであれば、それは社会があなたに合わせて作られているからではないですか?
社会があなたに合わせて作られていることを、あなたに対する『特別扱い』であるとは思いませんか。
上を見たら、きりがない。
下を見ても、きりがない。
きれいな水が飲めるだけで良いではありませんか。
数の多さにかまけているだけでは?
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こんな話、本当に馬鹿らしい。しょうもない。へどが出そうになる。うんざりする。
でも、私はこんな感じのこと、わりとマジに、そこそこ頻繁に言われてます。
『辛い』と愚痴をこぼすと、
『もっと辛い人もいる』
『生きているだけでありがたいと思え』と。
でもそれは、そう言った本人にも、そのまま返ってくる言葉なんじゃないでしょうか。
その面では日本という国においてマジョリティだと言えるでしょう。
タイトルの通りなのですが、これは私が男女の出会い、というよりはマッチングアプリって難しいな……と思った話です。
今まではギリギリ20代前半で、恋愛よりも友人と遊ぶ方が楽しい!と生活してきました。が、周りが徐々に結婚の話とかをしだして「流石にそろそろな……」と(この私が!)婚活を始めてみました。
女友達に相談したらとりあえずマッチングアプリ使って見れば?とのことだったので、物は試しとアプリを入れて使ってみたのです。
するとこんな地味顔(褒め言葉として化粧映えしそうでいいね!と言われるような顔)の私でもいいねがそれなりについて、「これがマッチングアプリか……」と少し感動していました。
とりあえずお互い趣味の合いそうな方とチャットでやりとりをして、その中の1人と会ってみることになりました。
そのデート自体は普通だった(ランチを食べてちょっと散策したくらい)のですが、私としては特に感動もなく「まぁこんなもんか……」と初マッチングに感心していたくらい。
その日から毎日LINEが朝、昼、晩の挨拶からちょっとした出来事まで事細かに来るように。
「よかったらLINE交換しませんか?」に応じた私も悪かったんですけれども、相手のLINE頻度のあまりの高さに軽く引いてしまいました。
初デートの際は特に嫌悪感もなかったのですが、毎晩通話しよう、また○○行こう、と実際の行動を要求されるようになったあたりから心のベクトルが嫌いに傾いてしまいました。
その方は別に悪い方ではなかったんですが、初デートから2週間ほど経つ頃にはLINEが来る度に嫌な気持ちになってしまい……
きちんとお別れのお話をしたうえで、LINEはブロックさせて頂きました。
いや〜〜ほんと、マッチングアプリって難しい!
おそらく私の件は、男女のマッチングに対する温度感の事故なんでしょうね。
私は「とりあえずどんな人が会ってみよう」くらいの温度感で臨んだ初デートですが、おそらく相手は「絶対付き合う あわよくば…」という意気込みだったのでしょう。
こう、触れ合いコーナーでウサギを撫でようとしたら急に手を丸ごと食べられて爪と肌の間、指の付け根までベロベロされるみたいな、、、そういう想像以上のなつき方?距離の詰め方?をされた印象でした。
(正直めちゃめちゃ怖かった)
なんだか出会い方が違えば別になんでもない仲だったんでしょうに、「マッチングアプリ」を通すとこうなっちゃうのかな……と思った次第です。
私自身が恋愛慣れしてないっていうのもあるでしょうけど、マッチングアプリみたいな即席の関係を作る用のものは難しいですね!
