はてなキーワード: 支配階級とは
ただそれが社会の求める正しさとは一致してないだけ。
理事長を始めとした日大における支配階級の顔色伺いとしては極めて正しい。
「悪いのは日本大学ではありません。一部のクズ学生による無能・狼藉・暴走が日大の品位を貶めているのです。我々は経営陣様のチンポに歯を立てたりは致しません丁寧に舌で舐めさせていただきます」という意志をアピールする行為として日大関係者が繰り返していたことは大いに正しい。
日大の構成員に対して強い影響力を持つのは、家でテレビを見ながらツイッターを読んでいるだけの日大と無関係で無責任な一般市民か、ニュースを見ながら部下の粗相にイライラを募らせている日大上層部か、考えるまでもない。
人間は損得と感情で動く、自分の上司とそのまた上司におべっかを使った方が結果として自分が得をするし恐ろしい目にも合わずにすむというそうするに決まっているだろう。
「危機管理学部は何をやっているのだ」と無責任に騒ぐ連中は自分が同じ立場になったら絶対に同じことをする。
オスとメスを比較した時肉体的に強いのはどちらか。餌を自由に採れる範囲(つまり縄張り)が大きいのはどちらか。セックスする相手として確保しておける異性が多いのはどちらか。
そして、それら諸々を勘案して、群れの上位に立ちやすく、他個体に支配力を振るえる生き方をしやすい性別を尊の立場にあり、そうじゃない方を卑に置かれてるとしてるんじゃないか。
ただポイントとして忘れちゃならんのは、ここで比較するオスとメスは、成熟年齢まで生き残っている個体どうしを比較してるってことだな。
トラもライオンも、オスの方が力が強く縄張りを広げやすく異性を所有化に置きやすいんだが、なぜそうなるかというとオス同士で殺し合うために力が強くなった。
これは言い換えれば、何割かの確率で早々に殺されるという危険な生き方を引き受ける代わりに、強い肉体や、淘汰されるオスの方がメスより希少だからメスを選びやすい人数差などのメリットをゲットしたわけだ。
つまり、オス全体とメス全体を比べれば、早々に殺されるというめちゃめちゃバカでかいデメリットを負って、実際死んでるオスも多いから、全てのオスが支配階級として生きやすいわけでは決してない。
でも、その殺されリスクを回避したりねじ伏せたりして生き残り成長できたオスと、メス全体を比べると、オスの方が上位に立ち思うがままに恵まれた生き方ができてる可能性が高く、男尊女卑じゃん、となる。
日韓併合がまさにそれだったんだよ
収奪しかしない支配階級、餓死者が大量に出る社会、債務踏み倒しを繰り返す政府
それらを全部金と鉄と血で清算してやったのが当時の日本だよ
ひどい時には東北の窮状を見捨て、人買いが跋扈するまで追い込んででも朝鮮半島に注ぎ込んだんだよ
それを始めて一世紀が過ぎ、終わって七十年以上過ぎた。どういう評価を得てるかわかるか?
ただ国民の拉致など戦争行為をむこうが繰り返してきた上、核開発は安全保障及び国際平和への重大な脅威であるため実力行使してでも止めさせる。
金持ちがなぜ金持ちたらしめているのかというとシステム面について絶対的な理解と支配と運用ができるからであって
今の人間がどんな天才でも赤子に見えるAIからしたらクソ雑魚ナメクジレベルになる
失業者が増えるならその失業者に支配階級まで入るから世界が変わる
今までは猿同士で優劣合戦してたけど
チェーンソーは誰でも使える
チェーンソーを支配階級だけが使えるものとして保持するというのは有り得ない
チェーンソーの開発は民間でもやってるからそんな情報を秘匿し続けるのは無理
戦後は飢餓状態になり、区を通じて米軍支給品のコンビーフなどを配給した。“犬と同じ餌付けだ”と感じたが、食べなければ死んでしまうからみんな列をつくって並んだ。アメリカは日本人など虫けらぐらいにしか思っていないのに、日本の偉い連中はアメリカのために死ねという法案を通す。私たちには今も怨念がある。どんどん暴いてくれ。銀座のど真ん中でやってほしい」と訴えていた。
C 原爆投下後の広島、長崎に匹敵するような悲惨さだった。米軍は春風の強く吹く3月という時期、民家を効率よく焼き払うための油脂焼夷弾の開発、空襲の手順も含めて用意周到に準備し、一般市民の民家が密集する下町地域をとり囲むように爆弾を投下している。火の壁で逃げ場をふさいで集中砲火を浴びせ、火の海を逃げ惑う人人に機銃掃射までやっている。
「機銃掃射で狙い撃ちしてくるパイロットが笑っていた顔が忘れられない」と何人もの人が語っていた。黒焦げの死体だけでなく、窒息死してピンク色をした遺体が蝋人形のように散乱し、それらが公園や学校などで山積みにされて焼かれたという。墨田区錦糸町では、錦糸公園で約1万4000体が焼かれて仮埋葬されたというが、それを伝える看板一つない。あまりの多さで処理できない遺体は何日もかけて川や海に捨てられていたという。
隅田川にかかる橋の欄干や、総武線のガード下などには今でも積み重なって焼き殺された人間の油がそのままの形で染みついて、何度ペンキを塗っても浮き出てくるのだと語られていた。5月の品川での空襲でも「真夜中にガソリンを撒いて焼夷弾をばらまいた」といわれていたが、「あれが戦争犯罪でなくてなんなのか!」と、7、80代の年配者が語っていた。とても昔話という雰囲気ではない。本当に語る場所がなかったからこその鬱積した思いがある。公園などに仮埋葬された11万体といわれる遺骨は、関東大震災の慰霊堂(墨田区横網)に一緒に入れられている。
東京空襲を弔う単独の慰霊施設はいまだにない。なぜそんなことになっているのかだ。
D 大空襲で壊滅した江東区森下5丁目町会では今年3月、町内の空襲犠牲者789人の名前を刻んだ墓誌を建立した。町会役員によれば、当時の町会長が戦後すぐに空襲による町内の犠牲者を調べ、焼失を免れた戦時国債購入者名簿を頼りに『戦災死没者過去帳』という約10㍍にもなる巻物をつくって保管していたから建立できたという。遺族の「この地域に住んでいた人人の証となる供養の場所がほしい」という願いが70年をへてやっと実現した。
E 墓誌をつくるための調査で、1家12人が全滅した家もあったことなど、地元の人も初めて知る事実が明らかになっているが、都にも当時の犠牲者名簿などの資料があるにも関わらず遺族が申請しても公開されないのだといわれていた。
地蔵や碑の建立についても「宗教的なものは受け付けない」とかの理由で許可は下りず、「黙認する」程度だという。行政から助成も受けられないため、発起人を中心に町内外に呼びかけたら、続続と寄付が寄せられてつくることができたといっていた。
終戦直後にも数千人が空襲で亡くなった墨田区の菊川橋のたもとに慰霊碑を建てようとしたが、区役所から拒否されている。河畔を改装するたびに白骨がたくさん出てきたので「これ以上放っておくわけにはいかない」と住民が独自に地蔵を建立して毎年法要している。
