はてなキーワード: 合格発表とは
先生は一回り以上年の離れた、けれどそんなことは感じさせない、お茶目で可愛らしくて、取っつきやすくて優しくて、それでいてどこか陰のある女性でした。
いわゆる百合やBLにも触れてきたオタクなわたしは、だからそういう、同性への恋心に対する嫌悪感のようなものはありませんでしたが、戸惑いもあまりなかったのですが、苦しみはありました。
世間の「当たり前」から大きく外れることが、存外、孤独で辛かったのです。
相手が先生というのもまた、その恋の認められなさに拍車をかけ、わたしの心を暗く染めていきました。
授業などで会えるうちは、むしろ好条件でもあったのですが、学年が変わり、担当教員が変わってしまうと、必然的に会う機会はほぼ消滅し、相手の迷惑も顧みずに会いに行くことなど出来ないわたしは、せいぜい廊下や駅前で偶然すれ違うことを願って、行動パターンに多少の工夫を加えるくらいで、あとはただ、行き場のない思いを抱えながら、一人鬱々とするばかりの日々を送っていました。
暗い青春でした。
三年生になり、今の恋とこれからの人生と、そして大学受験までが心にのしかかり始めた頃には、正直何度も死にたいと思っていました。それでもそれを実行に移さなかったのには、いくつも理由があったのでしょうが、そこに先生の存在があったことは間違いありません。
オタクなわたしは受験中も、なんだかんだでアニメを見ていました。
その中で出会った『美男高校地球防衛部LOVE!』は、随所にBL的要素を含むギャグ作品で、疲弊しきった精神も手伝ってか、あっという間にどっぷりとのめり込みました。
のちに特に好きな話数となった八話の録画を、朝に見た日の昼に第一志望の合格発表があったのですが、無事合格したことよりも、八話の内容のほうに興奮していた一日だったことは、今でもよく覚えています。
受験に追われる日々にも、受験を終えた空虚な日々にも、迫りくる卒業に怯える日々にも、防衛部を見ていました。進路は決まってもまだ、先生への想いという問題を抱えていたわたしにとって、防衛部は恰好の逃げ場所でした。
ギャグアニメとして面白かったという点のほかに、作中における「愛」の描かれ方に、知らぬ間に精神を救われていた点が作品にはまった理由なのだろうと、後になって思いました。
タイトルにも「LOVE!」とあり、メインの五人は「愛の王位継承者・バトルラヴァーズ」として変身ヒロインまがいの格好で敵と戦い、そして物語の主軸にはキャラクター(男)からキャラクター(男)への特別な思いが関わっていて、その特別な思いのことを、作品のすべての楽曲の詞を手掛けた作詞家の方が二期の放映中にブログで「恋」と表現されていたので、それは恋だというのが公式見解と言っても過言ではないのですが、その「恋」が、この作品では良くも悪くも特別視されていなかったのです。ただの一つの愛の形であって、それ以上でもそれ以下でもなかったのです。
同性同士だからといって貶めることもなく、かといって無闇に美化したり祭り上げることもないその姿勢が、まさにその同性同士の恋の渦中にあった自分を受け入れてくれているようで、その心地良さにきっと、当時のわたしは救われていました。
そして今でも救われているのでしょう。
先生への恋は当然成就していません。卒業の日に勇気を出して手紙を渡したわたしは、その後幸福なことに返事を貰い、振られ、そしてまたその辛さを掻き消すように、防衛部に深くはまっていきました。
あの頃防衛部に出会っていなかったら、と考えると恐ろしくなります。自分で自分を肯定することの出来ないまま過ごして、卒業して、そして特にのめり込めるものもなくただ漠然とした悲しみや苦しみを抱きながら春休みを経て大学生になって、キャンパスライフを過ごして。……過ごせていたでしょうか。それすらも不確かです――というのは言い過ぎかもしれませんが、少なくとも今、大学二年生の春休みを過ごしている今、ここまで日々が充実してはいなかっただろうというのは、それなりの確信を持って言うことが出来ます。
ファンがそれぞれ思い思いの言葉で作品を人に推そうと努めるそんなジャンルですが、わたしはこんな言葉で、それが刺さるかもしれない誰かに向けてこの作品を推したいです。
様々な愛の形を温かく描いている、美男高校地球防衛部LOVE!と、その続編の美男高校地球防衛部LOVE!LOVE!を是非見てください。
今月13日と14日にはニコ生で一挙放送があります。18日には両国国技館でイベントがあり、チケットは各プレイガイドにて一般販売中です。
ニコニコアニメスペシャル「美男高校地球防衛部LOVE!」全12話一挙放送 http://live.nicovideo.jp/gate/lv292218619
ニコニコアニメスペシャル「美男高校地球防衛部LOVE! LOVE!」全12話一挙放送 http://live.nicovideo.jp/gate/lv292217383
美男高校地球防衛部LOVE!LOVE!ALL STAR!チケット
・ぴあ http://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b1755041
・ローソン http://l-tike.com/search/?lcd=73256
・e+ http://eplus.jp/sys/main.jsp?prm=U=14:P1=0402:P2=218276:P5=0001:P6=001
http://anond.hatelabo.jp/20170301063517
これ見て思い出したけど、
いわゆるテンプレ低学歴ネトウヨ的とされる思想を持ってるツイッターの高校生勢、
普通に宮廷だの早慶だの受験してるんですが、リベラルな高学歴はてなーの皆様、
頭がよければリベラルになるはずって理論はどうなったんですか……?
どうせ落ちるだろうっていうんだろうけど、既に早慶は合格発表済んでて受かってる人も普通にいるんですが。
正直その辺の穏健タイプネトウヨのがまだ知性あるだろって感じの国士様高校生が続々トップレベルに受かったり受けたりしてるの見ると
小6の息子がめでたく中学受験を終えたところ、通っていた塾から「受験体験記」の執筆依頼が来たのだが、1200字程度で収めないといけないらしく、思いの丈の全ては到底書ききれないので、その下書き代わりにこちらに字数制限なしで書こうと思う。
それに、どれだけうまく1200字に収めようと、自分がこれから書く内容はきっと塾の受験体験記集には採用されないので、せっかく書くのに日の目を見ないのも切ないという事情もある。
そもそも自分は中学受験の必要性を何ら感じていなかった。気軽に通える範囲に私立中学などない田舎で育ったし、気合を入れて遠距離の私立中学に通わせようとなどという教育熱心な家庭でもなかった。
通った近所の公立中学は荒れていた。不良な上級生が授業時間中に教室外にたむろして騒ぎを起こし、先生一同でそれに対処するために授業が中止になることや、校内を卒業生がバイクで走り回るなんてことはザラにあった。
力の強いやつが偉い、という暴力的な世界ではあったし、自分はクラスで一番のチビというハンディもあったが、それでも気の合う友人もできたり、部活に精を出したりと、自分なりに楽しく過ごせた3年間だった。
その後も地元では一目置かれる県立高校に進学できたし、大学も東大・京大ほどではないが、世間的には高く評価されるところに現役で合格することができた。
自分自身がこのように特に不満のない経歴をたどることができたので、公立中学に対するネガティブなイメージもなく、息子についても近所の公立中学への進学で何の問題もないと考えていた。
私立派と公立派は基本的には分かり合えるものではないと思ってる。何しろ、1人の人間が私立中学と公立中学の両方に通うことは基本的にはないのである。公立中に通い、そこでの生活に満足した人は公立派になるし、不満足ならアンチ公立派=私立派になる。私立中に通った人も同様である。両者を公平かつ客観的に比較するのは難しく、どうしても主観が入り交じる。
4年生の終わりくらいに中学受験のための塾に通う話が持ち上がってきた。自分は公立派ではあるが、それでも塾に通うことに反対はしなかった。
先に述べた通り自分は田舎の狭い世界で育ち、教育熱心な家庭でもなく、例えば東大のような高い目標を目指したりすることもなかった。
息子は幸い勉強の才能に恵まれ、昔の自分よりは頭が良さそうなので、ぜひ広い視野と高い目標を持ってもらいたいと願った。中学受験塾は、頭の柔らかい小学生のうちから高度な勉強をして脳みそを鍛えたり、世の中には自分よりも頭の良いやつがたくさんいることを知るのには良い場所だと思ったのが、塾通いに反対しなかった理由だ。
最終的に私立中を受験するかどうかは自分にとって重要ではない。勉強するだけ勉強して、受験せずに近所の公立中に進んだって何の問題もないと本気で思っていた。
しかし息子本人はやはり段々と私立派に感化されていった。母親は絶対私立派、父である自分は公立肯定派ではあるが私立も別に否定はせず、そして当たり前なことに塾に通う友達はみな私立派。塾の先生は...言わずもがな。
仕方ない、分かった。私立に行くのは構わない。で、どの学校に行きたいんだ?