やっぱり私は恋愛と離れて友達と遊んでる方が性に合ってるみたい。
なんとな〜く憧れはあるものの、しばらくはこのままでいいや……となりました。
現代のスラム街ツイッターを散策してたら出くわした「穴モテ」という直球なワード。主に女性が自虐で自称したりdisで使用しているようだ。おそらく女性にとってはとても侮辱的な表現だろう。
しかし男が「チンモテ」と呼ばれたらそれはとても誇らしく感じるのではないか。金やスペック、優しさといった要素で評価されるよりも嬉しい。
埼玉県民になったらショッパーを読みなさい
元大宮市民だけど、今の時期だとイチゴの地元販売所探すと楽しいよ
地元のお母さんたちの間で、ネットには載ってない口コミでのイチゴ販売所ある
そのせいか、グーグルマップで検索できない販売所に人殺到してるよ
他には大宮だと市民の森(イベント時オススメよ、コロナ終わったら行ってね)とか、
他の人も言ってたけどコクーンシティとか(フライングタイガーよく行く)
氷川神社の揚げ饅頭とか、市民会館そばのコーヒー屋とか(超お気に入り)、
大宮公園のにおいがスゴイ無料の動物園とか(コロナで開いてなかったらごめん)
競技場のあたりに夕方行くと犬の散歩スポットでめちゃくちゃ犬と遊べたり
○○○○の焼肉屋とか●●の焼き鳥屋とか浦和のイタリアンとか(すべて予約必須)
上尾の激安でうまいカレー屋(大宮周辺実はカレー屋が多くてうまい店多い、駅からは遠いので車必須)
吉見の百穴は夏めちゃすずしいとかね
とかね、もしリアル知り合いならお勧めしたいところいっぱいある
なら高崎線沿線の焼肉屋ぜひ探してみて! おしゃれカフェとかもめちゃ増えてた(2年前の帰省時の話)
散策するなら氷川神社の参道(確か日本一だか、関東一だかの長さ)をぶらぶらするのいいよ
帰りに、氷川神社でお水もらって帰るのおススメ(コロナだからやってないのかな)
少し遠いけど、イオンレイクタウンとかあとは大宮市場で肉買ったり
個人的には大宮ソニックシティの1階だったかのホテルロビーにあるカフェで
外見ながらお茶するのが好き
先月、徒然なるままに「夫に隠れて寿司を食べている。 anond:20210112213223 」を書き綴ったところ、非常に多くの方から反応を戴けた。
妖怪寿司女なるなかなか的を得た、夫に自慢したくなってしまう名も頂戴してしまいとても嬉しかった。美味しいことは良い事だと常々思う。
しかしその所為で夫が出張から無事に帰宅した今日までの間に何度自分の日記を見せぬようにと我慢したかは計り知れない。
夫は然程怒らないだろうが、この美と背徳の味は私の胸に秘めておいた方がきっと幸せだろう。
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「101」は、恐らく私が初めて覚えた数字だ。青森県から秋田県へ続く文字通り一本しかない国道の名前。
私は大半の大人が漁師か猟師をしながら漁業に務めているような限界集落で育っていた。バブルも弾けた平成前半の事。
故に、なかったのだ。
節分の2月2日、家族揃って恵方を向きながら容赦ない太巻きを無言で食べる文化や概念は、北の外れに存在しなかったのだ。
だから節分とは、玄関に落花生をばら撒き、そそくさと片付け、雛祭りの前祝い程度の雰囲気でささやかな夕食を取る健康的行儀。
私は、節分の2月2日は、お小遣いでお寿司が買える。それに気付いてしまった。
企業努力の賜物である。小学生のお小遣いでも当時は恵方巻が買えたのだ。
しかも、ピンクのでんぷが入っている一番安い太巻きなら、2本買える。2本。
高級感と憧れのハッピーセットというとんでもない行事があると、当時小学生は気付いてしまったのである。
それこそ普段はちょっと高くて、輪切りになっていて、綺麗にパックされていて、なんか微妙に物足りなさもあるサラダ巻が、一年に一度の節分の日だけは威風堂々丸かぶりする事が許される。なんということか。
そのうえ「これぞ西側の文化なり」とでも胸を張って主張すれば、行儀が悪いと窘める母もなにやらおとなしくなってしまう。
そして何故か祖父がとても嬉しそうだったのをぼんやりと覚えている。
そして、現在。
恐らく夫は今日の事を
「海産物や寿司に対して並々ならぬ執念を抱いている妻による年に一度の恵方狩りの日」
とでも思っている。
概ね間違ってはいない。何年も付き合っていれば、この習性はもはや隠せる類ではない。
昼休みには「恵方巻食べれた?」とラインが来た。「夕方から出て、4ヶ所くらい確認できたら良きかな。サーモンサラダ巻、いと美味し」と返事をした。
仕事は早めに切り上げて、大型スーパー2件と小型スーパー1件、近所の個人経営の居酒屋の4件を巡り、先程帰宅した。ふと誰かが、これは増田に書けよと、耳元で囁いた気がした。
