厳密に言えば、それが自分にあるかどうか考える余裕すらなかったんだ。
退屈させてくれない労働、ソリが合わないか無能かの二択しかない仕事仲間たち。
ストレスに比例して増えるタバコの本数と、嫌煙家との小競り合い。
かかりつけの医者は自分の話を聞いているんだか聞いていないんだか。
処方された薬は効いているんだか効いていないんだか。
親族に結婚プレッシャーをかけられようが、それでも優先順位は低いと言わざるを得ない。
しかし、その頃にはもう、彼の前で結婚を期待する人間はいなくなっていたんだ。
考える機会もない。
そんなタケモトさんに転機が訪れたのは、行きつけの喫茶店でタバコを吹かしていたときだった。
「結婚をするから離婚をする。だったら初めから結婚なんてしなければいい」
「そうさ、結婚なんて金と心が磨り減るだけだ」
他の常連も独身ばかりであり、タケモトさんは彼らと同盟を結んでいた。
まあ同盟とは言っても、やることといえば独身貴族の優雅さを語り合い、妻帯平民を粗野だと見下すだけの関係だったが。
「『結婚は人生の墓場』という言葉は昔からあるが、むしろ現代にこそふさわしいだろう」
「は?……な、何言ってんだセンセイ」
「あれ、ご存知ありません? 有名な歌のフレーズなんですけど」
「つまり我々も親が運動会を開いてくれたおかげで、この世に生を……すいません、今の話ナシで」
センセイから突如飛び出した下卑た発言に、タケモトさんたちは困惑した。
言った本人も後悔したらしく、表情は変わらないが耳元は赤く染まっている。
店内の空気が変な感じになっていく。
「……まあ、結婚にも良い側面があることは確かでしょうね」
換気をしようと口を開いたのが、店で唯一の既婚者だったマスターだ。
「“結婚はゴールじゃない”なんて言う人いるけど、あれ大した理屈じゃないよな」 俺がそう言うと、兄貴は体の向きを変えないまま「そうだな」と答えた。 「“じゃあ、あんたのゴ...
もうやめなよ・・・。 誰も君の小説を読まないよ・・・。
≪ 前 「あれは確か数年前、いわゆる倦怠期での話ですが……」 マスターは惚気話だと思われないよう自嘲を多分に交えつつ、自身の結婚エピソードを語っていく。 それは如何にもあ...
≪ 前 「年齢は近いほうがいいですかね。あ、あと異性で」 「他にはありませんか?」 「自分が働いているので専業で家事ができる人……いや、家事代行を頼める資金があるなら、共...
≪ 前 コンサルタント曰く、この婚活パーティの参加者は常連が約8割。 つまり結婚したくてもできない人間、“売れ残り”ばかりが棚に並んでいるんだ。 そしてこのお見合いパーティ...
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