当時の息子の塾での成績からすると、その学校はちょっと高望みであった。一方、自分が見込んでいる息子の潜在能力からすれば、合格レベルに達することは可能だし、追い込んで勉強させれば御三家を超える最難関中学すら可能性はあるという思いもあった。
聞くところによると私立中学の人気というものは、どうやら併設の高校の東大合格者数の増減に大きく影響されるらしい。しかし自分の考えでは、東大合格者数に大した意味はない。難関私立中高の東大合格者数が多いのは、教育力が高いからではなく、東大に合格できる素質を持った生徒を選抜するからである。それにどれだけ多くの同級生が東大に合格しようとも、その中に本人が入ることができなければ、その指標には何の意味もない。逆に、素質があって、実力を高める努力を怠らなければ、どの学校に進学しても東大は狙える。
「中学に合格した直後が自分の人生のピークでした」という話しをいくつか聞いたことがある。親が積極的に介入して受験勉強に追い込み、より難易度の高い学校に合格させることはできたとしても、それで燃え尽きてしまっては何の意味もない。
本人がやる気になるような声掛けや仕掛け作りはしたが、無理に勉強させることはしなかった。そもそも教育熱心な母親というものは一般的に「勉強しなさい!」と口うるさく言わずにはいられない生き物なので(偏見)、そこで父親まで同じことを言ってはいかんだろう、という思いもあった。
人生のピークはもっともっと後に来なければならない。そのためには中学受験ごときで限界まで追い込む必要はなく、いくらかの余裕をもって終えるくらいがちょうどいい。
息子が御三家校に行きたいという理由は、本人に言わせれば「文化祭を見学して自由な雰囲気が気に入った」ということらしい。しかし文化祭や体育祭というのは「特別な日」であり、それだけ見てその学校のことを理解するのはほぼ不可能である。
だいたいその理由すら本当かどうか怪しい。たまたま一番最初に見学に行ったのがその学校だったので、一番強烈な印象を受けたのかもしれないし、母親が勧めたのを鵜呑みにしたのかもしれない。あとは塾の同級生である。親から刷り込まれた学校観を友達に披露するような子もいたのではなかろうか。
いずれにせよ、中学受験において男女御三家というのは正義である。
しかし公立に行けば払う必要のない大金を払わされるこっちの身からすれば、偏差値やステータスなんてものには何の興味もなく、払うからには最も高い実利が得られる学校を選びたいと思うのは当然である。
息子本人が言う志望校なんぞ当てにならん。行く価値のある学校を自分で見極めることにした。
6年生の春になってから、候補となりそうな中学の学校説明会にはことごとく足を運んだ。普通はもう1年くらいは早くこういうことをするらしいが、まあその時は自分が中学受験に興味を持っていなかったので仕方ない。
正直言うと、それまではどの学校も大した違いはないと思っていた。しかし校長の話しからは教育に対する信念や熱い思いが伝わってきたりこなかったり、個性的なカリキュラムを持つ学校があったりと、それまでの自分の考え方は誤っていたことに気付かされた。
なるほど、これが私立か。
確かに高いお金を払ってでも通わせてやりたいと思う魅力的な学校がいくつかあった。難易度も低くはないが、届く範囲。そして息子の志望する御三家校は、魅力的ではあるが上位ではなかった。
さあ、本人を説得だ。
仕事でクライアントを説得するかのようなプレゼン資料を作り、リビングのテレビに映して、自分の気に入った学校に誘導するプレゼンを行った。
学校選びに関する様々な観点を提示し、各候補校のメリット・デメリットを説明した。内容を正しく理解すれば、自然と自分の勧める学校が第一志望になるはずの渾身のプレゼンである。
そしてプレゼン終了後に改めて息子に志望校を尋ねたところ、あっさりと従来からの御三家校の名前を挙げた...。自分のプレゼンは何の効果も発揮しなかった。
説得を諦めるわけではないが、気分良く勉強してもらうために、ここはいったん退くことにした。最後の最後に説得が成功すればいい。
夏休みが明けると生活は受験一色になった。1年生から続けていたスポーツクラブは休部した。塾通いはそれまでは平日2日+土の週3日だったのが、日曜も加わり週4日になった。
しかし、塾以外での勉強時間は特別に多いわけではない。多くのアドバイスによると、朝は早起きして勉強すべし、と書いてあるが、それは結局無理だった。息子はどうやら夜型人間で、夜は11時、12時まで勉強して、朝は学校に行くギリギリの時間まで寝るというスタイルに落ち着いた。自分も夜型だから理解はできたし、それも個性だと割り切ることにした。
テレビやマンガもちょこちょこ見ていたが、それこそが必要な「余裕」だと思い、特に勉強に追い立てるようなことはしなかった。(自分は。妻は別。)
ちなみに中学受験は親子の二人三脚、とはよく言われるが、生活面はともかく、こと勉強に関して言えば完全に塾と本人任せ。机に向かっている間、何の勉強をしているのかも知らない有様。
しかしそれが功を奏したのかどうかは分からないが、塾での成績は徐々に上昇してきて、10月頃からは御三家校を完全に射程に捉えた。
その後は概ね合格圏内をキープ、上昇ペースが予想よりも2ヶ月ほど早かった以外は、ほぼ自分の見立てた通りのシナリオだった。
第一志望は相変わらず御三家校だったが、第二志望は父に義理立てしたのか、自分のお勧め校ということになった。加えて第三志望群に何校か。
この中で最も試験が早いのが第二志望の学校。定員が2つに分割され、試験は2回実施される。1月中に行われる1回目で合格することができれば、後はもう第一志望を受けるだけでよくなり、その後のスケジュールが非常に楽になる。
が、残念ながら不合格。
さすがに本人も多少はショックだったようだ。しかしここは切り替えが大事。
「失敗というのは、そこから学びがある限りは失敗ではなく、次の成功に必要な過程のひとつになるのだ。この不合格をそうできるかどうかは、この後の頑張り次第だぞ。」
午後に受けた学校は当日夜にインターネットで合格発表があり、めでたく合格!この学校も自分の評価は高く、本人もかなり気に入っていたので一安心である。
父お勧めの第二志望校に二度目のチャレンジ。合格発表は翌日朝。
受験会場まで息子を送り届けてから少し経った頃に、前日の第二志望校の合格発表の時間がやってきた。緊張しながらホームページを開く...息子の受験番号を探す...
うーむ、残念!父の目論見はここで潰える。
実のところこの学校、偏差値的には第一志望の御三家校よりも高いのである。ここを第一志望にして対策してきている受験生がたくさんいることを考えると、こっちは過去問をちょっと問いたくらいの準備で、まあ仕方のない結果ではある。
午前の試験終了後、息子と昼食を取り、気を取り直して向かうは第一志望校の合格発表。これまでの合否確認はすべてインターネットだったので、実際に掲示板を見に来るのは本人も自分も初めてである。
緊張の一瞬。
遠くから掲示板を見つめていた息子の顔が一瞬ハッとする。あれは自分の番号? 遠くてよく分からない。人混みをかき分け掲示板に駆け寄る。そして歓喜の瞬間。
合格。
父としては御三家校に合格したことよりも、息子が自分で立てた目標に向かって努力し、見事それを達成したことこそが喜ばしい。この成功体験はきっと今後の成長の糧になることだろう。
そして望外に嬉しかったのは、息子が「僕を塾に通わせてくれてありがとう」と言ってくれたこと。最近は塾で鍛えた脳みそをひねくれたことを言ってみたり、屁理屈こねることにばかり活用していたので、こんなにも素直な感謝の言葉をもらえるとは思ってもみなかった。
また、自身の合格を喜びつつも、残念ながら不合格だった塾の友人たちの気持ちを慮る言葉もあり、そこにも成長を感じとることができた。
自分としては第二志望校(父の第一志望校)不合格で、息子を説得する機会さえなかったのは少し残念ではあるが、合格した第一志望校も実のところ非常に魅力のある学校であり、本人の喜びようも見れば、きっと説得には耳を貸さなかっただろうし、自分もあっさり諦めたことと思う。
それに何より、自分がこれまで全ての場面でそうしてきたように、息子にも自分の人生を自分で決める権利があり、これはその第一歩だったのだ。
自由な校風を大きな特徴とするその学校で、大いに自由を謳歌したまえ。
(ただし高い学費の元は取ってもらわないと困る。)
来年以降受験するご家庭へのアドバイスなんてものはほとんどない。
息子の受験は成功裏に終わったが、自分の立てた受験方針や戦略はあくまでもその息子が前提のものである。下の子が数年後に受験することになるかもしれないが、その子はまた違う個性を持っているので、同じ戦略は使えないと思っている。
あえて言うなら、
以上、長文乱筆失礼致しました。
これは 退学 Advent Calendar 2015 12/18 の記事です。
勢いで登録したものの1週間近く過ぎてしまったこと自体が、2回も退学するような人間であることをよく表しています。
てきとうなブログスペースがないのでここに書き殴ります。なるだけ時系列順で。
物心ついたときからなぜか勉強ができたというか、テストの点数だけは良かった。
小学生時代は(客観的に本当にそうだったのかわからないが)イジメられるような人間で、
それがイヤになって公立の中学を避けて、中学受験をして私立の学校に進学した。
ここがいわゆる進学校的なところで、中高一貫校の利点を活かして中学のうちから高校の授業をするようなところだった。
模試なんかも1学年上の模試を受けさせられたりしていて、自分にはそのような先取りの学習スタイルが合っており、
中学を卒業する頃には高校の理科系の科目については教科書の内容を終えていた。
中1からギターを始め、まわりの友達に楽器を教えてバンドを組んで、
自分たちで企画してライブハウスを借りて同級生を集めてライブイベントを開いたりしていた。
音楽にドップリはまって、東京に行ってミュージシャンになりたいと思い始めた。
