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2018-10-28

日本テロが起こるような民族対立が無くて本当に良かった

東南アジア出張してつい先月に爆弾テロ起きた現場近くのホテルレストランを利用して戦々恐々としていると、本当に日本はそういう問題が無くて良かったと思う。

ブリカスはじめとする欧米宗主国植民地政策が悪んだけど、その尻拭いさせられてる独立後の政府に同情する。

でも日本だって、19世紀に北海道ロシア領土にされて、アイヌ間接統治尖兵になってヤマトを虐めて、ソ連時代民族対立が抑えられていたけど、冷戦後吹き出しアイヌヤマトで殺し合いして、んで当然ヤマト寄りの日本政府への反感からアイヌ過激派東京地下鉄テロやって通勤中の俺が死ぬ

なんてことになってた可能性はあるんだよな。明治政府グッジョブというか。

そう言えば、こういう「現実とは違う歴史を辿った日本」というフィクションジャンルってなんて呼ばれてるの? 戦争しないなら仮想戦記ではないよね? 単にSF

2017-08-17

https://anond.hatelabo.jp/20170817113738

とりあえず、水不足で直接的な侵略が起きるという発想がマンガ

石油不足時から現代に掛けてアラブ諸国がどうなったのかを見て、それと同じ事が日本でも起こりうる、というのならまだ多少説得力を感じる

また基本的には直接占領するより、金によって間接実質統治するのが本来ベターである

そこを鑑みれば、日本国内アラブと同じような、大国が裏で糸を引いた局地的紛争が起こる可能性はあるかも知れないが、この件で中国が直接的な侵略に及ぶ可能性は高いとは言えない


個人感では、それでも占領が起きるとしたら、単純に『列島線を恒久突破するという中国の長年の目標を達成するため』という1点が有力であり、現に中国はそれをアピールするために、現状においても空母列島線を突っ切って太平洋に出るデモを定期的に行っている

そして、上記要素による侵略経済バランスと言うより軍事バランスの変化によって現実身を帯びる

ここを鑑みると、むしろ中国経済的に安定している時は経済による間接統治を目指すだろうが、そこに(アメリカを怖がっている場合で無いほどの)著しい不安が生じた時に(国内の不満を払拭するために)一時的軍事拡大によって直接的侵略に及ぶ可能性が視野に入ると思える

2017-04-26

http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/katarenakaltutatoukyoudaikuusyuunosinjitu.html

戦後は飢餓状態になり、区を通じて米軍支給品のコンビーフなどを配給した。“犬と同じ餌付けだ”と感じたが、食べなければ死んでしまうからみんな列をつくって並んだ。アメリカ日本人など虫けらぐらいにしか思っていないのに、日本の偉い連中はアメリカのために死ねという法案を通す。私たちには今も怨念がある。どんどん暴いてくれ。銀座のど真ん中でやってほしい」と訴えていた。

 C 原爆投下後の広島、長崎に匹敵するような悲惨さだった。米軍は春風の強く吹く3月という時期、民家を効率よく焼き払うための油脂焼夷弾の開発、空襲の手順も含めて用意周到に準備し、一般市民の民家が密集する下町地域をとり囲むように爆弾を投下している。火の壁で逃げ場をふさいで集中砲火を浴びせ、火の海を逃げ惑う人人に機銃掃射までやっている。

 「機銃掃射で狙い撃ちしてくるパイロットが笑っていた顔が忘れられない」と何人もの人が語っていた。黒焦げの死体だけでなく、窒息死してピンク色をした遺体が蝋人形のように散乱し、それらが公園や学校などで山積みにされて焼かれたという。墨田区錦糸町では、錦糸公園で約1万4000体が焼かれて仮埋葬されたというが、それを伝える看板一つない。あまりの多さで処理できない遺体は何日もかけて川や海に捨てられていたという。

 隅田川にかかる橋の欄干や、総武線ガード下などには今でも積み重なって焼き殺された人間の油がそのままの形で染みついて、何度ペンキを塗っても浮き出てくるのだと語られていた。5月の品川での空襲でも「真夜中にガソリンを撒いて焼夷弾をばらまいた」といわれていたが、「あれが戦争犯罪でなくてなんなのか!」と、7、80代の年配者が語っていた。とても昔話という雰囲気ではない。本当に語る場所がなかったからこその鬱積した思いがある。公園などに仮埋葬された11万体といわれる遺骨は、関東大震災の慰霊堂(墨田区横網)に一緒に入れられている。

  東京空襲を弔う単独の慰霊施設はいまだにない。なぜそんなことになっているのかだ。

 「戦争を忘れさせよ」 慰霊碑許可せぬGHQ

 D 大空襲で壊滅した江東区森下5丁目町会では今年3月、町内の空襲犠牲者789人の名前を刻んだ墓誌を建立した。町会役員によれば、当時の町会長が戦後すぐに空襲による町内の犠牲者を調べ、焼失を免れた戦時国債購入者名簿を頼りに『戦災死没者過去帳』という約10㍍にもなる巻物をつくって保管していたから建立できたという。遺族の「この地域に住んでいた人人の証となる供養の場所がほしい」という願いが70年をへてやっと実現した。

 E 墓誌をつくるための調査で、1家12人が全滅した家もあったことなど、地元の人も初めて知る事実が明らかになっているが、都にも当時の犠牲者名簿などの資料があるにも関わらず遺族が申請しても公開されないのだといわれていた。

 地蔵や碑の建立についても「宗教的なものは受け付けない」とかの理由で許可は下りず、「黙認する」程度だという。行政から助成も受けられないため、発起人を中心に町内外に呼びかけたら、続続と寄付が寄せられてつくることができたといっていた。

 終戦直後にも数千人が空襲で亡くなった墨田区の菊川橋のたもとに慰霊碑を建てようとしたが、区役所から拒否されている。河畔を改装するたびに白骨がたくさん出てきたので「これ以上放っておくわけにはいかない」と住民が独自に地蔵を建立して毎年法要している。

 D ある遺族から、1947(昭和22)年に東京都長官官房渉外部長から通達された行政文書コピーを見せてもらった。当時、遺族によって計画された隅田公園への戦災慰霊塔建設計画に対して、官房各課長、支所長や局長、区長など都の行政担当者に宛てた通達だ。

 「一、日本国民に戦争を忘れさせたいのである。二、戦災慰霊塔を見て再び戦争を思い出させることがあってはならない。だから慰霊塔の建立は許可しない」と米占領軍の指導方針が明記され、これに協力するため「この方針を徹底的に守るようにしなさい」と記されている。

