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はてなキーワード: オスカルとは

2021-12-23

ドキュメンタリー世界で1番美しい少年、見てたけど、伝わってきた苦しさに息が詰まった。

ベルばらオスカル、正直業が深い。

2021-08-23

anond:20210821232550

何はともあれ『ベルサイユのばら』いちおう主人公オスカルアントワネット、フェルゼンと3人のうち2人までもが体制側なんだけど体制側は滅び、反体制に寝返ったオスカルバスチーユ陥落を見届ける。

2021-07-30

anond:20210729235655

腐女子に限った話ではないけど、

昔の少女漫画にいた男装女子オスカルなど)や女と見紛う美少年ジルベールなど)が今は消えたのは

女が女のまま自由に生きられるようになったから、ってのも古典論としてあるよな

今時オスカルみたいな役割キャラ出したいなら男装させる必要なくて普通に女の姿のまま出しても違和感ないし

少年漫画の方も、ヒロイン=無力な守られ役、って構図じゃなくて男同様バリバリ戦うのが自然になってて

それに伴って二次創作女性向け男女カプが増えてるしな

ジェンダーレス時代

2021-04-13

anond:20210412221418

中身は大人の子どもってノーベル賞作家の有名な作品にも出てくるし、ピカソ君が成長止まった障害者おっさんとして描かれてるのもそっちの影響だよね

①その「ノーベル賞作家の有名な作品」なるものは『ブリキの太鼓』のことだろうがオスカル探偵ではない

②「ピカソ君はそっちの影響だ」と断言する根拠は? 舟崎克彦がそう認めたの? それともきみの単なる妄想

ピカソコナン盗作とまでは言えないが、カタカナ三文字(それも西欧芸術家名前)の名前も含めるとやはり「酷似している」としか言いようがない。

2020-12-05

阪急阪神HDエンタテインメントセグメントステージ事業

決算説明会資料から

歌劇事業演劇事業

営利は他事業と按分で出してみる

梅芸、tca宝塚舞台は期末純利直近3年だけ官報決算DBから取れた

単位億円

3月中間
(按分営利)
期末 (按分営利) (梅芸/
tca/宝塚舞台純利)
期末コメント
中間コメント
2021年55 (△24)コロナ△138: 減益。新型コロナウイルスの影響を受け、宝塚歌劇の多くの公演を中止したことに加え、各公演の観劇人員イベント 開催制限措置の影響で大きく減少したこと等により、大幅に減収・減益
2020年179 (58)344 (54) (0.5/17/0.5)コロナ23: 減益。歌劇事業において各公演が好評を博し、また関連商品販売好調に推移していたものの、第4四半期に新型コロナウイルスの影響を受けたため、減収・減益
増益。歌劇事業において、各公演が好評を博したことや、関連商品販売好調に推移したこと等により、増 収・増益
2019年164 (35)349 (51) (0.7/0/0.7)横ばい。歌劇事業において、関連商品販売好調であったことや海外公演を実施したこと等により増収となっ たものの、公演に係る費用が増加したこと等により、営業利益は前期並み
減益。前年同期の歌劇関連商品販売トップスター退団により好調であったことの反動減や、演劇事業の 公演回数が減少したこと等により、減収・減益
2018年171 (41)340 (48) (0.6/9/0.5)増益。歌劇事業において、雪組公演「ひかりふる路~革命家マクシミリアン・ロベスピエール~/SUPER VOYAGER!」や花組公演「ポーの一族」等の各公演が好評を博したこと等により、増収・増益
増益。雪組公演「幕末太陽傳/Dramatic “S”!」や宙組公演「神々の土地/クラシカル ビジュー」等の各公 演が好評を博したこと等により、増収・増益
2017年168 (38)329 (44)増益。歌劇事業における宙組公演「エリザベート-愛と死輪舞(ロンド)-」や、演劇事業にお ける「バイオハザード-ヴォイス・オブ・ガイア-」等の各公演が好評を博したこと等により、 増収・増益
増益。演劇事業において主催・共催公演回数が増加したことや、歌劇事業において 宙組公演「エリザベート-愛と死輪舞(ロンド)-」等の公演が好評を博したこと等によ り、増収・増益
2016年165 (37)326 (44)出版事業の一部外部化影響△19: 増益。2014年10月1日付で出版事業の一部を外部化したことや、歌劇関連商品販売が減 少したこと等により減収となったものの、宝塚歌劇100周年(2014年)に引き続き高稼 働率を維持したことに加え、宝塚大劇場・東京宝塚劇場の公演回数が増加したこと等に より増益
出版事業の一部外部化影響△19: 増益。前期(2014/10/1)に出版事業の一部を外部化したことや、演劇事業におい て主催・共催公演数が減少したこと等により減収。一方、利益面では、歌劇 事業において宝塚大劇場・東京宝塚劇場の公演回数が増加したこと等によ り増益
2015年187 (39) 352 (46)出版事業の一部外部化影響△21: 増益。出版事業の一部を外部化した影響があったものの、2014年100周年を迎えた宝塚 歌劇の各公演が好評を博したことに加え、歌劇関連商品販売好調に推移したこ と等により、増収・増益
増益。宙組公演「ベルサイユのばら-オスカル編-」や星組公演「The Lost Glory-美しき幻影-」・ 「パッショネイト宝塚!」等の公演が好評を博したことに加え、歌劇関連商品販売好調に推移したこと等により、増収・増益
2014年166 (36)337 (43)横ばい。雪組トップスター披露目公演「ベルサイユのばら‐フェルゼン編‐」や星組公演「眠らない男・ ナポレオン‐愛と栄光の涯(はて)に‐」等が好評を博し増収となったものの、宝塚歌劇100周年 に向けた拡大宣伝等による費用が増加したため、営業利益はほぼ横ばい
増益。雪組トップスター披露目公演「ベルサイユのばら-フェルゼン編-」や星組公演「ロミオとジュリエット」が好評を博したことや、演劇事業における主催・共催公演の増加等により増収・増益
2013年137 (25)282 (31)増益。月組公演「ロミオとジュリエット」、「ベルサイユのばら」や宙組雪組トップスターの退団公演が好評を博すとともに、歌劇関連商品好調に推移したことなどにより増収増益
増益。宙組トップスターの退団公演や月組公演「ロミオとジュリエット」が好評を博すとともに、歌劇関連商 品が好調に推移したこと等により増収増益
2012年126 (n/a)258 (24)(なし)
減益。ステージ事業においては、歌劇公演回数が減少したことなどにより減収減益
2011年n/a261 (n/a)歌劇事業において、宝塚大劇場・東京宝塚劇場で、2008年に上演し話題となった「THE SCARLET PIMPERNEL(スカーレット ピンパーネル)」を月組で再演し、特に好評を博したほか、2001年フランスで 初演されたミュージカルロミオとジュリエット」を雪組で上演した。また、演劇事業においても、梅田芸術劇場で、同ミュージカルを宝 塚歌劇星組により上演したほか、「ファントム」等の話題性のある 公演を催した。
(略)

