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2019-10-15

[] #79-8「高望みんピック

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担当だった私の顔写真まで貼られてしまいましてね。逃げ場を断たれたと思いましたよ」

コンサルタントは、婚活レースにおける敏腕コーチとして祀り上げられる。

おかげで相談にくる人は増えて、会社は大きくなった。

しかし言い換えるならば、夢追い人を増やして生殺しにする罪も大きくなったということだ。

「母数が多いか成功者も多いと誤解しがちですが、実際に結婚までいけたのは三割ってところです」

打者なら上等ですな」

婚活野球じゃありません」

結婚相談所に足を運んでも7割の人は結婚できない。

そこを明言せず宣伝し続けるのは欺瞞だろうとコンサルタントは言った。

「いい加減な仕事をしているとは思っていません。真摯対応してきたつもりです。それでも結果は伴いません」

何とか止めようとしても改善せず、裸一貫の血だらけで走り続ける者はいる。

そんな惨状に何度も居合わせ自分返り血で真っ赤だとコンサルタントは言った。

婚活が上手くいかない人に対する、周りの風当たりが強いのも問題でしょう。たまたま上手くいった人たちや事情を知らない人は物知り顔で、厳しい態度をとりがちです」

そのせいで当人は余計に意固地になるか、ふさぎこんで前を向けなくなってしまうという。

それではマトモに進むことは出来ない。

泣き言も許されない環境で、それでも走り続けられる人間は少ないだろう。

「何か言いたいって気持ちも分かるんですけどね。しか分不相応だとか、あなた尺度や都合で決め打ちしてはいけない……なんてこと言うわけにもいきませんからね。こちらは現状の説明や、ノウハウを教えることしかできない」

しか結婚できるかどうかというのは最終的に運だと、コンサルタントは声を強める。

麻雀プロ素人に負けることがあるように、勝率を上げる要素は多分にあっても、それが決定打とはなりえないのだという。

「何がよくて何がダメかなんて、本当のところは誰にも分からないんです。それでも私の場合仕事でやっているので何か言わざるをえませんが」

火のついていないタバコを、コンサルタントは手元で遊ばせる。

タケモトさんが見かねてライター差し出すが、静かに断りのポーズをした。

「昔は自由恋愛結婚もできなかった社会でした。しかしこういう仕事をやっていると、今をいい時代と捉えることはできないんですよね。煉獄に片足を突っ込んでいるように感じます

「あの、そろそろまとめに入ってもらっていいですか」

コンサルタントが物思いにふけたあたりで、休憩時間は残りわずかとなっていた。

野暮ったいとは思ったが、タケモトさんは結論を急くことにした。

「その話をしたのはなぜなんです。とどのつまり、オレはどうすればいいんで?」

ちゃんと走るのを忘れないことです。後先を考えることは大事ですが、まずこのレースを走りきってください」

走るためのコンディションが調えば、後は走るしかない。

その時には他人野次も声援も気にならなくなるという。

成功率を上げるのに必要なのは“選ぶ側”と“選ばれる側”の意識、その両方をバランスよく持つことに集約されます

相手に何を望むか”と“相手が望むものに応えられるか”は地続きだ。

その考えが地に足をつけて、次の二人三脚レースを走るためにも必要ものとなりうる。

そうコンサルタントは語った。

しんどいなあ……」

そのことを理解はしたものの、タケモトさんは息を重苦しく吐きだす。

歩き状態からもう一度走り出すのは、心身ともに負担がかかる。

「やる気を出しても、跳べないハードルを今すぐ跳べるようになるわけじゃないですし」

「そこは開き直ることも大事です。ハードルを倒してゴールしても失格にならないんですから

ハードル走では、わざと倒したりして跳ぶ気が一切ない限りゴールは認められている。

“選ぶ側”の心構えも同様であるコンサルタントは言う。

結婚はゴールじゃないと言う方はいますが、婚活レースにおける紛うことなきゴールですよ。だから手を抜いて走ってはいけません」

「……まあ、ゴールしたきゃ進むしかないですわな」

タバコの火を消すと、タケモトさんは渋々といった感じで喫煙場を後にした。

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2019-10-14

[] #79-7「高望みんピック

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高望み、上昇婚が困難とされる理由は何だと思いますか?」

「そりゃあ、ハードルが高いせいで飛び越えられる人が少ないからでしょう」

ちょっと違います。あれの最大の問題点は“高さそのもの”ではありません」

「どういうことです?」

コンサルタントは数年前に担当した、とある相談者の話をした。

「その人は高学歴高収入の方を希望していました」

典型的高望みってやつですね」

「いえ、私から言わせれば、これは高望みと言い切れません。数名マッチング可能でしたから」

「マジか」

そうして希望に合った数名とそれぞれマッチングさせたのだが、なぜか結果は全滅。

相手の用意したハードルを跳べなかったというわけでもない。

最終的に「縁がなかった」と断わったのは、いつもその相談者側だった。

意味が分からない。条件は満たしているのに、なんでそいつは断わってばかりなんです」

「……どうも“その他のハードル”で躓いたようなんです」

「はあ? なんすか、そりゃ」

年齢なのか、容姿なのか、声なのか、仕草なのか。

具体的に何がダメだったのかは説明してくれなかったという。

「どこかしら相性が悪かったのでしょうけれど、本当の理由は分かりません。恐らく、当人もよく分かっていないのだと思います

そいつは“その他のハードル”とやらを妥協する気がなかったんですかい最初にでかいハードルを立ててるくせに」

実際、遠回しにそう訊ねたことはあったらしい。

だが、その人にとって高学歴高収入というのは最低限の条件でしかなく、その上で他のも跳び越えてほしかったんだとか。

「なるほどねえ。ハードルの高さが問題ではないと言った意味が分かりましたよ」

そこまで話を聞いたあたりで、コンサルタントの言いたいことをタケモトさんは理解した。

「つまり高望み最大の問題点は、“その他のハードル”を撤去していないことにあると」

「そうです。高いハードルが一本や二本あるだけなら高望みではありません。問題は全体の“数”なんです」

当然、相手側の設けたハードル自分も跳ばなければならないという側面もある。

高低差の激しい、膨大な数のハードルをそつなく跳ぶことが出来て、その人と結婚したいと思える人間

冷静に考えれば存在するわけがないと分かる。

よしんばいたとして巡り合うことすら難しいか、とっくに別の人と結ばれているだろう。

こちらも仕事ですから、建前は『上昇婚高望み大いに結構何が悪い?』と言います。でも現実問題は是非で決まるとは限りません」

火のついていないタバコを強く噛みしめ、コンサルタントは首を横に振った。

最初から気づくか、後で自ずと諦めるなりハードルを下げるなりしてくれたらいいんですけどね……そうさせない外的要因もあるんです」

「外的要因?」

「長年コンサルタントをやっていますと、稀に上手く結婚までかこつけられたケースもでてくるんですよ。宝くじを毎回買い続ければ当たるのと同じ理屈です」

しか当人たちは、それを宝くじだとは考えない。

多少の運はあると思いつつも、巡るべくして出会い、結ばれたんだと心根では考える。

そうして自分イレギュラーであることに無自覚なまま、上手くいっていない人に説教することがあるらしい。

上手くいっていないのは高望みだからではない、と。

説教とまではいかずとも、『自分は上手くいった』と吹聴する人もいます。それも大きな要因ですね」

「……あれ? でも、それって」

タケモトさんはそこで引っかかりを覚える。

そして、そう感じるであろうことをコンサルタントは分かっていた。

「察しの通り、私の会社はその“たまたま上手くいったケース”を宣伝に使っています。私も当時は上手くいったことばかり喜んで、その事に気づかず……不甲斐ない話です」

実のところ、タケモトさんもその宣伝に釣られたクチだった。

ダイエット商品のビフォアフターに騙されるが如き愚行である

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2019-10-13

[] #79-6「高望みんピック

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「再開は30分後となります。それまでは、しばし休憩を」

折り返し地点にさしかかったところで休憩が入った。

とはいえ、この時間自由交流が認められている、いわば追加のアピールタイムにもなっている。

言われたとおり休憩する人間はいない。

ただ一人、タケモトさんを除いて。

「ふぅ……吸わない奴らは、よくコレなしでやっていけるよな。感心するぜ、まったく」

タケモトさんは、その30分を全て喫煙場で過ごした。

まさかと思いましたが、ここにいましたか

探しにきたコンサルタントが、その姿を見て溜め息を漏らす。

「せめてイコスを使いませんか」

「あれで吸った気にはなれませんし、普段なら吸うの自体我慢しますよ。ただ、今回はしんどい

この時間帯も有効に使うべきという話はコンサルタントから聞かされていたし、今日タバコを吸わない方がいいことも覚えている。

その上でなお、吸わずはいられなかったらしい。

「『反りが合わない』って言葉は、刀からきているんでしたっけ」

「ええ、そうですね。刀の反りと鞘の曲がり具合が合わないと、綺麗に収まらないことから来ています

「刀と鞘か……ふっ、言い得て妙だな」

タケモトさんは表情を変えず、声だけで笑った。

反りの合わない相手結婚意識して会話をすることは、それほどまでに体力を失うようだ。

「オレには“選ぶ側でもある”という意識が薄いらしいですが、ここにいる人たちは逆に“選ばれる側でもある”という意識が薄いように感じました」

選ぶ側の意識が薄い人間と、選ばれる側の意識が薄い人間

これらの対比は程よい按配にはならず、むしろ歪さを際立てることをタケモトさんは実感した。

上昇婚高望み?……っていうんですかね。ハナっから歩調を合わせる気がないってのが、態度の端々に出ている」

「より良い結婚、その生活のためにより良い条件を望む。それは非難されるべきではない、当然の要求であり欲求ですよ」

コンサルタント仕事上そう言うしかないでしょうけど、オレが言っているのはもっと現実的な話です」

その言葉は今までのお見合い相手に、そして自分自身に言い聞かせるようだった。

「地に足をつけて、前に進む気が本当にあるのか疑問なんですよ。ゴール地点を見据えて、そこにたどり着けるって自信が一体どこにあるのか」

発言速度に比例してタバコの消費速度も増していく。

体力は既に消耗しきり、判断力も鈍ってきている。

タケモトさんは半ばヤケになっていた。

これでは今日お見合いパーティすら完走できる気がしない。

から見て、ただの面倒くさい人状態になっていたが、コンサルタントもここで投げ出すわけにもいかなかった。

「はあ、やれやれ

コンサルタントは、おもむろにポケットからタバコを一本取り出した。

「え、あんたも吸う人なんですか」

最近は吸っていません。お守りみたいなものですよ」

そうして煙が出ていないタバコをくわえたまま、コンサルタントは先ほどより調子の低い声で語りだした。

「私も少し個人的な、本音の話をしましょう」

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2019-10-12

[] #79-5「高望みんピック

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コンサルタント曰く、この婚活パーティ参加者常連が約8割。

