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2019-10-20

日本語にエ段音が連続しづらいのは現在日本語のエ段音は新しい音だから

[追記あり]

この増田について解説

 

anond:20191019223745

 

日本語母音は昔からアイウエオ5段だったわけではなく、時代によって変遷があった

50音図やいろは歌が広まった平安時代以降は概ねアイウエオ5段だったんだけど

万葉仮名の分類を行った結果、かつては

(ア)(イ甲)(イ乙)(ウ)(エ甲)(エ乙)(オ甲)(オ乙)という8段の母音があった

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E4%BB%A3%E7%89%B9%E6%AE%8A%E4%BB%AE%E5%90%8D%E9%81%A3

 

という話を前提として。

この8音はどの音も平均して使われていたわけではなく、出現頻度の高い音と低い音があることを大野晋という学者発見した

  • [出現頻度高] : (ア)(イ甲)(ウ)(オ乙)
  • [出現頻度低] : (イ乙)(エ甲)(エ乙)(オ甲)

 

https://www.dai3gen.net/boin.htm

 

なぜこのような分布の差ができたかという理由について、大野晋

出現頻度の低い4つの母音本来日本語母音ではなく、他の2つの母音が融合してできたものだという説を出し、現在概ね受け入れられている

 

  • イ乙 → オ/ウ+イ甲
  • エ甲 → イ甲+ア
  • エ乙 → ア+イ甲
  • オ甲 → ア+ウ

 

(被覆形・露出形/動詞活用の期限 などで調べるともっと詳しい話がわかると思う)

http://shouyouki.web.fc2.com/sakaya.htm

このなかで、エ段音だけは甲も乙も本来の音ではないので、日本語では連続して出てこない

特に擬声語擬態語では「デレデレ」など新しく作られた言葉くらいしか現れない

 

[追記]

 

被覆形・露出形に補足してくれたブコメありがとう

これは概ね賛成。露出形・被覆形についてはhttp://nobinyanmikeko.hatenadiary.jp/entry/2019/02/23/011616

この法則複合名詞の時に一部の母音が交替する現象説明したものなんだけど

例)

 酒 サケ乙 : 酒蔵 サグラ

 爪 ツメ乙 : 爪先 ツサキ

 木 キ乙  : 木陰 カゲ乙

 身 ミ乙  : 躯 ムロ甲

 

この他にも上二段・下二段活用の未然や連用形で出てくるイ段・エ段音は乙類であるって法則があり、

その場合関連する自動詞他動詞ペアでは上記被覆-露出の交替と同じような母音が現れることが知られている

ちょっと説明が複雑になったんでこれも例で説明すると(わかりやす現代上下一段動詞を前に//でつけて説明)

例)

 詰める//詰め ツメ乙 : 詰まる//詰ま ツ

 起きる//起き オキ乙 : 起こす//起こ オコ乙

こんな風に、エ乙とアが、イ乙とオ・ウが密接な関係にあることがわかると思う

これがなぜア・オ・ウにイ甲がついたものだと言われているかと言うと

嘆き ナゲ乙キ甲 が 長息 ナガ + イ甲キ甲 が縮まってできたものだったり

日本語の 神 カミ乙 が アイヌ語に kamuy という単語で借用されてたりなどの

様々な証拠から推測されている

"エ段音だけは甲も乙も本来の音ではないので、日本語では連続して出てこない"ってエ段の母音の発生が遅かったから少ないという意味平安時代には存在して1000年たっててもまだ足りないのだろうか

1000年は結構時間な気がするけどそれでも足りないみたいだね

例えば撥音「ん」は50音図やいろは歌成立時点では存在せず、今の漢字音が定着した時代に広まった(平安時代末期くらい?)んだけど

それでも「ん」が頭に来る単語ほとんど作られてなくて、それゆえにしりとりルールが成立する

 

なお日本語2000年ほど前に分岐したと言われている琉球方言では「ん」が頭に来る単語がたくさんある

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%93

宮古島「んみゃーち」など

 

その他のブコメに対してもコメントしま

 

ら抜きをすることでエ段音の連続になって言いづらいのにら抜きを強行してる人を見ると、なんでそこまでらを言いたくないのか疑問に思ってる(続ける、見せる、食べるなど

やや話がずれるけど、ら抜き言葉自発可能を言い分けるために可能動詞から類推派生したといわれていて

発音の制約より意味の使い分けの方が重要だとみんなが思い始めたから広く使われるようになったんだろう

現代日本人にとってエ段音は特に言いにくい音でもないしね

 

ちなみに「続ける」「見せる」「食べる」自体特にら抜き言葉でもないんだけど

「続けれる」「見せれる」「食べれる」と言いたかったんだよね?(100文字の制約下で正確にものを言うのは難しいと思うんで)

 

