はてなキーワード: プリントとは
http://blog.livedoor.jp/remsy/archives/51804507.html
まず、記事主はキャバ嬢に聞いた話を元にして縞パンは履かないと決めつけている時点でおかしい。
記事主は女性下着について全く理解されておりません。
下着には段階があります。
1.綿製のパンツ
サニタリーショーツなどといった生理用のパンツもこの分類にはいります。
綿製の下着は肌に伸縮性にも優れ、保温性もあります。
身に着けている年代は、まだ胸の発達が十分では無いために
ブラジャーを着用していなかったりスポーツブラと呼ばれるものをつけていることが多いです。
なのでブラとデザインをあわせてセットで販売するメリットは少なく、
むしろ体型がすぐに変わっていく時期なので、安価で大量に、そして成長に合わせある程度伸縮性のすぐれる綿が最適だと言えます。
安価であることが望ましいため、レースなどの過美な装飾はされず、プリントや柄といった価格を抑えられる装飾になります。
これは10代後半からが主な層の下着です。メインの層は20代30代でしょうか。
記事内の女性が履いている下着は多分これではなかろうかと推察します。
綿製の下着との違いは、セット販売されている事に起因しています。
セット販売の為、パンツをブラに合わせるために形状なども変わってきていると言えます。
3.補正下着
30代からがメインの層ではないでしょうか。
縞パンとは、つまり1の綿製のパンツのカテゴリの中に入るかと思います。
世界には4原色の世界を見ている人がいて、ペンキの緑と葉っぱの緑が違う色に見えるんだそうだ。
って思ったけどカラーテレビ(モニター)の発明から100年も経ってないんだよね。
それまでは3原色、2原色の人にとっても不完全なのが当たり前だったんだなあ。
全く関係ないけど、セピア・モノクロ写真しかない時代って、景色そのものもセピア・白黒だったんじゃないか、って錯覚してしまう。
歴史の授業で幕末明治大正昭和をやってるときも想像の中ではモノクロ。江戸中期はカラーだったのに。
生まれたときからカラー写真だったから「その場の色を保存できない」って感覚が、知識としてはあっても実感として無いんだよね。
Windows xpの古いノートパソコンが流石にもう厳しい。
マシンパワーが非力、メモリ不足、原因はいろいろあるけど、本当に起動が遅い、動作がモッサリ。xp全盛の頃とはウェブサイト一つ一つの重さが段違いなこともあるし、iPadやiPhoneなどがスタンダードになっている昨今、どうしても起動すらする機会が無くなっている。スリープからの復帰でさえiPadと比べるのは酷すぎて不憫なくらいだ。これにサポート終了が迫っているとなると、もう使えないと考えざるを得ない。
動きが遅すぎるならクリーンインストールしてみてはどうかとリカバリCDを探すと間違って捨ててしまったようだ。しょうがないのでUSBメモリからの起動でUbuntuをインストール。この時点で勢い余ってWindows xpを削除。もう後戻りはできない。Ubuntuは何もしなくてもトラックパッドや内蔵の無線LANをあっさり認識するが、劇的に遅いのと、音が出ないことが致命的だった。Googleで検索に出てくる手はほとんど試したがぷすんとすら言わせるのも無理だった。
Chrome OSはUbuntuよりかなり高速。これは十分使用に耐えうるレベルかもと思ったら、内蔵無線LANを認識しない。いやまだまだ有線があるさと粘れば、トラックパッドも認識しない。無言でマウスを繋いで作業を進めると、当たり前のように音が出ない。相手も無言なわけである。あまり強くない心がこの時点で折れた。
しかし、Ubuntu、Chrome OSは音は出なかったが、YouTubeを見ることはできたのだ。パソコンによっては音源を認識して現役マシンとして使えるものもあるかもしれない。自分のマシンが古すぎたんだろう。
機械に疎い両親のiPodも自分のノートパソコンと同じような状況に陥りつつあった。所有していた昭和歌謡のCDのデータを大量に入れ込んで一時はよく働いていたiPod。最近では実家に帰っても部屋の隅っこで寂しそうに転がっていることが多かった。一つは実家が田舎すぎてインターネット手段がないことも活用されない原因だったとも思う。曲の追加もウェブの閲覧など何もできない。両親がそれをできるわけではないが。
だが、ある日モバイル端末のサービス提供エリアを見てたら実家がエリア内に入っていることに気づいた。早速入会して実家に持って行ってみるとアンテナ1本程度でギリギリでつながっている。
インターネットを試してみると、iPodでYahooなどのサイトにアクセスできるが、字が小さすぎて両親には厳しすぎる。ピンチインの操作はできそうにない。ネットの閲覧は無理そうだ。それから、少し映像がカクカクするものの何とかFaceTimeが繋がることが判明。実に面白い。その勢いのままAppleTVを買ってきてみたら、読み込む時間は若干かかるものの、テレビの大画面でYouTubeが見れた。AppleTVのリモコンはこちらが驚いてしまうほどシンプルだ。昭和の歌手をiPodアプリのRemoteで検索して履歴に残すと(AppleTVのリモコンではアルファベットしか使えない)、両親は履歴を再検索するという手順で、リモコンを駆使してYouTubeをつかうことができるようになった。
