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はてなキーワード: 焼夷弾とは

2019-06-07

戦争悲惨さ」とか言って未だに焼夷弾原爆持ち出すのって完全にアナクロだよな

2019-05-07

anond:20190507170509

ブドウを焼き払う焼夷弾

ブドウ畑専用焼夷弾の開発製造を夢見るのが真のKKO

HIV起源も多分そうなんだろ

2019-05-03

俺はネトウヨなのか?

ネトウヨネトウヨ呼ばれ続けて、自分でもネトウヨだと思ってきたが、

何か最近、本当にネトウヨなのかどうなのか判らなくなって来たんで、ジャッジしてほしい。


支持政党について:なし。ただ、記録の隠蔽改ざんは、国民から判断基準を奪う行為看過できないので、次は自民以外(多分、立憲民主)に入れる。もし自民党が2つの党に分裂したら、多分迷う。

経済政策について:わからない。しかし、上がり続ける消費税と、遠ざかり続ける年金受給年齢と、負け続ける日本企業と、増え続ける国債残高と、全く示されない将来像を見るに、まともな経済政策が行われているとは思えない。政権ガチャを引きたい。

原発について:反対。コスパとか技術力とかでなく、とにかく管理してる組織が全く信用できないし、事故は起こるもの、という認識なので。即時でなくても速やかに全廃に向けてロードマップを開示して確実に進めるべき。事故問題なく処理する技術ができたなら、賛成に回ると思う。

普天間基地辺野古移転について:賛成。本来普天間の街は米軍基地の周りに後から作った物なので、米軍に移れと言うのは筋が通らないが、街を移設する事ができないので仕方ない。本土移転については、米軍がそれでいいなら、その方がいい。

移民政策について:反対。難民を人道的見地から受け入れるのならともかく、労働力不足解消のために受け入れるというのは、明らかに「対等な立場国民を受け入れる」姿勢ではなく、将来に渡って酷い害を発生させるだろうと思うので。

天皇制について:廃止すべき。皇族への人権侵害が酷すぎるし、「国民審判掣肘を受ける事が無い権力者」がトップにいるのは民主国家とは言えないと思う。

女系天皇について:上の項目により、無い方が良い。但し、天皇制が存続するなら女系だろうが男系だろうが同じなので、そこに拘る事はない。

慰安婦問題について:絶対解決しないので、後は放置しとく方向で。

自衛隊について:軍なので、軍と呼ぶべき。憲法9条国防目的軍事力行使を認める方向で改憲するべき。現状追認が良いとは思わないが、実態原則憲法)の違いが大き過ぎて詐欺になってるし、原則の方には合わせられないと判断している。

大きな政府小さな政府かについて:小さな政府を目指すべき。年金とか国債とかの運用を見るに、大きな政府をやり切るだけの体制はない。

親米親中かについて:親米。たとえ米国のやり口にどれだけ不満があろうと、国民政府掣肘できるという一点のみで、米国の方が遥かにマシ。

韓国について:恨みつらみがあるので仲良くできるとは思わんが、米中対立や対北朝鮮については概ね同陣営である事に留意し、ビジネスライクに付き合うべき。

LGBTについて:恋愛自由。ただし子供作らない人たちが結婚したがるのは、たとえ異性間だろうと図々しいと思う。ただでさえ一人暮らしより同棲二人暮らしの方が経済的に楽なのに、この上税制優遇を受けさせるべきではない。

女性社会進出について:進出積極的にすれば良いと思う。医学部問題のような差別的扱いは話にならないが、アファーマティブアクションについては個々人の努力蔑ろにするものと考えており、現状においては導入するべきではないと考えている。

もし女性側に強い問題意識があるなら、女性有権者が女性議員をガンガン当選させているはずなので、大多数の女性は大して問題意識を持ってないのではないかと薄っすら考えている。

保育園については、いっそ小学校と同様に全員入所くらいで良いと思う。

第二次大戦について:侵略なんて大抵の国でやってるし、およそ戦時中ならば虐殺レイプもどこの国でもやってると認識している。戦争をするべきだったとは思わないが、際立って悪かったとも思わない。普通戦争普通軍隊だったと認識してる。無能だったとは思うが、無能もまた日本だけの話じゃない。

原爆について:威力が大きい爆弾という以上の意味はない。原爆死ぬのも焼夷弾死ぬのも同じ。核軍縮倫理的な側面はなく、単に「相手に使われるとやばいから減らしたい」以上の意味はないと判断している。

捕鯨について:他を獲ってるのに鯨だけ取らないのは生態系バランス上望ましくないと考えている。もしその問題がないなら、バランスが崩れない程度に獲って食う分には文句言われる筋合いはないと考える。鯨は家畜よりは幸せな一生であろう。

就職氷河期中年無職について:バイトでもしろ。定年過ぎた老人でもバイトする時代だぞ。他の世代よりは楽じゃないかもしれないが、衣食住と読み書きそろばん健康身体があるなら、全然詰んでないだろ。

政治活動について:ネット上でコメント書いたり、家族友人とブーブー言う以上の事はしない。


ズラズラ書いてきて思うに、ネトウヨというのは、「全体としてネトウヨか」というより、

数多ある問題についてどれか一つでも該当したらネトウヨと呼ばれるものなのかもしれんな。

追記

id:Yutorigen

-2.4/0.74のリベラル右派だそーです。

今後はリベラル右派を名乗ろうかな。

id:FutureIsWhatWeAre氏

まあ、大抵は脊髄反射と後付けの理屈程度だよ。

ただこんな質問する以上、主張の理由くらい書いとかなきゃ何が何だか判断のしようもないでしょう。

id:HanPanna

そうだろうなーとは思うが、そこは気にしない事にしている。

自分に厳しくはともかく、他人に甘くする義理もないし。

確証バイアスについては自覚しづいから何とも言えんけど、そういう事もあるだろうね。

とはいえ自分で全てを経験して考えるなんてできないんだから、せいぜい聞いた話から自分経験に照らして比較的信用できそうな話をピン止めする程度の事しかできませんよ。

id:hagakuress

普天間歴史について、簡略ながら調べなおした。

まり時間をかけてないので、個人ブログ複数読んである程度信用できそうな記述を選んだだけなのは容赦願いたい。

なお、検索キーワードは「普天間 歴史」や「普天間 どっちが先」等。

普天間場所には、戦前集落があった(サイズについては主張が別れており、「田んぼがある程度で町は無かった」説から、「1万人位住んできた」説まであるので、概ね100人~10000人の間と思われる)

戦時中は、疎開日本軍による作戦等により、無人化した。(その場所には、まず日本軍が飛行場を作ろうとした、という主張するブログもあった。真偽不明。)

戦後、元の住人は捕虜として隔離されており、その間に米軍基地飛行場建設した。

・元の住人が解放された。(ここで、行く場所のない元の住人たちは基地の周りに住むことを余儀なくされた、と主張するブログもあった。真偽不明。)

米軍基地の規模を拡大するために、周りの土地接収し、そこの住人を追い出した。(真偽不明。これを「銃剣ブルドーザー」と呼んでいるブログ複数あり)

米軍基地の周りには、基地仕事経済をあてにした街が形成された。(これについては、航空写真によりほぼ間違いないと思われる)

米軍交渉を通じて何度かに分けて基地を縮小・土地返還しており、そのたびに返還された土地には街が形成され、今のように街に囲まれ基地が作られた。(本来安全を確保するために山林のままにしておくべきだった土地が街になってしまったため、大変危険基地になった)

・危ないので基地の一部機能について移転計画が持ち上がった。

※これ以降については、色々な主張が入り乱れていて全く真偽不明

上記歴史的経緯についての自分認識は、以下の通り

基地ができる前は、おそらく数千人規模の集落があった。

基地形成に際して(人が死なない程度ではあるが)強引且つ悲劇的な方法が取られた。

基地の周囲に街が作られたのは、元住んでいた数千人を除き、ほぼ自己都合によるもの

基地が危なくなったのは、安全についての見境なく周囲に街を作ったため。

以上の認識により、自分の主張は以下の通りとします。

1:「普天間土地返還せよ」というのは、元住んでいた数千人及びその子孫に限り正当な主張であると言える。

ただし、先祖伝来の土地である可能性を考慮しても、既に土地基地となって久しく、その場所が元々は彼らの物であった事を除いては主張するべき権利ほとんどないため、金銭による補償を以って解決する事は不当とは言えない。

2:移転必要となった原因である基地と街が近すぎる」については、ほぼ自己都合で移り住んで来た人達であるため、その責任は住人自身にある。米軍責任は「危ないから街を作ってはいけない地域」を設けなかった事に限定される。

従って、「土地を返せ」というのは正当な主張だが、「危ないから他へ移れ」というのは止むを得ない部分はあるにせよ大部分の責任が住人側及び行政にある。

id:Dragoonriders

根本から学ぶべき」って、そんな時間は取る気ないよ俺。

こういっちゃなんだけど、世の中、沖縄より重要問題なんて沢山あるし。

っつーか、id:hagakuress氏もそうだったけど、

自分見解も書かずに「勉強しろ」と主張するのは余り感心しないね

あんた、自分の満足する回答が出てくるま相手不勉強扱いする気じゃない?