また、当時流行していたモーニング娘。にも衝撃を受けて、後藤真希に激ハマリ。
「自分は上京して音楽家として売れて後藤真希と結婚するのだ」と強く思い込むようになった。
すでに高校の学習内容を終えていた自分にとって、学校はひどくつまらなかった。
拘束のキツい進学校で、朝課外・夜課外というものが必須で組み込まれており、
7:30-18:00 という長時間、わかりきった授業を受けるのが耐えられなくなった。
こうなることはだいたい予想できていたので、別の高校の受験も検討していたが、
その学校には「他の高校を受験してはいけない」という規則があったため叶わなかった。
そのうち学校に行かなくなって、自宅で将来を空想して過ごすことが多くなった。
この頃インターネットにハマって、アイドルのファンページや 2ch を見始めた。
「スムーズに上京してミュージシャンになるにはどうしたらいいか」を考えた結果、
アルバイトをして音楽機材を買い、東京大学に合格して上京しようと思い始めた。
しかしながら、いくら試験の点数が良くても授業に出なければ卒業はできない。
(が、もともと通学できてないのだ。新聞配達をして寝るようになった。)
周囲の大人にだいぶ迷惑をかけた。
「今辞めたら大検を2回受けられる」というのを切り札にして退学した。
(が、大検会場が田舎でめちゃめちゃ遠かったので、結局1日目しか行かなかった)
「音楽機材を買い集めること」と「東京大学に合格すること」だった。
平日深夜はコンビニ、土日昼は結婚式のアルバイトという具合で、
昼夜も逆転しているため勉強どころではなかった。
当時一番つらかったことは、「実は高校を中退していない」という悪夢を繰り返し見続けることだった。
この時点で自分はただの中卒のフリーター。大学に合格しなければただのドロップアウト。未来はないだろう。
それが自分には受け入れられなかった。もともと「高校を辞めたい」と思って辞めたわけじゃない。
「つまらない教育制度が悪い」と思って辞めた。より高等な学問を勉強したかった。
「自分で勉強すればいい」には「つまらない授業のために教室にいられない」と答えるし(学費も私立なので高い)、
「海外で飛び級すればいい」には「そこまでの度胸はない」と答えていた。
(アイドルにハマっていたというのも大きいが)
このように、「本来の自分(と思っているもの)」と「現実の自分」とのギャップの大きさに耐え切れず、
「本当は高校中退してないよ、お前はマトモだよ」という甘い夢を見続けることになる。
(現実は甘くない。そしてこの夢は大学に入ってからも数年続いた)
バイトに通う道すがら、制服を着た学生を見かけると思わず身を隠すぐらいこわかった。
ろくに1、2年勉強しなかったのでさすがにハードルを上げすぎたなと後悔した。
しかし、努力が長続きするタイプでもないし、勉強机に何時間も向き合える性格でもない。
当時は枕元にバイトで買った Mac のディスプレイを置いて大学受験板、大学生活板、モー娘。板などを見ながら
寝そべった体勢で受験勉強していた。
直前の模試では良い結果は出なかった。
「これはヤバイ」「人生終わったか?」と不安になったが、実際にはなんとか現役で合格できた。
(合格発表の現場に行く勇気はなかったため、インターネットで番号を見つけて喜んだ)
このとき一番うれしかったのは何といっても「憧れの東京で一人暮らしできる」ということだった。
とにかく何でもできる気がしていた。今まで辛い思いをした分、ここからはバラ色の人生をつかむのだ。
大学なんてどうとでもなるだろう、問題はどうやって人気者になって成功するかだ。本気でそう考えていた。
今思うとまったく甘い考えであるが、結果、大きな挫折にぶちあたることになった。
まず、朝起きれない。武道館で行われる大学の入学式に遅刻した。(入場できたかどうか覚えてない)
親が記念に購入したアルバムに自分が写っておらず、ひどくガッカリさせてしまった。
(また、自分が在学していた証拠が残らないという結果にもなった)
どこに行けば授業が受けられるのかすらわからない。
いつのまにか試験の時期が来たが、試験の受け方もやはりわからない。
結局何もわからないまま、2年が経過した。
単位は1つも取れず、それどころか1点も取ったことはない。
(この頃も「高校辞めてないよ、大学行けてるよ」という悪夢を見続けて辛かった)
入学させてくれた親との折り合いも付かず、往生際も悪く、結局5年も在籍して、1度も進級できなかった。
つまり、タイムアップである。(8年在籍できるが、もう卒業の見込みがない)
通常であればここで実家へ戻るのであろうが、
上京前からのインターネットの知り合いから仕事を紹介してもらって、
なんとか東京に残りたいと説得した。
しかし、それも束の間。
アルバイトのような仕事を転々とした後、家賃を滞納して強制退去。親に泣きつくことになる。
ルームシェアしていた友人の家に転がり込んだ。
いろいろあって25才くらいだったと思うが、当時は自分が正社員になることなんて絶対に無理だと思っていたので、
今でも、どうにかこうにか東京にいることができている。
10代のあの頃、自分がこんな人生を送るとはまったく想像していなかった。
ひとえに、まわりの大人・先輩方のおかげとしかいいようがない。
(ちなみに大学の友人は一人もいない)
うっかり長文になってしまった。
振り返って思うのは、(よく誤解されるのだけど)僕は退学したいと思って退学したわけではない。
なんとかまわりの人に助けていただいたということが大きい。
とはいえ、もう1度人生をやり直せたとしても、自分は退学することしかできなかっただろうなと思う。
今は、N高等学校 のような取り組みもあるし、
今後も、自分のような平均的でない人間であっても苦しまなくていいような柔軟な教育体制になっていってほしいと心から思っている。
今、学歴社会は徐々に崩れていっているそうだ。
おそらく、金持ちの親から、美しく、健康に生まれることだろう。
今日もエチオピアカレーを食べたのだけど、その近くの某大学の周りには中継車が大量に止まっていた。
おそらく、容姿のいい女に例の教授はありとあらゆるものをお漏らししたのだろう。
そんなニュースを報道するために、あるテレビ局は法務省前の司法試験の合格発表の様子を放映した。
この女は美人である。美人であるため、周りから優しくされただろうし、セックスにも困らなかっただろうし、溢れ出る性的魅力で気づかないうちに楽々な部分があっただろうし、容姿が悪くて気を病むこともなかっただろう。
その時点で不正だ。
・県立高校不合格、いまだにドラマなどで合格発表掲示板を見ると気分が悪くなる
・仕方なく入った私立高校の空気が肌に合わず体調を崩す、いまだに体調は完治していない
・中学生のとき塾の先生にいくら払ったらsex出来るか?という質問を受けた、拒否した
・小学生のときジャンプ立ち読みしてたら隣に立ってた男に股間を触られた、そのまま読んでていいよとか言われた、逃げた
・社会人になってからお世話になった人(既婚)と飲みにいったら胸触られた、苦笑いしてそのあと着信拒否
・小学生のとき席替えで隣の席に決まった男子が、えー俺◯◯さんの方がいい、と言った、聞こえないふりをした
・中学生のとき男子とちょっとした口論になったとき、犯すぞ!と大声で怒鳴られた、何も言えなかった
・小学生のとき体育で一生懸命走っていたら男子に、肉がやべー、と笑われた、聞こえないふりをした
・小学生のときスーパーで母親と買い物してたら母の知人に遭遇、(私)ちゃん大きくなったわねという言葉に、
母が「この子は横にばっかり大きくなって」と言った、何も言えなかった
・小学生のときスーパーで母親と買い物してたら今度同じ小学校に入学してくる予定の子に遭遇、その子の母親に学校は楽しい?と聞かれて、
楽しくないし行きたくないと答えた。あとから母親に「なんでそんなこというの!楽しいって言わなきゃ駄目でしょ!」と怒られた
まだいっぱいあるけど辛くなってきた
これは小説です。現実の出来事とは関係ないし、関係があったとみえてもしてもそれは偶然です。最後を読めばそうだって気づくはずです。
梅の香り高き昨今であるがこの前のの合格発表で今年度の大学入試はひと段落ついたわけだ。
さて、進学校にはたいてい、「合格体験記」だとか、「合格体験講話」なんて呼ばれる、新3年生の受験へのモチベーションを高めるための機会が設けられる。
つい先日に公式に「合格体験講話」代表メンバーが発表されたが、それを見てわたし(18歳、元女子高生、処女、平凡)は我が母校の没落を予感する羽目となった。
学校のスペック:進学校 東大合格者を*名しか出せない北陸地方の弱小校。なんで北陸地方で梅の香りがするのかは考えないことにしよう。
疑問は3つに分割できるのかなぁ?
メンバーの属性が寄り過ぎていた。全てのメンバーが3年間なり6年間なりシコシコと真面目に勉強してきたと思われるメンツだった。一見いいように見える。でも待ってほしい。彼らが持っているノウハウはシコシコと長時間かけて勉強して成果を出すノウハウだ。でもわたしの母校ってシコシコ真面目に勉強してきたやつばっかりだっただろうか。違うでしょう。どちらかというと。。。そんなわけではっきり言って誰を対象に組んだメンバーなのかはわからない。濃厚な短期間の努力で超難関理系大学に受かったやつを私はしっているぞ。そいつのノウハウの方が残された時間からして役に立つんじゃないか?
②そもそも超難関台を受けるやつばっかりだったっけ?
たしかに超難関大学に受かったやつは多少はいる。し、そうゆう大学を受けようとしている後輩も少しはいるだろう。でも、大多数は中堅どころの国立大に入りたいって思っているやつだ。そんな奴らに難関大合格のしかも自分に当てはめられるかわからないようなノウハウが必要と言えるのか?そいつらが使えもしないノウハウに間違えて手を出して、結局やりきれなかったなんてことになるはめになるんじゃないのか?不相応な意識ばかりついて、後の足かせになるんじゃないのか?
