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はてなキーワード: CiNiiとは

2018-04-13

ネットに転がってる論文、先行研究にしちゃ駄目か

早稲田修士論文で、CiNiiやらには載ってなかったんだけど

指導教授名前はあるのに肝心の学生名前がない 使える内容なのになあ、勿体無い

2018-01-30

女性DVの多さ

女性DVの多さはもっと知られても良いだろう。

例えば次のような恋人同士のDV研究がある。

CiNii 論文 -  デートDV における暴力構造についてー頻度とダメージとの観点から

https://ci.nii.ac.jp/naid/120005557505

被害・加害経験の男女差については,相手威圧したり否定したりするという暴力において,女性男性よりも被害・加害経験率がともに高いという結果になった。

勘違いされがちだが、DVは「家庭内暴力」ではなく配偶者恋人など「パートナーから暴力」を指す。

また「デートDV」はデート中だけでなくパートナーとの関係内のなかで発生するものすべてを指す。

データ簡単に抜き出してみる。

行為での被害/被害経験したことの有る人/無い人の%

「高ダメ」は被害を受けた時のダメージが大きいと感じたか割合(%)

被害男性被害男性被害女性被害女性加害有男性加害無男性加害有女性加害無女性ダメ男ダメ女性
脅迫身体暴力23.276.816.583.519.780.327.572.5  
物を投げられる14.385.73.896.211.388.7158537.533.3
殴るふりや物を投げるふりをして脅される10.789.36.393.711.588.58.891.35075
顔や身体を殴ったり叩いたりされる14.385.75.194.96.593.523.876.362.525
あなた凶器を見せて脅す8.991.12.597.58.191.91.398.810050
「分かれるなら死んでやる」と言われる16.183.911.488.66.593.51.398.877.850
監視・行動の制限53.646.467.132.962.937.173.826.3  
いつも一緒にいることを要求される28.671.435.464.632.367.742.557.537.548.1
友人との付き合いを制限される23.276.820.379.72179158561.581.3
いつも行き先を告げさせられたり、報告させられたりする37.562.5435735.564.543.856.34550
相手好みの髪形や衣服指定される41.185.951.948.135.564.5604017.432.5
無断で携帯メール着信履歴を見られたり消されたりする19.680.412.787.312.987.18.891.34070
威圧否定505073.126.972.127.987.512.5  
自分が怒るのはあなたが怒るようなことを言ったからだと責め、あなたが悪いといわせる17.982.130.869.2297158.841.39083.3
意に沿わないと無視される23.276.822.877.235.564.5554569.288.9
あなた否定したり、あなた意見を認めない44.655.4623862.937.1802062.572.9
腹を立てたとき、大声で怒鳴られる19.680.412.787.319.780.326.373.854.590
あなたを人前で馬鹿にしたり、笑い者にする30.469.627.872.237.162.953.846.331.342.9
性的暴力10.989.135.464.630.669.410.890  
セックスを無理強いされる9.190.915.284.811.388.701004091.7
無理やりキスされたり体を触られたりする10.989.130.469.622.677.48.891.35079.2
コンドーム使用する避妊に協力してくれない7.392.713.986.117.782.32.597.57581.8

一般的DVというと物理的な暴力イメージする人が多いが、実際にはその種類は多岐にわたる。

ドメスティックバイオレンス - Wikipedia

身体暴力以外が軽視されがちな現状は好ましいとは言えないだろう。

暴力の種類別検討においては,精神暴力身体暴力性的暴力より行使されていることが明らかとなった。「好きだから恋人はいつも一緒にいたい」,「恋人には,自分の言うことをいつも受け入れてもらいたい」など,精神暴力愛という名のもとに相手支配していく側面がある。伊田(2010)は,被害者が束縛を愛だと考えてしまうことにより,DV 行為批判的に見られなくなり,被害を受容してしまうという構造があることを指摘している。

しかし,精神暴力身体暴力に先行することが示唆されている(O’Leary, 1999)。つまり精神暴力を軽んじることは,暴力エスカレートさせていく危険性も孕んでいる。


女性の加害率、被害率とも高いというのは女性はまんべんなくDVを行うが、男性側は恒常的にDVを行うものほとんど行わないものに分かれるということなのだろうか。

anond:20180130122438

2017-06-08

続・菱沼聖子

http://anond.hatelabo.jp/20170221115635

その後、この S さんが菱沼聖子モデルであることを確定する情報をいくつも発見した。

またこの人物の周囲にいた人物について CiNii その他で確認すると動物のお医者さんのサブキャラクターに似た名前人物複数存在する。例えば当時、漆原教授モデルである橋本信夫教授北海道大学公衆衛生学講座にいたわけだが、その当時彼の下に高柳助教授という人物がいる。これは作中病院にいた高屋敷助教授モデルなのであろう。

この事実から何がわかるか。恐らくハムテル、二階堂、おばあさんのみが完全オリジナルキャラクターなのであってサブキャラクターは S さんの周囲に実際にいた人物が多くを占めるのだ。この点について注意しながらマンガを読むと、作中大学で「イベント」を起こす人物は菱沼さんであったり、清原であったり、小夜ちゃんであったりする。ハムテルと二階堂は常に受け身だ。

まあこの件はいきなり 30 年後に現れたネットストーカーの僕が最悪だねという話なんだけど。

たぶん、ああい専門職を精密に描いたマンガというのを、このインターネット時代に描くことはなかなか困難だろうと思った。ああいものは、特定人物への長期間取材無しに成立させることは困難だろう。当時であれば、北大関係者であればあああれはあの人なのね、、、みたいな感じで分かる、という程度の話であっただろう。しか現代であればちょっと論文検索するだけで誰でもモデル特定できてしまう。

無論、佐々木倫子の「配慮」がかなり不足していたことは否めないのだが、まあ当時としては合格点ではないかしかし今、誰が何をやっているのかというのは検索可能な世の中だから完璧モデルを隠し通すことは難しいと思う。そのような状況で当時の動物のお医者さんほどに大ブームとなれば、モデルとなる人物へ深刻な弊害が起こり得ることは、想像できる。実際俺のようなどうしようもない奴がいるわけだ。

動物のお医者さん理系マンガ研究者マンガ金字塔であったから、これに続くマンガがどこかで描かれればそれは大きな、途方もなく大きな社会的財産になるだろうとは思う。ただそれはもう難しいことなのだ。

2017-05-25

二次創作小説研究目的引用することは研究倫理に反するか

結論:場合による

https://togetter.com/li/1113766

https://matome.naver.jp/odai/2149564479015738601

この辺見てると、「そうだよね」というものと「いやいやおかしいでしょ」というものがどちらもある。批判している人の中には文系の慣行に詳しくない人もいるようなので、しがない文系出身者が「文系だとだいたいこんな感じ」というのを提示してみる(「お前の感覚おかしいよ」という指摘があれば教えてください)