2020-11-29

初めてホストクラブに行ったがホストって馬鹿しかいないの?

友人と飲んで二次会どこ行くよってなったノリでホストクラブの初回に行った。

初回90分飲み放題1000円。

入れ替わり立ち代わり色々なホストが現れて、10分弱ぐらい喋っていく。

どうもホストクラブの初回というのはそういうものらしい。通うとなると特定ホスト指名してその人についてもらうことになるが、初めての客は誰を指名していいかからない。だから、色んなホストと少しずつお喋りして最後に一番良かったホストを選ぶ。で、選んだホストと連絡先を好感しエレベーターまで見送ってもらう。

指名できるのは2回目以降かららしい。なるほど、そういうシステムなんですね。まあ二度と行かないけど。


で、出てきたホスト全員馬鹿死ぬほどびっくりした。ヤバい。会話が成立しない。いやするけど。成立する範囲で当たり障りのない話をすれば成立するけど。

なんていうかものを知らなすぎる。言葉を知らないからめちゃくちゃ会話が止まる。何の仕事してるのって聞いておいて言ってもその仕事が世の中に存在していることを理解していない。

病院で働いてるのは医者看護婦だけだと思ってるし学校で働いてるのは先生だけだと思ってるとかそんなレベル

慣用表現なんか使おうものなら何の台詞って聞かれる。いややべえよ。

まあでも知らないことを知ってるふりする能力は高い。だから最初まさか何も理解してないなんて気づかなかった。最初だけね。すぐボロが出るけどね。


とはいえはちゃめちゃに顔が良かった。私は現実では全く面食いではないんだが、とにかくヅカ系の王子様が大好きで、つまりお化粧バリバリ王子ホスト顔面が大好き。

もう、喋らせるとね、あ、この王子マジで馬鹿だわって夢から覚めてしまうのでずっと顔面を褒めてた。

きゃー!顔がいい!顔面重要文化財!立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花!!!!!

まあ重要文化財って何って聞かれたけど。うん、オスカル様はフランス人だもんね、世界遺産は知ってても重要文化財は知らないよね!しゃーない!


というわけで初めて行ったホストクラブオスカル様みたいなビジュアルの男を褒めちぎり倒してめちゃくちゃ楽しかったけど、オスカル様はフランス人から全然日本語を知らなくてビビりました。

世の中にはいろいろな世界があるんだなあと思った次第。

タバコ臭いし、うるさいからもう二度と行くことはないと思うけど、行ってよかったホストクラブ

このご時世にリアルホストクラブに行ったとか絶対言えないので吐き出し。

2020-10-30

anond:20201028235151

8巻まで読んでの予想だけど、多分さらさはオスカル様にはなれないんじゃないかなぁ

まれた才能があっても一番の夢は叶わないという展開はありそうだよ

ブコメにも

里美星のエピソードなんかでも顕著だけど、天性の才能にどれだけ恵まれていたとしてもその才能が本当になりたい夢を叶えてくれるとは限らない、ってテーマが一貫して根底にある

って書いてる人いたけど、まさにこれが理由さらさの夢は叶わないと思う

2020-10-28

かげきしょうじょ!の主人公補正しんどい

アニメ化おめでとうございます

ちょっと前にTwitter話題になってるのをみて、コミックスで0~7巻まで読みました。

※なんで7巻までなのかは後述。あと7巻までのネタバレ含みます

どのキャラクタ少女漫画らしい理想的魅力と程よい泥臭さがあって、掛け合いもエピソードもよく練られた面白い漫画です。

主人公とりま関係者個性があって推しに事欠かないし。扉絵の主役二人のポージング楽しい

しかタイトルの通り、主人公である渡辺さらさの主人公補正がえぐすぎる。血統身長身体能力、完コピというチート能力、周囲の人間関係要職にある大人からの気に入られイベント(多数)。

他の才能や努力に裏打ちされた同級生たちがすべからく凡庸になるのも無理なから無双ぶり。これで天然キャラというのも個人的には嫌味さが増すというか...

ここまでさらさが圧倒的だと皆気にならないもんなのか??

主人公なんだしと思いたくても、他のメンバーの並ならぬ努力が毎巻番外エピソードで語られるのでさらさの異常性が巻を追うごとに引き立つ。才能だけならまだしも、頻発する気に入られイベントもなあ...

オスカル様になる」というさらさの夢はわかるけど、6歳で歌舞伎稽古もやめてるし、紅華の入学のためにバレエ練習を始めたのって入試半年前(たしか)とからしいし、

6歳以降特になにもやってないのに、演技完コピとか体幹の強さとかどうやって獲得したんだろう…生まれつきって言ったって体幹とかトレーニング積まないと鍛えられないんじゃないの...?

梨園血筋の子供って何もしなくても体幹超つよいの..?ほんとに何もやってなくてあのポテンシャルなら生まれときからバレエと紅華一筋だった杉本とか一生立ち直れなくない??

8巻以降でさらさの6歳以降の苦労エピソードが語られるの?

