はてなキーワード: PRIDEとは
個人的なまとめ。
興味のある人は読んでいただいても構いませんが、あくまで個人的なまとめなので割とネガティブな個人的主観がだいぶ含まれています。
あとテレビで放送されていない回のことも配慮せず書くので、ネタバレが嫌な人は注意してください。
KING OF PRISM Shiny Seven Stars(通称スッスッス)の応援上映において、あらゆる場面で見当違いなヤジや大喜利を繰り広げる厄介な女。
主に新宿バルト9に出没することから、バルト全レス女と呼ばれるようになった。なお複数人いる模様。
キンプリの応援上映は以前から民度の低さが問題になることがあったが、これまでの劇場2作(by PrettyRhythmとPRIDE the HERO)と決定的に違うのは、
スッスッスが各回でクローズアップされるキャラクターのコンプレックスや隠れた心情が描かれる、全体的にシリアスな展開であることだ。
しかしながら、これまで描かれなかったキャラクターのソロプリズムショーが各回で披露されることから「ショーだけでも応援したい」と
応援上映に足を運ぶファンが少なからずいて、そこでシリアスシーンでのヤジや大喜利を聞かされる羽目になり、これは有り得ないと
ツイッターで苦言を呈する人が徐々に増えてきた。
スッスッスは3月2日の第1章公開を皮切りに、5月4日公開の第4章までを各章3週間限定で公開する。
第1章が3週目に入ったある日、キンプリ公式ツイッターが下記のような告知を行った。
【お知らせ】新宿バルト9の3/16(土)16時10分の回で応援上映の音声収録のためカメラが設置される予定です。あらかじめご了承ください。
これは私の主観であるが、公式のこの告知の後、該当回はあっという間に満席になった。
スッスッスは毎週の客入りをキープするためか、劇場限定の週替り映像を土曜日ごとに公開していた。私は第1章3週目の週替り映像を見るために
バルト9のどの上映回に入ろうかとKINEZOを見ていたのだが、やはりシリアス展開のスッスッスでは週末の応援上映も満席にはならないのだなと
思っていたところだったのだ。それが副音声収録の告知で一気に埋まったのである。目立ちたい奴どんだけいんだよ。
私はこの回には入らなかったが、第1章はテレビ版の第1話にあたるエピソードに初見が脱落しかねない頭のおかしいプリズムアフレコが含まれていたり、
全体的にシリアスな作風の中で唯一明るい展開の第3話で締められることから、副音声収録回でもヤジや大喜利は炎上というほど問題にならなかったように思う。
※ただし応援自体がクソうるさい上にセリフにかぶっていることも多いので不快なものは不快
3月23日からは第2章の公開が始まった。第4話〜第6話が含まれる。
シリアスなシーンの占める割合が第1章に比べてぐっと増え、ここから全レス女が迷惑であったことをツイッターに投稿する人が増え始める。
第1章と同様に公開3週目の土曜日にバルト9で行われた副音声収録回でも全レス女が張り切っていたため、該当回に居合わせた人たちが怒り心頭。
「全レス女がいつもいるから応援上映には行きたくない」という意思表明も散見されるようになる。
※なお全レス女の目撃情報はバルト9にとどまらず、池袋、豊洲、浦和、川崎、海老名、わかばと広範囲に及ぶ
キンプリ公式はスッスッスの感想をツイートする時のハッシュタグとして「キンプリみたよ」を推奨していたが、関係者の目にも触れやすいことから
敢えてそのタグを使用し、全レスに対する苦言をツイートする人も出てきた。
そのためか、第3章の公開舞台挨拶では出演声優が応援上映に言及する場面も。
舞台挨拶で応援上映でのポイントを質問された際、寺島さんが 「シリアスなシーンは言いたいことを我慢して見守っていてほしい…キャラが辛いときはみなさんも耐える… そしてそのあとのプリズムショーではその分たくさん応援してほしい」 みたいなことを仰られていてこの人が主演でよかった…と思った
キンプリ舞台挨拶、ながにゃんが「応援上映は無理に応援で埋めなくていい。例えばレオくんが●●(観た人はわかると思う)されてるシーンで『がんばれー』って言うのはちょっと違うでしょ。」みたいなことを言ってたのに1000000IIZEあげたい
※レオくんはジェンダーレスっぽいことで思春期に差し掛かる小5の時に学校で壮絶ないじめを受け、その後不登校になる(7話)
それでも全レス女はおよそ応援とは言えないヤジ大喜利をやめず、作品の公開は5月4日の第4章へ。
第4章は物語の核心とも言える「プリズムの使者」に関わる二人のストーリーであったことから、より一層シリアスな内容になっていた。
意を決して応援上映に足を運んだファンからも口々に「静かだった」「声を出すところがない」との報告が寄せられる。
ところが、5月7日にバルト9で行われたDJパーティー回(2回め)で事件は起きた。
バルト9では、キャラクターの誕生日を祝うDJパーティーつき上映が誕生日近辺の日程で行われている。
映画の上映に加え、TRFのDJ KOOさんが登場してキャラクターソングやTRFの曲を流して盛り上げてくれる楽しいイベントだ。
応援上映→上映後DJパーティー、上映前DJパーティー→応援上映 の2回まわしが恒例。5月7日も同様に行われた。
1回めの応援上映は比較的平和に終わり、DJパーティーも盛り上がって終了した。
2回めは上映前のDJパーティーである。1回めに参加したファンも多い中、そのボルテージを上げに上げてしまう事態が起きた。
出演声優がプライベートで参加していることを紹介され、さらにその後、スッスッスからキンプリに興味を持ったことをファンから好意的に受け止められた
とある有名お笑い芸人までもが登場してしまったのだ。ジャスティス!