分析に用いている時点でこれは引用ではない」みたいなやつがおかしな意見の代表。いやいや、分析対象として使うのも立派な引用ですから

たとえば、「私が好きな○○さんの二次創作小説はマジ文学なので文学作品として研究対象にします」だったら、それがマイピク限定とかでなく全体公開されている限り無断で引用して差し支えない(他人の机の中にしまわれている黒歴史ノートを無断で引用するのは当然のことながら違法です)。10年前に20部だけ頒布された同人誌に載っている内容でも引用してよいし、「バナナ」とか「前立腺」とかい単語容赦なく引っ張ってきてこの表現の含意はとかここで使われている暗喩法はとか分析していい。

文学研究ってそういうものなんで。たとえばナボコフ研究では、英語版ロシア語版を照らし合わせて登場人物名前がどんなふうに変更されていてそれにはどういう意味が込められているかとかそういう細かな点を論ずる研究というのも実際あるし、そういう研究対象としての引用というのはまったく問題がない。作者に許可を取る必要もない。

それが本当に研究する価値のある文学作品であり、文学研究としての作法を踏まえているのなら、ラノベだろうが官能小説だろうが二次創作だろうが分析対象にしていい。異世界転生で俺TUEEEEEEであってもそこに文学として研究されるに値する何かがあるならガンガン引用することが許される。文学研究であるなら著者名と出典を明記することは研究倫理上むしろ必要不可欠だし、仮にそれで元の投稿者がマイピク限定にしちゃったりしても、このケースならそこまで研究倫理的に問題はない(と、私は判断する)。

現状、それをやっている人がほぼ絶無なのは

という理由であって、やっちゃいけないなんてことはない。二次創作書きから直木賞作家とかに登り詰めて死後に全集が作られるような身分になったら生前に書いたピコ手二次創作小説が掘り起こされて「若き日の習作」として分析対象になってしまうのも甘んじて受けよう。

しかし、問題は、これ文学研究じゃないですよね、という話で、テキストにあらわれる語の頻度を分析してフィルタリング機能に活かそうとかそういう研究だとまた違う話になる。たとえば「夏目漱石の作品中における接続詞の使用頻度」みたいな研究なら著者を明かすことに意味はあるけれど、この場合はそうじゃない。まあ一般的な語の用法分析じゃないからコーパス使えないことはわかるけど、「有害な表現のフィルタリングのため」という目的で用法研究するなら研究対象の具体的なURLと作者名は伏せた方がいいだろうし(これがまだせめて「“尊い”という語の用法」みたいに価値判断を加えていなければよかったかもしれないけど)、そもそも個々の作品のURLを列挙できる段階でちゃんとした研究とはいえないんじゃないんですかねふつうそういう研究なら、「○○新聞データベースで××年分の記事を検索して調べました」とか「pixivデイリーランキング上位20作品を平成××年△月から△月まで○ヶ月にわたって調査しました」みたいなデータになるはずで、分析対象が10作品だけって段階でサンプル少なすぎるでしょ。いやもちろんサンプルが少ないから悪いというわけではないけど(談話分析とかならたった30分程度のTV番組分析するだけで論文1本書けるだろうし)、フィルタリング情報工学的に考えるならまずサンプルたくさん集めないと話にならないというか……

pixivの規約に引用禁止と書かれている!」という主張はなんとも微妙だ。「は? それpixivの内輪ルールだろ? 著作権法上は自由なんだよ!」というカウンターも見られるが、そう簡単な話でもないと思う。

一般論として、引用は著作権法で保護されているので、それが適正な引用である限り(主従関係とか出典の明示とかそういうことね)自由に引用してよい。なので「無断引用禁止」と書かれている痛いサイト自由に引用して叩いてよい、ことになっている。そういう意味では、「支部の規約より著作権法の方が偉いに決まってんだろボケ」派の言うことは正しい(実際、著作権的にはこれ問題ないとみなされる可能性が高いのではと思うが、法学クラスタの皆さんその辺どうなんでしょうか)。

しかし、ここで問題になってくるのは

ということだ。

それを読んでいるということは、検索で行き当たった作品を引用しているのではなくpixivアカウントを取得してログインしそれらを読んでいるということだ。ということは、利用者としてpixiv規約を守る必要があるのではないか。少なくとも、利用しているサービスの規約に反して収集した情報を引用するのは、研究倫理に反するのではないか。

※追記:pixivの規約見たら「本サイト及び関連サイトアップロードされている投稿作品の情報を、当該著作者創作者)の同意なくして転載する行為」が禁止なのね。じゃあ、別に引用はしてもいいんじゃん。少なくともこの点で研究倫理がどうこう言うのは不当な非難だと思うので謝罪の上撤回します

たとえそれが個人的談話であっても、社会学文化人類学では引用してよい。「○○村の女性Aさん(45)が私に語って聞かせた結婚生活愚痴」なんてのも、これらの分野では立派な研究対象だろう。ただしその場合、事前に「私はこの村に社会学文化人類学の調査で来ているので、皆さんの発言研究に使います」と断る必要がある(増田にはフィールドワークの経験はないので、実際にどんなふうに許可を取るのかは知らない)。たとえそのような許可を取って滞在している村の住人の発言であっても、「これは絶対に論文に載せないでね」と言われたのに論文で引用したら、そらアウトだろうと思う。

だいいち仮に許可を取ってのことだとしても、社会学文化人類学研究なら普通は発言者をボカす社会運動指導者とかでもない限り、現代社会に生きる無名人の名前をそのまま載せるなんてありえない。ふつうは、AさんBさんとか、長門さん(仮名)と陸奥さん(仮名)みたいに処理した上で引用するの。

仮にそれが著名人であったとしても、使っちゃいけない、使うべきでない類の資料というのもある。たとえばちょっと前に、毎年ノーベル賞獲れなかったと騒ぎになる某作家さんの高校時代の図書館での貸し出し記録を調べてドヤ顔で記事にしてた新聞があったけど、と、図書館の自由に関する宣言~~~~~ってなりますよね(実際日本図書館協会激おこだった)。

これが歴史学だとまた話が違ってくるというか、たとえば、百年前の新聞投書欄分析して当時の世情を研究するみたいな研究は割とある。その投書欄に書いているのは農民だとか小役人だとか、まあ市井の人々なわけだけど、投書欄実名を載せているなら実名ごと引用され分析される(ていうかふつう実名をそのまま引用することはないけど、「○○という人物は次のように言っている」と地の文で書かれるとか、注釈で書誌情報の一部として実名が記されるとかはよくあること)。