あんたは教師じゃないし、俺は生徒じゃない。

議論なら応じるにやぶさかでないが、教育に付き合う気はないよ。

id:nagatafe

うん、まあ、実際昭和生まれおっさんだし。

とはいえ、それはネトウヨであるかどうかとは関係しない点だと思う。


えー。

これまでの皆さんのトラバ及びブコメを拝見させていただきました結果、

多くの気づき及び啓発を得られましたが、

あえて焦点を「俺はネトウヨなのか?」に限定して結論を出しますと、

ほぼほぼ右派である事については意見の一致を見るものの、観測者によってネトウヨであったりなかったりするシュレディンガーネトウヨである」という結果となりました。

同時に、ネトウヨの定義とは人によって様々なのだなあと思った次第です。

意見が合う方も合わない方もいらっしゃいましたが、私の意見も時が経てば変化する物なので、

いずれ意見の合う合わないも変化する物であろうと思います

お付き合いいただきありがとうございました。

2019-04-27

anond:20190427053752

で、地上の兵士にB29から大量に焼夷弾ばらまかれてどう反抗するの?

ここは超弩級兵器タケヤリを出さないとならないんだね!それで超弩級兵器タケヤリをつかえば日本は勝てるんだよね!

2018-12-23

anond:20181223183925

上空にB29がいるとき消防活動することや、着そうなときに前もって防空壕を掘ることが軍事行動でわない根拠って何なの?

特に消火活動は、焼夷弾が水程度では消えないと分かっててやるのだから特攻隊一種だろう?

2018-12-02

anond:20181202163649

その理屈でいくなら日本人日本焼け野原にしたアメリカのこともっと憎むべきだと思うんだよね。

少なくとも爺さん婆さんがそのせいで出征して死んだり、焼夷弾で死んだり、核爆弾で死んだり、財産焼けたりしてるわけだからさ。

2018-11-11

anond:20181111005245

うそ

日本だと無条件降伏正当化するために原爆投下被害を過度に大げさに言ってる

実態はただの威力が高い爆弾に過ぎず

民間人虐殺インフラ破壊も通常爆弾焼夷弾で多くが行われているのに

無条件降伏タイミングが一致していなければガダルカナル程度の扱いでしかなかっただろう

2018-11-10

anond:20181110144230

原爆ってなんでそんなに特別視されてんの?

焼夷弾とかのほうがよっぽど人を殺してね?

2018-08-15

戦争はいけない」と泣くババアの白々しさ

終戦の日

テレビババアが泣いていた

戦争はいけない」と

でもおれには見える

ババア戦時中

兵隊さんをバンザイして見送った姿を

からだが弱くて戦地に行けない男たちを

非国民と呼んで後ろ指さした姿を

竹槍で天を突く姿を

それは国から騙されたか

なんて言い訳するに違いないが

そんなはずはない

福島原発周辺の住民たちだって

昔は原発反対を叫ぶ人たちに

「俺たちの生活邪魔するな」

そう怒鳴っていたんだ

戦争はいけない」と

抽象的に言ってはいけない

「あの戦争」の

「何」が

「誰」が

「どう」悪かったのか

具体的に言わなければならない

特に「誰」が「何」をしたのかは

徹底的に暴かれなければならない

それは泣くババアも同じだ

小市民に罪はない

死人に鞭打つな

などという

無責任論理鵜呑みにしてはいけない

「あやまちは繰り返しませんから

なんて主語を隠して

センチな気分に浸ってはいけない

次の戦争

「あの戦争」と同じ形をしている

とは限らない

しろ機銃掃射も焼夷弾原子爆弾

使われることはない

徴兵制も敷かれることはない

どういう形の戦争になるか分からない

しろ「あの戦争」は

すでに何度も起こっていて

しかしそのことに

戦争はいけない」と

泣いたババアは気づかずに

長い間加担してきた

そのことをババア自覚しない限り

「あの戦争」は形を変えて

必ず繰り返される

ブラック企業で虐げられ

心身を病み

死を選んだ若者たち

きっとババアは彼らを

「男のくせにだらしがない」

「わしらが若いころは」

と蔑んでいたことだろう

強いものに巻かれ

逆らわず忖度

匿名安全地帯から

人を傷つけて溜飲を下げる

そんな卑怯国民

あの無謀な戦争を起こし

いつまでもグズグズと戦線を引き伸ばし

犠牲者を増やしていったんじゃないか

真夏甲子園

暑さに苦しむ球児見世物にして

カネ儲けをしている朝日新聞

戦時中

戦意高揚に加担したことを隠して

まるで最初から反戦だったかのように

自らを偽装している

しかし根は変わっていない

サマータイム打ち水

東京五輪

「あの戦争」は

いまもこの国に偏在している

2018-08-11

anond:20180810211812

かにその通りだけど、官僚政治家戦争体験していない世代が多くて、具体的な考察のしようがないのではないかと思う。だいたい大衆受けしそうなことは言っても、具体的な実現プランなんか持ってないのが政治家という人種

とりあえず歴史学者にでも第二次世界大戦の敗因とか日本はどうするべきだったか考察してもらうしかないのではないかと思う。

私の素人考えでは、真珠湾攻撃とかやって勝ち目のない相手戦争を仕掛けたところがまず間違ってるし、食糧武器の手配がまともに出来なくなった時点でその国や地域からは退却すべきだったと思う。

だいたい日本全国に空襲焼夷弾の雨が降った時点で降伏すべきではなかったのか。軍需工場のある地帯基地ピンポイントで狙うならともかく、一般市民無差別攻撃して焼き殺すのがもう戦い方としておかしいだろう。

戦争中のに敵国にモラルを求めても無駄かも知れないけど、ただでさえ日本軍がアメリカに反撃する力を失っているのに、武器一つ持たない(竹槍とかは役に立たなすぎるので武器と見なさない)一般市民を殺すというのはアメリカ軍にとっても手間と焼夷弾のムダではないのか。ましてや原爆なんて壮大な人体実験以外の何物でもない。

私は自衛隊存在否定しないけど、どちらかといえば災害ときにとても役に立つ人々という認識で、軍隊としてはアメリカに良いように役に立たない武器を買わされている微妙存在だと思う。どちらかというと災害時に必要とされるもの予算をつけた方が良いんじゃないか。それだと軍隊とは言えないかも知れないけど。

あと、戦争が起きたとき対策はどこの国を仮想敵国と考えるかで全然違うと思う。北朝鮮だとすれば、彼らが攻撃してくる間どうやって国民をどうやって避難させるかが課題で、戦いが長引けば向こうが勝手に消耗して攻撃手段を失って自滅するように思うんだけどどうだろう?

日本より強い軍事力を持つ国は、直接日本攻撃するというよりも、アジア圏の国と戦うとき日本基地として利用し、自分の国が直接攻撃されないよう、盾として日本を利用するのではないかと思う。

素人考えなのに長々と書いてしまって失礼。この国の偉い人たちは歴史に学びつつ、具体的な「二度と戦争をしない方法」を考えてほしい。

2018-08-07

anond:20180807005402

焼夷弾や機銃はすぐ死ぬけど

原爆は長く苦しんで死ぬパターンもあるからやぞ。

もし日本枯葉剤が撒かれていたら、それも

増えてたと思うわ

なんで原爆ばっか特別扱いされてんだ

原爆で死のうが焼夷弾で死のうが機銃掃射で死のうが同じだろ。

原爆ばっか追悼だの未来記憶を伝えるだの、釈然とせんわ。

同じ日に空襲食らった今治はどうでもいいのかよ。死者が少なかったから。

なんだってんだ。

2018-07-04

バトルメックのテクノロジー(後半)


原文:

 https://bg.battletech.com/universe/battlemech-technology/

兵装 WEAPONS

 バトルメックが装備できる武装は幅広い。メック搭載の核融合から事実上いつまででもエネルギー供給を受けることができるエネルギー兵器弾薬の補充を必要としない。このため一般的なバトルメックは、荷電粒子兵器もしくはレーザー兵器を主武装として搭載している。加えて、多くは短距離ミサイルや長距離ミサイルの発射システムを持っている。その他、連射型オートキャノンやマシンガンを搭載しているメックも多く、これらは対歩兵、対航空機、対メック戦闘に用いられる。兵器の各分類に関する概観は下記のとおりである

オートキャノン Autocannons

 オートキャノンは高速で連射が可能自動装填兵器であり、高性能炸薬を詰めた徹甲弾の奔流を吐き出す。「通常型」オートキャノンは徹甲弾、フレシェット弾、焼夷弾狙撃弾などの各種弾薬使用可能である。加えて、機能を追加した3種の改良型オートキャノン(LB-Xオートキャノン、ロータリー・オートキャノン、ウルトラオートキャノン)が存在する。オートキャノンの弾薬は、致命的な損傷を受けたりオーバーヒートによる自動発火が発生した際にメックの内部で誘爆を起こす可能性がある。

火炎放射器 Flamers

 メック搭載型の典型的火炎放射器は、核融合炉の発する熱を利用して短射程ながら強力な爆炎を作り出す。発熱が大きいわりに与えるダメージが小さいため、メックに搭載されることはまれであるが、焼夷兵器として有効場合もある。

ガウスライフル Gauss Rifles

 ガウスウライフルはライフル砲身の中に設置された磁石の列によって、標的に向けて弾体を加速する。動作必要な電力は莫大だが、発熱が非常に少ない上、発射時の弾速は他の通常兵器の二倍に達する。ヘビーガウスライフル、通常型ガウスライフル、軽量型ガウスライフルの3種がある。オートキャノンとは異なりガウスライフル弾薬は誘爆しないが、ガウスライフル自体ダメージを受けると爆発する。

ハチェット Hatchet

 中心領域製バトルメックの中には、装甲を切断するための劣化ウランの刃を備えたハチェット(手斧)を装備している機種がある。ハチェットはメックに固定され、標的にダメージを与えるにはターゲットに振り下ろさねばならない。ハチェットの変形としてソード(剣)がある。