まり結婚したくてもできない人間、“売れ残り”ばかりが棚に並んでいるんだ。

そしてこのお見合いパーティは、“一向に終わる気配のない閉店セール”のようなものだ。

人気の商品は早々に売り切れて、見栄えのしない商品ばかりがいつも残る。

たまに新商品を入荷させて誤魔化し、在庫を捌くためにズルズルと続ける。

からそこに陳列された商品は不良とまではいかずとも、売れ残るのも已む無しなことが大半である

「ふふふ、よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします」

タケモトさんが最初に話したのは、淑やかな雰囲気を持った女性だった。

しかし、あくま雰囲気だけであり、いざ話すと中身は悪魔である

「一説には、男性は“最初の人”に、女性は“最後の人”になりたい傾向があるようですね」

「へえ、最初最後……って何がです?」

「ふふふ、言わせないでくださいな。セクハラで訴えますよ、もう」

「ええっ!? 主語を訊ねただけなのに」

「やだー、冗談ですって、あははは」

冗談意味が分からないが、タケモトさんはとりあえず追従して笑った。

「えー? あ……ははは」

柄にもない、不本意な笑い方だった。

免疫細胞がフル稼働し、体力を急激に奪っていくのが分かる。

あなたは、わたしの“最初最後の人”になりたいですか?」

「えー、どうでしょう、ね……ははは」

そのあとも終始ペースを握られたまま、よく分からない主語抜き会話が続く。

「わざわざ言うことじゃないでしょう」という文脈

「分からない分からないままでいい」というスタンス

そんな話に対して、タケモトさんは愛想笑いを繰り返すしかなかった。

「お時間となりました。席を移動してください」

そして何とか体力を残しつつ、次のレースへ出場することができた。

「あー、助かった……」

「“助かった”……とは、何がです?」

「えっと、あー……言わせないでください」

まだ始まったばかりではあるが、タケモトさんは自分の心肺がもつ心配だった。


その後も過酷道程が続く。

学歴ってやっぱり大事だと思いません? 教養の違いが会話にも滲み出るというか。都心大学はやっぱり違いますよ」

「はあ、そうですか」

自分が悪いのか、相手が悪いのか。

単に巡り合わせの問題だと開き直るべきなのか。

「へえ、タケモトさんは職安に勤めてらっしゃるんですか」

「ええ、後は株を少々……おかげで貯金はそれなりにあります

総資産は如何ほど?」

「え?」

収入貯金よりも大事なのは総資産ですよ。貯金は多くてもボロ家住まいの人と、貯金は少なくてもマンションを持っている人。甲斐性があるのは後者でしょう?」

「な、なるほど……」

見合う相手に対して、いずれも生返事しかできない。

望むように応えることはもちろん、上手く答えることすらできなかった。

「タケモトさんってダンディですね。ルックスもシュッとしていて。最近流行のアレとか似合いそう!」

「そうですか?」

「そうですよ。でも見た目で判断するなんて~っていう方は多いですよね。とはいえ、いうでしょ? 『性格よければいい そんなの嘘だと思いませんか』って」

「それは通説、霊験ってやつですか? それとも誰かの格言?」

「ご存知ありませんか」

「すいません、不勉強で……」

そんな調子で受け答えはロクにできていないのに、なぜか体力はどんどん奪われていった。

「私は結婚したいだとか、人生パートナーが欲しいだとか以上に、子孫が欲しいんです」

「し、子孫、ですか」

「子孫を望み、慈しむ。生物的に正しい心の有り様でしょう」

「そうです、ね」

「そして家庭を持つことも繁栄のために必要なことです。この社会も、シングルマザーより扶養の方が色々と待遇が良いでしょう?」

「まあ、はい

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2019-10-11

[] #79-4「高望みんピック

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「年齢は近いほうがいいですかね。あ、あと異性で」

「他にはありませんか?」

自分が働いているので専業で家事ができる人……いや、家事代行を頼める資金があるなら、共稼ぎでもいいのか」

結局、タケモトさんは建前の、あってないような条件を挙げることしかできなかった。

“選ばれる側でもあるが、選ぶ側でもある”

コンサルタントがそう言った意味を表面上では分かっていたが、内包するものまでは理解できなかった。

自身人格や経歴といったものが、他人から見て魅力的に映るかどうか。

そこに懐疑的な以上、まず相手が選んでくれるかが重要だという考えは変えられなかったんだ。

「どうやら、もう少し自覚を持っていただく必要がありますね」

…………

あなたのように漠然としたまま、我が相談所に足を運ぶ人は少なくありません。そういった人に勧めるのが、このパーティなんです」

後日、コンサルタントに紹介されたのは個人ではなく団体

結婚したい人間たちが一同に介する、俗に言う「お見合いパーティ」の会場だった。

コンサルタントとしての経験から言わせてもらえば、あなたが今回で“運命出会い”を果たせるとは思っていません」

「じゃあ、どうしてここに案内したので?」

「ご自身結婚願望と真剣に向き合っていただくためです」

コンサルタントは語る。

相手を選ぶことは、例えるなら物件を選ぶことだと。

婚活とは実際に物件を探している状態です。冷やかしたり、引越し予定もないのに理想物件を呟くのとはワケが違います

物件……ですか」

勿論この例えはもちろん不適切ですが、と断わった上で話を続ける。

あなた必要なのは、どういった物件があるかを見学してもらうことです。どこが譲れないか、どこなら妥協できるか、そうして初めて見えてくることもあるでしょう」

「見えてくるもの……」

コンサルタント言葉真意があることは何となく分かる。

しかし、それが具体的に何なのかを、この時のタケモトさんはまだ計り兼ねていた。

「お集まりの皆様、お時間となりましたので、本日の催しを始めさせていただきます

アナウンスが開始の合図を告げる。

会場全体の空気がピリつき、自身の体に緊張が纏わりつく。

「あ、あの、何かアドバイスはありませんか?」

「気を張り過ぎない、見栄を張り過ぎないことですかね……ああ、あとタバコはおやめになるか、せめて匂いに気をつけた方がチャンスは増えると思いますよ。服などに残った匂いだけでも気にする人はいるので」

前回、タバコを吸ってから相談所に赴いたことを遠回しに指摘してきた。

今このタイミングで言ってくるとは、このコンサルタントは中々いい性格をしているらしい。

「それでは参加者の皆さん、胸の番号札順に席に座ってください!」

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2019-10-10

[] #79-3「高望みんピック

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「あれは確か数年前、いわゆる倦怠期での話ですが……」

マスターは惚気話だと思われないよう自嘲を多分に交えつつ、自身結婚エピソードを語っていく。

それは如何にもありふれた、何気ない内容だった。

「ははは、さっきから愚痴ばかりじゃないですかマスター奥さんが聞いたら怒られますよ」

「ええ、なので密に願います

結婚したこと後悔してんじゃないのお?」

「いえいえ後悔はしていません。ただ独身時代自分に未練を感じることがあるだけです」

「なんだよそれ、似たようなもんだろー」

仲間たちと共に茶化しつつも、この時のタケモトさんはマスターのことを内心“羨ましい”と思っていた。

結婚に後悔することも、独身に未練を感じることも、何はともあれ結婚しているからこそ出来る。

その是非を語れるほど、自分結婚という事柄真剣に向き合っていないと気づいたんだ。

「……結婚、ねえ」

わずそう呟いてしまった自分気づき、タケモトさんは眉と口元をへの字にした。

…………

後にタケモトさんはこう語っていた。

マスター奥さん出会いは、近所のお節介バサンに紹介されたことがきっかけらしい。さしずめ、オレはお節介バサンのもとへわざわざ出向いて、金まで払って“お節介してくれ”と頼みにいったわけだ」