ただし、これは「百年前の」「新聞への投書」だから許される話だ。書いた本人はたいてい死んでるし、遺族がいたとしてもたいして不利益はない。これがたとえば、公開を意図せずに書かれたお役所の文書だったらどうだろう(近代史でメインに使う史料というのはたいていこれだ)。もちろん、単に「○○という市民が食糧配給が少なすぎると文句を言ってきた」程度の内容なら実名を出してもいいだろうと思う。でも、それが故人の名誉を傷つける内容だったら? 徴兵された普通の人々がどのようにして戦争犯罪に加担していくか、という研究で、某中二病患者に人気の国の国防軍関係史料が引用された時には、登場人物の多くがイニシャルだった。

インターネットにおけるレイシズム、みたいな研究で、twitterの膨大な投稿分析発言者特定しない形で差別発言の例を挙げることは許されているけど、それが実際のアカウントと紐付けられる形で提示されたら、やっぱまずいんじゃないの。研究対象著名人であるとかなら別だけど(twitter右寄り発言ばっかりしてるラノベ作家がいたとしたら、その人の思想研究する上でそういうツイートを参考資料として引っ張ってくるのはまあアリだとは思う)、研究というのは告発のためのルポルタージュでも責任追及のための裁判でもないのだから(レイシズムに無批判であるべきだ、という意味ではないので念のため)。

それを考えると、やっぱりあそこで個々の作者さんの名前を出す正当性全然ない。出典の明示にしても、「○○というサイトで××年~××年にかけて上位20位に入った計△△作品を分析しました」でじゅうぶん。その上で個々の発言者特定されない形で「バナナ」という語の使われ方を存分に研究すればよかった。

=何が言いたいかというと、確かにあの論文研究倫理に反するけど、それは同人小説研究対象として引用することがいけないからではないので、批判する側も適切な論拠を選んだ方がいいですよ、というお話でした。

追記

何でこんなもんを載せたんだ、査読してないのか、という意見もあるけど、してないか名前だけのザル査読なんじゃないかなあ。これ、フルペーパーではなくて学会発表プロシーディングでしょ? 情報系は知らんけど、人文系だと学会発表で査読しないところもまだまだ多いですよ(内容が酷ければ質疑応答ボコボコにするか論文投稿時に査読で落とせばいい話なので口頭発表時点で査読が無いことは別に悪いとは思わない)。まあ、PDFとして載せちゃった以上は責任問われるのも仕方ないと思うけどね。最低限そこは査読なかったとしても編集委員会判断とかで弾こうぜ。

あとこれ多分M1の学生研究助教准教授が名を連ねてるだけだとは思うのだが、まあ共著者として名前連ねてる以上は責任を負うってことなんだろうし、実際M1の学生が袋叩きになるよりも准教授が叩かれる方がマトモだとは思うので、うん。

さらに追記

社会調査するならこれ読んどけ! 的なものとしてマサキチトセさんの翻訳が拡散されてる。

http://ja.gimmeaqueereye.org/entry/1758

マサキチトセさんの訳は丁寧だし、社会調査しようと思うなら必要だと思うけど、これこの件に関係ないよね? ごっちゃにしてない?

  • リンク先で言われている「社会調査」の例
  • 今回の調査は「ネット上に公開された小説分析
    • なので仮にあてはめるとするなら「図書館に行ってLGBT団体の機関誌を調べてどんな人がどんなことを書いているか分析する」に相当する
      • 普通、そういう調査をするに際して、当該団体の許可は要りません(その団体の会員にしか配られなかったので、その団体が所有する図書館でしか読めません、というなら別だけど)。当たり前だよ、侵襲性がないんだもん。今回のは、その文献調査で知り得た情報をどのように扱うべきだったかという話でしょ。何度も言うけど発表された二次創作を無断で分析するのは原理的にはやっていいんですよ
  • なのでこれは、医学や文化人類学社会学フィールドワークとは根本的には違う話です
    • それらの学問では、患者さんや調査対象の人たちに時間を割いてもらって、必要とあらば彼らの社会に住み込むことによって、個人情報も含めたデータ提供してもらいます。侵襲性が高いというのはそういうことです。それらの学問では調査すること自体が彼らに迷惑をかけてしまうことになるんです。だからちゃんと事前に許可を取ったりしないといけない。でも、インターネットで公開された文章を検索したり、図書館雑誌を探したりするだけなら、調査対象に迷惑はかかりません。だから調査対象にいちいち許可を取る必要なんてありません。ただ、それによってセンシティヴな情報が得られることもあるし、それは研究発表のときに注意しないといけない、という話

もいっちょ追記

いちおう言っておくと、

  • 法的に問題があるか
  • 研究倫理として問題があるか
  • 研究として優れているか
  • ムカつくか

ってこれ全部別の話だからね。

正直、腐女子研究者研究者コミュニティに不信を持つのは当然だと思うし、それは腐女子面白いオモチャとしか見てこなかった研究者サイドの自業自得なので、「法的に問題がないことはわかったけど、あいつらのやっていることは信用できない」と思うのは無理ないです。その感情を否定したいわけじゃない。ただその感情の根拠としてぼくのかんがえたちょさくけんほうとかわたしのかんがえたけんきゅうりんりとかを振りかざさないでほしいだけ。正しい認識の上に立ったところで研究者に対する信頼が急に生まれるなんてことあるわけないんだし。

ぶこめに応答

id:p_papua

研究で「引用」というと文献リストに載せるやつなので,今回の件では研究用語的には「引用」では無いんじゃないかなあ。法的には分からない。pdfは全発表のを出してるんだから,いちいち弾いてらんないでしょ。

文系では文献リストは必ずしも必須ではないのよね(この辺、理系からすると何それかもしれないけど)。たとえば文献情報を全部脚注で書いちゃうやつだと文献リストはなくてもいい(だって書誌情報、つまり引用元の出典は脚注で示しているんだから論文の最後にリストとして挙げる必要はないでしょう? もちろん脚注にきちんと文献情報載せない場合は文献リストが必要ですよ)。あと、参考文献リストにない文献を引用するときに注で補ってもいい。

これ日本だけのローカルルールじゃなくて英語圏でもあるからね。たとえばNationalism and Ethnic Politicsなんかはこの方式のはず。

いちいち弾いてらんない、ってのは、せやな。こんな発表が許されるなんて学会研究倫理はおかしい! とか騒いでる人もいて頭が痛いよね。アホか。

id:catsnail

こうして燃えてる時点で侵襲性があるということになるのでは。「衆目に晒された→恥ずかしい→公開をやめる」が「過剰反応」だとしてもそのせいで研究対象は消えてしまったわけで。