D ある遺族から、1947(昭和22)年に東京都長官官房渉外部長から通達された行政文書のコピーを見せてもらった。当時、遺族によって計画された隅田公園への戦災慰霊塔の建設計画に対して、官房各課長、支所長や局長、区長など都の行政担当者に宛てた通達だ。
「一、日本国民に戦争を忘れさせたいのである。二、戦災慰霊塔を見て再び戦争を思い出させることがあってはならない。だから慰霊塔の建立は許可しない」と米占領軍の指導方針が明記され、これに協力するため「この方針を徹底的に守るようにしなさい」と記されている。
70年たっていながらこの占領下のプレスコードがいまだに続いていることに驚いた。
A 25万人もの都民を殺戮しながら意図的に攻撃対象から外したものもある。ここからアメリカの東京空襲の狙いが見てとれる。
C 代表格は皇居だ。東京のど真ん中に広大な面積を持つ皇居について、米軍ははじめから「攻撃対象にしない」という指令を徹底していたし、天皇側もそれを知っていた。皇居北側の近衛師団司令部、東部軍司令部などの軍中枢部や、市ヶ谷の陸軍省・参謀本部(現・防衛省)など、本来狙われるべき軍中枢が無傷だった。赤坂離宮(現・迎賓館)、青山御所、新宿御苑、浜離宮、上野公園などの皇室所有地や、官僚機構の一端を担っていた皇族住居はことごとく攻撃の対象外だ。
東京駅は焼失したが、皇居に挟まれた丸の内の金融ビル街も残った。三菱本社、三菱銀行、三菱商事、日本興業銀行、横浜正金銀行、東京銀行、第一銀行、勧業銀行、関東配電(東京電力)などの財閥のビルが林立している。朝日、毎日などの新聞各社、放送会館(NHK)も残った。八重洲では日銀、三井本館。永田町や霞ヶ関でも、内閣府、国会議事堂、警視庁、内務省、大蔵省などが残された。ちなみに上野公園に隣接する三菱財閥統帥の岩崎久弥邸も攻撃を受けていない。広島、長崎、下関空襲でも三菱の主要工場は無傷であり、政財界とアメリカの盟友関係を裏付けている。
軍施設がほとんど残されているのが特徴で、陸軍の心臓部といえる赤羽の陸軍造兵廠、陸軍火薬庫、工兵大隊、陸軍被服本廠、兵器支廠、東京第一、第二兵器補給廠も周囲が焦土になるなかでわざわざ残されている。代々木の近衛輜重大隊、陸軍輜重連隊官舎、広大な駒場練兵場や野砲隊の官舎群もみな無傷だ。
E 工業施設でも、東芝本社のある芝浦工業団地から品川駅付近の港湾施設も攻撃されなかった。全滅した深川区に隣接する石川島造船所、佃島、月島など東京湾に面した工業施設、南部工業地帯の蒲田でも中心市街地が徹底的に焼き尽くされたが、羽田飛行場などの軍需施設はほとんど攻撃されていない。「米軍作戦任務報告書」に記された工業的目標はわずか22カ所に過ぎないが、そのうち破壊したのは18%だと記されている。実は無差別爆撃ではない。絨毯爆撃ではあるが、アメリカの対日支配に役立つものは残し、その邪魔になる庶民は殺すと極めて明確に選別している。
B 「暗闇のなかであれほど緻密な爆撃がどうしてできたのか?」という疑問も多く語られていた。「目標から外す目印のために誰かが下から光を当てていた」と証言する人もいた。原爆投下と同じく「戦争を終わらせるためにやむをえぬ」というものではなく、日本を単独占領するために国民の抵抗力を摘むための大量殺戮だった。
米軍の皆殺し作戦 殺すに任せた支配機構
A 東京空襲にも不可解な点がいくつもある。例えば、空襲直前に警戒警報を解除している。広島、長崎での原爆投下も直前になって警戒警報を解除し、みんなが安心して表に出てきたときに投下されている。あれは軍中枢が協力しなければできないことだ。300機をこえるB29の接近に気づかないわけがないが、物量で太刀打ちできないとはいえ、まともな反撃すらせずに米軍のやりたい放題を開けて通している。
F 広島、長崎への原爆投下でも、軍はB29に対してレーダー照射をして来襲を事前につかんでいた。大本営は原爆投下機の接近を信号を受信して知っていた。長崎では、B29を迎撃する部隊が大村航空隊で待機して出撃命令を待っていたが、結局、命令は下りなかった。NHKも当時のパイロットが怒って証言する場面を放映していた。
A 終戦末期になると特高警察がマークしたのは青年将校だった。敗戦が濃厚になるなかでこれらが反乱を起こすことを恐れた。左翼は早くに壊滅しているが、青年将校らは戦斗経験もあり、速やかにアメリカの占領下に誘導しようとしていた軍上層部にとっては脅威だった。敗戦が決定的になっても国民には「一億総玉砕」を叫んで、若者には特攻作戦をやらせ、本土を死守させる体制をとりながら、上層部が終戦工作にいそしむことに彼らの反発はすごかった。
天皇の「終戦の詔勅」の放送を前に、陸軍の青年将校が近衛師団長を殺害し、録音盤を奪おうとした事件もそうだが、マッカーサーが厚木に降り立つときにも迎え撃つという騒動があり、青年将校に影響力をもつ高松宮が必死になって抑えて回ったというのは有名な話だ。
B 敗戦直後、内地では軍を通じて直ちに武装解除させた。あれは天皇の命令だけでは動かない。軍司令部の指揮系統が動かなければできない。それを米軍上陸前にやらせるためには軍中枢を残しておかなければいけない。もともと海軍をはじめ軍中枢部分には親米派が多かった。陸軍も中国大陸で行き詰まって南進作戦に切り替え、南方の島島に兵隊を放り込んで食料も弾薬も送らない。ニューギニア戦線の体験者も「毎日イモばっかりつくっていた」という。南方はほとんどが餓死と病死だ。
D 敗戦を迎えるにあたって、あのドサクサのなかで米軍上陸、単独占領に誰が荷担したのか。東京大空襲で無傷だった施設を見ただけでも歴然としている。戦後は「財閥解体」といったが、財閥はしっかりと温存された。戦争に国民を投げ込んだ天皇はじめ、官僚機構も丸ごと温存された。開戦時の商工大臣をしていた岸信介が、その後CIAのエージェントとして力を与えられたのが象徴的だが、政界、官僚世界などが叩きつぶされることもなく、対日占領の協力者としてせっせとアメリカに媚びて戦後も機能していった。メディアでも大本営の中枢にいた読売新聞の正力松太郎や朝日新聞の緒方竹虎などがCIAのエージェントとして活躍する始末だ。
イラクでもアフガンでも、他国を占領しようと思えば必ず抵抗があるし、何年かかってでも肉弾戦で侵略者を叩き出そうとするものだ。日本の場合、なぜ無抵抗に近い形で単独占領することができたのか。それは支配機構が丸ごと占領の協力者になり、国を売り飛ばしたからだ。支配機構が軍事支配を受けながらアメリカの道具になって戦後は機能していった。それが今日まで続いている。
E 空襲で生き残った下町の人たちは、戦後は食べ物がなくて生活できないのでみんな市外に出て行ったという。国民を抵抗できないようにバラバラにさせている。抵抗力を削ぐために徹底的に空襲を加えたし、首都圏の人人はとにかくその日を生きるのが精一杯の状況になった。首都圏制圧のためにあれほどの空襲をやって、まさにショック・ドクトリン(惨事便乗型資本主義)で占領していった。
