2014-01-25

凡俗共には制裁を、低能共には鉄槌を

東京大学にすら合格できない低能や、年収千万円にすら満たない貧乏人は、畢竟、存在価値本質も宿らないので全員死ぬべきである。そのどちらか一つでも満たしていれば、或いはまだ存続する価値くらいは残ろうというものしかし、そのどちらも無いものは論外である。どうせ何やっても本質の宿らない偽物としての錯覚人生しか宿命付けられていないのに、その実情を自覚して死にたくなったりはしないのだろうか?まあ、偽物とは総じて自分が一端の能力であるとか、価値があるとか、本物であると無条件に盲信してるんだがな。何か調べたい事があって徐にインターネットを閲覧すると、生きてる価値のない中身の無い人間、濃密な思考領域へのアクセスなどといった知的経験の浅い低劣極まりない頭脳の持ち主が、それでも一端に何者かを気取って、どこから、何を基盤に生じてるのかさえ不明なプライドを掲げながら何かしら図々しく意見したり低俗情報を発信しているが、畢竟何をやっても全く無駄なのであるから微生物なりの努力人生観無意味プライドなど破棄してさっさと死ねばいいのだ。

そもそも、俺は代々エリート家系出身ではなく、極普通の一般家庭の子供達と等しく、生まれた時から周辺の人間全てが低劣で生きる価値の無い低知能や社会的弱者しかいなかった為、後年は自発的に東京大学社会の上層階級業界トップクラスの一流機関などといった一部の限定されたコミュニティのみを自身にとっての「楽園」として見做し、その楽園に自身を所属させる事でしか精神衛生や心的平静というものを保てないのである。何故ならば、そこでなら存分に能力を発揮し、社会的報酬も大きいという利点も勿論あるが、それ以前に、そのコミュニティに集う人間達の質の水準が高いからである。無論、一流機関であれば偽物の人間や、価値の無い人間というものは淘汰されていく。コミュニティへの加入条件が限定されればされる程に、無駄人間などは淘汰され、組織コミュニティとしての質が洗練されていく。自分はそんなエリート集団の中に身を置くことが好きであり、それにより安心を手にする事ができるのだ。しかし、一般社会などはどうだ?無差別人間共を寄せ集めただけの混沌とした集合はどうだ?頭の悪い人間はそれをやれ“多人種交流”だとか“価値観相互理解”などという言葉で誤魔化し、それらを推奨するほど健全とする風潮が蔓延っているが、それは金魚大海に、鮫を河原に放流するが如き愚行である

東大生というものは、千人に一人程度の割合しか生じないものである。ならば、私は最低でも99.9%の現世人類存在価値を否定しなければならない。私が存在価値を認めていいのは0.1%に該当する人類であるが、それは存在価値を認めたというだけに過ぎず、優れているだとか注目に値すると評価しうるのは、更にその中でも1%に該当する程度だろう。つまり、全人口の0.1%に当たる現世人類はその存在価値を認めるが、私がある種の尊敬を示せるのは全人口の0.001%程度、即ち十万人に一人ということになる。それでも多いほうだ。何せ、この狭い島国だけでも約1300人は存在するという事実を示すのだからしか妥当数字だろう。

これらを踏まえた上で解せない問題がある。問題は、0.1%にすら該当しない、千人中残りの999人の多数派に就いてである。彼らは、並ならぬ学習経験がある訳でもない、凡俗ごときには認知し得ない濃密な知的経験がある訳でもない。知的作業の膨大な繰り返し(修練)をしてきた訳でもない、何かを完璧に修めた訳でもない。真理に辿り着いた事など一度もある筈がない。或いは、何か事業成功させ財産を築いた訳でもない、他者を掌握し勝利と成功を導いた訳でもない。詰まり、何も優れた性質は一切備えていない。何ら特筆すべき事もない有象無象凡夫共。折角持って生まれた人生の膨大な時間エネルギー無為に浪費するような、生きる価値の無いクズである。紛う事なきクズ共や塵芥共である。そんなクズ共が、何をプライドなど強く張って一端に物事を主張しているのだろうか?こんなクズ共にさえ各々自尊心があり、自分は物事を正しく判断し主張する事ができると過信している事が理解不能であり、我慢ならない。故に、私は彼らを全て粉砕する。俗世を誰よりも嫌悪憎悪しながらも、俗世の支配階級身分に就き、彼ら塵芥共の儚い幻想を真理の鉄槌で以て粉砕する。「知識」と「金」という名の誤魔化しようもない圧倒的な鉄槌で以て、クズ共が抱く淡く儚い幻想を粉々に粉砕するのだ。

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