2019-09-11

[] #78-5「夏になればアイスが売れる」

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アイス売りに暗雲たちこめ、ジメジメとした嫌な暑さがまとまわりついてきた。

そんな俺たちの状況なんて弟は露知らず。

というより興味もないだろう。

今のあいつにとっての急務は、もっと捉えどころのない“何か”だ。

そんな漠然としたものを急務と表現すべきかは甚だ疑問だが。

少なくとも、タケモトさんの家で麦茶を飲むことが、そこに含まれているとは思えない。

「この部屋、寒くない? タケモトさん」

カロリーを消費していないからだろ。エネルギー使いながらだと、これくらいが丁度いいんだよ」

タケモトさんは大人であり社会人でもあるが、そんな彼も長期休暇をとっていた。

夏休み子供だけの特権じゃないってことだ。

「むしろ門前払いしなかっただけありがたかったと思え。こっちはやることがあるってのに」

しか宿題子供だけの特権ではないらしい。

弟のことはそっちのけで、タケモトさんはデスクワークに勤しんでいた。

この様子だと暇つぶしには付き合ってくれそうもない。

アテが外れた弟は、冷房のききすぎた部屋で冷やかすのが精一杯だった。

休みなのに仕事があるんだ?」

「この社会は誰かが休んでいるときも、誰かは働いてなきゃダメなんだよ」

まり働く人がいない場合、そのシワ寄せは休んでいる人にくるってことだ。

「タケモトさんの働いている所、人手不足ってやつ?」

「そういうわけじゃねえが……いや、無能や怠け者を数に含めないなら、人手不足表現してもいいか

少し間をためて、噛みしめるようにタケモトさんは答える。

その無能や怠け者のことを思い出していたのだろう。

休みなのに休めないなんて大変だね」

別に休もうと思えば休める。オレがやらないなら、他の奴がやるだけだ」

「えー、じゃあ、やらなくていいじゃん」

「ガキのお前には分からねえかもしれんが、“休む”ってのと“何もしない”ってのは違うんだよ」

「“休む”と、“何もしない”……」

その言葉は、弟の琴線に触れた。

実のところ、俺がさっき言っていたことと大して変わらないのだが。

まあ身近な人間より、そこら辺の誰かが言っていることの方が響く年頃なのだろう。

「それは大人だったら分かること?」

「分からない大人無能や怠け者になるんだよ」

それは遠回しに、「お前は無能・怠け者の予備軍だ」と言われているように弟は感じた。

「ガキは無敵だ。時間をドブに捨てても肥やしになってくれる。だが“大人時間無駄”は“正真正銘無駄”だ。何の意味もない」

そして、続く言葉に弟は体を震わせる。

単に冷房のせいで体温が低下しただけなのだが、弟はタケモトさんの言ったことに身震いしたと錯覚した。

「ど、どうすれば時間無駄にしなくて済む?」

そもそもタケモトさんの家を訪ねたのはそれを聞くためだったはずだが、弟は今になって思い出したらしい、

「“やりたいこと”をやればいいんじゃないか? ないのなら見つける」

「“やりたいこと”って?」

「そういうのは自分で探すもんだろうが」

自力で探してたら夏休みが終わっちゃうよ」

タケモトさんは露骨に舌打ちをした。

無理もないだろう。

片手間にするような話じゃないし、それにつけても弟の対応は手に余る。

「じゃあ……“やるべきこと”をやっとけ。そうしていれば、やりたいこともいずれ見えてくる」

それでも仕方なく、投げやり気味にタケモトさんは答えた。

「“やるべきこと”……」

「それぐらいは、さすがに分かるだろ」

「……宿題だ!」

「そうだ、宿題をやれ」

こんだけ理屈をこねておいて、結局は大人子供によく言う、自明の理である

から聞けば、何とも無駄なやり取りだ。

宿題という気がかりを失くしておけば、じっくり考える時間もできる!」

「そうだ、後顧の憂いを絶つんだ」

だが弟にとっては青天の霹靂といってもよかった。

捉え方が適切かどうかなんて、さして重要ではない。

歴史偉人たちの言葉を借りるように、同じくタケモトさんの言葉を都合よく解釈したまでだ。

「善は急げ。宿題は己の宿る場所にある。マイホームゴーホーム。さっさと家に帰れ」

「うん、ありがとう! タケモトさん!」

粗雑に囃し立てられながらも、弟は勢い良くタケモトさん宅を去った。

「……ま、やりたいことが見つかった時には、既にやれなくなってる……なんてこともあるがな」

弟が出て行ったのを見送ると、タケモトさんは意地悪そうに呟いた。

内心、だいぶ苛立っていたらしい。

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