C 食料を意図的に統制したので、戦後の方が食料難がひどかった。当時の調達係の人が証言していたが、米軍が国内の食料倉庫を統制して食料危機に追い込んだ。米軍は関門海峡などの機雷封鎖も「スターべーション(飢餓作戦)」と名付けていた。国内から戦地へ食料を送らせない、大陸から送られてくる食料を遮断するための飢餓作戦だった。
都市部はとにかく食べるものがない。配給でもらった大豆をポケットに入れて、それを食べて水を飲んで膨らませて空腹をしのいでいたという。飢え死にが出るような飢餓状態に追い込んでおいて、ララ物資などのアメリカからの、それこそ家畜の餌になる食料が入れられた。そんな屈辱に国会で感謝決議したこともあった。
E 戦後の上野や浅草には、空襲で親を失った戦災孤児や浮浪者があふれかえり、餓死寸前の子どもたちは生きるために窃盗や売春をせざるを得なかった。GHQは「治安対策」を名目にして浮浪児を見つけ次第捕らえる「狩り込み」をやり、米軍の要請によって、脱走ができない水上の台場につくられた収容施設に強制的に送致し、檻(おり)に入れて監視・収容することまでやった。
B すでに武装解除しているのに進駐軍は必ず銃を携行して、電車も絶対に米兵専用車両に乗るし、接収した建物も日本人は立ち入り禁止にした。「彼らは日本人の反撃を恐れていた」と語られていた。
A 例えば、日本軍が満州を占領統治するのに100万人の軍隊がいったといわれる。日本を占領するには本来100万では足りない。それを日本の支配階級が従って代理政治をすることで米軍の負担を軽くできた。イラクやシリアを見ても、むき出しの占領支配になれば人民の抵抗を抑えることは難しい。それを天皇以下支配階級が全面的に協力し、それによって地位を守るという関係があったから占領できたということだ。
F 同じ敗戦国でも、ドイツではナチス関係者は戦後はみんな追放された。新聞社などもみな解散させられた。連合国による全面講和を結び一国に縛られなかったから、独立の自由性がある。アメリカが単独占領した日本との違いだ。
90年代の米ソ二極構造が終わったときもドイツは独立の方に行き、日本は対米隷属の方に行くので、ドイツ首相から「慌てるな」となだめられたほどだ。その従属路線が現在までエスカレートして、安保法制まできている。
A 現在でも官僚機構も含めて各省庁ごとにアメリカ直結だ。財務省も経産省も防衛省もだ。政策についてもアメリカ大使館の指示の方が強い。
米財務長官サマーズが何度も日本の財務省に直接怒鳴り込んできたし、原発事故のときもアメリカ政府関係者が首相官邸に乗り込んでいって菅直人を怒鳴りつけて指示を出す。アメリカの圧力なしに、民主党の鳩山、菅から野田までの変遷ぶりというのは理解ができない。現在の安倍の突っ走りにいたるまで対米従属の系譜だ。
財閥やメディアも米軍占領下で地位守る
C 原爆展キャラバンのなかで、戦時中に赤坂見附に住んでいて親族がアメリカ大使館に出入りしていたという婦人が、「アメリカ大使館の外側は私服警察の警備で物物しかったが、中にいる在日米国人は戦時中にもかかわらず中庭でゴルフをしていたり、まるで勝ち戦の後のような余裕ある生活をしていた」と疑問を語っていた。
F 当時の駐日大使ジョセフ・グルーがアメリカ本国に帰国するのは真珠湾攻撃の半年後だった。グルーは日本では天皇を中心とする「宮廷外交」を基本にし、軍部の反米派と対立傾向にあった天皇側近の木戸幸一、重光葵、吉田茂、近衛文麿などを「自由主義者・穏健派」と見なして親交を深めていた。開戦後の半年間で終戦までのプログラムをつくる工作をやっていた。
グルーは秩父宮に「安心しろ」といって帰国したが、アメリカ本国では「皇居は攻撃してはならない」、天皇は「軍国主義崇拝に役立ったと同様に象徴として役立つ」と説いて回り、吉田茂とも直接手紙をやりとりしていた。
のちの駐日大使ライシャワーは当時諜報部員だったが、この方向で「天皇を傀儡にして間接統治する」という占領プログラムをつくった。そこでは、戦争中も「短波放送の聴取が許される500人ぐらいの日本のエリートに常に知的な情報を粘り強く伝達せよ」と米陸軍に提案している。実際、1945年5月から「ザカリアス放送」という日本の上層のごく限られた者しか聞くことができない短波の日本向け放送をやり、いつどこを空襲するとか、広島、長崎への原爆投下をいつやるかも全て伝達していた。
これら米軍からの情報を集中しながら六月段階で、米軍の攻撃を全部開けて通して、「アメリカに敗北することで自分たちの地位は保証されることが約束されている」と側近の木戸幸一が天皇に提言している。
A 2月には、アメリカから情報を得ていた吉田茂が近衛文麿に天皇上奏文を書かせた。「米英は国体(天皇制)の変更までは要求していない。最も憂うべきは、敗戦よりも、敗戦に伴っておこる共産革命だ」というものだ。彼らの関心は戦争の勝敗などではなく、いかに国民を押さえつけてアメリカの占領下で地位を守ってもらうかだった。そのためなら原爆を落とされることも甘受するし、東京を焼き払って人民大衆をへとへとに疲れさせることはむしろ好都合という関係だった。
F 財界も最初から通じていた。三菱財閥統帥の岩崎小弥太は、開戦にあたっては「アメリカとは友人だから心配するな」と訓示し、敗戦時は「これから愉快に仕事ができる」と発言している。また、戦争末期には、日本商工会議所会頭の藤山愛一郎、日産コンツェルンの鮎川義介、浅野財閥の浅野良三などの財界代表が内閣の顧問会議を形成していた。藤山によれば、終戦6日前の閣議でアメリカとの経済関係をただちに回復させる計画を発表し、「自分たちの時代がやってきた」と喜び、軽井沢の別荘でシャンパンのコルクを抜き、新時代到来を祝して乾杯したという。はじめからアメリカは自分たちを大事に扱うことを確信していた。グルー自身が三菱とつながりの深いモルガン財閥の代理人で、戦前から投資していた権益、金融資産を含めてどう守るかというのが主任務だった。日本の財界人との関係ではアメリカ留学組が多く、鮎川とフォード、浅野とルーズベルトなど、人脈もできあがっていた。
A 天皇をはじめとする支配中枢も財界も、中国への侵略戦争で行き詰まり、負けることはわかりきっているが、中国に負けることになれば日本における支配的地位が失われる。だから日米開戦に突っ込んでいき、アメリカに降伏することで地位を守ってもらう。そのためには国民を犠牲にしなければいけないという意図が貫かれている。
C 東京はすべての政治勢力の本部があるところだが、東京空襲の慰霊碑問題をみても、都民の切実な要求をすくい上げるところがなかった。そこには、第一に米軍による抑圧、宣伝がある。いかにもアメリカが平和と民主主義の味方であり、日本を解放するための戦争をやり、原爆も空襲も戦争を終結させるためにはやむをえなかったかのように徹底的に宣伝したし、戦前以上の言論統制と弾圧をやり、反米につながる原爆や東京空襲についての言論を封殺した。