ただ大野晋自身は後にこの説を放棄し、タミル語母音に合せて、日本語は初めからa,i,u,e,oの5母音だったと修正している

タミル語説には近づくな

ラ行とパ行も新しいってなんか大学で習ったような習ってないような

ラ行音は特に新しい音でもない。が、日本固有の単語では頭は出てこない

これまたしりとりしたらわかると思うけど、ラ行で始まる音で返そうと思ったら

林檎みたいに漢語由来の言葉を使うかラッパのような外来語を使うか

 

この原因は色々推測されてるけど、朝鮮北東アジア一帯に似たような性質を持つ言語がいっぱいあるので

古くはこうした地域特有発音方法だったんじゃないかって言われている

(※もっと踏み込んで、直接祖先が一緒だったんじゃないかという説もあるんだけどアルタイ語説には近づくな)

 

パ行は発音の変化の結果分離した。古くはハ行がパ行の発音だった

北京が「ペキン」なのはホクという読みが昔は「ポク」に近かったことを示してるし

上海が「シャンハイなのは「ハイ」という音がなく、海の読みに近い音である「カイ」を使っていた証拠

 

ハ行転呼音で調べると詳しく出てくる

2018-07-26

学校文法ってさ

当然のことだけど、学校文法っていうのは数ある文法論(文法学者の数だけ文法があるとも言われる)の一つに過ぎない。

ある現象に対して複数学説があるなんていうのは普通のことだ。

ところが、学校ではその中の一つだけが正解とされて、それ以外は誤りとされるようだ。

例えば助動詞『り』の接続学校文法では四段活用已然形及びサ変活用未然形と教えられ、試験ではそう書かないと✕にされるらしい(さみしいリカちゃんと覚えろと言う教師も居るらしい)。

しかし、橋本進吉上代文献から四段活用命令形接続であると述べているし、サ変の接続についても大野晋氏のように命令形接続とする学者もいる。また小松英雄のように助動詞『り』を立てることに反対し、『詠めり』なら『詠めり』というラ変動詞として扱うべきだと主張する学者も居る。

こういう学問的に確定していないことを問題にして生徒に回答させ、ただ一つの回答だけを正解とするのはおかしくないか文法数学ではないのだから正解が複数あったって構わないと思うのだが。

2018-01-06

学習指導要領で、古典国語文法統合すべし

anond:20180105123031

要するに、

受験ゲームルールがそうなってるんだからしょうがないでしょ」

という話だな。

元増田意見とは異なるが、オレは古文漢文はもう要らないと思う。

俺も、今の古文漢文教育無駄だと言われても仕方がないと思っている。

ただ実は現代文法は、古文漢文を知らないと理解できないものがあることを知ってほしい。

その辺の事は、大野晋日本語文法を考える」が詳しい。

「は」と「が」の使い分けの説明

「浅い」「浅ましい」などの形容詞のいわいる「シ(浅し)」「シク(浅ましく)」は

状況→「シ」と情感→「シク」で分類されていると『万葉集』『源氏物語』などの古典引用しながら説明している。

是非、一度読んでみてほしい。

最終的には、芸術地理歴史の科目として古典を分類し直す

俺が、学習指導要領改定できる立場で、古文漢文教育に対して一言申せるならば

現代文古文漢文の枠組みを外して、まず国語文法教育することを提案したい

(正直、現国の読解なんてマークシートなら、出題者の意図読めば、問題文と選択肢を読めば解けるし、良く批判される「筆者の気持ち」は今も問題にされるのか?)。

国語文法と並行して英語教育も行われれば、より英語への理解捗るというオマケもつけて。

英語文法に対する認識が甘いと言うか、toとかforとか、もっと説明してほしかったな先生……

2017-06-27

棒銀って強いんだっけ

https://anond.hatelabo.jp/20170626192037

こんばんは、id:sugimurasaburo さんからIDコールいただきました。ありがとうございます船橋海神id:cj3029412)です。本職はねこちゃんの保護趣味ブログで嘆くこと、在野で中世古文特に助詞助動詞研究を行っておりますキャッチフレーズは「(´;ω;`)」「でかいです」。将棋も大の好物です。

以下は私の私淑する大野晋先生およびその決定的名著/集大成であらせられますところの(敬語誤用)「岩波古語辞典増補版」(2016/1/12補訂版第23刷)に依ります

よろしくお願いします。

けりの基本性質=回想の助動詞

加藤一二三という男、ありけり」を訳してみましょう

(A)~(D)は上の引用解説を便宜的に分類した符号。【訳】は私のもの(一部、戯れ)です。

失礼かどうか

元増田氏の理解(「加藤一二三という男がいたそうだ」)(「伝聞の過去」になるんじゃないだろうか?)とは少うし違いますけれど、私も第一感、失礼…というか、そんなに遠い昔の話だっけ、という印象です。端的にいえばアホバカクズ受信料払わねえぞと申し上げています

現代語に残る「けり」

ちょっと一休しましょう)ちなみに、この日記に私が付けたタイトル「強いんだっけ」の「け」がそうです。「けり」の「り」が落ちました。

もし強引にありえるとしたら

米長邦雄永世棋聖くらいでしょう。米長先生が戯れに「加藤一二三という男、ありけり」とおっしゃる、これはありえます。「君たちは知らないだろうが、私もいま思い出したのだが、加藤一二三という男がいましてね」あるいは「あら、こんなところに加藤さん、(ずっと)い(らっしゃっ)たんですね(気づきませんでした)」。しかしこれも(ジョーク以外では)無理がありますね。ありえるとしたらかなり特殊な状況ということです。