いつも着崩していたスーツを調え、タケモトさんが向かったのは最寄の結婚相談所だった。

パソコン場所を調べている時、なぜか妙に気恥ずかしかったんだとか。

「……よし、行くか!」

このセリフを何回言ったか

相談所近くまで来てみたはいものの、足が重くて中に入ることができない。

「よ、し、行くっか」

ここに入るということは、“すごく結婚したいです”という看板を掲げさせられるのと同義

ロクな出会いもなかった人間にとって、それは自意識を尖らせ、動きを鈍らせるものだった。

「へはっ……うわはは」

看板の予想以上の重さに変な笑いがこぼれ出る。

自分でも驚くほどに体が強張り、思考が膠着していく。

「……ふう、今日は吸わないつもりだったんだがな」

結局、それを弛めるためにタバコを数本消費し、タケモトさんは半ばヤケクソ気味に飛び込んだ。

「やっと第一関門突破だ」


こんにちはコンサルタントゲン・キュウと申します」

諸々の事務的手続きを終え、コンサルタント相談する段階に入る。

相手希望する条件は、どのような?」

「まあ、自分を選んでくれる人なら……」

そういう遠慮をする性格でもないだろうに、タケモトさんは言いよどんだ。

変に肥大していた自意識が押さえ込んできたらしい。

「タケモトさん、あなた内定欲しさに面接を受けるとき、“自分を選んでくれるならどこでもいい”と言うんですか」

「うっ……」

あなたは選ばれる側でもありますが、選ぶ側でもあるのです。何でもいいという姿勢は、かえって相手にも失礼です」

「そ、そうですね……」

それに対して、コンサルタントは坦々とした口調で説いていく。

タケモトさんみたいなタイプを何人も見てきたのだろう。

「条件を言って私にどう思われるか不安なのかもしれませんが、まずは正直に申し上げてください。話はそれからです」

はい……」

タケモトさんは、まだスタートラインに立ったばかり。

しかし既に、完走できる体力が残っているのかと不安になっていた。

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2019-10-09

[] #79-2「高望みんピック

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少し前までタケモトさんは結婚願望というものがなかった。

厳密に言えば、それが自分にあるかどうか考える余裕すらなかったんだ。

退屈させてくれない労働、ソリが合わないか無能かの二択しかない仕事仲間たち。

牽強付会顧客に、身の程をわきまえない相談者。

ストレスに比例して増えるタバコの本数と、嫌煙家との小競り合い。

かかりつけの医者自分の話を聞いているんだか聞いていないんだか。

処方された薬は効いているんだか効いていないんだか。

親族結婚プレッシャーをかけられようが、それでも優先順位は低いと言わざるを得ない。

そんな調子で数年、ようやく現在環境に慣れた。

しかし、その頃にはもう、彼の前で結婚を期待する人間はいなくなっていたんだ。

今の生活に不満もなければ不安もない。

考える機会もない。

独身貴族誕生である


そんなタケモトさんに転機が訪れたのは、行きつけの喫茶店タバコを吹かしていたときだった。

結婚をするから離婚をする。だったら初めから結婚なんてしなければいい」

「生涯独身なんて今日び珍しくもない」

「そうさ、結婚なんて金と心が磨り減るだけだ」

他の常連独身ばかりであり、タケモトさんは彼らと同盟を結んでいた。

まあ同盟とは言っても、やることといえば独身貴族優雅さを語り合い、妻帯平民を粗野だと見下すだけの関係だったが。

「『結婚人生墓場』という言葉は昔からあるが、むしろ現代にこそふさわしいだろう」

しかし、こうも言いますよね。『夜は墓場運動会』……」

「は?……な、何言ってんだセンセイ」

「あれ、ご存知ありません? 有名な歌のフレーズなんですけど」

「いや、聞いたことはありますが、なぜそんなことを?」

「つまり我々も親が運動会を開いてくれたおかげで、この世に生を……すいません、今の話ナシで」

センセイから突如飛び出した下卑た発言に、タケモトさんたちは困惑した。

言った本人も後悔したらしく、表情は変わらないが耳元は赤く染まっている。

店内の空気が変な感じになっていく。

「……まあ、結婚にも良い側面があることは確かでしょうね」

換気をしようと口を開いたのが、店で唯一の既婚者だったマスターだ。

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2019-10-08

[] #79-1「高望みんピック

「“結婚はゴールじゃない”なんて言う人いるけど、あれ大した理屈じゃないよな」

俺がそう言うと、兄貴は体の向きを変えないまま「そうだな」と答えた。

「“じゃあ、あんたのゴールはどこなんだ”って聞いたら、その人は有耶無耶しか答えられないんだよ」

「まあ、そもそもゴールなんてないんだろう」

つのない淡白な返事をしてくる。

兄貴、よく分からないまま“ない”って言うのは誰でもできるぞ」

相槌を打つなら丁寧に打ち込んでほしい。

そう釘を刺すと、今度は考える仕草をし始めた。

形だけの素振りだ。

「じゃあ人それぞれ、色んなゴールがあるってことなんじゃねーの」

「“人それぞれ”って結論も誰でも出せるよ。頭カラッポにしててもね」

「そう言われても、これ以上は容量を割きたくねーよ」

兄貴自分のやるべきことや、やりたいこと以外に労力を費やさない。

興味がないことには、とことん興味がないんだ。

結婚がゴールかどうかなんて関係ないし、知ったこっちゃない。

他にゴールがあるのか、或いは区間ごとに複数設けているのか。

そこへ向かうため走っているのか歩いているのか、何らかの乗り物で移動しているのか。

どうあれ進み続けるしかないって点では同じで、それさえ分かってれば十分だと思っている。

俺はゴールが何かを探すために冒険したことだってあるのに。

「で、母さんが言ったんだ。『婚活』という枠組みで考えるなら、結婚をゴールというのは間違ってないって」

「ふーん」

「その後の結婚生活はもちろんあるけど、婚活というレースは終了しただろ?」

「ああ」

もう少し食いついて欲しいんだけど、そっ気ない返事ばかり。

俺が一方的に喋っているだけ。

「ねえ、ちゃんと聞いてる?」

「聞いてるって。大事なのは他人の設けたゴールを腐したりしないこと、だろ?」

「うん……本当に聞いているっぽいね

「ゴールを目指して走っている人を、観客席から野次を飛ばすな。そんなことをする輩こそ腐ってる、だろ?」

「いや、そこまでは言ってない……」

そうして話が終盤にさしかかったとき、ようやく兄貴の口が滑らかになってきた。

結婚というゴールを目指す婚活レース……タケモトさんは今でも必死に走ってるんだろうか」

「え、タケモトさんって婚活してるの?」

だが滑らかになりすぎたらしい。

タケモトさんの名前を口にした後、兄貴は明らかにしまった」という顔をした。

「あー……お前は知らなかったんだっけ」

俺はその時が初耳だった。

タケモトさんは近所に住んでいて、いつもムスっとした顔をしている人だ。

何度も遊びに行ったことがあるけど、そういのに興味あるイメージがなかったから意外だった。

「ねえ、そのタケモトさんの話聞かせてよ!」

「俺が語ることじゃない。お前に話してないってことは、あんまり吹聴されたくないんだろう」

俺は不思議に思ったことや、漠然としたものの答えを探すのが好きだ。

だけど身近な人間よもやま話は、もっと好きだ。

実態をもったエピソードほど野次馬しがいのあるものはない。

「……はあ、他の人には話すなよ」

そして俺の野次根性と戦い続けられるほど兄貴義理堅くない。

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2019-09-17

[] #78-ex夏休み足跡

≪ 前

バイト戦士 マスダ

睡眠計250時間

日常から通学という要素を省いただけのような夏休みを過ごす。

しかし十分な休暇になったとされている。

その是非は研究者の間でも未だ議論の的になりやすい。

夏休み探求家 マスダ

睡眠計274時間

ひたすら宿題に振り回される日々を過ごした。

自由研究テーマは二転三転し、最終的に辿りついた『夏休み有意義に過ごすには』は貴重な資料として重宝されている。

だが誇張して書かれていたり事実関係が疑わしい箇所も多く、参考資料として疑問視する者もいる。

資本概念 カン先輩

睡眠計240時間

様々な資料にて利己的な振る舞いが記されており、巷では資本主義の象徴として挙げられることが多い。