もう一つは、人民の側に立つべき共産党の指導部が「アメリカは解放軍」と規定して、旧軍部を批判するが、原爆にしても東京空襲にしてもアメリカの犯罪を問わずに来たことが大きい。都民はアメリカと共産党指導部の両方から抑圧され、ものがいえなくなる関係だ。
B 大衆のなかでは東京空襲への鬱積した怒りがあるが、東京で生まれた戦後世代でもほとんどその全貌を知らずにきた。そこでは革新勢力が進歩的な装いで「日本軍が重慶を先に空襲したから、それを反省すべきだ」「日本がひき起こした戦争だから仕方がない」という論調をふりまいてきたことが大きい。原爆投下を「日本の軍部から解放するために必要だった」というのと共通している。
F 共産党は戦前、天皇制の弾圧もあるが、大衆と結びつけず自然消滅をたどった。そのことの反省もなく「獄中18年」を威張り、アメリカを解放してくれた友と見なす一方で、庶民を戦争に協力したと蔑視してきた。特攻隊経験者や戦地に駆り出された者も、「予科練崩れ」「戦争加害者」などといって攻撃し、敵と友を転倒させてしまった。
徳田球一ら指導部中枢は、米軍に釈放されてすぐの人民大会でGHQまでデモ行進し、「解放軍万歳」を3唱した。「民主主義革命の端緒を開いた」といってマッカーサーに感謝し、GHQに入り浸り反米の情報を提供していた。東京空襲も原爆についてもそのような感謝が根底にあるから、正面から批判させない。知識人のなかでも対米従属問題についてなかなか触れることができないということも独特の抑圧構図を象徴している。
A アメリカがプレスコードをかけて行政機構が協力したし、東京空襲についても語らせなかった。そして共産党はあれほどひどい目にあった都民のことを無視して、アメリカを平和と民主主義の友と見なした。敵と友を転倒させて、むしろ大衆を敵扱いしていった。だからいまもって東京空襲について無関心できている。都民の苦労というものにまったく思いがなかったということだ。
C アメリカ民主主義がよかったというが、70年たってみてどうか。日本の富はみな吸い上げられて散散な状況になっている。遠慮知らずのアメリカが、終いには米軍の身代わりで自衛隊を戦地に引っ張り出すところまできた。それで安倍晋三がせっせと協力している。売国政治の根っこは何もかわっていない。左翼の戦後出発について先ほども触れていたが、都民の苦難に足場を置かずに抽象的な全国政治か何かを主張しても話にならない。大衆的というのは地方的で具体的だ。そこに足場を置かなければ全国の普遍性は見えない。東京にはあれだけ政党の本部があって、学者も日本一いながら東京大空襲の惨劇について怒りをもってアメリカを糾弾する勢力がいない。
A 東京大空襲の経験は語れないできた。意図的に抹殺されて、慰霊碑も何もない。これは原爆を投下された広島と比べたら明確な違いがある。広島には平和公園も資料館も供養塔もある。八月六日になるとみなが早朝からお参りに足を運んでいる。十数万人の命日だからだ。そして町のいたるところに町内会、学校、職場などいろんな単位の慰霊碑がある。何が違うのかだ。広島はたたかってきたからだ。戦後は広島でもプレスコードがかかっていて原爆のことを語らせない力が働いていた。「終戦のためにやむを得ぬ手段だった」というので原爆投下への怒りをかき消し、徹底的にとり締まっていた。
しかし当時、風呂屋に行くとみながケロイドを見せながら延延と語っていたという。それを当時の広島では「アメリカの人類に対する犯罪だ!」と真っ向から暴露して斗争がはじまった。占領下の50年8月6日の斗争が端緒を切り開いた。そして5年後には世界大会まで発展した。
この運動を指導したのが福田正義主幹(本紙)をはじめとした共産党中国地方委員会だったが、当時も東京の共産党中枢が「アメリカ解放軍」規定で中国地方におけるたたかいを弾圧していた。これと同じ構造が東京では現在でも生きている。日本人民の苦難の側から敵を暴露するのでなく、友と見なす。戦後出発に大きな違いがあった。
分かれ道は敵は誰か、友は誰かが鮮明でないといけない。あれほど殺されているのにアメリカ民主主義のインチキに幻想をもったら大変なことだ。アメリカが日本を侵略した敵だ。日本人民は戦中も戦後も大変な目にあってきた。人民の敵に対する憎しみと人民への愛情が統一されていないといけない。その人民を代表して敵を暴露する立場でないといけない。東京でもそれが問われている。
A 東京をはじめ首都圏は、沖縄に次いで米軍基地が多い。東京都だけでも総面積は約1603㌶(東京ドーム約340個分の広さ)に及ぶ。空襲で攻撃対象から外された軍事施設は、ほぼ例外なく米軍基地や自衛隊施設へ変わった。横田基地は在日米軍司令部であり、すべての在日米軍と自衛隊を統括する指揮所だ。神奈川県には、原子力空母を擁する米海軍第七艦隊の拠点である横須賀基地が盤踞し、在日米陸軍司令部、第一軍団前方司令部など米陸軍司令塔であるキャンプ座間をはじめ、爆発事故をおこした相模総合補給廠、通信施設、燃料貯蔵施設、住宅地、演習場などがひしめいている。
とくに横田基地は3350㍍の巨大滑走路を持ち、米軍人数は約3400人、国防総省文官200人、米軍家族含め約1万4000人もおり、米軍のアジア戦略における最重要拠点だ。その影響力から「横田幕府」とさえいわれる。米本土やハワイ、グアムなどから運んできた兵器や軍事物資を相模総合補給廠に備蓄し、戦時になると横浜ノースドックから搬出し、横田基地から空輸する体制で、西太平洋・東アジアを管轄する兵站補給基地だ。
東京都港区の六本木ヒルズがある都心にも赤坂プレスセンターといわれる米軍基地がある。その中身は、陸軍研究事務所、海軍アジア室、米軍の機関紙「星条旗新聞社」、保全連絡分遣隊、座間基地第78航空隊、独身将校宿舎、麻布米軍ヘリ基地だ。横田基地を経由して日本に侵入する基点として提供され、入国審査や税関などの規制は一切なく、ここから入国する人物については情報公開義務がない。地図上でも「白地」にするほどの機密扱いだ。
そのほかにも府中、由木、大和田、硫黄島の通信施設、日米合同委員会をおこなうニューサンノー米軍センター(港区)、米軍家族専用の娯楽施設である多摩サービス補助施設がある。敗戦直後208カ所あった米軍施設は住民の頑強なたたかいで「返還」されたが、実質どの施設もいつでも使える体制にある。朝鮮戦争の出撃基地となった立川飛行場は基地拡張が砂川斗争で頓挫し「返還」されたが航空自衛隊基地は米軍との共同使用であり、広大な国営公園、広域防災基地、道路、運動場として当時の施設はそっくりそのまま残されている。
地元でも「道路はいつでも滑走路に転用できるように周辺には高い建物や民家の建築規制がある。ひとたび戦争になれば街全体が一気に軍事基地に様変わりする」といわれていた。