まぁ、いい。上のことは少し置いておこう。でも、ちょっとまってくれ。私の母校は理系中心じゃなかったのか?2/3ぐらいの生徒は理系じゃなかったのか?なのになんで文系にも半分の時間はなさせるんだ。しかもその文系の1/2は全く同じ大学の同じ入試区分じゃないか。なんの意味があるんだ?(私は理系女子だ。そして処女だ。*******は***だし*******なのだ。だから特に憤りを覚える。)
④なんでそんなことが起こったのか
本当に簡単な理由だろう。推測にすぎないけど。それは労働者(教師)のプライドだろう。私はこんないい大学に生徒を送り出せました。優秀な教師です。とでもアピールしたいのではないのか。普段認めてもらえないし。でも、そんなことでしかプライドを守れないって恥ずかしいと思うぞ。本当に良い授業(というか教師)をしていれば周りが勝手にその教師に感動する。少ない例だが何件かわたしはそんな教師を見たことがある。どっちを目指すべきかは明白だろうに、推測なのでなんとも言えないけどwww
⑤(指摘を受けて削除)
⑥まとめ
上に書いたような合理的なな判断も出来ないようでは、今まではやってこれたとしてもこれからの供給過多、需要爆減の時代、つまり子供が40%も減る時代に到底は耐えられまい。GDPだって低下するだろうに授業料のべらぼうに高い私立の学校に通わせたい親だって何人いるんだか。周りの学校の努力からしても、営業努力さえ疎かにしているし、(いっておくが少なくても近所の3つの中学校のやつらが私の学校の学校紹介は最低だった。と説明している)劣っている。
そんなわけで私は私の母校が、具体的には6年間中古のレ9サスが買えるほどの金を収めた我が母校が、15年ぐらいで潰れると推測する。
追記:国公立大学に***人入れたら成功した学年だっていう話ぐらいは******。そして、その数を増やさんばかりに生徒の志望校を*****ことも私は知っている。目指すべきは自分の短期的なメリットなのか?いつか後悔するんじゃないのか?*****の結果は*****と*****
追記2:(指摘により削除)
「そんな学校があったら面白いなぁ」私は新しいマイルドセブンのシールをはがしつつ一人でつぶやいた。すると画面の中からハルヒが出てきて
僕は肯いた。
僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって。
でもそれがマイルドセブンというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。
マイルドセブンは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。
僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。
これは小説です。現実の出来事とは関係ないし、関係があったとみえてもしてもそれは偶然です。最後を読めばそうだって気づくはずです。
梅の香り高き昨今であるがこの前のの合格発表で今年度の大学入試はひと段落ついたわけだ。
さて、進学校にはたいてい、「合格体験記」だとか、「合格体験講話」なんて呼ばれる、新3年生の受験へのモチベーションを高めるための機会が設けられる。
つい先日に公式に「合格体験講話」代表メンバーが発表されたが、それを見てわたし(18歳、元女子高生、処女)は我が母校の没落を予感する羽目となった。
学校のスペック:進学校 東大合格者を数名しか出せない北陸地方の弱小校。なんで北陸地方で梅の香りがするのかは考えないことにしよう。
メンバーの属性が寄り過ぎていた。全てのメンバーが3年間なり6年間なりシコシコと真面目に勉強してきたと思われるメンツだった。一見いいように見える。でも待ってほしい。彼らが持っているノウハウはシコシコと長時間かけて勉強して成果を出すノウハウだ。でもわたしの母校ってシコシコ真面目に勉強してきたやつばっかりだっただろうか。違うでしょう。どちらかというと。。。そんなわけではっきり言って誰を対象に組んだメンバーなのかはわからない。濃厚な短期間の努力で超難関理系大学に受かったやつを私はしっているぞ。そいつのノウハウの方が残された時間からして役に立つんじゃないか?
②そもそも超難関台を受けるやつばっかりだったっけ?
たしかに超難関大学に受かったやつは多少はいる。し、そうゆう大学を受けようとしている後輩も少しはいるだろう。でも、大多数は中堅どころの国立大に入りたいって思っているやつだ。そんな奴らに難関大合格のしかも自分に当てはめられるかわからないようなノウハウが必要と言えるのか?そいつらが使えもしないノウハウに間違えて手を出して、結局やりきれなかったなんてことになるはめになるんじゃないのか?不相応な意識ばかりついて、後の足かせになるんじゃないのか?
まぁ、いい。上のことは少し置いておこう。でも、ちょっとまってくれ。私の母校は理系中心じゃなかったのか?2/3ぐらいの生徒は理系じゃなかったのか?なのになんで文系にも半分の時間はなさせるんだ。しかもその文系の1/2は全く同じ大学の同じ入試区分じゃないか。なんの意味があるんだ?(私は理系女子だ。そして処女だ。*******は***だし*******なのだ。だから特に憤りを覚える。)
④なんでそんなことが起こったのか
本当に簡単な理由だろう。推測にすぎないけど。それは労働者(教師)のプライドだろう。私はこんないい大学に生徒を送り出せました。優秀な教師です。とでもアピールしたいのではないのか。普段認めてもらえないし。でも、そんなことでしかプライドを守れないって恥ずかしいと思うぞ。本当に良い授業(というか教師)をしていれば周りが勝手にその教師に感動する。少ない例だが何件かわたしはそんな教師を見たことがある。どっちを目指すべきかは明白だろうに、推測なのでなんとも言えないけどwww
⑤まとめ
上に書いたような合理的なな判断も出来ないようでは、今まではやってこれたとしてもこれからの需要過多の時代、つまり子供が40%も減る時代に到底は耐えられまい。GDPだって低下するだろうに授業料のべらぼうに高い私立の学校に通わせたい親だって何人いるんだか。周りの学校の努力からしても、営業努力さえ疎かにしているし、(いっておくが少なくても近所の3つの中学校のやつらが私の学校の学校紹介は最低だった。と説明している)劣っている。
そんなわけで私は私の母校が、具体的には6年間中古のレ9サスが買えるほどの金を収めた我が母校が、15年ぐらいで潰れると推測する。
追記:国公立大学に***人入れたら成功した学年だっていう話ぐらいは私だって知っている。そして、その数を増やさんばかりに生徒の志望校を*****ことも私は知っている。目指すべきは自分の短期的なメリットなのか?いつか後悔するんじゃないのか?********************の結果は***********************と思うぞ。
「そんな学校があったら面白いなぁ」私は新しいマイルドセブンのシールをはがしつつ一人でつぶやいた。すると画面の中からハルヒが出てきて
僕は肯いた。
僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって。
でもそれがマイルドセブンというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。
マイルドセブンは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。
僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。
これは小説です。現実の出来事とは関係ないし、関係があったとみえてもしてもそれは偶然です。最後を読めばそうだって気づくはずです。
梅の香り高き昨今であるがこの前のの合格発表で今年度の大学入試はひと段落ついたわけだ。
さて、進学校にはたいてい、「合格体験記」だとか、「合格体験講話」なんて呼ばれる、新3年生の受験へのモチベーションを高めるための機会が設けられる。
つい先日に公式に「合格体験講話」代表メンバーが発表されたが、それを見てわたし(18歳、元女子高生、処女)は我が母校の没落を予感する羽目となった。
学校のスペック:進学校 東大合格者を数名しか出せない北陸地方の弱小校。なんで北陸地方で梅の香りがするのかは考えないことにしよう。
メンバーの属性が寄り過ぎていた。全てのメンバーが3年間なり6年間なりシコシコと真面目に勉強してきたと思われるメンツだった。一見いいように見える。でも待ってほしい。彼らが持っているノウハウはシコシコと長時間かけて勉強して成果を出すノウハウだ。でもわたしの母校ってシコシコ真面目に勉強してきたやつばっかりだっただろうか。違うでしょう。どちらかというと。。。そんなわけではっきり言って誰を対象に組んだメンバーなのかはわからない。濃厚な短期間の努力で超難関理系大学に受かったやつを私はしっているぞ。そいつのノウハウの方が残された時間からして役に立つんじゃないか?
②そもそも超難関台を受けるやつばっかりだったっけ?
たしかに超難関大学に受かったやつは多少はいる。し、そうゆう大学を受けようとしている後輩も少しはいるだろう。でも、大多数は中堅どころの国立大に入りたいって思っているやつだ。そんな奴らに難関大合格のしかも自分に当てはめられるかわからないようなノウハウが必要と言えるのか?そいつらが使えもしないノウハウに間違えて手を出して、結局やりきれなかったなんてことになるはめになるんじゃないのか?不相応な意識ばかりついて、後の足かせになるんじゃないのか?
まぁ、いい。上のことは少し置いておこう。でも、ちょっとまってくれ。私の母校は理系中心じゃなかったのか?2/3ぐらいの生徒は理系じゃなかったのか?なのになんで文系にも半分の時間はなさせるんだ。しかもその文系の1/2は全く同じ大学の同じ入試区分じゃないか。なんの意味があるんだ?(私は理系女子だ。そして処女だ。*******は***だし*******なのだ。だから特に憤りを覚える。)
④なんでそんなことが起こったのか
本当に簡単な理由だろう。推測にすぎないけど。それは労働者(教師)のプライドだろう。私はこんないい大学に生徒を送り出せました。優秀な教師です。とでもアピールしたいのではないのか。普段認めてもらえないし。でも、そんなことでしかプライドを守れないって恥ずかしいと思うぞ。本当に良い授業(というか教師)をしていれば周りが勝手にその教師に感動する。少ない例だが何件かわたしはそんな教師を見たことがある。どっちを目指すべきかは明白だろうに、推測なのでなんとも言えないけどwww
⑤まとめ
上に書いたような合理的なな判断も出来ないようでは、今まではやってこれたとしてもこれからの需要過多の時代、つまり子供が40%も減る時代に到底は耐えられまい。GDPだって低下するだろうに授業料のべらぼうに高い私立の学校に通わせたい親だって何人いるんだか。周りの学校の努力からしても、営業努力さえ疎かにしているし、(いっておくが少なくても近所の3つの中学校のやつらが私の学校の学校紹介は最低だった。と説明している)劣っている。
そんなわけで私は私の母校が、具体的には6年間中古のレ9サスが買えるほどの金を収めた我が母校が、15年ぐらいで潰れると推測する。
追記:国公立大学に***人入れたら成功した学年だっていう話ぐらいは私だって知っている。そして、その数を増やさんばかりに生徒の志望校を*****ことも私は知っている。目指すべきは自分の短期的なメリットなのか?いつか後悔するんじゃないのか?********************の結果は***********************と思うぞ。
「そんな学校があったら面白いなぁ」私は新しいマイルドセブンのシールをはがしつつ一人でつぶやいた。すると画面の中からハルヒが出てきて
僕は肯いた。
僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって。
でもそれがマイルドセブンというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。
マイルドセブンは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。
僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。
これは小説です。現実の出来事とは関係ないし、関係があったとみえてもしてもそれは偶然です。最後を読めばそうだって気づくはずです。
梅の香り高き昨今であるがこの前のの合格発表で今年度の大学入試はひと段落ついたわけだ。
さて、進学校にはたいてい、「合格体験記」だとか、「合格体験講話」なんて呼ばれる、新3年生の受験へのモチベーションを高めるための機会が設けられる。
つい先日に公式に「合格体験講話」代表メンバーが発表されたが、それを見てわたし(18歳、元女子高生、処女)は我が母校の没落を予感する羽目となった。
学校のスペック:進学校 東大合格者を数名しか出せない北陸地方の弱小校。なんで北陸地方で梅の香りがするのかは考えないことにしよう。
メンバーの属性が寄り過ぎていた。全てのメンバーが3年間なり6年間なりシコシコと真面目に勉強してきたと思われるメンツだった。一見いいように見える。でも待ってほしい。彼らが持っているノウハウはシコシコと長時間かけて勉強して成果を出すノウハウだ。でもわたしの母校ってシコシコ真面目に勉強してきたやつばっかりだっただろうか。違うでしょう。どちらかというと。。。そんなわけではっきり言って誰を対象に組んだメンバーなのかはわからない。濃厚な短期間の努力で超難関理系大学に受かったやつを私はしっているぞ。そいつのノウハウの方が残された時間からして役に立つんじゃないか?