ここで言ってる「侵襲性」ってのは、研究発表以降の話じゃなくて研究をする段階の話です。つまりデータを採る段階。

医者さんだったら、患者さんを診察室に呼びつけて、服を脱がせて、相手が医者じゃなければ屈辱的な姿勢(ケツの穴を見せるとかね)をとらせたりして病気を診察して、それで病気や怪我のデータを採るわけですよね。社会学だったら、時間を割いてアンケートに答えてもらったり、面談してもらったりする。文化人類学なら、調査地に住み込んで、同じメシを食って家族の会話に割り込みながら相手の文化を学んでいく。そういう研究手法が、侵襲性のある、侵襲性の高い研究だってことです。

こういう研究をするときには調査される側の同意が必要だし、データをどこまで公開していいか決める権限は調査される側が持っている、というのが、あちこちで訳知り顔で語られている社会調査の鉄則です。

でも、文献調査はそうじゃない。いったん公開してしまった情報であれば、それを調べる段階では調査される側=文章を書いた人にとっては基本的関係のない話。だってそうでしょう? いったん公開された情報については、研究者は、本屋さんで本を買ったり、図書館雑誌バックナンバーをあさったり、パソコンの前でマウスポチポチするだけなんですよ? これにいちいち事前の同意が要るという主張はどう考えてもおかしいわけで。

id:nt46

医学論文でもカルテ調査するなら患者本人には(直接的には)迷惑かからず、それを氏名つけて公表したあとに患者本人に影響出る可能性が出てくるわけで"根本的に違う"というのがよくわからん

カルテって、出版されたり、数万人の会員がいるSNSにアップロードされたりしてるんですか? 根本的に違うってのはそういうことです。当たり前ですけど、二次創作小説でも「作者が誰にも見せずにしまっているもの」「数人の親しい友人以外には見せていないもの」を引用するには許可が必要だし、無断で引用したら大問題ですよ。

id:drunkghost

会員制で見たい人だけが見られるようにしてある物を引っ張り出してきても許される、引用や研究ってそんなに万能なんです…?

少なくとも引用は万能です。数人の仲間だけにパスワード教えて見せてたならともかく、捨てアドがあれば誰でも会員になれて、数万人規模の会員がいるところに、会員なら誰でも見られる状態で置いてあるものは、著作権法上公開されたものと考えていいと思います。なのでそれが適正な引用方式に従っていれば引用はオッケー、お国の法律が認めてくれてます。やったね!

(ていうかその理屈だと、お金払わないと読めない学術雑誌掲載された論文は無断で引用しちゃいけないことになりますけど、それでいいんですかね……? NatureとかCellもウカツに引用できない世の中、やばくね?)

研究はこれから議論されていくところなんじゃないかな。少なくとも昔は、書かれたものというのは「書店や図書館に流通し誰でも読める状態に置かれる」か「私家版としてごく少数の人のあいだで流通するか机の引き出しで死蔵される」の二択だったわけですよ。「数万人の会員がいるサイトで公開されてるけど一般公開はしてません」なんて状況、想像もしてなかったでしょ。この辺は今後頭を悩ますしかない。そういうめんどくさいのが嫌な人は歴史学とか古典文学とか考古学とか関係者が軒並み死んでる学問をやりましょう。

id:ajtpyomkptm

二次創作研究対象になるなんて前例がなく誰もそんな想定をして書いてない。これは前例がないことだということを頭に入れていきなり研究の場に引き釣り出されて心の準備が追い付かない人の気持ちも憂慮してほしい。

前例はあります

今手元にないんで間違ってたら申し訳ないんですが、2004年に男性向け作品での美少女表象研究した本が二見書房から出ていて、バッチリ同人誌も引用されてたような。手元に確実にあるやつで確認すると、2009年に創刊されたコンテンツ研究系の学術誌に載ってる尾道聖地巡礼史を論じた研究では、聖地巡礼同人誌が引用されてます。探せば同人誌を引用した研究もっと出てくるんじゃないかな。コンテンツ研究だと痛絵馬分析とかもやってるし、そこまでおかしな事態じゃないです。この辺の学術動向知ってれば「前例がない」なんて発想こそ出てこないですよ。何を今更。

まあ、素人さんがそういう学術動向知っとけ、って無茶ですよね。でも、これでわかったと思うけど、学術って開かれているけれど閉じられた世界なんです。興味のないことには誰も目を向けない。同人誌も同じです。女性向けの島中に置かれてるマイナーCPの薄い本なんて、理屈の上ではコミケ来場者全員に買う機会があるけど実際に買うのはごくごく一握りでしょ? はっきり言って今回の論文だって似たような位置づけなわけですよ。知らない場に引きずり出されて不愉快に思うのはよくわかるし、同情もしますけど。

あとこれ言うと揚げ足取りなっちゃうんであまり言いたくないんですけど、『アララギ』とか『白樺』だって同人誌だし(ていうかあっちが元祖)、そういう意味での同人誌ってたくさん研究で参照されてるし、CiNiiで「同人誌」で検索かけたら戦時中の誰も読んでないようなマイナー文芸同人誌を詳しく紹介するみたいな論文がヒットするわけですよ。同人作品だから引用しちゃいけないとか研究の場に引きずり出してはいけないって言われても、それどこの星のルール? っていう感じがします明治文学研究とかルール違反百貨店や~。

追記

これ発表してから2ヶ月近く経って、いろいろ考えましたが、やっぱり私は研究倫理には反してないと思いますね。人に不愉快な思いをさせることがすべての局面において研究倫理に反するわけではないし、やっぱり引用の権利は厳然としてあるので、そこを突っぱねるのは筋悪かな、と。

2017-04-13

日本死ね学問的で語られたのか

いまいち論文をどう探せばいいかからないためCiNiiあたりで検索しただけ

岡山大学のなんか悪ふざけっぽいやつだけ見つかった

まり大真面目に日本死ね現象について考察された論文はないということでいいのかな

2017-03-14

http://anond.hatelabo.jp/20170314125940

この手の研究はもうされてるよね?

ciniiとかで論文探してみるね、それで見つけたら報告するね。

2017-01-14

http://anond.hatelabo.jp/20170114155348

明確な目標があるのに、もったいない

ネットだと、情報が多すぎるのかな

javascriptかな?と思ったけど、ruby

ifもforもでてこなくてスマ

eachが形を変えたforです

いろんなとこからコピペ量産して、2時間近くかかりました^^

api取得はすぐだったけど、json、hash、arrayでごにゃごにゃ)

rubyソース

# ライブラリ
require 'net/http';
require 'uri'
require 'json'

# 検索文字
$q = 'http://ci.nii.ac.jp/books/opensearch/search?q=%E7%B3%9E&format=json'

# web-apiから取得
# https://support.nii.ac.jp/ja/cib/api/b_opensearch
def search(q)
    uri = URI.parse(q)
    json = Net::HTTP.get(uri)
    result = JSON.parse(json)
end