B さらに首都圏の上空には、「横田ラプコン」と呼ばれる1都8県(東京都、栃木県、群馬県、埼玉県、神奈川県、新潟県、山梨県、長野県、静岡県)にまたがる、広大な米軍専用空域がある。この空域の高度約7000㍍以下には米軍の許可なしには日本の民間機はいっさい進入できない。
羽田空港や成田空港を離着陸する航空機は、通常の離陸はできないため急激に高く上昇してラプコンを飛び越えるか、大回りしなければならない。それが離着陸時の事故、ニアミス事故の頻発につながっている。首都上空を飛行するのに米軍の許可が必要な国など他にはない。
A 沖縄が前線基地なのに対して、司令部が集中しているのが首都圏だ。日本の支配中枢を軍事で抑えつけることで日本全国を占領下に置く。その目的のために、大空襲であれほど殺し、戦後も軍事力を配置しているのだ。沖縄の問題はよそ事ではない。真珠湾でもフィリピンでも、ベトナム戦争でも、いったん攻撃をさせて「報復」を掲げて参戦するのがアメリカのやり方であり、司令部が集中する東京こそミサイルの標的にされる可能性は高い。
B 本所の東京空襲体験者の男性が、「アメリカが問題なのははっきりしているが、どの政治家や政党がこれとたたかえるのか! 結局、自分の地位を守るために裏切る政治屋ばっかりだ」と吐き捨てるようにいっていた。空襲後に軍隊に志願入隊して整備士として厚木飛行場に配置されたが、地下壕を掘らされるばかりでその地下施設を今は米軍が使っている。「戦後は焼け跡から町工場を営んできたが、TPPに参入すればこの仕事が奪われていく。全部アメリカのためだ。そういうことをもっと暴いてくれ」と切実に語っていた。昔から自民党の支持基盤であってもみんな上を信じていないし、内に秘めた思いは少少ではない。
F 東京大空襲は広島、長崎、沖縄に匹敵する大量殺戮だった。その真実をおおいに語り継がなければいけないし、それは日本を再びアメリカの戦争に引きずり込むことを許さない全国的な世論を発展させていく大きな力になる。そのためには、私心なく大衆のなかから意見を集中し、それを代表して導いていく政治勢力が必要だ。そこでは、自己主張ではなく、大衆的であると同時に敵を鮮明にして人民に奉仕する思想でやり抜くかどうかが問われる。
司会 今回の安保法制まできて、対米従属構造こそ日本の平和を脅かす根幹であり、これとの対決なしには再び日本は戦場にされる
普段ネット上でトンキンwwwなどと煽ったりもしたが、ちゃんとしたかたちで東京を見てみた。
俺は今の日本の経済についての知識が欠落しているのであくまで一個人の主観的な感想として見てほしい。
まあ、腐っても鯛というか、一言で東京スゴイ東京発展し過ぎwwwと思った。
まず熱気が違う。どこも人に溢れ、各人が明日の夢と成功を求めていきいきと生きているようだ。
海外旅行で熱いアジアの新興国へ行った帰り、日本の家路につく時に感じる落ち着いた空気、冷えた空気、少し寂しさの残る空気が、東京に限っては皆無のように思われる。
そして、資本の密度が田舎のそれとは明らかに異なる。ここだけ異常だ。
日本全体の資本の4割くらい東京に集まってんじゃないかと目まいがするほど、東京の街は執拗にギラギラとしていた。
道を3メートル歩く度に、雑貨や食べ物の個性的な素晴らしいお店が立ち並ぶ。東京は街そのものが遊園地のようだ。
街中にメーカーのロゴや店の看板がこれほど絶え間なく多く寄せ集まっているのを見たことが無かった。田舎の繁華街が、東京では1ブロックごとに配置されていた。
麻布という言葉は知っているものの、どうしてメディアによく登場するのか分からなかった。実際に夜の麻布に行ってみてそれが分かった。
少し歩くと六本木へとつながる麻布では、日本の一般的な戸建て住宅とは異なる重厚な外国風の豪邸が立ち並び、日本のビバリーヒルズ?と思った。
歩いていると大使館の玄関に次々と遭遇し、ここが首都であることを改めて実感した。
洒落た少戸数型マンションへ帰宅する人たち、1分に1回の間隔で見かける品川ナンバーの高級外車・・・
日本の上位数パーセントの成功者・支配階級が寝床とするコミュニティ、外の世界の喧騒からの影響を受けない住み心地の良い閉じたコミュニティに足を踏み入れていた。
海外のエスニックな料理が好きなのだが、普段日本ではそれが食べられないと嘆いていたものの、東京では全く心配いらない。
ここは本当に日本か?と思うほど海外で経験したスパイシーで胃袋を鷲掴みする良い香りの熱気があちらこちらから流れてきて心が躍った。外国人の数も非常に多い。国際色豊かでカオスな感じ、料理が不味いわけがない。いつか夜の居酒屋巡りをしてみたい。
同じ日本人でも、地方田舎で住むことによって形成される日本に対するアイデンティティと東京で形成される日本に対するアイデンティティは異なるということに初めて気が付いた。
田舎の落ち着いた日常の心休まる日本、東京の激動の熱い日本、どちらも素晴らしいものだ。交互に味わえたらどれほど幸せだろう。
おい!誰が生んでくれってお願いしたんだよ!!!
俺がミソジニストになったのだって、メンヘラになって毎日苦痛にまみれてるのだって、さっきドアに指を挟んだ事だって!!
一億歩譲って俺が自ら望んで生まれたならまだわかるよ!!理解できる!!!!俺が望んだのだから、仕方ないかもしれない!!!
でも違うだろ!俺は!!!!!生まれたいなんて!!!!!!!!言ってない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
なんで頑張らなきゃいけないんだよ・・・
イジメで自殺したり、親が子供を虐待をしたり、そんな報道を見るたびに、この社会が、世界がいかにイカれてるのか痛感して絶望するよ!!!!!!!!!!!!!!!
別に被害者に一方的に同情してるわけじゃない!!!!!!!!!!!!!
DQN親に育てられたり、周囲がそういう環境なら人をいじめることに躊躇がない反倫理性の塊であるような子供になってしまうのは当然だ!!!!
親が子供を虐待するのだって、虐待してしまう親を生み出してしまった毒親が悪い!!!!負の連鎖だ!!!!!!!
俺はそんな負の連鎖を許容している世界が憎いんだよ・・・テメーらに良心はねーのかよ・・・・
こんなことが当然のようにまかり通って良いのかよ・・・
クソ・・・俺もまともな家庭環境で育っていればまだ・・・希望を見いだせたのに・・・
ああ憎い・・・
あらかじめ、簡単にまとめておくと、
『けものフレンズ』のOPソング「ようこそジャパリパークへ!」は
その一見人畜無害に見える歌詞に、人類がジャパリパークへ至るまでに辿ってきた道のりや設計思想を隠している。
ファンにとってはもはや常識の部類であろうが、啓かれていない野蛮なインターネットの民衆たちにはまだまだ広まっていないであろう。
人類のよりよき未来のため、「ようこそジャパリパークへ!」の歌詞解説をここに記す。
Welcome to ようこそジャパリパーク!
歌い出し。「ドッタンバッタン大騒ぎ」とは戦争前夜の政治的な混乱を暗示している。
うー!がぉー!