 70年たっていながらこの占領下のプレスコードがいまだに続いていることに驚いた。

 A 25万人もの都民を殺戮しながら意図的攻撃対象から外したものもある。ここからアメリカの東京空襲の狙いが見てとれる。

 C 代表格は皇居だ。東京のど真ん中に広大な面積を持つ皇居について、米軍ははじめから「攻撃対象にしない」という指令を徹底していたし、天皇側もそれを知っていた。皇居北側の近衛師団司令部、東部軍司令部などの軍中枢部や、市ヶ谷陸軍省参謀本部(現・防衛省)など、本来狙われるべき軍中枢が無傷だった。赤坂離宮(現・迎賓館)、青山御所、新宿御苑浜離宮上野公園などの皇室所有地や、官僚機構の一端を担っていた皇族住居はことごとく攻撃の対象外だ。

 東京駅は焼失したが、皇居に挟まれた丸の内の金融ビル街も残った。三菱本社、三菱銀行三菱商事日本興業銀行横浜正金銀行東京銀行第一銀行、勧業銀行、関東配電(東京電力)などの財閥のビルが林立している。朝日、毎日などの新聞各社、放送会館(NHK)も残った。八重洲では日銀、三井本館。永田町霞ヶ関でも、内閣府国会議事堂警視庁、内務省、大蔵省などが残された。ちなみに上野公園に隣接する三菱財閥統帥の岩崎久弥邸も攻撃を受けていない。広島、長崎、下関空襲でも三菱の主要工場は無傷であり、政財界アメリカの盟友関係を裏付けている。

 軍施設がほとんど残されているのが特徴で、陸軍の心臓部といえる赤羽の陸軍造兵廠、陸軍火薬庫、工兵大隊、陸軍被服本廠、兵器支廠、東京第一、第二兵器補給廠も周囲が焦土になるなかでわざわざ残されている。代々木の近衛輜重大隊、陸軍輜重連隊官舎、広大な駒場練兵場や野砲隊の官舎群もみな無傷だ。

 E 工業施設でも、東芝本社のある芝浦工業団地から品川駅付近の港湾施設も攻撃されなかった。全滅した深川区に隣接する石川島造船所、佃島、月島など東京湾に面した工業施設、南部工業地帯の蒲田でも中心市街地が徹底的に焼き尽くされたが、羽田飛行場などの軍需施設はほとんど攻撃されていない。「米軍作戦任務報告書」に記された工業的目標はわずか22カ所に過ぎないが、そのうち破壊したのは18%だと記されている。実は無差別爆撃ではない。絨毯爆撃ではあるが、アメリカの対日支配に役立つものは残し、その邪魔になる庶民は殺すと極めて明確に選別している。

 B 「暗闇のなかであれほど緻密な爆撃がどうしてできたのか?」という疑問も多く語られていた。「目標から外す目印のために誰かが下から光を当てていた」と証言する人もいた。原爆投下と同じく「戦争を終わらせるためにやむをえぬ」というものではなく、日本を単独占領するために国民の抵抗力を摘むための大量殺戮だった。

 米軍の皆殺し作戦 殺すに任せた支配機構

 A 東京空襲にも不可解な点がいくつもある。例えば、空襲直前に警戒警報を解除している。広島、長崎での原爆投下も直前になって警戒警報を解除し、みんなが安心して表に出てきたときに投下されている。あれは軍中枢が協力しなければできないことだ。300機をこえるB29の接近に気づかないわけがないが、物量で太刀打ちできないとはいえ、まともな反撃すらせずに米軍のやりたい放題を開けて通している。

 F 広島、長崎への原爆投下でも、軍はB29に対してレーダー照射をして来襲を事前につかんでいた。大本営は原爆投下機の接近を信号を受信して知っていた。長崎では、B29を迎撃する部隊が大村航空隊で待機して出撃命令を待っていたが、結局、命令は下りなかった。NHKも当時のパイロットが怒って証言する場面を放映していた。

 A 終戦末期になると特高警察マークしたのは青年将校だった。敗戦が濃厚になるなかでこれらが反乱を起こすことを恐れた。左翼は早くに壊滅しているが、青年将校らは戦斗経験もあり、速やかにアメリカの占領下に誘導しようとしていた軍上層部にとっては脅威だった。敗戦が決定的になっても国民には「一億総玉砕」を叫んで、若者には特攻作戦をやらせ、本土を死守させる体制をとりながら、上層部が終戦工作にいそしむことに彼らの反発はすごかった。

 天皇の「終戦の詔勅」の放送を前に、陸軍の青年将校近衛師団長を殺害し、録音盤を奪おうとした事件もそうだが、マッカーサーが厚木に降り立つときにも迎え撃つという騒動があり、青年将校に影響力をもつ高松宮が必死になって抑えて回ったというのは有名な話だ。

 B 敗戦直後、内地では軍を通じて直ちに武装解除させた。あれは天皇の命令だけでは動かない。軍司令部指揮系統が動かなければできない。それを米軍上陸前にやらせるためには軍中枢を残しておかなければいけない。もともと海軍をはじめ軍中枢部分には親米派が多かった。陸軍も中国大陸で行き詰まって南進作戦に切り替え、南方の島島に兵隊を放り込んで食料も弾薬も送らない。ニューギニア戦線の体験者も「毎日イモばっかりつくっていた」という。南方はほとんどが餓死と病死だ。

 D 敗戦を迎えるにあたって、あのドサクサのなかで米軍上陸、単独占領に誰が荷担したのか。東京大空襲で無傷だった施設を見ただけでも歴然としている。戦後は「財閥解体」といったが、財閥はしっかりと温存された。戦争に国民を投げ込んだ天皇はじめ、官僚機構も丸ごと温存された。開戦時の商工大臣をしていた岸信介が、その後CIAのエージェントとして力を与えられたのが象徴的だが、政界、官僚世界などが叩きつぶされることもなく、対日占領の協力者としてせっせとアメリカに媚びて戦後も機能していった。メディアでも大本営の中枢にいた読売新聞正力松太郎朝日新聞緒方竹虎などがCIAのエージェントとして活躍する始末だ。