さらさの生い立ちまだ完全に明かされてないし安心して読み続ければいいのかな。

教えて詳しい人(直球ネタバレはなしで)。「助六にはなれません!」は子供には辛いエピソードかもしれんけどそういうのじゃなくて..

あと自分の大好きなキャラがいたんですけど、7巻(リサ先輩の番外エピソード)を読み終わってもう続きに手が伸びませんでした。

(以下自粛

ストーリー主人公以外のキャラクタも絵柄もとても好きなので続きが読みたいんだけど、さらさの無双ぶりがしんどくて(それに伴って相対的に他キャラクタ冷遇みたいになるのとかがきつい)とりあえず保留中。

でもアニメで盛り上がったら読みたくなるんだろうなあ...

2020-07-02

烏賊って漢字表記にはロマンがある

ちょうぞくと読むと海賊とか山賊みたいでかっこいいし

鳥賊ってなんだ?って興味わく

烏賊がいるってことは獣賊(ケモノキャラのこと)とか花賊(オスカルのこと)とか風賊(風俗店員のこと)とか月賊(セーラームーンのこと)とかいるのかなって想像が膨らむし

でもイカって読ませて海産物イカを表すのはやや無理があると思う

イカっぽくないしな

あー腹減ってきた

タコ焼きでも買ってくるか

2020-05-03

GW古典名作漫画を読もう

おすすめをいくつかリストアップたから追加してくれ



ガラスの仮面」49巻(未完)

主人公北島マヤ女優として花開いていく様を描く演劇漫画。数巻ごとににマヤピンチに陥るが、その演技力で敵をコテンパンにのしていく。

いわゆる「舐めてた相手ハイスぺでした」モノ。



ベルサイユのばら」全9巻

フランス革命にいたるまでの激動の時代を描いた歴史群像劇。思ってるよりオスカルは出てこないしラブロマンスが主軸ではない。

男性でも読みやすいと思う。



エースをねらえ!」全18巻

主人公岡ひろみテニスプレーヤーとしての成長、そして人間としての成長をえがくスポ根漫画ひろみを取り巻く人物たちがとにかく魅力的

特にお蝶婦人を「主人公イジメ高飛車縦ロールお嬢様」ぐらいのイメージしかない人にこそ読んでほしい



あしたのジョー」全20

なぜジョー最後まっしろ燃え尽きたのか? ジョーという一人の孤児人生追体験する漫画戦後日本がどういう雰囲気だったのかも伝わってくる

あと力石はラスボスじゃないので注意



漂流教室」全6巻

ある日突然大地震と共に小学校ごと異世界トリップしてしまった主人公たちの命をかけたサバイバル漫画ポストアポカリプスもの好きな人おすすめ

楳図のトリッキーな発想による予想もつかない展開の連続であっという間に読み終えてしま



デビルマン」全5巻

もうとにかく読んでくれとしか言えない。永井豪デビルマンを書いたというだけであとどれだけ駄作を書こうがすべて許される

今読むとそこまでインパクトはないかもしれないが、時代性を考えるとそれぐらい凄い

2019-08-11

anond:20190810143013

でも女装需要ないけど男装はめちゃくちゃあるな

ってブコメがあるけど

女装男性向けでも女性向けでもめっっちゃ需要あるだろ!!

男性向けだと「男の娘」って呼ばれる事多いけどな!

女性向けも多いぞ!同人二次創作でも定番ネタだぞ!「とりあえず受にメイド服やらウエディングドレス着せてみる」っての腐るほどあるだろ!

しろ男装の方がそんなにあるか?オスカルみたいな古典以外で。

2019-02-16

百合ジャンル歴史現在 前

 本稿では、BL/やおいと比べ論じられることの少なかった「GL/百合ジャンル確立歴史と、その現状について考察する。

 はじめに、「百合」というマンガアニメにおけるジャンルを示す言葉概要説明する。「百合」とは主に、女性同士の恋愛と、それに満たない関係性も含めて描いた作品ジャンルを指す。川崎によれば、定説として語源ゲイ雑誌薔薇族」に由来する。男性同性愛を指す「薔薇族」と対になるよう、女性同性愛者を「百合族」と呼称した「百合族の部屋」というコーナーが1976年から不定期連載されるようになったのが始まりであるとされる(川崎2014:44)。当時はレズビアンを指す用語だったが、徐々にサブカルチャーに輸入され女性同性愛を扱った作品群を呼称する言葉に変化していった。

 まず、日本での「百合」のマンガジャンルとしての成立について述べる。そもそも大正ごろの日本においてマンガとしての形態以外で女性同性愛テーマにした創作物としては、性描写過激男性向けポルノか、少女向けの小説に二分されていた。特に女学生同士の姉妹関係エス」をテーマにした少女小説金字塔として、「花物語」(1925)などが代表される。しかし、大正時代少女文化として流行した「エス」の概念現代の「百合概念とは違い、上田は「自覚的女性を愛することを選択したというよりは、良妻賢母になるための安全なる予行演習という側面もあった」と述べている。(上田 2014:192)

マンガが発展し、女性同士の関係性を主題とした最も初期の連載作品1970年代ごろから山岸涼子「白い部屋のふたり」(1971)、池田理代子おにいさまへ…」(1974)、「ベルサイユのばら」(1972-73)のオスカルロザリーなどにみられはじめる。これらは、「24年組」に代表される少年愛テーマとしたマンガと同時発生的に少女マンガ誌に掲載されたものだ。藤本は、このころの百合マンガの大きな特徴として

 ①対照的な二人の容姿(中性的・くっきりとした美人可憐少女イメージ)

 ②演劇モチーフ(宝塚歌劇の影響)

 ③悲劇的なストーリー(少年愛を扱う作品対照的同性愛による葛藤描写)

を挙げている(藤本 2014:101)。これらの特徴は、1970年代女性の抱えていた抑圧感を反映していたものなのではないかと考えられる。女性作家による「少年愛」が現実の抑圧から解放として、性的未分化存在(少女)の何物にも縛られない感情の動きを描写したものなら、このころの「少女愛」はそれと対照的に、抑圧からの逃避としての悲劇的な結末が設定されることが多かったのではないだろうか。表現手法舞台設定は耽美幻想的でありながらも、当時の日本での女性のおかれる立場に忠実な閉塞感が描写されたものだと考えられる。また、この時代百合マンガ少年愛ほどの大きなムーブメントには発展せず、作品数も多くはなかったため、自然消滅的に衰退していった。

