エビデンスが欲しければ、弟に訊ねてみるといい。
自由研究で3日かけた超大作を見せてくれる。
それによると、夏休みで満足感を得られる人間は1割にも満たないらしい。
消費税より低い割合に驚くべきか、つくづく消費税が高いことに驚くべきか。
だけど確かなのは、いずれにしろ夏休みの終わりは平等に訪れるってこと。
寝ている間にも心臓は動くし、時計の針だって止まってくれない。
だったら全力で楽しむにこしたことはないだろう。
弟の自由研究を信じられるかはともかく、その点ではコンセンサスが取れている。
にも関わらず、ほとんどの人間がそれをできないのはなぜだろう。
そして山のような積まれた宿題と共に、それは険しく立ちふさがるんだ。
……なんて、前置きで大層なことを語ってはみたものの、俺たち兄弟の夏休みは極めて緩やかに始まった。
「なんだ、いま起きたのか。どうやら弟の宿題は、『惰眠』の辞書解説に自分の名前を載せることらしい」
「そういう兄貴こそ寝癖ついてんじゃん」
いつもなら起きている時間に寝て、いつもなら外にいる時間に家にいた。
一見すると何もしていないようだけど、無為なことだって休暇の内さ。
それに、いつまでもそうしているわけじゃない。
俺は寝癖を直しながら、必要なものをバッグに詰める作業をする。
「なんだそりゃ」
「普段から何もしていない人間の“何もしていない”は、文字通り何もしていないのとイコールだってことだ」
「ふっ、まだまだガキだな」
何かをしてこそ、何もしないことにも意味を見出せる。
そう言いたかったんだが、正直なところ自分でも訳の分からないことを言っていたと思う。
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