 イラクでもアフガンでも、他国を占領しようと思えば必ず抵抗があるし、何年かかってでも肉弾戦で侵略者を叩き出そうとするものだ。日本の場合、なぜ無抵抗に近い形で単独占領することができたのか。それは支配機構が丸ごと占領の協力者になり、国を売り飛ばしたからだ。支配機構が軍事支配を受けながらアメリカの道具になって戦後は機能していった。それが今日まで続いている。

 E 空襲で生き残った下町の人たちは、戦後は食べ物がなくて生活できないのでみんな市外に出て行ったという。国民を抵抗できないようにバラバラにさせている。抵抗力を削ぐために徹底的に空襲を加えたし、首都圏の人人はとにかくその日を生きるのが精一杯の状況になった。首都圏制圧のためにあれほどの空襲をやって、まさにショック・ドクトリン(惨事便乗型資本主義)で占領していった。

 C 食料を意図的に統制したので、戦後の方が食料難がひどかった。当時の調達係の人が証言していたが、米軍が国内の食料倉庫を統制して食料危機に追い込んだ。米軍は関門海峡などの機雷封鎖も「スターべーション(飢餓作戦)」と名付けていた。国内から戦地へ食料を送らせない、大陸から送られてくる食料を遮断するための飢餓作戦だった。

 都市部はとにかく食べるものがない。配給でもらった大豆をポケットに入れて、それを食べて水を飲んで膨らませて空腹をしのいでいたという。飢え死にが出るような飢餓状態に追い込んでおいて、ララ物資などのアメリカからの、それこそ家畜の餌になる食料が入れられた。そんな屈辱に国会で感謝決議したこともあった。

 E 戦後の上野や浅草には、空襲で親を失った戦災孤児浮浪者があふれかえり、餓死寸前の子どもたちは生きるために窃盗や売春をせざるを得なかった。GHQは「治安対策」を名目にして浮浪児を見つけ次第捕らえる「狩り込み」をやり、米軍の要請によって、脱走ができない水上の台場につくられた収容施設強制的に送致し、檻(おり)に入れて監視・収容することまでやった。

 B すでに武装解除しているのに進駐軍は必ず銃を携行して、電車も絶対に米兵専用車両に乗るし、接収した建物も日本人立ち入り禁止にした。「彼らは日本人の反撃を恐れていた」と語られていた。

 A 例えば、日本軍が満州を占領統治するのに100万人の軍隊がいったといわれる。日本を占領するには本来100万では足りない。それを日本の支配階級が従って代理政治をすることで米軍の負担を軽くできた。イラクやシリアを見ても、むき出しの占領支配になれば人民の抵抗を抑えることは難しい。それを天皇以下支配階級全面的に協力し、それによって地位を守るという関係があったから占領できたということだ。

 F 同じ敗戦国でも、ドイツではナチス関係者は戦後はみんな追放された。新聞社などもみな解散させられた。連合国による全面講和を結び一国に縛られなかったから、独立の自由性がある。アメリカが単独占領した日本との違いだ。

 90年代の米ソ二極構造が終わったときもドイツは独立の方に行き、日本は対米隷属の方に行くので、ドイツ首相から「慌てるな」となだめられたほどだ。その従属路線が現在までエスカレートして、安保法制まできている。

 A 現在でも官僚機構も含めて各省庁ごとにアメリカ直結だ。財務省経産省防衛省もだ。政策についてもアメリカ大使館の指示の方が強い。

 米財務長官サマーズが何度も日本の財務省に直接怒鳴り込んできたし、原発事故のときもアメリカ政府関係者首相官邸に乗り込んでいって菅直人を怒鳴りつけて指示を出す。アメリカの圧力なしに、民主党の鳩山、菅から野田までの変遷ぶりというのは理解ができない。現在の安倍の突っ走りにいたるまで対米従属の系譜だ。

 財閥やメディアも米軍占領下で地位守る

 C 原爆展キャラバンのなかで、戦時中赤坂見附に住んでいて親族がアメリカ大使館に出入りしていたという婦人が、「アメリカ大使館の外側は私服警察の警備で物物しかったが、中にいる在日米国人戦時中にもかかわらず中庭でゴルフをしていたり、まるで勝ち戦の後のような余裕ある生活をしていた」と疑問を語っていた。

 F 当時の駐日大使ジョセフ・グルーがアメリカ本国に帰国するのは真珠湾攻撃の半年後だった。グルーは日本では天皇を中心とする「宮廷外交」を基本にし、軍部の反米派と対立傾向にあった天皇側近の木戸幸一重光葵吉田茂近衛文麿などを「自由主義者穏健派」と見なして親交を深めていた。開戦後の半年間で終戦までのプログラムをつくる工作をやっていた。

 グルーは秩父宮に「安心しろ」といって帰国したが、アメリカ本国では「皇居は攻撃してはならない」、天皇は「軍国主義崇拝に役立ったと同様に象徴として役立つ」と説いて回り、吉田茂とも直接手紙をやりとりしていた。

 のちの駐日大使ライシャワーは当時諜報部員だったが、この方向で「天皇を傀儡にして間接統治する」という占領プログラムをつくった。そこでは、戦争中も「短波放送の聴取が許される500人ぐらいの日本のエリートに常に知的な情報を粘り強く伝達せよ」と米陸軍に提案している。実際、1945年5月から「ザカリアス放送」という日本の上層のごく限られた者しか聞くことができない短波の日本向け放送をやり、いつどこを空襲するとか、広島、長崎への原爆投下をいつやるかも全て伝達していた。

 これら米軍からの情報を集中しながら六月段階で、米軍の攻撃を全部開けて通して、「アメリカに敗北することで自分たちの地位は保証されることが約束されている」と側近の木戸幸一が天皇に提言している。

 A 2月には、アメリカから情報を得ていた吉田茂近衛文麿に天皇上奏文を書かせた。「米英は国体(天皇制)の変更までは要求していない。最も憂うべきは、敗戦よりも、敗戦に伴っておこる共産革命だ」というものだ。彼らの関心は戦争の勝敗などではなく、いかに国民を押さえつけてアメリカの占領下で地位を守ってもらうかだった。そのためなら原爆を落とされることも甘受するし、東京を焼き払って人民大衆をへとへとに疲れさせることはむしろ好都合という関係だった。