 しかし、1990年代同人誌文化の発達に伴い、百合ジャンルも急速にその勢いを復活させる。

まず、「美少女戦士セーラームーン」(1992-97)によって、女児向けマンガにおける戦う美少女という概念ジェンダー論的な観点においての大きな転換点となる。異性愛的な要素が物語の中心に関与していたにもかかわらず、同人イベントではセーラー戦士同士のカップリングを描いた作品が爆発的なブームとなった。その理由として考えられるのは、消費される客体としてではなく主体としての戦う美少女像が確立されたことではないだろうか。これにより、百合的な描写70年代における悲劇的な結末に向かう物語ではなく、少女が二人で主体的に幸せを獲得していく過程が重視されるようになっていったと推測できる。

そして、物語の中の関係から百合文脈を汲み取っていた時代から、前提として百合のもの主題においた作品も増加していく。代表的なものとして、「少女革命ウテナ」(1996-98)がある。この作品は、古典的少女マンガシンデレラストーリーを基盤に「王子様」と「お姫様」を少女同士に置き換えてなぞりつつ、70年代百合作品に見られた演劇的なモチーフや学園モノ、男装美少女といった設定を取り入れ、また絵柄としても耽美で繊細なものであったが、これらは意図して行われたパロディ化された演出だった。ストーリーの結末も、最終的には二人が離れ離れになる点は悲劇的にも取れるが、その後ヒロインたちの再会が示唆されている。アライによると、「王子様」と「お姫様」が結ばれてハッピーエンド、という構造少女同士で反復するだけではなく、最終的にヒロインたちは「王子様」と「お姫様構造破壊し、自身覚醒させ歩き出すことで、社会的女性規範を打ち砕くことができるのだ。(アライ 2015:57)それこそが「世界革命する力」であり、この結末によって投げかけられたのは、異性愛規範や家父長制へのアンチテーゼと、黒人女性解放運動日本女性ウーマンリブ運動などの背景を踏まえた社会的メッセージだった。

これらの2作品によって、社会的な動きと呼応した百合マンガの潮流が形作られはじめる。「セーラームーン」も「ウテナ」も少女マンガ誌に掲載されており、本来ターゲット層は10代の少女対象にしていたと考えられるが、ここでのプラトニック少女たちの絆がオタク層にも受け入れられ、恋愛的な文脈解釈した成年層による二次創作が爆発的に流行する。これと同時に一次創作オリジナル同人誌においても、「百合」という概念が定着しはじめ、少女同士の恋愛主題にした作品がみられるようになる。

 そして2000年代に入ると、マンガジャンルとしての百合を専門に掲載した「百合姉妹」(2003-2005)が発刊される。その後、「コミック百合姫」(2005-)に統合され、現在刊行中。専門誌の発刊は大きなジャンルの発達の手掛かりとなり、この雑誌に連載されていた作品アニメ化や二次創作流行によって、「百合」というジャンルがはっきりと定義されはじめ、広く認知されるようになっていく。しかし、その定義に関して「男性が主要人物として登場し、恋愛関係に介入する」「性的関係が生じた場合百合ではなくポルノ」などといったさまざまな議論が巻き起こったのもこの時期である

また同時期に、「神無月の巫女」(2004-05)や「舞-HIME-」(2004-05)などの少年誌で連載される百合作品が登場する。これらの作品は、少女マンガ作品よりも直接的な同性間の恋愛としての描写性的表現が強く押し出されていた。ここから現代男性向けと女性向けの要素を同時に内包した現代百合マンガ形態確立しはじめたといえる。2007年には、前述した「コミック百合姫」の姉妹紙として一迅社からコミック百合姫S」と「コミック百合姫Wildrose」が発刊。「S」は本誌よりソフトで繊細な関係性の百合を扱い、なもりゆるゆり」(2008-)が代表するような「日常系百合」の流れを作った。一方「Wildrose」は、それまで成人向けポルノとしての過度な性描写忌避されがちだった(厳密な定義での「百合」ではないとされる議論があった)当時の風潮の中、直接的な性描写掲載した作品を扱う専門誌として独立した挑戦的な試みだった。

 ここで、2008年に行われた「コミック百合姫」の読者アンケートを参照してみる。2008年7月号時点の『コミック百合姫』読者の男女比は男性27%、女性73%であるのに対し、『コミック百合姫S』の方は男性62%、女性38%となっている。つまり現在統合された「コミック百合姫」の購買層は、この男女比を単純に平均すると男女差はほぼ半々で、やや女性読者のほうが多いということになる。ここでは百合マンガの購読層を性別と消費の形態に4つに分類して考察した。

①「傍観」型女性

 女性購読層において基本的には、社会的比率を前提にすると異性愛女性のほうが多いと考えられる。彼女たちは少女同士の関係性に、「現実における異性愛ジェンダーロールによる苦痛から隔絶された「非現実的な同性間による越境快楽」を心の拠り所として愛好するのではないだろうか。なおこれについては、やおいBL ジャンルを愛好する女性においてもほぼ同じ理論適用できる層が存在すると思われる。

②「投影」型女性

 百合というジャンル性質上、他の恋愛形態をメインとしたジャンルよりもレズビアンバイセクシャルを自認する女性が購読層に多い傾向にあることは考慮するべきである彼女たちは、異性愛女性が「少女マンガにおけるロマンティクラブ」を夢見るのと同じように、自身性的指向に一致した自己投影先として「百合マンガにおけるロマンティクラブ」を享受していると考えられる。