レーザー Lasers

 レーザーは狭い範囲に莫大な熱量を集中することで標的にダメージを与える。バトルメック搭載の各種レーザーは射程と威力対応してマイクロレーザー、小型レーザー、中型レーザー、大型レーザーのいずれかに分類される。このほか、射程延長型レーザー、ヘビーレーザーパルスレーザーがある。レーザーダメージを受けても爆発することがなく弾薬不要だが、大量の熱を発する。

マシンガン Machine Guns

 バトルメックが装備することはまれだが、マシンガン機関銃機関砲)は高速で連射することが可能なので、素晴らしい対人兵器となる。マシンガンにはライトマシンガンとヘビーマシンガンがある。

ミサイルランチャー Missile Launchers

 ミサイルランチャーミサイル発射装置)は推進力と誘導装置を持つ弾体を発射し、標的にダメージを与える。非常に多くの種類があり、長距離ミサイルに始まって中距離ミサイル、短距離ミサイルさらにはクランの改良型戦術ミサイルシステムや〈ストリーク〉短距離ミサイルなどの各種改良型ミサイルまで様々である。その上、「通常型」長距離ミサイルランチャーであっても無数の派生型弾頭を使用できる。たとえばフレア型、分裂型、焼夷型、半誘導型、それに〈サンダー地雷散布ミサイルなどである。オートキャノン同様、ミサイルランチャー弾薬ダメージを受けたりメックが過剰に加熱すると誘爆を起こす可能性がある。

荷電粒子砲(PPC) Particle Projector Cannons (PPC)

 PPCは要するに磁気加速装置であり、高エネルギー陽子もしくはイオンの矢を撃ち出して衝撃と高熱によるダメージを与える。各種PPCはバトルメックが装備可能兵器のうちでは最強クラスだ。PPCには通常型PPCと射程延長型PPC存在する。

その他の装備 Other Equipment

 装甲と兵器に加えて、メックは広範な各種システムを装備可能である。多くは武器の正確性を向上させる電子システムや各種防御手段提供するものだが、各種の防御的機能を持つ純粋機械的システムもいくつか存在する。

アクティブプローブ Active Probe

 動力を切ったユニット偽装されたユニットであっても標準レベル電子戦装備一式より遠距離から探知・識別することができるため、アクティブプローブはあらゆる偵察部隊にとって有効な追加装備となる。

アンチミサイルシステム(AMS) Anti-Missile System

 アンチミサイルシステム(AMS)は連射可能な定点防御用マシンガンである。飛来するミサイルを追跡し、迎撃し、破壊することができる。きわめて効果的ではあるものの、大量の弾薬を消費するのが最大の弱点である

対人攻撃ポッド Anti-Personnel Pods

 対人攻撃ポッド(Aポッド)は要するに指向性地雷である。設置するのはバトルメック脚部の膝から下であり、そこは敵歩兵が繊細な駆動装置に爆発物を仕掛けようとする場合には必ず攻撃せねばならない部位である

アルテミスⅣ〉射撃管制システム Artemis IV Fire Control System

 〈アルテミスⅣ〉射撃管制システムは、通常型ミサイルランチャーによる射撃の正確さを向上させる。

C3コンピューター C3 Computer

 指揮/統制/通信Command/Control/Communications、すなわちC3)コンピューターは中心領域特有システムである複数の機体ーー最大12機ーーが照準データを共有することを可能とし、これによって射撃の精確さは大幅に向上する。このシステムには重大な欠点があり、それは「主要マスターコンピューター群」が破壊もしくはダメージを受けたり、敵の電子対抗手段干渉をうけたりすることで、ネットワーク構成部品が「消えて」しま可能性があることである。改良型のC3コンピューターでは「マスターコンピューター群」が失われることによるネットワーク消失という問題はなくなっているが、合計6ユニットまでしか接続できない。

弾薬収納運搬装備(CASE) Cellular Ammunition Storage Equipment (CASE)

 CASEは機体内部の弾薬誘爆による被害を軽減するダメージコントロール技術である。CASEによって防護された部位に格納された弾薬が誘爆した場合、CASEは特殊設計の外鈑と装甲を通じて爆圧を逃がす作りになっているため、爆発力のほとんどをコクピットエンジンなどバトルメックにとって致命的な部分から逸らすことができる。

CMスイート電子対抗措置装備一式) ECM Suite

 〈ガーディアン〉ECMスイートは広い帯域にわたってジャミングおよび電子対抗措置を行なう装置であり、敵の長距離探査・監視装置の効力を低下させる。

人工筋肉加速信号回路(MASC) Myomer Accelerator Signal Circuitry (MASC)

 MASCはバトルメックに短時間だけ爆発的なスピードを与えるが、繊細な脚部駆動装置を損なう危険もある。MASCの作用は脚部マイアマー(人工筋肉)への信号を増幅し、通常可能なよりも高速で収縮・弛緩を行なわせるというもので、これによってスピードは上がるが、使用時間が伸びると駆動装置と人工筋肉への負荷によって破滅的な事故が発生する可能性がある。

〈ナーク〉ミサイル・ビーコン Narc Missile Beacon

 〈ナーク〉ミサイル・ビーコンは大改造を施したミサイルランチャーであり、「ポッド」と呼ばれる特殊ミサイルを発射する。ポッド磁気を帯びた弾頭とその後ろに搭載される強力なホーミング・ビーコンで構成される。このミサイルは標的に命中すると、〈ナーク〉の信号を受信できる味方のミサイルシステムすべてに向けて追尾信号を発する。〈アルテミスⅣ〉ミサイルシステムと同様に、〈ナーク〉のポッドによって命中するミサイルの数が増える可能性がある。改良型の〈ナーク〉発射装置は通常型よりも射程が増大しているのみならず、以下の特殊ミサイルを発射することもできる。すなわち追尾型、爆裂弾頭型、ECM型、〈ヘイワイヤ〉および〈ネメシスミサイルである

TAG(タグ/照準確定機) Target Acquisition Gear (TAG)

 照準確定装備は観測機によって用いられ、〈アローⅣ〉ミサイル投射システムが発射するホーミングミサイルのため、もしくは長距離ミサイルランチャーが発射する半誘導タイプのLRMによる攻撃のために、標的を指定する。氏族もTAGの軽量化バージョンを用いており、これは軽量ではあるがより短射程である

照準コンピューター Targeting Computer

 氏族は様々なミサイル兵器用の特殊照準システムに加えて先進的な照準システムを開発しており、中心領域でこれに比肩するものが現れたのは最近のことである。照準コンピューターは以下の種類の直射兵器パフォーマンスを向上させる。すなわちレーザーPPCガウスライフル、オートキャノンである

三重強化筋肉 Triple-Strength Myomer

 中心領域科学者特殊タイプマイアマー(人口筋肉)を開発した。これはメックがオーバーヒートした時に極めて強い力を出す。この技術氏族のバトルメックでは使用できない。

※前半はこちら→ https://anond.hatelabo.jp/20180704014245

2018-04-20

anond:20180419171231

「割り切る」を、「時間内にすべて割る」という意味に素直に解釈して。

500個の風船は密集していて飛び散らないことにしてもらおう。そうしないと割るための条件が変わってしまう。

風船の中には?イラストではその場で留まっているのでヘリウム水素ではなく空気で膨らんでいると思われる。

アイテム1つなので、燃焼物に着火装置も組み込まんといかんね。

焼夷弾テルミット反応を利用したものは3万円では作れないだろうか。

500個の風船を引火させるのに十分な熱量が出るのではないかな。

火炎放射器 作ってみた 3万円に収まるか。

https://youtu.be/alTfYD66WC8

風船割りを実行したら逮捕される。

2018-04-07

原爆で死んだ人って、何か特別なのか?

焼夷弾で死のうが機銃掃射で死のうが同じな気がするんだがな。

2017-04-26

http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/katarenakaltutatoukyoudaikuusyuunosinjitu.html

戦後は飢餓状態になり、区を通じて米軍支給品のコンビーフなどを配給した。“犬と同じ餌付けだ”と感じたが、食べなければ死んでしまうからみんな列をつくって並んだ。アメリカ日本人など虫けらぐらいにしか思っていないのに、日本の偉い連中はアメリカのために死ねという法案を通す。私たちには今も怨念がある。どんどん暴いてくれ。銀座のど真ん中でやってほしい」と訴えていた。

 C 原爆投下後の広島、長崎に匹敵するような悲惨さだった。米軍は春風の強く吹く3月という時期、民家を効率よく焼き払うための油脂焼夷弾の開発、空襲の手順も含めて用意周到に準備し、一般市民の民家が密集する下町地域をとり囲むように爆弾を投下している。火の壁で逃げ場をふさいで集中砲火を浴びせ、火の海を逃げ惑う人人に機銃掃射までやっている。

 「機銃掃射で狙い撃ちしてくるパイロットが笑っていた顔が忘れられない」と何人もの人が語っていた。黒焦げの死体だけでなく、窒息死してピンク色をした遺体が蝋人形のように散乱し、それらが公園や学校などで山積みにされて焼かれたという。墨田区錦糸町では、錦糸公園で約1万4000体が焼かれて仮埋葬されたというが、それを伝える看板一つない。あまりの多さで処理できない遺体は何日もかけて川や海に捨てられていたという。