 F 財界も最初から通じていた。三菱財閥統帥の岩崎小弥太は、開戦にあたっては「アメリカとは友人だから心配するな」と訓示し、敗戦時は「これから愉快に仕事ができる」と発言している。また、戦争末期には、日本商工会議所会頭の藤山愛一郎、日産コンツェルン鮎川義介浅野財閥の浅野良三などの財界代表が内閣の顧問会議を形成していた。藤山によれば、終戦6日前の閣議でアメリカとの経済関係をただちに回復させる計画を発表し、「自分たちの時代がやってきた」と喜び、軽井沢の別荘でシャンパンコルクを抜き、新時代到来を祝して乾杯したという。はじめからアメリカ自分たちを大事に扱うことを確信していた。グルー自身が三菱とつながりの深いモルガン財閥の代理人で、戦前から投資していた権益、金融資産を含めてどう守るかというのが主任務だった。日本の財界人との関係ではアメリカ留学組が多く、鮎川とフォード、浅野とルーズベルトなど、人脈もできあがっていた。

 A 天皇をはじめとする支配中枢も財界も、中国への侵略戦争で行き詰まり、負けることはわかりきっているが、中国に負けることになれば日本における支配的地位が失われる。だから日米開戦に突っ込んでいき、アメリカに降伏することで地位を守ってもらう。そのためには国民を犠牲にしなければいけないという意図が貫かれている。

 C 東京はすべての政治勢力の本部があるところだが、東京空襲の慰霊碑問題をみても、都民の切実な要求をすくい上げるところがなかった。そこには、第一に米軍による抑圧、宣伝がある。いかにもアメリカが平和と民主主義の味方であり、日本を解放するための戦争をやり、原爆も空襲も戦争を終結させるためにはやむをえなかったかのように徹底的に宣伝したし、戦前以上の言論統制と弾圧をやり、反米につながる原爆や東京空襲についての言論を封殺した。

 もう一つは、人民の側に立つべき共産党の指導部が「アメリカは解放軍」と規定して、旧軍部を批判するが、原爆にしても東京空襲にしてもアメリカの犯罪を問わずに来たことが大きい。都民はアメリカ共産党指導部の両方から抑圧され、ものがいえなくなる関係だ。

 B 大衆のなかでは東京空襲への鬱積した怒りがあるが、東京で生まれた戦後世代でもほとんどその全貌を知らずにきた。そこでは革新勢力進歩的な装いで「日本軍が重慶を先に空襲したから、それを反省すべきだ」「日本がひき起こした戦争だから仕方がない」という論調をふりまいてきたことが大きい。原爆投下を「日本の軍部から解放するために必要だった」というのと共通している。

 F 共産党は戦前、天皇制の弾圧もあるが、大衆と結びつけず自然消滅をたどった。そのことの反省もなく「獄中18年」を威張り、アメリカを解放してくれた友と見なす一方で、庶民を戦争に協力したと蔑視してきた。特攻隊経験者や戦地に駆り出された者も、「予科練崩れ」「戦争加害者」などといって攻撃し、敵と友を転倒させてしまった。

 徳田球一ら指導部中枢は、米軍に釈放されてすぐの人民大会でGHQまでデモ行進し、「解放軍万歳」を3唱した。「民主主義革命の端緒を開いた」といってマッカーサーに感謝し、GHQに入り浸り反米の情報を提供していた。東京空襲も原爆についてもそのような感謝が根底にあるから、正面から批判させない。知識人のなかでも対米従属問題についてなかなか触れることができないということも独特の抑圧構図を象徴している。

 A アメリカプレスコードをかけて行政機構が協力したし、東京空襲についても語らせなかった。そして共産党はあれほどひどい目にあった都民のことを無視して、アメリカを平和と民主主義の友と見なした。敵と友を転倒させて、むしろ大衆を敵扱いしていった。だからいまもって東京空襲について無関心できている。都民の苦労というものにまったく思いがなかったということだ。

 C アメリカ民主主義がよかったというが、70年たってみてどうか。日本の富はみな吸い上げられて散散な状況になっている。遠慮知らずのアメリカが、終いには米軍の身代わりで自衛隊を戦地に引っ張り出すところまできた。それで安倍晋三がせっせと協力している。売国政治の根っこは何もかわっていない。左翼の戦後出発について先ほども触れていたが、都民の苦難に足場を置かずに抽象的な全国政治か何かを主張しても話にならない。大衆的というのは地方的で具体的だ。そこに足場を置かなければ全国の普遍性は見えない。東京にはあれだけ政党の本部があって、学者も日本一いながら東京大空襲の惨劇について怒りをもってアメリカを糾弾する勢力がいない。

 A 東京大空襲の経験は語れないできた。意図的に抹殺されて、慰霊碑も何もない。これは原爆を投下された広島と比べたら明確な違いがある。広島には平和公園も資料館も供養塔もある。八月六日になるとみなが早朝からお参りに足を運んでいる。十数万人の命日だからだ。そして町のいたるところに町内会、学校、職場などいろんな単位の慰霊碑がある。何が違うのかだ。広島はたたかってきたからだ。戦後は広島でもプレスコードがかかっていて原爆のことを語らせない力が働いていた。「終戦のためにやむを得ぬ手段だった」というので原爆投下への怒りをかき消し、徹底的にとり締まっていた。

 しかし当時、風呂屋に行くとみながケロイドを見せながら延延と語っていたという。それを当時の広島では「アメリカの人類に対する犯罪だ!」と真っ向から暴露して斗争がはじまった。占領下の50年8月6日の斗争が端緒を切り開いた。そして5年後には世界大会まで発展した。

 この運動を指導したのが福田正義主幹(本紙)をはじめとした共産党中国地方委員会だったが、当時も東京の共産党中枢が「アメリカ解放軍」規定で中国地方におけるたたかいを弾圧していた。これと同じ構造が東京では現在でも生きている。日本人民の苦難の側から敵を暴露するのでなく、友と見なす。戦後出発に大きな違いがあった。

 分かれ道は敵は誰か、友は誰かが鮮明でないといけない。あれほど殺されているのにアメリカ民主主義インチキに幻想をもったら大変なことだ。アメリカが日本を侵略した敵だ。日本人民は戦中も戦後も大変な目にあってきた。人民の敵に対する憎しみと人民への愛情が統一されていないといけない。その人民を代表して敵を暴露する立場でないといけない。東京でもそれが問われている。

