はてなキーワード: 国際大会とは
高校総体が終わった後の日々は、あっという間だった。光陰矢の如しである。
そこまで熱の篭った思い出はない。ゼロというわけじゃないが。要約的に箇条書きにする。
T君の次の年次は、相応の強さだった。俺が赴任して一年目の頃は、てんでダメな一年生集団だったけど、自分で考えて動くようになってた。
中国大会への出場は最後まで叶わなかったけど、古豪復活の萌芽となったのは間違いない。あの学校は、今では中国大会の出場常連校になっている。
彼は、まあまあ何でもやる奴だった。学業成績はそれなりで、友人関係もそれなりで、恋愛方面もそれなりだった。なんとT君は、高三の夏頃から女子マネージャーの双子の姉の方と交際していた。T君は、高三になってからは格好よく柔道をする場面が多かった。人柄はよかったし、女にモテてもおかしくはない。彼は……なんというか、女のケツを追ってるんじゃなくて、夢や目標を追っていた。その結果としてモテていた。
彼の進路はどうだったか、必死で思い出した。確か、立命館大学だったと思う。もしかしたら、ブクマ家のwuzukiさんと学年が近いのかもしれない。
ただ、「柔道は大学ではしない」と明言していた笑 俺も、彼にはウェイトリフティングのようなスポーツが向いていると感じる。
この年の晩秋のことだ。俺は教頭ほか、指導的な立場にある先生方に呼び出しを食らった。要するにバレたのだ、マネージャーの妹の方とそういうことをしてたのが。あれから、都合3~4回ほど市内で会って、ホテルで性行為をしていた。
教員として悪い行いだ。当時の俺にすらわかる。突き付けられた選択は2つだった。ひとつは、懲戒免職及び警察のお世話になること。もうひとつは、諭旨免職の道だった。自分から辞めれば、学校としては何もなかったことにしてくれるという。
後者の道を選んだ。それで、その年の中国大会の予選が終わった頃に転職活動を始めた。まあ、辞めるのは嫌だったけどさ。しょうがないじゃん。人生の過程はコントロールできるが、結果はコントロールできない。柔道の試合と一緒である。
一応まだ、全日本の強化選手だった。学校教員をしながら国際大会への出場というのは困難であり、ひとまず3年間は籍だけを置いておく~~というコーチ陣との約束だった。またいつか、現役に戻ろうと考えていた。まだ20代半ばである。野心があった。
それで、スポンサーになってくれる組織を探して、探して、探しまくって、ようやく一社だけ見つけられた。縁があったのだ。選手としての扱いは最低ランクだったが、あと数年しか現役でいられない。ここで最後の花を咲かせようと思った。
でも結局、最後の花は……イマイチな出来だった。納得のいく結果じゃなかった。不満足だし、やり切れなかった。現役生活の最後は悔いばかりが残った。T君のように、清々しい気分で柔道生活を終えることはできなかった。
今は、四年制大学で柔道を教えてる。正規職員じゃなくコーチとして。業務委託みたいな感じだ。一応は都内である。独身だが、正直いい暮らしはしてないと思われる笑
これでも若い頃は国際大会に何度も出場してるし、国内大会でも結果を残してきた。自慢じゃないが、30才を過ぎて国民体育大会の県代表として選ばれたこともある。そんな実績を引っ提げて、いろんな大学のコーチの求人を探して、探して、探して、応募し続けたが……ライバルは手ごわかった。
名門大学だと、現役時代に優秀だった者が採用されやすい。俺の成績はそれなりだったが、超一流の連中には及ばない。ツテを頼って探すにしても、ピンポイントで大学のコーチ枠は見つからない。求人自体がないのだ。
それでも、何百校もの大学に直電と訪問を繰り返して、ようやく一校だけ俺を雇ってくれるところがあった。コンタクトを取った大学は200校を超えていた。
其処は小さい大学で、柔道部員も10人ほどしかいない。けど、いい環境だった。みんな柔道が好きである。当方の指導者としての実績は十分とは言い難いが、これまで長いこと続けられている。
今から半年前、メールで転職サイトの案内が来ていた。よくある広告のひとつだと思って開くと、なんでも求職者がキャリア登録をするだけで企業から採用面接の案内が来るという。俺には縁がないと思った。しかし、いろいろと求人企業を見ていくと……なんと、T君の姿があった。