 隅田川にかかる橋の欄干や、総武線ガード下などには今でも積み重なって焼き殺された人間の油がそのままの形で染みついて、何度ペンキを塗っても浮き出てくるのだと語られていた。5月の品川での空襲でも「真夜中にガソリンを撒いて焼夷弾をばらまいた」といわれていたが、「あれが戦争犯罪でなくてなんなのか!」と、7、80代の年配者が語っていた。とても昔話という雰囲気ではない。本当に語る場所がなかったからこその鬱積した思いがある。公園などに仮埋葬された11万体といわれる遺骨は、関東大震災の慰霊堂(墨田区横網)に一緒に入れられている。

  東京空襲を弔う単独の慰霊施設はいまだにない。なぜそんなことになっているのかだ。

 「戦争を忘れさせよ」 慰霊碑許可せぬGHQ

 D 大空襲で壊滅した江東区森下5丁目町会では今年3月、町内の空襲犠牲者789人の名前を刻んだ墓誌を建立した。町会役員によれば、当時の町会長が戦後すぐに空襲による町内の犠牲者を調べ、焼失を免れた戦時国債購入者名簿を頼りに『戦災死没者過去帳』という約10㍍にもなる巻物をつくって保管していたから建立できたという。遺族の「この地域に住んでいた人人の証となる供養の場所がほしい」という願いが70年をへてやっと実現した。

 E 墓誌をつくるための調査で、1家12人が全滅した家もあったことなど、地元の人も初めて知る事実が明らかになっているが、都にも当時の犠牲者名簿などの資料があるにも関わらず遺族が申請しても公開されないのだといわれていた。

 地蔵や碑の建立についても「宗教的なものは受け付けない」とかの理由で許可は下りず、「黙認する」程度だという。行政から助成も受けられないため、発起人を中心に町内外に呼びかけたら、続続と寄付が寄せられてつくることができたといっていた。

 終戦直後にも数千人が空襲で亡くなった墨田区の菊川橋のたもとに慰霊碑を建てようとしたが、区役所から拒否されている。河畔を改装するたびに白骨がたくさん出てきたので「これ以上放っておくわけにはいかない」と住民が独自に地蔵を建立して毎年法要している。

 D ある遺族から、1947(昭和22)年に東京都長官官房渉外部長から通達された行政文書コピーを見せてもらった。当時、遺族によって計画された隅田公園への戦災慰霊塔建設計画に対して、官房各課長、支所長や局長、区長など都の行政担当者に宛てた通達だ。

 「一、日本国民に戦争を忘れさせたいのである。二、戦災慰霊塔を見て再び戦争を思い出させることがあってはならない。だから慰霊塔の建立は許可しない」と米占領軍の指導方針が明記され、これに協力するため「この方針を徹底的に守るようにしなさい」と記されている。

 70年たっていながらこの占領下のプレスコードがいまだに続いていることに驚いた。

 A 25万人もの都民を殺戮しながら意図的攻撃対象から外したものもある。ここからアメリカの東京空襲の狙いが見てとれる。

 C 代表格は皇居だ。東京のど真ん中に広大な面積を持つ皇居について、米軍ははじめから「攻撃対象にしない」という指令を徹底していたし、天皇側もそれを知っていた。皇居北側の近衛師団司令部、東部軍司令部などの軍中枢部や、市ヶ谷陸軍省参謀本部(現・防衛省)など、本来狙われるべき軍中枢が無傷だった。赤坂離宮(現・迎賓館)、青山御所、新宿御苑浜離宮上野公園などの皇室所有地や、官僚機構の一端を担っていた皇族住居はことごとく攻撃の対象外だ。

 東京駅は焼失したが、皇居に挟まれた丸の内の金融ビル街も残った。三菱本社、三菱銀行三菱商事日本興業銀行横浜正金銀行東京銀行第一銀行、勧業銀行、関東配電(東京電力)などの財閥のビルが林立している。朝日、毎日などの新聞各社、放送会館(NHK)も残った。八重洲では日銀、三井本館。永田町霞ヶ関でも、内閣府国会議事堂警視庁、内務省、大蔵省などが残された。ちなみに上野公園に隣接する三菱財閥統帥の岩崎久弥邸も攻撃を受けていない。広島、長崎、下関空襲でも三菱の主要工場は無傷であり、政財界アメリカの盟友関係を裏付けている。

 軍施設がほとんど残されているのが特徴で、陸軍の心臓部といえる赤羽の陸軍造兵廠、陸軍火薬庫、工兵大隊、陸軍被服本廠、兵器支廠、東京第一、第二兵器補給廠も周囲が焦土になるなかでわざわざ残されている。代々木の近衛輜重大隊、陸軍輜重連隊官舎、広大な駒場練兵場や野砲隊の官舎群もみな無傷だ。

 E 工業施設でも、東芝本社のある芝浦工業団地から品川駅付近の港湾施設も攻撃されなかった。全滅した深川区に隣接する石川島造船所、佃島、月島など東京湾に面した工業施設、南部工業地帯の蒲田でも中心市街地が徹底的に焼き尽くされたが、羽田飛行場などの軍需施設はほとんど攻撃されていない。「米軍作戦任務報告書」に記された工業的目標はわずか22カ所に過ぎないが、そのうち破壊したのは18%だと記されている。実は無差別爆撃ではない。絨毯爆撃ではあるが、アメリカの対日支配に役立つものは残し、その邪魔になる庶民は殺すと極めて明確に選別している。

 B 「暗闇のなかであれほど緻密な爆撃がどうしてできたのか?」という疑問も多く語られていた。「目標から外す目印のために誰かが下から光を当てていた」と証言する人もいた。原爆投下と同じく「戦争を終わらせるためにやむをえぬ」というものではなく、日本を単独占領するために国民の抵抗力を摘むための大量殺戮だった。

 米軍の皆殺し作戦 殺すに任せた支配機構

 A 東京空襲にも不可解な点がいくつもある。例えば、空襲直前に警戒警報を解除している。広島、長崎での原爆投下も直前になって警戒警報を解除し、みんなが安心して表に出てきたときに投下されている。あれは軍中枢が協力しなければできないことだ。300機をこえるB29の接近に気づかないわけがないが、物量で太刀打ちできないとはいえ、まともな反撃すらせずに米軍のやりたい放題を開けて通している。

 F 広島、長崎への原爆投下でも、軍はB29に対してレーダー照射をして来襲を事前につかんでいた。大本営は原爆投下機の接近を信号を受信して知っていた。長崎では、B29を迎撃する部隊が大村航空隊で待機して出撃命令を待っていたが、結局、命令は下りなかった。NHKも当時のパイロットが怒って証言する場面を放映していた。

 A 終戦末期になると特高警察マークしたのは青年将校だった。敗戦が濃厚になるなかでこれらが反乱を起こすことを恐れた。左翼は早くに壊滅しているが、青年将校らは戦斗経験もあり、速やかにアメリカの占領下に誘導しようとしていた軍上層部にとっては脅威だった。敗戦が決定的になっても国民には「一億総玉砕」を叫んで、若者には特攻作戦をやらせ、本土を死守させる体制をとりながら、上層部が終戦工作にいそしむことに彼らの反発はすごかった。

 天皇の「終戦の詔勅」の放送を前に、陸軍の青年将校近衛師団長を殺害し、録音盤を奪おうとした事件もそうだが、マッカーサーが厚木に降り立つときにも迎え撃つという騒動があり、青年将校に影響力をもつ高松宮が必死になって抑えて回ったというのは有名な話だ。

 B 敗戦直後、内地では軍を通じて直ちに武装解除させた。あれは天皇の命令だけでは動かない。軍司令部指揮系統が動かなければできない。それを米軍上陸前にやらせるためには軍中枢を残しておかなければいけない。もともと海軍をはじめ軍中枢部分には親米派が多かった。陸軍も中国大陸で行き詰まって南進作戦に切り替え、南方の島島に兵隊を放り込んで食料も弾薬も送らない。ニューギニア戦線の体験者も「毎日イモばっかりつくっていた」という。南方はほとんどが餓死と病死だ。

 D 敗戦を迎えるにあたって、あのドサクサのなかで米軍上陸、単独占領に誰が荷担したのか。東京大空襲で無傷だった施設を見ただけでも歴然としている。戦後は「財閥解体」といったが、財閥はしっかりと温存された。戦争に国民を投げ込んだ天皇はじめ、官僚機構も丸ごと温存された。開戦時の商工大臣をしていた岸信介が、その後CIAのエージェントとして力を与えられたのが象徴的だが、政界、官僚世界などが叩きつぶされることもなく、対日占領の協力者としてせっせとアメリカに媚びて戦後も機能していった。メディアでも大本営の中枢にいた読売新聞正力松太郎朝日新聞緒方竹虎などがCIAのエージェントとして活躍する始末だ。

 イラクでもアフガンでも、他国を占領しようと思えば必ず抵抗があるし、何年かかってでも肉弾戦で侵略者を叩き出そうとするものだ。日本の場合、なぜ無抵抗に近い形で単独占領することができたのか。それは支配機構が丸ごと占領の協力者になり、国を売り飛ばしたからだ。支配機構が軍事支配を受けながらアメリカの道具になって戦後は機能していった。それが今日まで続いている。

 E 空襲で生き残った下町の人たちは、戦後は食べ物がなくて生活できないのでみんな市外に出て行ったという。国民を抵抗できないようにバラバラにさせている。抵抗力を削ぐために徹底的に空襲を加えたし、首都圏の人人はとにかくその日を生きるのが精一杯の状況になった。首都圏制圧のためにあれほどの空襲をやって、まさにショック・ドクトリン(惨事便乗型資本主義)で占領していった。

 C 食料を意図的に統制したので、戦後の方が食料難がひどかった。当時の調達係の人が証言していたが、米軍が国内の食料倉庫を統制して食料危機に追い込んだ。米軍は関門海峡などの機雷封鎖も「スターべーション(飢餓作戦)」と名付けていた。国内から戦地へ食料を送らせない、大陸から送られてくる食料を遮断するための飢餓作戦だった。

