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はてなキーワード: 諸制度とは

2018-10-01

anond:20181001115035

あい批判一般論として、暗に進歩的なことができない硬直した会社は潰れろって言ってるんだよ、言わせんな恥ずかしい

そしたら重要仕事してる会社がたくさん潰れるからダメって言うんだろ?

そんなに重要仕事なら、ほっといても新しく立ち上がるんだよ。まあ半分も再興しないだろうけどな。

そうやって一度潰して仕切り直す過程を経なきゃ、

お前らは一生進歩的現代的な諸制度を取り入れないし、まず検討もしない、

それどころか検討できる空気にすらならないだろって話よ。

平たく言うと「会社なんてもっとカジュアルに潰れるものであるべき」的世界観だな。

硬直的な組織を正せずに会社組織にしがみつき続ける国民性ブラック元凶的なアレよ。

からこういう文脈でのリモートワークもその現代的な諸制度の一つくらいの大枠でしか見てないから、

個別案件的な合う合わないとかを考慮しろ的に返されても的外れだし「はぁ?これだから…」となるだけ。

2018-07-31

anond:20180731001120

いやだから既存の「愛の証明婚姻届に求めていた諸制度(民間のものも含める)」を全部変える必要があるってことでしょ?

それとももしかして性的マイノリティー専用の疑似結婚制度作ればそれでいいとか思っていた?

2017-05-19

議院内閣制機能してない件

今の国会ってただの安倍自民執行部の翼賛機関になってるよ

内閣国会に対する説明責任をまじめに果たそうともせず国会行政を全く統制できてない

国会はまともに議論しようともせず、担当大臣すら理解できてないような法案議論が尽くされたとかいって通す

こんな体たらくだと安倍首相自分立法府の長って勘違いするのも仕方ないのかもしれない

戦後民主主義日本国憲法とそれに伴う諸制度によって担保されてるんだとずっと思ってたけど、何の事はない、実は国会議員良心によってのみ支えられていたんだなってのを最近思い知らされてる

自民党議員先生には自民党執行部に公認を受けたか議員になれたんじゃなくて自らが国民に選ばれたからそこにいるんだということを思い出して内閣をしっかり監視してくれることを望んでいる

2016-05-23

政界ふしぎ発見

舛添都知事政治資金規正法関連問題では、

資金使途を記載した帳簿の画像がよく目に触れます

この帳簿には、支出した年月日、相手先、内容や目的が、

知事言葉を借りれば「膨大な数」記載されているのですが。。。。

さて、ここでクエスチョン

この帳簿、よく見るとぜんぶ手書きですね。

経理デジタル化されて久しいのに、これらの帳簿が手書きされているのは、なぜでしょうか?

政治資金規正法はじめ諸制度で、手書き要求されてる。

経理担当者または氏がパソコンに疎く、デジタル処理できない

③後刻改竄可能にするため

正解はブクマのなかで!

2015-02-22

世代間格差

からキチンと国内諸制度を見直して良い方向に持っていくとしても、

間にハマるワリを食う世代がいるだろうから

自分たちがその世代にならないように先送りにしているのだろうか、

という妄想


ところで、一番ワリ食っている(ワリを食うであろう)世代ってどこなんだろう。

自分のところだったら、もうそれは諦めるしか無いのか。

2015-01-13

エクスキュースとしてのリベラル

http://anond.hatelabo.jp/20150111070135

少し話が違うけれど、年末ネタのような話題があって

を書いたものです。

その記事はてなブックマークに、

mahomi4 全く的はずれすぎ。

というコメントがありまして、この人の見る当を得た見解ってのはどういうものなんだろうとブックマークをたどったところ、

http://blog.goo.ne.jp/iida-miki/e/0d68f604177d2bdeb387e20a5dc9afb0

フランス新聞社 シャルリー・エブド襲撃事件について

という記事にたどり着きました。扱っている事実が同じなのに見解正反対というのもなかなか面白いのですが、少々以上に気持ち悪いと感じたのも事実です。

その気持ち悪さを説明するのも手間がかかるのですが、やってみますと、

さて、そのアンテグラシオンやら政教分離があるので、

親がどの国出身でどんな宗教を持っていようがフランス国民として

平等に生きていけることになっている。とはいえ本当に違いがないか、

住む場所や肌の色、名前判断されていないかといえば

実際には「平等」なんて言えないだろう。アンテグラシオン

うまくいけば(理念上は)素晴らしいけど、そんなに簡単に

適応できないこともある。フランスは今でも階級社会の名残が

あり、地区ごとに生活環境もかなり違うので、移民の子として生まれ

様々な葛藤感情を抱いて育つ人がいるのは想像できる。

(今朝のLe Mondeにはシャルリーの絵に対して今でも怒っている

イスラム教徒中学生の話が載っていた。)

アンテグラシオンやライシテの実態について、その限界認識しながらもルソーまでひもといて、全体的にはフランス万歳!とまとめている点です。ベルばらオスカルでしょうか。

私がすごく気持ち悪いと言うのは、こういうことをフランス人が言うならまだわかるのです。マジョリティの側にはどうしても見えてこないものというものがあります。それは善悪問題ではなくて立場問題です。

有働出人みたいな人がそうでしょう。まあ、あの人の活動はそれなりに有意義な部分がありますが、あの人に代表されるような白人マイノリティは、有色人種の国、それも支配階級にはならない日本韓国に来て、初めてマイノリティ性というものを味わうことになります。そうすると見るものさわるものすべてが刺々しく感じられる。

