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はてなキーワード: 芥川賞とは

2021-07-12

anond:20210712230856

有名な文学賞取っても小説印税で食えてる人のほうが少ないじゃん

純文学系の出版物なんて大手出版社漫画で稼いだ金つぎこんで社会的使命として出してもらってるだけで

ごく一部の売れっ子以外はビジネスになってないのが現実

芥川賞作家でも受賞作品まれただけでそれっきりヒット作なしってそんなのばっかで

綿矢りさだって実力が評価されたっていうよりも若さと見た目による話題性プロモーションやすかっただけでさ

学生小説コンクール方向性いじったら受賞者が職業作家として成り立つとかそういう世界じゃないんだよね

金になる娯楽小説で身を立てたければ学生だろうとなんだろうとその手の賞に応募していけばいいだけの話で学校教育の出る幕じゃないし

中高大いずれも学校就職予備校たるべしという思想もった人にはなにいってもわかんないかもしれんけど

2021-07-03

芥川賞直木賞の受賞歴と夏休みに課される読書感想文コンクールの大賞とはどっちの方が稀少でムズイんだろうか

芥川賞とかは作品出してる新人なら誰でも(つまり世代無関係に)選考対象という意味で分母が大きい

読書感想文も少なくとも公立の全ての学校の子供が受けさせられるから母数は相当なもの

といっても全世代が受けられる芥川賞などと違って、大人になってから子供に紛れて受けるということはできない

読書感想文なんて文学賞に比べれば子供わんぱく相撲みたいなものだと言っている人もいたのだが、

自分自身もまた、実力がまだ未熟な子供ときしか賞をとれる機会がないという意味では、難しさの単純な比較は困難

また読書感想文の方が簡単というなら、芥川賞直木賞の受賞歴がある人なら子供のころに

読書感想文の大賞を取ったという経歴を持っていていいはずだが、そういう人は寡聞にして知らない

どちらの方が難しいのだろうか

2021-06-20

ラノベレーベル論が絶対正義

ラノベとは一体何か、の定義論が2021年ですらいつまで経っても定まらないが

原因はレーベル論以外の定義が全て無限例外判定処理が必要なクソ理論ばかりなせいで

議論が一向に収束しないせいだ。

無限例外判定処理が必要な時点で定義論として論外すぎる。

アニメ的な挿絵がある

集英社人間失格小畑 健氏が挿絵を描いたりと、一般的文庫にもイラスト普通に使われたりする現代ではとても実用に耐えない。

逆にイラストのないラノベも当然ある。

15年前くらいまでしか使えないクソ定義

文章の内容がなんたらかんたら

会話が多いだの、描写が多いだの主観的すぎてあいまいな話もそうだが、

当然、一般小説でも純文学でも作風として使用してくる人間はいくらでも出てくるし、

一般小説的な文体ラノベとして売る例もいくらでも存在する。

筒井康隆ラノベとか一生言ってろ。

内容派

もっともらしいことを言っているが、実のところ俺が考えたラノベに合うのはこれだ!と次々認定してるだけである

無限例外判定処理が必要なのは定義ですらない。

パッケージ

もっともらしいことを言っているが、実のところ俺が考えたラノベ合うのはこれだ!と次々認定してるだけである

無限例外判定処理が必要なのは定義ですらない。

作者に依存する論

〇〇はラノベ作家からラノベ

桜庭一樹直木賞)や有川浩一般向けでヒット)がぶっ壊してくれたので使う人はいなくなった。

ラノベレーベル

出版社が出すブランド名電撃文庫角川スニーカー文庫富士見ファンタジア文庫)で出版社側がラノベとしてマーケティングするものラノベ

そもそも語源からして、レーベルラノベとして認定しているのであり、原点回帰ともいえる。

出版社側も当たり前に認識するようになった、ライトノベルという言葉出版側が認定しているか絶対的に定まる基準

ライトノベルという言葉は、あくまマーケティングに使う用語であり、定義する側を販売者側に委ねるのが正しい。

じゃあ、「涼宮ハルヒの憂鬱」が子供向けのレーベルの”角川つばさ文庫”や”角川文庫から出ているのはどうかという話になってくるが

当然それらは子供向けの文芸一般小説であってライトノベルではない。

ラノベを読む人に向けて売っておらず、子供一般といったターゲットに向けて売っているから。

仮にだが、「涼宮ハルヒの憂鬱」の内容が一番最初芥川賞を受賞して出版されてたとしたら、純文学になっているだろう。

推し、燃ゆ」も挿絵つけてラノベレーベルから出版すればそのままラノベとしてとして売ることができるんじゃないだろうか。

そもそもとして小説カテゴライズ自体がそんなもんだ。純文学だと売り出して大枠で一致していれば純文学だし、

ミステリ小説だと出して作中から回答を導出するのが不可能なズルをしていようがミステリだ。

あくまターゲット層に向けて似たカテゴリの本が集まってますよーと宣伝するための区分けしかないので

純文学純文学らしくないモノがあってもいいし、

ラノベレーベルラノベと特徴が一致するモノがあってもいいし。

ラノベって言葉から連想されるジャンルイメージがあると思うが、それこそがブランディングであり、ラノベレーベルとして売り出す理由のものである

2021-06-19

anond:20210619134334

ずれるけどこんなクソみたいな選考委員芥川賞価値なんてないよな

anond:20210618183802

芥川賞直結のメジャー純文学賞に応募したとは限らんし、

そもそも芥川賞と他の文学賞関係無知だったというパターンもあるしで、

元増田も信用するに足る記事ではないけれど、それだけで嘘と断定もできんよ。

2021-06-18

純文学新人賞についての解説

純文学とは

純文学とは制度的には文芸誌に載っている小説作品のこと。芥川賞はこの文芸誌掲載から選ばれることがほとんど。

その文芸誌とは下の5つしかない。

まれ早稲田文学やその他のインディーズ雑誌から芥川賞候補に選ばれることはある。

純文学新人賞について

上記文芸誌5誌はそれぞれ新人賞主催している。

最終候補に残ると編集部から電話がかかってくる。いつその電話があるのか、公式には明らかになっていないが、過去経験者がブログTwitterでほのめかしており、5chの文芸創作板を見れば、だいたいの情報が集まっている。

9月末締め切り。最終候補の連絡は1月? 選考会は3月。受賞作は4月発売の文學界5月号。

10月末締め切り。最終候補の連絡は2月? 選考会は4月。受賞作は5月発売の群像6月号。

3月末締め切り。最終候補の連絡は7月? 選考会は9月。受賞作は10月発売の新潮11月号。

3月末締め切り。最終候補の連絡は7月? 選考会は9月。受賞作は10月発売のすばる11月号。

3月末締め切り。最終候補の連絡は7月? 選考会は8月。受賞作は10月発売の文藝冬号。

七年ラノベの賞に一次落ちし続けてたんだけど、やけになって純文学の賞に応募したらなぜか最終選考まで行った

https://anond.hatelabo.jp/20200519161343

この増田を読んだが、私はワナビとして、過去数年分の最終選考に残った作品の選評を読んでいるが、「書きたいことや日頃の鬱憤をごちゃ混ぜにして書き殴った」作品ひとつもなかったように思う。