 A 東京をはじめ首都圏は、沖縄に次いで米軍基地が多い。東京都だけでも総面積は約1603㌶(東京ドーム約340個分の広さ)に及ぶ。空襲で攻撃対象から外された軍事施設は、ほぼ例外なく米軍基地自衛隊施設へ変わった。横田基地在日米軍司令部であり、すべての在日米軍自衛隊を統括する指揮所だ。神奈川県には、原子力空母を擁する米海軍第七艦隊の拠点である横須賀基地が盤踞し、在日米陸軍司令部、第一軍団前方司令部など米陸軍司令塔であるキャンプ座間をはじめ、爆発事故をおこした相模総合補給廠、通信施設、燃料貯蔵施設、住宅地、演習場などがひしめいている。

 とくに横田基地は3350㍍の巨大滑走路を持ち、米軍人数は約3400人、国防総省文官200人、米軍家族含め約1万4000人もおり、米軍のアジア戦略における最重要拠点だ。その影響力から「横田幕府」とさえいわれる。米本土やハワイグアムなどから運んできた兵器や軍事物資を相模総合補給廠に備蓄し、戦時になると横浜ノースドックから搬出し、横田基地から空輸する体制で、西太平洋東アジアを管轄する兵站補給基地だ。

 東京都港区六本木ヒルズがある都心にも赤坂プレスセンターといわれる米軍基地がある。その中身は、陸軍研究事務所、海軍アジア室、米軍の機関紙「星条旗新聞社」、保全連絡分遣隊、座間基地第78航空隊、独身将校宿舎、麻布米軍ヘリ基地だ。横田基地を経由して日本に侵入する基点として提供され、入国審査や税関などの規制は一切なく、ここから入国する人物については情報公開義務がない。地図上でも「白地」にするほどの機密扱いだ。

 そのほかにも府中、由木、大和田硫黄島の通信施設、日米合同委員会をおこなうニューサンノー米軍センター(港区)、米軍家族専用の娯楽施設である多摩サービス補助施設がある。敗戦直後208カ所あった米軍施設は住民の頑強なたたかいで「返還」されたが、実質どの施設もいつでも使える体制にある。朝鮮戦争の出撃基地となった立川飛行場は基地拡張が砂川斗争で頓挫し「返還」されたが航空自衛隊基地は米軍との共同使用であり、広大な国営公園、広域防災基地、道路、運動場として当時の施設はそっくりそのまま残されている。

 地元でも「道路はいつでも滑走路に転用できるように周辺には高い建物や民家の建築規制がある。ひとたび戦争になれば街全体が一気に軍事基地に様変わりする」といわれていた。

 B さらに首都圏の上空には、「横田ラプコン」と呼ばれる1都8県(東京都、栃木県、群馬県埼玉県神奈川県新潟県山梨県長野県静岡県)にまたがる、広大な米軍専用空域がある。この空域の高度約7000㍍以下には米軍の許可なしには日本の民間機はいっさい進入できない。

 羽田空港成田空港を離着陸する航空機は、通常の離陸はできないため急激に高く上昇してラプコンを飛び越えるか、大回りしなければならない。それが離着陸時の事故、ニアミス事故の頻発につながっている。首都上空を飛行するのに米軍の許可が必要な国など他にはない。

 A 沖縄が前線基地なのに対して、司令部が集中しているのが首都圏だ。日本の支配中枢を軍事で抑えつけることで日本全国を占領下に置く。その目的のために、大空襲であれほど殺し、戦後も軍事力を配置しているのだ。沖縄の問題はよそ事ではない。真珠湾でもフィリピンでも、ベトナム戦争でも、いったん攻撃をさせて「報復」を掲げて参戦するのがアメリカのやり方であり、司令部が集中する東京こそミサイルの標的にされる可能性は高い。

 B 本所の東京空襲体験者の男性が、「アメリカが問題なのははっきりしているが、どの政治家や政党がこれとたたかえるのか! 結局、自分の地位を守るために裏切る政治屋ばっかりだ」と吐き捨てるようにいっていた。空襲後に軍隊に志願入隊して整備士として厚木飛行場に配置されたが、地下壕を掘らされるばかりでその地下施設を今は米軍が使っている。「戦後は焼け跡から町工場を営んできたが、TPPに参入すればこの仕事が奪われていく。全部アメリカのためだ。そういうことをもっと暴いてくれ」と切実に語っていた。昔から自民党支持基盤であってもみんな上を信じていないし、内に秘めた思いは少少ではない。

 F 東京大空襲は広島、長崎、沖縄に匹敵する大量殺戮だった。その真実をおおいに語り継がなければいけないし、それは日本を再びアメリカの戦争に引きずり込むことを許さない全国的な世論を発展させていく大きな力になる。そのためには、私心なく大衆のなかから意見を集中し、それを代表して導いていく政治勢力が必要だ。そこでは、自己主張ではなく、大衆的であると同時に敵を鮮明にして人民に奉仕する思想でやり抜くかどうかが問われる。

 司会 今回の安保法制まできて、対米従属構造こそ日本の平和を脅かす根幹であり、これとの対決なしには再び日本は戦場にされる

2013-10-21

尾崎豊事件から考える戦後在日カルト社会構造

以下、全部コピペ

【2012 NHK紅白歌合戦コラージュ

『創価は世界中人体実験をしている』

by 岐阜県 ゆかりん

尾崎豊ブラック・アイ



【2012 NHK紅白歌合戦

『創価は世界中人体実験をしている』

by 岐阜県 ゆかりん

● NHKの公式発表乙ww

さて、本当に創価が人体実験をしているかどうか、その真偽を確かめたい方は、創価の犯罪手口(保険金殺人)を10年も研究している、日本で唯一の創価研究ブログ『richardkoshimizu's blog』で、調べてみてください。

きっと面白いことがわかると思います

『richardkoshimizu's blog』

まあ、コラ画像だとわかったうえで補足すると、この画像がコラかどうかは、実はあまり重要ではありません。

人体実験並みの、保険金目的殺人犯罪を組織的に取り組み、莫大な利益を上げて母体を肥やしてきたのが、創価という裏社会の実態だからです。

尾崎豊を殺害したのは、創価に依頼された薬物マフィア

尾崎豊が亡くなってから約2年後に、10万人近くのファンの署名で「再捜査嘆願書」を警察に提出したが、受理されなかった。

事件は尾崎ファンがオウムに取り込まれていくなど、風化していった。

しかし、7年後の1999年、突如として写真週刊誌フライデー』に蘇生装置が施された写真が掲載された。(7年間もこの写真が隠されてきたわけだ)

また、当時の捜査員の証言などもあって、その死因の不可解さがますます深まっていった。

そして、尾崎豊の怪死から実に15年もの月日が経過したとき、突如としてスクープが雑誌に掲載される。

ついに「尾崎覚醒剤を盛り、複数人でリンチした」と決定的な証言をする、実行犯の暴力団組員が現れたのだ。

月刊 keitaiバンディッツ 2007年5月号(4月7日発売)より

「若きカリスマ 15年目の死の真実」

時効直前スクープ

実行犯の衝撃告白・・・「俺が尾崎豊を殺した!」

取材・文◎ ○田○雄(ルポライター

写真提供共同通信社

この「俺が尾崎豊を殺した!」スクープについては、次のブログで読めます

<ぜひ、このメロンパンさんの記事をご一読ください>

夕焼け朝焼けメロンパン尾崎豊さんの死と創価○会」2008.10.08

さて、メロンパンさんの記事では、暴力団組員は尾崎を暴行したと告白してはいるが、全ての真相は明かしませんでした。

でも、ここまでわかると全部わかったようなものですね。

はたして、黒幕は一体何者なのでしょうか?