作業が一段落して「これってラジオ深夜便は聴けないの?」と両親に聞かれた。ラジオ深夜便のホームページを確認すると、ストリーミングで過去の放送が聴けるようだ。ホームページへのリンクをスタートページにおいて、ストリーミングにたどり着くまでに押す最低限のボタンのスクリーンショットにマーキングしてプリント。機会音痴の両親がiPodでストリーミングが聴けるようになった。耳が遠くなっている両親は、ラジオでもiPodでも音がイマイチ聞き取りづらい。そこでAppleTVが役立った。AirPlayを使ってテレビの大音量でラジオ深夜便のストリーミングが聴けるようになった。はじめてのお使いが上手く行ったような気分である。残念ながらiPod touch第4世代であったため、ミラーリングには対応していなかったものの、できていても高機能すぎてかえって混乱するかもとも思った。
ここに来て、自然と次は何を買おうかと考えている自分に気づいた。はっきり言えばお金さえ出せばもっとスマートな方法でもっと大画面で簡単にインターネットをしたり、出来るのだ。だけど、使えるお金って限界がある。さらに新たなデバイスを買ったら、今までのデバイスはどうなる?あっさり使われなくなるだけなのだ。今回、両親がいろいろとインターネットを楽しんでくれるようになったのもうれしかったが、iPod touchがまた使われだしたのもうれしかった。何かのデバイスを買う際に本当にそれが必要なのか考えて買いたいものだ。なかなか出来ないことではあるけど。
デバイスが効率よく使われているか、デバイス総効率、GDE(Gross Device Efficiency)を考えて、次にどんなデバイスが必要か、不要なのかを検討したい。必要なデバイスを買わずに、時間を無駄にするのはそれはそれで問題だ。必要なものは買うべきだ。でも、新しいデバイスを買うことで見向きもされなくなるデバイスは少なからず存在する。寂しそうに転がっているデバイスを生み出さないように、買う際にはデバイスの幸せ、デバイス総幸福量、GDH(Gross Device Happiness)をあわせて考えて買うようにしたい。GDHは「もったいない」の概念を持つ日本文化が生んだ新しい定義である。
あ、まず前提として、
はたして貴女を幸福にするかどうか、それはまた別問題だけれど。
IT系の超かしこい男なども多く、
したがって、釣り師たる女たちにとっては、
なかなかあなどれない釣り場です。
まず最初に、その男が痛いニュース(ノ∀`)のようなタイプのまとめサイトと
あとはハム速、そして(ゲハ論争するほどではないけれど)はちま起稿が大好きな、
貴女はかれの目を見て、微笑みとともに質問など無視して、こう言いましょう、
これこそまさに必殺の答えです。
そこで2ch大好き男が、えへへ、とやにさがったならば、
貴女は、ひそかに、「Jane系ブラウザによる赤レス抽出」あたりを
ひそかに練習しておきましょう。これで成功まちがいなしです。
しかし、ここでは、もう少しハイブロウな(?)いわゆる2ch好きの男の
落とし方をお伝えしましょう。
もしも貴女がそう答えたならば、
かれの貴女への恋心は、
20%増量になるでしょう。
ちょっぴり反運営家族みたいなふんいきをかもしだしていて。
質高くふるまっていて、なおかつ、
アフィブログをいくつか潰した功績もあって。
本来なんの接点もないまったく縁もゆかりもない別々の世界に生きている、
+にゃんやVIPPER、玉もあれば石も混じっている、そんな2ch大好き男たちが、
●
では、参考までに、危険な回答を挙げておきましょう。
しかし、「それがVIPクオリティ!」とかなんとか無意味な自慢を吹聴し、
2chについての謬見を撒き散らした罪がありますから、2ch大好き男にとっては天敵なんです。
また、もしも貴女が「ラウンジが大好き♪ あたし行きつけのスレが、7つあるよ♪」
と答えたとしても、同様の効果をもたらすでしょう、
なぜって、ラウンジは、2000年代前半には2ch屈指の名板だったものの、
しかしVIP登場そうそうから、いやはやなんともな馴れ合い板に転落し、
いまや、案内カテゴリでは、ガイドラインの魅力に遥かに及びません。
最高に好きなのは皇室叩き♪ 芸能ネタも、炎上ネタもすっごくおいしいの。」
と、答えたとしたらどうでしょう?
特定実績も最高にあるんですけれど、
しかし、貴女の答えを聞いて、2ch大好き男はきっとおもうでしょう、
(なんだよ、性根が腐った女だな、カネかかりそう)って。
なぜならば、ガイドラインは、ふつうの学生にも社会人にもともに愛されるめずらしい板で、
貴女がその名前を挙げても必ずしも、あなたが2ch廃人宣言をしているとは受け取られないでしょう。
しかし、たとえば、2chが誇る勘違いリベラル集団、ニュース速報+にせよ、
焼き豚とアニ豚と声豚と淫夢厨の溜まり場のなんでも実況Jにせよ
ハロプロ中心でありながら凄まじく勢いのあるモ娘(狼)にせよ、
露骨なスレ転載と書き込み数激減が素敵においしいニュース速報にせよ、
深夜アニメとコマンドーがやるときにだけ張り付く実況系板にせよ、
ネトゲにハマって雑談しながら居座ってる、ネトゲ実況、はたまたネトゲ実況2にせよ、
ましてや貴女が、「雑談系2のシベリア超速報♪ わたし、もうほとんどお試し●、焼かれちゃった♪」
と答えたならば、どうでしょう?
