何もしない人間は、努力した人間にかなわないし、努力する凡人は努力する天才にはかなわない。
どのような教育課程も、ライフハックも、”好き”からくる情熱にかなうことは決してない。
いくらあなたがコタツに足を突っ込んで頭に冷えピタを貼って、お母さんが作ってくれた土鍋うどんをすすりながら、睡眠時間平均4時間で受験勉強を頑張ったとしても、
その人が天才かどうかを確かめるには、「勉強、どれくらい頑張った?」って聞いてみるといい。
死ぬ気で每日9時間がんばったとか、通学途中も歩いてる時も単語カードを手放さなかったとか、そういうのは凡夫である。
これこそが本物だ。
そして本物は、合格発表に自分の番号が載っているのをみて、あなたが涙をこらえているその時に、『数学セミナー』を立ち読みしている。
実際にそういう奴はいた。
俺は聞いてみた。何やってんだよw
「いや面白いんだってw 読む?今月のは初心者にもわかりやすいよ」
彼らは決して立ち止まることはない。
脳の中で、「頑張る自分」と「休みたい自分」の二陣営に分かれて、激しい合戦が行われる。
大学に入学したときに知り合った俺の彼女は、「社会人には英語が必要!大学時代に完璧にマスターするんだ!」と息巻いていた。
まずはTOEIC600点を目指す、と俺に宣言した。
彼女の部屋には、壁中に英単語を書いた付箋が貼り付けてあった。その中心に、習字で「Just Do It !!!!」と書かれていた(自分で書いたという。英語なのに割と達筆w)
だが、不思議なことに、どのような問題集を解いても、60%しか正答しなかった。
やり直すと、その時は解けるらしい。でも、後になって同じ問題を解き直すと、やっぱり60%しか解けないんだ。彼女は笑って言う。
俺達が所属していたテニスサークルは、”仲間で楽しく、わいわいやろう”がモットーの、いわゆるゆるふわ系リア充サークルだった。
「せっかくテニスをはじめるんだから、とことんまでやる!」と飲み会の時に宣言し、見事に浮いていた彼女。
毎朝7時にコートに立ち、壁打ちをする。運動神経ナッシングの俺は、眠い目をこすりながら、たまに彼女に付き合ってラリーをした(全くどうでもいいが、俺はサークルでウキウキウハウハズッコンバッコンなバラ色リア充ライフを指向していた。ある意味でそれは叶ったが、もちろん誰にも言ってない)。
いじめられていたわけではない。
每日の朝練も虚しく、彼女は誰よりも弱かった。コンパに明け暮れていたリア充どもより弱かった。俺にさえ及ばなかった。
ゆっくり打てばラリーは続くが、少しでも強く打ち返すと、もう駄目だった。
体は追いついても、ボールは返ってこない。
「あっ」という短い悲鳴が響く。何度も。何度も。
やがてみんな、嫌になった。
無意識か、意識的にか、空気を感じ取った彼女は、自分からそのポジションをかってでた。
一年生たちと練習し、球拾いをする。
レギュラー組のこぼれ球を追いかけて、気が合う一年生に笑いかけている、そんな光景が俺の記憶に焼き付いている。
何を間違ったのか、就職先はWebプログラミングのエキスパートが集う、ベンチャー企業だった。
(なぜ受かったか。たぶん、小柄でハムスターみたいな人懐っこさが人事にうけたんだと思っている)
まず、書店で参考書を買いあさった。PHPの入門書は、初心者向けの薄いものを買うように、俺が指示した。
そしてOJTを受けている間、睡眠時間を削ってプログラミングを勉強した。
俺はフリーだったから、彼女の横で、付きっきりで彼女がプログラムを書くのを見守った。
だが勉強は、捗らなかった。
何というか、打つのが遅い。重い。
PHPの文法は覚えている。プログラミングが遅いというわけではない。
うまく説明しづらいが、変数を入力するたび、関数を書くたび、いちいち引っかかる。
何かする度に、つまづくのがイライラした。
やがて、俺も忙しくなり、彼女とちょっと喧嘩してたのもあって、しばらく疎遠になっていた。
ようやく会えたのが、去年の冬。
髪の毛が微妙にはねている。学生時代に貫徹で一限直前まで遊んで、シャワーも浴びずに一限に突っ込んだ時のようだった。
だがあの時のような気楽さを感じない。
目がうつろだ。
声がかすれている。
問いただすと、原因は激務だった。
激務につぐ激務。会社の営業が、破格の条件の仕事に巡りあったらしく、会社はかなり無理をしてそれを受けてしまったようだ。
「でも、みんな『やりがいがある』って言ってるよ。目が燃えてるもん」
満員電車での通勤は眠れない。結局、睡眠時間は平均4時間を割っていた。
ルノワールの店員が、水を持ってきた。
彼女は手慣れた動作でコートのポケットから薬を出して、その水で流し込んだ。
問い詰めても詳しくは教えてくれなかったが、それで体の震えが止まるらしい。
俺は思った。限界だ。
「お前、向いてないんだよ。そう思わないのか」
つかさず彼女は反論する。
「何でそんなこと言うの? 向いているとか向いてないとか、別にどうだっていいし。努力して前に進むんじゃん。それが人間でしょ。」
「お前さ、そんな頑張っても、結局、給料大したこと無いんだろ?得られるもん何も無いじゃん。っていうか勉強とか、こんな状況でもまだやってんの?」
「当然でしょ。確かにリターンは少ないかもしれないけどさ…」
でもやらなくちゃ。諦めちゃだめだし。彼女はうわ言のようにそう呟いて、
「それに、部長が言うんだよ。『お客さんの笑顔を見るために、一緒に頑張ろう』って。だから私も頑張るよ…。私バカだけど、それでも足引っ張らないように、必死でやらなくちゃ」
俺を見据えてそう言った。口元だけで作った笑顔は、人間の表情に見えなかった。
俺は彼女をその場で強く抱きしめて、言った。
いいんだよ。お前はさ。バカのままで。
胸の中で、彼女が泣く。
メンヘラの女を自分が救うみたいな妄想はキモいからやめとけって