そうして夏休みに稼いだ資金は、現代に換算してなんと約5兆アノニものぼる。

物欲がなく、趣味携帯端末ゲームをするくらいだったため、埋蔵金になっているのではと噂されている。

変装名人 ドッペル

睡眠計250時間

旅行もせず、遠出もしない、これといったイベントもない毎日を過ごす。

一般的にみて決して華やかな毎日ではなかった。

しか自由研究で描かれた自分たちの姿は、誰よりも輝いているように見えたという。

近所に住む タケモトさん

睡眠計220時間

夏休みといっていいかからない日々を過ごした。

無能新人の後始末のせいで、タバコの本数が増えたらしい。

全てが終わったとき息抜きにかける時間も気力も残っておらず、残りの期間は意地で休んだという。

アイス売りの男

睡眠計?時間

新しい副業が見つかるまで、学校でのバイトで何とか食いつないだとされる。

ただ彼に関する資料は皆無に近く、存在が具体的に明記されているのはマスダの自伝のみ。

このため話の種で都合よく登場させた、架空人物なのではないかとする説が支配である

自称女性代表 タオナケ

睡眠計180時間

家族と共に、ほぼ海外で非日常満喫したとされている。

その後、お土産砂糖菓子を仲間に振舞ったとされるが、どのような食べ物だったかは判明していない。

マスダの書いた半私書で「これ要冷蔵じゃないのか?」という記述があるのみである

セラピスト ミミセン

睡眠計248時間

この夏に始めた、自宅で簡単にできるセラピーによってリフレッシュ

しばらくは耳栓なしの穏やかな日々を過ごす。

しかし後年の捻くれた言動は、この時の副作用ではないかとする向きもある。

ラジオマン シロクロ

睡眠計180時間

菓子目的ラジオ体操を続けていく中で、その動きは神の粋に洗練されていった。

最終日には1時間で1万回こなしたという記録もあったが、当時のスタンプ係が「ズルすんな」と語った記録もある。

そのため彼は超能力者アンドロイドなのではと目されている。

2019-09-16

[] #78-10「夏になればアイスが売れる」

≪ 前

俺たちにとっては偶然舞い降りた奇跡といえた。

だが得てして、奇跡だとされる物事見方を少し変えるだけで、ただの偶然になる。

分解していく過程で、くだらない因果の成り立ちが露わになるんだ。

話は十数分前、俺たちがライバル店のアイスを食べていた頃に遡る。

しまった……兄貴に何のバイトか聞いときゃよかった」

弟は自由研究のため俺を探していた。

しかし深く考えずアミダくじで決めたものから、アテもなく彷徨う羽目になっていたんだ。

アミ梯子ちゃんと作らなかったせいで起きた事故である

足を滑らせて、地面に激突するのも已む無しだ。

そもそも何で俺……行き先も知らないのに兄貴候補にしたんだろう」

いや、どちらかというと、弟の足元が覚つかないのが問題か。

何とか降れたとしても、地に足がついていないのでは安心できない。

「あっつ……今年は涼しいだとか言った奴、世が世なら今ごろ死刑になってるぞ……」

汗で服が濡れ、それが身体に張り付き出す。

暑さはもちろん、弟はそのベタついた状態特に嫌いなんだ。

体が冷たいものを欲し、もはや猶予はない状態といえた。

「うん……こりゃ無駄だ。別の人に取材しよう」

時間無駄にしたくないという動機で始めたので、無駄なことを認めるのは酷く抵抗があった。

しかし、さすがに暑さには勝てなかったようだ。

「さて、方針転換したから、今度は気分転換だ」

そう呟きながら、弟は近くにあったアイス屋へいそいそ向かう。

察しの通り、例のキャラメルアイスを売っているところだ。

それはつまり、俺が近くにいる場所でもあった。

目的に近づいていたのに、そのタイミングで諦めてしまうとは何とも間の悪い奴だ。

「お~い、アイスアイス~」

はい、いらっしゃ……げっ」

だがもっと間の悪い奴がいるとするなら、それはアイス売りの男だろう。

「あれ、あんた、どっかで……」

奇しくも、その男と弟は知り合いだったんだ。

そして、それはあまり良い意味ではなかった。

「あ、思い出した! コンブおにぎりの!」

男は依然に働いていたスーパーで、超能力を使って客に嫌がらせをしていた。

物体位置を入れ替える力で、客の買ったオニギリをこっそり昆布入りにしていたのである

それを弟と仲間たちに突き止められるという過去があったんだ。

「ま、まあ、それよりアイスはどうする?」

「いや……やめとく」

実際のところ、現在この男は真面目に商売をしていた。

俺の通う学校でも、食堂でよく働いているのを見かけるし、これ以上ケチがつくような真似はしたくない筈だ。

だが弟からすれば、過去評価払拭できるほどの判断材料は何一つなかった。

「また超能力で、アイスに何かしてんじゃないの? キャラメル味を塩キャラメル味にしたりさ」

「そんなことしないって。何の得があって、そんな……」

損得勘定なんて、悪意という感情の前では何の説得力もないね前科がある奴なら尚更さ」

元々は身から出た錆といえなくもないが、真っ当にやっていることまで邪推され、それを吹聴されてはたまったものではない。

男は居たたまれなくなり、逃げるようにキッチンカーに乗り込むと、どこかへ走り去っていった。

「あー、でもアイスは食いたかったなあ……お、他にもアイスあるじゃん

その後、弟は俺たちと邂逅。

ドッペルと自由研究カブっている(しかも明らかに弟の方が劣化している)ことを知る。

まあ、それはまた別の話だし、それを話すことはもっと時間無駄だ。

今しているこの話にだって大した意味はないんだから

何か意味ありげに話してみただけだ。

それでも言えることがあるならば、意味を持たせるなら自分で行動するのが近道ってことだ。

何でもないようなことを幸せだと思うには、何事も前向きで、相応の工夫が必要なのである

(#78-おわり) ≫

2019-09-15

[] #78-9「夏になればアイスが売れる」

≪ 前

しかし、簡単に見つからいから人は苦悩し、迷走するのもまた真理だ。

客引きしてみます?」

「いや、今日びそういうの印象悪いねん。やりすぎたら何かの条例に引っかかるらしいし」

「では真っ向勝負で、新しいアイスを作ってみますか」

「あっちのより手間と味のバランスがいいものとか、考えている間に夏が終わるわ」

「うーん、そうなると形勢逆転は難しそうですし、場所を変えますか」

「こっちが先にやってたのに何で引かなアカンねん。ここ以上にいい場所なんぞワイは知らん」

「じゃあ、あっちのアイス売りに、別の場所でやってもらうよう頼んでみます?」

「そんな筋合い相手にないし、受け入れるような奴とも思えん。他にアイス売りがいるのに構えてくるような輩や。ゴネるに決まっとる」

「……その可能性はありますが、ダメもとでやってみませんか」

ダメもとでやるにはリスクが高すぎるんや。こじれてるところを客とかに見られたら心象が悪ぅなる」

カン先輩……さっきから“出来ない”と“やりたくない”しか言ってませんが、本気で解決したいと思ってます?」

「それなりの理由があって却下しとんのに、口だけ人間みたいな扱いすんのやめーや」

「なら、せめて代案を出してください。理由さえあれば何でもかんでも否定していいと考えたり、行動が伴わないのは口だけ症候群典型例です。明らかに咳き込んでいる人間が正常を訴えるのは無理がありますよ」

「うおお……マスダ……お前、内心めっちゃキレてへん?」

あーでもないこーでもないを二人で何往復かさせたあたりで、偵察に行っていたドッペルが戻ってきた。

「ふ、二人とも? ちょっといい?」

先ほどとは違ってマニッシュ衣装になっている。

それだけの服を、いつもどうやって持ち運んでいるのだろうか。

「あのアイス屋なんだけど……」

なんやまさか他にも隠し玉があったんか!?

「い、いや、そうじゃなくて……なんか別の所に、い、い行ったみたい」

「なに、どういうことだ?」

まるで解決の目処はついていなかったのに、事態は知らない間に好転していた。

「まあ、“何か”あったんやろな。ワイらには好都合やけど」

「……まさかカン先輩」

「いや、ハチキューサンやないんやから、さすがに裏工作とかはせえへんって。後々のことまで考えるんやったら、そういう妨害行為をすると最終的に損するのが世の常やし」

最終的に損しなければやるとでも言いたげだ。

「なにはともあれ、チャンスや! マスダ、カラメルコーン牛乳こーてこい!」

そして、世の常を語っていた人が言うとは思えないことを口走る。

「あのアイスパクるんですか?」

アイデアの多くは0からじゃなく1から生まれる。この世の99%はパクりで成り立っとるんや。あのアイステレビが先に紹介してたのを真似しただけやんけ。なんでワイらがやったらアカンねん」