これはかなり博打な答え方で、
なるほど、シベリアは、2chで数少ない規制なしでやってる強制IP表示の超絶名板ゆえ、
あなたがそう答えた瞬間、2ch大好き男がいきなり超笑顔になって、
しかし、逆に、(なんだよ、この女、2chおたくかよ)とおもわれて、どん引きされる可能性もまた大です、
なぜって、必ずしも2ch大好き男が2ch大好き女を好きになるとは、限らないですから。
男たちは、女を導き高みへ引き上げてあげることが大好きゆえ、
もしも貴女が、「ニダーランが大好き♪」なんて言ってしまうと、
そこにはもはや、男が貴女を2ch教育する余地がまったく残されていません、
したがって貴女のその答えは、
2ch大好き男の貴女への夢を潰してしまうことに他なりません。
ま、ざっとそんな感じです、貴女の目には男たちはバカでスケベで鈍感に見えるでしょうが、
しかし、ああ見せて、男は男で繊細で、傷つきやすく、女に夢を持っています、
貴女の答え方ひとつで、男の貴女への夢は大きくふくらみもすれば、
一瞬で、しぼんでしまいもするでしょう。
●
では、スキットを繰り返しましょう。
そして、その瞬間、2ch大好き男の目がらんらんと輝いたなら、
貴女はこう重ねましょう、
「それからね、いま、わたしが行ってみたい板は、
あなたのお暇なときがあったら、わたしを市況1へ連れてって♪」
これでもう完璧です。
そうなったらこっちのもの、
デートの日には、アイメイクをばっちり決めて、かわいい下着をつけて、
1ヶ月ほど前の古い増田だけど、めちゃくちゃ共感したので反応してみる。
元ネタ→『バーグハンバーグバーグやLIGの作るサイトが不愉快な理由(http://komachi.anond.hatelabo.jp/20130328184532)』
オモコロはちょい苦手。
世の中の笑いを「笑わせる笑い」と「笑われる笑い」に分けるなら、オモコロは後者。
一億総ツッコミ時代では、上からの「笑わせ」より、下からの「笑われ」がウケているんじゃないかな。
でも、DPZは読ませる要素が濃いから、結果的に楽しませてくれる読み物になっていると思う。
仮説として、
作り込み過ぎていて、延々とネタサイトを読まされてる感がイヤなのかもしれない。とにかく長いし。
作り込み過ぎゆえに、なにか滑ってるようにも感じる。
作り込み過ぎゆえに、もうお腹いっぱいになる割にオチがことごとく弱い、あるいは、オチらしいオチがなく、ふざけたまま淡々と終わる感じがイヤなのかもしれない。
元増田は、笑われずに笑わせてくれる、プロの芸人や笑いが好きなんだと思う。
オモコロは、インターネット中学の1年3組にいるおバカ男子(ピエロ役)だと思えばイラつかない。
DPZはハガキ職人orコント職人。(構成力がある。キャラやリアクションで勝負していない)
"Hacker News"のコメント欄から気になるものがあったので全訳してみた。
文系からプログラマーの道に入った自分的に、琴線に触れたので。
ニューヨーク証券取引所のとある一企業の株式売買の様子を0.5秒だけ映像化した動画を見た人の感想です。
https://news.ycombinator.com/item?id=5678116
いつだったか、ソースコードを全部印刷したことがあるよ。その時のソースコードはASP、HTML、CSS、Javascriptで、僕の雇い主の最も重要なWebサイトのホームページを1ページ読み込んで出力したんだ。僕は紙を一枚一枚テープで繋いで壁に吊り下げた。
同僚と貴重な意見を交わすことができたね。技術に明るくなかったみんなは(大半はそうだったけど)凄く驚いてたよ。彼らが毎回ホームページをロードするごとに(1秒以内の短い時間で)こんなにも多くのテキストが読み込まれ、実行されることにね。
そんなことをしてどんな意味があったって?プリントアウトしたことが僕たちの会話に一定した感情的な緊張をもたらすのに役立ったんだ。1ページを読む裏で行われてる複雑なことに直に対面したことで"今すぐにやって、簡単でしょう"とプロジェクトに要求することが困難だってわかったんだよ。
同様に、高頻度で取引を行う果てしないスピードと複雑さに焦点をあてたこの話(注: HNのトピックです)も、疎外感や恐怖といった感情的な緊張をもたらすのを助けてるね。"誰もコントロールできない技術の暴力を解き放ったかもしれない"と、反射的にフランケンシュタインやターミネーターと争ったのと同様の契機になるかもしれない。
でも、テクノロジーに対して思慮と公正さをもって対峙すれば、もちろん、そんな気持ちは起きないのだけど。僕らのくだんないパンフレットのようなウェブサイトが行き着く先はそんなに複雑じゃないと思ったよ。
One time I printed out all the code--at that time ASP, HTML, CSS, and Javascript--that got executed for one page load of the homepage of my employer's primary website. I taped the pieces of paper end-to-end and hung them on my wall.
It made a great conversation piece with my coworkers. Non-technical folks (most of them) were astounded that so much text was being interpretted and executed every single time they loaded the homepage (in less than a second).
What was the point? It helped set a certain emotional tone to our conversations. Folks found it a lot harder to demand their project be done "right now, it's easy" when directly confronted with the complexity behind a single page load.
Likewise, stories that highlight the immense speed and complexity of high frequency trading help set an emotional tone of alienation and fear. It helps trigger the same reflex Frankenstein and The Terminator played off of: "maybe we're unleashing technological forces that no one can control."
But of course if you are well and truly versed in a technology, that feeling goes away. I knew that our crappy brochure website was not very complicated as websites go.