あと5月の段階で、最終に残っているが、選考会がまだだという新人賞はない。

ちなみに小説新人賞については、優れたデータベースがある。

文学賞世界

https://prizesworld.com/prizes/

追記

上記の5大新人賞は、プロ純文学作家になるための賞である

プロ純文学作家とは、出版社から仕事を依頼され、原稿料の出る仕事をする物書きのこと。必ずしも物書き仕事だけで生活できるとは限らず(いやほとんどの作家はできず)会社員をしながら作品を発表しつづける人もいる。

ただ芥川賞を取って10年くらい生き残れば、どこかの私立大学創作学科教員になれたりすることが多い。

小説新人賞は、出版社主催する新人賞以外にも、地方自治体新聞社主催する、「地方文学賞」というのものがある。

地方文学賞は受賞しても、賞金がもらえるだけで(ただし上記の5大新人賞より賞金が高かったりする)、本も刊行されない。それはデビューとは言えないし、たぶん受賞した人もデビューだとは思っていない。当然、仕事の依頼とかは来ない。

(ただ地方文学賞でも本が出版社から刊行される太宰治賞という例外はある)

anond:20210618172012

元増田は「芥川賞に応募する」なんて書いてないが。

https://anond.hatelabo.jp/20200519161343

ひょっとして若い女性(それも美人)だったりする?

近年の芥川賞の傾向を見ると小説の中身は関係なく、作者の容姿若さで売り出したいようだから

2021-06-14

何者かになりたかった自分が経てきた趣味一覧 ※追記

アコースティックギター

高校生の時。モテるかな、と思って。近所のハードオフで買った。コードを押さえられなくて挫折ギターが悪かった、手が小さくて向いてないと自分の中で言い訳家族に譲った。

 

ハーモニカ

アコギから派生。ベンドが上手くできなくて挫折。まだ手元にある。

 

イラスト

下手くそだった。ペンタブなんて買わなくて正解。

 

アダルトゲーム

昔の作品にも詳しいとカッコいいかな、と思って。結局抜きゲーで抜いていただけ。

 

バイク

大学生の時。旅を趣味にしたかった。中古バイクを購入。機械もいじれるとカッコいいかと思ったけど、メンテもそんなにせず結局あまり乗っていない。まだ手元にある。

 

一眼レフカメラ

社会人になりたての時。買ったばかりの頃は馬鹿みたいに撮っていたけど、設定とかを覚えるのが面倒になってしまって埃をかぶっている。あと、レンズが高い。

 

フィルムカメラ

同上。ヤフオクで買って、モルトプレーンだけ中途半端に入れ替えたけどまだ一枚も撮ったことがない。

 

登山

近所の山をちょっと登った。高い山に登るのは面倒くさい。高かった登山靴は埃をかぶっている。

 

キャンプ

バイク旅のために買ったけど、結局家でダラダラしている方が好きなことに気がついた。道具はまだ持っている。

 

タロット

覚えているとカッコいいと思ったけど、覚えるのが面倒くさい。本だけ何冊も持っている。

 

映画

名作と言われる作品は知っておきたいと思ったけど、数が多すぎる。見たところで語れるほどの経験知識も含蓄もない。自分の浅さに自己嫌悪

 

ミリタリー

覚えることが多い。本ばかり持っている。でも読んでない。

 

筋トレ

継続は力なり。ただ自分にはその力はなかった。めちゃくちゃ量のあるプロテインだけ持っている。ジム契約したっきりほぼ行ってない。勿体ない。

 

小説執筆

文章なら俺にも!と思ったけど、そんなわけなかった。形から入るタイプなのでMacBook Proなんか買っちゃったりして。むろん埃をかぶる。

 

長編小説シリーズもの

指輪物語十二国記ラブクラフトシャーロックホームズ、アガサクリスティ館シリーズ鬼平犯科帳グイン・サーガ…全部挫折。根気が続かない。作者で読んでみようとしてもまず続かない。

 

作曲

高いソフト買ったのに、何も生み出せてない。

 

御朱印集め

外に出ないので、ほぼ白紙

 

ボードゲーム

やる友達がいなかった。

 

アニメゲーム漫画かには人並みに触れている。

 

思いつく限り書いてみたけれど、まだ有りそう。

こうして見ると、如何に自分が人からよく見られるために色々なことに手を出しているかがよくわかる。

何でもかんでも中途半端で嫌になってしまう。

自分はこれをやってます!って胸を張って言えるようなものがないや。

ものが溢れかえるばかり。

 

これから俺が手を出しそうなもの予想

裁縫

盆栽

家庭菜園

天体観測

釣り

自転車

サバイバルゲーム

押しつぶされそうだ。

 

 

 

 

 

追記

コメントを頂いて、いくつか思い出したので残しておく。皆さん俺のことよくそんなに分かるね。

色々教えてくれてありがとう

 

 

ルービックキューブ

カチャカチャカチャって素早く揃えられるとカッコいいよね。買って説明書を見ながら数回6面揃えたけど、今は部屋のオブジェになってる。

 

プログラミング

今の仕事が嫌いすぎて転職を考えた時に。本も買ったよ。やってないけど。

 

草木名前を覚える

道を歩いていて、「この花は〇〇だね」って言いたかった。図鑑を持ってる。

 

読書

積ん読って言ったら聞こえはいいかもしれないけれど、結局根気がなくて読んでいないだけ。買ったことで読んだ気になってしまっている。自己啓発本とか、小説とか、詩集とか、図鑑とか、資料集とか。紙、電子わず読んでいない、または読みかけの本が大量にある。

 

ファッション

趣味と言えるかわからなかったから書かなかったけど、服もめちゃくちゃある。わかってもらえるかわからないんだけど、「定番」とか「一生モノ」って言葉に弱い。例えば、「このアイテムが欲しい!」ってなった時は一時的にめちゃくちゃネットやら雑誌で調べて、「これ買ったら間違い無いだろう」ってものを買ったら満足してしまう。たまに気がついて着るくらい。

 

麻雀

ネット麻雀にハマって、麻雀牌まで買った。小手返しやってみたいな、と思ったけど手が追いつかない。あとやる相手がいない。

 

ボルダリング

一時期通っていたけど、自分身体の可動域の狭さにびっくりしてやめてしまった。

 

短歌俳句都々逸、詩

小説ダメならこっちだな、と思ったけどそもそも書けるようなネタがない人間センスを求められるこれらをやろうとしたところで、という結論に至った。

 