週刊誌のリーク画像のとおり、尾崎豊が全裸で病院にかつぎ込まれたときリンチを受けていたアザが無数にありました。

はい、知らなかった人は驚くかもしれませんが、尾崎豊の死因は、自殺でも肺水腫でも薬物依存でもありません。

尾崎死体検案書に、外傷性くも膜化出血とあるのは、どう考えても顔面を強く、何度も殴られたからです。

くも膜化出血になるまで転んで頭を打ち続けたんだ、とか言い訳にもならないわけです。

自殺と決めつけるために都合の良い解釈であり、不自然です。

写真を見ればわかりますが、AEDのような装置が尾崎の体に取りつけられています

そんな状態なのに入院もせずに、「すぐさま」家に帰ったとか、あまりも不自然ですね。

そもそも、芸能界は昔から裏社会とズブズブなので、いつ誰が死んでも別におかしくはないのです。

海老蔵が殺されかけた事件が記憶に新しいのですが、海老蔵はあのとき死んでいてもおかしくなかった。もしも、あのときに死んでいたら死人に口なしの法則で、真実は闇に葬り去られたことでしょう。

芸能界とは、そういうところです。

もちろん、下っ端の人間にはそこまでの危険性はないはずですが。

関東連合芸能人が深い関係である限り、海老蔵くらいのリンチ殺人未遂事件なんて、表面上の事件にすぎません。

尾崎事件の謎解き

まず、尾崎豊は薬物依存ではありませんでした。

不可抗力覚せい剤を酒にもられて、その後に裏社会の人間からリンチを受けたのです。

もちろん、ハルシオンなど酒で割ることができる薬物を使用したため、普通に飲むことができます

尾崎ボロボロに殴られたあと、這って歩いたために服が脱げ落ち、全裸になってしまいました。

虫の息だった尾崎は、近くの民家まで這っていき、通報された後に病院に搬入されました。

病院で検査して、尾崎が意識朦朧としながら「家に帰りたい」とうわごとで言ったため、妻が無理やりマンションに連れて帰ったのです。

本当は薬物関係に詳しい病院でキチンとした対処がなされれば、尾崎は死ななくても良かったはずです。

尾崎は適正な治療が施されることもなく、キチンとした検査も受けないまま帰宅し、自宅マンションの一室で寝かされただけでした。

尾崎の妻は、学会員でした。

そして、部屋で数時間後に尾崎は帰らぬ人となりました。

その後、尾崎との関係が冷えきっていた妻が著作権などの遺産を受け取り、逃げるように海外へと移住しました。

創価を快く思ってなかった尾崎は、創価に都合が良いようにタイミング良くいなくなりました。

妻はその後、尾崎事務所アイソトープ自分のものにして尾崎作品で商売を始め、最近では息子を尾崎の代わりに売り出して、尾崎の名声を利用した商売で、利益をあげ続けています

妻がまるで被害者かのように偽装された、尾崎真相追求サイトが、ネット上で氾濫しています

それらの大量に存在する「ネット火消し工作サイト」は、一体どのような人たちが書いたのでしょうか?

尾崎の他殺説で浮かび上がってくる犯人像といえば、○○学会以外に見つからないことは明らかです。

○○学会がネットで火消し工作をするなんて、信じられないかもしれませんが、創価の母体が朝鮮カルトであることさえ理解できれば、全てが理解できるようになります

ネットで調べていけば、ある程度はわかると思いますが、創価に詳しくない人がいくら調べても、世の中の真実には絶対にたどり着くことはできません。

逆に、創価に詳しい人ならば、ある程度の推論が可能です。

ただし、尾崎事件に関しては全国民を納得させるような絶対的な物証は、もうでてこないでしょう。

それでも、ブラックアイになるまで殴られた写真が、尾崎の無念を物語っていると思います

本当は他殺の証拠が重要というわけではないのです。

世の中の仕組みさえ理解できれば、証拠なんてこのたかだか2,3枚の写真で十分です。

決定的な証拠がなければ信じないという考え方では、常識という偏ったものの見方から抜け出すことはできません。

まり、本当に重要なのは、世の中の仕組み、つまりカルト裏社会構造を考察できる「タブーであっても受け入れる柔軟な考え方」なんです。

「一度でもいいから、あえて常識を疑って考えてみる」こと、それさえできるようになれば、世の中がどのようなからくりで動いているか、はっきりと理解できるようになると思います

マスコミが伝える情報は、裏社会存在をまるっきり排除した、とても裏社会に都合が良い表面上の報道でしかないのです。

このような報道規制が誰のために存在して、誰のためにテレビが放送されているかということを、一度考えてみてください。

尾崎事件とオウム事件が裏でつながっているように、そこに存在する「在日特権カルト利権」のつながりを想像してみてください。

● 大量に存在する尾崎の「他殺説否定」サイト

http://www.est.hi-ho.ne.jp/snowman-yukio/ozaki3.htm

はい、これが典型的な「妻を擁護する」創価学会の火消しサイトです。

全部創価に都合よいことしかかいてないし、創価カルト論を避けていますね。

その時点であちら側の工作員だと気づきます

創価カルト論を論破できないのが、創価なのですから。

真実を見抜くなんて、思ったより単純で簡単なことだったんですね。

どちらが都合の悪い真実を避けているか、それだけでわかります

創価の御用達司法である裁判所で、訴訟を提起した妻の繁美が裁判に半分負けたような判決を受けた時点で、どれだけ疑惑だらけなんだよとわかっちゃうわけです。

マスコミヤクザリンチして殺したことがバレたら創価はマズイわけです。

有名人の殺人事件発生で大騒ぎになっちゃますからね。

そうしたら、当然ながら犯人探しになるわけです。

犯人探しが始まると、どう考えても一番怪しいのが創価となります

裏社会はそれが嫌だから半殺しにして、救急で病院に搬送させてから、かの有名な「創価注射器」で薬物を注入するわけです。

もしくは、家でコッソリと創価注射器で薬物を注入する。

尾崎覚醒剤に溺れて自己責任で死んだんだ」

それが、創価の最高の筋書きなんです。

絶対に、「ボコボコに殴られた挙句、最後に薬物を注射されて殺された」という筋書きではマズイのです。

誰のために都合がよいかを考えれば、わかるでしょ?