アメリカにいる時は警察官黒人を狙い撃ちにしてもあまり気にもしていなかったような人が、職務質問日本警察官にされると激怒する。年間何十人と言うレベルで何とかバッシングで死者が出ているオーストラリアから来た人が、じろじろ見られるくらいで韓国レイシストと騒ぎ立てる。

こういうことは日本では私たちマジョリティから言われて初めて気づくという面もあります。言われてもただ反発するだけということもあります。自らがマイノリティとなった時に、マジョリティである時の視線・態度をかえりみるにまでなれればいいのですが、残念ながら、女性暴力を振るう黒人男性同性愛者を差別する女性は珍しくありません。

そしてそれを更にマジョリティの側が、見ろ見ろ、連中はこんなに野蛮だぞとはやしたてる。

あるドイツ人と話していた時、我が国民主的リベラルで、世界に冠たる我がドイツ、みたいな話になって笑ってしまったのですが、まあそれはその人個人の話なので、ドイツ人って全然変わっていないよねとは言わないでおきましょう。ただその人には人種差別はどこにでもあるけれど、東洋人がしつこくチンチョンチャンとまとわりつかれる国はドイツ以外ではそんなにはない、年間百人以上ヘイトクライムで殺されている国はそんなにはないということは「見えていない」のですね。

リベラルであると言うことが、他者を見下すこと、見ろ見ろ連中はこんなに野蛮だぞってなることが、リベラルがそのためのエクスキュースになることがあるのです。

リンク先の記事の何が気持ち悪いかと言えば、日本人で、パリに住んでいて、未だにシャルリー・エブドに怒っている中学生新聞記事しか見たことがなくて、見えないゲットーに守られていてマジョリティのような顔をしている、それがすごく気持ち悪いのです。

国民戦線ルペンだって、アンテグラシオン同化政策と言う意味で、ライシテはイスラム強制的に同化せしめると言う意味で大賛成なのですからね。

歴史をひも解いて言うならば、フランス革命以後、フランスは確かにリベラル原則を打ち立て、それを徹底してきた歴史があります。公平を期して言うならば、第一次世界大戦後、日本列強要求した人種平等原則英国アメリカは反対しましたがフランスは賛成したと言うことも付け加えておきましょう。

しかし同時に、そのリベラルでライシテな共和国下においても、フランスもまた数々の非道をなしてきたことは忘れてはなりません。

フランスでは支配層の横の流動性が高く、文化人メディア関係者政界に横滑りすることも珍しくはありません。新聞人であったクレマンソーが第一次大戦期のフランス首相であったように、エリート層は全体として支配階級形成していますポールデュシャン二十世紀半ばのジャーナリストで、第四共和政期にアルジェリア行政官に就任して、監獄を視察しています。その時、アルジェ独立派囚人たちの身体に、拷問の後があるのを見て首都に報告しています。その拷問の傷跡は、デュシャン自身の身体にもありました。ナチスに捕らわれていた時に拷問された跡です。

パリ解放の日の記録をサルトルが書き残していますルクレール将軍に率いられた自由フランス軍の入城をもってしてナチスパリ占領は終わりを告げて、自由だ!自由だ!というはじけるような喜びを書いています。そうして成立した自由フランス、ライシテなフランスの下でアルジェリアでは拷問が行われていたのです。

インドシナでのフランスの動きも決してほめられるようなものではありませんでした。フランス当局もいちまいかんで行われた人身売買ナチスから解放された人たちの手によってなされたものですし、フランスインドシナ独立を抑えるため、アメリカに対して原爆の使用を執拗に求めています。これも、自由なるフランス言論の自由フランス体制下でなされたことです。

はいちいちフランス過去の悪行をあげつらって、批判したいのではありません。フランスリベラル諸制度国家制度の補完部分であるにすぎず、国家制度のものを、相対化して批判するようにはなっていないということを言っているのです。フランスの内部にいるシャルリー・エブドは水の中にいるため水の重さを知りません。自分がネジであるに過ぎないことを理解できていないのです。それは結局、彼の中にマイノリティ性がないからであってマジョリティ側の暴力について無自覚であったからです。能力問題ではありません。性格問題です。

批判と言うもの嘲笑侮辱にならぬよう、あるいはそうなっても構わないのは権力の側に対してのみ、その注意深さが必要です。風刺画というメディアは明らかに全方位になす批判方法にはむいていません。

2014-10-18

魔女狩りと3つの近代化

魔女狩り中世現象ではなく、ルネサンスバロック期に猖獗を極めたものとして捉え、近代を準備した諸制度の一環として読解した書。テーマは3つ有って、

視覚を中心とする感覚近代化

自然認識の変容と近代化

他者社会的周縁者の排除近代化

だが、一番のキーワードは「視覚的・認識論的錯誤」。

要は表象されイメージされ像を結んで言説化されたもの近代化過程に於ては特権的地位を獲得し、

知やリアリティの在り方を自在に変容させて行くと云うこと。

もっと端的に纏めれば、想像による思い込み現実を浸蝕する、とでも言えば良いか。

魔女狩りに於ける実際の様々な言説を視覚要素中心に分析することによって、

仮想が暴走して世界の在り方そのもの制度的に規定して行く事態を描き出してみせている。


うみねこ空間だったのか・・・

 
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