 都市部はとにかく食べるものがない。配給でもらった大豆をポケットに入れて、それを食べて水を飲んで膨らませて空腹をしのいでいたという。飢え死にが出るような飢餓状態に追い込んでおいて、ララ物資などのアメリカからの、それこそ家畜の餌になる食料が入れられた。そんな屈辱に国会で感謝決議したこともあった。

 E 戦後の上野や浅草には、空襲で親を失った戦災孤児浮浪者があふれかえり、餓死寸前の子どもたちは生きるために窃盗や売春をせざるを得なかった。GHQは「治安対策」を名目にして浮浪児を見つけ次第捕らえる「狩り込み」をやり、米軍の要請によって、脱走ができない水上の台場につくられた収容施設強制的に送致し、檻(おり)に入れて監視・収容することまでやった。

 B すでに武装解除しているのに進駐軍は必ず銃を携行して、電車も絶対に米兵専用車両に乗るし、接収した建物も日本人立ち入り禁止にした。「彼らは日本人の反撃を恐れていた」と語られていた。

 A 例えば、日本軍が満州を占領統治するのに100万人の軍隊がいったといわれる。日本を占領するには本来100万では足りない。それを日本の支配階級が従って代理政治をすることで米軍の負担を軽くできた。イラクやシリアを見ても、むき出しの占領支配になれば人民の抵抗を抑えることは難しい。それを天皇以下支配階級全面的に協力し、それによって地位を守るという関係があったから占領できたということだ。

 F 同じ敗戦国でも、ドイツではナチス関係者は戦後はみんな追放された。新聞社などもみな解散させられた。連合国による全面講和を結び一国に縛られなかったから、独立の自由性がある。アメリカが単独占領した日本との違いだ。

 90年代の米ソ二極構造が終わったときもドイツは独立の方に行き、日本は対米隷属の方に行くので、ドイツ首相から「慌てるな」となだめられたほどだ。その従属路線が現在までエスカレートして、安保法制まできている。

 A 現在でも官僚機構も含めて各省庁ごとにアメリカ直結だ。財務省経産省防衛省もだ。政策についてもアメリカ大使館の指示の方が強い。

 米財務長官サマーズが何度も日本の財務省に直接怒鳴り込んできたし、原発事故のときもアメリカ政府関係者首相官邸に乗り込んでいって菅直人を怒鳴りつけて指示を出す。アメリカの圧力なしに、民主党の鳩山、菅から野田までの変遷ぶりというのは理解ができない。現在の安倍の突っ走りにいたるまで対米従属の系譜だ。

 財閥やメディアも米軍占領下で地位守る

 C 原爆展キャラバンのなかで、戦時中赤坂見附に住んでいて親族がアメリカ大使館に出入りしていたという婦人が、「アメリカ大使館の外側は私服警察の警備で物物しかったが、中にいる在日米国人戦時中にもかかわらず中庭でゴルフをしていたり、まるで勝ち戦の後のような余裕ある生活をしていた」と疑問を語っていた。

 F 当時の駐日大使ジョセフ・グルーがアメリカ本国に帰国するのは真珠湾攻撃の半年後だった。グルーは日本では天皇を中心とする「宮廷外交」を基本にし、軍部の反米派と対立傾向にあった天皇側近の木戸幸一重光葵吉田茂近衛文麿などを「自由主義者穏健派」と見なして親交を深めていた。開戦後の半年間で終戦までのプログラムをつくる工作をやっていた。

 グルーは秩父宮に「安心しろ」といって帰国したが、アメリカ本国では「皇居は攻撃してはならない」、天皇は「軍国主義崇拝に役立ったと同様に象徴として役立つ」と説いて回り、吉田茂とも直接手紙をやりとりしていた。

 のちの駐日大使ライシャワーは当時諜報部員だったが、この方向で「天皇を傀儡にして間接統治する」という占領プログラムをつくった。そこでは、戦争中も「短波放送の聴取が許される500人ぐらいの日本のエリートに常に知的な情報を粘り強く伝達せよ」と米陸軍に提案している。実際、1945年5月から「ザカリアス放送」という日本の上層のごく限られた者しか聞くことができない短波の日本向け放送をやり、いつどこを空襲するとか、広島、長崎への原爆投下をいつやるかも全て伝達していた。

 これら米軍からの情報を集中しながら六月段階で、米軍の攻撃を全部開けて通して、「アメリカに敗北することで自分たちの地位は保証されることが約束されている」と側近の木戸幸一が天皇に提言している。

 A 2月には、アメリカから情報を得ていた吉田茂近衛文麿に天皇上奏文を書かせた。「米英は国体(天皇制)の変更までは要求していない。最も憂うべきは、敗戦よりも、敗戦に伴っておこる共産革命だ」というものだ。彼らの関心は戦争の勝敗などではなく、いかに国民を押さえつけてアメリカの占領下で地位を守ってもらうかだった。そのためなら原爆を落とされることも甘受するし、東京を焼き払って人民大衆をへとへとに疲れさせることはむしろ好都合という関係だった。

 F 財界も最初から通じていた。三菱財閥統帥の岩崎小弥太は、開戦にあたっては「アメリカとは友人だから心配するな」と訓示し、敗戦時は「これから愉快に仕事ができる」と発言している。また、戦争末期には、日本商工会議所会頭の藤山愛一郎、日産コンツェルン鮎川義介浅野財閥の浅野良三などの財界代表が内閣の顧問会議を形成していた。藤山によれば、終戦6日前の閣議でアメリカとの経済関係をただちに回復させる計画を発表し、「自分たちの時代がやってきた」と喜び、軽井沢の別荘でシャンパンコルクを抜き、新時代到来を祝して乾杯したという。はじめからアメリカ自分たちを大事に扱うことを確信していた。グルー自身が三菱とつながりの深いモルガン財閥の代理人で、戦前から投資していた権益、金融資産を含めてどう守るかというのが主任務だった。日本の財界人との関係ではアメリカ留学組が多く、鮎川とフォード、浅野とルーズベルトなど、人脈もできあがっていた。

 A 天皇をはじめとする支配中枢も財界も、中国への侵略戦争で行き詰まり、負けることはわかりきっているが、中国に負けることになれば日本における支配的地位が失われる。だから日米開戦に突っ込んでいき、アメリカに降伏することで地位を守ってもらう。そのためには国民を犠牲にしなければいけないという意図が貫かれている。

 C 東京はすべての政治勢力の本部があるところだが、東京空襲の慰霊碑問題をみても、都民の切実な要求をすくい上げるところがなかった。そこには、第一に米軍による抑圧、宣伝がある。いかにもアメリカが平和と民主主義の味方であり、日本を解放するための戦争をやり、原爆も空襲も戦争を終結させるためにはやむをえなかったかのように徹底的に宣伝したし、戦前以上の言論統制と弾圧をやり、反米につながる原爆や東京空襲についての言論を封殺した。

 もう一つは、人民の側に立つべき共産党の指導部が「アメリカは解放軍」と規定して、旧軍部を批判するが、原爆にしても東京空襲にしてもアメリカの犯罪を問わずに来たことが大きい。都民はアメリカ共産党指導部の両方から抑圧され、ものがいえなくなる関係だ。

 B 大衆のなかでは東京空襲への鬱積した怒りがあるが、東京で生まれた戦後世代でもほとんどその全貌を知らずにきた。そこでは革新勢力進歩的な装いで「日本軍が重慶を先に空襲したから、それを反省すべきだ」「日本がひき起こした戦争だから仕方がない」という論調をふりまいてきたことが大きい。原爆投下を「日本の軍部から解放するために必要だった」というのと共通している。

 F 共産党は戦前、天皇制の弾圧もあるが、大衆と結びつけず自然消滅をたどった。そのことの反省もなく「獄中18年」を威張り、アメリカを解放してくれた友と見なす一方で、庶民を戦争に協力したと蔑視してきた。特攻隊経験者や戦地に駆り出された者も、「予科練崩れ」「戦争加害者」などといって攻撃し、敵と友を転倒させてしまった。

 徳田球一ら指導部中枢は、米軍に釈放されてすぐの人民大会でGHQまでデモ行進し、「解放軍万歳」を3唱した。「民主主義革命の端緒を開いた」といってマッカーサーに感謝し、GHQに入り浸り反米の情報を提供していた。東京空襲も原爆についてもそのような感謝が根底にあるから、正面から批判させない。知識人のなかでも対米従属問題についてなかなか触れることができないということも独特の抑圧構図を象徴している。

 A アメリカプレスコードをかけて行政機構が協力したし、東京空襲についても語らせなかった。そして共産党はあれほどひどい目にあった都民のことを無視して、アメリカを平和と民主主義の友と見なした。敵と友を転倒させて、むしろ大衆を敵扱いしていった。だからいまもって東京空襲について無関心できている。都民の苦労というものにまったく思いがなかったということだ。

 C アメリカ民主主義がよかったというが、70年たってみてどうか。日本の富はみな吸い上げられて散散な状況になっている。遠慮知らずのアメリカが、終いには米軍の身代わりで自衛隊を戦地に引っ張り出すところまできた。それで安倍晋三がせっせと協力している。売国政治の根っこは何もかわっていない。左翼の戦後出発について先ほども触れていたが、都民の苦難に足場を置かずに抽象的な全国政治か何かを主張しても話にならない。大衆的というのは地方的で具体的だ。そこに足場を置かなければ全国の普遍性は見えない。東京にはあれだけ政党の本部があって、学者も日本一いながら東京大空襲の惨劇について怒りをもってアメリカを糾弾する勢力がいない。