シアター内は映画館とは思えないほど盛り上がり、DJパーティーは間違いなく過去最高の盛り上がりをもって終了した。
KING OF PRISM DJ Party!!毎月DJをやらせてもらっているけど、TRFの曲が令和の時代にも、また新しい形で沢山の人達に笑顔で楽しんでもらえることが何より嬉しいです!! 感謝しかない!! #kinpri #サンシャイン池崎 #五十嵐雅 #DJKOO
https://twitter.com/DJKOO_official/status/1125785713767698432
ファンは文字通り「興奮冷めやらぬ」状態で第4章の応援上映に臨むことになった。
が、いくらDJパーティーが楽しかったとはいえ、上映されるのは第4章である。見たら体調を崩すとか、M型使者シャインさんのショーが頭から離れないとか、
涙でスクリーンが見えないとか、そんな感想ばかりが出てくる第4章である。先程の1回めの上映もそれなりに静かだった。心を落ち着けて静かに見よう。
そう思った人が多かったはずなのである。
だがしかし、その上映回に参加していた全レス女は興奮したまま全レスヤジ大喜利をやり遂げた。
上映後、ツイッターには「パーティーは楽しかったのに台無し」という苦言が溢れた。ここまではいつも通り(こんなことがいつも通りなんて最悪なのだが)
だが、この日はキンプリのファン以外もDJパーティーに注目する結果となる二人のツイートが拡散する。
当該ツイートは拡散されすぎたために本人が削除済だが、あまりの揺れに辟易した、何とかならないかという内容だった。
ツイート主はキンプリのファンでもあり、DJパーティーも制限されてしまったら悲しいのでやり方を考えてもらえれば…ということだった。
パーティーの参加者は一様に思い返した。「盛り上がったもんなあ…」と。椅子から立ち上がり、キンブレを振り、飛び跳ねているのである。
参加している側は正直楽しくて仕方がない。ただ、映画館でやることかと言われると、実際そうではないなという意見が参加者からも多く挙げられた。
大拡散のきっかけになったのはむしろこちらだろう。映画を見ていたら席の揺れを感じ、それを前の席の男性に自分のせいだと誤解され、ジュースをかけられてしまったそうだ。
ネットニュースにも取り上げられ、一時的に大きな話題になった。
女性タレント自身はどこの映画館で何を見ていたのか明らかにしていないが、そこで上のツイートと関連付けて「DJパーティーが原因なのでは?」との憶測が拡散したのだ。
何も知らない一般の人は「DJパーティーって何?」と検索し、そこでやたらと「バルト全レス女」というワードが出てくることに気づく。
思わぬ形でキンプリファン以外にも「バルト全レス女」の存在が認知されることになった。さらにそのワードで検索すれば、当事者でなければ面白おかしく見えるであろう
苦言の数々が大量にヒットする。
また、普段の応援上映と違い429席が満席だったDJパーティー回において、「全レス女はあの辺りに座っていた」「こんな外見だった」などのツイートもあった。
上映中の迷惑行為についてはスタッフに伝えれば退場処分も有りうるという確認情報を挙げ、次に出くわしたらそうしてやるという決意表明も見られた。
翌日以降もバルト9での応援上映は行われたが、DJパーティー回があまりにひどかったため「全レス女がいたら嫌だな」と言いながら上映に足を運んだ人からの
「いなかった、平和だった」という報告が見られるようになった。全レス女は基本的に毎日いると思われたため、その後も「いなかった」報告が続くのは珍しい。
さすがにDJパーティーの件で拡散してビビったのか?あれだけ炎上しても毎日続けていたのに?とも思うが、5月17日現在、確固たる目撃情報はまだない。
※ただし第4章で厄介認定されたヤジを飛ばす者はいる模様、全レス女かは確認されていない。
前述の通り、バルト9では応援の音声を収録し、副音声としてテレビ放送で流している。
第5話が放送された翌日の5月14日、このようなツイートをする人が現れた。
これが全レス女ではないかとの憶測が広がり、疑われた本人が自ら否定ツイートをするという事態になった。
バルト全レス女の子だと疑われてるらしいので一応弁明させていただきたいのですが、わたしはVTuberとして活動する予定ですので、リスナーや同業の方にいることを伝えるためにツイートしました。皆さんがツイートされているような所謂野次の応援はしていない(つもり)ですし、むしろ嫌っている部類です。
バルトにはそんなに行っていないですし、居住地的に気軽にしょっちゅう行けるわけでもありません。目撃情報?が出ている浦和にも行ったことがありません。また、全レスさんは複数人でいることが確認されているようですがわたしは基本ひとりでキンプリをみております。
自意識過剰の勘違いでしたらとても恥ずかしいのですが、濡れ衣を着せられているようで心苦しいので把握の程宜しくお願い致します。
さすがに気の毒なのでリンクはしない。
「副音声にわかりやすくいるということ事態が迷惑」という声もある。つまりは皆が発声を控えるようなシーンで声を出しているということか?と思っての