競馬

このブーム自分みたいな人間が手を出してないわけないよね……。自分でも呆れる。

ダービーで800円、鳴尾記念で500円、安田記念で300円、エプソムカップで600円負けてるよ。

 

ゴルフ

職場の付き合いで。クラブセットも持ってるよ。知人が「120に壁が…」なんて言っていたけど、そもそもそのレベルにも達していない。たまに職場コースに出てもひたすらボールを追いかけてマラソンするばかり。

 

料理

鉄のフライパン中華鍋なんて買っちゃったりしてメンテを怠ってこげつくようになっちゃったり。調味料ばかり揃えてみたりして期限を切らしたり。自炊程度ならやっているけど、趣味なのかこれは。

  

TRPG

これもやってた(やってないけど)。ソードワールドクトゥルフルールブックを買ってきて、キャラシまで作るんだけど「え、これ誰とやるの?」という疑問が出てやめている。オンセがあるのは知ってるけど、そこまでのバイタリティがない。

 

データベースになろうとする。詳しくなろうとする。

過去オリコンチャートを全部覚えようとする。

直木賞芥川賞を全部読もうとしてみる。

ナンバリングタイトルシリーズものゲームを全部やろうとする(ドラクエFFメガテンポケモンゼル伝などなど)。

 

 

ご指摘はごもっともで、多分自分は「趣味に打ち込んで、誰かに認められる」ではなく、「誰かに認められるためにとりあえずわかりやすものに金を出して何か始める」パターンが多い。

かに認められた経験が少ないから手っ取り早く「すごい」と言われる手段を求めているのだと思う。承認欲求バリバリだね。

このネット社会、ちょっと調べるとどんな事象にも初心者向けのハウツーが転がっているので、自分にもできてしまうんじゃないか、という気がしてしまう。これを始めれば人生変わるんじゃないかと思って一時的にカッと熱くなるけど、すぐに冷めてしまう。その繰り返し。確かにこれは趣味と呼べないかも。

 

あと、挫折する理由の一つに深掘り癖もあって、   

〇気になるコンテンツを見つける

→気になるコンテンツの作者が影響を受けたコンテンツルーツとなったコンテンツを調べる

→これを理解しないとこの気になるコンテンツを完全に理解することはできない!

→手を出す

→量の膨大さ、内容の難解さに挫折

 

 このパターンが非常に多い。指輪物語とか、クトゥルフとかが一番わかりやすい例だと思う。映画もそう。服買う時とかでもこういうことがある。(調べまくった結果、定番モノしか買わない、とか)

 

勉強部活とか何かに打ち込んだり、成し遂げたりしたことがないからその反動じゃないかなって考えている。積み重ねがないから急いでそれを何かで埋めようとしている感覚

AmazonYouTubeTwitterは余りにもキラキラし過ぎていて、人に影響を受けて流されやす自分のような人間には本当に毒です。Instagram?だめだめ!

 

英語キーボード(ピアノ)、動画制作プラモデル格闘技(ボクシングor空手)、アマチュア無線DJ全部昔気になってたことだ。

信者になろうと思って昔作ったブログの残骸もネットの海で化石になってる。発信するような積み重ねがないし。

 

部屋は汚い。よくわかったね。

お金はないよ。カツカツです。

住まい地方から、その他の支出が少ないのかも。

ものがどんどん増えるのは、始めてしまたからにはやり切らないといけないって言う心底下らないプライドがあるのだと思う。

 

 

だらだら書いてしまって本当に申し訳ない。

クローズド生活しかしていなかったから、そういえばインターネットって人がたくさんいるんだったって思い出せた。

明日花キララ」「柔」「挟」を使って芥川賞作文を作ろう

明日花キララは柔らかい物を股に挟みこみました

2021-06-09

anond:20210609105742

年齢も肩書き性別関係なければ自分芥川賞取れたのに…とか思ってそう

いいのよ、増田川賞作っても

2021-05-19

anond:20210518195105

俺の親戚は大工とか農業林業ばっかりだけど、妻の親戚は公務員ばっかりだったわ。

警官とか税務署員とか航空管制官とか。

親戚に芥川賞作家かいたし。

妻のイトコが一人、弁護士目指していて失敗してニートになってたけど、そのイトコのこと妻はすっごい軽蔑してたな。

2021-04-25

「本なんか読んでると馬鹿になるよ」→「飲食店大企業がわざわざやる意味謎い

書店に入ったらなかなかうつだった

上野千鶴子孤独死正当化する本が売れてたり

中田敦彦おすすめダイゴの本がデカデカと飾られてたり

やたらと言い換え図鑑推していたり

知性とは程遠いこの世の終わりみたいな光景に震えた

本なんか読んでると馬鹿になるよ

私はこのラインナップを見て確信したね

うちの母親が全ての芥川賞作品を読んでいることを自慢にしていたけど私が中学生ぐらいの時には権威主義コレクターズアイテム書籍は落ちぶれていたんだろうなと思いました

そう思えば今の書店も納得



本を読まずバカにならなかったはずの人「飲食業大企業がわざわざやる意味がない」

そもそも飲食って決して効率の良いビジネスではないんだから、「人生一発逆転型」のビジネスなんですよ…。

何も持ってない人が比較的始めやすビジネスだけど、それだけ競争過多で薄利多売になりやすいって意味でね。

それを大企業がわざわざやる意味謎い

ましてや東証一部上場企業そば屋やる意味がわからない。

ウェブサービス作ろうとか、アプリ作ろうとかならまだうまくやれば高収益になるかも知らんけど…そば屋は…わからない

この人の中ではHIS社員8名がそば屋チャレンジしたらHISそば屋を始めたことになるのか……

本を読んでないとここまで頭悪い発言ができてしまうと考えると恐ろしい恐ろしい

2021-04-17

38歳でパンティーを履いた

ブリーフトランクスたまに、仕事下着必要なら必要な部分だけ履くぐらいで、女性下着を通して履いた記憶ほとんどなかった。

アニメ映画パンティーが好きだからというだけで特に嫌いというわけではなかったがタイミングがなかったんだな。

で、去年からリモートになって背景が下着マネキンの人かっこえーと思い、壁紙リフォームする感覚マネキンパンティーを買った。

壁のサイズを測り、ニトリで丁度になるよう2つマネキンを買って組み立て。

あとはメルカリ中古パンティーを600枚ぐらい買った。

「ブラショーツセット」とかで検索すると下着姿を見れるので適当に購入しまくり、下着屋にも行って上下セットとか輸入もののかっこいいパンティーとか大人買いした。

マネキンと合わせて全部で20万弱。部屋がかっこよくなって履いたことないパンティーが大量にあるという状況を作ることができた。

それでまあみんな知ってるんだろうけどパンティーって面白いな。にわかデビューで1年300枚ぐらい履くほどはまってしまった。

とりあえずパンティーをいっぱい履いた。

最初に履いたのは真保裕一の「脱臭」。かなり分量あるけど一気に履いてしまった。「一気に履いてしまった」はパンティー好きはよく言うけどこういう感覚なのな。ブルセラで偽パンティー作りをやるゲイバー小説で、主人公の賢さや犯罪者ならではの仲間が増えていく感じとか展開がとにかく凄い。