③「傍観」型男性

 百合自分投影先の存在しないストーリーを消費するものとして受け取っている購買層。①「傍観」型女性とほぼ同じ論拠が適用できると考えられる。

④「投影」型男性

 百合マンガ登場人物自己投影する男性は、ジェンダーロールから解放と、女性との恋愛の疑似体験を同時に達成できる。この購読層の性的指向に関しては、社会的比率として異性愛男性が多いと思われるが、異性愛コンテンツNL)ではなく百合GL)を愛好する彼らに関しては、③「傍観」型男性よりさらに複雑な感情ルーツを持っていると考えられる。また、TS願望を持つ男性MtFとは区別する)や、同性愛男性共感を持って少女同士の関係性を愛好する例も、この枠にひとまず収めることとする。

⑤「乱入」型男性

 特に男性向けの性的描写の含まれ百合マンガ等においては、その世界の中に没入し登場人物の中に「混ざりたい」という観点で消費する層も存在する。これは上記の4つの例と異なり、少女同士の関係性ではなく「(男を知らない、穢れのない存在として描写される)レズビアンである少女を自らの男性性によって屈服させたい」というマウンティングによる性的欲望や、男性主人公やその代わりとなる女性キャラクター存在しない「ハーレムもの」といった受け止め方に由来するものと思われる。ただし、これらの男性百合ジャンルファンから忌避される傾向にあり、特に近年の百合主題とした作品においては減少している。

これらのファンがそれぞれ百合というジャンル定義について議論を重ね、各需要を満たすような創作物制作していったことにより、百合ジャンルが発展していった時期だった。

次に、2010年代百合文化を振り返る。このころに代表的な作品として挙げられるのはテレビアニメ魔法少女まどか☆マギカ」(2011)だろう。この作品は、「セーラームーン」にルーツもつ戦闘美少女系譜を受け継ぎながら、現代調に前提として百合意識して構成された作品ひとつで、魔法少女同士のカップリングを扱う二次創作が爆発的に流行した。

 また、少女マンガ誌において百合を扱った作品が満を持して再び登場する。70年代以降、異性間のラブストーリー(NL)に偏っていた少女誌において約30年ぶりに百合が復活した形で、「野ばらの森の乙女たち」(2011)や「ブルーフレンド」(2010―2011)が連載された。これらの作品は、少女漫画特有の筆致でありながらも明確な少女同士の恋愛関係としての描写があり、また両作品とも70年代のような悲劇的なラストを迎えることはない。少女向けの要素として、学園設定や疑似姉妹などの設定は残されているものの、これらは批判的なパロディというよりも前時代少女誌における百合作品に対する敬意からくるオマージュ解釈するほうがふさわしいだろう。これは近年において少年誌よりもジェンダーロールの強固だった少女誌界隈に百合ジャンルブームの波及がみられた、極めて注目すべき例である

<続きと参考文献リストこちら>

https://anond.hatelabo.jp/20190216025236

2018-10-01

インド料理富士そばか迷う増田住まう夜間カバ素地府仮うょ里鈍意(回文

オスカル、君がいると助かる!

ベルサイユのばらで一番好きな台詞です。

おはようございます

月が変わっちゃったわね!

新しい月よ。

と言うか今月は既にもう2回も東京出張の予定があって、

ランチインド料理屋さん巡りか富士そば巡りかに迷ってます

んふんふんふん♪

せっかくなのでインド料理屋さん探してチェックしておきたいかな。

バングラデシュ料理東京にならあるみたいだし、

それでもいいかしら?

でもさ

富士そばも捨てがたいのよね!

私の住んでいる周りには、

ああなかなかみずみずしい蕎麦は食べれないので、

からてやんでーばかやろーこんちくしょうめ!って意気込みで蕎麦いっちゃいたい感じなのよね。

浅草富士そばのお店なんか

またすぐ隣にそば屋があるもんだから

富士そば食べて出たそば

また隣に入っちゃうぐらい蕎麦も好きなのよね~。

出張面倒くさいけど

こうやって楽しい予定もかませておけば楽しくなるわよね!

もう行ったら秒で仕事終わらちゃおう!

うふふ。


今日朝ご飯

昨日の台風大丈夫だったかしら?

私は西に行ってたので、

台風に追われるように帰ってきたわ。

地図を見てるとどんどん高速が通行止めになってきてるのが、

迫り来る恐怖感あってなんかただならぬ雰囲気だったわよ。

なんかデイアフタートモローを地で行く感じかしらね

その台風のおかげでお店にはおにぎりサンドイッチが陳列されてなくて残念。

すっからかんで買えなかったわよ。

デトックスウォーター

巨峰ウォーラーしました。

風味はちょっと不動の葡萄風味なのがいいです。

一度種なしを買っちゃうと、

種ありには戻れないわね。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2018-07-13

いつから男性主人公嫉妬するようになった

ケンシロウターちゃん、アシタカがぼくのヒーローだったのに

女性主人公女性キャラが主なものを好むようになった、映画漫画アニメ

そして、オスカルじゃりン子チエのチエちゃんが新たなヒーローとして加わった

2018-04-04

anond:20180403212617

Cottonton ベルセルクキャスカとかセスタスのアシュレイとか、少年最初装う子は男の子になりたいというかむしろ逆で、その世界で女として生きることの過酷から仕方なくそれを選んでるんだよな。

それだ。

そういやファリスシャイナもオスカルもそうだ。

別に本人が男になりたいんじゃなくて、男装しないと生きられない・認められない状況だからやってるだけだった。

から「女らしくなる」事が「本当の自分を取り戻す」「救い」として描かれるんだ。

しろ少女漫画に多いのも、昔は現実の女もそれを強いられていたからだし

結婚して主婦・母ルート、と言う『女らしい』生き方以外をしたいなら『名誉男性』にならなければならない、というね。働きマン的な)

現代絶滅傾向なのは現実で「女が女のまま主婦・母ルート以外を選んでもいい」世の中になったからなんだろうな。

2017-08-29

(追記しました)これ以上紫京院ひびき様の尊厳を踏みにじらないでくれ

紫京院ひびき様を愛している。

男装王子様。顔が良くてお金持ちで友情を信じない気高く孤高なムービースター

紫京院ひびき様が登場したとき、ああやっと私の信じられる王子様が現れたと思った。サファイアでもオスカルでもウテナでもない、新時代の誰より気高くて傲慢で麗しいプリンスが、女児アニメに登場したことが、この時代象徴するのだと本気で思った。