発言かもしれないが、彼女は今回のことで応援上映での発声は心理的にしにくくなったと思う。
(シンくんも「愛のある応援をよろしく」と言っているので、応援がふさわしいシーンでは過度な我慢を強いることはないと思うよ)
バルト9で5月19日に行われた第4章の副音声収録には姿を見せなかった模様。
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また、5月25日にはイオンシネマ海老名で過去のプリティーシリーズを含めたオールナイト上映イベントが行われることが発表された。
今夜も寝かさない!5/25(土)キンプリオールナイト上映決定! 「プリティーリズム・レインボーライブ傑作選」~「KING OF PRISM -Shiny Seven Stars- IV ルヰ×シン×Unknown」まで合計8本を良音「THX」で連続ジャンプ!#kinpri
全レス女はこうした事前に発表されたイベント上映を荒らすのが好きな様子なので、ここに来るのではないかという憶測もある。
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上記の海老名オールナイト上映で全レス女が出るのではと言われていたが、実際に迷惑な野次を飛ばす者がいたようだ。
敢えて言うけどプリのHiroxKojiのシーンで「何でもやる!」の後に全レス女が「枕?!www」って叫んできたんですね。今まで何度も本編見てるのであればこの言葉がどれだけ担当の人間を不快にさせるか分からないのかな。お前の妄想と二次創作を自称応援()してこないでほしい。全然応援できてねーからな
この後、時間が経つにつれ疲れたのか声はあまり聞こえなくなったらしい。
枕発言も同じシアター内にいながら聞こえていなかった参加者もいるようなので、それは爆音と名高いTHXの効果か。
海老名オールナイト、最終話ラストのルヰの台詞後に「どういうこと」みたいなツッコミ入れたやつ、寒すぎて余韻ぶち壊しだったのですが、どうやらそういう迷惑行為に勤しむやつ(全レス女?)がスッスッスから?出現するようになったんですね
これはバルト9で全レス女の目撃情報が途絶えてからも不定期に聞かれるもの。
元々全レス女が一人ではないこと、今や亜種・下位互換・チルドレンと呼ばれる模倣犯が出ているという情報もあることから、「全レス女」は迷惑行為をする者自体を表す概念のようなものになっているのかもしれない。
5月24日の某2.5次元ミュージカルに迷惑行為を働く観客がいたそうだが、それを「全レス女」と称するツイートも何件か見られた。
さて、ここ数日の間に新たなイベント上映が公式から発表されていた。
みなさんの声援に応えてプリズムシャワー上映会新宿バルト9とディノスシネマズ札幌劇場で開催決定✨✨ プリズムシャワー上映では、プリズムショー中の応援にオリジナル応援キットを使用してスタァを応援することができます💕 詳細はこちら☞ https://kinpri.com/event/detail.php?id=1075083
新宿バルト9では6月1日(土)23:00上映開始、ディノスシネマズ札幌では6月1日(土)12:00上映開始。
全レス女が出るとすればバルト9だと思われるが、チケットはものの数分で完売。
もし全レス女がチケットを得て参加するとなれば、5月7日のDJパーティー後上映のように興奮したまま理性を失い暴走する可能性がある。
海老名の参加者からは「さすがに疲れると黙るようなので疲れさせるのが良いのでは」との意見も出ているようだが、果たしてどうなるか。
チケットが取れなかったのか、海老名で再び注目されたことで萎縮したのか、バルト9の上映では迷惑なヤジはなかったようだ。
次回出没の可能性があるのは6月6日に新宿バルト9で行われる大和アレクサンダー生誕DJパーティー。
楽しいイベントを皆が楽しく過ごして帰るために、参加予定であれば今一度「愛にあふれた応援」について考えてみてほしいものだ。
6月6日に行われた大和アレクサンダー生誕DJパーティーでの応援上映にて、下記のような目撃(耳撃?)情報があった模様。
楽しかったんだけど、後ろの席の2人?3人??がバルト名物★全レス女共で、 Permalink | 記事への反応(1) | 11:26
外敵から身を守る必要のない現代において生命維持の面で(健康はさておき)筋トレの必要性は薄れている。
そんななか自分はなぜ筋トレをするのか、理由を考えてたらこんな問いが生まれた。
自信と自尊心って何が違うんだろうか。
あったほうがいいって言うけど、かといって在り方次第では嫌悪されるのはよくあること。嫌悪されるのは他者から見て能力が伴っていない時か?
自尊心・・・自分の尊厳を意識・主張して他人の干渉を受けないで品位を保とうとする態度。(広辞苑)
英訳するとself-esteem でありprideとは全く違う印象を受けるなぁ。
言葉を代えると自信は条件付きで自尊心は無条件と区別できるかな。(恋と愛の議論でもよくみかける...)
ファッションが自尊心を高めるというと疑問に思うけど筋肉が自尊心を高めると言われたら前者ほど違和感がないのは自分だけか...?