エコバッグの中を開けてみると、何故だか少し寂しくなった。
年々、中身が軽くなっている気がするのだ。
豪華な海鮮巻や奇抜な肉の海苔巻が増え、値段自体も毎年上がっているように感じた。
美味しい事は良い事だ。適正価格なら仕方が無い。
今年はウーバーイーツにハマってあまり恵方貯金できていなかったからなぁと思い、取り敢えずサラダ巻とマグロ納豆巻を用意する。
先程、夫から、職場で緊急事態が発生した為、今夜は現場に泊まるかもしれないという連絡を受けた。
会える範囲の友人たちもコロナ禍の下、確かに無言・黙食とはいえ、恵方の飲食に誘うのは気が引ける。平日都会のベッドタウンを過ぎゆく風は、まだあまりにも寒いのだ。
冷蔵庫を圧迫する恵方巻をどういう順で食らおうか、何度も何度も考えていると、だいたいの悩み事はあとでもなんとかなりそうだという気になってくる。
夫からのラインに私は大型スーパーで買ったスパム巻の写真を撮影し、夫に送った。夫は喜んでいるようだ。
しかしこのあと思い知るだろう。恵方巻はスパムだけではないことを。
深夜か明日が、夫が冷蔵庫を開けた時にいかなる反応をするか、本当にとても楽しみだ。恵方 is サプライズ。サプライズ is プライスレス。つまり恵方 is プライスレスということ。
そう考えると、なにやら不思議と強くなった気が沸いてきて、夫の不在を良い事に家事でもするかと思ってしまう。
そして、そのついでに、もう少し遅くなってから、値引きシールのついた恵方巻の散策にでも乗り出そうかと思うのだった。
サーモンサラダとサラダ巻とマグロ納豆恵方巻は、とても美味しかった。
※妖怪寿司女:寿司を食らう量は恐らく人より多い為、概ね間違ってはいない。ありがとう
※落花生:投げる豆が落花生か大豆かで戦争が起きるらしい。自分は落花生派だったが、夫は大豆派である
※99円の海苔巻:あらゆるものが値上げしていく世界で価格を維持してくれる心の友達
※桜でんぶ:桜でんぶは雛祭りと恵方巻と運動会くらいでしか見る機会がなかった気がする。美味しいし可愛いしなんだか嬉しくなる
※祖父:20人くらい乗れる船を持っていた漁師。本名は文字面が「寿司」にかなり似ている
※サラダ巻:ヘルシーじゃないのにヘルシーな気がする
※恵方貯金:今年は全くできなかったので、800〜1000円クラスの高級恵方巻を買うことはできなかった。でも毎年サラダ巻を中心に色モノ系と定番中心で高級品は買ってなかったから平気だった
※スパム巻:初めて見た
※恵方:南南東。位置的には猫のトイレがある方角の為、細かいことは考えないようにしている
※恵方巻:食品ではなく嗜好品の扱いの為、私の財布から生まれる。結果、食費が少し浮く
※恵方巡り:今年はDQウォークしながらスーパーを歩いてまわった。心から美味しく食べる為には減量大事だと思う
※マグロ納豆巻:もしかしたらこいつは恵方巻じゃなかったかもしれない
※冷蔵庫:恵方巻があると思うとわくわくしてしまい無意味に何度も開け締めしてしまう
※予約恵方:基本現物を見て美味しそうだと思うものだけ買うタイプなので滅多にしない
※居酒屋の恵方巻:今年唯一の予約恵方。お会計をする時に現物見せてもらったらついテンションが上がっちゃって「美味しそう!え、これ、めっちゃ安い!すごい!」ってはしゃいでしまった。店長が笑ってたからよかった
※恵方巻:なるべく早く食べる方が美味しいのは当然だが無理して今日中に食べきらなくてもよいので、2,3日くらいは強い気持ちでいられる
※値引き恵方:学生時代は値引き恵方が中心だったので昔の血が疼いてしまう
※恵方巻:スーパー次第では2月3日に半額で買える場合もあるが、現在住んでいる地のスーパーは2月2日のみ販売を貫いている
※恵方巻:実はあまり魚介系は買わない。漁村出身補正を抜いても、価格に対して合ってないと感じる場合が多い
※野菜:山本ゆりさんや有賀薫さんのレシピにはよくお世話になってます
※恵方巻:しかしながら改めて書き起こすととても二人暮らしとは思えぬ量である。
購入恵方
・サラダ巻 298円
みんなの好きなゲーム音楽聴きたいの増田を読んで、トラバとかブクマで挙げられてるやつ聴きに行ったりして、あぁいいなぁ…ってしみじみしたフライデーナイトだった。
ゲーム体験と結びついてるせいもあるのかゲーム音楽ってなんか特別なんだよな。
まぁ音楽はゲームの世界そのものからみたらメタ的な存在だけど、あえてそれも込みでこの世界に住みたいと思うゲームを教えてくれ。
仕事でボロボロになっても双子魔法使いとかサボテン君が帰り待っててくれたら毎日頑張れるわ。
休みの日はドミナの町をあの音楽聞きながらのんびり散策したい。