②そもそも超難関台を受けるやつばっかりだったっけ?
たしかに超難関大学に受かったやつは多少はいる。し、そうゆう大学を受けようとしている後輩も少しはいるだろう。でも、大多数は中堅どころの国立大に入りたいって思っているやつだ。そんな奴らに難関大合格のしかも自分に当てはめられるかわからないようなノウハウが必要と言えるのか?そいつらが使えもしないノウハウに間違えて手を出して、結局やりきれなかったなんてことになるはめになるんじゃないのか?不相応な意識ばかりついて、後の足かせになるんじゃないのか?
まぁ、いい。上のことは少し置いておこう。でも、ちょっとまってくれ。私の母校は理系中心じゃなかったのか?2/3ぐらいの生徒は理系じゃなかったのか?なのになんで文系にも半分の時間はなさせるんだ。しかもその文系の1/2は全く同じ大学の同じ入試区分じゃないか。なんの意味があるんだ?(私は理系女子だ。そして処女だ。*******は***だし*******なのだ。だから特に憤りを覚える。)
④なんでそんなことが起こったのか
本当に簡単な理由だろう。推測にすぎないけど。それは労働者(教師)のプライドだろう。私はこんないい大学に生徒を送り出せました。優秀な教師です。とでもアピールしたいのではないのか。普段認めてもらえないし。でも、そんなことでしかプライドを守れないって恥ずかしいと思うぞ。本当に良い授業(というか教師)をしていれば周りが勝手にその教師に感動する。少ない例だが何件かわたしはそんな教師を見たことがある。どっちを目指すべきかは明白だろうに、推測なのでなんとも言えないけどwww
⑤まとめ
上に書いたような合理的なな判断も出来ないようでは、今まではやってこれたとしてもこれからの需要過多の時代、つまり子供が40%も減る時代に到底は耐えられまい。GDPだって低下するだろうに授業料のべらぼうに高い私立の学校に通わせたい親だって何人いるんだか。周りの学校の努力からしても、営業努力さえ疎かにしているし、(いっておくが少なくても近所の3つの中学校のやつらが私の学校の学校紹介は最低だった。と説明している)劣っている。
そんなわけで私は私の母校が、具体的には6年間中古のレ9サスが買えるほどの金を収めた我が母校が、15年ぐらいで潰れると推測する。
追記:国公立大学に***人入れたら成功した学年だっていう話ぐらいは私だって知っている。そして、その数を増やさんばかりに生徒の志望校を*****ことも私は知っている。目指すべきは自分の短期的なメリットなのか?いつか後悔するんじゃないのか?********************の結果は***********************と思うぞ。
「そんな学校があったら面白いなぁ」私は新しいマイルドセブンのシールをはがしつつ一人でつぶやいた。すると画面の中からハルヒが出てきて
僕は肯いた。
僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって。
でもそれがマイルドセブンというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。
マイルドセブンは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。
僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。
これは小説です。現実の出来事とは関係ないし、関係があったとみえてもしてもそれは偶然です。最後を読めばそうだって気づくはずです。
梅の香り高き昨今であるがこの前のの合格発表で今年度の大学入試はひと段落ついたわけだ。
さて、進学校にはたいてい、「合格体験記」だとか、「合格体験講話」なんて呼ばれる、新3年生の受験へのモチベーションを高めるための機会が設けられる。
つい先日に公式に「合格体験講話」代表メンバーが発表されたが、それを見てわたし(18歳、元女子高生、処女)は我が母校の没落を予感する羽目となった。
学校のスペック:進学校 東大合格者を数名しか出せない北陸地方の弱小校。なんで北陸地方で梅の香りがするのかは考えないことにしよう。
メンバーの属性が寄り過ぎていた。全てのメンバーが3年間なり6年間なりシコシコと真面目に勉強してきたと思われるメンツだった。一見いいように見える。でも待ってほしい。彼らが持っているノウハウはシコシコと長時間かけて勉強して成果を出すノウハウだ。でもわたしの母校ってシコシコ真面目に勉強してきたやつばっかりだっただろうか。違うでしょう。どちらかというと。。。そんなわけではっきり言って誰を対象に組んだメンバーなのかはわからない。濃厚な短期間の努力で超難関理系大学に受かったやつを私はしっているぞ。そいつのノウハウの方が残された時間からして役に立つんじゃないか?
②そもそも超難関台を受けるやつばっかりだったっけ?
たしかに超難関大学に受かったやつは多少はいる。し、そうゆう大学を受けようとしている後輩も少しはいるだろう。でも、大多数は中堅どころの国立大に入りたいって思っているやつだ。そんな奴らに難関大合格のしかも自分に当てはめられるかわからないようなノウハウが必要と言えるのか?そいつらが使えもしないノウハウに間違えて手を出して、結局やりきれなかったなんてことになるはめになるんじゃないのか?不相応な意識ばかりついて、後の足かせになるんじゃないのか?
まぁ、いい。上のことは少し置いておこう。でも、ちょっとまってくれ。私の母校は理系中心じゃなかったのか?2/3ぐらいの生徒は理系じゃなかったのか?なのになんで文系にも半分の時間はなさせるんだ。しかもその文系の1/2は全く同じ大学の同じ入試区分じゃないか。なんの意味があるんだ?(私は理系女子だ。そして処女だ。*******は***だし*******なのだ。だから特に憤りを覚える。)
④なんでそんなことが起こったのか
本当に簡単な理由だろう。推測にすぎないけど。それは労働者(教師)のプライドだろう。私はこんないい大学に生徒を送り出せました。優秀な教師です。とでもアピールしたいのではないのか。普段認めてもらえないし。でも、そんなことでしかプライドを守れないって恥ずかしいと思うぞ。本当に良い授業(というか教師)をしていれば周りが勝手にその教師に感動する。少ない例だが何件かわたしはそんな教師を見たことがある。どっちを目指すべきかは明白だろうに、推測なのでなんとも言えないけどwww
⑤まとめ
上に書いたような合理的なな判断も出来ないようでは、今まではやってこれたとしてもこれからの需要過多の時代、つまり子供が40%も減る時代に到底は耐えられまい。GDPだって低下するだろうに授業料のべらぼうに高い私立の学校に通わせたい親だって何人いるんだか。周りの学校の努力からしても、営業努力さえ疎かにしているし、(いっておくが少なくても近所の3つの中学校のやつらが私の学校の学校紹介は最低だった。と説明している)劣っている。
そんなわけで私は私の母校が、具体的には6年間中古のレ9サスが買えるほどの金を収めた我が母校が、15年ぐらいで潰れると推測する。
追記:国公立大学に***人入れたら成功した学年だっていう話ぐらいは私だって知っている。そして、その数を増やさんばかりに生徒の志望校を*****ことも私は知っている。目指すべきは自分の短期的なメリットなのか?いつか後悔するんじゃないのか?********************の結果は***********************と思うぞ。
「そんな学校があったら面白いなぁ」私は新しいマイルドセブンのシールをはがしつつ一人でつぶやいた。すると画面の中からハルヒが出てきて
僕は肯いた。
僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって。
でもそれがマイルドセブンというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。
マイルドセブンは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。
僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。
これは小説です。現実の出来事とは関係ないし、関係があったとみえてもしてもそれは偶然です。最後を読めばそうだって気づくはずです。
梅の香り高き昨今であるがこの前のの合格発表で今年度の大学入試はひと段落ついたわけだ。
さて、進学校にはたいてい、「合格体験記」だとか、「合格体験講話」なんて呼ばれる、新3年生の受験へのモチベーションを高めるための機会が設けられる。
つい先日に公式に「合格体験講話」代表メンバーが発表されたが、それを見てわたし(18歳、元女子高生、処女)は我が母校の没落を予感する羽目となった。
学校のスペック:進学校 東大合格者を数名しか出せない北陸地方の弱小校。なんで北陸地方で梅の香りがするのかは考えないことにしよう。
メンバーの属性が寄り過ぎていた。全てのメンバーが3年間なり6年間なりシコシコと真面目に勉強してきたと思われるメンツだった。一見いいように見える。でも待ってほしい。彼らが持っているノウハウはシコシコと長時間かけて勉強して成果を出すノウハウだ。でもわたしの母校ってシコシコ真面目に勉強してきたやつばっかりだっただろうか。違うでしょう。どちらかというと。。。そんなわけではっきり言って誰を対象に組んだメンバーなのかはわからない。濃厚な短期間の努力で超難関理系大学に受かったやつを私はしっているぞ。そいつのノウハウの方が残された時間からして役に立つんじゃないか?
②そもそも超難関台を受けるやつばっかりだったっけ?