後半になるほど、訳が拙くなっていくのは大目にみてください。
たぶん多々あるはずの間違っている箇所、ニュアンス違いは突っ込み大歓迎です。
インフォグラフィックス、なんて言葉ができて久しいけど(今じゃこんなサイトまであるんだね)、
僕が初めてこの言葉を知ったのはウェブではなく、生物学だった。
バイオインフォマティクスについて、東大のサイエンスカフェに聞きに行った時、
この学問は「生物」と「情報」が融合した学問だけど、さらに美術と融合させるような試みも
欧米ではあるんですよ、みたいな話を聞いて、美しく染め上げられた生体写真や幾何学的な何かのノードの写真に
研究成果をこうやって示す方法があるのだと衝撃をうけたのをよく覚えている(...内容は忘れました、すみません)。
そんなインフォグラフィックスは、美術的なセンスと才能と技量が要求されるけど、
ただ単にプリントアウトして見せるだけでも、クライアントを説得するには十分だと
このコメントを読んで、その素朴さにはっとなった。
試しにTwitterのホーム画面でソースコードを見たら、2200行あった。
これにロードされるjavascriptのライブラリやCSSを加えたらどうなってしまうんだろう。
僕は今、テクノロジーの詳細がわけ分からないという普通の人の感覚を抱きながら一方で、
ティム・バーナーズ=リーがWWWを考案してから積み上げられてきた技術的資産を前に途方に暮れている。
おそらく技術屋として中途半端だから、こんなないまぜな気持ちなのだけど、
スルーしそうになっていたのだけれど、我慢できないのでやっぱり書いておきます。
ガガ撮影写真家逮捕 レスリー・キー容疑者“男性器写真集”販売
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2013/02/05/kiji/K20130205005128840.html
わいせつか芸術か……有名写真家レスリー・キー容疑者逮捕で物議
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130204-00000036-rbb-ent
【衝撃事件の核心】「紀信さんに憧れ…」越えた一線 ガガさんら撮影、有名カメラマンの写真集は男性器のオンパレードだった
http://sankei.jp.msn.com/smp/affairs/news/130216/crm13021618000012-s.htm
写真家の猥褻罪での逮捕は十年一日のごとく繰り返されているけど、そのたびに「あの写真集にチンポが写ってた!」「マン毛が写ってた!」と中学生のごとく大騒ぎ。まるでアホです。
そのつど繰り返されるのが、お馴染みの「これはアートなのかポルノなのか論争」。しょうもなさここに極まれり。
いいですか。
なぜなら、レスリー・キーは写真学校で写真の訓練を受けて、ギャラリーで個展を開き、問題の写真集も、ギャラリーで販売されたものだからです。
ギャラリーに置かれたもの、美術館に置かれたものは、アート作品です。これは自明です。便器に「泉」って書いて置いてあってもアート、缶詰めのパッケージをプリントしたやつがあってもアートなのです。
別に、俺はこんなものアートとは認めない! っていう人がいてもいでしょう。しかし、俺は蕎麦は手打ちしか蕎麦と認めない! っていう人がいても、実際に流通し消費されている手打ちじゃない蕎麦が存在し、蕎麦であるように、アートも、美術館やギャラリーにあるもの、またはそれら周辺の制度で評価されているもの、ぐらいの定義しか、もはやできないんです。象徴的にいうと、デュシャン以降、ウォーホル以降は。
アートの枠組みを問うこと自体がアートになり、行き着くところまで行った結果こうなりました。
理想化された神話的なヌードから、生身のネイキッドへの転換という美術史の流れで起こった論争など、はるか昔の話しなのです。
生身の裸がエロティックに表現されていたからといって、アートではないといえたのは、近代以前のことです。
無論、ここでの「アートである」とは「アートとして優れている」ことを必ずしも含意しません。
アートだからすべて偉い、崇高なものなんだ、というのは単なる権威主義です。
作者の慰みにしかならないような、誰にも評価されないクソみたいなアート作品もあれば、社会や人間に対する深い洞察を含んで、歴史的な鑑賞に耐えるポルノもありうるのです。
純文学とライトノベル、どっちが素晴らしいのかを問うようなもので、しょうもない純文学もすごいライトノベルもあるに決まっている。
警察は、チンポが写った写真集が売られたら捕まえる。これは、まあ、当たり前です。そういう法律があるんだから。
夜中にクラブで客踊らせたら逮捕されるのと一緒で、そういう法律があるんだから、逮捕も起こりうるでしょう。法治国家なんだから。
むしろ警察が芸術か否かを判断して法律を運用することのほうが不当なのではないかとも思います。
アートかポルノかなんて警察に判断できるわけがないし、されるべきでもない。
では、どうすべきか。
この場合、真に批判され、変わるべきは警察ではなく、こんなカビの生えた法律を放置している日本国民の意識である、と私は考えます。
根本的に間違ってるのは、警察ではなく法律なんです。そして、アート/ポルノ論争とか始めてしまう、ダンスは健全な文化なのか論争とか始めてしまう、幼稚な日本人です。
どれだけ俗悪で、低劣な表現であっても、被害者がいない限りは、ある朝突然、国権に身柄を拘束されることがないのが民主主義なのではなかったのでしょうか。
タテマエでは日本では猥褻なものは売られていないことになっている。これが欺瞞でなくてなにが欺瞞なのでしょう。
アダルトビデオにモザイク入れて、警察の天下り機関でチェックして、これはモザイク入ってるのでポルノじゃないです、猥褻じゃないですって、これが茶番でなくてなにが茶番なのでしょう。
ポルノ大国の日本で、写真集で外国人の写真家が逮捕されたというニュースは、海外からはどう見えるんだろう。
ちなみに、私はレスリー・キーの写真が低劣だと言いたいわけではないです。むしろ、写真集持ってるぐらいには好きです。腕もあると思います。
彼の仕事は、LGBTアクティビズムとしても、アートとしても、ポルノとしても、素晴らしい価値のあるものだとおもっています。
実は、ヌード撮るのってすごく難しいんですよ。嘘だとおもった人は、手持ちのカメラで自分の裸を撮ってみてください。立体感も質感もなんもない、みすぼらしい写真のできあがりです。
実は、ただのゆで卵でも、陰影をつけながら、その白さや丸さを撮影で表現するのすら、すごく技術や経験のいることなんです。いわんや人間を美しく、そして自分の表現になっている写真にすることはとても難しいことなんです。
写真というのは、見たものが見たまま写るというものではないです。たとえば、見慣れた花が、写真家の写真でみると、とんでもなく艶かしく、エロティックに写されたり、グロテスクに写されたり、ロマンティックに写されたり、こんな世界の見方があったのか! と驚嘆できるのが写真です。
