2019-10-08

[] #79-1「高望みんピック

「“結婚はゴールじゃない”なんて言う人いるけど、あれ大した理屈じゃないよな」

俺がそう言うと、兄貴は体の向きを変えないまま「そうだな」と答えた。

「“じゃあ、あんたのゴールはどこなんだ”って聞いたら、その人は有耶無耶しか答えられないんだよ」

「まあ、そもそもゴールなんてないんだろう」

つのない淡白な返事をしてくる。

兄貴、よく分からないまま“ない”って言うのは誰でもできるぞ」

相槌を打つなら丁寧に打ち込んでほしい。

そう釘を刺すと、今度は考える仕草をし始めた。

形だけの素振りだ。

「じゃあ人それぞれ、色んなゴールがあるってことなんじゃねーの」

「“人それぞれ”って結論も誰でも出せるよ。頭カラッポにしててもね」

「そう言われても、これ以上は容量を割きたくねーよ」

兄貴自分のやるべきことや、やりたいこと以外に労力を費やさない。

興味がないことには、とことん興味がないんだ。

結婚がゴールかどうかなんて関係ないし、知ったこっちゃない。

他にゴールがあるのか、或いは区間ごとに複数設けているのか。

そこへ向かうため走っているのか歩いているのか、何らかの乗り物で移動しているのか。

どうあれ進み続けるしかないって点では同じで、それさえ分かってれば十分だと思っている。

俺はゴールが何かを探すために冒険したことだってあるのに。

「で、母さんが言ったんだ。『婚活』という枠組みで考えるなら、結婚をゴールというのは間違ってないって」

「ふーん」

「その後の結婚生活はもちろんあるけど、婚活というレースは終了しただろ?」

「ああ」

もう少し食いついて欲しいんだけど、そっ気ない返事ばかり。

俺が一方的に喋っているだけ。

「ねえ、ちゃんと聞いてる?」

「聞いてるって。大事なのは他人の設けたゴールを腐したりしないこと、だろ?」

「うん……本当に聞いているっぽいね

「ゴールを目指して走っている人を、観客席から野次を飛ばすな。そんなことをする輩こそ腐ってる、だろ?」

「いや、そこまでは言ってない……」

そうして話が終盤にさしかかったとき、ようやく兄貴の口が滑らかになってきた。

結婚というゴールを目指す婚活レース……タケモトさんは今でも必死に走ってるんだろうか」

「え、タケモトさんって婚活してるの?」

だが滑らかになりすぎたらしい。

タケモトさんの名前を口にした後、兄貴は明らかにしまった」という顔をした。

「あー……お前は知らなかったんだっけ」

俺はその時が初耳だった。

タケモトさんは近所に住んでいて、いつもムスっとした顔をしている人だ。

何度も遊びに行ったことがあるけど、そういのに興味あるイメージがなかったから意外だった。

「ねえ、そのタケモトさんの話聞かせてよ!」

「俺が語ることじゃない。お前に話してないってことは、あんまり吹聴されたくないんだろう」

俺は不思議に思ったことや、漠然としたものの答えを探すのが好きだ。

だけど身近な人間よもやま話は、もっと好きだ。

実態をもったエピソードほど野次馬しがいのあるものはない。

「……はあ、他の人には話すなよ」

そして俺の野次根性と戦い続けられるほど兄貴義理堅くない。

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