夜になったら、怪しいけどなんか優しい音楽が流れるロアの町でグマグマ言いながらアナグマどもと会話したい。
そんで滅びし煌きの都市のBGMをバックに「ただいま・・・・」って言いたい。あぁ言いたい。
出発数日前から日課の散歩をしていなかったので、2日目の仕事が終わった後、スマフォを頼りにホテルの近くを散策した。
15分ほど歩いたところで、「右に寄れ」という、道路標識を模した現代アートに出くわした。
見た瞬間気持ち悪くなってすぐホテルに引き返した。全てが嫌になって風呂も入らずに寝てしまった。
すぐさま目を背けたけど未だに脳裏にこびりついている。
目立つ色と形で注意を駆り立てて、おそらくここを通る人の深層心理を書き換えようとしているんだろう。
どうやったって目につく。標識のような形をしていれば一度すんなりと受け止めかねない。そこですぐに吐き出すか吐き出せないか。運命の分かれ道となる。
万が一あそこが小中学校の通学路になっていることはないだろうか・・・。考えただけで恐ろしい。
俺も田舎に住むことになってここを毎日通っていたら、頭がおかしくなってまんまと右傾化してしまうのかもしれない・・・。
俺のイメージする、のどかな田舎なんてとっくに無くなってしまったんだな。
もう終わるんだ、この国は。
俺は小四くらいの時には確か「自殺なんてやる奴は雑魚、人生は一度切りなんだしせっかくだから楽しんで最後まで生きた方がいい」みたいなことを考えてた
でも中二くらいの時には「人生どう考えてもキツイこととか義務の方が多いし、長く生きれば生きるほど損」みたいな考えに変わっていて、そこから今まで根幹はあんまり変わってない
なんか、今後一生「死にてえ」「生きてるのダルい」「辛すぎる」みたいなことを延々と思い、ただ自殺する元気がないって理由だけで生きていくことになるのかと思うと、悲しすぎる
死にてえ、生まれたのが間違いだった!と思ってた人が何かのきっかけで人生メチャ楽しいやん!って感じになれたケースって時々語られるじゃん 全部ピンとこないんだよな
恋愛はダメだった すごい好きになった人と付き合うことができ、かなり楽しかったが、それはそれとしてずっと死にたくはあった いま彼女を置いて死ぬのは申し訳なさすぎる!と思って付き合ってる間は死ぬまいとは思ったんだけど、その死ぬまいというのはあくまで義務感で、気持ちとしては普通にさっさと人生を降りたかった
子供を持つのは嫌だ 俺自身が俺の人生を肯定できてないのに、新しい人生を誰かに始めさせるのは流石にウンチすぎる 子供作ったからって確実に楽しくなるわけじゃないのは世の虐待親の皆さんが証明してるし、仮に俺の人生が楽しくなったとしても、生まれた子が俺みたいな無関心無感動マンかつアセクシャルだったりすると目も当てられない 俺にはあった唯一の救いが、俺を救うために生み出された子供には与えられないというのはちょっとひどい
趣味を支えにできる気もしない 作曲も絵画もすぐ飽きたし、小説はプロットすら組めない 映画やゲームみたいな非生産的な活動は結構好きだけど、それのために生きていたいって程じゃない 旅行してもすぐめんどくさくなって、一人旅だと半日くらい宿でダラダラした後義務感で2時間くらい散策、みたいな感じにしかならない 体力も運動神経もないからスポーツは問題外 筋トレも三日くらいしか保たない オンラインゲームはコミュニケーションが嫌になってすぐフェードアウトしてしまう
俺には何もない 何もないねん
マジでキツイ いや、今この瞬間に感じてる苦痛はそんなにものすごくデカいものでもないんだけど、今後ずっと「平均するとつらい」人生が続くのかと思うとものすごくげんなりする さっさと終わりにしたい!という気持ちがどんどん強くなっていく
この苦痛が俺だけのものだったりするとまだしも自己憐憫に浸ったりもできそうなんだけど、ツイッターとか見てるとイケてないオッサン・オバサンの大半は同じような感じで生きているっぽい 本当にうんざりする話だ
どうでもいい存在のどうでもいい人生が、どうでもいいくらいの強度でずっと苦しい
キツイねんマジ 誰か助けてくれや!と思うんだけど、助けが生じるには何もかもが弱すぎる
俺ははっきり言ってトランプちゃんが完全に狂って核兵器をバカスカ撃ちまくってくれたら本当に、本当に嬉しいよ
初報見たときはただびっくりして、いくつかニュース見て確実に起こった事実だと認識した時点でめちゃくちゃに笑いだすと思う 俺は世界がめちゃくちゃになって欲しいと思っているので
この世界そのものが憎い 何を憎んでいいのか分かんないので、全部憎むことにした でもそんなに強い憎しみでもなくて、とにかく半端
これどうしたらいいんだ?