たしかに超難関大学に受かったやつは多少はいる。し、そうゆう大学を受けようとしている後輩も少しはいるだろう。でも、大多数は中堅どころの国立大に入りたいって思っているやつだ。そんな奴らに難関大合格のしかも自分に当てはめられるかわからないようなノウハウが必要と言えるのか?そいつらが使えもしないノウハウに間違えて手を出して、結局やりきれなかったなんてことになるはめになるんじゃないのか?不相応な意識ばかりついて、後の足かせになるんじゃないのか?
まぁ、いい。上のことは少し置いておこう。でも、ちょっとまってくれ。私の母校は理系中心じゃなかったのか?2/3ぐらいの生徒は理系じゃなかったのか?なのになんで文系にも半分の時間はなさせるんだ。しかもその文系の1/2は全く同じ大学の同じ入試区分じゃないか。なんの意味があるんだ?(私は理系女子だ。そして処女だ。*******は***だし*******なのだ。だから特に憤りを覚える。)
④なんでそんなことが起こったのか
本当に簡単な理由だろう。推測にすぎないけど。それは労働者(教師)のプライドだろう。私はこんないい大学に生徒を送り出せました。優秀な教師です。とでもアピールしたいのではないのか。普段認めてもらえないし。でも、そんなことでしかプライドを守れないって恥ずかしいと思うぞ。本当に良い授業(というか教師)をしていれば周りが勝手にその教師に感動する。少ない例だが何件かわたしはそんな教師を見たことがある。どっちを目指すべきかは明白だろうに、推測なのでなんとも言えないけどwww
⑤まとめ
上に書いたような合理的なな判断も出来ないようでは、今まではやってこれたとしてもこれからの需要過多の時代、つまり子供が40%も減る時代に到底は耐えられまい。GDPだって低下するだろうに授業料のべらぼうに高い私立の学校に通わせたい親だって何人いるんだか。周りの学校の努力からしても、営業努力さえ疎かにしているし、(いっておくが少なくても近所の3つの中学校のやつらが私の学校の学校紹介は最低だった。と説明している)劣っている。
そんなわけで私は私の母校が、具体的には6年間中古のレ9サスが買えるほどの金を収めた我が母校が、15年ぐらいで潰れると推測する。
追記:国公立大学に***人入れたら成功した学年だっていう話ぐらいは私だって知っている。そして、その数を増やさんばかりに生徒の志望校を*****ことも私は知っている。目指すべきは自分の短期的なメリットなのか?いつか後悔するんじゃないのか?********************の結果は***********************と思うぞ。
「そんな学校があったら面白いなぁ」私は新しいマイルドセブンのシールをはがしつつ一人でつぶやいた。すると画面の中からハルヒが出てきて
僕は肯いた。
僕はそのことをずっと感じつづけていたよ。そこには何かがあるんだって。
でもそれがマイルドセブンというきちんとした形になったのは、それほど前のことじゃない。
マイルドセブンは少しずつ形を定めて、その住んでいる世界の形を定めてきたんだ。
僕が年をとるにつれてね。何故だろう? 僕にもわからない。
少し前に「学年ビリだったギャルが慶應に行く」という本が売っているのを見かけた。
思わずこのタイトルを見ただけで思い出してしまった、未だ忘れられない私の高校時
代の思い出を語りたい。
私の通っていた高校は県立の中でもかなり下&定員割れというよくある新興校だった。
基本バカしかいなくて、中学の勉強をほとんど理解できてない人が入る高校である。
不良とギャルが圧倒的に多いのだが、たまたまうちのクラスは雰囲気が明るくて不良
もギャルもオタクも皆仲が良く、担任の若い熱血女教師も皆から好かれていた。
コースが分かれている関係で、クラスは基本1年から3年まで担任ごと持ち上がりな
のでその点でもかなり恵まれていたと思う。
私自身はよくいるキモオタで皆からは「パープル」と呼ばれていた。
これは当時発売されたばかりで流行っていたユニクロのフリース(紫)を愛用してい
たことから名付けられたのだが、まあ私のことはどうでもいいんだ。
ギャル子はバカだけど明るくて人見知りしないクラスのムードメーカー。
当時流行っていたガングロに憧れすぎて、数学のおじいちゃん先生から「サンボ」と
一方、秀才君は不遇の秀才で、中学生時代に大病をして出席数が極端に少なかった上
に一番頭のいい公立高校に落っこちてしまい、二次募集で定員割れのうちに来たとい
う経歴の持ち主だった。ちなみに秀才君に関しては結論から先に言うと慶應大学に進
学し(開校以来初の快挙)今は都庁職員として忙しい日々を送っている。
事はギャル子が突然「先生になりたい」と言い出したことに始まる。
当時、GTOが大流行中で多分に漏れずギャル子も「不良→教師」という分かり易い
感動のツボにまんまと乗せられた一人だった。
言うまでもなく誰も真剣に受け取っていなかったがギャル子は秀才君に勉強を教えろ
と絡みだし、秀才君は最初嫌々ながらも放課後ギャル子の面倒を見ることとなった。
それが確か3年の5月位だったかな。
同窓会で秀才君がしみじみ言ってたけど「小学校からの復習だからね」というレベル
だったらしい。まあ私自身を振り返れば高校がそんなレベルだから仕方ないと言うこ
とは皆分かっていたし、すぐにギャル子も音を上げると思っていた。
「そこまでヤル気があるのなら」と熱血女担任も乗り気になり、担任が仕事をしてい
た教務室の隣の席を開放し、毎日毎日放課後担任が帰るまで2人で勉強していた。
夏から秋・そして冬へとあっという間に時は過ぎギャル子は日に日に変わっていった。
日サロ通いを辞めたせいかサンボの面影も徐々になくなり、二学期が始まる頃には秀
才君が「教え甲斐がある」と言い始めた。大半は就職し(私も就職組)、進学組もほ
とんどは専門という状況でクラスで大学を受けるのは秀才君とギャル子たった2人だ
けだった。
それでも正直、ギャル子が大学に受かるなんて本気で思っていた奴はいなかったと思う。
何でよりにもよって国立なんだ!私立ならなんとかなるとこありそうなのに!
というのが私たちの声だったが、ギャル子は熱血女担任の母校であった埼玉大学に進
学して教師になると決めていた。
この高校生活最後の一大イベントを見逃すわけには行かず、クラス有志でギャル子の
合格発表を見守る集いを募ったところクラスの大半が参加する事になった(ギャル子
は嫌がったがw)。
私達は年明けの自主通学になった後も「祈る!合格」や「必勝」などのポスターや横
忘れもしない。
秀才君が華麗に慶應大学に合格しうちのバカ高校に激震が走るのもつかの間、
その日はどんよりとした天気で北浦和から受験生1人と全く関係のない応援軍団がバ
いつも明るく天然なギャル子はガチガチになっていて、馬鹿な私達は「横断幕はやり
すぎだったんじゃないか?」とか今更な疑問に困惑していた。
テレビで見るような東大なんかの合格発表と違い、たくさんの人がワイワイ賑わって
いるような光景じゃない。時間帯的にもピーク後だったら気持ち程度の学生っぽい人
「いってくるね」
私達は祈った。とにかく祈った。
こんなに頑張ったギャル子にどうか春を迎えさせてやってくれ!神様!!頼む!!
みんな固唾を飲んで見守っていると、ギャル子がクルッとこちらを振り返った。
ギャル子は泣いていた。泣いたままゆっくり私達の方に近づいてきた。
鼻水と涙でボロボロになりながらギャル子は私達に抱きついてきた。
横断幕を掲げた怪しげな集団が歓喜の怒号を上げ、ギャル子を胴上げした。
皆自分の事のように喜び、女子や一部の男子(私)は泣いていた。
ギャル子がどんなに頑張ったか知っている秀才君はボロボロ泣いて胴上げしていた。
世間から見れば何てことはない一地方大学の合格発表かもしれない。
でもギャル子にとって、私達の高校にとってギャル子が成し遂げたことは東大合格に
も優らぬとも劣らない大偉業だったから。
私達はわざと熱血女担任には連絡しないでそのまま高校の職員室に雪崩れこんだ。
「先生!受かった!」
職員室は俺達にも引けをとらないほどの歓喜の渦に巻き込まれ、ギャル子と熱血女担
任は抱き合って泣いて喜び合った。
騒ぎを聞きつけた校長先生が職員室に飛び込んでくると何故か校長も泣いていたw。
不良が多いうちの高校で本当に苦労していた校長や他の先生たちは、ギャル子が成し
遂げた事がどんなに凄いことかとてもよく理解していた。
と言うとそれまで泣いていなかった他の先生もボロボロ泣きだした。
と校長が叫んだ。
と書き加えられた。
あれからもう十数年が経過した。
定員割れが続いた我が母校は統廃合されて名前こそ変わったものの
とりあえずなんとか存続はしているみたいだ。
ちなみに私は某鉄道会社の車掌として右往左往する日々を送っている(皆さんに会っ
てるかも^^;)。
そしてもちろんギャル子は、県立高校の国語教師として忙しい毎日を送っている。
【おことわり】
しかし元・ギャルの大逆転劇やクラスの話は間違いなく事実ですので、ちょっと前
にも「学年ビリのギャルが~」のような話が実在していたと思っていただければ幸
いです^^;
浪人が決まって駿台の東大理系コースに入学を考えている人に、コースの選択や一年の流れについて、少しでも役に立てばと思って書きます。
自己紹介をすると、今年駿台お茶の水の東大理系演習コースに在籍して、東大に合格した者です。
2013年のお茶の水3号館クラス編成等に基づきますので、変更がある可能性はあります。
1.コースをどれにするか
の3コースがあります。
普通コースと集中コースは合同でSA/SB/SCの3クラス(1クラス150~200人)、演習コースはSX/SY/SZの3クラス(1クラス30~40人)です。各コースの差を説明すると、普通コースと集中コースは平日はテキストを用いて授業をします。生徒は予習していって、授業で講師の話を聞いてノートをとるわけです。集中コースは加えて毎週土曜に、パワーアップセミナーがあります。
演習コースは前期は毎週英語2時間、数学2時間、物理1時間、化学2時間の演習授業があり、後期は英語2時間、数学4時間、物理3時間、化学3時間の演習授業があります(1時間=50分、演習授業は半分が演習で半分が解説)。他は普通コースと同様、テキストを用いた授業です。ただし演習をやることもあります。さらに土曜にテスト演習をやることが数回あり、添削指導も数回実施されます。演習コースはテキストを用いる授業時間が少ないため、数学や物理は普通コースより薄い(重要な問題を選んだ)テキストを使う他、センター対策の授業がほとんどありません。現代文の授業でセンタータイプの問題演習があり、社会の授業(当然センター向け)があるだけです。
さて、コース選択ですが、集中コースは止めた方が良いです。パワーアップセミナーは蛇足の感があります(東大二次と同じくらいのレベルで、少なくとも易しくはない)。普通コースのテキストで十分問題はこなせますし、模試と予習が結構時間を食うので土曜が半日でも潰れるのはつらいです。
そうなると普通コースか演習コースになりますが、ついていけるなら演習コースが良いです。周りのレベルが高いのが一番の理由です。また、クラスの人数が少ないので授業後の質問の待ち時間も減ります。
講師について言うとSX=SY≧SA>SZでしょう。他には、普通コースは席がつまっていて隣の机に人がいるのに対し、演習コースは机3つを2人で使うので余裕があります。
演習コースの良い点ばかり書きましたが、上述の講師のレベルから言うとSYに残れるなら演習コース、SZに落ちるくらいなら普通コース、という線引きが妥当かと思います。本試の点数で言うと180点くらいが分かれ目でしょうか?正直よくわからないので適当です。
2.どのくらい受かるの?