死体監察医は創価のお抱え監察医です。

おいおい、そうか、そうかって、何でもかんでも創価のせいにするのは、いくらなんでもこじつけでしょう!」

はい、そうですね。

このような理屈は「単純すぎるため、虫の良いはなしだからおかしい」と思われるかもしれません。

しかし、世の中の利権構造に創価などの在日カルトの特権が、ここまで深く組み込まれていることが全ての問題の原点であるため、この話を避けて通るわけには行きません。

普通に考えれば「真実がそんな単純なわけがない」と思うのは当たり前ですが、常識の範囲内で裏社会のことを調べていては、現実に存在するカルトなどの「腐敗した世界」の構造を理解することはできません。

カルトの原点は「大東亜戦争」の敗戦から

話が飛躍していると思うかもしれませんが、創価の母体とは朝鮮宗教であり、この在日宗教カルトこそが様々な在日特権をうみだしてきたのです。

もっというと、統一協会や創価などのカルトに特権を与えてきたのが、GHQ占領軍であり米国でした。

まり、全ての元凶は日本の「敗戦」から始まっていたのです。

戦勝国の米国が日本の独立を助けたという「お話」は、おとぎ話であり、そんなものはまやかしにすぎません。

そもそも、米国が参戦した動機が、欧米の植民地を次々と奪っていった憎い日本を、完膚なきまでに叩き潰し、二度と欧米列強に歯向かえないようにするためだったわけです。

そして米国は、戦争で勝ったからには、日本のあらゆる権利を没収し、恒久的に国家から資産を搾取していこうと考えたのです。

「そんな難しいこと簡単にできるわけがない」「米国が日本民主化してくれたんだ」と思うかもしれませんが、米国はどこまでも狡猾に巧妙に、その支配体制を構築していきました。

米国は、日本に勝ち、すぐさま日本武装解除させ、米国占領軍という強大な「武力圧力」で恫喝し、米国に逆らうものは公職追放令で次々と追い出し(10万人以上)、あらゆる権力構造被差別部落朝鮮人を組み込んでいきました。

まり、米国は戦後すみやかに占領体制を構築し、無理やり大日本帝国という国家を解体したあとに、日本を米国に都合の良い米国式国家へと、国を一から作りなおしたのです。

まず、GHQ占領軍指導のもとで、朝鮮人により在日朝鮮人連盟(現在の韓国民団と朝鮮総連の母体組織)が結成されました。

そして、米国が「朝鮮人差別されていた」「朝鮮人こそが戦勝民族なんです」とプロパガンダを行って、朝鮮人被差別感情を植え込んでいきました。

そのようにして、朝鮮人を優遇していった一番の理由は、朝鮮人日本人は明確な見分けがつかないからです。

アメリカ人政治の分野などに直接でてくれば、白人だと一目でわかるし、政治家が外人だらけになれば、それはもはや日本人には主権が存在しないことがあきらかです。

そして、現在政治家朝鮮人脈が、いかに組み込まれているのかを知れば、今の日本人におかれている状況に危機感を感じざるをえません。

だって現在安倍総理が、カルト統一協会自民党清和会所属している、朝鮮人派閥だったなんて、そんなことを日本人は信じたくもないからです。

このように、米国GHQ在日朝鮮人に特権を与えた理由は、在日という外国勢力日本を乗っ取らせ、朝鮮人日本間接統治させることにより、米国の都合の良いように国家を運転していくことでした。

これが開戦当初から米国のもくろんでいた、欧米列強の植民地主義に変わる、対日本マイノリティ支配戦略だったのです。

それらの国家を少数支配で乗っ取る方法や、外国勢力により国家間接統治する支配体制を、まとめて「ユダヤマイノリティ支配」と言います

なぜユダヤ式なのかというと、ユダヤ国際金融資本という金権特権組織が一番奥に潜んでいるからです。

● 創価の「保険金殺人システム

そのようなわけで、戦後の日本おいては、カルトにもヤクザにも在日特権が与えられ、その背後には常に米国やユダヤ金権勢力が暗躍してきました。

日本にはそのような歴史があるため、カルトヤクザは戦後から勢力を拡大する一方で、在日組織が犯罪の温床でタブーとされたことは、当然至極のお話なのです。

そして、その在日カルト宗教の筆頭である創価がタブー隠れ蓑にして「保険金殺人システム」を構築し、私腹を肥やしていても、さもありなんということです。

尾崎に関して言えば、死因とされた肺水腫は当然ながら監察医ねつ造であるわけです。

当初、肺水腫でとりあえず死亡結果を発表したけれど、タイミング悪くブラックアイのリンチ写真がリークされてしまい、一気にマスコミ国民からの疑惑が噴出してしまいました。

そこで、その辻褄をあわせるために司法解剖の結果である覚醒剤反応を後出しジャンケンで発表することにより、「尾崎は薬物依存だったことが判明しました」という自殺の線を補強して、裏社会に組するゴロツキたちが「尾崎他殺説のもみ消し」を計ったという顛末だったのです。

これも、保険金殺人システムと同じような仕組みです。

尾崎を亡き者にする動機

尾崎ほどの有名人が創価嫌いだから、狙われたのでしょう。

しかも、カリスマ性をもった影響力のある人が、日蓮に改宗するとか、鞍替えるなんて、創価にとっては危険存在になるわけです。

そして、何よりも尾崎を殺害しても、簡単にもみ消すことのできる「保険金殺人システム」が構築されているのです。

これを使えばそう簡単にはバレないわけです。

実際に、尾崎自殺覚せい剤におぼれて死んだだけなんだと、国民に裏側にある事実はまったくバレていないのです。

まず、日蓮を敵視するショッカーが、妻と田崎とヤクザ遺産著作権利権で利用してこの作戦に巻き込んでいきました。

当然、尾崎の死後、CDなどの著作権は創価の懐に入ることになります

ちなみに、オウムもなぜか日蓮を批判しています

尾崎リンチしたヤクザはガンで余命半年となり、罪悪感からかその胸中を告白しました。もちろん、創価のことは伏せています

しかし、創価の実態さえわかれば全てがスラスラとつながってしまいます

覚せい剤を致死量の3~5倍、酒にもってからの暴力でした。

覚醒剤は2時間もあれば、胃の中で消化されるようですが、消化しきれないほど飲ませたから、胃から覚醒剤が検出されてしまったわけですね。

通報で駆けつけたのは、これまた創価専属の警察官でした。

全裸でのた打ち回る、尾崎の奇妙な様子を確認しただけで、保護しないで何もせずに帰るとか、どんな判断だったのでしょうか?