 A 東京大空襲の経験は語れないできた。意図的に抹殺されて、慰霊碑も何もない。これは原爆を投下された広島と比べたら明確な違いがある。広島には平和公園も資料館も供養塔もある。八月六日になるとみなが早朝からお参りに足を運んでいる。十数万人の命日だからだ。そして町のいたるところに町内会、学校、職場などいろんな単位の慰霊碑がある。何が違うのかだ。広島はたたかってきたからだ。戦後は広島でもプレスコードがかかっていて原爆のことを語らせない力が働いていた。「終戦のためにやむを得ぬ手段だった」というので原爆投下への怒りをかき消し、徹底的にとり締まっていた。

 しかし当時、風呂屋に行くとみながケロイドを見せながら延延と語っていたという。それを当時の広島では「アメリカの人類に対する犯罪だ!」と真っ向から暴露して斗争がはじまった。占領下の50年8月6日の斗争が端緒を切り開いた。そして5年後には世界大会まで発展した。

 この運動を指導したのが福田正義主幹(本紙)をはじめとした共産党中国地方委員会だったが、当時も東京の共産党中枢が「アメリカ解放軍」規定で中国地方におけるたたかいを弾圧していた。これと同じ構造が東京では現在でも生きている。日本人民の苦難の側から敵を暴露するのでなく、友と見なす。戦後出発に大きな違いがあった。

 分かれ道は敵は誰か、友は誰かが鮮明でないといけない。あれほど殺されているのにアメリカ民主主義インチキに幻想をもったら大変なことだ。アメリカが日本を侵略した敵だ。日本人民は戦中も戦後も大変な目にあってきた。人民の敵に対する憎しみと人民への愛情が統一されていないといけない。その人民を代表して敵を暴露する立場でないといけない。東京でもそれが問われている。

 A 東京をはじめ首都圏は、沖縄に次いで米軍基地が多い。東京都だけでも総面積は約1603㌶(東京ドーム約340個分の広さ)に及ぶ。空襲で攻撃対象から外された軍事施設は、ほぼ例外なく米軍基地自衛隊施設へ変わった。横田基地在日米軍司令部であり、すべての在日米軍自衛隊を統括する指揮所だ。神奈川県には、原子力空母を擁する米海軍第七艦隊の拠点である横須賀基地が盤踞し、在日米陸軍司令部、第一軍団前方司令部など米陸軍司令塔であるキャンプ座間をはじめ、爆発事故をおこした相模総合補給廠、通信施設、燃料貯蔵施設、住宅地、演習場などがひしめいている。

 とくに横田基地は3350㍍の巨大滑走路を持ち、米軍人数は約3400人、国防総省文官200人、米軍家族含め約1万4000人もおり、米軍のアジア戦略における最重要拠点だ。その影響力から「横田幕府」とさえいわれる。米本土やハワイグアムなどから運んできた兵器や軍事物資を相模総合補給廠に備蓄し、戦時になると横浜ノースドックから搬出し、横田基地から空輸する体制で、西太平洋東アジアを管轄する兵站補給基地だ。

 東京都港区六本木ヒルズがある都心にも赤坂プレスセンターといわれる米軍基地がある。その中身は、陸軍研究事務所、海軍アジア室、米軍の機関紙「星条旗新聞社」、保全連絡分遣隊、座間基地第78航空隊、独身将校宿舎、麻布米軍ヘリ基地だ。横田基地を経由して日本に侵入する基点として提供され、入国審査や税関などの規制は一切なく、ここから入国する人物については情報公開義務がない。地図上でも「白地」にするほどの機密扱いだ。

 そのほかにも府中、由木、大和田硫黄島の通信施設、日米合同委員会をおこなうニューサンノー米軍センター(港区)、米軍家族専用の娯楽施設である多摩サービス補助施設がある。敗戦直後208カ所あった米軍施設は住民の頑強なたたかいで「返還」されたが、実質どの施設もいつでも使える体制にある。朝鮮戦争の出撃基地となった立川飛行場は基地拡張が砂川斗争で頓挫し「返還」されたが航空自衛隊基地は米軍との共同使用であり、広大な国営公園、広域防災基地、道路、運動場として当時の施設はそっくりそのまま残されている。

 地元でも「道路はいつでも滑走路に転用できるように周辺には高い建物や民家の建築規制がある。ひとたび戦争になれば街全体が一気に軍事基地に様変わりする」といわれていた。

 B さらに首都圏の上空には、「横田ラプコン」と呼ばれる1都8県(東京都、栃木県、群馬県埼玉県神奈川県新潟県山梨県長野県静岡県)にまたがる、広大な米軍専用空域がある。この空域の高度約7000㍍以下には米軍の許可なしには日本の民間機はいっさい進入できない。

 羽田空港成田空港を離着陸する航空機は、通常の離陸はできないため急激に高く上昇してラプコンを飛び越えるか、大回りしなければならない。それが離着陸時の事故、ニアミス事故の頻発につながっている。首都上空を飛行するのに米軍の許可が必要な国など他にはない。

 A 沖縄が前線基地なのに対して、司令部が集中しているのが首都圏だ。日本の支配中枢を軍事で抑えつけることで日本全国を占領下に置く。その目的のために、大空襲であれほど殺し、戦後も軍事力を配置しているのだ。沖縄の問題はよそ事ではない。真珠湾でもフィリピンでも、ベトナム戦争でも、いったん攻撃をさせて「報復」を掲げて参戦するのがアメリカのやり方であり、司令部が集中する東京こそミサイルの標的にされる可能性は高い。

 B 本所の東京空襲体験者の男性が、「アメリカが問題なのははっきりしているが、どの政治家や政党がこれとたたかえるのか! 結局、自分の地位を守るために裏切る政治屋ばっかりだ」と吐き捨てるようにいっていた。空襲後に軍隊に志願入隊して整備士として厚木飛行場に配置されたが、地下壕を掘らされるばかりでその地下施設を今は米軍が使っている。「戦後は焼け跡から町工場を営んできたが、TPPに参入すればこの仕事が奪われていく。全部アメリカのためだ。そういうことをもっと暴いてくれ」と切実に語っていた。昔から自民党支持基盤であってもみんな上を信じていないし、内に秘めた思いは少少ではない。

 F 東京大空襲は広島、長崎、沖縄に匹敵する大量殺戮だった。その真実をおおいに語り継がなければいけないし、それは日本を再びアメリカの戦争に引きずり込むことを許さない全国的な世論を発展させていく大きな力になる。そのためには、私心なく大衆のなかから意見を集中し、それを代表して導いていく政治勢力が必要だ。そこでは、自己主張ではなく、大衆的であると同時に敵を鮮明にして人民に奉仕する思想でやり抜くかどうかが問われる。

 司会 今回の安保法制まできて、対米従属構造こそ日本の平和を脅かす根幹であり、これとの対決なしには再び日本は戦場にされる

2017-03-18

歴史に学ぶということ

教科書には、第一次世界大戦から総力戦になったとか書いているだろうが、戦国時代から既に総力戦になっている。戦国時代後半には足軽という非正規雇用が進み、職業軍人だけで戦争をしているわけではなくなった。安土桃山時代には、鳥取の飢え殺し(かつえごろし)という事件が起こっている。兵糧攻めでも降伏しなかったので、領民までもが餓死し、共食いも起こったらしい。死体を食ったようだ。

経営者管理職自己組織の対面を維持しようとすれば、非正規雇用から犠牲になる。戦争ともなれば、兵士でなくとも犠牲になる。

桃山時代には刀狩りが行われ、つまり民間人に対する武装解除が行われて、職業軍人時代に再び戻された。

今でも、兵士民間人区別して、「民間人を巻き込むな」と批判することは一般的だ。しか現実には、民間人普通に兵士として使われる。

大東亜戦争」では、通称赤紙」が乱発されるが、これは民間人に対する徴兵軍事工場普通に空爆しても、そこで非戦闘員労働している。学徒動員かいうのは、職業学生軍事産業就労させたわけであり。さらにクソ愚かなことに、竹槍持たせて戦闘訓練をしたりとか、焼夷弾空爆されるのにバケツリレーで消火しようとか、これが現実じゃなければ爆笑ものである

国民一丸となって戦おうとか言うと、もしかするともしかして美談に聞こえたりもするのかもしれないし聞こえないのだろうけれど(笑)一般人犠牲にしてでも体面を維持して、少しでも有利な条件を引き出そうとする卑怯な、組織論理だぞ。しかしこの手法がまともに通ずるのは前近代戦争までさ。

前近代戦争ならば、敗戦するのにも一矢報いて有利な条件を引き出そうとしたわけさ。例えば戊辰戦争にしても箱館に立てこもって楯突いたのがいたわけで、戊辰戦争後には、既得地位を奪われた人々に対して北海道知行するという補填が行われている。そうして大名移住して開拓したり、下級士族屯田兵転職したりしたわけさ。けど、こういうのは前近代的な、取引としての戦争だ。

絨毯爆撃して沖縄戦しても屈服しないうえに、特攻してくる連中見て、アメリカ人ビビったんだが、ビビたからなおさら無差別殺戮してきたさ。そいで、広島長崎原爆実験台にされたんだぜ。結果、敗戦したうえに、天皇制維持をかろうじて死守しただけだろ。交渉になっていない、むしろやればやるほど失われたってこと。同胞捨て駒にして、なんの得も無かったんだから、実に、実に、クソバカだ。