=begin
取得データ1件サンプル
{"title":"糞土",
"link":{"@id":"http://ci.nii.ac.jp/ncid/AN00094249"},
"@id":"http://ci.nii.ac.jp/ncid/AN00094249",
"@type":"item",
"rdfs:seeAlso":{"@id":"http://ci.nii.ac.jp/ncid/AN00094249.json"},
"dc:date":"1953",
"dc:creator":"糞土会",
"dc:publisher":["糞土会"],
"prism:publicationDate":"1953",
"cinii:ownerCount":"8"},
=end

# データ整形
#
# 入力データ構造
# {"@id":"http://ci.nii.ac.jp/books/opensearch/search?q=%E7%B3%9E&format=json",
#  "@graph":[ { "items":[ ,,,
#
# 出力(ハッシュ)
# {title => dc:date ,,, }
def format(hash)
    title_date = Hash.new

    # ハッシュキー"@graph"の値の配列の先頭のハッシュキー"items"のハッシュ配列を取得
    items = hash['@graph'][0]['items']

    # タイトル出版年を取得して、戻り値ハッシュへ追加していく
    items.each do |item|
        title = item['title'].chomp
        date  = item['dc:date']
        title_date.store(title, date)
    end

    return title_date
end

# 並び替え
def sort(hash)
    hash.sort_by do |key, value|
        value
    end
end

# 出力
def print(hash)
    hash.each do |key, value|
        puts "#{value}年 #{key}"
    end
end

# メイン関数
def main
    # web-api検索して、
    result1 = search($q)
    # データを整形して、
    result2 = format(result1)
    # 出版年で並び替えて、
    result3 = sort(result2)
    # 出力する
    print(result3)
end

# 実行
main

rubyスクリプトの実行結果

C:\Users\unko\Desktop\prog>ruby webapi.rb
1848年 人欲辨 (じんよくべん)
1870年 雀糞論説
1920年 青瓷説
1933年 管内ニ於ケル鶏糞ノ利用状況
1947年 糞尿譚 : 小説1953年 糞土
1955年 黒い裾
1955年 形成
1959年 石糞
1972年 糞 : 海田真生個人文芸誌
1972年 乳幼児糞便図譜
1987年 糞尿と生活文化
1991年 皇居と糞尿と大嘗祭 : 皇居「糞尿」裁判を支える会ニュース
1995年 糞袋
2000年 糞尿史 : 遷都は糞尿汚染からの逃避だった
2005年 「糞尿」大全
2007年 糞虫たちの博物誌
2008年 うんちのはなし : う~んとげんきになる
2009年 糞神

2016-09-03

二重(ふたえ)と日本人

突然だが、私は外見にコンプレックスがある。

私は一重(ひとえ)、それもかなり腫れぼったいタイプの一重だ。生まれからずっと、自分のまぶたを呪い続けてきた。

一重が嫌で仕方がないので、私はアイプチ(まぶたを固定するノリのようなもの)を利用して二重を装っている。

毎晩寝る前にアイプチを使って二重を作り、そのままの状態で寝て次の日はアイプチを落とし、さも生まれつき二重であるように装って生活を送っている。

この習慣を続けたおかげでまぶたにクセがつき、前日アイプチしなくても次の日も二重で朝を迎えることができるようになってきている。

アイプチを使いすぎるとまぶたの皮膚が伸びて老後酷いことになるそうだが、数十年後にはもっと安く簡単に整形手術が受けられるようになっていることを祈って今はゴリ押ししている

…と、私の話から入ってしまったが、本題はもっと別のところにある。

私はアイプチを使い始めてからずっと、

「(若い日本人ほとんどは一重であるはずなのに、テレビに出ている若い人のほとんど全てがキレイな二重なの、おかしくね???

と思っている。悶々としている。

ちなみにこの考えにはいくつか注意書きが必要で、

(1)歳を取るとまぶたの脂肪が落ちて皮膚が薄くなるため、生まれた時は一重の人物でも歳を取って二重になることは結構ある。つまり、年齢層の高い二重の人は多い(はず)

(2)男性の一重or二重が重要視されることは女性比較して少ないので、テレビに出てる人でも一重の男性結構多い。

(3)ただしジャニーズを見れば分かるが、女性ウケを狙う「若いイケメン男子ほとんどは二重まぶたである

ということをツッコミをさけるために先に断わっておく。

私はまぶたにコンプレックスがあるので、コンプレックス意識し始めてからずっと他人のまぶたに注目して生きてきた。だからこそ言えるのだが、ほとんどの若い日本人はやはり一重まぶたなのである(ちなみに私は大学生なので、基本的若い日本人のまぶたの傾向しかからない)。これは男女両方に言えることで、どう考えても一重まぶたの人が多い。私の主張に疑問を持つ人は一度小学校中学校卒業アルバム個人写真ざっと見てみればいい。化粧も整形もしていない少年少女ほとんどのまぶたは一重のはずだ。

それでもって若い女性の多くは私と同じようにアイプチを使って二重まぶたを装っている。言い忘れていたが、アイプチは完全な一重まぶたの人のみが使うのではなく、奥二重の人が綺麗な二重に形を整えるのにも用いられるので、今では結構多くの若い女性アイプチやこれに準ずる化粧品を使っている。さらに、男性がこのアイプチを使うこともある。整形手術をせずとも誰でも二重まぶたになれるのだから、かなり便利(?)な世の中になったのだ。

別に独自客観的統計をとったうえで、その分析結果に基づいてこの主張をしているわけではないのだが、少なくとも女性に関しては間違いないと胸を張って言える。くらい明らか。

是非ともこの日記を読んだ方は、テレビに出ている人物が一重まぶたである二重まぶたであるかを意識してテレビを見てほしい。別にテレビでなくとも、電車の中の広告SNSタイムラインに流れてくる画像の人物のまぶたに注目してほしい。びっくりするほど二重まぶたの人物で溢れ返っているはず。

さて、ここまで読んだ読者にはきっと「そりゃあ多くの視聴者が見るテレビなんだからウケの良い(と思われる)二重まぶたの人物を多く起用するのは当たり前のことじゃないか」と考える人もいらっしゃるだろう。確かにその考えは至極真っ当で、私だって一重が嫌で二重に憧れてアイプチを使っているわけで、多くの人々が二重まぶたを美しいと感じているのは事実だろうし、テレビ番組視聴率を取りたいわけだから一般に美しいと思われている二重まぶたの人を積極的に起用するのは理に適っている。その通りである。間違いない。