司法解剖はもちろん、創価のお抱え解剖医となります

週刊誌リークの写真と、まったくかみ合わない説明を繰り返す「火消しサイト」のみなさん。

自分で頭をうちつけて、自分で転げ回って細かい傷だらけになっただけだ」とか、「ブラックアイも石かなんかに、偶然倒れたときに打ちつけてできただけだ」とか、ちょっと都合が良すぎる解釈だと思うのですが。

一見して、どう考えても普通に思いつく答えが、暴行のような気がするのですが、リンチ行為があったことすらも他殺説につながるからマズイ、ということなんですか?

尾崎は家に帰って息を引き取ったことになっています

しかし、実際に自宅で数時間後には死んでしまうような「虫の息の人間」を、寝かせて安静にさせていただけという状況は、はっきりいって異常な光景だと思います

死ぬ間際まで衰弱していた人間を、どうして病院から連れ戻す必要があるというのでしょうか?

ちょっと常識では思いつかない行動だと思います

これは推測に過ぎませんが、病院で死なれたら何かマズイことでもあったのではないでしょうか。

実際に、リチャード・コシミズ氏が提唱する創価の「保険金殺人システム」を応用すれば、病院で注射をうたれてその場で死んでしまうことはよくあることのようです。

まり、この事件は病院では元気そうに見えた尾崎が、なぜか自宅で息を引き取ることに、全ての謎をとく鍵があるように思ってしまうわけです。

これ以上書くとヤバイかもしれないので、全ては書かないでおこうと思います

病院で尾崎が死んだら、ヤクザではなく医者にも疑いがかかってしまいませんか?

本当は、ヤクザが自白したのも、自分が「半殺しにしたんだ」「薬漬けにしたんだ」と告白させることで、注意を自分に向けて、誰かをかばうことになっているのではないでしょうか。

ヤクザが薬を使ったのならば、その後に薬を使ってもわかりくくなります

そうだとすれば、ヤクザが余命わずかと言ったことも、ウソということになります

とまあ、勢いで全部言ってしまったような気もするのですが、さすがに考えすぎのような気もするのも事実です。

もしそうだとしたら、全てが用意周到に計画されたことになりますので、裏社会にしたらうまくやった、本当にお手本のような事件だったのではないでしょうか。

尾崎豊の怪死とオウム地下鉄サリン事件の「黒幕」

「創価・統一」カルト合戦池田・安倍)コラージュ

さて、全ての結論を申し上げる前に、裁判所おいて、次の歴史的大事件がおきたことを、皆さんはご存知でしょうか?

(ちなみに尾崎豊の兄、康さんは裁判官として2004年から5年間、裁判所で働き、2012年からは弁護士として活躍されています

ということで、尾崎事件の途中ですが、以下のことを理解しなければ、尾崎真相も理解できないと思いますので、少し話題はそれますがもう少しなので、我慢して聞いてください。

それでは今から、とても重要なお話をします

はい皆さん、心の準備はよろしいでしょうか?

これは、あまりにも荒唐無稽な話なので、ヘソで茶を吹くかもしれませんが、動揺しないで聞いてくださいね。

なんと、「現在国会議員は全員「不正選挙」により当選した」ことが明らかになってしまったのです!!!

それでは、次の国家転覆に値する「不正選挙」の実態について、以下の記事をご参照ください。

★ 【日本初】裁判所から裁判官が脱走wwww「不正選挙」の黒幕を裁判所が暴露!【今、裁判官が逃げてったんだけどw】

『目の前で裁判をしている真っ最中に、いきなり裁判所が裁判を放り出して、裁判官が3名とも裁判所から逃走した!?』

(∂εδ)ちるみぃ「えっ?」

裁判所が裁判をやらないでござるの巻

☆ iNHKニュース番組(犬HKの解説つき)

不正選挙

インチキ裁判の実録音声(生録音データ

裁判所は腐ってる 東京高裁第102号裁判】

『この動画の公開は犯罪行為です!』

★【大炎上】「不正選挙」裁判の録音をネット公開してる前代未聞のバカ発見www【通報しました】

裁判中に録音した音声データネットで公開するなんて、前代未聞の行為をやってやがる!!

うわあああああああああああああああああああああああーーーーっっ!!

何なんだよこいつら、マジでやべえんじゃねえのかwww

(∂v6)ちるみぃ「ふてぇヤローだな。どこのドイツだ!?」

(∂εδ)ちるみぃ「コソコソしないで、顔見せやがれっ!」

(∂v6)ちるみぃ「はひっ、すみません、犯人はあたしです!」

(∂εδ)ちるみぃ「えっ?」

(∂v6)ちるみぃ「えっ?」

地下鉄サリン事件を結ぶ点と線

さて、若干お話がそれてしまいましたが、ここまでお話を聞いていただけたのであれば、あとは何となく想像がつくかと思います

実は、サリンを作っていたのはオウムなどではありません。

オウムが第7サティアンで作っていたのは、なんと覚せい剤LSD)だったのです。

簡単に言うと、オウムがやっていたことは、北朝鮮麻薬の商売でした。

オウム麻薬を作って利益があるのは、ヤクザカルト裏社会です。

税務署捜査できない宗教法人、つまりカルト地下銀行として利用すれば、麻薬で潤ったブラックマネー安心して運用することができるわけです。

ここまでの解説で察しがつくと思いますが、オウムの背後には巨大な黒幕がいました。

まり、麻原をダシにして、国民の目を欺き、オウムを裏から運転していた黒幕が、統一教会や創価だったわけです。

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