当然ヌードも、そこには様々な解釈があり、無限の文脈があるものなのです。そこにモザイクという検閲が入ると、文脈は抹消され、猥褻なものがそこにはあった、という意味だけが立ち上がってしまいます。性器を隠した不自然なポーズやトリミングも同様です。
もちろん、春画などの例をだすまでもなく、ポルノもアートとして制度に回収され、認められる場合もありますが、現状、猥褻の線引きは、鑑賞者や捜査員がエロいと思うか、勃起するか否か、メールヌードに至ってはペニスが写っているかで判断されてしまいます。この思考停止。
ポルノは(特に性的少数者のそれは)作者が自分自身にとことん正直な、まさにパンツを脱いだ嘘のない表現に出会える数少ないジャンルです。どれだけ反社会的に思われ、政治的に正しくないものでも、実存の奥底にある、どれだけ押し込めても潰しきれない、人間のどうにもできないものが表現されてしまうのがポルノです。その凄みや執念は、アートのそれを上回るとさえ思えます。
我々は、アートやポルノ、健全さや猥褻さの枠組みの中で表現を擁護するのではなく、そして巧拙で擁護するのでもなく、低俗か高尚かで擁護するのでもなく、すべての表現を、すべての表現者を守るのだ、と宣言するべきなのです。
しかし、このニュース関連のツイートや、ダビデにパンツ履かせろクレーム、会田誠騒動などをみていると、法律を変えるなんて、あと数十年は無理っぽいですけどね。
ややこしい国に生まれたなあ……。
http://anond.hatelabo.jp/20130120121044 発達障害と認定されても何も変わらなかったを書いた
発達障害持ちのにきび跡、肌荒れ酷い、不細工、腎臓疾患持ち、身長170cmどまりの超低スペック高校1年生です。
病院でもらったステラトラという薬を毎日飲んでいますが何か変わった気はしません。
前回の増田で「世の中の発達障害の定義が広がりすぎているだけだから気にしなさんな」というアドバイスを何件かいただきました。
小さい頃から箸の持ち方がおかしい、文字が汚い、自称進学校で成績は底辺、ノートを取るのが苦手、小学校の通知表のお片づけの欄は6年間ずっと△だった、靴ひもが今でもなかなか結べない、通学鞄がプリント、文房具でぐしゃぐしゃ、自分一人で勉強できない
自分の気持ちの中に単なる無能なバカより発達障害の方がまだマシという気持ちがあるのかもしれない。
発達障害だとしても何も変わらないはずなのに
うちの子も、自閉症スペクトラムで、中学受験をして、私立に通っている。
それほど状況は違わない気がするので、そばで見ていて、思ってることを書くね。
治らないと書いている人がいるが、発達状況は間違いなく改善するし、
昨日よりは今日、今日よりは明日というように、成長しているよ。
高校生でわかったということは、そこまでは自力でがんばって、同世代に追いついてきたわけだし、
基本的な生活習慣もできていて、学習能力も中学受験できるぐらいあるのだから、そんなに心配することない。
ハイティーン向けの本もたくさん出ているから、読んでみたらいいよ。
うちの子はIQはそこそこだけど、IQではどうにもならない困難があって、それで苦労している。
人の表情が読めないし、空気でわかるはずだってことがわからない。
説明が下手だから、自分の思っていることを伝えられないことも多いし。
バカ正直に、なんでも聞かれたら答えるから、どんな職業に就くのか、心配だけどね。
ワーキングメモリは低いのに、処理能力のレベルは高かったから、
小さい頃は、頭の回転がものすごく速くて、受け答えも大人のようだった。
でも、小さいうちは、限定されたことしかやっていないから、目立たないだけだったんだな。
集中させれば、普通の子よりもできるから、中学受験向きだし、合格したんだけどね。
普段の生活はワーキングメモリが少ないなりの工夫をすれば、どうにかなるんじゃないかと思う。
親としては、いくつものことを同時にやらせないようにして、生活させているから、
本人は苦痛には思わないようだ。
学校でも、“失敗させるような状況を作らない”、“パニックになる状況を作らない”という点を
配慮してもらっているせいか、イヤな思いもしないで済んでいるようだ。
ノートが取りずらいならば、レコーダーの持ち込みを学校に許可してもらうといいよ。
家に帰ってから、もう一度聞き直して、ノートをとりなおせばいいよ。
プリントやメモを貼って、きれいでなくても、自分なりの使いやすいノートにすればいい。
私立は、頼めば、そういう配慮をやってくれるからさ。
それでも、むしゃくしゃしたり、できないことの壁にぶつかって、うちの子も苦しんでいる。
そういうときは、とにかく好きなことを考えて、するんだな。
主治医の先生からのアドバイスで、「これをすれば、気持ちが上向く」ってことを
リスト化していて、辛い時はそれに浸るようにしている。
ちょっと逃避できるなにかがあるといいよ。
もし、可能ならば、身体を動かすことがおすすめ。
うちの子も、身体能力が全体的に低めだから、よく転んだり、ぶつけたりしていたから。
小6の娘から「お母さん、仕事辞めて」 働く母親のジレンマ〈AERA〉
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20121112-00000006-sasahi-soci
これに対しid:kobeni_08がブクマ。
そもそも「成績で決まる塾の席順」がかなりカルチャーショックなんですけど… あと、受験勉強って母親が監修できるもんなのか?そんなことできる人のリソースが、もんすごい勢いで一家庭に投下されてるってのも…
いわゆるNバッグを背負っていた小学生として思うところがあるのでキーボードを打ち込むことにする。
毎週土曜日にカリキュラムテストという出題範囲の決まったテストが実施され、
総合得点の上位20人と算数、国語、理科、社会の各科目は上位5人はその結果が廊下に掲示される。
で、算数の授業では算数の、国語の授業では国語の成績に応じて、席順が教室の前のドアの横に貼り出される。
自分の教室では2人用の机が3列あり、黒板に一番近い真ん中の机の左から1位から順番に座る。
つまり黒板に近い生徒は成績がよく、教室の後ろにいる生徒は成績が悪いことが一目でわかるわけだ。
個人の成績表と全国ランキングもテストのたびに配られ、競争心を煽るあらゆる手段が取られていたと思う。
ただ自分たちはあんまりこの席順には執着していなかった。むしろ何ヶ月かに一度実施される公開模試、
この公開模試の結果によって席順ではなくクラス替えが行われるのだ。
自分の教室では成績がいい順に栄冠組、3組、2組、1組の四クラスあって、栄冠組とそれ以外では授業時間、内容と宿題がかなり違う。
親としては同じ学費を払っているのだからよりよい授業を受けさせたいから気合が入る、
自分としてはクラスが変わると友人や好きだった子と一緒にいられなくなるから気合が入っていたと記憶している。
学校での人間関係や親との関係が決して順調ではなかった自分にとって、塾でできた友人たちと休み時間や行き帰りに一緒にいられないのは想像するだけで恐ろしかった。
