「“結婚はゴールじゃない”なんて言う人いるけど、あれ大した理屈じゃないよな」
俺がそう言うと、兄貴は体の向きを変えないまま「そうだな」と答えた。
「“じゃあ、あんたのゴールはどこなんだ”って聞いたら、その人は有耶無耶にしか答えられないんだよ」
「まあ、そもそもゴールなんてないんだろう」
「兄貴、よく分からないまま“ない”って言うのは誰でもできるぞ」
相槌を打つなら丁寧に打ち込んでほしい。
そう釘を刺すと、今度は考える仕草をし始めた。
形だけの素振りだ。
「じゃあ人それぞれ、色んなゴールがあるってことなんじゃねーの」
「“人それぞれ”って結論も誰でも出せるよ。頭カラッポにしててもね」
「そう言われても、これ以上は容量を割きたくねーよ」
兄貴は自分のやるべきことや、やりたいこと以外に労力を費やさない。
興味がないことには、とことん興味がないんだ。
そこへ向かうため走っているのか歩いているのか、何らかの乗り物で移動しているのか。
どうあれ進み続けるしかないって点では同じで、それさえ分かってれば十分だと思っている。
「で、母さんが言ったんだ。『婚活』という枠組みで考えるなら、結婚をゴールというのは間違ってないって」
「ふーん」
「その後の結婚生活はもちろんあるけど、婚活というレースは終了しただろ?」
「ああ」
もう少し食いついて欲しいんだけど、そっ気ない返事ばかり。
俺が一方的に喋っているだけ。
「ねえ、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるって。大事なのは他人の設けたゴールを腐したりしないこと、だろ?」
「うん……本当に聞いているっぽいね」
「ゴールを目指して走っている人を、観客席から野次を飛ばすな。そんなことをする輩こそ腐ってる、だろ?」
「いや、そこまでは言ってない……」
そうして話が終盤にさしかかったとき、ようやく兄貴の口が滑らかになってきた。
「結婚というゴールを目指す婚活レース……タケモトさんは今でも必死に走ってるんだろうか」
「え、タケモトさんって婚活してるの?」
だが滑らかになりすぎたらしい。
タケモトさんの名前を口にした後、兄貴は明らかに「しまった」という顔をした。
「あー……お前は知らなかったんだっけ」
俺はその時が初耳だった。
タケモトさんは近所に住んでいて、いつもムスっとした顔をしている人だ。
何度も遊びに行ったことがあるけど、そういのに興味あるイメージがなかったから意外だった。
「ねえ、そのタケモトさんの話聞かせてよ!」
「俺が語ることじゃない。お前に話してないってことは、あんまり吹聴されたくないんだろう」
俺は不思議に思ったことや、漠然としたものの答えを探すのが好きだ。
「……はあ、他の人には話すなよ」
そして俺の野次馬根性と戦い続けられるほど兄貴は義理堅くない。
≪ 前 少し前までタケモトさんは結婚願望というものがなかった。 厳密に言えば、それが自分にあるかどうか考える余裕すらなかったんだ。 退屈させてくれない労働、ソリが合わない...
もうやめなよ・・・。 誰も君の小説を読まないよ・・・。
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