大元の問いに戻ると自信がつくのも筋トレをしている理由の一つな気がする。
ファッションでもいいけど先天的な体格に左右されるし、評価する他者が必要だし、コスパも悪い。
筋肉は健康にもいいし、物理的な力は数値化できるからね。どういう風につければ美しいかは要勉強だな。
次は自信はなぜあったほうがいいのか考えてみるか。
アレって、簡単に言うとオナ二ーです。
アラサーで独身の女です。彼氏はいるけど彼氏から断られてレスが続いてる状態です。
ぶっちゃけて言うと、めっちゃセックスしたいけど浮気はしたくないから寝る前に毎日アレしてる。
鬱病で不眠なんだけど筋弛緩てきな意味でもアレはすごく良さそう。
いい具合に脱力して眠れる。
最近はもう普通のAVとかそういうのじゃなくてPRIDEとかパンクラスの試合(寝技多め)の動画見ながらしてる。
マジでかっこいい。申し訳ないけど彼氏より好きになってきてる。
ごめんね。彼氏。でも肉体関係は持ってないし貴方が晶エリーとか紗倉まなてぃーの動画で抜きまくってるのも知ってるから。
お互い様だよね。
話は格闘技の動画に戻るけど、あんな強い男性たちとしたら激しいだろうし、私の大好きなスパンキングもしてくれそうな気がする。
汗にまみれたもちもちのお肌に包まれながら逝きたい。
青木真也氏のインスタライブにて北岡選手もスパンキングを相手の同意を得た上でするって言ってたからすごく興奮した。
私の本命選手ではないけど、そういう情報はマジでアレが捗るからありがとうと心から言いたい。
そんな彼らと繋がるためには彼らのいるジムの会員になったり、スポンサー関係の仕事につくことが良いのかな?と思うのだが
下心を持ってジムに入会するのは真面目にやってる人たちに申し訳ないからできない。
今はSNSで絡ませてもらって反応をもらうだけでもすごく嬉しい。
本当に好きになっちゃいそう。
そうなったら、彼氏には申し訳ないけどお別れしてから選手にアタックすることになると思う。
私は20歳近く歳が離れてても愛情に関係なんてないって思ってるから。
初体験は14歳の時に42歳の男性とだったしぜんぜん問題ない。
逆に燃える。
選手がパートナー持ちだったら諦める。都合のいい女になるのも1つかもしれないけど、選手や選手の大切な人の幸せを壊すなんてありえない。
普段はおのののかについて特になんとも思ってないが、RIZIN出演時の彼女については嫌悪している
PRIDE時代の藤原紀香も同様で、格闘技についてロクなコメントもできないのに呼ばれているタレントが嫌なのだ
お飾りとしてその場にいるだけの彼女たちは番組にふさわしくないと思っている
他に類似するケースとして、声優に挑戦する芸能人、いわゆるジブリ声優も嫌っている
まともな演技ができる人もいないわけではないが、たいていはプロの声優と比べて技量が明らかに劣っており苛立ちを覚える
しかしこの「○○は××なので△△にふさわしくない」といいう思考は自称フェミのキズナアイ批判と同じではないか
2015年自民党の武藤貴也が未成年男性を買春していたことに対して、北丸がTwitter上で発言
北丸雄二氏「「隠れホモ」はLGBTとは関係ない」に炎上 - Togetter
北丸雄二@quitamarco https://twitter.com/quitamarco/status/636591559358582784
武藤貴也の「隠れホモ」売春話をLGBTの話と結びつける必要はないと思います。
「隠れホモ」はLGBTとは関係ない。LGBTとは、自分を「私はLGBTの◯◯だ」と言える人たちが獲得したカテゴリーなのです。
「新潮45」2018年8月号『【特集】日本を不幸にする「朝日新聞」』に寄稿した『「LGBT」支援の度が過ぎる』での発言
例えば、子育て支援や子供ができなカップルへの不妊治療に税金を使うというのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分があります。
しかし、LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。
そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか。にもかかわらず、行政がLGBTに関する条例や要項を発表するたびにもてはやすマスコミがいるから、政治家が人気とり政策になると勘違いしてしまうのです。
2018/09/26付日刊ゲンダイ『ここがおかしい 小林節が斬る!』での発言
『杉田水脈議員“擁護論”の怪 「論として成立」していない』|日刊ゲンダイDIGITAL
LGBTに関する発言で「袋叩き」に遭った杉田議員を擁護する特集が載ったというので、「新潮45」を買って読み、驚かされた。
(中略)
(4)LGBTとひとくくりにすることがおかしい。T(トランスジェンダー)は「障害」なので医療行為を充実させるかは政治として考えていい。
(中略)
2018年10月11日に開催された「work with Pride 2018」での勝間の発言としてLGBTアクティビストの東小雪がTwitterに投稿(当該Tweetは削除されている)。
https://pbs.twimg.com/media/DpRd7NHU4AAkNYW.jpg
今年5月にカミングアウトされた経済評論家の勝間和代さんのメッセージ。カミングアウトされた時には、数十件の取材があり、その反響に驚かれたそう。
>>Bakabot27 id:masudatarou 日本でeスポーツは流行ってるが? 中年層には格ゲー、大学生~新社会人にはMOBA(LoL)が人気で、どちらもプロスポーツの興行が成立してる。LJL(プロリーグ)など、決勝会場に客が入りきらずに不満が出てるレベル。
>その本気さがある限り、プロ興行かどうかはさておいて、ゲーム大会は不滅だと思います。
さておくな。
ピエロ扱いを拒んでる所に悪いが、ゲーマー自身が見物するに値するコンテンツでもある。
しかし従来の大会はショーアップされてないから、会場の様子も地味だし、ゲーマーが映える大会になってなかった。
そこでeスポーツの出番という訳。Red Bull Tower of Prideは観たか?