ローションガーゼオナニーというものをご存知だろうか。これを読んでいるあなたが知らなくても別に恥ではない。かくいう自分も友人の話からローションガーゼオナニーという自慰方法があることを知った。むしろ知っていた方が恥かもしれない。ともかく、この文章はそのローションガーゼオナニーを実際に体験してみた様子を記したものである。
まず、この体験記は友人との通話中ローションガーゼオナニーという自慰方法を試してほしいと依頼されたことに端を発する。
俺の最初の反応はまず「なにそれ?」だった。自慰の方法としては男性器を握って上下に擦る、いわば普通のオナニーと呼ばれるものしか知らなかった。床に男性器を擦り付けて行う方法なども知っていたが、九分九厘行うのは通常のものだ。
しかしローションガーゼオナニーとは、それとはまったく異なっていた。
まず三十センチほどの横長のガーゼにローションを染み込ませる。それからそのローションまみれのガーゼを両手で持ち、勃起させた男性器の亀頭に擦り付けるらしい。そのまま両手を左右に動かすと、亀頭が刺激され普段のオナニーでは得られない快感を味わえる、とのことだった。
ともかくローションガーゼオナニーを試してみたいとは思った。通常のオナニーなど10年単位で行っている。さすがに飽きが来ているのも確かだ。たまには新しい刺激が欲しい。やってみるのも悪くない。そう思って、その次の日にはローションガーゼオナニーに必要なものを調達しに行った。
冬風吹き荒ぶ1月の夜、仕事を終えると俺は大阪梅田の歓楽街へと向かった。
コロナ影響か、もしくは単純に寒いせいか街に人通りは少ない。そして駅から10分以上離れたところにある信長書店に入った。信長書店とは関西では有名なアダルトグッズ、DVDを取り扱う店だ。こちらも何気に入るのは初めてだ。自分で言うのもなんだがこう言う事柄に関しては、自分は初心だ。はじめてメロンブックスのR-18コーナーに入った時のような緊張感に襲われる。キョロキョロしながら店内を見ると、双頭ディルドにTENGA、穴あきランジェリー、エネマグラなどが所狭しと並んでいる。人類はこんなにエロに興味があったのかと驚くばかりだ。
そんな中、退魔忍アサギとコラボしたオナホールを発見して、少し安心した。他人しかいない群衆でようやく知り合いを見つけた時にような安心感だ。
そんな気分で店内を散策する。もとの目的も忘れ、アダルトグッズの散策に夢中になっていると、目の前に他の客を発見した。
いたのは男女二人の客だった。ああ、このあとこいつらは買ったグッズを使ってセックスするんだろうな……と思うと急に気分が萎えてきた。それからすぐにローションのコーナーに向かうと、適当にローションを見繕って会計を済ませた。それから俺はまもなく店を出た。
ローションは手に入れた。次はガーゼだ。ガーゼなど適当な薬局にいけば売っているだろう。駅への帰り道の途中で買えば良い。そう思っていたが考えが甘かった。
政府の休業要請により、梅田の店はどこも20時には閉まるようになっていた。すでに時間は20時に近い。駅までの地下街を歩いてみるが、どこもシャッターが閉まり始めている。
しばらく歩き回って、ようやく一軒まだ営業しているコクミンドラッグを発見した。
しかし地下街の空いたスペースで営業している店舗のため、品揃えは期待できない。店内を一通り見て回るがガーゼは見当たらない。変な勘が当たったようだ。だがせっかく薬局まで来たのにこのまま買わずに変えるのもなんだ。俺は店員さんに「ガーゼありませんか?」と直接聞いてみた。
「それなら真後ろにあるよ」
店員のおばちゃんが指さした先にガーゼはあった。灯台下暗し、レジのすぐ近くの棚にガーゼは並んでいた。
俺は親切な店員のおばちゃんにありがとうと告げ、ガーゼを買った。
けれど口が裂けてもオナニーのために使うとは言えない。せっかくの親切心に白濁液をかけたような気分になったが、ともかくこれで準備は整った。
そのまま駅に行くと、まるで俺はローションガーゼオナニーになんて一ミリも興味ありませんよ? という顔で電車に乗って帰った。