「うー」が「おー」になる言葉とは何か。そう、War である。戦争がはじまったのだ。関係ないが SEKAI NO OWARI というバンド名には NO WAR という文字列が潜んでいる。
「喧嘩してすっちゃかめっちゃか」になった時代を経て、けものへ進化したことで今ではすっかり仲良しになれたことを感謝している。
本当の愛はここにある
「けものは居ても のけものは居ない」は一般的に「みんなちがってみんないい」の謂だとされがちであるが、誤読である。
どんな社会には一定のはみ出し者は必ず生まれる。それが発生しないということは、そもそも排除されているからだ。
ジャパリパークは初めから「のけもの」を拒絶するようにデザインされた場所なのだ。
我々はここでナチスの蛮行を想起し、戦慄をおぼえざるをえない。排他的な国家で称揚される「愛」とはどういった類のものか――?
ともあれ、「ジャパリパーク」建設の理想に燃える人物が現れた。その人物は長引く戦争によって疲弊した人類世界を次のレベルに導き平和をもたらすために、ある行動に走ることとなる。
夕暮れ空に 指をそっと重ねたら
きのこ雲を暗示。
そう、ジャパリパークの設立者は単なる戦争を破滅が約束された核戦争へとひきあげたのだ。
振り向けば あちらこちらでトラブル
みんな自由に生きている
そう 君も飾らなくて大丈夫
我々の生きる現代と遠未来のジャパリパークをつなぐミッシングリンク――核戦争後の『マッドマックス』的終末世界で人々がたくましく生きる様子を描いている。
何を「大目に見る」のかといえば、無辜の民衆から暴力で資源や食料を略奪することだ。万民が「獣」になってしまった世の中だからしょうがないだろババア、ということである。
みんな「獣」になってしまったので「自由に生きている」わけである。
安価で高品質な大量生産の衣料品も失われ、この時代の人々はみな古代人のような粗末で簡素な服装をしている。アクセサリーなどは一部の特権的な支配階級にしか許されていない。だから「君も飾らなくて大丈夫」。
(はいどーぞ♡)
荒廃した世界、蔓延する暴力、無法なる秩序――もはや人類に安息の地はないのか?
絶望にくれた未来人の前に「はいどーぞ♥ はじめまして!」と登場したのが我らが理想郷ジャパリパークである。
いつもいつでも優しい笑顔 君を待っていたの
開かれた扉(ゲート) 夢をいっぱい語ったら
どこまででも
続いてくグレイトジャーニー
Oh 東へ吠えろ 西へ吠えろ
「ヨハネの黙示録」第四章:「見よ、開いた門が天にあった。そして、さきにラッパのような声でわたしに呼びかけるのを聞いた初めの声が、「ここに上ってきなさい。そうしたら、これから後に起こるべきことを、見せてあげよう」と言った。」
まさにその門(ゲート)から旧世界を滅ぼす災厄の獣や四騎士たちが「東へ西へ」放たれたのである。
「世界中に響くサファリメロディ」は獣たちの咆哮であるとともに、天変地異を報せる天使のラッパも暗喩しているものと考えられる。
―Welcome to ようこそジャパリパーク!
サビの一節だけを印象的に挿入することで、新世界の誕生を強調。
うー!がぉー!
ララララ ララララ Oh, Welcome to the ジャパリパーク!
ララララ ララララ Oh, Welcome to the ジャパリパーク!
ようこそジャパリパーク!
「ラララ」というコーラスで、言語や思考の多様性を切り捨て幸福に統一されたユートピア・ジャパリパークの状況を示唆。
そこでは「welcome」されたフレンズが「集まって」わいわいし、いつか「素敵に旅立つ」=死ぬ。それだけでサイクルが成り立つ。
それは完成された世界だ。
それは完成された福音だ。
ようこそジャパリパーク!
共産党幹部は、そんなに高級車に乗り、豪邸にお住まいなのですか?
日本共産党の”赤い貴族問題”と言う陰の歴史から続く党幹部の豪勢な生活は変わらない - 日本共産党の赤い貴族問題
その起源はロシア革命にまでさかのぼる。ボリシェヴィキの指導者たちは、貴族や資本家から没収した邸宅を所有し、別荘や専用列車なども所有していた。レーニンは、1921年5月19日のスターリン宛の書簡
「全ての労働者の平等」の実現をその最大の目的においた共産主義や社会主義が発展する段階で、
その運動や活動の過程で権力や財力を得て、「全ての労働者の平等」とは懸け離れた状態、そのような行為を行っている人物を指す。
Amazon.co.jp: ノーメンクラツーラ―ソヴィエトの支配階級
Amazon.co.jp: 新しい階級―共産主義制度の分析 (1957年): ミロバン・ジラス
Amazon.co.jp: 暗殺国家ロシア: 消されたジャーナリストを追う (新潮文庫): 福田 ますみ: 本
Amazon.co.jp: ロシアン・ダイアリー―暗殺された女性記者の取材手帳: 本: アンナ・ポリトコフスカヤ,鍛原 多惠子
プーチン露大統領は「汚職そのもの」、米政府高官 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
プーチン露大統領の秘密資産 関係者の証言 - YouTube
プーチン氏は「汚職の皇帝」 反政権指導者が批判 - YouTube
【中国高官・財閥】バカ息子 in USA 車はフェラーリ・ランボルギーニ・ベントレー・BMW【太子党・民青団】
紅の党〔4〕 フェラーリ事故で見えた現代中国エリートの肖像(朝日新聞) - WEB新書 - 朝日新聞社(Astand)
中国 海外逃亡公務員は2万人で持ち逃げ不正資金は17.8兆円│NEWSポストセブン
ロスに出現した中国“愛人村”、富裕層が高級住宅を買いあさり―中国メディア
蓄財1.5兆円、周永康は中国一の汚職役人か:日経ビジネスオンライン
中国の温家宝首相一族が巨額蓄財、総額27億ドル以上=報道 | Reuters
NEWSポストセブン|江沢民氏の孫が1500億円資金調達「金儲けに国家加担」と批難
中国次期最高指導者、習近平氏親族の資産3百億超か 米メディア報道
中国人気紙「急成長を遂げた」鄧小平氏の親族企業を報道「赤い貴族にも反腐敗のメス」 - (大紀元)
中国共産党“失脚”幹部が賄賂で買い漁った割烹旅館の行方は(社会)
「令計画失脚」に見る「赤い貴族」の栄光と没落:野嶋剛 | 中国の部屋 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト
【パナマ文書】中国資産の密やかな流出 党幹部の親族も - BBCニュース
【パナマ文書の衝撃】習近平氏から毛沢東まで大物の名が続々 中国は慌てて隠蔽に走り、共産党機関紙の社説まで削除したが…(1/3ページ) - 産経ニュース
【パナマ文書の衝撃】中国の新旧指導者の親族らの名が 故毛沢東主席の孫の夫も 権威利用のビジネス風土(1/2ページ) - 産経ニュース
ルポ「亡命中国人」~電気棒で拷問。強制送還寸前で平穏を奪われた、ある男の告白
バンコク亡命中の中国人「共産党への怒りだけが生きる支え」│NEWSポストセブン
【閲覧注意】中国共産党による人民大虐殺 …『六四天安門事件』(写真65枚)
町山智浩アメリカ日記---「インチキというものは、放っておくと、トンデモないことになるという話。」
NEWSポストセブン|天安門事件ヒロイン柴玲氏 映画の裁判で5100万円支払い命令