理三はよくわからないので理一/二に限って書きます。SXはほぼ全員、SYも9割は受かります。SXは秋の東大実戦のクラス平均が240点とかそういう化け物みたいなクラスなので、落ちる方が事件とも言えます。SZは医学部を受ける人もいたりしてよくわかりません。一方SAは上半分か1/3くらいだと思います。SBはおそらく10人程度、SCはほぼ受かりません。ちなみに東大に受かる人は全員早慶の合格実績を1つか2つは稼いでいます。
3.一年間の出来事
プレースメントテスト:上のクラスの方が良い講師に当たるので、真面目に受けましょう。
テキストもらったら、2~3週間分予習した方が余裕が持てると思います。
判定模試:易しいです。結果に油断しないように。
全国模試:そこそこ難しいです。
夏期講習申し込み:全国模試で打ちのめされた直後になります。講習については後述。
前期終講、夏休み開始
夏期講習
夏期講習
東大実戦
後期開講
全国模試:「残酷模試」と呼ばれるだけあって、難しいです。自分は東大実戦の方が簡単だと思います。
冬期講習申し込み:下記と同じく全国模試の直後です
東大実戦
後期終講
冬期講習
センター試験:舐めない方がいいです。受験校選びで足切りを気にし出すと悔いが残ります。
二次私大演習授業:センター翌日から4日間、各科目の演習授業があります。センターボケはここで解消。
国立前期
前期合格発表
国立後期
後期合格発表
4.講習について
夏期・冬季講習を取る必要は全くありません。そんな暇があったら通常授業の復習をしましょう。東大コースには人気講師が揃いますから、普段の授業を適当に聞いて講習を取るのは本末転倒です。どうしても受けたい授業・講師があるときのみ、一つか二つ取るのが良いでしょう。
直前I期はセンター対策です。自分で過去問やら予想問題をやった方が良いでしょう。センター社会のファイナルアタックならまだ受ける価値があるかもしれません。
直前II期は二次対策です。これは演習問題をもらうという意味があるので、積極的にとるといいと思います。私立の入試と日程が被っていないか注意しましょう。
自分は夏期と冬季は2つずつ、直前I期は何もなし、直前II期は沢山とりました。それでも夏期はもっと減らしてよかったと思います。
何もしない人間は、努力した人間にかなわないし、努力する凡人は努力する天才にはかなわない。
どのような教育課程も、ライフハックも、”好き”からくる情熱にかなうことは決してない。
いくらあなたがコタツに足を突っ込んで頭に冷えピタを貼って、お母さんが作ってくれた土鍋うどんをすすりながら、睡眠時間平均4時間で受験勉強を頑張ったとしても、
その人が天才かどうかを確かめるには、「勉強、どれくらい頑張った?」って聞いてみるといい。
死ぬ気で每日9時間がんばったとか、通学途中も歩いてる時も単語カードを手放さなかったとか、そういうのは凡夫である。
これこそが本物だ。
そして本物は、合格発表に自分の番号が載っているのをみて、あなたが涙をこらえているその時に、『数学セミナー』を立ち読みしている。
実際にそういう奴はいた。
俺は聞いてみた。何やってんだよw
「いや面白いんだってw 読む?今月のは初心者にもわかりやすいよ」
彼らは決して立ち止まることはない。
脳の中で、「頑張る自分」と「休みたい自分」の二陣営に分かれて、激しい合戦が行われる。
大学に入学したときに知り合った俺の彼女は、「社会人には英語が必要!大学時代に完璧にマスターするんだ!」と息巻いていた。
まずはTOEIC600点を目指す、と俺に宣言した。
彼女の部屋には、壁中に英単語を書いた付箋が貼り付けてあった。その中心に、習字で「Just Do It !!!!」と書かれていた(自分で書いたという。英語なのに割と達筆w)
だが、不思議なことに、どのような問題集を解いても、60%しか正答しなかった。
やり直すと、その時は解けるらしい。でも、後になって同じ問題を解き直すと、やっぱり60%しか解けないんだ。彼女は笑って言う。
俺達が所属していたテニスサークルは、”仲間で楽しく、わいわいやろう”がモットーの、いわゆるゆるふわ系リア充サークルだった。
「せっかくテニスをはじめるんだから、とことんまでやる!」と飲み会の時に宣言し、見事に浮いていた彼女。
毎朝7時にコートに立ち、壁打ちをする。運動神経ナッシングの俺は、眠い目をこすりながら、たまに彼女に付き合ってラリーをした(全くどうでもいいが、俺はサークルでウキウキウハウハズッコンバッコンなバラ色リア充ライフを指向していた。ある意味でそれは叶ったが、もちろん誰にも言ってない)。
いじめられていたわけではない。
每日の朝練も虚しく、彼女は誰よりも弱かった。コンパに明け暮れていたリア充どもより弱かった。俺にさえ及ばなかった。
ゆっくり打てばラリーは続くが、少しでも強く打ち返すと、もう駄目だった。
体は追いついても、ボールは返ってこない。
「あっ」という短い悲鳴が響く。何度も。何度も。
やがてみんな、嫌になった。
無意識か、意識的にか、空気を感じ取った彼女は、自分からそのポジションをかってでた。
一年生たちと練習し、球拾いをする。
レギュラー組のこぼれ球を追いかけて、気が合う一年生に笑いかけている、そんな光景が俺の記憶に焼き付いている。
何を間違ったのか、就職先はWebプログラミングのエキスパートが集う、ベンチャー企業だった。
(なぜ受かったか。たぶん、小柄でハムスターみたいな人懐っこさが人事にうけたんだと思っている)
まず、書店で参考書を買いあさった。PHPの入門書は、初心者向けの薄いものを買うように、俺が指示した。
そしてOJTを受けている間、睡眠時間を削ってプログラミングを勉強した。
俺はフリーだったから、彼女の横で、付きっきりで彼女がプログラムを書くのを見守った。
だが勉強は、捗らなかった。
何というか、打つのが遅い。重い。
PHPの文法は覚えている。プログラミングが遅いというわけではない。
うまく説明しづらいが、変数を入力するたび、関数を書くたび、いちいち引っかかる。
何かする度に、つまづくのがイライラした。
やがて、俺も忙しくなり、彼女とちょっと喧嘩してたのもあって、しばらく疎遠になっていた。
ようやく会えたのが、去年の冬。
髪の毛が微妙にはねている。学生時代に貫徹で一限直前まで遊んで、シャワーも浴びずに一限に突っ込んだ時のようだった。
だがあの時のような気楽さを感じない。
目がうつろだ。
声がかすれている。
問いただすと、原因は激務だった。
激務につぐ激務。会社の営業が、破格の条件の仕事に巡りあったらしく、会社はかなり無理をしてそれを受けてしまったようだ。
「でも、みんな『やりがいがある』って言ってるよ。目が燃えてるもん」
満員電車での通勤は眠れない。結局、睡眠時間は平均4時間を割っていた。
ルノワールの店員が、水を持ってきた。
彼女は手慣れた動作でコートのポケットから薬を出して、その水で流し込んだ。
問い詰めても詳しくは教えてくれなかったが、それで体の震えが止まるらしい。
俺は思った。限界だ。
「お前、向いてないんだよ。そう思わないのか」
つかさず彼女は反論する。
「何でそんなこと言うの? 向いているとか向いてないとか、別にどうだっていいし。努力して前に進むんじゃん。それが人間でしょ。」
「お前さ、そんな頑張っても、結局、給料大したこと無いんだろ?得られるもん何も無いじゃん。っていうか勉強とか、こんな状況でもまだやってんの?」
「当然でしょ。確かにリターンは少ないかもしれないけどさ…」
でもやらなくちゃ。諦めちゃだめだし。彼女はうわ言のようにそう呟いて、
「それに、部長が言うんだよ。『お客さんの笑顔を見るために、一緒に頑張ろう』って。だから私も頑張るよ…。私バカだけど、それでも足引っ張らないように、必死でやらなくちゃ」
俺を見据えてそう言った。口元だけで作った笑顔は、人間の表情に見えなかった。
俺は彼女をその場で強く抱きしめて、言った。
いいんだよ。お前はさ。バカのままで。
胸の中で、彼女が泣く。
結局、外の大学院に進学することは認めていただきました。
これだけなら万々歳だったのですが......