ここ10年ほどで勢いを伸ばしているメガベンチャーだった。はてなユーザーの98%以上はご存じのことだろう。その組織の人事担当者として、T君の姿がサイトに載っていた。最初は人違いかと思ったが、餃子耳の跡が残っている。あれは手術で消すことができるが、痕跡はどうしても残る。
「ずいぶんと差がついたな」
と心の中で思ったが、同時に、彼が今のポジションで幸せにやっていけてるのかな、と思うと心が安らぐ感じがした。
ああいう人間には大成してほしい。T君は根性がある子だったし、何よりいい奴だった。あの瞬間には、年甲斐もなく涙が込み上げてきたよ。
人生の一部を振り返ってみたが、スポーツで生きていく道はハイリスク・ハイリターンである。決してお薦めはしない。例えば、俺は現役時代にインターハイやインカレといった花道で優勝したことはない。けど、神がかった強さで全国制覇を成し遂げた選手でも、大人になった今ではいろんな仕事に就いている。
俺と同年代の全日本強化選手だと……体力を生かして引っ越し屋とか、宅急便のドライバーとか、資格を生かして整骨院とか、正義感や根性を生かして警察官とか、あとはグレーな警備業とか。
実業団選手で、所属企業に十分な貢献をした場合だと、引退後もお払い箱にならずに名誉職のようなポジションで継続雇用されることもある。
最悪の未来を迎える選手だっている。詳しくは言わないが、野球だったら清原みたいにさ、あっちの方向にいってしまう奴だって当然いる。その点、俺は恵まれた方だ。努力を積み重ねる中で、いろんな人が助けてくれて、そのうえ運がよかった。だから、今こうして柔道でメシが食えている。
はてな匿名ダイアリーで、柔道をしている人の日記は少ない。珍しいものだったとは思う。俺自身が少し常識外れな部分があるから、読んでて苦しい人がいたのではないか。不快な気分になった人に謝罪する。
パリオリンピックは、現地の環境上の問題などは取り沙汰されつつも、単純にメダルとかプレイの内容で盛り上がるニュースが多くて良かったんじゃないでしょーか。
やはり、海外開催、他人のお金で開催された大会に出場した方が、余計な問題が表面化せずに良いと思う。
日本開催すると、環境問題、税金問題、汚職問題、それらを取り巻く対立問題が現れて、大会後も良いことが無い。
日本のような、倫理観が低く罰則が弱いために汚職が起こりやすい社会では、国際大会開催実施などは極力避けた方が良いのではないか。
普段スポーツクライミング見ないような連中がうるさすぎる。
何でもかんでも自分が納得いかなかったら騒ぐっていうのはもうやめてくれ。
スポーツクライミングっていうのは基本的に登ったら勝ちで登れなければ負けなの。
それ以上でもそれ以下でもない競技に、色々な人が色々な攻略で挑むから面白いんだよ。
森秋彩のあのシーンだけ見たら身長低いことが圧倒的不利って見えたかもしれないけど、次のリードの結果はどうやって判断する?
身長が低い選手に圧倒的に有利な場面が、背の高い選手にとって圧倒的に不利だと考えたりは出来ないの?
そんなことくらいでいちいち一部の選手に不利な条件を見直してたらキリがないんだよ。
残酷なシーンだったから声を上げたくなるのはわかるけど、それはむしろ逆効果だから止めてくれという話。
それを不利な部分だけ拾って、ルールがおかしいっていうとどうなるかわかるか?
もしそこで身長が低い選手でも必ず手が届くようなルールにしたら、全体のゲームバランスが変わりすぎて真面目に取り組んできた他の選手がバカをみるだろ。
「そうならないように考えるのがプロの仕事だ」キリッじゃねーんだよ。
そこを変えたらバランスが崩壊するから変えてないってことを理解しろ。
で、それでもまだ騒ぎ続けるとどうなるかって言うと、ルールが変わるんじゃなくて規格外がはじかれるんだよ。
オリンピック委員会だって、自分たちの大会でグロテスクなシーンが映るのは良くないって思ってるに決まってるだろ。
じゃぁどうする。
「これはもう参加資格だね。」っつって、身長の低い選手は参加資格がなくなるだけ。
お前らも目に入ってこなくなるから一切騒ぎません。
アホか。
規格外でも参加できるオリンピックと、規格外には参加資格すらないオリンピック、お前らが求めてるのはどっちなんだろうなあ!