大した理屈である

まったく、こういうときカン先輩の弁の立ちっぷりは凄まじい。

俺たちがここで真似する場合は1から始まっていないし、99%だとかい統計は明らかにデタラメだ。

だがチャンスであることは同意なので、俺はいそいそと買い出しに向かった。

次 ≫

2019-09-14

[] #78-8「夏になればアイスが売れる」

≪ 前

「知ってるのか、ドッペル」

ドッペルは確認するように、一口、二口とまた食べていく。

「うん……や、やっぱり“カラメルコーンアイス”だ」

なんやそれ。カラメルコーンは知っとるけど」

カラメルコーンは俺も知っている。

確かパフ状の甘いスナックで、口直しのアーモンドが入っているのが特徴の商品だ。

だが、あの菓子アイス版なんてあっただろうか。

カラメルコーン牛乳で作れるんだよ。て、ててテレビで観たことある

ドッペルが言うには、そのスナックと適量の牛乳を混ぜ合わせてペースト状にし、後は冷やして固めれば出来るんだとか。

「へえー、本当にそれだけで作れるのか」

「じ、実際に作ったことある……兄ちゃん、覚えてない?」

「……あー、あれかっ!」

そういえば以前、ドッペルの家を訪ねたときアイスが出てきたな。

あの時に食べたのが、そうだったのか。

先ほど感じたデジャブは、どうやら気のせいじゃなかったようだ。

「このふりかけられたアーモンドも、その菓子についているものを利用したのか」

それにカラメルコーンには色んなフレーバーがあるから必然バリエーションも容易く増やせるって寸法だろう。

なるほど考えられている。

これでこのアイス疑念は氷解した。

問題は、それが分かったところでこちらの不利は変わらないという点だ。

「やっぱりカラクリがあったんか。パっと見分からないところで手を抜いて、それを誤魔化しとるわけや」

カン先輩がそんなこと言う筋合いはないと思います

仮にこれを誤魔化しだとか言うにしても、それをより工夫している方が評価される。

手間を惜しんだ方が劣るのは自明だ。

キトーにやっても売れるだろうと、手を抜きすぎたツケがここにきて回ってきたのである

大抵の人間はこのカラメルコーンアイスのほうを買うだろう。

「くっそー、こんなことなら、もっと色んなジュース買っとくんやった」

「それで解決する問題じゃないですよ」

というより、カン先輩の考えたアイスキャンデーが、そこまで美味くないのが問題というべきか。

夏の暑い日、他の店が近くにない場所から買う人がいるってだけで、出来がいいから売れてるわけではない。

絶対評価だと悪くないものが、相対評価だと悪いと思われる。

まあ、よくある話だ。

「ボロい商売やと思っとったのに~」

カン先輩はもちろん、日雇い立場である俺も穏やかではいられなかった。

なにせ、このバイト給与は完全歩合制。

なので閑古鳥が鳴けば、カン先輩も泣くし、俺も泣くことになる。

「何か対策を考えませんとね」

だが、このまま泣き寝入りするわけにもいかない。

やれることはやった方がいいし、それが見つからないなら探すしかないんだ。

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2019-09-13

[] #78-7「夏になればアイスが売れる」

≪ 前

弟がこらちへ向かっているのを、この時の俺は知らない。

知っていたとしても今はそれどころじゃなかった。

「うーん、これは……」

近場に突如現れたライバルアイス売り。

そこで売られているアイスを食べ、俺とカン先輩は頭を抱えていた。

食べすぎでキーンとなっているからだとか、そういう生理現象ではなく、もっと利己的な理由でだ。

「マズいな……このアイス美味い」

キャラメル風味のアイスクリームに、砕いたアーモンドをまぶした一品

夏に食べたいアイスかっていうとそれほどではないが、クオリティでは明らかに差がある。

廉価のジュースを凍らせただけのこちらとは違い、口溶けがよく、でしゃばらない甘さ。

このアーモンドほのか塩味があり、いいアクセントになっている。

「くっそー、洒落臭いことしよってからに」

そりゃあカン先輩のアイスキャンデーの前じゃあ、大体が洒落臭くなるだろう。

とはいえ、凝っているのも確かだ。

カップデザインシンプルながらに洗練されている。

側面には店の名前らしきロゴが描かれているが、これも見事に馴染んでいた。

「あ、あと、チョコナッツ……コーヒーとかもあったかな」

しかも偵察に行ったドッペルが言うには、この他にも色々なフレーバーがあるらしい。

それに対して、こちらは廉価ジュース味とプレーン

キッチンカーの見た目も、あっちのほうが豪華なんだとか。

こうなってくるとライバルというのも、おこがましいレベルだ。

「くっそー、こんなことなら、もっと色んなジュース買っとくんやった」

「どうせ凍らせるだけなのに、数だけ増やしても仕方ないですって」

個人の好みだとかを考慮しても、客観的にみて形勢は不利といえた。

フレーバーを抜きにしても、アイスキャンデーとアイスクリームは別物だ。

しかし、アイスという点では同じ。

それを売るキッチンカーが同じ公園に2台いたとあっては、比べられるのは必然だろう。

そして勝った側は得をし、負けた側は損をしやすい。

どちらが得をするかは明白だ。

手作りアイスクリームって割と面倒ですからね。手間がかかっている方がいいと考える人も多い」

ましてや、こっちのアイスキャンデーは見るからに手抜きなのだから尚更だ。

「くっそー、市販品を使いまわしとるんちゃうんか」

「いや、この味や見た目は手作り特有のものですよ」

そうは言ってみたものの、少し気になるところもあった。

確信はもてないが、どこかで食べたことがある感じもしたんだ。

デジャブってやつだろうか。

形勢が不利なせいで、何か粗を探してやろうと俺は邪推をしているのかもしれない。

そう思ったのも束の間、俺と同じことを感じる人間が他にもいた。

「こ、これ……かか、か、“カラメルコーンアイス”じゃない?」

ドッペルが、そう呟いた。

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2019-09-12

[] #78-6「夏になればアイスが売れる」

≪ 前

今の弟にとって、一ヶ月“も”残っている夏休みは一ヶ月“しか”残っていない。

吹きすさむ熱風は、既に秋を運んできていると感じている。

「やっぱり面倒くさい、難しいやつから片付けていこう」

弟はやらないと決めたらやらないが、やると決めたらやる。

とはいえ、やる、やらないの決断は容易く上書きされるものだ。

つい先ほどまで全くやる気のなかった宿題を、今は無性にやりたくなっていた。

「ようし、まずは言語だ」

ひらがなカタカナ漢字

それらを組み合わせた雑多な表現

音楽歌詞なら、そこに英語まで混ざってくる。

弟はその言語の複雑さを理由に、この国に生まれたことをよく俺に愚痴っていた。

客観的に考えても有数の習得難度だとは思うが、弟の場合は書き取りなどの作業が嫌いなだけである

「……ダメだ! 面倒くさい! 面白くない!」

そして嫌いなものが好きになるほど、やる気というもの魔法の力を持ってない。

「この満ち溢れるやる気を活用するには、これじゃ非効率だ」

こんな思考を巡らせている時点で、気力が持続するのも時間問題だ。

それは弟自身何となく分かっていた。

このままでは、どの宿題から片付けるかで悩み、勉強の準備をしただけで力尽きる。

「あーみだ、アミーダ、阿弥陀籤~、漢字で書くとワケわかめ……ここ、もう一本引いとこ」

そこですぐさまアミダくじを作り、天に指示を仰ぐことにした。

こんなことをする位なら、書き取りの続きでもやったほうがいいとは思うが。

それでも弟にしては冷静な判断である

「……」

そうして決まったのが自由研究だった。

となると、今度はテーマを考えなければならない。

だが、これを決めるのにも時間はかからなかった。

「これと……これだ」

辞書無造作に開き、目についた言葉を紙の端に書いていく。

そして書いた言葉に線を平行に引き、それらを繋ぐ横線を引いて梯子状に……

まあ、回りくどい説明を省いていうなら、とどのつまりアミダくじである

「あーみだ、アミーダ……これかあ」

こうして行き着いたのが、「労働」というテーマだった。

「要は働く人に取材して、こんな感じの仕事をしてまーすって、まとめればいいんだろ」

奇しくもドッペルの決めたテーマ、それに加えて方向性までカブってしまった。

確実に内容を比べられるし、手を抜く気まんまんの弟じゃあ圧倒的に見劣りする。

ドッペルは弟の格好をよく真似するが、今度は弟がドッペルの宿題を真似していると思われるかもしれない。

なんとも間の抜けた話である

取材は父さんのとこだな。いや、ここは母さんもアリか。家で取材できるから楽だし……あ、そういえば兄貴は今バイトだっけ」

そんなことを知る由もなく、弟はもはや直進を始めていた。

後はどこで曲がるかってだけだ。

「あーみだ、アミーダ……よし、兄貴のとこ行ってみよう!」

どこに信頼要素があるかは分からないが、弟はこの短期間の間にアミダくじに判断丸投げだ。

もう自由研究を「アミダくじ」にしたらどうなんだってくらい、頼りっぱなしである