さて、ようやくここからローションガーゼオナニーの体験パートに移るわけだが、準備物は他にもいる。いわゆるオカズが必要なのだ。通常であればエロ漫画、スマホの動画、画像などを使ってオナニーができる。
しかし今回はローションガーゼオナニーである。両手を、ガーゼを持つ手で塞がれるため、スマホをスワイプすることもエロ漫画をめくることもできない。
そこで俺が選んだのはエロASMRであった。音声のみであれば操作に両手を使用しないし、音声作品はワンプレイに30分ほどかかるのもざらだ。
ゆっくり丁寧にローションガーゼオナニーを行うのであればちょうど良いだろう。
俺はDLsiteのページを開き、テグラユウキの『ダメダメOLお姉ちゃんと酔っ払い甘々えっち』を再生した。再生時間は33分35秒と大ボリュームだ。しかもテグラユウキ作品はどれも高クオリティでハズレはない。これならば問題ないだろう。そういえばこういうときワイヤレスイヤフォンは便利だ。それに外音遮断機能を使えば音声に集中できる、そうAirpods proならね。
それからベッドの上で用意を続ける。
ベッドの横にもう使わないであろうマグカップを用意すると、そこにローションを入れた。それからガーゼを取り出してマグカップの中に浸す。ネバネバしてひんやりした感覚が指先に伝わる。これだけでなんとなくやらしい気分になってきた。
上半身はインナーのみになり、下半身はパンツをずり下げ、男性器を外に出す。
すでにASMRを再生し始めていたため、まだローションに触れていないというのに我慢汁が少し先から溢れて、濡れ始めている。
ベッドで上半身だけ起き上がったまま、だんだんとモードに入っていく。
直接はまだ触れていないため、男性器はまだ完全には勃っていない。
はじめてのローションガーゼオナニーに緊張感と少しの興奮がおしよせてくる。
エロASMRがなかなか本番にいかないからだ。テグラユウキ作品は前戯からの本番までを丁寧に描くことで有名だ。すでに再生から10分ほど経っているというのにまだキスだけで本番にいかない。勃っている姿のまま両手にガーゼを持って待機する。なんと恥ずかしい姿なのだろう。
音声の内容など気にせず、男性器を擦り始めればいいのだろうけど、世界観没入派の俺はじっくりと本番が始まるまで待った。
それからしばらくして本番が始まった。
両手を揺らして亀頭を刺激する。
こすこすこす……
すると、どうだろう。今まで感じたことなのない刺激が亀頭を襲った。
半分気持ちいいような、半分くすぐったいような、おかしな感覚だ。
通常のオナニーであれば何回か擦ればすぐに男性器は硬くなって最大の大きさになる。
しかしローションガーゼオナニーは快感に包まれているというのに、男性器が完全に勃起しないのだ。
こすこすこす……
しかし妙だ。
確かに亀頭が刺激されて気持ちいい。しかし刺激されているというのに、その快感の延長線上にイくという未来が見えないのだ。
通常のオナニーは男性器を擦れば擦るほど、ゲージが溜まっていって、そのゲージが満タンになると射精するようなイメージだ。
擦るスピードを落としたり、速くしたりして射精のタイミングを調節する。だからいってしまえば擦るスピードを調節すれば射精などものの数十秒で行うことも可能だ。もちろんそれでは気持ちよくないから時間やイくタイミングを調節するわけだが。
しかしローションガーゼオナニーはいくら擦ってもそのゲージが溜まっていかないのだ。
ただ快感が押し寄せてくるだけでイけない。
こすこすこす……
「……ふ、あ……んあああ……ふぁ……」
代わりに溢れ出てくるのは情けない声だけだ。
通常のオナニーで声など出さない。ただ擦って快感に身をまかすだけだ。
しかしどうにもこのローションガーゼオナニーというのは声を出さざるを得ない。
ローションガーゼオナニーが市民権を得ていない理由が分かった。
こんなに声が出てしまっては、こっそり家族に隠れてシコるなど無理だ。
しかもなかなかイくこともできない。こんなに恥ずかしいだけの行為がはやるわけがない。
そう考えながら、体をのけぞらせる。快感が体中を駆け巡っているためだ。
こすこすこす……
「ん……ああああああああ……ん、あ……」