(参考) https://www.youtube.com/watch?v=pr6-Bv3RVTw

場合によりけり」の「けり」

https://anond.hatelabo.jp/20170626193212

トラバ増田氏、慧眼です。古文研究をやっていてよかったなあと思う瞬間です。筋違いながら御礼を。

ネットスラングの【場合によるんだ(よ)なあ】で訳すのが一番しっくりくると思います。(過去)回想/気づきの原義は退き、(自分も気づいた)から同意/強意/念押しのニュアンスが全面に出てくる、その変化点が味わい深いですね。ちなみに、この線でお題の「加藤一二三という男、ありけり」の出るような状況を無理やり設定するとしたら、棒銀のことを話題にしているのにスレのだれも加藤先生のことを話題に出さない。そんなときに【加藤一二三という漢がいたんだよなあ】と、誰かがきっと書き込むでしょう。例えば、そんな感じです。これも、やっぱり例外的ですね。

まとめに代えて

「けり」は、幅の広い、陰影に富む助動詞です。それを、おそらく伊勢物語から(あるいは、伊勢であることすら忘れて何となく)「昔、男ありけり。」をただ引っ張ってきてNHKは使ったのではないか想像します。ここから物語論範疇ですが「昔、~けり」とやると、一気に作品世界が遠い昔/架空物語に飛ぶ。その効果を古人はよほど気に入ったのでしょう。いろんな作品が「昔、~けり」を使っていますNHKはさすがに「昔、」とやるのはおかしいということまでは感じた。ならば、もう一歩、脚を止めて考えるべきだったと思います

  • 降る雪や明治は遠くなりにけり(草田男、昭6)

お粗末さまでございました。

追記:翻って元増田氏へ

「けり」の思い出し(回想)効果は、いちど忘れていたことが前提になります。いま、加藤一二三先生のことを忘れてしまっている人はいませんね。ですから失礼というのは正しい直観だと僕は思います

「けり」を使うくらいですから、7/1のNHKは「神武以来の」と形容されたデビュー当時の、みんなが直接体験過去としては忘れてしまっていたところにフォーカスするのでしょうか。あるいは第19期名人戦大山康晴先生こてんぱんにやられたことを加藤先生述懐していただき秘話を発掘するといった「気づき」があるのでしょうか。よもや、升田幸三米長邦雄冥土鷺宮から召喚するのか。期待しないで待ちたいと思います

いずれにせよ、今回、元増田氏が感じたような、現代人の古語の扱い方に対する「もやもや」は、古語研究もっとも大切な礎の1つです。ぜひ今後とも大切になさってください。楽しかった\(^o^)/

2009-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20090211134158

関係ないけど「日本語を」っていう言い方をする人があんまりいなかったような気がする。国語勉強になるとか正しい言葉遣いをみたいな感じだったような。

大野晋の「日本語練習帳」がヒットしたあたりから「正しい日本語を」みたいな言い方が増えたような気がする。

2007-06-01

http://anond.hatelabo.jp/20070601015106

それはね、一口にはいえないとっても根深い問題であってね、日本語歴史そのものと非常に関係してるわけよ。詳しくは、大野晋とか福田恆存の本なんか読めばいいんだけど、旧字旧カナを使う人はちゃんとそれぞれの理由があって排除すべきではないわけね。例えば、宗教、つまり仏典やキリスト聖書なんかは断然旧字旧仮名の古語文体で読まないと駄目って人がいるのよね。「はじめに言葉ありき」なわけで、特に新約聖書文語訳なんかは、日本語の形成に非常に非常に大きな影響をあたえたわけ。おいらなんかも、さすがに新かなで書くけど、一部の漢字はいまだに旧字体で書くんだよ(「惡」とかね)。そういう風に覚えてきたしいまさら変えられないよ。

ただ、惜しむらくは旧字旧仮名ってのは残念ながら体系的に統一されてないんだよね。「The 日本語とその統一的な表記」ってのは残念ながら、敗戦以降にやっと確立したといっても過言ではないのよ。英語圏のやつらがシェイクスピアをそのまま読めるのと比べてなんたる無念さ(まあやつらも古英語は読めないだろうが)。だから、おいらは新字新かなを選ぶ。とくに日本語はもう日本人だけのものじゃなくて、外国人学習している国際的な言語だから、いまの基準からなるべく変えるべきではないと思うんだよね。外国人のために。

だからさ、今「旧字旧仮名使ってるやつなんなの?」って思ったんなら、ついでにわが身を振り返って、あなたもなるべく正しい日本語表記を使うよう心がけてほしいのさ。ら抜き言葉使ってない?「すいません」って言ってない?方言を使ってない? すこし考えてほしい。

 
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