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2019-09-11

[] #78-5「夏になればアイスが売れる」

≪ 前

アイス売りに暗雲たちこめ、ジメジメとした嫌な暑さがまとまわりついてきた。

そんな俺たちの状況なんて弟は露知らず。

というより興味もないだろう。

今のあいつにとっての急務は、もっと捉えどころのない“何か”だ。

そんな漠然としたものを急務と表現すべきかは甚だ疑問だが。

少なくとも、タケモトさんの家で麦茶を飲むことが、そこに含まれているとは思えない。

「この部屋、寒くない? タケモトさん」

カロリーを消費していないからだろ。エネルギー使いながらだと、これくらいが丁度いいんだよ」

タケモトさんは大人であり社会人でもあるが、そんな彼も長期休暇をとっていた。

夏休み子供だけの特権じゃないってことだ。

「むしろ門前払いしなかっただけありがたかったと思え。こっちはやることがあるってのに」

しか宿題子供だけの特権ではないらしい。

弟のことはそっちのけで、タケモトさんはデスクワークに勤しんでいた。

この様子だと暇つぶしには付き合ってくれそうもない。

アテが外れた弟は、冷房のききすぎた部屋で冷やかすのが精一杯だった。

休みなのに仕事があるんだ?」

「この社会は誰かが休んでいるときも、誰かは働いてなきゃダメなんだよ」

まり働く人がいない場合、そのシワ寄せは休んでいる人にくるってことだ。

「タケモトさんの働いている所、人手不足ってやつ?」

「そういうわけじゃねえが……いや、無能や怠け者を数に含めないなら、人手不足表現してもいいか

少し間をためて、噛みしめるようにタケモトさんは答える。

その無能や怠け者のことを思い出していたのだろう。

休みなのに休めないなんて大変だね」

別に休もうと思えば休める。オレがやらないなら、他の奴がやるだけだ」

「えー、じゃあ、やらなくていいじゃん」

「ガキのお前には分からねえかもしれんが、“休む”ってのと“何もしない”ってのは違うんだよ」

「“休む”と、“何もしない”……」

その言葉は、弟の琴線に触れた。

実のところ、俺がさっき言っていたことと大して変わらないのだが。

まあ身近な人間より、そこら辺の誰かが言っていることの方が響く年頃なのだろう。

「それは大人だったら分かること?」

「分からない大人無能や怠け者になるんだよ」

それは遠回しに、「お前は無能・怠け者の予備軍だ」と言われているように弟は感じた。

「ガキは無敵だ。時間をドブに捨てても肥やしになってくれる。だが“大人時間無駄”は“正真正銘無駄”だ。何の意味もない」

そして、続く言葉に弟は体を震わせる。

単に冷房のせいで体温が低下しただけなのだが、弟はタケモトさんの言ったことに身震いしたと錯覚した。

「ど、どうすれば時間無駄にしなくて済む?」

そもそもタケモトさんの家を訪ねたのはそれを聞くためだったはずだが、弟は今になって思い出したらしい、

「“やりたいこと”をやればいいんじゃないか? ないのなら見つける」

「“やりたいこと”って?」

「そういうのは自分で探すもんだろうが」

自力で探してたら夏休みが終わっちゃうよ」

タケモトさんは露骨に舌打ちをした。

無理もないだろう。

片手間にするような話じゃないし、それにつけても弟の対応は手に余る。

「じゃあ……“やるべきこと”をやっとけ。そうしていれば、やりたいこともいずれ見えてくる」

それでも仕方なく、投げやり気味にタケモトさんは答えた。

「“やるべきこと”……」

「それぐらいは、さすがに分かるだろ」

「……宿題だ!」

「そうだ、宿題をやれ」

こんだけ理屈をこねておいて、結局は大人子供によく言う、自明の理である

から聞けば、何とも無駄なやり取りだ。

宿題という気がかりを失くしておけば、じっくり考える時間もできる!」

「そうだ、後顧の憂いを絶つんだ」

だが弟にとっては青天の霹靂といってもよかった。

捉え方が適切かどうかなんて、さして重要ではない。

歴史偉人たちの言葉を借りるように、同じくタケモトさんの言葉を都合よく解釈したまでだ。

「善は急げ。宿題は己の宿る場所にある。マイホームゴーホーム。さっさと家に帰れ」

「うん、ありがとう! タケモトさん!」

粗雑に囃し立てられながらも、弟は勢い良くタケモトさん宅を去った。

「……ま、やりたいことが見つかった時には、既にやれなくなってる……なんてこともあるがな」

弟が出て行ったのを見送ると、タケモトさんは意地悪そうに呟いた。

内心、だいぶ苛立っていたらしい。

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2019-09-10

[] #78-4「夏になればアイスが売れる」

≪ 前

儲かる理由は他にもある。

近くにはスポーツセンターがあり、夏休みには学生などの団体がそこを利用しているため客入りが良い。

特にコンビニなどの小売店や、他にアイスを売っているライバルがいないのも大きい。

しかも今回は“手伝ってくれる奴”もいるので、個人的にも楽な仕事だ。

「ご、ごごめん。おまたせ」

電話をしていたドッペルが戻ってきた。

いつも何か変装していて、どれが通常の格好なのか分からない子だ。

今は俺の弟を真似している

「随分と慌てていたが、緊急か?」

「う、ううん。マスダに遊びに行かないかって誘われただけ……」

「えーと……弟からか」

弟の格好をしたドッペルから、弟から誘いがあったという話をされる。

無駄にややこしくて、なんだか引っ掛けクイズを出されている気分になった。

別にそっちを優先してくれてよかったんだぞ」

宿題は、は、はは早めに終わらせておきたいタイプから

ドッペルは自由研究テーマを「働く人」にしたらしい。

それのインタビューも兼ねて、俺達の仕事を手伝ってくれているわけだ。

「ええ子やんか。タダで働いてくれるなんて」

カン先輩が、ニヤニヤしながら俺に耳打ちしてくる。

人件費を抑えられるのがよほど嬉しいらしい。

子供を雇って働かすわけにもいきませんからね」

リアクションずれとんなあ、マスダよ」

カン先輩の考える正しいリアクションってやつを知らないんだから、そんなこと言われても困る。

「あの自由研究十中八九の子がその場で思いついたことやで。つまり目的別にあるっちゅうこっちゃ」

そりゃあ見返りくらい、誰だって期待するだろう。

そんなことは、わざわざ言うまでもない。

「まあ、せめて売れ残ったアイスくらいはあげたらいいんじゃないですか」

他人事かいな。どっちかっていうと、マスダがペイするべきやぞ」

なぜそうなる。

カン先輩の仕事を手伝っているんだから、俺が払うのは違うでしょ」

「いやいや、あの子はワイの仕事を手伝うために来たんやなくて、“お前の手伝い”で来とるんやで」

こんな時ですら、そんな欺瞞に満ちたことを言うのか。

さすがに守銭奴が過ぎる。

「こんなアイスの1本や2本をケチ必要もないでしょうに」

「マジか、お前……それボケで言っとるんか?」

呆れ気味にそう言ってくるが、むしろこっちのセリフだ。

「いや、別にアイスはあげてもええよ。でも、それとは別にお前も何かせえっつーてんの」

はいはい、分かりましたよ。後で俺が何か奢ります

絶対、分かってへんやろ……まあ、そっちの問題やし勝手にせい」

カン先輩の中で、あっという間に俺たちだけの問題になってしまった。

本気で言っていなかったとしても末恐ろしい。

「ふ、二人とも、これ見てよ」

俺達の会話が一区切り終えたところで、タイミングを見計らったかのようにドッペルが話しかけてきた。

ちょっと目を離した隙に、なぜか服装が変わっている。

「そのフェミニンな格好は……誰の真似だ? タオナケに似てなくもないが」

「マスダよお、まずは似合ってるかどうか言ったらんかい。それに、この格好はどっちかっていうとガーリーやで」

「そ、そそそっちじゃなくて、こっち見て」

そういって突き出してきた手にはカップが握られていた。

中には茶色がかったアイスが入っている。

「さっき西口にある、く、車で買ったんだ」

それって、つまり……

「うげえっ、ライバル登場かいな」

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2019-09-09

[] #78-3「夏になればアイスが売れる」

≪ 前

ところ変わって公園駐車場

そこに停められた一台のキッチンカーの中で、俺は粗末なアイスを売っていた。

風が吹けば桶屋が儲かるのは大した理屈じゃないけれど、夏になったらアイスが売れるのは真理だ。

そして、悪者が出てくれば正義の味方が現れるように、夏になればアイス売りが沸いてくるのも自然の摂理である

だけど正義の味方は、あくまで“味方”でしかない。

まり、夏のアイス売りはピンキリ存在ってことだ。

「あの、この『プレーンソーダ味・ソーダ抜き』って何ですか?」

「着色料や甘味料などを加えていないソーダからソーダを抜いて、それをアイスキャンデーにしたやつです」

「うーん……つまり、それって氷なんじゃ……」

「まあ、実質的には氷ですね」

「こらマスダ! マスダこら! 何を言うとねん! 氷に棒は突き刺さってないやろ!?