2,3週間くらい前からカリキュラムテストの勉強と同時進行で過去の公開模試や問題集をひたすら解いていた。
そのおかげもあってか自分は小学4年の時から小学6年を通じて栄冠から落ちることはなかった。
そういえば今でも好きだった子は年に一度くらいは夢に出る。
まあ初恋だったんだろう。元気にしているだろうか。
山のような宿題が課されるんです。ほんとに山のような。
中学受験が終わった時に今まで解いた問題集とプリントを縦に並べたら当時の自分の身長ぐらいあった。こんな量を小学生に管理させるのは無理。
そうなると母親が監督になるしかない。母親が監督になるしかないのだが、母親が中学受験の経験がないと、上位校にいくのは厳しいのではないか。
実際母親の”受験ママ友”の学歴とその子供の受験結果を思い出すと相関はあると感じる。
ノウハウの蓄積の差や、子供に指導するときの説得力の差は大きい。
母親が今までの人生でやったことがないことををやれ、というよりも自分もできたことだからお前もやれ、という方がまだ納得しやすい。
それとママ友は共働きより専業主婦の人が多かったはずだ。共働きだと遊びたい盛りの小学生を週4、一回3時間近くの塾通いをさせ、宿題とプリントを管理し、
最も集中して勉強する金、土、日につきっきりで教えるのは難しい。この上家事もやるわけで…
この娘はそんなに勉強して将来どうするの。
↓
↓
収入と家庭の安定はそれなりに相関する
↓
家庭の安定は家庭の幸福にそれなりに相関する
と自身は思っている。
中学受験はあくまで通過点だと言うことはわかっている。上の相関だって絶対ではない。ただ何もしないよりかはマシではあると思う。
2月1日まであと3ヶ月を切っている。がんばれ受験生。
http://webneo.org/archives/4818
今このサイトが話題ですが真っ赤なウソです。田井肇さんは大嘘つきです。
嘘というのは言いすぎですが真実を隠してる。
実はアニメ映画は子供向けなので低価格、低画質でプリントされていたんです。
例えばケロロ軍曹はとても見れたもんじゃない画質で上映されてきました。
もちろん宮崎アニメは別格なのでそういった映画は高品質でプリントされましたけどね。
ようするにフィルム時代は「これはIMAGICAでプリント」「これは低価格で東京現像所」と格差があったんです。
デジタルになれば画質の差が無くなり1800円に見合った画質で楽しめます。ま、フィルム画質の格差は
アニメにかぎらずありましたけどね。パイレーツ・オブ・カビリアンワールド・エンドなんてわざわざ高品質プリントされてるから
丁寧に扱えとファックスが送られてきたし。
あと若者が低予算でデジタル撮影してもそのまま上映できるのでメリットだらけのはずなんですよ。
ようするにこの田井肇さんは昔の映画が上映できなくてプンプンしてるだけの老害です。
お前ウザいし話がややこしくなるからマジで黙っとけ糞が。若手監督は全員デジタルで万々歳だっつーの。
追記:http://togetter.com/li/391159 ←どうやらここでとっくに突っ込みが入れられていましたね。
えー、当時に比べたら現在はさらに資本のハードルは下がってるよ。まあその分競争も激しいわけだが。
自分は中高生の頃はハードウェア好きだったが金がかかるのでソフトに転向した。しかし今じゃ多層プリント基板もネットで安く発注できるしパーツのプロトタイプも3Dプリンタで自宅でできるからなあ。
その段階からスケールするには資本が必要だけど、それはPC黎明期だって同じだよ。アップル創業期にジョブスは「50台PCを作るから」って言ってパーツショップから2万ドルくらい借金してる。それで創業者の一人はびびって辞めちゃった。IBMのような当時のでかいコンピュータビジネスにくらべりゃ微々たる費用だけど、いずれ大きくする過程でどっかから金を引っ張って来ないとならないのは同じ。そっちのハードルだってむしろ下がってると思うよ。
女は靴をこれでもかと見る
靴が汚れていればそれだけで第一印象が悪くなるし、きれいだとよくなる
第一印象が良ければ、そのあとのアプローチも有利になるので、モテたければ毎日靴を手入れせざる負えない
モテになりたければ、5000円ぐらいのコンバースなどのブランドを物靴を履かないといけない
健康そうに見えなければ女に生理的嫌悪を抱かれセックスできなくなってしまう
だから、男の化粧水や乳液、クリームと言ったもの使い、肌をみずみずしく保つ必要がある
髪と眉は男の命だ
どんなに顔がよくても髪形や眉が悪ければ、それだけモテから遠ざかる
だから、モテたければ、男は美容院に行って髪を整えなければならない
会計の時に男は財布を出す
その財布がぼろぼろだと、女は当然ながら引く
引かれれば、そのあとのアプローチもうまく行かなくなってしまう
だから、常に財布は常に新品でなければ名習い
一回り大きい服を着ると楽だ
動きやすいし、体が泳ぐ間隔も心地よい
色あせてい服を着ているものなら不潔な人間と認定し、セックスの対象外においてしまう
それだけで不潔な人間と見做され、セックスできなくなってしまう
だから、男は常に新品の服を身にまとっていないといけない
だが、メンズ物の服は高い
靴も高い
靴流通センターでは女物のおしゃれな靴が2000円で買える
だが、男の物のおしゃれな靴は5000円以上出さないと買うことができない
服もメンズの物は基本的に高めだ
ジャケットで1万円。シャツで4000円以上出さないとモテる服を買うことができない
だれかが女にもこういう圧力があると言っていた
だが、その負担は男に比べればまだましだ
彼の出生云々を書いたプリントを道徳と言う名の同和洗脳教育の時に渡された。
内容は彼は逆子で生まれてきてダウン症以外に幾つかのハンデ(知的障害、心疾患など)を持ってるといい、
最後に「いっしょに勉強したい」と無理やり書かせたような文章だった。
3年間ほぼ隣のクラスにいた彼を見ていたが、ほとんどの授業などは彼に合わせる事になっていた。
体力も他の生徒より劣っているのでいつも最後だった。
「彼が戻ってこないから解散して帰れない」ということはいつものことだった。
学校行事もまず彼ができるものから選択してそれをやるというものだった。
学年一の不良と同じクラスにさせて彼の世話をさせていたりもした。
そして中学3年になった時「進路」というのが出てきた。
当初日教組に染まった学校側としたら基本的に同じ学校に行かせたい(というより学年全部を同じ学校に行かせたいと考えている)と思ってたが、
しかしある意味いろんな形で手厚く保護された温室状態で育っている彼を雇ってくれるような企業はもちろんなかった。
養護学校へ進学という選択肢もあったのに、なぜかそれをスルーしていた。
結局彼は進路が決まらないまま中学校を卒業し世間に放り出されることになった。
彼の中学校生活は回りの大人や「日教組」によって利用され振り回され、そして狂わされたにしか見えなかった。
親は普通の子供と同じようにしたいと思っていても、実際は周囲が合わせないと無理な話だし、親のエゴにしか思えない。
親は良かれと思っていても、彼の人生にとってはそれで良かったのか?