歴史に学んでいない。歴史を学んでいないんだろう。今も学んでいないのだろう。教えられる奴も居ないんだと思う。まだまだおんなじことやり続けるんだろうね。今でも、人は国家社会歯車だろ。会社人間とか企業戦士とか、そして社畜とか、丁稚奉公時代から変わっていないしな。丁稚奉公時代から未だに毎年数度は「帰省ラッシュ」が起こるだろ。滑稽で笑われるような現象だけど、異常だという自覚すらないようだね。休日国家が決めていて、皆それに合わせないと生きていけないとかいう(以下略)(笑

景気が悪化し続けるのも当然で、国家のために増税したり、企業のために人件費削ったりして、組織構造を優先して、所得雇用を減らすことばかりやっているからね。遣えるカネないんだから、消費は増えない。採算をとるために人件費削るのに必死で、企業すら多くは遣えるカネ無いしね。建前では戦争やってなくて平和ってことになっている今も、実質的には戦時中だな。

2017-01-17

「(空襲から)逃げちゃダメだ!」

http://anond.hatelabo.jp/20170116162327

リンク先『婆ちゃんに戦争の話聞いてきた』で語られている「婆ちゃんの工場を襲った」空襲はおそらく、1945年8月1日深夜から2日未明にかけて行われた富山空襲のことだろう。

それ以前、7月にも市街地に対する比較的小規模な空襲は度々行われている(模擬原子爆弾、いわゆるパンプキン爆弾の投下も行われた)が、8月空襲市街地の実に99.5%を焼き尽くす大規模なもので、ブコメでも言われているように「空襲で全部なくなった」。燃え盛る炎が明々と夜空を照らしていたという証言ネットでも複数読める。

で、だ。問題

ものすごく暑かったので、多くの人は川に逃げたらしい。そんな人でごった返した川めがけて、空襲は襲った。川に逃げた人はみんな死んだ。

というくだりである。この「川」というのはおそらく、富山市街地を貫流する神通川を指す。皮肉にも、上空から夜目にも目立つ神通川と広大な河川敷のもの攻撃目標となって多くの犠牲者が出たといわれているが(富山空襲 浅田 高明|戦争記憶~寄せられた手記から~|NHK 戦争証言アーカイブス http://www.nhk.or.jp/shogenarchives/kioku/31/ )、そのいっぽうでこんなことも行われていた。

神通川に掛かる連隊橋(今は富山大橋)を軍が封鎖し、逃げて来る市民に対し「戻って消火せよ!」などと馬鹿げた命令を出した

(あの戦争富山空襲」 : 勝手に言ってます http://yosirin.exblog.jp/21519632/

火たたき・バケツリレーなどによる「防火演習」がしばしば行われ、空襲の際には、避難する道路に、警防団警察憲兵などが立ち、「戻って火を消せ」、「非国民!」などと、避難を押し止めた

イントロダクション | 「富山空襲」のことを知って下さい! http://www.geocities.jp/toyamakushunokaii/introduction.html

逃げたらアカンかったわけである。何故か? これは日中戦争が始まる前に公布された「防空法」という法律に拠っている。直接的には、真珠湾攻撃の直前に行われた防空法第一改正、およびそれに基づく内務大臣通牒で、空襲時の退去の禁止罰則を伴う)と応急消火義務国民に課せられたことに由来する。この規定が、10万人の死者を出した東京大空襲のあともなお有効だったことは、まさに富山空襲でのエピソード物語っている。

富山空襲ではまず市街地の周縁部に焼夷弾を投下し、市民の逃げ道を断ったうえで存分に焼き払うという手法が用いられたが、地上でも軍や官憲によって逃げ道が断たれていたわけである。その結果が婆ちゃんの語った戦争の話、ということになろうか。

最後に、いち地方都市にこれほど大規模な空襲が行われた理由がふるっている。

「これ(=第13回の大挙出撃)は、陸軍航空部隊の第28回記念日にふさわしい祝賀であった。またカーチス・E・ルメイ少将に対するすばらしい餞別となった。同少将米国戦空軍参謀長となるため、第20航空軍司令官を辞任する前に、この攻撃を自ら計画し、かつ指揮したのであった。」 (1945年8月2日付ニューヨークタイムズ

陸軍空軍記念日である8月1日の攻撃は、持てる空力を駆使し、あらゆる努力を払うよう指示する。(米本陸軍戦略空軍司令部から、第20航空軍「現地」司令官への指示文書

富山空襲と母のこと: 壺中山紫庵 http://atky.cocolog-nifty.com/bushou/2010/08/post-78e5.html

参考:防空法について

空襲は怖くない。逃げずに火を消せ」――戦時中の「防空法」と情報統制 / 大前治 / 弁護士 | SYNODOS -シノドス- http://synodos.jp/politics/13238

2017-01-16

婆ちゃんに戦争の話聞いてきた

今年87歳になった婆ちゃんに、

正月田舎帰った時に戦争の話を聞いてきた。

当時「この世界の片隅に」のすずと、

同じような年齢で戦争経験した婆ちゃんに本当のところは、

どうだったのかなと聞いてみたいと思ったのがきっかけだった。

婆ちゃんは7人兄弟の三女。

婆ちゃんのお母さんは、早く亡くなっていて

物心いたころには、後妻としてきたお母さんに育てられたそうだ。

婆ちゃんが子供のころは婆ちゃんのお父さんは事業成功していたらしく

家にはお手伝いさんが何人もいたらしいのだが、

戦争前に事業に失敗。

家は途端に貧しくなったらしい。

たまたま勉強が優秀だった婆ちゃんは、

小学校先生が何度も何度も婆ちゃんの家に来て

婆ちゃんを女学校に入れて欲しいと、お父さんを説得したそうだ。

当時はまだまだ少なかった奨学金の話を持ってきてくれたり、

授業料免除手続きなどをするなど、

本当に熱心に動いてくれたらしい。

結局は婆ちゃんのお父さんも先生の熱意に打たれて

全寮制の女学校に行けることになった。

戦争は、そんな女学校時代に起こった。

戦争が始まる前、日本満州での事業で盛り上がっていたそうだ。

大陸未分化な国を日本配下に置いて発展させることは、

とても素晴らしいことで全く悪いことだと思っていなかったそうだ。

学校では、天皇陛下神様と教えられて、

天皇陛下の元、男子兵隊さんになるのが当然だと思っていた。

近所の家が、共産党員の容疑をかけられて警察に連れて行かれた。

婆ちゃんのお母さんは、近所のオジさんは悪い事をしていたと伝えたらしく、

子供心にショックを受けたそうだ。

戦争が始まっても、ばあちゃんの日常は変わらなかった。

普通に勉強していた。ただ、農作業時間が入ったそうだ。

女学校同級生みんなでさつま芋を育ててたらしい。

そのうち、普通の授業の時間はなくなり、

富山工場女学校の全員で働きに行く事になった。

毎日10時間ミシン兵隊さんの洋服を塗っていたそうだ。

女学校勉強できなくなるのは残念だったが、

天皇陛下のためだし、戦ってる兵隊さんのためだかしょうがないと言っていた。

徐々に女学校日常が、戦争への協力の日常に変わっていくのは感じていたそうだが、

戦争はずっと勝っていると思っていた。

新聞ラジオ毎日のように、日本の大勝利の話ばかり流れていたそうだ。

そのうち、配給が減ってくるといつもお腹が空くようになった。

芋だけじゃなくて、芋がらといってツタとかも食べたらしい。

お腹が空いて寝れない日が普通になった。

友達とは、毎日食べることばかりを話していた。

炊きたての白ご飯に納豆をかけてお腹いっぱい食べたるのが夢だった。

そんな日常の中、空襲が婆ちゃんの工場を襲った。

焼夷弾が次から次へと降ってきて、

花火のように火を吹き上げるんだそうだ。

婆ちゃんは怖くて怖くて、山の上に逃げた。

町中が灼熱地獄のように暑かった

ただ、ただ、山の上に逃げた。

当時、なんで山に逃げたのかは自分でも解らなかったらしいが、

一緒にいた友達が山に逃げるので一緒に着いていったそうだ。

結果、それが婆ちゃんの命を救った。

ものすごく暑かったので、多くの人は川に逃げたらしい。

そんな人でごった返した川めがけて、空襲は襲った。

川に逃げた人はみんな死んだ。

空襲が止んで、友達は半分も残らなかった。

婆ちゃんの働いていた工場も完全に破壊された。

その後、近くで何度か空襲があったらしいが

運良く婆ちゃんの所には直撃せず、

次の工場への移動が決まり、準備を進めていた。

そんな矢先、唐突戦争は終了した。

天皇陛下の敗北宣言を聞いた時、

戦争に負けた悲しみよりもなによりも、

もう爆弾が降ってこないことが嬉しかった。

もう、爆弾が降ってこないんだ。

と言った時、婆ちゃんはうっすら目を潤ませていて

本当に本当に辛かったんだなあと、

聞いてる俺も泣きそうになった。

その後戦後の本当の食糧不足や、

食糧不足になって、都会の親戚が着物いっぱい持ってきた話なども聞いたが、

だいぶ長くなったので、ここで話を止めたい。

今の日本海外若い人たちが

戦争を始めることもいとわないと言うのを聞くと

から恐ろしくなるし、

あん経験を俺や俺の娘にはさせたくないと

強く言っていた。

2016-11-17

この世界の片隅に』を鑑賞するにあたってひとつ留意してほしいこと

各界著名人をはじめとして数多くの人が気持ちいくらい絶賛しており「なんぼのもんじゃい」とばかりdisる気まんまんでみにいこうとしている人もそこそこいらっしゃると思いますが鑑賞にあたりひとつだけ留意してほしいことがあります