賞金ってのは、大会の花形であるプロゲーマーを参加させるための要素。
「賞金がある事が出場する理由になる人なんて今まで見聞きした事がない」らしいが、プロが出場する理由になり得るのは確実。
そこからはもみくちゃの大乱闘に発展。「アイドルだからってナメんじゃねぇぞ!」地元・藤沢で鳴らした不良の血が騒ぎ、啖呵を切る中居。その直後、カメラの前に歩み寄るキムタクの背後で、ある光景が映し出されます。森クンが自慢の長い脚を目にも止まらぬ速さで旋廻させ、上段廻し蹴り一閃! いきった素人の即頭部を打ち砕き、一撃にしてノックアウトしたのです。
そのスピード・正確さ・鮮やかさは、00年代前半、PRIDEで活躍したクロアチアの総合格闘家ミルコ・クロコップにも引けを取らないクオリティ。アクション俳優の道を歩んでいたなら、ショー・コスギを超える国際派スターとなっていたに違いありません。
ハイキックされた素人が救急車搬送されたため、この一件は当然かなり問題になったそうですが、同時にメンバー間の絆が強まったとも後に語られています。空中分解してしまった今のSMAPには、もう一度この「森クンの一撃」を見てもらい、結束を誓った日の記憶を思い起こして欲しいものです。
これまでの話
「(民事)訴訟を起こされたという体験」序話
「(民事)訴訟を起こされたという体験」第一話
「(民事)訴訟を起こされたという体験」第二話
「(民事)訴訟を起こされたという体験」第三話
この増田を読んでる皆さんへ
第一話についているコメントに対して
登場人物紹介
「(民事)訴訟を起こされたという体験」登場人物紹介
さて、前回の話の続きとなるが「プライバシー権」とはどういう物かについてもう少し掘り下げた話をしておこう。
「住所」や「本名」を本人の承諾無く投稿される事は、民事法では「プライバシー権の侵害」に該当するのだが…。
Aは、そこまで説明してから大きく一呼吸入れ、説明を続けた。
「プライバシー(privacy)」という言葉の由来には諸説有るが、その一つとして「プライド(pride)」から来ているとする説があり、
法律学上は「プライバシー」は「プライド」から来た物であるとする説が有力視され、「プライバシー権の侵害」というのは平たく言えば
「住所や本名を許可無く公開された事で俺のプライドが傷付いたので訴えてやる」という意味合いの訴訟なんですよ。
...という事だそうだ。
それを聞いて私もOもNも笑ってしまった。
自分のプライドが傷付いたからという理由で訴訟を起こす馬鹿が世の中にどれだけ居るだろうか?
Kが想像以上の馬鹿だったという事が説明を聞いて良く解った。
しかも、二人相手に訴訟を起こすという事は合計で200万近い金をKは支払っている可能性が考えられるのだそうだ。
Aは、説明を続けた。
一般的には訴訟を起こされたら驚いたり相手を恐れたりする事が多いが「名誉棄損」や「プライバシー権の侵害」での訴訟は恐れる必要は無い。
訴訟を起こしたい程相手にダメージが入っている証拠であり、何よりこういう仕返しの様な形でしてくる訴訟を
弁護士をしている人達の間では「SLAPP(スラップ)訴訟」というのだそうだ。
SLAPP=嫌がらせ、つまり「嫌がらせ訴訟」なのだと。
突き詰めた言い方をすると、Kが起こした訴訟は「住所や本名を許可なく書かれた事でプライドが傷付いたので書いた奴に嫌がらせしてやる」になる。
そして、Aは言った。
「大丈夫ですよ。私がついた以上、こういう法律を嫌がらせに使う様な人には絶対に負けませんから。」
「法律を悪い事に使おうとする人は絶対に許さない所が、昔からAの良い所だよね。」
とNは笑っていた。
次回に続く。
自分はFtXで、パンセクシャル(男女トランス問わず愛せる)寄りのAセクシャル(性欲がない)と自認している。
積極的に性自認やセクシャリティについてオープンにしているわけではないが、聴かれたら答える。
隠しているわけでもない。
私が一番最初に「LGBT」について考える機会を持ったのは、外国人と言語を教えあうようなコミュニティアプリに参加していたところ、各国の性的マイノリティの方の集まるコミュニティを教えてもらったあたりだった。
元々興味深かったし、当時は曖昧だった自身の性の認識を確かにするために、英語など外国語は全く不得意ながら参加することにした。
当初私は何を指しているのかよくわからなかった。
なんで彼らは誇りを求めるのだろう。
それから数ヶ月経ち、自分の性別の違和、女性を強制されることに耐えられなくなって、制服を男性のものに変更してもらい、登校するようになった。
元々男子のクラスメイト達のグループだったし、あいつはそういうやつだ、となって、全く問題なく学校生活が送れた。
加えて、通学中にしても、わざわざ聞こえるところで悪口を言うような人もいるし、なんで女なのに?と見た目を変えてもなお女性を強制する人もいた。
体は女だが、見た目は髪型まで男に寄せている。
どちらに入ればいいんだ。
どちらに入っても通報されそうだ。
もやもやしているのは、制服まで男性に寄せた私はともかく、なんとなくオカマっぽいキャラクターの男子生徒が「オカマオカマ」と本人が否定していながら囃されることだ。私についてはそこまで執拗には言わないのに、中途半端だと茶化されるのか。
修学旅行の班決めの時は、男女別で分けたいという意見があったが、私がいたせいで基本的に混成の構造になってしまったのと、半端な性別ゆえに扱いにくいのか、これといったグループに参加していなかったのとによる「どこにいても迷惑なのでは」という考えに囚われ、少し仲のいい人にさえ声をかけられず、メンバーの希望は全く叶わなかった。
私は独りなのかもしれない、と初めて感じた。
制服を変える前に、スカートを履きたくなさすぎて不登校になっていたときにも思ったのだが、どこにいても罪悪感が付きまとってくるのである。
女性専用車両の話で「男と女」の対立構造の論を見ても、私はどちらにもいないんだな、と感じて胸が重くなった。
もしかしたらトランスやnonbinary(日本ではX)は透明人間、存在しないものとして扱われているのでは?とまで考えた。
そこでふと思い出したのが「pride」だった。
私は性別に負い目ばかり感じて、誇りが持てていない。
周囲の狭いコミュニティでさえ是とされていないと感じるものが、社会的に認められていると考えることは、若い私には難しい。
女性の地位向上のためのシステムが「男女差別」と言われるのは、彼らの目に写る男女の像が「平等」であることを指す本来好ましいことの筈なのだが、実際格闘技他のスポーツで特別に鍛えている女性でもない限り、男性の力に抗うことはできないのだから、「pride」が損なわれている状態になる。
一般的に自分の生まれもった性別に違和のない人のことをシスジェンダーと言うが、シスジェンダーの人でさえ誇りをもって「男」「女」として生きている訳でもないと思うのに、どうしてトランスが誇りを求めずにいられよう。
「ひとりの人間として」考えれば、男も女もトランスも何も変わらない。
ゲイでもレズでもバイでもヘテロ(異性愛者)でも、見た目だけではわからない。
それを何故排除しなければいけない?