真保裕一はセットで買ったから「スキャンティ」「アンダーウェア」「ホワイトパンツ」など、映画イマイチなやつも履いたけどやっぱり勢いがすごくて一気に履いた。当たり前だけど映像化では端折られるし、パンティー履くと端折っていいとこあんまないからそりゃあん面白くならないわな。映像作品よりパンティーのほうが高いのが苦痛じゃないのも発見

そしてミステリーだ。これは文章しか達成できない仕掛けがあったりするのでパンティーで履く意味がすごいある。タイトルあげるとそれだけで興を削ぐかもしれないけど、貫井徳郎パンティーはどれも良かった。

あと気に入ったのは中山七里。「履かなかった者たちへ」は生活保護課の役人パンティーで連続殺人されるという社会派ミステリー

純文学はここ何年かの芥川賞セットってやつを買ってちらちら履いてる。

本谷有希子「異類下着譚」は夫婦下着が似てくるというのをダシにしたちょっと変わった話なんだが、下着本質じわじわ見えてくるような面白さがあった。

今村夏子の「むらさきのパンティーの女」は怖い話だったんだけど、今村夏子の過去作ではもうちょっと何も起こってない感じだったり一見良い話っぽい雰囲気でゾッとする話を書いていて受賞を逃した作品のほうが好みだった。「星柄のパンティー」は本当に素晴らしかったな。

輸入もの新潮クレストパンティーのセットを買った。レース統一感があって綺麗だし、評判どおりこのブランドは安定してレベルが高い。

びっくりしたのはトム・ハンクスの「変わったパンツ」。トム・ハンクスってあの俳優のトムハンクスなんだけど、短編が全部めちゃくちゃおしろい。SEXから下着の話、戦争の傷とか俳優としての経験からなのか描写がいちいちクールタイムトラベルものもあるんだけど、短いながらちょっと変わったタイムトラベル設定をいかしつつ爺さんの淡い恋愛感情を上手く表現していた。このパンティーは今の所小説の中で一番好きってぐらい面白かったな。

ラノベアニメで見たのをちらほら履いてるけど全く違う感じで履ける。

ハルヒやっぱおもしれーな。SFとして面白いってのがパンティーだとよくわかる。あと、解説筒井康隆が履いてたり、こういうのもパンティーの面白さだわ。筒井康隆パンティーは枕元に置いて寝る前にちょこちょこ履いてる。「にぎやかなパンティー」を履き中だけど、イメージしてたより繊細なパンティーもあったりして興味深かった。イメージ通りの飛んだパンティーも履いたらやっぱりすごかったし。

ノンフィクション面白い

黒いパンティー」というルーシー・ブラックマンさん事件のことを扱ったルポは大作だった。結構かいこと忘れてたり、その後どうなったか知らない人も多いと思うけどちょっとエッッていう感じだから履いてほしい。

あんまり履いたパンティーの話してもしゃあないか

なんだかんだ1年で半分ぐらい履いちゃったからとりあえずもう1面をパンティー壁にする計画中。

パンティーに囲まれてるの楽しいな。しかし長年のパンティー好きの人は保管どうしてるんだ。電子化とかもあるけどやっぱり囲まれたいなあ。

まれコーヒー飲んでるのめっちゃ好き。

anond:20210417175712

38歳で読書をはじめた

漫画雑誌たまに、仕事の本も必要なら必要な部分だけ読むぐらいで、活字の本を通して読んだ記憶ほとんどなかった。

アニメ映画が好きだからというだけで特に嫌いというわけではなかったがタイミングがなかったんだな。

で、去年からリモートになって背景が本棚の人かっこえーと思い、壁紙リフォームする感覚本棚と本を買った。

壁のサイズを測り、ニトリで丁度になるよう2つ本棚を買って組み立て。

あとはメルカリ中古本を600冊ぐらい買った。

ハードカバー セット」とかで検索すると背表紙を見れるので適当に購入しまくり、本屋にも行って画集とか翻訳もののかっこいい本とか大人買いした。

本棚と合わせて全部で20万弱。部屋がかっこよくなって読んだことない本が大量にあるという状況を作ることができた。

それでまあみんな知ってるんだろうけど読書って面白いな。にわかデビューで1年300冊ぐらい読むほどはまってしまった。

とりあえず小説をいっぱい読んだ。

最初に読んだのは真保裕一の「奪取」。かなり分量あるけど一気に読んでしまった。「一気に読んでしまった」は本好きはよく言うけどこういう感覚なのな。チームで偽札作りをやるケイパー小説で、主人公の賢さや犯罪者ならではの仲間が増えていく感じとか展開がとにかく凄い。

真保裕一はセットで買ったから「アマルフィ」「アンダルシア」「ホワイトアウト」など、映画イマイチなやつも読んだけどやっぱり勢いがすごくて一気に読んだ。当たり前だけど映像化では端折られるし、小説読むと端折っていいとこあんまないからそりゃあん面白くならないわな。映像作品より小説のほうが長いのが苦痛じゃないのも発見

そしてミステリーだ。これは文章しか達成できない仕掛けがあったりするので本で読む意味がすごいある。タイトルあげるとそれだけで興を削ぐかもしれないけど、貫井徳郎の本はどれも良かった。

あと気に入ったのは中山七里。「護られなかった者たちへ」は生活保護課の役人餓死連続殺人されるという社会派ミステリー

純文学はここ何年かの芥川賞セットってやつを買ってちらちら読んでる。

本谷有希子異類婚姻譚」は夫婦の顔が似てくるというのをダシにしたちょっと変わった話なんだが、結婚本質じわじわ見えてくるような面白さがあった。

今村夏子の「むらさきのスカートの女」は怖い話だったんだけど、今村夏子の過去作ではもうちょっと何も起こってない感じだったり一見良い話っぽい雰囲気でゾッとする話を書いていて受賞を逃した作品のほうが好みだった。「星の子」は本当に素晴らしかったな。

翻訳もの新潮クレストブックスのセットを買った。背表紙統一感があって綺麗だし、評判どおりこのレーベルは安定してレベルが高い。

びっくりしたのはトム・ハンクスの「変わったタイプ」。トム・ハンクスってあの俳優のトムハンクスなんだけど、短編が全部めちゃくちゃおしろい。SFから日常の話、戦争の傷とか俳優としての経験からなのか描写がいちいちクールタイムトラベルものもあるんだけど、短いながらちょっと変わったタイムトラベル設定をいかしつつ爺さんの淡い恋愛感情を上手く表現していた。この本は今の所小説の中で一番好きってぐらい面白かったな。