誰かの為ではなく、自ら選んで世界さえ欺くために男装をして、そんな自分をなにより美しいと信じている姿はあまりにも尊かった。

紫京院ひびき様は公式スタッフにX自認だと明言されている。すごい。そんなことってあるんだと思った。レオナの前例があれど、ここまで踏み入ると思っていなかった。

ライブシーンに圧倒された。手に入るグッズは全部揃えた。筐体も始めた。brilliantprinceのコーデを全部集めた。

自殺願望にも似たあまりにも美しい夢が潰えた時、革命が果たされず「友情」にひびき様が敗北した時、耐えられなかった。泣いた。体調を崩した。日常生活に支障をきたした。

たかだか女児向けアイドルアニメがみーんなトモダチみーんなアイドルかしこま!とワンクールを終えただけでめちゃくちゃになった。紫京院ひびき様は最後の集合カットでもかしこまっていなかったけれど、友情はふわりとしか認めていなかったしファルルへの尊敬も失うことは無かったけれど、それでも真中らぁらに、友情に、努力に敗北した事実は、あまりにも重かった。

界隈はカップリング論争で大荒れだったし、とにかく二期終盤は地獄めいていた。あの時から何かが変わってしまった。

3期の紫京院ひびき様は相変わらず性格はひん曲がっていたけど、やはりどこか落ち着いていた。それが辛かった。革命のためにすべて捧げていた頃のカリスマに惹かれていたのだと気づいた。

トリコロールが結成された時は幸せだった。最高の結成式と圧巻のライブだった。やっぱりなにより美しいひとだと思った。

だけどそろそろ限界が近いのかもしれない。

今日アイドルタイムプリパラ放送が辛かった。

アイドルタイムに変わってからいい加減にギャグ文脈に落とし込まれることが耐えられなくなった。たまにしか出てこないのにどうしてそんな扱いするんだろうって思ってしまうようになった。アイドルタイムの三人組が紫京院ひびき様に無礼をはたらくシーンは必要だったのだろうか。少なくとも虹色にのちゃんは目上に対して敬意を払えるキャラクターだと思っていたけど、それをねじ曲げてまでひびき様を貶めたかったのかと思ってしまうほど苛立ってしまう。なにも面白いと思えなかった。ふわりとファルルがひびき様に抱きついてた事くらいしか記憶に残っていない。愛しい。調子に乗ってる機嫌のいい紫京院ひびき様の姿しか見たくない。ライブ前は劇場版カット使いまわしてるし。今更プリリズを引っ張ってくるのも気に入らない。いらんことするくらいなら登場しないほうがマシだと思ってしまう。ずっと輝かしいままの姿で君臨していてほしいだけなのに。

ジャンルに不満を持つようになったら対象から外れたみたいなツイートあるけど、そう言われても困る。ほかのジャンルに移動する気も起きない。完璧天才で最高のプリンスである紫京院ひびき様を信じていたいだけなのに。公式に直接文句は言わないけど、鍵垢で喚き散らしながら放送をみている。筐体のひびき様は裏切らないからいい。でもWithにエスコートされるひびき様なんて死んでも見たくないかドリームシアターしかやってない。

プリパズはクソゲーだし。ひびき様が出てる時は課金するけど。声優さんツイートの件で界隈はまた荒れてたし。カップリングについては言及しません。グッズ展開は微妙だし。それでも恵まれている方だと思うし未だに新商品が出れば買い続けているけど。だってそれしか公式に紫京院ひびき様が好きだって伝える方法がないから。

つらい。

だけど、どうしても、紫京院ひびき様が好き

(追記)ブクマコメントありがとうごさいますちょっと憶測で誤解が生じてしまうのはさすがに勘弁していただきたいので追記させていただきますが、漫画家さんの件に関しては私は鍵垢から1度も出たことないので人違いです。

泣きながら書きなぐった文章なので冷静に見返してひどすぎて引いたんですけど、それでもプリパラというコンテンツ自体をまだ嫌いになれないので苦しみながら付き合っていくことになると思います

2017-05-10

どん兵衛オスカルのやつ寒すぎだろ。寒いっていうっても、自分厨房時代ノートを見せつけられるようなやつ。赤面しちゃって最後まで読めなかったよ。

2017-04-07

ネット揉め事があると、ニヤニヤしながら話題に取り上げるけど「俺はどちらにもつかない…」というスタンスを貫く人がいるじゃん。

そういう人を見るといつも「オスカル様みたい…!!」とときめく。

からない人はベルばら最初のほうを読んでほしい。

  

関係ないけど、アンドレって最高にいい男だよな。

アンドレの素晴らしさってオスカルというこれまた素晴らしい女性を前にしたことによってどこまでも増していくんだよな。

美しい魂を持った者同士だからこそ、2人はあそこまで輝いていたのだという気がする。

2015-01-13

エクスキュースとしてのリベラル

http://anond.hatelabo.jp/20150111070135

少し話が違うけれど、年末ネタのような話題があって

を書いたものです。

その記事はてなブックマークに、

mahomi4 全く的はずれすぎ。

というコメントがありまして、この人の見る当を得た見解ってのはどういうものなんだろうとブックマークをたどったところ、

http://blog.goo.ne.jp/iida-miki/e/0d68f604177d2bdeb387e20a5dc9afb0

フランス新聞社 シャルリー・エブド襲撃事件について

という記事にたどり着きました。扱っている事実が同じなのに見解正反対というのもなかなか面白いのですが、少々以上に気持ち悪いと感じたのも事実です。

その気持ち悪さを説明するのも手間がかかるのですが、やってみますと、

さて、そのアンテグラシオンやら政教分離があるので、

親がどの国出身でどんな宗教を持っていようがフランス国民として

平等に生きていけることになっている。とはいえ本当に違いがないか、

住む場所や肌の色、名前判断されていないかといえば

実際には「平等」なんて言えないだろう。アンテグラシオン

うまくいけば(理念上は)素晴らしいけど、そんなに簡単に

適応できないこともある。フランスは今でも階級社会の名残が

あり、地区ごとに生活環境もかなり違うので、移民の子として生まれ

様々な葛藤感情を抱いて育つ人がいるのは想像できる。

(今朝のLe Mondeにはシャルリーの絵に対して今でも怒っている

イスラム教徒中学生の話が載っていた。)

