2019-09-12

[] #78-6「夏になればアイスが売れる」

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今の弟にとって、一ヶ月“も”残っている夏休みは一ヶ月“しか”残っていない。

吹きすさむ熱風は、既に秋を運んできていると感じている。

「やっぱり面倒くさい、難しいやつから片付けていこう」

弟はやらないと決めたらやらないが、やると決めたらやる。

とはいえ、やる、やらないの決断は容易く上書きされるものだ。

つい先ほどまで全くやる気のなかった宿題を、今は無性にやりたくなっていた。

「ようし、まずは言語だ」

ひらがなカタカナ漢字

それらを組み合わせた雑多な表現

音楽歌詞なら、そこに英語まで混ざってくる。

弟はその言語の複雑さを理由に、この国に生まれたことをよく俺に愚痴っていた。

客観的に考えても有数の習得難度だとは思うが、弟の場合は書き取りなどの作業が嫌いなだけである

「……ダメだ! 面倒くさい! 面白くない!」

そして嫌いなものが好きになるほど、やる気というもの魔法の力を持ってない。

「この満ち溢れるやる気を活用するには、これじゃ非効率だ」

こんな思考を巡らせている時点で、気力が持続するのも時間問題だ。

それは弟自身何となく分かっていた。

このままでは、どの宿題から片付けるかで悩み、勉強の準備をしただけで力尽きる。

「あーみだ、アミーダ、阿弥陀籤~、漢字で書くとワケわかめ……ここ、もう一本引いとこ」

そこですぐさまアミダくじを作り、天に指示を仰ぐことにした。

こんなことをする位なら、書き取りの続きでもやったほうがいいとは思うが。

それでも弟にしては冷静な判断である

「……」

そうして決まったのが自由研究だった。

となると、今度はテーマを考えなければならない。

だが、これを決めるのにも時間はかからなかった。

「これと……これだ」

辞書無造作に開き、目についた言葉を紙の端に書いていく。

そして書いた言葉に線を平行に引き、それらを繋ぐ横線を引いて梯子状に……

まあ、回りくどい説明を省いていうなら、とどのつまりアミダくじである

「あーみだ、アミーダ……これかあ」

こうして行き着いたのが、「労働」というテーマだった。

「要は働く人に取材して、こんな感じの仕事をしてまーすって、まとめればいいんだろ」

奇しくもドッペルの決めたテーマ、それに加えて方向性までカブってしまった。

確実に内容を比べられるし、手を抜く気まんまんの弟じゃあ圧倒的に見劣りする。

ドッペルは弟の格好をよく真似するが、今度は弟がドッペルの宿題を真似していると思われるかもしれない。

なんとも間の抜けた話である

取材は父さんのとこだな。いや、ここは母さんもアリか。家で取材できるから楽だし……あ、そういえば兄貴は今バイトだっけ」

そんなことを知る由もなく、弟はもはや直進を始めていた。

後はどこで曲がるかってだけだ。

「あーみだ、アミーダ……よし、兄貴のとこ行ってみよう!」

どこに信頼要素があるかは分からないが、弟はこの短期間の間にアミダくじに判断丸投げだ。

もう自由研究を「アミダくじ」にしたらどうなんだってくらい、頼りっぱなしである

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