香港、「反中」書店関係者相次ぎ失踪の謎:日経ビジネスオンライン
[HowTo]中国のグレートファイアウォールを突破する方法 学術的アプローチで自由なインターネットに挑む「VPN Gate」
アメリカの連邦最高裁判所が今月26日、同性婚を認める判断を示したそうだ。現代社会の風潮ではいずれ認められるだろうと思っていたが、随分と早いな、というのが当初の印象。これで同性婚が当たり前、という風潮が全世界的に加速するのだろう。アメリカの文化的影響力の大きいオーストラリアなどの英米圏、それから欧州、そして日本や韓国、台湾などへも波及して、同性婚が当たり前になっていくのだろう。
これは、人権尊重という点ではいいことなのだろう。だが、西欧型社会の存続という面で言えば悪い知らせじゃないのか。現代の西洋社会の終焉の始まりの一つとなるのではないかしらん。個々の人権を認めた西欧社会の安定した政治システムは、あと100年のうちに終焉を迎え、中世的な世の中へと変わっていくのではないか、という予感がする。
そもそも同性婚の法律上の許可を同性愛者が求める理由は、そこに配偶者特権があるからだ。異性婚の配偶者には、いくつもの特権が付与されてきた。すなわち財産権、税制控除などの経済的特権や、家族間の問題には他人が口出しを出来ないといった排他的特権、養子を引き取って育てる権利などなど。これを同性婚者にも拡大しなければならない、というのが米国連邦裁判所の趣旨だ。
だが、男女の一夫一婦制を基本とした夫婦以外にも、様々な強固な人間同士のつながりがある。一夫多妻制はよく知られている。それ以外に、数人の男女で暮らしている共同体もあれば、兄弟で暮らしている家族もある。今後高齢の独身者が増える日本では、同性の高齢独身者同士が寄り添って擬似家族的に暮らす人々も多くなるだろう。なぜその中で、夫婦だけを特別に扱わねばならないのか。たとえば『赤毛のアン』を育てた兄のマシューと妹のマニラの二人のような兄妹に対して、夫婦と同じ特権を与えない理由があるのだろうか? 性的な愛情を基本とした2人の関係を、友情だとか兄弟愛だとかを基本とした人間関係よりも尊重しなければならない、というのは少々無理があるのではないか?
それに人々はやがて気づくだろう。同性婚者家族に拡大された特権は、やがて様々な人間関係の共同体にも拡大されるようになる。特権が拡大しすぎた社会では、やがて特権自体の意味がなくなる。その先に待っているのは、誰もが夫婦に伝統的に課せられてきた義務を果たさない社会なんじゃないか。
ローマ帝国が終焉した理由として、ローマの市民権が付与されすぎて、特権が薄まり、ローマ市民たちが納税と戦闘の義務を果たそうとする意欲を失った結果、ゲルマンの蛮族の侵入を招いた、という説がある。お隣の中国大陸の清が滅びたのも、八旗に所属する支配階級である旗人に、モンゴル人や漢人を加えるようになり、旗人の人口が増えすぎて社会の弱体化を招いたことが原因だとも言われている。特権者が権力を失ううちに、義務を果たさなくなるのは世の中の習いであり、共同体の屋台骨が義務を果たさなくなったら、その社会は崩壊するのが世の常だ。
人間は不平等感に我慢できないから、権力者と自分は同じ価値があると思う人々は権力者の権力を奪おうと試みる。人間は優しい生き物だから、特権を与えられていた人々は、世代を重ねるうちに良心の呵責に怯えて、周囲に特権を与え始める。しかし「権利なき者に義務もなし」という言葉の通り、権利を与えられる人々が拡大すればするほど、その権利の意味は薄れ、大切にされなくなる。
西欧型社会の基軸である夫婦に伝統的に与えられてきた権力が失われると、やがて夫婦に課せられてきた子育てや相互扶養などの義務を人々はバカバカしく思うようになるだろう。そのときに、今の西欧型社会は崩壊するんじゃないだろうか。
http://anond.hatelabo.jp/20150111070135
を書いたものです。
mahomi4 全く的はずれすぎ。
というコメントがありまして、この人の見る当を得た見解ってのはどういうものなんだろうとブックマークをたどったところ、
http://blog.goo.ne.jp/iida-miki/e/0d68f604177d2bdeb387e20a5dc9afb0
という記事にたどり着きました。扱っている事実が同じなのに見解が正反対というのもなかなか面白いのですが、少々以上に気持ち悪いと感じたのも事実です。
その気持ち悪さを説明するのも手間がかかるのですが、やってみますと、
親がどの国出身でどんな宗教を持っていようがフランス国民として
平等に生きていけることになっている。とはいえ本当に違いがないか、
うまくいけば(理念上は)素晴らしいけど、そんなに簡単に
あり、地区ごとに生活環境もかなり違うので、移民の子として生まれ、
(今朝のLe Mondeにはシャルリーの絵に対して今でも怒っている
アンテグラシオンやライシテの実態について、その限界を認識しながらもルソーまでひもといて、全体的にはフランス万歳!とまとめている点です。ベルばらのオスカルでしょうか。
私がすごく気持ち悪いと言うのは、こういうことをフランス人が言うならまだわかるのです。マジョリティの側にはどうしても見えてこないものというものがあります。それは善悪の問題ではなくて立場の問題です。
有働出人みたいな人がそうでしょう。まあ、あの人の活動はそれなりに有意義な部分がありますが、あの人に代表されるような白人マイノリティは、有色人種の国、それも支配階級にはならない日本や韓国に来て、初めてマイノリティ性というものを味わうことになります。そうすると見るものさわるものすべてが刺々しく感じられる。
アメリカにいる時は警察官が黒人を狙い撃ちにしてもあまり気にもしていなかったような人が、職務質問を日本の警察官にされると激怒する。年間何十人と言うレベルで何とかバッシングで死者が出ているオーストラリアから来た人が、じろじろ見られるくらいで韓国はレイシストと騒ぎ立てる。
こういうことは日本では私たちがマジョリティだから言われて初めて気づくという面もあります。言われてもただ反発するだけということもあります。自らがマイノリティとなった時に、マジョリティである時の視線・態度をかえりみるにまでなれればいいのですが、残念ながら、女性に暴力を振るう黒人男性、同性愛者を差別する女性は珍しくありません。
そしてそれを更にマジョリティの側が、見ろ見ろ、連中はこんなに野蛮だぞとはやしたてる。
あるドイツ人と話していた時、我が国は民主的でリベラルで、世界に冠たる我がドイツ、みたいな話になって笑ってしまったのですが、まあそれはその人個人の話なので、ドイツ人って全然変わっていないよねとは言わないでおきましょう。ただその人には人種差別はどこにでもあるけれど、東洋人がしつこくチンチョンチャンとまとわりつかれる国はドイツ以外ではそんなにはない、年間百人以上ヘイトクライムで殺されている国はそんなにはないということは「見えていない」のですね。
リベラルであると言うことが、他者を見下すこと、見ろ見ろ連中はこんなに野蛮だぞってなることが、リベラルがそのためのエクスキュースになることがあるのです。
リンク先の記事の何が気持ち悪いかと言えば、日本人で、パリに住んでいて、未だにシャルリー・エブドに怒っている中学生は新聞の記事でしか見たことがなくて、見えないゲットーに守られていてマジョリティのような顔をしている、それがすごく気持ち悪いのです。