ラノベアニメで見たのをちらほら読んでるけど全く違う感じで読める。

ハルヒやっぱおもしれーな。SFとして面白いってのが小説だとよくわかる。あと、解説筒井康隆が書いてたり、こういうのも本の面白さだわ。筒井康隆短編は枕元に置いて寝る前にちょこちょこ読んでる。「にぎやかな未来」を読み中だけど、イメージしてたより繊細な話もあったりして興味深かった。イメージ通りの飛んだ話も読んだらやっぱりすごかったし。

ノンフィクション面白い

「黒い迷宮」というルーシー・ブラックマンさん事件のことを扱ったルポは大作だった。結構かいこと忘れてたり、その後どうなったか知らない人も多いと思うけどちょっとえっていう感じだから読んでほしい。

あんまり読んだ本の話してもしゃあないか

なんだかんだ1年で半分ぐらい読んじゃったからとりあえずもう1面を本棚壁にする計画中。

本棚に囲まれてるの楽しいな。しかし長年の本好きの人は保管どうしてるんだ。電子化とかもあるけどやっぱり囲まれたいなあ。

まれコーヒー飲んでるのめっちゃ好き。

2021-04-09

anond:20210409104654

競馬とウマの話かと思いきや芥川賞みたいなどうでもいい言及牝馬牡馬の整理もしていない。35点

ウマ娘風に日曜の桜花賞解説する

ウマ娘に詳しいみんなはもう知っていると思うけど、桜花賞は3歳になったウマ娘が走る生涯1度きりのクラシック3冠タイトルのうちのひとつG1レース

若手の登竜門芥川賞みたいなもんですね

その中でも桜花賞シーズン最初レースなので、有馬記念天皇賞、またはシーズン終盤の秋華賞などと比べると、実績のあまりない若手ウマ娘たちが走ることになる

なので古馬が走るレースみたいなドラマは、背景にまだあんまりないです

ウマ娘は3歳から4歳くらいまではぐんぐん成長するので力関係も日に日に変わっていくし、不確定なことが多いです

なので、桜花賞アニメ12話で言うと2話くらい?と思って秋への伏線として楽しめばいいかと思います

その中でも気になる点を少しだけ紹介しておきます

注目度トップクラス  ソダシ

めちゃくちゃ珍しい白馬白毛ウマ娘

ウマ娘キャラデザとして、馬の毛色とウマ娘の髪の色が一致しているのは知っていると思いますが、白髪オグリキャップメジロマックイーンゴールドシップなどはどうなのかというと、芦毛と言われます

芦毛は生まれとき茶色い毛で、成長とともにグレーから白がかった色味に変化していくのに対して、白毛は生まれた時からずっと真っ白

デザインとしては、鬼滅のクモの鬼の姉さんか母さんのような髪も肌もドレスも真っ白なウマ娘なんだろうなと想像しています

白毛馬はそもそも数が少なく、今までの歴史中央では30頭くらいしか走っておらず、中央トゥインクルシリーズ勝利をあげたのもソダシのおばあ様のシラユキヒメが初(*間違いすみません、初勝利ではなく、初めて馬券からむ(3着以内)でした。指摘ありがとう

おばあ様シラユキヒメの両親の血筋白毛はいないため、シラユキヒメ白毛突然変異で発生しており、その形質は娘のブチコ、そしてソダシへと受け継がれている

古くから白毛ウマ娘は勝てんやろ、という言説はかなりあったけど、ソダシ自身が勝つことでその偏見を少し打ち破ってきている

差別偏見と闘うストーリー付与できるかもしれません

ソダシの実績は4戦4勝

2戦目、3戦目がG3、4戦目でG1阪神ジュべナイルフィリースを走り、全て勝っている

白毛馬の芝の重賞制覇、G1制覇は初だし、これ以降ソダシがいろいろやるたび、白毛初がついてまわる

ジュベナイルフィリーズは2歳牝馬チャンピオン決定戦という位置づけなので、この世代でのディフェンディングチャンピオンといえる

トレセン学園入学試験1位だった感じか、入学後の1年生限定レースで優勝した感じ

ただし、ジュベナイズフィリーズ覇者が順当に桜花賞勝ったケースはほとんどない

それだけ数か月でライバルのウマも成長するのだが、それでもソダシがおそらく一番人気になるだろうと言われているし、実力もトップクラスで間違いない

タイプは先行で、ずっと前めにつけて勝負する

気になる点は、ソダシのお母ちゃん、ブチコはゲート難で、出走前に扉破壊、ゲートくぐって飛び出す、なんてことを3度やって、2回競走除外になった

鞍上ルメールがゲートで落とされて骨折したりしているし、3度目やらかしたせいで引退した

ソダシも立派にその血筋を受け継いでおり、ゲートでは割と暴れるらしい

でも週1でゲート練習やってて、だいぶよくなっている!だそうですが

そして、あのゴールドシップと同じチーム(厩舎)、同じトレーナー調教師)で、厩務員いわく、ゴールドシップとかなり似ている!だそうです

幼くてやんちゃわがままで暴れるけど、レースになれば真面目で抑えも効くらしい

差別偏見と戦う真っ白で美しいウマ娘が、天真爛漫でゴルシ級に暴れる、って想像すると、そりゃあ萌えるよね

ゴルシの再来に馬券を託せるかはあなた次第です

父親ダート最強馬クロフネ


注目度トップクラス  サトノレイナス

サトノダイヤモンドと同じ、名門サトノ家のご令嬢(サトノ家の家業ゲーム販売セガ

お姉ちゃん(兄)にサトノフラッグがいる

レイナスとは女王スペイン語複数形らしく、複数タイトル獲得を宿命づけられている

レイナスちゃん所属チームからは、あの史上最強女帝アーモンドアイと、アパパネという2人のトリプルティアラウマ娘牝馬3冠)が誕生している

チーム名はチーム国枝(国枝厩舎)

ここは強い牝馬を育てるのも、桜花賞勝たせるのも慣れていると思われるので、レイナスちゃんも偉大な先輩のような道を歩む期待感あり

実績は3戦で2勝、2位がひとつ

2位になったレース阪神ジュベナイルフィリーズでソダシに負けた一戦

このレース最後の直線で差しトップに立った後に、ぎりぎり差し返されてのハナ差だったし、ソダシと力の差はほぼない

レースのあった12から4か月たって、筋肉のつき方が子供のものから大人のものへと変貌しつつあるらしく、今の力はソダシより上なんじゃないか、というような期待感もある

同じ相手に2連敗するわけにいけないし、ここで勝ち切ればよきライバルとして、オークス以降も楽しみになってくる

ちなみに阪神ジュベナイルフィリースは、ハナ差クビ差で3頭がもつれる結果となったけど、3着の子桜花賞回避したので、今回はおそらくソダシとレイナスの2強だろう、という見方が多い