しかし一度立ち止まって考え直してほしい。

我々が「二重まぶたは美しい」と考えるようになるのは、幼いころからテレビ雑誌二重まぶたの人たちばかりを見ているからではないか

我々がもとから二重まぶたは美しい」と考えるのではなく、メディアによって「二重まぶたは美しい」という選好を植え付けられているのではないか

我々が日本史の授業で目にする平安時代の絵巻物や江戸時代浮世絵の「美人」はみんな一重まぶたではなかったか

我々が「二重まぶたは美しい」と考えるようになったのは西洋人が身近になった明治以降のことではないか

そして私のように、一重まぶたにコンプレックスを抱き、様々な化粧品を試して必死二重まぶたを装おうとしている人こそ一度考えなければならないのは

世の中のトレンドを作り出すことで私腹を肥やす薄汚いブタ野郎が、「まるでそれが普通であるかのような空気を作り出す」ことで、消費者の行動を一つの方向に導くことがある

ということだろう。ブタ野郎の手のひらの上では踊りたくないのはきっとみんな同じ。

普通に考えて、多くの日本人が一重まぶたであるにもかかわらず、二重まぶたの人ばかりが日本メディアに出ているのは異常ではないか

これを言うと陰謀論臭くなって嫌なのであまり言いたくはないし費用対効果の点から現実味ほとんど無いのだが、この状況、化粧品会社美容外科業界タレント業界メディアが結託してしたりしないか政治学には「非決定権力」やルークスという人が唱えた「第三の権力」という概念がある。興味のある方はぜひとも調べてみてほしい。

※私は「二重まぶたの人がテレビ画面を占め、それを見る我々一般人がそれを普通だと認識している」この状況が異常であると主張しているだけで、二重まぶたの人をテレビから引きずり出せとか一重まぶたこそが真に偉大であるとか言いたいわけではない

自分で書いていて着地点が分からなくなってきたのでこの辺にしておこう。

一重まぶたには一重まぶたの、二重まぶたには二重まぶたの良いところがあるわけだから、それぞれの良いところを認め合える世の中になればいいなぁ。

二重まぶた女性しか出てこないテレビ普通の人はおかしいと思わないのかなぁ。

普通だと思われていることに、常に疑問を投げかけられる人間消費者?)でありたいなぁ。

ああ、二重まぶたになりたい。

―――――――――――――

追記

実はこの日記、私が初めて匿名ダイアリー投稿したものだったのだが、予想以上に反応がきてとても驚いている。

読者の方のコメントを拝見して、なるほどと思うことも多かったので、いくらか追加で書き記しておこうと思う。

①「ほとんどの日本人は一重」という表現について

確かにこれは少し誇張が過ぎていた。あと、地域性によってまぶたのパターンが大きく変わることは恥ずかしながら考えてもいなかった。

北海道九州沖縄あたりでは縄文系の顔つきの人は多いだろうし、二重まぶたの人も多いはずだ。ちなみに私の居住圏は、恐らく弥生系が最も多いであろう関西地方である。そのため、私の脳内サンプルにはある程度のバイアスがあることは断っておかなければならない。バイアス絡みでいえば、私自身が「日本人の多くは一重まぶたである」と意識し過ぎた状態脳内統計を取っているせいで、無意識的に実数よりも過剰に一重まぶたの日本人の数を計上している可能性もある。

ただ、これらのバイアス考慮に入れた上でもやはり私は身の回りの人は一重まぶたが多いと思うし、テレビ中の人特に女性)たちは二重まぶたが多いと思うのだが、これは私の頭がおかしいからそう思うのだろうか。

②二重or一重まぶたの人口に関する学術統計調査について

思った以上に一重の人口が少ない説を唱えるコメントが返ってきたので不安になってciniigoogle scholar適当論文を調べてみたのだが、一重or二重まぶた人口比に関する学術論文は見当たらなかった。ということで私は正確かつ客観的統計データを持っていないし、恐らく手に入れることが出来ない(一応文中でも断っているのだが)ので、断定的な主張をおこなうのはまずかった。一応お詫びしておこうと思う。

③二重の極みについて

このタイトル日記を公開するわけなので、ある程度この反応があるであろうことは予想していた。

冨永愛多部未華子について

確かに彼女たちは一重まぶたであるもっとも、彼女らは膨大な女性芸能人の中のほんの一握りのケースであることは言うまでもない気がするのだが。さらに言えば、私は「テレビに出ているほとんどの女性」と述べているだけで、「テレビに出ている全ての女性」とは書いていない。

⑤私が本当に主張したかったことについて

コメントの多くが「一重まぶたの人はそんなに多くない」という趣旨のものだったので、私としては少しうーんといった感じ。譲りたくはないがあえて100万歩譲って、日本人の51%が一重まぶたで49%が二重まぶたであるとしよう。しかテレビで我々が目にする日本人の多く、少なくとも半分以上は二重まぶたではないか?私が本当に主張したいことは、明らかに現実乖離している風景テレビに映っているのに、我々がそれを異常とも思っていないのはおかしくないか?ということだ。もうひとつ挙げれば、そのように異常なものを異常と思わないように世の中が動いていることが怖くないか?ということだ。

2016-08-31

あとで特高弾圧史読んでみるかなあ/1955年に教祖永原仲が詐欺で逮捕された「大日教団」なるものもあったみたいで、調べるの面倒くさそう。 - type-100 のコメント / はてなブックマーク

触れるか迷ったけど、探してるとき

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/134/1178/main.html

ここの議事録に、読売事件と一緒に大日横領事件の件がちらっと出てるね。

オウム真理教の件で宗教法人法改正とかが話題になった頃っぽくて、のいほいさんが大好きな百地章さんが登場している。

noiehoie on tumblr • 百地章先生について

百地章先生について

本日朝まで生テレビに、日本大学百地章先生がご出演されるそうです。

まあ、90年代後半から朝まで生テレビは、「オワコン文化人年金支給所」みたいになってるんで、あの番組に誰が出ようが問題ないといえば問題ない話ではあります

ただね、百地章先生オワコンというのは失礼に過ぎる。世の中的には、「最近急に出てくるようになった憲法学者」という理解でしょう。

で、実際そうです。百地章先生Will正論などを除きメジャーメディアに出るようになったのは、ここ最近、とりわけ安保法制に関して「たった三人しかいない集団的自衛権合憲とする風変わりな憲法学者」の筆頭として菅官房長官百地章先生名前を挙げて以降のことかと思います

「書いたものといえば、紀要の類と講演の書き起こしぐらいしかなくて学術的功績を見つけるのが難しい(Cinii検索結果=http://bit.ly/1LJukEH)にもかかわらず、なんであんな人が比較憲法学会の理事長やってんだ?」とか思ってるそこのあなた! あなたは間違っていますあなた世間からずれています。だからダメなんですよ。百地章先生を見ならないなさい。