外音遮断機能を使っているのに、自ら出した声に音がかき消されるのだ。
逆にASMRとは遮断されて、ただ男性器をしごいている情けない自分と向き合わざるを得なくなる。
こんな、こんな、恥ずかしいことがあるだろうか。
ASMRの世界に没頭していたというのにそこから首根っこを掴まれて、ローションガーゼオナニーの羞恥世界に連れ出されるのだ。
男性器は血液が集まってきて赤くなってきているが、いまだに完全には勃った状態ではない。だというのに声が止まらないのだ。
「もうそろそろイくよ」
こっちはまったくイケる気配はないというのに。
しかし声を出しているせいか、俺は肩で息をし始める。普段のオナニーで息を切らすことなどない。しかし今はそうならざるを得ないのだ。
それに背を大きくのけぞらせる。生殺しのままで快感を発散させる方法がこれしかいないのだ。
こすこすこす……
「ん……く、ううううううう……ん、あ……」
「イく、イくよ」
音声は俺に発破をかけるがいくら擦るスピードをあげてもイける気配はない。
ただ漏れる声の音量が上がるだけだ。
「ん……く、はぁはぁ、うう……ん、あ……」
「イく、イくぅぅぅぅうぅぅぅぅ」
音声は俺に構わず達し始めた。
たまらなくなり、亀頭を擦っていたガーゼを男根に巻きつけて上下に擦り始めた。
もう限界だ。
それからはこみあげるように頂点へとフルスピードへ向かっていく。
通常のやり方に切り替えれば、とっくに達する準備は整っていた。
まるで天使に後押しされてるような気分だ。
もうすぐだ。
もうすぐ狂い咲ける。
「く、う、あああぁぁぁぁっ!!!」
イった。
それはまるでパンパンに膨らましていた風船の膨らませ口から手を離すような感覚であった。
しかしその一方で俺はおおきく肩で息をしていた。
まるで100メートルを走った後のように、疲れ切っていた。
ビリビリと痺れるような感覚の男性器から手を離すと、俺はベッドに上半身を倒した。
ローションガーゼオナニーはイった後にさらに男性器を刺激し続けるとさらなる快感を得られるらしいが、どうもそんな気分にはなれない。
イった後の男性器は敏感であるし、イったあと特有のオーバーヒートモードに身を包まれ、性欲が体から失せていく。
俺はそのままベッドに倒れたまま、精子とローションが混ざってドロドロになったガーゼを見ながら、息が再び整うのを待つ。
ローションガーゼオナニー、まあ、また試してみるのも悪くないかもしれない。
ただ、自分のイく姿を克明に書くのは二度とごめんだと思った。
ひなびた感じの旅館がいいな
入ってすぐの受付に意外と人がいなくて、スミマセーンとか声かけるのをちょっと躊躇するあの時間もいまは愛しいぜ
台帳書いたりしつつ期待を膨らませ、部屋を案内しますねと言われたところでテンションはピークに
旅館ってなんか静かなんだよな 足音がギシギシ言うのだけ聞こえるなか部屋に向かうのがまたいい
部屋、大抵まあショボいんだよな 景色も特に見えんし別に広くもないし、ホンノリ薄汚れた感じもする でも掃除が行き届いてないとかではなく、積年の味とも解釈できる
中居さん的な人が出ていってからの時間が一番楽しい とりあえずウロウロして、茶なんかを淹れてみたり、謎のお茶菓子を食ったりする
旅館にあるテレビのリモコン、なんか分厚い感じがすることが多い そうでもねえかな
知らん地方のテレビ番組!と思いながらザッピングするんだけどまあつまんねえんだよな つまんなさはどこも一緒だよなと思いつつ、時折感じられる地方色を探すのも一興
広縁に出てショボい景色を見たり椅子に座ってみたりするのもいい アレ何が楽しいのかわかんないけど異常に楽しいんだよな なんなんだろうな
さあ、飯までの間にあたりを散策するぞ!って気分ともうずっと横になってダラダラしてたいって気分の戦いが常にある
いっそはじめから散策なんてしないつもりで来れたらいいんだろうけど、どうしても外に出ないと損な気がしちゃうんだよな 貧乏性だから
で、外に出てみて後悔したことは今のところない なんか楽しいんだよなあ 荷物が減って、確実に帰れるし飯まで出してくれる場所がある状態で歩き回るっていうのがポイントなのかな
