「担当だった私の顔写真まで貼られてしまいましてね。逃げ場を断たれたと思いましたよ」
コンサルタントは、婚活レースにおける敏腕コーチとして祀り上げられる。
しかし言い換えるならば、夢追い人を増やして生殺しにする罪も大きくなったということだ。
「母数が多いから成功者も多いと誤解しがちですが、実際に結婚までいけたのは三割ってところです」
「打者なら上等ですな」
そこを明言せず宣伝し続けるのは欺瞞だろうとコンサルタントは言った。
「いい加減な仕事をしているとは思っていません。真摯に対応してきたつもりです。それでも結果は伴いません」
何とか止めようとしても改善せず、裸一貫の血だらけで走り続ける者はいる。
そんな惨状に何度も居合わせ、自分は返り血で真っ赤だとコンサルタントは言った。
「婚活が上手くいかない人に対する、周りの風当たりが強いのも問題でしょう。たまたま上手くいった人たちや事情を知らない人は物知り顔で、厳しい態度をとりがちです」
そのせいで当人は余計に意固地になるか、ふさぎこんで前を向けなくなってしまうという。
それではマトモに進むことは出来ない。
泣き言も許されない環境で、それでも走り続けられる人間は少ないだろう。
「何か言いたいって気持ちも分かるんですけどね。しかし分不相応だとか、あなたの尺度や都合で決め打ちしてはいけない……なんてこと言うわけにもいきませんからね。こちらは現状の説明や、ノウハウを教えることしかできない」
しかし結婚できるかどうかというのは最終的に運だと、コンサルタントは声を強める。
麻雀のプロが素人に負けることがあるように、勝率を上げる要素は多分にあっても、それが決定打とはなりえないのだという。
「何がよくて何がダメかなんて、本当のところは誰にも分からないんです。それでも私の場合、仕事でやっているので何か言わざるをえませんが」
タケモトさんが見かねてライターを差し出すが、静かに断りのポーズをした。
「昔は自由に恋愛も結婚もできなかった社会でした。しかしこういう仕事をやっていると、今をいい時代と捉えることはできないんですよね。煉獄に片足を突っ込んでいるように感じます」
「あの、そろそろまとめに入ってもらっていいですか」
コンサルタントが物思いにふけたあたりで、休憩時間は残りわずかとなっていた。
野暮ったいとは思ったが、タケモトさんは結論を急くことにした。
「その話をしたのはなぜなんです。とどのつまり、オレはどうすればいいんで?」
「ちゃんと走るのを忘れないことです。後先を考えることは大事ですが、まずこのレースを走りきってください」
走るためのコンディションが調えば、後は走るしかない。
「成功率を上げるのに必要なのは“選ぶ側”と“選ばれる側”の意識、その両方をバランスよく持つことに集約されます」
“相手に何を望むか”と“相手が望むものに応えられるか”は地続きだ。
その考えが地に足をつけて、次の二人三脚レースを走るためにも必要なものとなりうる。
そうコンサルタントは語った。
「しんどいなあ……」
そのことを理解はしたものの、タケモトさんは息を重苦しく吐きだす。
「やる気を出しても、跳べないハードルを今すぐ跳べるようになるわけじゃないですし」
「そこは開き直ることも大事です。ハードルを倒してゴールしても失格にならないんですから」
ハードル走では、わざと倒したりして跳ぶ気が一切ない限りゴールは認められている。
「結婚はゴールじゃないと言う方はいますが、婚活レースにおける紛うことなきゴールですよ。だから手を抜いて走ってはいけません」
「……まあ、ゴールしたきゃ進むしかないですわな」
タバコの火を消すと、タケモトさんは渋々といった感じで喫煙場を後にした。
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≪ 前 「再開は30分後となります。それまでは、しばし休憩を」 折り返し地点にさしかかったところで休憩が入った。 とはいえ、この時間は自由な交流が認められている、いわば追加...
≪ 前 コンサルタント曰く、この婚活パーティの参加者は常連が約8割。 つまり結婚したくてもできない人間、“売れ残り”ばかりが棚に並んでいるんだ。 そしてこのお見合いパーティ...
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≪ 前 「あれは確か数年前、いわゆる倦怠期での話ですが……」 マスターは惚気話だと思われないよう自嘲を多分に交えつつ、自身の結婚エピソードを語っていく。 それは如何にもあ...
≪ 前 少し前までタケモトさんは結婚願望というものがなかった。 厳密に言えば、それが自分にあるかどうか考える余裕すらなかったんだ。 退屈させてくれない労働、ソリが合わない...
「“結婚はゴールじゃない”なんて言う人いるけど、あれ大した理屈じゃないよな」 俺がそう言うと、兄貴は体の向きを変えないまま「そうだな」と答えた。 「“じゃあ、あんたのゴ...
もうやめなよ・・・。 誰も君の小説を読まないよ・・・。
≪ 前 もちろん、個人の心構えが変わったところで物事はそう簡単に好転したりはしない。 亀が死ぬ気でやってもハードルは跳び越えられないし、居眠りしない兎に勝つなんて無理だ。...
≪ 前 パーティ終了後、タケモトさんは彼女と連絡先を交換。 それから連絡を取り続けて数週間が経った、ある日。 結婚相談所に近況報告をしにきていた。 「昨日、二人でデートみ...