国民戦線のルペンだって、アンテグラシオンは同化政策と言う意味で、ライシテはイスラムを強制的に同化せしめると言う意味で大賛成なのですからね。
歴史をひも解いて言うならば、フランス革命以後、フランスは確かにリベラルな原則を打ち立て、それを徹底してきた歴史があります。公平を期して言うならば、第一次世界大戦後、日本が列強に要求した人種平等の原則に英国とアメリカは反対しましたがフランスは賛成したと言うことも付け加えておきましょう。
しかし同時に、そのリベラルでライシテな共和国下においても、フランスもまた数々の非道をなしてきたことは忘れてはなりません。
フランスでは支配層の横の流動性が高く、文化人、メディア関係者が政界に横滑りすることも珍しくはありません。新聞人であったクレマンソーが第一次大戦期のフランスの首相であったように、エリート層は全体として支配階級を形成しています。ポール・デュシャンは二十世紀半ばのジャーナリストで、第四共和政期にアルジェリア行政官に就任して、監獄を視察しています。その時、アルジェ独立派の囚人たちの身体に、拷問の後があるのを見て首都に報告しています。その拷問の傷跡は、デュシャン自身の身体にもありました。ナチスに捕らわれていた時に拷問された跡です。
パリ解放の日の記録をサルトルが書き残しています。ルクレール将軍に率いられた自由フランス軍の入城をもってしてナチスのパリ占領は終わりを告げて、自由だ!自由だ!というはじけるような喜びを書いています。そうして成立した自由なフランス、ライシテなフランスの下でアルジェリアでは拷問が行われていたのです。
インドシナでのフランスの動きも決してほめられるようなものではありませんでした。フランス当局もいちまいかんで行われた人身売買はナチスから解放された人たちの手によってなされたものですし、フランスはインドシナ独立を抑えるため、アメリカに対して原爆の使用を執拗に求めています。これも、自由なるフランス、言論の自由なフランスの体制下でなされたことです。
私はいちいちフランスの過去の悪行をあげつらって、批判したいのではありません。フランスのリベラルな諸制度も国家制度の補完部分であるにすぎず、国家制度そのものを、相対化して批判するようにはなっていないということを言っているのです。フランスの内部にいるシャルリー・エブドは水の中にいるため水の重さを知りません。自分がネジであるに過ぎないことを理解できていないのです。それは結局、彼の中にマイノリティ性がないからであってマジョリティ側の暴力について無自覚であったからです。能力の問題ではありません。性格の問題です。
批判と言うものは嘲笑や侮辱にならぬよう、あるいはそうなっても構わないのは権力の側に対してのみ、その注意深さが必要です。風刺画というメディアは明らかに全方位になす批判の方法にはむいていません。
東京大学にすら合格できない低能や、年収1千万円にすら満たない貧乏人は、畢竟、存在に価値も本質も宿らないので全員死ぬべきである。そのどちらか一つでも満たしていれば、或いはまだ存続する価値くらいは残ろうというもの。しかし、そのどちらも無いものは論外である。どうせ何やっても本質の宿らない偽物としての錯覚の人生しか宿命付けられていないのに、その実情を自覚して死にたくなったりはしないのだろうか?まあ、偽物とは総じて自分が一端の能力者であるとか、価値があるとか、本物であると無条件に盲信してるんだがな。何か調べたい事があって徐にインターネットを閲覧すると、生きてる価値のない中身の無い人間、濃密な思考領域へのアクセスなどといった知的経験の浅い低劣極まりない頭脳の持ち主が、それでも一端に何者かを気取って、どこから、何を基盤に生じてるのかさえ不明なプライドを掲げながら何かしら図々しく意見したり低俗な情報を発信しているが、畢竟何をやっても全く無駄なのであるから、微生物なりの努力や人生観、無意味なプライドなど破棄してさっさと死ねばいいのだ。
そもそも、俺は代々エリートの家系の出身ではなく、極普通の一般家庭の子供達と等しく、生まれた時から周辺の人間全てが低劣で生きる価値の無い低知能や社会的弱者共しかいなかった為、後年は自発的に東京大学や社会の上層階級、業界トップクラスの一流機関などといった一部の限定されたコミュニティのみを自身にとっての「楽園」として見做し、その楽園に自身を所属させる事でしか精神衛生や心的平静というものを保てないのである。何故ならば、そこでなら存分に能力を発揮し、社会的報酬も大きいという利点も勿論あるが、それ以前に、そのコミュニティに集う人間達の質の水準が高いからである。無論、一流機関であれば偽物の人間や、価値の無い人間というものは淘汰されていく。コミュニティへの加入条件が限定されればされる程に、無駄な人間などは淘汰され、組織やコミュニティとしての質が洗練されていく。自分はそんなエリート集団の中に身を置くことが好きであり、それにより安心を手にする事ができるのだ。しかし、一般社会などはどうだ?無差別に人間共を寄せ集めただけの混沌とした集合はどうだ?頭の悪い人間はそれをやれ“多人種交流”だとか“価値観の相互理解”などという言葉で誤魔化し、それらを推奨するほど健全とする風潮が蔓延っているが、それは金魚を大海に、鮫を河原に放流するが如き愚行である。
東大生というものは、千人に一人程度の割合でしか生じないものである。ならば、私は最低でも99.9%の現世人類の存在価値を否定しなければならない。私が存在価値を認めていいのは0.1%に該当する人類であるが、それは存在価値を認めたというだけに過ぎず、優れているだとか注目に値すると評価しうるのは、更にその中でも1%に該当する程度だろう。つまり、全人口の0.1%に当たる現世人類はその存在価値を認めるが、私がある種の尊敬を示せるのは全人口の0.001%程度、即ち十万人に一人ということになる。それでも多いほうだ。何せ、この狭い島国だけでも約1300人は存在するという事実を示すのだから。しかし妥当な数字だろう。
これらを踏まえた上で解せない問題がある。問題は、0.1%にすら該当しない、千人中残りの999人の多数派に就いてである。彼らは、並ならぬ学習経験がある訳でもない、凡俗ごときには認知し得ない濃密な知的経験がある訳でもない。知的作業の膨大な繰り返し(修練)をしてきた訳でもない、何かを完璧に修めた訳でもない。真理に辿り着いた事など一度もある筈がない。或いは、何か事業を成功させ財産を築いた訳でもない、他者を掌握し勝利と成功を導いた訳でもない。詰まり、何も優れた性質は一切備えていない。何ら特筆すべき事もない有象無象の凡夫共。折角持って生まれた人生の膨大な時間とエネルギーを無為に浪費するような、生きる価値の無いクズ共である。紛う事なきクズ共や塵芥共である。そんなクズ共が、何をプライドなど強く張って一端に物事を主張しているのだろうか?こんなクズ共にさえ各々自尊心があり、自分は物事を正しく判断し主張する事ができると過信している事が理解不能であり、我慢ならない。故に、私は彼らを全て粉砕する。俗世を誰よりも嫌悪、憎悪しながらも、俗世の支配階級の身分に就き、彼ら塵芥共の儚い幻想を真理の鉄槌で以て粉砕する。「知識」と「金」という名の誤魔化しようもない圧倒的な鉄槌で以て、クズ共が抱く淡く儚い幻想を粉々に粉砕するのだ。