2019年10月13日の日記

2019-10-13

某国研、お金儲けに興味なさそうな人だらけだけど、別に彼らがつまらない人生を送ってるとは特に思わんな

そうやって一方的に断じることができるなんて不遜極まるが、そうでもないと資本主義社会で乗り切れないのかね

そりゃYoutuberインフルエンサーがもてはやされて地道な現場仕事やる人たちを見下す病んだ社会になるわけさね

増田を5年やっていても

何を書いたらいいのかわからん

今の心境

幼少期の精神的苦痛が今にもきてる。

今でもフラッシュバックする。

幼少期僕は孤独だった。孤独だった。

母は怒ってばっかり。義理父と最後の方は喧嘩ばっかり。

家族に悩み言える人はいなかった。

僕は19歳で家を出た。

家族の誰も言わず。突然出た。

孤独は辛いよ。

犬のは僕が付けたんだ。義理の兄にいじめられても、性的いじめ受けても。助けてくれなかった。母は「自分でなんとかしろ(いじめられても)」と言った。

自分でなんとかしなければいけない。

これが自分で全て抱え込む人間となった原因だ。

僕今は生活保護になった。1年半前からね。

生活保護って言うだけ下に見られるし、皆の目って変わるんだ。生活保護ってだけで辛い思いもした。僕も人を傷つけたからバチがあたったのかな。

最近まで電車乗るの怖かったんだ。人が怖かったんだ。

だけど、「パニックになっていい。誰か助けてくれるさ」って自分自分に言えるになった。

今はまだちょっと辛いけど電車乗れる。

今までできたことができなくなるのはやっぱ嫌だね。辛いねヘルニアにもなったかあんまり重い荷物持てなくなった。

20代社会大人が嫌いだった。だけど今は社会にお世話になってる。

約4年前に発達障害の中のADHDってことも分かった。

実は今めっちゃ苦しい。急に不安感や孤独感を味わっている。

音楽聴いてる。音楽と歌が一番の友達絶対に逃げない。ありがとうちゃん

anond:20191013225703

40代だけど、家族の前では恥ずかしくて「わたし」って言えなくて自分名前呼び。

子供の前では「お母さん」呼び。

家族って誰かっていうと、自分の両親、兄弟旦那だけだったわ。

anond:20191013234824

ワイも物理研究やりながら機械学習で一発儲けられないか試行錯誤してるやでー

両方やるのがいいよね、しろーと騙くらかしてお金儲けするとき旧帝大博士出の肩書が役立つかなあとか期待しとる

数学理解するには国語力が必要

数学理解するには国語力(言語理解力)が必要だと思う。なぜなら、教える人の説明を正確に理解しないと数学規則理解できないから。

anond:20191013231934

関西弁が嫌いから始まってるのに、関西人が嫌いに変わってんで

台風過ぎたのにパンなくてワロた

anond:20191013233824

それ久保先生本人も訴えるって言ってるネタからな。やめとけよ。

キモくて金のないおっさんから分泌される濃厚こくまろおちんぽみるく

[]10月13日

ご飯

朝食:なし、昼食:なし、夕食:カレーメシ

調子

むきゅーはややー。

出張ぱややや。

明日4時起きなのでおやすみんごす。

○本格スマホRPG

無料ガチャハロウィン団長! だったら良いのになあ。ゲームでぐらい夢を見せて欲しい。

anond:20191013232925

うちは瀬戸内出身やでー

地震津波リスク低いし、今回くらいの台風なんてもともと西日本ではちょくちょく来てるし、満員電車遠距離通勤とかあんまりないやで

フリクションの新型の0.4ミリのやつすごくいいね

今までもそんなに不満はなかったんだけど、引っかかる感じがすごく軽減されたわ。

anond:20191013233313

物理研究を触れず(その能力もなく?w)金儲けに汲々として一生を終えるのも寂しいものだけどね。

anond:20191013230915

飲みがないの本当に羨ましい

一口くらいとか言われて、上司の飲みかけ飲めって押し付けられたりしないんでしょ。本当に羨ましい

anond:20191013233528

中高生くらいの兄姉がいるのに子づくりするって秋篠宮家かよ

anond:20191013232718

子供小学生までは田舎大家族中学生になるくらいに核家族として東京に離陸する。これ攻守最強ね。

東京幼児を育てるとかガキが可哀想やわ、タワマン育ちの子供は脳への刺激が弱いかいくら家庭教師つけても成績が伸び悩むとか知らんのかねえ。

台風一過

あれから10か月が経った。

結局両親は離婚し、父は家を出ていき、見事に家族バラバラとなった。

わたし何だか置いてきぼりにされた心境のまんま、モヤモヤとした日々を過ごしていた。

なんとも情けない話だが、深い霧の中にいるような、あるいは泥沼にでもはまったような感じで、どうすればそこから抜け出す事ができるのか、皆目見当がつかないのだ。

そこに台風が襲来。

わたしは、いささか不謹慎だが、それを自分への理由にして、母に電話をしてみた。

久々に話した母の声は、今までになく軽やかな印象だった。

台風前日はスーパーへ買い出しに行き、当日は家に籠ってやり過ごし、今日友達に会って洪水の話をして来たという。

普段聞きなれないエリアメールが頻繁に来るので、通知音にいちいちびっくりしたわよ、などと楽しそうに話すので、

うそう、わたし地震の時は発生が夜だったので、そのあと明け方まで通知音で寝られなかったと、ついノリノリで話にのってしまった。

お見舞いに採れたばかりの南瓜を送るというと、ちょうど買いたかったけど重くて躊躇していたのよ、との返事。

「南瓜大好き」、だって。はしゃいだ声。

わたしは母に救われた。

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