そういうものを目の当たりにしてきたからこそ今回の出生前診断のニュースは朗報だと思った。
自分はまだ子供がいないけどもしできたら出生前診断することに決めている。
新しい命を殺めていいのかということを言う人もいるかもしれないが、
テレビを見なくなって久しい。今ではいつどんな番組をやっているのかさえよく知らない。だから今年の24時間テレビがもう終わってたことも知らなかった。2ちゃんねるのまとめブログで「出演者にギャラはらってチャリティーって言いながらクズばっか」みたいなエントリーがアップされるのを見て、あぁこんな季節にやってたっけなと思い出したくらいだ。昔は僕自身も「へっ偽善者番組がっ!!」などと思っていたがテレビを見なくなってテレビ文化から離れてしまった今となってはそんな怒りはわかなくなった。距離を置いたことで冷静に見られるようになったのかもしれない。
さて、出演者のギャラについてだが結論から言えばこれは悪いことだとは僕は思わない。むしろタレントへのギャラがよくないという意見に若干の違和感を感じる。
番組制作の枠組みとか流れを考えてみよう。ネットで見た意見の中には「募金をタレントのギャラに使ってる」などというのもあったがこういったのは誤解であると思われるし。まず24時間テレビに限ったことではなく日本のテレビというのは広告主(スポンサー)、放送局、視聴者という三つの要素から成り立っている。
これに電通、博報堂などの広告代理店とか番組制作会社とかあといろいろが絡んでくるわけだけどそれは一旦置いとく。このように日本のテレビというのは広告媒体として発展してきたわけだ。ただCMとか流しても見てもらえるわけないから面白い番組を放送してその合間にCMを流すことでコマーシャルの質を高めてる。
さて広告主から資金を得て効率よくコマーシャルを流すのが放送局の役目。得た資金を元に「番組」というコンテンツを作らなければならない。コンテンツが面白く視聴率がよくないと広告主は資金を出す意味がないからね。コンテンツを作るために放送局は製作会社に依頼する。制作会社はコンテンツを作るための場所と物と人と企画を用意する。たとえば武道館という場所を借りるにはお金がかかる。タレントという出演者をに出てもらうにもお金がかかる。もちろんこれにかかる費用は広告主から出された資金を元にしている。こうして番組が作られている。そして番組とともにコマーシャルを流す。24時間テレビであっても変わらないはずだ。24時間テレビでもコマーシャルは流れるよね?(もし流れないんだったらこのエントリー自体の意味がなくなるが笑)
番組の制作費は広告主から出ている。これ重要。けして視聴者から集めた募金から番組を制作しているのではない。
http://www.ntv.co.jp/24h/contents/how2012.html
募金は全額福祉環境災害活動に使うという方針らしい。(収支報告を出しているかどうかまではわからなかった。)つまりコンテンツの制作にかかる費用は全くの別会計、別の流れがあるということだ。で、問題になっているタレントのギャランティーだがこれはコンテンツの製作費に含まれるということになる。「タレントにギャラを払うのはおかしい」というのは何となくわかる気がしながらも違和感を感じていたのはここにポイントがある。コンテンツ制作の流れを見てわかる様に24時間テレビにおける「タレントのギャラ」は「武道館のレンタル料」と同じことだ。調べた限り証拠はなかったがたぶん武道館にはレンタル料払っているのだろう。これは人を用意するのと場所を用意するのの違いだけで基本的には同じ費用の類だ。でも今まで見た批判の中に「武道館へのレンタル料を払っているのはおかしい」という意見は見たことがない。あったら教えて欲しい。タレントがチャリティーで儲けるなと批判するなら武道館はチャリティーで儲けるなという批判もあるべきだ。結局はタレントへのギャランティーの問題は視聴者の「タレントはテレビの人」というイメージの問題に収斂するのではないだろうか。タレントはコンテンツのソフトとして”使われている”だけで本来は放送局と同じカテゴリーのものではない。もちろんそういった「テレビの人」というパブリックイメージを用いて経済活動をしている限りチャリティーのギャラには節度が必要という意見はあってしかるべきだとは思う。
たとえば平々凡々な一般人たる僕がチャリティーをしようと思う。そうだ、Tシャツを作って売ってその収益を寄付しよう。拙いながらデザインを起こしてTシャツを買い、印刷会社にプリントを発注する。かかった経費の3掛けで売ろう。なんとか作った分完売。交通費や販売に関しての諸経費は考えないことにして収益は全額赤十字に寄付した。領収書はスキャンしてブログで公開。
さて、批判されるところはあるだろうか?偽善と言われるのはしかたない。だって偽善だもの。でもTシャツのメーカーや印刷会社を批判する人はいないと思う。24時間テレビにおける出演者はまぁこの印刷会社と一緒だ。Tシャツ売るってチャリティーで儲けてるやつらがいるぜ、糞と味噌の区別もできずに批判しているのと同じだ。ギャランティーを支払われるのは批判されることではない。と思う。
最後にはなるが「チャリティー」と銘打ってる限りイメージや収支に関する説明責任とかは大事だ。それは番組の内容にも係わってくるがそれはこの日記のテーマの出演者のギャラとは別の問題だ。そしてそれに関しては僕は語る言葉を持たない。
