弟がこらちへ向かっているのを、この時の俺は知らない。
知っていたとしても今はそれどころじゃなかった。
「うーん、これは……」
そこで売られているアイスを食べ、俺とカン先輩は頭を抱えていた。
食べすぎでキーンとなっているからだとか、そういう生理現象ではなく、もっと利己的な理由でだ。
「マズいな……このアイス美味い」
キャラメル風味のアイスクリームに、砕いたアーモンドをまぶした一品。
夏に食べたいアイスかっていうとそれほどではないが、クオリティでは明らかに差がある。
廉価のジュースを凍らせただけのこちらとは違い、口溶けがよく、でしゃばらない甘さ。
このアーモンドもほのかに塩味があり、いいアクセントになっている。
そりゃあカン先輩のアイスキャンデーの前じゃあ、大体が洒落臭くなるだろう。
とはいえ、凝っているのも確かだ。
側面には店の名前らしきロゴが描かれているが、これも見事に馴染んでいた。
しかも偵察に行ったドッペルが言うには、この他にも色々なフレーバーがあるらしい。
キッチンカーの見た目も、あっちのほうが豪華なんだとか。
「くっそー、こんなことなら、もっと色んなジュース買っとくんやった」
「どうせ凍らせるだけなのに、数だけ増やしても仕方ないですって」
個人の好みだとかを考慮しても、客観的にみて形勢は不利といえた。
フレーバーを抜きにしても、アイスキャンデーとアイスクリームは別物だ。
それを売るキッチンカーが同じ公園に2台いたとあっては、比べられるのは必然だろう。
そして勝った側は得をし、負けた側は損をしやすい。
どちらが得をするかは明白だ。
「手作りのアイスクリームって割と面倒ですからね。手間がかかっている方がいいと考える人も多い」
ましてや、こっちのアイスキャンデーは見るからに手抜きなのだから尚更だ。
そうは言ってみたものの、少し気になるところもあった。
デジャブってやつだろうか。
形勢が不利なせいで、何か粗を探してやろうと俺は邪推をしているのかもしれない。
そう思ったのも束の間、俺と同じことを感じる人間が他にもいた。
「こ、これ……かか、か、“カラメルコーンアイス”じゃない?」
ドッペルが、そう呟いた。
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