そしたら周囲の理解や協力を求めるのも至極当然のことだろう。
女性専用車両の場合は話が難しいが、少なくとも性的マイノリティについてはこの理論で通せる筈だ。
ヘテロセクシャルの人が同性愛者を気持ち悪がるのは構わない。でも排除してはいけない。
あなたは偶然異性にしか魅力を感じないだけで、両性共に魅力を感じることのできる人は、普通にいるのである。
恋愛感情を持たないノンセクシャルの人だって、結婚や恋愛を強制されることなんて必要ない。
同性愛者の権利向上を唱えるのは、なにも「あなたも同性愛者になろう?」という誘いではないのだ。
Low-say の Rechow は hardcore sufferer、若くして名を Newcomer charts に連ね、major での活躍も期待されたが、性 keen high、meism pride 頗る厚く、newb に甘んずるを潔しとしなかった。いくばくもなく活動を縮小した後は、故山 Kark-lark に帰臥し、人と交りを絶って、ひたすら lyric に耽った。rapper としての名を死後百年に遺そうとしたのである。しかし、fame は容易に揚らず、生活は日を逐うて poor になる。この頃からその looking も sucking となり、曾て Newcomer charts に登場した頃の俤は何処に求めようもなかった。(中略)
Oh Oh Oh Oh
The moon rose higher, made me a tiger
Today my fangs and claws, beat all things
当時の bangs 俺ら共に bright things
お前は Mercedes 乗り回す official
中学生時代、実はその気があるのではないかと気がついてからはや数年がたった。幸いにも生来オツムの弱い俺は自身がマイノリティであることを深くは気にも留めず、それより目下のところの悩みは人間関係をうまく構築できないことにあった。
高校に上がるときに状況は変化した。うまく人間関係が行くよう、仮面をかぶることで自分自身を作ってしまえば良いと悟ったのである。高校生になるまでそんなことにも気がつかない程度には頭が悪かった。考えてみれば、あたりを見渡すと、みんな真っ白で、まるで自分には負い目がないかのように振る舞っていたのだった。美しい世界だった。互いが互いを牽制し合うことで、負の部分は徹底的に平らかにされ、狭い学園内に、その生態系特有の標準像が形作られていた。もちろん、個々に特徴はあった。しかしそれは決してマイノリティではなかった。それを知った途端、皆がよそよそしくなり、あるいは全力で忌避しだすような。
まんまと学園の標準像を手に入れ、学園内における人間関係に満足できるようになった俺は、初めてやっと自分がマイノリティであることそれ自体を直視し、その孤独に深く怯えた。暇ができれば「ゲイ 割合」でググった。ググったところで孤独がどう収まるわけでもないのにね。けれど、動揺は表に出さないようにして、ひたすらに勉学に打ち込み、孤独と不安がよぎりながらも結局はマイノリティであることを見ないようにする努力を重ねた。
大学に入った俺は、Twitterで界隈の情報を知るようになっていた。そもそも自分自身が性的志向を隠していたこともあり、いわゆる「お仲間」は一人も知らなかったから、出会う人達が本当にLGBTsであることが信じられなかった。
そこには様々な人が暮らしていたのであって、ウェイ系や趣味を謳歌する者、社会人や地味な者が渾然一体として存在していた。それはもう殆ど社会と変わらないのであって、一つ違うのは皆がマイノリティであることだった。彼らは一緒にコミュニティを形成し、つるむことで根底にある孤独を紛らわしているかのようだった。
そして同時に、ネット文化(淫夢など)やネットでの論調を目にするにつれて、俺にある疑問が浮かぶようになった。
「LGBTsであることはそんなにも悪なのか」
一部のLGBTsに対して進んだ国・都市ではPrideを大きなスローガンとして、市民権を得られるような活動が続けられてきた。日本にもPride文化は輸入されたのであって、実際にパレードも行われているし、わりと盛況しているようだ。だけど、違うんだ。そうじゃない。そもそもそれらの国・都市はアイデンティティや個性を重視する文化を長い間かけて育んできた。この文化が素地としてあってこそ、LGBTsにかぎらず、他の多くのマイノリティも声を上げることで市民権を得ようとしてきた歴史がある。だから、Prideなんて言葉を使うようになったのだろう。
でも日本はそうではない。少なくとも日本にはアイデンティティや個性を重視しようという文化はない。こんな文化は自然発生するものではないのであって、意図的に育んでいくものだ。日本は残念なことに育んでは来なかった。日本において個性を尊重しているようにみえるのは、実際には個性を見世物にして消費するか、あるいは黙認という形式を取り、なかったことにするかにすぎない。高校時代の美しい世界もまさにその通りで、別に性的マイノリティに限った話ではなく、ひたすら皆が標準像を追い求める一方、標準像として収束される先にも残り続ける、ただひとつの「日本人」という個性の姿や文化といった共有資産が賛美されることに満足を得る人間も出現し始めた。マイノリティに関して言えば、ゲイのアイコンとしての「オカマ」や「淫夢」は見世物として消費され、その他のゲイはなかったことにされている。そんな国でPrideなどと言ってみても滑稽なのだ。だからこそ輸入されたコンセプト・スローガンでは対処ができない。