もちろん、こんな足元を見た商売、俺自ら進んでやっているわけじゃない。

あくまカン先輩のヘルプだ。

カン先輩、さすがに氷の塊売るのは無理ありますよ」

まだ昨年はマトモだったけど、今回のやり方には少し呆れている。

ちゃうちゃう、これは『氷塊』やなくて『氷菓』。ただの氷に『プレーンソーダ味・ソーダ抜き』なんて書くと思うか?」

大した理屈じゃないし、当人もそれを分かった上で言いくるめようとするから性質が悪い。

コミケかて“販売”やなくて“頒布”っていうやろ? 繊細な言い方がモノの価値と、物事確立させんねん」

「それは欺瞞なんじゃ……」

「百歩譲って欺瞞やとして、それの何が悪いねん。建前のない、厳格なルールしか成立しない社会なんぞ誰も得せえへんわい」

カン先輩の場合自分が得したいだけでしょ」

話をマクロにして煙に巻きたがるのも先輩の常套句だ。

こんな粗末なアイスで、よくそこまで熱弁できるな。

「それに、これ一本だけでやっとるわけちゃう本命は、こっちのフレーバーや!」

そう言って、カン先輩は別のアイスキャンデーを突き出してきた。

ドドメ色で美味そうには見えないが、これ見よがしに出してきたので自慢の商品らしい。


作り方はこうだ。

まず色んなメーカージュースを数種買ってきて、それらを混ぜる。

「配分に関しては企業秘密や」

そう言っていたけど、買ってきたジュースは余すことなく混ぜているし、恐らくテキトーに作っていると思う。

そして、それを専用の型に流し込み、棒を刺しこんで凍らせれば完成だ。

ジュースを混ぜただけなので味は悪くないが、ガチガチに凍っていて食べにくい、粗末なアイスキャンデーだ。

さらに型も棒も知り合いからタダ同然に手に入れたらしいので、元手はほぼかかっていない。

「や、でも冷凍にかかった電気代だとか、キッチンカーの維持費だとかはあるで」

それを加味しても、これ一本に缶ジュースより高い値段をつけるのは、控えめに言っても強気だろう。

「買う奴が一定数おる時点で、正義はワイにあり!」

正義かどうかはともかく、そりゃあ氷菓から需要自体はあるでしょ」

厚生労働省によると、アイスの分類は乳固形分や乳脂肪によって決まるんだとか。

多い順にアイスクリーム、アイスミルクラクアイスとなり、ほぼ含まれていないもの氷菓と呼ばれる。

そして、その氷菓は夏になると特に売れるらしい。

相応の理由があってカン先輩は勘定しているわけだ。

プレーンなんていうふざけたメニューがあるのも、本命商品と対比させるためだろう。

まあ、買う奴も、買う奴だが。

「儲けの9割はアホな奴から得るねん。商売の基本や。賢い消費者ターゲットにするんやったら、こんなところでアイスなんか売らん」

やり方は阿漕だが、まがりなりにも合理的なのは否定できない。

その点では、ある意味リスペクトできる。

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2019-09-08

[] #78-2「夏になればアイスが売れる」

≪ 前

何もしないことにだって意味を見出せる、だなんて気取ってはみても退屈なものは退屈だ。

俺が家を出ると部屋は一気に静寂に包まれ、残された弟はソワソワしだした。

「何か、何かしたいなあ」

もちろん、この“何か”に宿題は含まれていない。

宿題はやるべきことではあっても、やりたいことではないからだ。

弟は今日やると決めたことは全力でやるが、やらないと決めたら全力でやらないのである

キトゥン~……いないのか」

飼っている猫と遊ぼうとするが、呼んでも気配がない。

どうやら、どこかに遊びに行っているようだ。

「あーあ、キトゥンですら何かしてるのになあ」

両親も外出しており、家にいるのは自分だけ。

俺だったら好都合な空間だが、弟は孤独のものに娯楽性を見出せない。

何かを謳歌するには、いつだって誰かが必要なようだ。


「……仲間に連絡してみるか」

では友達と遊ぼうと、いつも連れ立っているメンバーを誘ってみるが尽く全滅。

ちょっと言いたいんだけど、シャワーの勢いが強すぎるのよ」

「俺にじゃなくて、ホテルの人に言ってくれ」

タオナケは家族旅行

「と、とにかく今日は一人でいたいんだ」

「えー、でも外いるだろ? 音が漏れてる」

「と、とと、とにかく無理だから! とにかく!」

とにかくドッペルは掴み所のないことを言って、とにかく断ってきた。

ちょっと無理かな。これから明鏡止水に身をやつすんで」

「メイキョ……なんて?」

「あれ、『ゼブラセラピー』をご存じない? 自宅で簡単にできる……」

ミミセンは何か、よく分からないことをやってる。

「となると、後はシロクロしかいないけど……」

シロクロはラジオ体操スタンプ集めに忙しい。

各地を練り歩き、朝昼晩ずっとやっているガチ勢だと噂になっている。

既にお菓子の詰め合わせは手中にあり、次はお菓子の詰め合わせVer.2のために日夜体操しているらしい。

「……やばいな、俺だけ何もしてないじゃんか」

弟は焦っていた。

無理に捻り出して何かをする必要もないだろうに、みんな何かしらやっているという事実に囃し立てられた。

しかし、アイデアが出てこない。

今まで大抵のことは家族や仲間たちと共にやってきたから、一人前提で何かをやる発想力がなかったんだ。

「そうだ、タケモトさんだ……夏休みの先輩に知恵を授かろう」

から、こんな時ですら他人ありきなのである

次 ≫

2019-09-07

[] #78-1「夏になればアイスが売れる」

夏休み有意義に過ごせる人間は少ない。

エビデンスが欲しければ、弟に訊ねてみるといい。

自由研究で3日かけた超大作を見せてくれる。

それによると、夏休みで満足感を得られる人間は1割にも満たないらしい。

消費税より低い割合に驚くべきか、つくづく消費税が高いことに驚くべきか。

だけど確かなのは、いずれにしろ夏休みの終わりは平等に訪れるってこと。

寝ている間にも心臓は動くし、時計の針だって止まってくれない。

だったら全力で楽しむにこしたことはないだろう。

弟の自由研究を信じられるかはともかく、その点ではコンセンサスが取れている。

にも関わらず、ほとんどの人間がそれをできないのはなぜだろう。

答えが見つからないまま、今年の夏休みがまたやってくる。

そして山のような積まれ宿題と共に、それは険しく立ちふさがるんだ。


……なんて、前置きで大層なことを語ってはみたものの、俺たち兄弟夏休みは極めて緩やかに始まった。

おはよう兄貴

「なんだ、いま起きたのか。どうやら弟の宿題は、『惰眠』の辞書解説自分名前を載せることらしい」

「そういう兄貴こそ寝癖ついてんじゃん」

いつもなら起きている時間に寝て、いつもなら外にいる時間に家にいた。

一見すると何もしていないようだけど、無為なことだって休暇の内さ。

それに、いつまでもそうしているわけじゃない。

俺は寝癖を直しながら、必要ものをバッグに詰める作業をする。

「えー、兄貴夏休みなのにバイト?」

夏休みからバイトなんだよ」

「なんだそりゃ」

普段から何もしていない人間の“何もしていない”は、文字通り何もしていないのとイコールだってことだ」

ますますからないんだけど」

「ふっ、まだまだガキだな」

何かをしてこそ、何もしないことにも意味を見出せる。

そう言いたかったんだが、正直なところ自分でも訳の分からないことを言っていたと思う。

次 ≫

2019-08-24

[] #77-6「コラえて地獄

≪ 前

今回のコラえて天国 いかがだったでしょうか

この番組で少しでも 新たな町の魅力を感じ入ることができたら幸いです

皆さんも 普段の町をいつもと違う方向から見てみましょう

ガイドブックだけでは分からない景色が そこにはメイビーあるかも

次回はアノニ町を超え イアリー町を見に行きます

詳しいルート番組公式サイトでどうぞ

この番組

あなたの“今”に寄り添う「クエスチョンアンテナ」と

綴ろう、モノの思い出「Huyo」

「トゥーハンドレッドフィフティシックス

ご覧のスポンサー提供で お送りしました



「なんだこりゃ」

番組が終わったあと、俺は開口一番そう漏らした。

いつも観ているアニメ放送していなかったので、仕方なく消去法でこの番組を観ていた。

すると自分たちがシケた映像と共に映っていたんだから「なんだこりゃ」と言うしかない。

「お前、もう少しマトモなとこ紹介してやれよ。撮れ高のないものを何とか面白くしようという、努力の跡しか見えないぞ」

一緒に観ていた兄貴が、内容がビミョーなのを俺のせいにしてくる。

そんなこと言われても、あれが番組だったなんて知らなかったし、俺たちはあっちの要望に出来る限り答えただけだ。

それに放送してはいないけど、他にも面白場所はたくさん紹介した。

布教活動する名物キャラ教祖とか、イケイケのお立ち台でファンサービスをする魔法少女とか、シロクロの家で未来アイテムを使ってドデカ花火打ち上げたり色々あったのに」

「まあ番組趣旨と違うからだろうな。新興宗教民放で気軽に流すのはアレだし、魔法少女スポンサー契約してない」

花火は?」

「何かコンプライアンス的な感じじゃねーの? 或いはSF的な都合」

ちくしょう、また“大人の事情”ってやつか。

「というかお前ら、いつも以上に好き勝手やってたな。いちいちディレクターオッサンケチつけるし、傍から見るとクソガキっぷりが五割増し」

だって、あのオッサンがアレコレ注文つけてくるんだもん。あーでもない、こーでもないって」

そうかあ? そこまでクドいようには見えないが」

放送だとそこまでじゃないけど、実際はもっとウザかったんだよ!」

そのくせ、俺達のコメントはほぼカットしないし。

「あのオッサン、遠回しに嫌がらせしてきやがって」

「さすがに自意識過剰だろ」

この番組に出たのは二度目で、最初の内はテレビに出ることを喜んでいた。

だけど、これじゃあ素直に喜べないというか、むしろ嫌だ。

兄貴がこういうのに映りたがらない理由が、今は少しだけ分かる。

「あ~あ、最近できた信号機なんて、ドラマティックな話までしたのにバッサリいかれてたなあ」

「それは単に見所がなかっただけだろ」

(#77-おわり)

2019-08-23

[] #77-5「コラえて地獄

≪ 前

コーヒーを飲みながら読書を楽しみ 憩いの場を提供したい

そして地元常連客を大事にしたい と店主は常日頃から考えていた

常連客:ここの店主 実験的にそういうサービスやりたがるんだよ

店内の音楽リクエストに沿って流したり 備え付けのテレビ動画サイト映像も見れるようにしたこともあったらしい

――結構カジュアルなんですね

店主:思いついたことは何でもやるってスタンスですね お客さんの要望にも可能な限り応えてます

その内の一つが 店内の本に栞を挟んでおけるサービスだったんだとか

読んでいる途中の本や 後で読みたい本などがあった場合に栞を提供してくれるらしい

――気になったんですが 栞に本の感想が書いてあります

店主:いつ頃だったか そういうことをやる人が出てきて それに感化されて他のお客さんたちも真似していった感じです

そうして自然発生的に 客たちは栞を介して感想を共有する文化をつくっていき 店主はそれに応えていった

――この星形シールは?

店主:栞に貼って使いますね 他人感想に「いいね!」と伝えたい時に使う人が多かったです

――ああ なるほど この星に書かれたアルファベットは そのお客さんの名前からとってるんですか

常連客:誰かに認知されてるって互いを意識させれば 栞に変なことを書こうとする奴もいなくなるだろって寸法だな

みんなで一つの本を読むという 地元のブックカフェならではのサービス

――つまり このカフェは店主とお客がみんなで作っていったんですね

店主:それはさすがに過言です

――あ そうですか……

ディレクターコメントは この町の住人たちに全然ハマっていない模様

――それにしても 聞いている感じだと中々に良さそうなサービスと思ったんですが やめちゃったんですか

店主:実際 これでお客さんは増えて 当時は嬉しかったですけどね……

常連客:まあ サービスの数や種類に比例して 身勝手なヤカラも増えたんだな

店主:サービスの選別は客の選別 その側面があることを当時はよく分かっていなかったもの

そうして色んな客が来るようになり 店の雰囲気を損なう結果に

――あらら……

常連客:あのランキング特にマズかったよな いま思えば

――ランキング

店主:星型シールあるでしょ それが多くのお客さんに貼られた栞は表彰されるんです

常連客:それで変な権威けができちまって 一部の客が居丈高になったんだよ

――ああ それでトラブルが起きたと

末期になると コーヒーや本を読むことが目的じゃなくなってる人まで出てきたんだとか

店主:本の内容そっちのけで 自分の主張を書いているのとかありましたね

常連客:しかも それで議論おっ始める奴らまでいてな

――まさか 栞で?

店主:そう 栞で

――でも この紙に書ける文字数 そこまで多くないですよね

店主:なので違う栞を 別のページに挟んで それに続けて書くんですよ

常連客:本来用途で使われなくなってやんの

――栞に書くことに固執しすぎでしょ 

常連客:そんなんだから 本に栞がビッシリ挟まっている状態になって キショいのなんの

憩いの場である筈のカフェで 居心地が悪くなってしまっては本末転倒

客が減ることを承知で栞サービスは終了したとのこと

店主:自分の栞に 自分で星形シール貼ったりする人もいましたね

常連客:一つの栞にたくさんシールが貼られてるんだが よく見てみたら それやったの全部同じ奴だったりな

タコトバッキョウシ』はアノニ町駅から徒歩数分

一風変わった本を 落ち着いた雰囲気の店内で コーヒーと共に

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2019-08-22

[] #77-4「コラえて地獄

≪ 前

色んな場所を歩き回って ディレクターは少しお疲れの様子

――ふう 少し休憩したいか

マスダくん:すればいいじゃん

――その……休憩できる場所が知りたいかな 行きつけの喫茶店 とか

ミミセンくん:そうそう そんな感じで具体的にお願いしま

タオナケちゃん:まだ鈍いけど やっと分かってきたわね

マスダくん:その調子だぜオッサン 人間はいくつになっても成長できるってことだ

――それは……どうも

元気な子供たち相手ディレクターも形無し


そうして案内されたのはブックカフェの「タコトバッキョウシ」

マスダくんのお兄さんが よく来るんだとか

店主:いらっしゃい

レトロ雰囲気漂う店に入ると 貫禄ある店主とコーヒー香りがお出迎え

――おおー いい雰囲気でてるね

マスダくん:またオッサンがテキトーなこと言ってる

タオナケちゃん:私 聞いたことあるんだけど 歳をとると語彙力や表現力が落ちやすいらしいわ

ミミセンくん:駄洒落中年が使いたがるのも そのあたりが関係しているようだね


…………

――ん~ 程よい酸味と苦味 これはグアテマラですか?

店主:ブラジルですね

ぶって 豆の産地をハズすディレクター

――あはは……えーと みんなの味の感想きかせて?

マスダくん:……まあ コーヒーだな

ミミセンくん:そうだね コーヒーだね それ以上でも以下でもない

タオナケちゃん:私も飲んでみたけど コーヒーしか答えようがないわ

――ん んー ある意味で的を射た感想……かな?

シロクロさん:この飲み物は黒すぎる! オレの服と同じように白も入れるべきだ!

ドッペルくん:だ だだ だからブラックはやめようって言ったのに……

店主:はいはい ミルク砂糖もってくるね

――あ 自分にもください……

コーヒーの味がよく分かってないディレクターたち

しかし店主は物腰柔らかく 大人対応

――それにしても 色んな本があります

店内には大量の本があり 昔なつかしの本や 今どきの本などジャンルも多彩

――お 『平気で嘘松を植える人たち』がある これ売れましたよねー

店主:小さい店なりに こだわっているつもりです

そう店主が語るとおり 他のブックカフェでは見ることがない 興味深い著書も数多くある

――わ 『負荷逆性の時代』もある サブカルかぶれだった時 よく読んでたなあ

どうやら豆と同じくらい 本を厳選しているようだ

マスダくん:ねえねえ 漫画はどこ?