旅館のメシ多いんだよな 後半に出てくる釜飯とかはもはや味がしねえと思いながら食うことが多い それもまたよし
温泉、好きなんだけどよくわかんねえ 家の風呂に入浴剤入れて入るのとどう違うのかと言われるとガチでわからん でも脱衣所も湯船も広いし、露天風呂なんかがついてることもあるし、やっぱなんか、良いんだよな
あと男湯女湯ののれん周辺を歩いてるときには修学旅行とかをちょっと思い出してドキドキ感がある タイミングよく好きな子の風呂上がり姿を拝めますように!と思いながら大浴場に向かったのを思い出す(拝めなかった)
旅館で風呂上がったあとの時間のこと全然思い出せねえ あまりにくつろぎすぎて家にいるのと同じ状態になってる説あるな
でも、21時台の地方ニュースとか見るのはなんかグッとくんねんな あの気だるさと静けさと心地よさ!ホンマにええ
そして寝る 布団の寝心地、あんまり気に入らないことが多い いつもショボい湿った布団で寝てるからあんまりフワフワされても困る
そんでなんか朝7時とかに目が覚めるんだよな まだ早いんだけど朝食の時間とかもあるし、ちょっと落ち着かない朝の時間を過ごす それもいい
目の前でおしっこを漏らされると、女性のその後の対応が気になるので見てしまう
第5位 無言
みんなも外出時に失禁してしまったときはとりあえず硬直してみて欲しい
第4位 しくしくと泣く
酔っぱらった女子が路上や駅のホームで我慢しきれなかったときに聞けると嬉しい言葉
この反応が見れるときはアルコールのせいで制御がきかない状態なので大量の放尿がみられると思っている
そうそうそうだろう、おしっこが止まらないだろう、調子に乗って呑みすぎるからだよ
と心の中でガッツポーズをしている
第2位 瞳孔が開き、無言で高速で立ち去る
本当に恥ずかしい思いをすると動悸が止まらなくなる
急いでその場から立ち去ろうと、歩く速度が上がり興奮状態になる
そういう時、人は男女問わず他人を押しのけ我先にと足早に去っていく 遠慮とかも吹っ飛ぶ
己のプライドを捨て、人目を気にせず濡れたままのパンツで歩く姿はとても美しく官能的で素敵だ
その瞬間が見たくて毎晩駅周辺を用もないのに散策しているとまでいえる
第1位 「アファーッ!」と声を出して立ち止まり、おしっこを漏らしつつ「やあよ……やあよゆうたのに」と言いながらヘタりこむ
無責任な男性でなければ、あなたをフォローして他のメンバーに「なんかあの子気持ち悪くなちゃったみたいだから、俺、家までタクシーで送っていくわ」という展開になります
タクシーに乗ってから「あなたの家じゃなきゃやあよ」と言い、自分の家ではなく男性の家に行くようにしむけましょう
そしてそのあとは……わかりますね? 男性の家には女性ものの服はないはずですから、洗濯して乾くまで、あなたは男性と甘い時間を過ごせるわけです
用事が割合に早く済んだのでどうせならと思って近くの大きくも小さくもない古い遊園地に久しぶりに行った。1000円しないぐらいの入場券を買って園内に入る。ああこんな遊具あったななんて思いながら人もまばらな園内を適当に散策してていると、大きい広場のような所に出た。そこにはこの遊園地の目玉なのであろう観覧車があって、小さい頃よく親にねだって乗せてもらっていたのを思い出した。しかし、見渡す限りその広場に観覧車は見当たらなかった。そのかわりに、なんとなく間の抜けた音楽の中、無人のメリーゴーランドが回っていたのだ。それを見た瞬間、とてつもない寂しさとも侘しさともつかない、言いようのない感情が一気に込み上げてきた。乗る人がいなくても機構は動く。この場所が終わるまで永遠に続くであろう途方もない無意味な運動に、これまで感じたことのないような居た堪れなさを覚えて、出口の塗装が禿げかけた門を逃げるようにしてくぐった。ものすごく後ろめたい。地元を捨てるという行為をはっきりと可視化して行ってしまったような気がしたからだ。電車で二時間の距離は思ったより遠かったのかもしれない。今さっき届いた郵便物の中に中学時代の友人からの結婚式の招待状が入っていた。彼の住所はまだあの町にある。