原作こうの史代作品すべてで通底していることでこれまでの映像化作品はそれをないがしろにしているために失敗しているというプロでも忘れてしまうほどの大事なことです。アニメこの世界の片隅に』はそれを謹んで継承し丁寧に描いたので名作になったのです。そこを見逃すとあなたには凡庸作品しか映らない大事なことです。映画代を損するところでした。

それは、日常生活)がすべてにおいて勝る」ということです。

映画マンガの「ドラマ」を描くにあたり、往々にして日常はないがしろにされがちですが、こうの史代作品においてこの法則絶対です。

映画内で、終戦後とっておきのための白米を食べようとタンから義母が出しますがほんの少しだけ出します。「このあとも生活がつづくからね」と。

明日もあさっても生きていくためにゴハンを食べることを考えるというリアリティ。この場合リアリティ物語使役しているそれじゃなくて「日常」を送るための必要なモノです。順番が逆なんですね。日常ドラマです。

からこの法則が頻繁に映画の「ドラマ」を阻害します。防空壕キスするシーンは後ろから義母と義父に見られます。畑で海にみえ軍艦を描いて憲兵にみつかって叱られてるシーンで家族みんなが深刻そうな顔をしてるのはこんなドジっ子嫁がスパイ扱いされたことがおかしくてしょうがないのを必死でまぎらわせようとしたからです。

マンガではドラマドラマしたところは小さなコマで処理されてるから余計にドラマの感じが弱まるところがあります。こうやって「ドラマ」を徹底的にすかしてないがしろにしていく映画なのです。

それは圧倒的にリアリティなんですね。現実葬式などみんな笑ってるでしょ? 大事な人が死ぬことはドラマだけどみんなドラマだけじゃ生きていけないしお腹も減るしお金もなくなるので笑ったり働いたりする。これは圧倒的なリアリティです。

戦中の広島の町を再現した。大和などの軍艦を精密に描いた。それもありますが、本作のリアリティキモはここなのですよ。

日常生活)がすべてにおいて勝る」

それをどうみるかがポイントです。

同郷の水島が家に訪れたとき主人公に対して「普通」を連発していたように、主人公は懸命に普通に生きようとする。NHK朝ドラのように反戦に目覚めることもなくまわりと同調しつつも普通に日常のレールに乗って日々過ごそうとする。

その絶対的なチカラを持っていた法則をもねじ曲げようとあらゆる手段で襲いかかってくる戦争。そこと日常との戦い。絶対的に強いと思ってた日常があわや崩壊しそうになる。

それに戦争悲惨さや凄惨さを思わざるをえない。そういう作りになっているのです。

映画ではバッサリカットされていた原作での大好きなシーン。

終戦後、台風がくる。焼夷弾屋根に穴が開いたりしてたので家族そろって大わらわで明け方に「こんなに遅うにくるなんてのんきな神風さんじゃ」と大笑いする。

そう、でも日常は強い。虫や草花は戦争なんか素知らぬ顔して生きてるし、実は大多数の人間もそうだと。

こういう「ドラマ」が弱い物語を嫌う層は存在します。この作品大勢の目にふれらるとそういう層もみてしまうのです。そして「しょーもない」とか明後日の方向で文句をいわれるのがしんどいのでこの文章を書きました。こういうことですよねって。

ここを留意して映画を読み、そして原作を読んでください。映画では語られることのなかった「ふたつの鈴」の音色を味わうとより日常の深みが増すと思われます

2016-09-04

日本会議千葉八千代支部反日妄想歌詞面白かったので俺もやってみた。

http://ameblo.jp/nihonkaigi-yachiyo/entry-12138001630.html

このブログ、「pefect human」が反日歌だと主張しているのだが、糖質も思わず是正してしまいそうな破綻性を帯びながらも

ジェット大気圏突破してしまたからなのか、ある種理不尽ギャグとしても通用するのではないかと思った。

nakata→千代田など常人では考えも付かない狂気のこじ付けを行うにはいささか躊躇があったが試しに何曲かやってみた。

まずは国民的なキャラクタードラえもんから

ドラえもんのうた

こんなこといいな→日本社会を思い通りに操りたいという勢力本音

みんなみんなかなえてくれる→あまりにも思い通りに行くので笑いが止まらない様子

ふしぎなポッケで叶えてくれる→不思議ポッケ、つまり特権を駆使してナマポ受給する在日の話

そらを自由に飛びたいな→日本領空侵犯する戦闘機

ハイタケコプター!→hi take cop tard(copは警官の意ではなく、日本国土を守る自衛隊意味する。takeから殲滅、始末を馬鹿(tard)な自衛官を殺せという意味合いが取れる)

アンアンアンとっても大好きドラえもんunは勿論、国際連合意味する。とっても大好きとは現在国連事務総長である潘基文に忠誠を誓えと日本に対して服従を迫っているのだ。三回繰り返すのは清王朝伝統儀礼である三跪九叩頭の礼に由来する。

と軽く書いてみたが、この時点で大分生命力を吸い取られた感が凄いのなんの。だが中々上出来ではないだろうか。コツとしては抽出的な文に主観を入れて改造すること。要は連想ゲームと同じである

リンゴ→血の色のように不穏なワードに直結させればいいだけの話だ。

これでやれば軍歌でも反日ソングであるとこじ付けられる。では軍歌と言えば定番の曲で妄想歌詞言ってみよう。

軍艦行進曲

守るも攻めるも黒鉄くろがね、つまり東京大空襲で爆撃された焼夷弾に焼かれ黒焦げになった日本人死体

浮かべる城こそ頼みなる→浮かべる城、浮かぶ巨大物といえば空母である中国海軍軍拡遼寧空母を導入したのは記憶に新しい。つまりそういうことである

浮かべるその城日の本の→空母日本に浮かべる、日本国の固有領土である尖閣諸島近海空母を浮かべろと主張しているのだ。

仇なす国を攻めよかし→これは説明するまでも無い。完全に宣戦布告であり有事の準備のために、即座に核武装果たすべきだ。

ネトウヨの物マネをしてみたがいかがだっただろうか?正直これだけで精神値が減少を留めないので、これ一回でやめにしたいと思う。

犬路走らば~の格言通り、適当に遊んでいたら何時の間にか・・・なんてホラー映画ばりの展開もあるかもしれないからだ。

それにしてもこんな糖質記事よく量産できるよなぁと、天然物は贋作を易々と超えてしまうのだなぁ。

2016-08-23

http://anond.hatelabo.jp/20160822204114

第四形態の総重量調べたら92000tだそうだ。

ちなみになぜかしれっと立ってる常盤橋プロジェクトB棟は高さ390m。スカイツリーの鉄骨重量が地上部合わせて41000tだそうなので鉄骨重量だけならおよそ30000tくらいかな。床などの荷重をあわせて多く見積もって60000tくらい?太刀打ち出来ない。ゴジラ攻撃に使われたのはサピアタワーグラントーキョーノース・サウス、鉄鋼ビルディング(かっこいいぜ)、丸ノ内トラストティ新丸ビル常盤橋プロジェクトA棟B棟だったと思うのでB棟と新丸ビルを抜かして平均重量30000tとすると、30000t x 6 = 180000tくらいですでにオーバーキル。ただし重量がこれで正しいかどうかわからない(もっといかもしれん)のでなんかもっとちゃんとした計算してB棟倒せばゴジラ質量の三倍くらい=下敷きになれば動けない→A棟B棟たてちまえってなったのかもしれん(あんま考えてないかもしれないが)。

いずれにせよ、東京地盤に対してゴジラは重すぎる。常盤橋B棟みたいなのがボコボコ動けんなら基礎工事ものすごい工数をかける必要がなくなる。それに初代ゴジラですら歩くたびに焼夷弾が落ちてくるような衝撃があったというのにその四倍以上の重量であれは…

あと深海では水圧でしぼんでいたとしても、すくなくとも第四形態進化の時には体積増えているだろうし、立ち上がって海中を歩き始めたら全国各地に設置されている地震計が察知するのであちこちで緊急地震速報が発生する(こないだ木更津地震計の直上に雷が落ちて、M9地震速報出した時みたいに)。

うーん、やはり物理モデリングをちゃんとやってないんだろうなぁ。庵野さんって個体物理モデリングはちゃんとやっている(やってないかもしれないがそれに関するセンスがある)が、周囲に及ぼす影響に対しては無頓着なところがあるからなぁ

ちなみにビル大好きなのでビルバンバン倒れるところでは「ときわばしー!がんばえー!」って思ってた

2014-09-27

http://anond.hatelabo.jp/20140927133706

のらりくらりと冷静に時代を生き抜いたと言って。

中共便衣兵にじいさんが撃たれて帰ってこなかったら、B29の焼夷弾からばあさんが逃げ遅れていたら、おいらは今、増田に書いてないよ。

先祖感謝しておくことをおすすめする。

2011-10-25

祖母の戦中の話

祖母は戦中、茨城日立あたり?にいたらしい(電車工場の近くとか言っていた、後で工場移転にそって引っ越したとか言っていたがそのあたりは俺が理解できなかった)。

軍事工場が近くにあって、空襲の時ほぼ軍事工場のみを波状攻撃で攻撃していたとか。

電車工場?は平和産業から空襲されなかったんだと言っていた。

防空壕もあったらしいが少しほっただけの穴で、到底爆撃は防げないシロモノだったらしい。

そこで隣の家とあわせて、布団を三尺重ね焼夷弾には耐えられるようにしたのだとか。(祖母はそう聞いていたそうだ)

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