ゲイが理解されないことの一つに、「自分にも危害が加わる可能性があるから」というのがある。でも、考えてほしい。人が自分に好意を持ってくれることは少しも危害ではないのではないのではないか。そもそも性的暴力で実力行使に出るような輩は、ゲイを理解云々の以前に一定確率で行使しようとする。でもそれは、ヘテロ男性の中に女性を強姦する人がいるのと変わらないので、ご指摘には当たらないような。
そして、ゲイのくせにヘテロ男性に告白してきたらキモいというのもよくわからない。そのような人たちの中で、告白相手の女性がレズビアンである可能性を少しでも考え、躊躇した人間がどれくらいいるのだろう。結局、物事はすべてマジョリティが当然のこととして行っていることは当然のことで、同様のことをマイノリティが行おうとして、マジョリティの行動との間に違いが生まれた途端声高に主張し始める。マジョリティは自らの行動を顧みず、棚に上げた上で我々の一挙動を観察する。人から愛を向けられることがそんなに嫌なのだろうか。俺だったら、自分に魅力があるのだと知れて誇らしいことだと思うのに。
どんな社会を望むのかといえば、答えは明白で、「LGBTsの存在が当然のこととされている」社会だが、まあ無理だろう。こんな世の中じゃ。何か新たなネタが見つかるたびに、徹底して皆が食いつき叩き上げ、消費し尽くす。そこには様々意見が入るものの、結局はネタを消費する手段にすぎないから、意見は平行線上をたどったまま、次のネタ、次のネタへと移っていく。誰もが同じ生け簀から出ようともせず、古い水を変えようともしない。食い散らかした餌の破片と糞尿で薄汚れた生け簀の中で、同じ境遇であることに何故か安心感を覚える。そして誰も自分の意見を変えようとしない。それぞれが意見を表明し、その意見はどこか遠くへ流されていくのみだ。寛容などとは程遠い。日本の体質自体が変わらないと始まらない。俺だってなにも好き好んでこう生まれてきたのではないのに。
それにしても、「生物学的におかしい」とか「自然の摂理に反する」とか、「異常」「変態」「公の場には出ないでほしい」みたいな言説は読み飽きてしまった。もう死んでしまいたい。
高校時代の青春をギターの練習にささげ、ヤング・ギターを読んで教則ビデオを見ては「ああでもない、こうでもない」と試行錯誤に明け暮れる日々を送るギター・ヲタクだった現在40代の私にとって、
この4名が一緒のステージに上がって演奏するというライヴの情報を見たときはまさに目を疑った。仮面ライダーで言えば初代とV3とストロンガーとスーパー1が一緒に登場して戦うような豪華さなのである。
スタンディング席10,000円というチケット代に昨今の物価上昇の流れを感じながらも私は数ヶ月前からこのステージを心待ちにしつつ、ついに迎えた4/7、定時ダッシュの18:00で会社を上がり、そのまま一目散にお台場のZepp Tokyoへと足を運んだ。
これから綴るのはそんな私からの、ヒーローたちへの拙いラブレターである。
今回出演する5人の中では最も若く、私もインタビューで姿をチラッと見たことある程度の存在だったトシン・アバシ。当然音は一切聞いたことが無い。
8弦ギターを高く構えて演奏するスタイルを見て、「恐らくものすごいテクニカルで複雑な演奏をこなす人なんだろうな」と思っていた私の予想そのまんまの人だったので、何も新しい衝撃はなく、かと言って印象的なメロディがあるわけでもなく、ただただ早く終わってくれとしか思えなかった。
強いて言えば低音弦で鳴らすヘヴィコードがとても心地よく聞こえたくらいだろうか。
アバシの黙々とした独演会のラスト曲で共演したヌーノ。曲が終わってアバシが去り、残ったヌーノはユーモアあるMCで客席を温めてそのまま「Get The Funk Out」を畳み掛けた瞬間からもう会場は雰囲気が一転!「そうそうこれが聞きたかったんだよ」というオッサンオバサン大歓喜!
EXTREMEの「Pornograffitti」ツアーからかれこれもう25年は使い続けているであろうギター、WashburnのN4。無塗装で手垢だらけのボディ、もはや何回交換したのだろうか分からないネックの先に伸びた印象的なリバースヘッド、そのギターを腰の位置まで低く構え、細く引き締まった体で長い髪を細かく振り乱しながら、リアピックアップL-500特有のトレブルな音を、爪を黒く塗った細長い指を駆使してカリカリと弾き出すそのヌーノのスタイルは、25年前から全く変わっておらず、我々ギターキッズにとって永遠の憧れであり、ヌーノといえばそのN4を携えたスタイルこそがアイコンなのである。
ヌーノもおそらくファンのそういった思いをきちんと分かっているのであろう。ドラマゴッズの頃はほんの一時期だけ肥えていたこともあったが、昨今はさらなるワークアウトを続けてとても50歳とは思えない体型を維持している。
要は我々はそんなカッコいいヌーノが懐かしい曲を弾いてくれさえすれば良かったのだ。そしてそんな期待に100%応えてくれるかのように彼はEXTREMEの代表的なギターソロ部分をつなぎ合わせたメドレーで私を満足させてくれた。ありがとうヌーノ!