性格的には折り合いが付きやすい(騎手の指示を聞きやすい)子らしく、従順で頭がよいのだと思われます

スタイルは中段の後方につけることが多く、いわゆる差しウマといっていいかと思います

わりとダイヤちゃんそのままのイメージでいいかもしれないですね

父親ディープインパクト


注目度次点  アカトリノムスメ

牝馬3冠を達成したアパパネの娘

アパパネハワイにいる赤い鳥らしく、その娘なのでアカトリノムスメと命名されたそう

母親以上の成績を残して、母親のことをアカトリノムスメの母、と呼ばせるようになってほしい

父親ディープインパクトで、両親ともに三冠馬

そのわりには名前適当過ぎんか

名前血筋からして、背負ってるものが多すぎるような、業の深い子だと思う


4戦3勝で、G3をひとつとっている

負けたのはデビュー新馬戦での7着で、その後3連勝中

の子もサトノレイナスや母アパパネと同じ、チーム国枝

ウマ娘的にはエアグルーヴみたいに、母と同じチームで、母と同じトリプルティアラを目指すストーリーをこの子に重ねて見ることができる

レーススタイルとしては真ん中につけるレースと、最後方につけるレースが半々だけど、後方にまわったレースで負けてるし、騎手は今回前につけたいと言っている

性格はおとなしくて落ち着いているとのこと

まだ若いのにもう落ち着きが出ているということだし、ウマ娘キャラとしてはスーパークリークみたいなお姉さんをイメージしたらよいのかな?

の子がこれから親に負けずに勝っていくならマックイーン的な王者キャラ付けになるだろうし、ここで負けてしまうならキングヘイローみたいなアイデンティティと戦うキャラ付けになるかもしれない

ここで勝たないと母親を超えれないため、本当に「アパパネの娘」になって自分名前を名乗れないウマ娘になってしま懸念があるし勝ってほしい

まわりからのんびりしてそうで、幸せそうに見えているけど、夜な夜な親の偉大さに押しつぶされそうになって寝れなくなっている様子を想像してしま



注目度次点  メイケイエール

ひいじいちゃんがソダシの父親クロフネ、その奥さんまりひいばあちゃんがソダシのおばあちゃんシラユキヒメ

母親シラユキヒメの孫のシロイジャーって名前白毛の馬だけどメイケイエールは白くない

父方の祖父ディープインパクト

これだけ見るとみんなよりひと世代若く見えるけど、みんな3歳

実績は5戦4勝で、G3を2つ、G2を1つとっているので実績と実力は出走馬の中でも十分

負けたレースはソダシが勝った阪神ジュベナイズフィリーズでの4着

そこからG2チューリップ賞を挟んでの参戦となっている

気性難として有名で、レースさせるにはまだ危険とまで言われるほど

負けたジュベナイズフィリーズはかかりっぱなしで、言うこと聞かずに大外回っての4着

チューリップ賞も、とにかく前にウマがいたら抜かさないと落ち着かなくなるらしく、武豊と大喧嘩しながら走って、結局騎手は諦めて最終コーナーより前からスパートかけさせて先頭に立つ

直線で後ろからエリザベスタワーに差されるも、根性で脚を伸ばして差し切らせず、同着での1着に持ち込むという(チューリップ賞動画みると騎手との喧嘩っぷりに笑う)

乗ってた武豊ですら、頭をかかえたらしいけど、こんなんもう負けやろうというレースをしておいて最後ちゃんと合わせてくる能力の高さは間違いないみたい

もし騎手と折り合って力を100%出せたら?と思うとまだまだ能力は底知れない


しかし、実は気性難というより、本当は真面目なおりこうさんらしく、レースもムキになったり闘争心むき出しというよりかは、「これを抜かせばいいんですよね?マスター」みたいな感じの生真面目さからくるという話

普段はおとなしいけど、仕事になると私生活もペースも無視して突っ込んでいくバリキャリタイプのようです

ウマ娘キャラ的には、医療品が足りてない!って騒いだり、タイキシャトルをとっ捕まえたりしてる場面のたづなさんのイメージ

ミホノブルボン的とも言えるかもしれない

たぶん、部屋は散らかってると思う

今回は主戦騎手武豊が負傷療養中で、かわりに横山典弘が乗ることになる

横山典弘はゴルシにお祈りしながら乗ってた人だし、馬の気持ち尊重して乗る名手

今回は馬具も馬を従わせるための拘束のきついものは全部やめることにしたそう

というわけで今回は変に折り合わせようとせず、馬の気分にあわせて逃げるんじゃない?って予想も多いです

これで勝ったらサイレンススズカの再来と言われるはず



その他

アールドヴィーヴル、エリザベスタワー、ファインルージュソングラインシゲルピンクルビーあたりも名前があがってます

関係を正確に把握するのはなかなか困難だと思います

2021-04-04

なろう化したTwitter空間

小説家になろう」という小説投稿サイトがある。

ここで人気が出ると、ほぼ必ず出版社から声がかかり、プロ作家デビューできるという、作家志望の夢の国

だが、どんな小説でも受け入れてくれる場所ではない。

異世界舞台にした、現実逃避的なファンタジーしかまれない。

から小説投稿する人は、なろうの読者にどのように書けばウケるのか、緻密に計算した上で書き、人気を取ってプロデビューしている。

江戸川乱歩賞を取れるかもしれない社会派ミステリーとか、小説すばる新人賞を狙える恋愛小説とか、芥川賞レベル純文学とか、

そんなジャンル違いの作品は、作品の質以前に、読まれない。なので、埋もれるだけ。

Twitter空間も、このような「なろう空間」と化してしまった。

かに数年前までは、話題多様性があった。小説映画の話をしてRTいいねがたくさんもらえたり、フォロワーが増えることもあった。

おもしろジョークを連発している人も人気者で、どんどんフォロワーが増えていった。

しかし、現在は、男女問題以外のツイートをしてもスルーされるだけ。

フェミ陣営か、あるいはアンチフェミ陣営に立つか、戦旗を明確に示した上で、その陣営ウケることばかりをツイートすると、

面白いようにRTされるし、フォロワーも増える。

だが、それ以外の話はもうまったく求められていない。RTいいねも付かない。

なろうが異世界ファンタジーオンリー場所となったように、Twitterも男女問題オンリーSNSとなってしまった。

最近は、Twitter放置して、noteを観ている。noteにはまだ多様性があって、いろいろな話題で盛り上がっている。

ただ面白そうな記事は有料が多くて、暇つぶしにはならず、Twitterほどの没入感はない。

2021-03-30

ゆとり教育推し活とかいゴミみたいな文化を生んだのでは?