増田がめいろまの優生思想を肯定しているわけではないのはわかるが、
日本の選手が強くなったり、最近の子達が美形でダンスや勉強もうまいというの、あれ日本で80年代以後は見合いが激減したのが原因かもな。能力がない、金がない、不細工は結婚できなくなって、優秀な人間だけが自然選別で結婚して子供を産むようになった。多分これ結構あたってると思うんだよ
ある快挙を無理やり優生学的な原因で説明しようとするのはモロに優生思想でしょ。例えば日本のスポーツ選手が強くなり、オリンピックで優れた成績を残せるようになったのにお見合いの激減など効いているはずもない。はてな民からしたらめいろまなんか真に受けるなよといいそうだが、最近こういうなんでもお手軽に優生学的な理由を求めようとする人間が増えている気がするので真面目に反論しておく。
これはズバリ森喜朗のおかげ…もといtotoのおかげである。森喜朗もJリーグも好きではないが、今日の国際大会での日本勢の活躍の一因は間違いなくこのスポーツ予算にある。
https://www.asahi.com/articles/DA3S14462004.html
totoの売上からは"毎年"200億くらいの予算がスポーツ振興に安定的に投下されるようになっている。メジャースポーツからしたら大した額に見えないかもしれないが、これにより従来個人の趣味の域を出ずスポンサーもつかなかったマイナースポーツへも強化予算が割り振られるようになった。パリオリンピックでの躍進目覚ましいフェンシングの分析をしたものが以下のツイートである。
Sato Josuke (Jose Sato)
@soccer_kozou013
いつの頃からかは不明なのですが、味の素トレーニングセンターに作られた広い練習場で定期的に候補選手の強化合宿が開かれていたり、学生の選手で将来有望だとみなされた選手のトレセンが頻繁に行われています。太田雄貴さんの活躍によりそれにさらに拍車がかかった印象です。
一昔前なら、フェンシングのようなマイナースポーツ(失敬)の国立トレーニングセンターなど想像もできなかっただろう。ちなみにスケボーも2017年からJOCに加盟しているのでそれなりの予算が出されていると思う(たぶん)。
https://honkawa2.sakura.ne.jp/images/3980a.gif
こんな感じになっており、言うまでもなく90年代からの増加は女性選手のおかげであることは明らか。日本の男女平等は完全には程遠いが、宗教や経済的理由により女性がまともにスポーツをできない国はまだまだ多く、それらの国々に比べればまだマシであるおかげと言える。
80年代からお見合いが減ったといえ、今のスポーツ選手はその世代の子供にあたり、たかだか1世代しか経過していない。そのような少ない世代での効果などたかがしれている。さらにお見合いがなくなった80年代の価値観で言えば、男性の魅力は経済力という時代なのでスポーツ能力とは全く関係がない。スポーツができてモテるのはせいぜい中学生までくらいのものだろう。
品種改良をしようとするのなら優れた形質を持つもの同士を交配し、さらにその子孫もその形質で選抜しつつ交配を繰り返さなければならない。たかだか1世代経済力で選抜したところでスポーツ能力など上がりようもないのだ。(「最近の東大生は選抜されているから美男美女が増えた」というのも同レベルの寝言だろう)
人の意見に毀誉褒貶があるのは当然なので、反論したいわけではないですが、誤解は解いておきたいので追記します。
これはその通りで私の言葉足らずでした。ああいうのは優生思想そのものではなく、優生信仰とか優生信者とか優生陰謀論とかそういうのが正しいですね。
これもそのとおりです。増田は別に遺伝要素や環境が引き継がれる要素まで否定するつもりはないです。優生学にも科学的な要素はあると思っています。ただそんなにね、1,2世代ゆるふわな身体能力と関連性の薄いセレクションしたくらいで身体能力上がるわけ無いだろ!安直に優生思想で説明するな!遺伝学なめるな!と言いたかっただけです。