今までの卒業研究で、色々とまずいことをしていたみたいで、
まず、1ヶ月後に迫った中間発表で発表できるデータが何もないことです。
教育実習と院試の勉強二種類がやはりかなり時間を食ったみたいです。
でも、皆も院試受けてるし、他にも教育実習に行っていた同級生はいるので、結局言い訳にしかならないです
皆さまに最初の日記でアドバイスや励ましをいただいた時は、精神力、身体的にかなり過酷だったというのもありますが、
これも結局言い訳ですし。
やるべきことを、できなかったという事実があるだけです。
でも自分がやりたいと思ったことだから、自分なりに頑張りました。
でもやっぱりダメでした。中間発表ノーデータという目に見える形で出てしまっているので。
自分なりに頑張っても、周りが認めてくれなくては意味がないのでしょう。
「遺伝子組み換え植物が栽培したい場所で栽培できない」→「妥協案として室内で栽培」→「結局実がつかないことがわかり、その実験はできない」
ということになってしまいました。
ただでさえ結果が出ていないのに、こうなってしまうともう何もできません。
せっかく外の大学院に受かったのに、周りも喜んで応援してくれているのに。
本当に情けなくなってきます。
頑張れなくなってきていて。頑張らなきゃいけないのに。
頭で考えて、手を動かさなくてはいけないのに。
外の大学院に行って、またこんな悪循環は繰り返したくないです。
だから少しでもプラスになることを得ようとしているのですが、こんなことばかりが募っていきます。
「入試に受かるのならそれ相応の実力はある」と皆言ってくれます。ありがたいです。
でも答えのあるものを覚える事と、答えのないものを見つけ出す事は全く違うはずです。
「卒論はどんなにダメでもなんとかなる」という言葉もいただきました。
私もそう思いたいですが、だんだんそう思えなくなってきています。
「実験に失敗はない」と言われますが、最終的にはポジティブな結果が得られないとダメなんですよね。
そのための見通しが全く見えてこないのが現状です。
やっぱり、頭悪いのかな。
せめてモチベーションだけでも取り戻したい。
あわよくば
がむしゃらにやって、どれだけダメでも、自分が納得できたからそれでいい。
それに伴って、周りの評価もついてくれば儲けもの。
こういう風に考えられるようになりたいです。
少しでも、自分を褒めることができたらいいのに。
褒めれるようなことができればいいのに。
いつにも増して文章が読みづらくて申し訳ないです。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。
もしよければ、「こうした方がいい」「こう考えたほうが楽だ」というようなご意見があれば、教えていただけるとありがたいです。
まるで成長していなくて、申し訳ありません。
大学の新入生向けのアドバイスはたくさんあるのに浪人生向けのものが少ないので
駿台での体験談を僕の在籍した御茶ノ水のスーパー東大理系クラスを中心に一年間に沿ってアドバイスを、需要あるかはわからんけどまとめてみる。
ちなみに僕は各種模試はうまくいって、早慶受かって、東大本番は失敗して、後期で某国立に受かった者です。
1 校舎決め
ただ自習室を求める人はどこでもいいと思う。しっかりとした授業を求めるなら首都圏なら御茶ノ水が無難。下のクラスでもいい講師がある程度揃うからね。
あとは通学時間と家計と相談。通学が1時間半以上かかるようだとオススメしない。
ちなみに駿台茶水スーパー東大理系クラスの紹介すると、一クラス当たり200人で上からSA,SB,SCの三つに分かれ、
SAの半分くらいが東大に受かって理3に受かる人もいる。SBからは数人受かって、SCからは滅多に受からん、それどころか東大受ける人も少ない。
SAでも半分しか受からんから、クラスが上でも浮かれない方がいい。
講師に関しては
現代文は霜先生は担当しないので注意。数学は大数の編集者など。物理の山本先生はSAのみ(そろそろ引退なさってるかも
各種講師の紹介は
http://www32.atwiki.jp/pchira/
の講師陣を参照に
どんな入学方法でも受けるテスト。これだけで前期のクラスが決まる。このテストの結果は公開されない。そして受験者大半がやる気ない。あまり気を抜くとSCに落ちるので注意。。
とか言うがSAとSCの学力差は余りにも激しいので正直SCになったら東大は諦めた方がいいと思う。英語で発音アクセントがでるからやっといた方がいい。
3 入学前
とにかく駿台の入学は遅い。友達が大学の入学式を迎える頃には自習を始めよう。
個人的には春季講習はおすすめしない。やる気的にも身になんない場合が多いし、今後の授業と被る内容が多い。
自習の内容は通常授業の教材が手に入ったら、ひたすらその予習でいい。それまでは授業についていけるよう抜けを埋めとくといいと思う。
◎自習
A自習室
開放自習室と専用自習室がある。専用のほうが締め切りで暑くて臭い気がする。
どちらかはお好みで。個人的に3号館なら開放の銀杏以外をおすすめする。部屋が開放されてない時もあるけどね
B自習内容
教材の予復習を中心に
駿台の授業で足りないと思うのは
•全体的に問題演習。特に英文は読む量が授業だけだと少ない。
4 入学
オリエンテーションを経て授業。最初の席の周りの人とは一年間を通してなにかと関わることが増えます。
ぼっちになりたくなきゃオリエンテーションで話しかけておきましょう。特に同じ高校の人が同じ校舎にいない場合ははどんどん周りに話しかけて行こう。
◎生活面に関して
春はは大学生のリア充話が鬱。気になる人はFacebookとかは見ないほうがいいかも。
夏はだれる。
冬はまだまだ学力に不安があるものの、早く入試が来て欲しいと思う。
これらが多くの人が通る道だと思う。
5 授業
一週間に一コマだけホームルームがある。ホームルームでは普通に計算演習とかするので出ても損はないと思う。
下のクラスほど沢山の授業を切りがち。あんま切らないことをお勧めするけど、切った人がみんな失敗してるわけでもないので何とも言えない。
一限寝坊するようになるとズルズル二限も寝坊するようになるので注意した方がいい(このパターンは後期に多い
6 各種模試
所詮模試です。判定も目安に過ぎないと受験を終えて気づくというのはよくあることです(僕もですが)
クラス落ちない程度に頑張ってください。SAの目安は1300点くらいと聞いたが真偽は定かではない。
7 各種講習
総じて講習が役に立つことは少ない(特に中だるみやすい夏期講習は)
講習の教材は予習復習が不十分ににりやすく消化不良になりやすいことと授業内容と被りがちなことが原因だろう
東大がつく講座は夏と冬でセットでとった方が内容がしっかり網羅できる場合が多い。
東大現代文はお勧めせず、直前東大現代プレの霜栄だけを取ることをお勧めする(これで現代文は網羅できる
どうしてもとりたい人気講座(現レボとか)があるなら友達にも頼んで何人かに抽選してもらって後にキャンセルするといい
座席はお金を振り込んだ順で講座期間中に席替えするのでどこがいいとも一概に言えない。座席表無視して適当なとこ座ると案外バレて注意される。
夏は講座をあんま取らなかったのに冬はいっぱいとったあなたは不安に駆り立てらている証拠だ
あと駿台の資料に出てくるの合格した人は講座をたくさんとった人ばっかだが、受かる人がみんな講座をとりまくってるわけではないぞ!
8 表彰式
成績優秀者には前期は夏休みの終わりに、後期はセンター後に表彰式がある。選考基準はよくわからん。
表彰状と景品がもらえ、えらい先生からありがたいお話がいただけます。山崎良子の面が拝めるのもこの時だけだろう。
特に優秀な人には奨学金が貰えます(全額免除ってわけではない)
僕の時は
後期は秋山仁先生がお話して、記念にはなるが使い道の全くないクリスタルの置物が貰えた。
9 センター試験
各自で受けます
駿台もセンター会場になったりします。ここで二浪が確定しないよう頑張ってください。
やっは受験終えて思うのは選択肢はいくらあってもいいので早慶は両方受けといた方がいいと思う。自信があるなら理科大とかは受けなくていいと思う。
だいたいの努力した人は合格点当たりの実力でウヨウヨするもので、結局最後は問題が自分にハマることが重要で、運要素は大きいと思う。
負け犬の遠吠えではないが、東大の合格点±20くらいの層は実力はあまり異ならないと思う。
合格した人はおめでとう。駿台3号館で大島先生のお話を聞きに行こう。
喜びすぎてFacebookとかで合格をアピールしないこと。さすがに印象悪い(みんないいねってしてくれるけどね
一方不合格した人は駿台の資料に出てこない不合格した人たちの気持ちを知るのであった。
あと駿台の資料で東大以外の大学の合格者資料は第一志望で受かったわけではない人の場合ということもよくある
13 後期国立
早慶受かってると別に後期対策はいいかな、てのはよくある話。本当に最後なんだし鞭打ってがんばれ、あんま人のこと言えないが
地方大を受ける人は、余力がなくともここで家探しをしておくことを勧める。
14 後期発表
受かってるといいね。どこの大学にしても後期の発表は寂れている気がする。地方大の人は急いで家探しに
15 合格報告
もちろん行くかどうか任意であるが、仲良くなったか別として担任は仕事ではあるが色々雑務をこなしてくれたのだからお礼に行くべきだと思う。
合格報告に行くと、Fランだと知らんが自分の進学する大学のサクセスボイスを書いてくれと頼まれる。あと写真撮影。
これらはどこに受かったとしても君が第一志望に受かったのかのようにあるべき校舎に貼られて行くのであった。
と一年間を振り返らせていただいたが、
浪人は第一志望に受からなくても、努力すれば其れ相応に人生において学べることも多いと思う。