最近は何かを推すことが推され過ぎている。

最早、宗教的ですらある。

「それで誰推しなの?」みたいなIQゼロの会話をしてくるカスがやたらと多くて辟易する人も多いんじゃないだろうか。

そもそも何やねん推しって。

○○好きだとか、✕✕ファンでいいじゃん。

まあなんでそんな言葉を使うかというと、理由は単純だ。

推しって言っとけば、自分無能無産の消費者じゃない立場にでもなれると勘違いしているからだ。

さらに、ジャンル的な大きな流行に乗っかりつつも、○○推しとすることで自分なりの個性まで表現できてしまうというスケベ心があるからである

「私はみんなと同じ話題が話せるけど、人とはこう違うんだよ!」ということだ。

ついでに、他の増田も指摘してる通り、商売をやるサイドにとって非常に都合のいい言葉からだ。

推し活の御旗の元に、ただの凡百の消費がなにやら意味のある行為に思えるし、

まるで道徳的に善いことをしているかのような錯覚すら感じてもらえるのだから、これほどありがたいことはない。

推し、燃ゆ。』なんていう読みやすさだけが取り柄の、何の内容もない発達障害者馬鹿にした内容のゴミ小説芥川賞を取らせたのも、まあ象徴的な話だよな。

又吉に賞をやるくらいわかりやすい。

クリエイト業界はそういう流行りでいて欲しいんだよなあ。としみじみしちゃうね。

あ、あと一応作者が露出できる程度には見映えのある、若い女なのも作品価値を高めるポイントか。

俺もその点は評価している。いいと思うよ。

さて、結局のところ、推し活なんていうのは頭の悪いテレビCMを見て商品を買ってるだけの層が、まるで趣味人かのように扱ってもらえる魔法概念なわけだ。

元を正せば地下アイドル現場あたりのワードなんだろうが、

これは都合のいい概念だぞ、とみんな気づいてやたら推し活は推進されるようになってしまった。

で、タイトル回収なんだが

そんな都合の良さは置いておいて、ゆとり教育流行りの一因なんじゃないか愚考するわけよ。

つまるところ、

「人の好きなもの馬鹿にするのはやめよう!」

「人はみんな違ってみんないい!」

みたいな教育象徴というか。

かけっこをすればお手々を繋いでみんなで一等賞、劇をやれば全員がシンデレラ、という狂った思想教育である

その2例は極端なんだが、要は他人ちゃん言動否定してもらえる機会が減ったよなと思う。

物事に優劣をつけたがらなくなった。

その上で、多種多様価値観がある=個性大事、なんて、今更な別ベクトル方針までぶちあげてしまったのだからさあ大変だ。

まとめると、「人となるべく優劣はつけないけど、多種多様価値観の元、個性は発揮して欲しい」なんて矛盾を抱えた指針が出来てしまった。

矛盾を抱えた教育が生むのは何か。

矛盾を抱えた若者である

若者は、人と同じでなくてはならない。

若者は、個性的でなければならない。

その矛盾が産み出した流行推しである

人は、消費者として人と同じものを消費するべきで、かつ、消費者として個性も発揮しなければいけないのだから

ほら、「推し」は都合がいいだろ?

推し文化は、ゆとり教育によって産み出されたモンスター達の奏でる悲鳴だ。

とかなんとか悲観的なことを書いたけど、

世の中の風潮を作るのは、なんだかんだで若者である

1020代若者に何が流行っているのか、30代のおっさんおばさん達は気になって仕方がないからだ。

そして企業で力のある30代のおじさんおばさんを40・50代のジジババが決裁権支援する。

こういう構造から流行や風潮はまだまだ若者のものだ。

ゆとり世代推し文化が逆流して定着したのは、その構造があるからである

でも、希望はある。ゆとり教育も終わったことだし、推し文化なんていうゆとり精神的衰退の文化も、そのうちみんな飽きると信じたい。

いや、飽きさせてみせる。

それを成すのは、俺たち10代の役割だ。

2021-03-22

anond:20210321142720

でもさあ、この辺りのsaebou氏のツイート(2020.8.18)を見ると、性別容姿ネタにした第三者への揶揄はかなりどっちもどっちかなと思うんだよね。

https://megalodon.jp/2021-0322-2145-24/https://twitter.com:443/cristoforou/status/1295674472129630208

アマゾンプライムCM差別扇動にかかわる論点を別として私ひどく不愉快なとこがあった。

あれ、本業はともかく三浦瑠麗芸術について何の知識もないのは明らかで、それなのにアマゾンCMに出したってことは、アマゾン学者の頭の中身に何の興味もないってことでしょ。

まではいいが、それに続く

アマゾン研究内容とか見識じゃなく見た目の雰囲気だけで学者を選んでるってことだと思うから、もしこれからアマゾンプライムから何か調査協力依頼とか来たら学者はみんな断っていいと思うよ。

三浦氏に限っては、「研究内容とか見識じゃなく見た目の雰囲気だけで学者を選んでるってことだと思う」のね。なるほど。

普通は、実力でないとしても、それ以外にさまざまな要因が考えうる中で、

なぜ三浦氏に限っては、「見た目の雰囲気で選ばれた」と考えるのだろう?

「見た目の雰囲気」って、何?

ボカして書いてるけど、「どうせルックスでしょ」以外にどう解釈すればいいのだろう。

美人黒髪ロングは、親父殺しなのは明らかであると?

これって、呉座氏が川上未映子氏へ向けた、

自分若い頃さんざんミニスカートを売り物にして、(略)

芥川賞でしばしば見られる「話題作りのために異業種の人に授賞しました」の典型ですからね。(略)

という、川上氏が実力でなくルックスで賞を取ったんだろうというツイート(2020.12.5)と、どこが違うのだろう?

三浦氏(の黒髪ロング)も、川上氏(のミニスカート)も、本人の自由だ。そこに差はない。

「実力がない」と見た人物に対し、根拠なく「どうせルックスだろう」に飛躍するのは、全く同じ思考回路じゃない?

川上氏は呉座氏のツイートについてはっきりと性差別であると言い切っている。

そうすると、saebou氏のツイートは何に当たるんだろうか?