アンテグラシオンやライシテの実態について、その限界認識しながらもルソーまでひもといて、全体的にはフランス万歳!とまとめている点です。ベルばらオスカルでしょうか。

私がすごく気持ち悪いと言うのは、こういうことをフランス人が言うならまだわかるのです。マジョリティの側にはどうしても見えてこないものというものがあります。それは善悪問題ではなくて立場問題です。

有働出人みたいな人がそうでしょう。まあ、あの人の活動はそれなりに有意義な部分がありますが、あの人に代表されるような白人マイノリティは、有色人種の国、それも支配階級にはならない日本韓国に来て、初めてマイノリティ性というものを味わうことになります。そうすると見るものさわるものすべてが刺々しく感じられる。

アメリカにいる時は警察官黒人を狙い撃ちにしてもあまり気にもしていなかったような人が、職務質問日本警察官にされると激怒する。年間何十人と言うレベルで何とかバッシングで死者が出ているオーストラリアから来た人が、じろじろ見られるくらいで韓国レイシストと騒ぎ立てる。

こういうことは日本では私たちマジョリティから言われて初めて気づくという面もあります。言われてもただ反発するだけということもあります。自らがマイノリティとなった時に、マジョリティである時の視線・態度をかえりみるにまでなれればいいのですが、残念ながら、女性暴力を振るう黒人男性同性愛者を差別する女性は珍しくありません。

そしてそれを更にマジョリティの側が、見ろ見ろ、連中はこんなに野蛮だぞとはやしたてる。

あるドイツ人と話していた時、我が国民主的リベラルで、世界に冠たる我がドイツ、みたいな話になって笑ってしまったのですが、まあそれはその人個人の話なので、ドイツ人って全然変わっていないよねとは言わないでおきましょう。ただその人には人種差別はどこにでもあるけれど、東洋人がしつこくチンチョンチャンとまとわりつかれる国はドイツ以外ではそんなにはない、年間百人以上ヘイトクライムで殺されている国はそんなにはないということは「見えていない」のですね。

リベラルであると言うことが、他者を見下すこと、見ろ見ろ連中はこんなに野蛮だぞってなることが、リベラルがそのためのエクスキュースになることがあるのです。

リンク先の記事の何が気持ち悪いかと言えば、日本人で、パリに住んでいて、未だにシャルリー・エブドに怒っている中学生新聞記事しか見たことがなくて、見えないゲットーに守られていてマジョリティのような顔をしている、それがすごく気持ち悪いのです。

国民戦線ルペンだって、アンテグラシオン同化政策と言う意味で、ライシテはイスラム強制的に同化せしめると言う意味で大賛成なのですからね。

歴史をひも解いて言うならば、フランス革命以後、フランスは確かにリベラル原則を打ち立て、それを徹底してきた歴史があります。公平を期して言うならば、第一次世界大戦後、日本列強要求した人種平等原則英国アメリカは反対しましたがフランスは賛成したと言うことも付け加えておきましょう。

しかし同時に、そのリベラルでライシテな共和国下においても、フランスもまた数々の非道をなしてきたことは忘れてはなりません。

フランスでは支配層の横の流動性が高く、文化人メディア関係者政界に横滑りすることも珍しくはありません。新聞人であったクレマンソーが第一次大戦期のフランス首相であったように、エリート層は全体として支配階級形成していますポールデュシャン二十世紀半ばのジャーナリストで、第四共和政期にアルジェリア行政官に就任して、監獄を視察しています。その時、アルジェ独立派囚人たちの身体に、拷問の後があるのを見て首都に報告しています。その拷問の傷跡は、デュシャン自身の身体にもありました。ナチスに捕らわれていた時に拷問された跡です。

パリ解放の日の記録をサルトルが書き残していますルクレール将軍に率いられた自由フランス軍の入城をもってしてナチスパリ占領は終わりを告げて、自由だ!自由だ!というはじけるような喜びを書いています。そうして成立した自由フランス、ライシテなフランスの下でアルジェリアでは拷問が行われていたのです。

インドシナでのフランスの動きも決してほめられるようなものではありませんでした。フランス当局もいちまいかんで行われた人身売買ナチスから解放された人たちの手によってなされたものですし、フランスインドシナ独立を抑えるため、アメリカに対して原爆の使用を執拗に求めています。これも、自由なるフランス言論の自由フランス体制下でなされたことです。

はいちいちフランス過去の悪行をあげつらって、批判したいのではありません。フランスリベラル諸制度国家制度の補完部分であるにすぎず、国家制度のものを、相対化して批判するようにはなっていないということを言っているのです。フランスの内部にいるシャルリー・エブドは水の中にいるため水の重さを知りません。自分がネジであるに過ぎないことを理解できていないのです。それは結局、彼の中にマイノリティ性がないからであってマジョリティ側の暴力について無自覚であったからです。能力問題ではありません。性格問題です。

批判と言うもの嘲笑侮辱にならぬよう、あるいはそうなっても構わないのは権力の側に対してのみ、その注意深さが必要です。風刺画というメディアは明らかに全方位になす批判方法にはむいていません。

2014-07-17

はじめて宝塚みにいってきた

親に連れられてはじめて宝塚歌劇を観にいった。

一応女性だけの劇団で、男役と女役で分かれてるってことは知ってたんだが観てビックリ

オスカルとアンドレが本気のキスしてた。

どうみても実際にしてるようにしかみえなかったけど、ああいうもんなのか。フリじゃないのか。

なんかすごいもんみた気がする。

そして不覚にもオスカル死ぬ場面で泣いてしまった……

劇が終わるとダンスショーが始まるんだが、

オスカルピンクドレスを着た女性が色っぽく踊っていてまたぶったまげた。

男役と女役ですらない。女同士で絡み合っていた…。

帰りにグッズショップで記念のものを買おうと思ったけど、女で溢れてたからやめた。

すごい世界だった…。

2014-04-11

サッカー観戦をしていると、こういうワードにたどり着く事が多い。

「○○がクソ」「○○死ね」「○○やめろ」

こういうことを言っている奴ほど、なぜその状況でそのプレーが行われたか全く説明しない。

シュートを外した→外した奴はクソ、やめろ

ディフェンスのミスミスした奴は死ね

優勝できない監督→出て行け

なぜシュートを外したのか?