店主:こっちの棚にあるよ 『AKITA』 『MOUSDIAキートン』……


ディレクター子供たちも しばし時間を忘れて読書に熱中

――ん? なんだこれ

ディレクターが次に読もうとした本に 栞が挟まっているのを見つけました

???:ああ まだ残ってたのか

近くにいた常連客が懐かしそうに反応

ディレクター:知ってるんです?

常連客:ちょっと前に この店でやってたサービスだよ 

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2019-08-21

[] #77-3「コラえて地獄

≪ 前

そうして紹介されたのは「ナンチューカ」

アルブス・オーク一階 東口近くにある中華屋

――うん 美味い

ミミセンくん:まあ 平均的な美味さだね

シロクロさん:あったかけりゃ何でも美味い!

――いわゆる本場のじゃなくて 地元の人たちが慣れ親しんだ味で食べやす

マスダくん:なに そのグルメリポーター気取りの感想

お忍びの取材であることを忘れて ついテレビマンの癖が出てしまディレクター

タオナケちゃん:私 初めて食べたけど 普通に美味いのね

――え 初めて?

マスダくん:俺も初めて この場所に店出すと絶対流行らないんだよ

ミミセンくん:僕たちの間では有名なんだ 前あった店も一年ともたなかったよね

タオナケちゃん:私も知ってるけど 一年ももたなかったのは その前の前にあった店だったと思うわ 

――なぜここを紹介したの……

マスダくん:ここの中華屋もいつか潰れるだろうし せっかくだから一回は食べとこうかなあって

店主:一週間後に閉店です……

シロクロさん:お 滑り込み ギリギリセーフ

マスダくん:丁度いい時に来れてよかったなオッサン ここの中華は二度と食えないぞ

――そ そう……


腹もふくれたところで次の場所

近くに小さな博物館があるということで アルブス・オークを離れ そこへ向かってみることに

テレビドラマの撮影にも使われたことがあり この町でも割と有名な場所らしい

しか

マスダくん:あれ 道間違えた? ここになかったっけ

ミミセンくん:ああ~ かなり前に潰れたっぽい

どうやら数年前になくなってしまった模様

タオナケちゃん:私も3回しか行ってないけど いざなくなると ちょっと残念

――もっと行っておけば 良かったね

タオナケちゃん:残念とは言ったけど3回で十分よ  別に何回も来るような場所じゃないわ

ミミセンくん:博物館営業努力問題さ 或いは市か区の管理問題 それにすら見限られたから潰れたんだよ

マスダくん:まあ 地元の俺たちがこの程度の認識なんだから そりゃ潰れるよな

シロクロさん:さもありなん!


気を取り直して次の場所

――ん あの 建物はなに?

道中 独特な見た目の建物が 遠くに

マスダくん:火力発電所だっけ?

ミミセンくん:確か ゴミ焼却場だったはず

――ええ!? あんな見た目で?

タオナケちゃん:私もそう思うけど この町のお偉いさんって 変なところで見栄っ張りなの

の子たちによると アノニ町が観光名所といわれている秘密は“見栄っぱり”からきているんだとか

――この町 風車があるんだ

マスダくん:エコエネルギーブームに乗っかって作った風力発電所

ミミセンくん:風土問題とかでまるで役に立ってないけどね

マスダくん:市長があの風車だけで夏を乗り切ろうとした時は マジで酷い目にあった

――ははは 扇風機だけじゃ猛暑はツラいだろうね

タオナケちゃんジョークで言ったんだろうけど そういうの嫌いだわ

――す すいません

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2019-08-20

[] #77-2「コラえて地獄

≪ 前

その後 何とか案内を引き受けてもらう

マスダくん:近場で紹介するんだったら ここかな

まず やってきたのは駅から直通の「アルブス・オーク」というオフィスビル

1階から3階は一般人向きのショッピングモールとなっている

――名前の由来とかはあるのかな?

マスダくん:ファンタジー物とかで出てくるオークからじゃないの? アルブスはよく分かんないけど

ミミセンくん:オークは植物の種類で アルブスはラテン語で“白”って意味 つまり白いオークの木をイメージしてるんだろうね

――へえー よく知ってるね

ミミセンくん:いや、入り口の案内板に書いてあったし

実際 辺りを見回してみると オフィスビルにしては随分と植物が多い

無機物の塊に融和している様は何とも不思議光景

タオナケちゃん名前は分かったけど、白いオークの木をイメージしたなら ビル自体も白くすれば良かったのに

マスダくん:それに何でアルブスとか ラテン語から引っ張ってきたんだ

ミミセンくん:さあ それは案内板にも書いてないね

タオナケちゃん:私の推測だけど 作った人はそこまで考えてないのよ

地元の子から やたらと粗探しをされるアルブス・オーク

――えーと あのオブジェは何かな?

シロクロさん:知らん! 知ったところでどうする!

ミミセンくん:そういえば よく分からいねアレ

タオナケちゃん:私も分かんないけど そもそもからないことの方が多くない? ああいうのって

マスダくん:まあ 確かに

結局 謎のままにされるオブジェ


アルブス・オーク内を回っていると 丁度お昼の時間

――そろそろ お腹が減ってきたね どこか美味い店ない?

ミミセンくん:それはあなたの好みにもよるし その時々によって食べたいものも変わってくるでしょ

マスダくん:オッサン そういう投げやりな質問しか出来ないわけ?

――えーと……じゃあ 君たちがよく利用する店はどこかな

タオナケちゃん:私 逆に聞きたいんだけど それは“この建物内にある店”って意味

――えー そうです……

マスダくん:だったら「初めての調理場」かな

ミミセンくん:ハンバーガーはもちろん サンドイッチパスタを取り扱っているのがいいよね

タオナケちゃん:私もよくいくけど ハンバーガーなら押忍バーガーのほうがいいわよ

マスダくん:そうかあ

――あの それって チェーン店だよ ね

マスダくん:は? チェーン店の何がダメなんだ

ミミセンくん:下手な自営業やってるとこより 企業努力のほうが遥かに強いよ

――観光で来たんだから どうせなら地元ならではの店がいいかな~って

ミミセンくん:そういうことは最初に言っておいてくれませんか

タオナケちゃん:さっきも言ったけど 後になってから条件を追加したりアレコレ言うのやめてくれない?

マスダくん:ほらな 雑な質問するから こういうことになるんだよオッサン

――はい……以後 気をつけま

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2019-08-19

[] #77-1「コラえて地獄

さあ、今週も始まりました『コラえて天国』。

ガイドブックでは伝えきれない町の魅力を、住人との交流を経てお伝えして参ります

今回の町はここ『アノニ町』。

はてな市にあるこの町は観光街として親しまれております

以前も取材に来ましたが、今回はディレクターのみでお忍び。

ノニ町の新たな魅力を見つけることはできるのでしょうか。

一緒に覗いてみましょう。


駅に降り立つと 早速ディレクターが何かに気づいた様子

――あ あの子

以前もこの町で出会った少年発見

石の水切りを独特なフォームでやっていたのが印象深く ディレクターも強く記憶に残っている

この日は同級生たちと遊んでいた様子

――こんにちは 久しぶりだね

少年:え、だ、誰?

しか少年 ディレクターの顔を覚えてない

――ほら あの川原で遊んでたでしょ 兄弟

少年:し 知らない……

大男:人さらいめ そこまでだ!

保護者らしき男性が 鬼気迫る表情でこちらにやってくる

――痛いイタイいたい!

謎の男性:神妙にお縄につけ! 法の裁きを受けよ!

サブミッションを極められるディレクター

このまま放送事故になってしまうのか?

???:待て待て、シロクロ! 判断が早すぎ……ん オッサンどっかで……

――あれ……双子

静止に入る少年の顔を見てビックリ

あの時の少年が二人!?


少年に何とか場を収めてもらい 話を聞くことに

――え 双子じゃないの!? すっごい似てる

あの時に出会った少年はマスダくん

ディレクターが話しかけていたのはドッペルくん(?)というらしい

どうやらディレクター 本当に知らない子に話しかけていた

――本当に似てるねえ

マスダくん:こいつ変装の達人だからな 特に俺のモノマネは仲間でも間違うことが多い

――へえ それだけ似せられるのは やっぱりマスダくんには憧れてるとか

ドッペルくん:え えーと……

マスダくん:いやー むしろ憧れてるのは俺というより

ドッペルくん:わー! プライバシーポリシー

なんだか複雑な事情がありそう

彼らも個性的で気になるが 今回はあくまで町の魅力を知るのが目的

今回はプライベート観光ということにして 番組のことは伏せつつ 隠れた名所を尋ねる

――アノニ町で どこかい場所知らない?

マスダくん:いるよな こういういい加減な問いかけをして 引き出そうとしてくるタイプ

耳当てをつけた少年:(質問が)漠然としすぎてます 僕たちにそんなこと聞いて何を期待してるんですか

一癖ある受け答えをしてきた少年はミミセンくん

どうやら仲間の中では司令塔のような立場らしい

――えーと……

少女:私 教えてもいいけど 何の権威もない子供評価をアテにするより ガイドブックでも読んだ方が参考になると思うわよ

尤もなことを言ったのはタオナケちゃん

そんな子供たちから予想外のカウンターをくらい たじたじのディレクター

まらずシロクロと呼ばれている 保護者らしき男性に助けを求める

――すいません 上手いこと説明してくれませんか?

保護者男性:ノー オア ノー! インポッシブル

マスダくん:シロクロに聞いても無駄だぞ 俺達の中で一番アタマ悪いんだから

保護者ではなく 歳の離れた彼らの仲間だったらしい

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