世間の目から見れば、百地先生は立派な御よ。。。もとい、提灯もti..もとい、憲法学者です。

2016-08-25

謎の宗教

菅野完さんのツイート: "不敬発言記録にちょいちょい出てくる「大日教」というのがどの宗教団体を指すのかが以前からわからなくて困っている。同じ名前の宗教は『新宗教教団・人物事典』にも出てこない。「大日然教」のことかと思ったが、あそこは戦後の立教だしなぁ。。 https://t.co/yo5ueDlPf9"

なるほどね。

最初戦後名前を引き合いにだしてるのか思ったが、グーグル先生で調べてみるとどうもそれとは違った「大日教」が存在したようだ。

同じbotつぶやきには「大日教祖杉本信者某との質疑応答とあるので、教祖名前が違うからだ。

大日然教教祖を調べると「折茂なみ」となっている)

あとは戦前の「天津教皇祖皇太神宮天津教 - Wikipedia

(現 皇祖皇太神宮天津教)が戦後の一時期は「宗教法人大日教」という名称だったのでこれかと思ったが、教祖名も違う。

とにかく、一次ソースが気になる。

んで、色々とネット上の情報だけで調べてみた結果、@hukei_botは「昭和特高弾圧史」から抜粋であることは間違いなさそうだ。

Googleブックス書籍検索)で「昭和特高弾圧史, 第 4 巻」を引き出し、書籍検索で「杉本」と検索すれば同じ内容が引っ掛かる。

現在Googleブックス著作権のある書籍は全文表示ができないから(開始当時は見えちゃった気がする)ブツ切りのような情報しか得られないのが難点。

同じく「特高外事月報」と合わせて見ると、全日教祖1942年当時60歳、起訴時東京在住、滋賀県出身大日行者、杉本金治郎というのが裁判記録らしきものから分かる。

他、この宗教の手がかり的な部分の抜粋

昭和特高弾圧史, 第 4 巻」

108 ページ

... は神去り給ひてより其の誠が大日如来包摂せられ其の如来宇宙に瀰漫せる大

自然の誠にして人類並に一切の物を創造し且永遠に之が霊的及現実支配を為たりと

称し、大日教なる教理を創説し爾後之が宣布に努め来たりたるものなる処、該教理たる

や大 ...

特高外事月報」

59 ページ

... 知得したりと構し、大日教なる教理を創説し衛後之が宣布に努め来たりたるものなる

慮、該教理たるや大日如来宇宙に瀬夏せる大 ... 四月頃道了奪が大日如来なることを

悟り大日如来信仰に韓ずると共に大日如来の霊に感應権力に別記治安維持法違反

事件 ... 三月十九日警視聴に於て検挙送局したる宗教結社大日教のも決して少とせず。

CiNiiでも引っ掛かった。

CiNii 論文 -  内務省による宗教弾圧 : 創価学会の場合を事例として

CiNii 論文 -  宗教法人法の改正をめぐる問題点 : 宗教団体に対する管理の要素の導入の有無と是非(松本保三先生退職記念号)

戦前・戦中の宗教弾圧歴史を語る上で出てくるみたいだよ。

1942年治安維持法違反大日事件として記録されている。

しかしまあ、通常のGoogle検索では引っ掛かららんのだね。

戦前・戦中期日本の言論弾圧 (年表) - Wikipedia

↑これにも出てこなくって、忘れられた宗教みたいだ(前述の竹内文書教のせいもあるだろう)

疲れたのでこれまで。

(追記)

ちょっと馬鹿なこと書いちゃったかもしれない。

大本教創価学会重要人物が獄死しているんだった。

(追記2)

↑当時60歳というのが厳しいだろう。

宗教団体法とか治安維持法について知っていたけど、ちょいちょいググってみて、改めてこのあたり軽く考えてたな、と思ったりした。

追加の情報としては

昭和特高弾圧史: 宗教人にたいする弾圧

28 ページ

明石博隆, 松浦総三 て、此の大日もその為に行を積んでゐるのである、その修行も半ば

に至ってゐから纏て太平ハ、大日が ... が昭和二、三年頃以降全宇宙に於ける最高至

本金治郎当六十年の主宰する大日如来信者集団大平山大日教」の布教内容に ...

大平山大日教」ともいう様子。「大日教」が「大日経」の意味で使われる事が多いからかな。

https://www.google.com/#tbm=bks&q=%E5%A4%A7%E5%B9%B3%E5%B1%B1%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%95%99]

2016-08-17

パソコン美少女ゲーム歴史大全1982‐2000

にゃるらさんとこで知って読みてえと思って調べたら軒並みオンライン書店AUTO

amazon転売ヤーの餌食で定価2kが10kにつりあげられてるレベル

でもciniihttp://ci.nii.ac.jp/ncid/BA81663460)によれば京都大学 文学研究科 図書館に置いてあるらしい

うぐぐ~

2016-06-11

エリート崩れの雑魚おっさん

見るに忍びない知人がいる。

開成のち私大卒業し、全国的大手メディア経験し、既に40を超えている。何を勘違いしたのか、退職して文系大学院博士課程にいるようだが、Cinii論文は出ていないし、当該関係学会での発表で見たことは一度もない。小さな業界メディアで、高校生でも考えられそうな左翼言説をまき散らしている。友人の紹介で何度か会い、一緒に企画をやったが、彼は途中で蒸発した。連絡がつかないどころか、本当にいなくなったらしい。彼の所属する大学院関係者からも僕に問い合わせがある始末で、意味不明だった。

ただ、彼は、とにかく社会的に大きな名前が好きだし、そういうところにプライドを置いている。弱者に寄り添うとか云々いうけど、弱いのはおまえの頭だ...と言いたくなる。なんというか、選択によって官僚とかにもなれたであろう人の末路というのは、何ともいえない。

別に関係いから良いのだが、それでもネットなどで目に入ると違和感気持ち悪さを感じてしまう。バブルの残り香を知る40代の残念雑魚おっさんの可哀そうなプライドは、ただ哀れである

2016-01-02

Cinii とか、無料でばらまいたほうが国益に叶う気がするがどうだろうな

中国韓国カスめとってくるからとりまけになっちまうか。

そもそも論自体が多いからそんなに読む奴いねーか。

そういう思考になること自体世界にまけた気がしていやなんだけどな。

CiNii ”催ニー”

約 682 件 (0.73 秒)