「そういやデジカメや家庭用PC、プリンタの普及で写真プリントのお店って激減したよな~、
おまけにセルフプリントの機械が置かれたりコンビニでプリントもできたりして、プロの仕事奪いすぎ。ダンピングってレベルじゃない」
って思った。
いや、思うわけがない。プロに頼んで質のいいプリントを頼まなくても高性能な機械が
それなりに高画質に安くプリントしてくれる世の中になったんだからしょうがない。
ならイラストレーターも同じだ。プロに頼んで質のいいイラストを買わなくてもちょっと絵が上手いレベルの専門学生が
それなりに見栄えのする絵を安く描いてくれる世の中になったんだからしょうがない。
コードのメモリのフットプリントという意味なら、CPU内部にキャッシュがあるCPUについてはコアなアルゴリズムをキャッシュの中に乗り切るようにすることによって高速化はする。これは効果があるがあまり適用されるケースがない。
次に一般的に言われるデーター構造の利用効率だが、これは実はこの分野は大富豪的プログラムでいい。理由はメモリのハード的特徴。メモリは中途半端に70Mとか90Mにするほうが難しい。64M128Mのほうが簡単。
だから、増やし方は2倍 2倍。が簡単。エルピーダが逝ったように廉価販売の嵐というのも相まって、OSが256ぐらいつかうからという理由で512M積むというのも当たり前になってきてる。
残念ながら100M級でメモリが空いていれば データー構造で詰まるということはないだろう。
確かにメモリをけちれば消費電力が下がるが 設計上 メモリをケチる構造はCPUに負荷がかかるのでCPUの消費電力のロスのほうが大きいと考えるのが今風。
それにデーターを圧迫するのは大抵は画像や音声や動画などのコンテンツ。
データが圧迫するのはビックデーター系だが・・・これまた、ビッグデーターで処理という流れのほうが大きくて もしくはSQLの固有技術やサーバーの設計技術という話になってきてプログラム単体の話からそれてくる。
だいいち、どちらかというとメモリ利用効率じゃなくてCPU効率だしな。
最後に残るのは組み込みのマイコン級CPUだが、もはや別次元すぎる。
というわけで、メモリに関しては富豪的プログラムでいいと思うよ。量のあるデーターに対して ざるくバケツソートとかそういうことじゃなければ。
ただ、それも仰るとおりCPUが速くなれば、バッテリーが進化すればすべて解決。あとは、誰にでも簡単にプログラムできるようになって、高レベルプログラマが今より不要になる。栄枯盛衰だね。
だから、CPUのことを時にするのばバカだといわれれば、まぁ、世界規模で見ればそのとおりだ。
消えろってうん、ごめん。
愚痴もまじっていたせいだろうか、何を言ってるかわからない部分もあったが、
いろいろと興味深い話を聞くことができた。
「結局、装置があれば韓国でも中国でもどこでも作れるようになって、値段のたたきあいになっちゃたんだろ」
という私に対して、彼は言った。
「体力勝負で負けたのは否定しない。だけどな、装置があれば誰でも作れるというのは大間違い」
「最大の要因は、やつらの技術力が高かったことだと思う。というかうちの規模の会社が研究開発で対抗できてたのがある意味奇跡。」
ということを彼は熱弁していた。
記憶素子のわずかな物理量(数10フェムトとか言ってた)の変化を
増幅する高精度なアンプだとか、
信号のタイミングを自動調整する回路とかそういうものを作る必要があって、
また、そういった繊細な製品をまともに量産するには大量の試作品が必要で、
それに億単位の費用がかかる。そして、会社の規模が効いてくるのがこの部分だと。
確立されていない技術に対してどれだけトライアンドエラーを繰り返すことができるか
たくさん失敗した分だけ、早くノウハウを得ることができる。
資金力で勝る韓国メーカーは、この部分のアドバンテージが大きかった。
彼の口から出たのはそんな話だった。
いろんな国の名前も聞いたことのないメーカーが乱立して価格勝負のつぶし合いをしていてひどいんだそうな。
メモリだって秋葉原に行けば変なメーカーがたっぷりあるじゃないかと反論したら、
ADATAとかUMAXとかプリントしてあっても中身はうちだったりするのさと言ってた。
要はガワだけ作ってるメーカーはたくさんあるが、中身を作ってるのは
最近言われている話では、『過剰品質』とかも変な話だと言っていた。
設計を工夫したりしてたらしい。
最後に彼が力説していたのが韓国製品は価格よりも品質の面で脅威になっていたということ。
「俺、分解して特性調査したからやつらの技術の高さはよく知ってるよ。」
と。2chとかで、韓国ハイテク製品の劣悪さを書き込んでるやつらは
何も知らないくせによく言うぜとか。
いろいろと考えさせられる話だった。
結局、自分なりに思ったのは、
『装置産業になったから技術の意味がなくなりコスト競争になって負けた』
って言う俗説は違うんじゃないんだろうかということ。
こういう結論でしたと総括しておけば、
誰も誇りが傷つかずに、あれは仕方がなかったんだで終わらせられるもんね。
でも、実際は
『韓国企業は高度な技術を要する分野で日本企業を打ち負かし、倒産に追い込んだ』
というのが事実なんじゃないだろうか。
それだけだ。何の言い訳もあるはずがない。
きっと、これからもいろんな産業がこの国からなくなっていくのだろう。
誰も傷つかない言い訳が広まって、仕方がないと言われながら。