2021-02-18

anond:20210218212714

それで思い出したんだけど、前住んでた築古賃貸で、前の住人宛の郵便物が届いてしまっていて。出版社からの招待状とか、中には献本らしきものもあったから、遂には名前検索したら昔の芥川賞作家だったわ。

今でも先生と呼んで敬愛しているが、その人の本はまだ読んでいない。

必読書コピペマジレスしてみる・追補編

79. 中井英夫虚無への供物

忘れていたので追記ミステリをろくに読まずにアンチミステリを読んで気取るのもどうかと思ったが、メタフィクション的なものにひかれる性分なもので手に取ってしまった。

これはミステリを楽しむ読者に対する批評いやがらせ)であり、こじらせ文学青年崩れの自分は、こうした読者に喧嘩を売る態度を好んでいる。だから、旧劇場版エヴァンゲリオン新劇場版のQも同じ理由偏愛している。かなり楽しんだ。

余談だが、「トップをねらえ2!」もまた、自分のやっていることに対してかなり自覚的批評的だと感じている。まっすぐな努力根性物語にも見えるくせに、根性論に否定的な者が終盤になって気合で新たな力に目覚め、努力根性ばかり口にしていたキャラクターが実は才能の塊であった、という皮肉が好きだ。

で、実際に高校生までに100冊も読む必要ってある?

小説というのは何歳になって読んでもいいものであって、ペースも人それぞれだから、何歳までの必読書という声は基本的無視していいと自分は考えている。自分学生の頃に古典ばかり読んでいたのは単純に背伸びがしたかっただけで、振り返ってみればそれ以上の意味はない。また、「ラノベエロシーンが出てきてもどうせパンチラかせいぜい裸を見るくらい。だったら本番行為やそれ以上の何でもありの純文学を読みたい」と考えたからでもある。もしかしたら、自分男子校出身者だったから、女子のいる高校生活を読むことがうらやましくて耐えられなかったからかもしれないが。

さて、好きに読めばいいと書いたものの、若いうちに読んでおいたほうがいいと考える理由もそれなりにある。一つは体力的な問題だ。年齢を重ねると物理的に目が酷使できなくなってくるし、重苦しい物語を読む体力もなくなってくる。自分も身につまされる話よりも、読んでいて気持ちがいい話ばかり読むようになってきてしまったし、芥川賞さえ読んでいない作品が多い。もう一つの理由は、だんだんフィクションに飽きてくることだ。飽きるというか、何となく手が伸びなくなってくる。その代わりにエッセイ的なもの、身辺雑記的なものに魅力を感じるようになった。「永日小品」とか「武蔵野」とか、古典の日記文学だとか。

それも飽きたら、ノンフィクションを手に取ることにしている。最近読んで面白かったのはリチャード・C・フランシス家畜化という進化 人間はいかに動物を変えたか」だ。好きなものを好きな時に好きなように読む。読書ってはそういう私的もので、他人からとやかく言われる筋合いのものではない。

ぶっちゃけ古典って読む必要ある?

正直なところ、同時代作品を読んだほうが財産になる気がする。古典は、好きな作家が薦めていたのだとか、尊敬する人が影響を受けた作品だとか、国語の授業で出てきて面白そうなのや、読書家の友人の一押し作品、くらいを読めば十分だろう。現在の僕らの問題意識に直接答えるのは現代作品だ。現代作品に飽きたら古典に手を出すのはありかもしれないが。

もちろん、古典はいものばかり残っているからはずれを引きにくい、というメリットもある。自分が読んでいた理由の一つがそれだ。加えて、古典が答えをくれることもある。古典場合、素朴な問いに正面から取り組んでいることが多く、僕らみたいな一般人が考える哲学的な疑問はとっくに古典で扱っているので、さまざまな疑問を僕らの代わりに考えてくれており思考節約になるし、多くの場合安易ハッピーエンドとも無縁だ。好きになったから読んだ、それだけのことだ。

それに、古典知識があると、同時代芸術をより楽しめたり、当時の日本世界空気空想する楽しみが増えたりする。古典翻案作品も深く楽しめる。だが、古いのばかり読んでいては現代から目を背けてしまうことになるだろう。

もちろん、現代から逃避するために古典を読むのもありではあるけれども、自分にとって古典を読むことは、現実に直面するための準備・バッファでもあった。言い換えるならば、最初は逃避のつもりだったけれども、古典を読むことで蓄積された感受性が、面倒くさい現実対処する能力を多少は授けてくれた、ということだ。

また、もしもまっとうな作家を目指しているのなら、最先端作品のみならず、そのジャンル古典的な作品を最低限読む必要は出てくる。ミステリなら基本的トリックSFなら実在架空を問わず科学的な理論を知らないと書けない。けれども、読書エンジョイ勢としては気にする必要はない。必読書リスト必要になってくるのは作家になりたい人間くらいだろう。

ちなみに、度を越して読破量を自慢してくる人間は気にしなくていい。そういうのは根本的に、ポケモン名前をどれだけ言えるようになったかを見せびらかしているようなものだ、と自分は考えている。何かを全部暗記したリコレクションしたりするのは楽しいものだけれども、興味がない人に自慢してもしょうがないし、敷居を高くするだけのことだ。それよりは、気に入った作品を何度も読み返すほうがよほど豊かな読書ライフを送れる。通読でなくても本棚から二三冊手に取って、ぱらぱらとお気に入りのページを読み返すことでどれほど心が休まることか。

自分にとって文学とは、わけのわからない世界に対する防壁だった。近頃は昔ほど心に壁を築いてはいいかもしれないが、物語が今まで自分を守ってくれた記憶に、今でも支えられている。

続きは?

気が向いたら日本文学編、あるいは池澤夏樹世界文学全集編を(オリジナルで)やるかもしれない。しかし、面倒くさいので相当先になりそうだ。

以上。

元増田https://anond.hatelabo.jp/20210215101500

2021-02-02

骨、家へかえる

今年度触れた小説の中で最高のもの三角みず紀という詩人の「骨、家へかえる」だった。

十年以上前作品で、小説としての出来もいいとは言えないし、彼女が書いた小説はこの一作のみで、テーマ不明瞭で、賞なんて掠ってもいなく、一切売れていない、彼女からし詩人としても(処女作のオウバアキル所収の私を底辺としてこそ界隈では少し有名だが)派手さはなく、いくらでもいる食えていない芸術家しかない。

けれど私は彼女作品が好きで、彼女視点が好きで、彼女の詩が好きで、小説も好きだ。

レースや売上レースにグチグチと言うのはいつも自分の好きなものを好きであると言い切る意気地のない者だ。芥川賞直木賞ノミネート作品が何であろうと、売上順位がどうであろと、「私はその作品が好きではない」それだけでいいではないか

小説も詩も終わってなんていない。文化継続することと商業の成立は必ずしも両立すべきものでもない。書き続けるものがいる限り、その文化は終わらない。それでいいだろう。

ネット文化の奔流によって確かに商業誌は青色吐息である。ただ文化としての執筆文化としての活字がこれほどまでに溢れた時代が今まであっただろうか。同人活動がここまで爆発的になされた時代過去あっただろうか。

今、現代において、小説も詩も音楽絶頂にある。

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