CiNii等で読めるPDF公開論文は全てHTMLに丸々コピペしてくれよ

官公庁もそうだ。たとえばこれは防衛省 http://www.mod.go.jp/

その辺のブログとかニュースより一次的で面白いんだから

2015-10-27

http://anond.hatelabo.jp/20151027130744

あーわかる

図書館の使い方とか

え、それciniiでくらい検索しないの?って思うこと多々

2015-10-15

http://anond.hatelabo.jp/20151012215515

下手に長文で語られるよりもサクッと本題だけ書いてあるほうが好みなんだけど

テーマよりも語ること自体がメインになってるような長文記事はうへえってなる

濃い長文読みたいなら一人でciniiでも巡回してろよ

2015-08-26

学者」と「評論家」と「○○漫談の人」はきちんと分けてほしい

数年前から社会学者」という古市某という人が、若手の論客として幅を利かせているのを、よく見かけるようになった。

学者」というからには、どんな研究をして、いかなる学術論文を発表されているのかと思ってCiNii Articlesで検索をかけてみたが、

ざっと見る限り、いわゆる総合雑誌とかの記事が多くて、しかるべき査読を経たような学術論文ほとんど発表されてないようだ。

こういう人を学者と呼ぶのはミスリーディングだ。


参考までにwikipedia検索してみると、この人は「大学院生」だとなっていた。

なるほど。

学者というのは、やはり、研究成果を世に問い続けてこその存在であって

既存の知見を上手く組あわせて、ただかみ砕いて説明したり、

ちょっとした思い付きで、複雑な問題を分かったったような気にさせたり、

ちょっと斜めからなんか気の利いたようなことを言って場を盛り上げる人たちとは違うと思う。


古市某のような感じでテレビにでているのだけれど、「○○学者」じゃなくて「○○評論家」という肩書を使っている人たちもいる。

まあ、評論家といえば、どこまで裏付けがあるのかよくわからないけれど面白げなことを放言して「ホンマでっか?」と言わせる人たちだという印象が、

ここ数年でついてしまった感じがあるのだが、個人的には、本当の評論家というのは、たとえば「現代美術が全く分からない人」にたいして、

15分で「現代美術とは何か」説明してくださいといわれたら、とりあえず、「魅力の一端」くらいを伝えてくれて

「なるほど、ちょっと面白そうだな、今度、そういう目で現代美術を見てみようかな?」とか思わせられるような人のことじゃないかと思っている。

「○○漫談の人」というのは、

以前、番組ゲストにきた杉村太蔵に対して、有吉が「アナタ、今、本業はなんなの? 政治漫談の人?」と言っていたのを見て、

「やはりうまいこと言うなあ」と感心して以来、個人的に使っている。

この言葉を使い始めて以来、世の中を見回してみると「脳科学漫談の人」とか、「生物学漫談の人」とか、「国際関係漫談の人」とか、いろんな漫談の人が活躍していることに気付いた。。

なお、巷には、脳科学ネタに、なにかと「Aha~」と言っている茂木某のことを「アハ芸人」と呼んでいる人もいるが、

お笑い好きの自分としては「芸人」という言葉安易に使ってほしくないという気持ちがある。

やはり笑いにそれなりに命を懸けている人たちこそが「芸人」なのであって、「アハの人」は、自分の中では「脳科学漫談の人」という棚に整理している。


マスメディアは、「学者」「評論家」「漫談の人」をちゃんと区別してはくれないようなので、したり顔で何かを語っているタレント以外の人を見かけると、

自分の中で「こいつは学者」「こいつは漫談の人」と整理しているのだが、気が付くと「漫談の人」の棚ばかりが溢れんばかりになってしまっている。

2015-01-29

ciniiを眺めるとフランス料理のフルコースを食べたくなる現象

2015-01-10

http://anond.hatelabo.jp/20150110182015

野生動物も凍死するのか。

興味あるから論文とか専門書とかあったら教えてプリーズ

[追記]

そら寒けりゃ死ぬよな。わかるけどあんまり考えたことなかったわ。

いやほら、一応この気候帯だと毎年これくらい気温が下がりますってのがあるじゃん

んで、そこに住んでるってことは、そのくらいの気温なら耐えられるとか、なんか戦略があるとかなんでしょ?

寒い大丈夫だけどメシが無いのはダメ死ぬってのはわかる。

でも寒い地域に住んでいながら「寒い死ぬー」てのは何やってんのお前ってなるじゃん。

エゾシカ大量死Wikipedia読んだけど過冷却の雨滴で体温奪われて死んだんじゃないかって書いてあるね。

さすがにウン十年に一度の大寒波とか死ぬよな。

ちょっと毎年どれくらい凍死してるのか知りたくて軽く聞きました。

今暇だしCiNiiとかで検索してみますわ。

2014-05-30

国立情報学研究所電子図書館サービス終了について

なんつーか、普段NII-ELSやCiNiiを使わない層がバカ騒ぎしている印象を受ける。

使ってる渦中にいる人ではなく、そういう知的サービスを使うことへあこがれのある人がバカ騒ぎしている。

衒学的で俗っぽい、知的ものにあこがれるだけで全然知的ではない、どうしようもない層だ。

本当にお前らは普段専門分野をそれなり持って論文読んでいるのかよ。

私の知り合いは論文はおろか新聞テレビを見ないくせにこの話題に言及してる。それでいいのかよ。

2014-02-16

文系の査読付き論文って無いの?

テレビに出てるような政治学者や憲法学者を名乗る人達CiNii等で検索すると、

正論などの一般向け雑誌しか書いて無くて研究者を名乗ってたりする人が見つかったりする

実はそうは思えないが、正論政治学世界ではもの凄く権威がある世界なんだろうか?

セルに相当するような論文誌は政治学世界ではどこになるのかちょっと不思議に思った

2014-02-11

竹田恒泰さんは国からお金をもらえるような仕事をした方がいい

国費でソチに行ったオリンピック選手試合後の発言をとりあげて、話題になっている竹田恒泰さんだけど、

慶応で教鞭とってるとか聞くから、ま、そこそこ業績あって、当然、過去現在科研費科学研究助成事業)受け取ってて、

その事業報告書とかでぼろ出してるんじゃないかなぁとか思って、Ciniiググったら、この人、科研費おろかなんも業績ないのな。


いやいや、慶応もこの人に講義もたせていいのかよって逆に心配になるのだけれど、私学だし、人呼びたいからいいのかねぇと思い直し、

じゃ、皇室関係有識者で売ってるし、日本政府タレントに甘いところあるからどっかの省庁のなんかの

有識者会議に呼ばれたりしてるんだろうなと思って、公式HP仕事一覧見ても、色々ググっても、これも何もねぇのな。


要するに、あの発言って、国民血税を背負って仕事してきた人から選手へ送る心構えでもなんでもなく、

「おい、てめーら、俺の税金でへらへら笑ってんじゃねえよ。こっちは仕事タレント業)頑張ってんだよ(怒)」

っていう戯画的なまでの平民目線放言なのな。ま、旧皇族っぽい人がこういうこというからこそ、人気があってわけなんだろうけど、

40歳近くの慶応卒で一応教鞭とってる旧皇族っぽい人間がその立場しかないつーことをむしろ竹田氏は見つめるべきじゃないかと思う。

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