直前のプレーでパサーとのイメージにずれがあった。

もっと前で欲しかったが、足元に来たのでオーバーモーションになり、DFに詰められて枠を狙うことが不可能だった。

もっと遡ると、CMFからの縦パストラップしてサイドにチップし、即座にゴール前へ反転して折り返しを待ったが来ず、そのままDFのチェックを受けていた。

DFが引きつけられて開いたバイタルのスペースを使うべきだったが、サイドからクロスを受ける形になった。

死ねと言われるほど評価の低い選手だろうか?ここでデータを持ちだしてみると。ワントップFWで、シーズン終盤の現在10ゴール以上15ゴール未満、アシストはかなり多く、その分だけ得点演出しているのがわかる。

1トップなのにアシストが多いということは、この選手が居なければ前線選手全員の得点が期待できなくなるということだ。居なければ自身の得点がなくなるだけでなく、周りの評価が下がる。

客観的に見れば、アシスト得点を合わせた得点期待値が高い選手を放り出すのは馬鹿げている。


なぜディフェンスがミスをしたのか?

相手のFWスピードがあった。そのスピード試合から留意すべきものだった。なので、チームはDF一人でチェックするプランではなく、カバーをすることは指示されていた。しかカバーが来ない。

カバーをするCMFが攻撃時に前へ行ったが戻ってこれず(スピード、スタミナの問題など)一人でチェックする事になった。

もともとCMFはスタミナやスピードのあるタイプではなかった(そのためポジションは後ろ目の守備要員だった→攻撃のプランにも影響があり、前述のシュートミスという部分にも繋がる可能性が多いにある)

入ってきたボールに対してその場でGKから声が上がったが、反応したのは自分だけだった。

ではこの選手は死ななければいけないほど劣るのだろうか?

DFは一人で一人を守りきれば絶対に負けないというものではない。オーソドックス戦術であれば最終ラインには多くて4人。そこから攻撃時にSBオーバーラップすることが日常茶飯事だ。

ピッチ上の状況とバランスを全員が見極めながらゴールを守らねばならない。11人全員の行動が密接に関係しているのだ。

その証拠として、現在CLでもベスト4に進んだチェルシー前線は、スタミナとスピードを重視したウィリアンオスカルが名を連ねる。これは守備への貢献を考えた選出なのは明らかだ。逆に言えば、攻撃に非凡な才能を持つマタだったが、守備への意識とスタミナに難があり、出場機会を失った。

今回のケースでは最初から一人でチェックするプランではなかった。大きな非は無いだろう。

では何故一人で抑えられないこの選手が起用されたか?それはスピード以外の能力を見出されたからだ。あるいは相手のFWを止められるDF世界には居ないのかもしれない。


なぜ優勝できないのか?

1シーズンを戦える選手層が無い。中盤からどんどん失速する。しかし代わる選手がおらず出突っ張りになる。コンディションが落ちる(上記のシュートを外してしまう要因になる)。

ついに選手が怪我をする。失速に歯止めがかからない。

ではなぜ選手層が薄いのか?近年の市場価値高騰から特別資産を持つチームが選手を独占する。優勝をするにはその特別なチームと渡り合わねばならず、しか特別資産はない。

プレーの外側での支出が大きく、金銭的に厳しい状況で主力選手が次々引き抜かれる中、現在雌伏の時であるしかしそれでも一流と呼ばれるチームに見合うだけの最低限の成果を出し続ける。

なぜ選手の怪我が多いのか?原因不明。基本的試合中での怪我が多く、不確定要素が多すぎる。

ちなみにカップ戦現在希望がある。

では酷く非難されるほど能力のない監督なのだろうか?

はっきり言うと、毎年主力選手を引きぬかれてなおリーグトップ渡り合い、欧州チャンピオンリーグに出場し続けるほどの成果を出すのは前例がない。

マラガ財政難で沈んだ(選手の引き抜きに関してどうこう言うつもりはない)し、ドルトムントけが人が続出し、予断を許さない。インテルも3冠の後はセリエ中位を続けている。リヴァプールも昨年まではまさに雌伏だったはずだ。チェルシーモウリーニョは名将だ。ではベニテスは駄目か?そうはならない。彼はリヴァプールCLを制覇し、現在ナポリで一流クラブを指揮している。

このエントリがどこのチームのことを言っているのかわかっても、何も言わなくていい。

纏めよう。まず、サッカーで口汚く批判をするなら、その責任を負う事を自分理論と考えで示すことが最低限の批判の仕方だ。そして、サッカーのプレーは、あるいはピッチ上の選手は、他方から密接に関係しあってプレーを行っている。スタッフもそうだ。

クラブが好きだから声を上げるという理論が成り立つのは、そのクラブ地元だけだ。日本でやっても届くのはJだけだ。Jに届くのは現場で上がった声だけだ。俺はそれでも議論にならない死ねだの出て行けだのといった言葉を上げるのはアホらしいと思うが。

メリットは何もない。デメリットは、同じクラブを好きなやつが嫌悪感を募らせる。明確だ。

嫌悪感を募らせた結果、こんなエントリを書くのだ。聞くに堪えない。サッカーは好きだが、そのサポーターや、対立が華みたいなサッカー文化は嫌いという矛盾した状況になってしまった。

それとも、こういった人は多いのだろうか?

俺は一生サッカーを一人で見ることにしたし、友人であってもまともに議論が成り立たないならサッカーの話はしない。

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