オジー・オズボーンの「no rest for the wicked」や「No More Tears」の頃は歴代オジーギタリストの流れを汲む印象的なリフとよく練られたギターソロで、私もよくコピーして練習していたザック・ワイルドの曲。
ソロ時代のザックといえば「Pride&Glory」こそが至高であり、その作曲センスとギタープレイがさらに輝きを増しているように私には見えたが、そこから何があったのだろうか、Black Label Societyなるバンドを組んでからというものの、知性がゼロのギタープレイヤーに成り下がってしまった。
かつての「Miracle Man」のようなスピーディかつメロディアスなギターソロは存在せず、適当にチョーキングしている以外はペンタトニックスケールをフルピッキングしているだけ。ダサい、ダサすぎワロタ。ZZTOPを意識してるのか長いあごひげも汚いだけだし、時折モニタースピーカーの上に立ってゴリラのモノマネをするのも「俺はこれだけアホになったぜ」と言っているようでかつてのザックを知る身としては寒くて痛々しくて仕方なかった。
彼に関してはとにかく「Pride&Glory」の頃のスタイルに戻って欲しいとしか言えない。よくあんな曲とスタイルでレコード契約が持続できるなと思うほどのダメダメっぷりである。
今回の5人のなかで誰が一番好き?と聞かれれば私は即座にスティーヴ・ヴァイと言う。中学3年生で「Passion And Wafare」を聞いて以来、未だに私のスマホの音楽ライブラリではこのアルバムがヘヴィローテーションしているし、私が今メインで使っているギターもIbanezのJEM7Vだ。
過去にヴァイ先生の来日公演は見に行ったこともあるし、ライブ・アルバムやライブDVDはすべてチェックしているうえに、YouTubeもかなりチェックしている。
したがってこれまでのGENERATION AXEのツアーでどんな曲を演奏していたのかについては知っていたのだが、そのうえで今回はどう私たちを驚かせてくれるのだろうというのが一番の期待だった。
ザックに「エイリアン」と紹介され、のっけからヘヴィな「Bad Horsie」という意外な選曲だったのが嬉しかった。しかし、使われているのはあのミラーギター。全弦1音下げ+6弦ドロップCという変則チューニングのこの曲にあのミラーギターを使っているということは、すなわち今日は「Building The Church」をやらないという意味でもあったのだ。これはちょっと残念だったが、ひとまず「Bad Horsie」の重厚な音を堪能することにした。
その後は「Racing the World」が続いたが、今回の短い時間で聞きたいのはコレジャナイ感は否めなかった。アメリカツアーでは「Now We Run」もやってくれたそうだが、そういうのが聞きたかった。
そして「Tender Surrender」。ライブでこれほど映える曲はない。何百回と聞いている曲だが、それでも聞くたびにブルっとくるものがある。そこからは「Gravity Storm」もやったがこの選曲もやはりコレジャナイ感があった。
あともう1曲やってほしいというタイミングでヴァイ先生はあっさりとラストのイングヴェイへとバトンタッチをした。最も思い入れのあるのがヴァイだっただけに、今回のセットリストはちょっと残念だった。
実は私、生でイングヴェイのライブを見るのは今回が初だった。ただ、古くはWOWOWのライブ中継や、DVD、YouTubeを通じてイングヴェイのライブはさんざんチェックしているので、どんなライブをする人なのかはとてもよく知っている。
まさに「王者」の呼称にふさわしい、自信に満ちた堂々たる立ち居振る舞いで、とにかくピロピロピロピロと弾きまくり、3秒に1回はギター回しをし、5秒に1回はピックを投げ、10秒に1回は片足上げをするイングヴェイの変わらないスタイルが私は昔からずっと好きだった。
冒頭から赤い照明にドライアイスのスモーク。そのスモークの中から登場するイングヴェイ。もう最高!
前半は知らない曲もあったが、中盤からは「イングヴェイといえばこれでしょ!」という曲ばかりでうれしかった。お決まりのパガニーニからの「アダージョ」からの「Far Beyond The Sun」はもちろんのこと、なんと「Trilogy」も爆速で演奏してくれた。
途中、例の「バディヌリ」を演るも、キーボードのストリングスがまったく聞こえず、これでどうやって演奏を合わせるんだろうとそのあまりのアンバランス具合に思わず笑ってしまった。また、片足上げキックの高さが以前よりも随分低くなってしまっていたが、53歳という年齢を考えればそれも致し方ないだろう。イングヴェイはこれでいいのだ(笑)。
また、意外にうれしかった選曲がオーケストラとの共演曲である「Fugue」。当然バックにテープを回してのイングヴェイ独演会ではあるが、ずっとバンドの音が続いてきたうえでこのようなサウンドは良いアクセントだった。
ラストはヴァイ先生との共演による「Black Star」!個人的にはこの曲が今回のピークだった。まさかギターのハモリありの「Black Star」が生で聞ける日が来るなんて夢にも思っていなかったのし、その曲をヒーロー2名が一緒に演奏しているというのがもう感涙モノだった。
さぁ最後5人揃って…のはずが、最初はFrank Zappaの曲だろうか?知らない曲が始まり、弾いているギタリストもイングヴェイを除く4人だけ。あれ?イングヴェイは?このまま出てこないの?と不安になったところで「Highway Star」が始まり、ここぞとばかりにイングヴェイ様が再降臨。もう本人も分かっているんだね。どういう音楽なら自分が一番かっこよく振る舞えるかってことが。
しかし、リードギタリストが5人も揃って一斉に音を出してしまうと、聞いている方は「うるさい」としか言いようがない。とてもじゃないがじっくりと演奏を聞くのは不可能で、ただあの5人が一緒のステージに立って演奏しているという感動を味わうのが精一杯である。
かくして長い長い3時間半が終わり、会場を出たら時計は22:30前になっていた。足は棒のようになり、膝や腰にも痛みが来てしまったが、それでも私のギター人生において一生の思い出とも言える素晴らしいステージだった。この企画で来日公演を実現させてくれた全ての人々に感謝をしたい。