理論的には、特定集団を隔離して交配と選択を繰り返せば一定の形質をもった新たな品種を生み出せる、というのは育種学的に見れば当然の話だし、あるいは大集団でゆるい選択を長いあいだ続けることによって平均値を緩やかに変えていく、みたいな可能性はあり得ます。例えば木村資生博士はこの後者の可能性を提案しています。
という問題があって、具体的には2番めの点については木村先生はほぼ自明に賢いものを優遇しようと提案されていますが、目下の少子化で消滅がほぼ確定しつつある日本を見ると賢い人間よりマイルドヤンキーみたいな方が優れた形質なのでは無いかという気もします。家畜の場合「肉が多い方が良い」「産卵個数が多い」など具体的に目標を決めることができますが、人間の場合望ましい形質というのはそんなに簡単には決められないでしょう。(ただ木村先生の活躍された時代は少子化ではなく人口爆発が懸念されていた時代である、ということは背景にあります)
3点目もこれに関連していて、例えば「外見が優れている」価値観の中身などはすぐに変わり得るということです。平安美人は今の美人とかけ離れている…などと持ち出さなくても、イケメンの定義でも昭和と令和では全然違うという現実があります。石原裕次郎や高倉健は今の時代では顔の濃いおっさんフェイスだし、今風の顎が細く中性的なK-POPアイドル的容貌は昭和の時代では気持ち悪いカマホモ野郎扱いでしょう。高々30年(=1.5世代)程度あれば人の価値観はあっさり変わってしまうものなのです。
結局の所「優生学」にも科学的な部分はあるがその部分は「育種学」と呼ばれるものであり、このあたりの関係は「脳科学」と「脳神経学」みたいなものではないかと思っています。
オリンピックボクシングの性別騒動記事へのはてブのコメントが酷い。酷すぎる。
「君らふだん人権とか差別反対とか言ってたの、どこに消えてしまったん?」と言いたくなるくらい、
無自覚な差別、無自覚な悪意、無自覚な排除論理のオンパレード。
「彼女は〇〇とは違う!差別するな!」って、それ〇〇なら差別・排除に値するっていうことだからね?こんなブコメがいーっぱいついて、いくつかはスター集めて上位ブコメになってる。
酷すぎる。醜すぎる。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/the-ans.jp/paris-olympic/445555/
より抜粋
・この件は女性として出生して性自認も女性、調べたら実はXY染色体を持っていた特殊ケースなのでトランス女性の競技参加問題とは異なる
・ トランスジェンダーじゃないんじゃん。騙されそうになった。
トランスジェンダーだったら頭を悩ませず切って捨てればよかったけど、今回はトランスジェンダーなんかじゃないから悩むよね~、ワカルー
・身体の作りが違い過ぎると思った。トランスジェンダーではないことだけは把握したけど
・本人は違うこと分かってるのに、勝って面白いかなと思う
「自分は周りの"普通の女性"とは違う少数異常だということを自覚して、「わきまえ」ないとね!という主張
・「ケリフは2021年東京五輪はライト級で出場し、準々決勝まで進出していた」東京での準々決勝でケリフに勝った女子選手を讃えよう!
憎っき「偽物女」ケリフを倒した、強い「真の女性」を讃えよう!だって。これ自分がどんな酷いこと書いてるか自覚できてないだろうな…
性的少数者は障害者のように別枠を作って、通常の大会からは排除したいんだね。
パラリンピックは通常大会では活躍できない障碍者に活躍の場を広げるため(障碍者自身のため)のもので、障碍者が望んで実力があれば通常大会にも出られるんだよ。
あなたが望む特別枠って「性的少数者から性的多数者を守るため」に隔離して排除しようという趣旨で、当事者に対する差別排除隔離枠だから、パラリンピックとはまったく逆の別物だけどね!
・彼女は男性のような骨格なので部分型アンドロゲン不応症候群ではないかな。そっちは男性にカテゴライズしないと女性がかわいそう
女性として生まれて女性として生きてきたのに、いきなり男性にカテゴライズされる彼女個人に対しては「かわいそう」と思わず(おそらく自殺を考えるほどの排除感、衝撃だろう)彼女の周りの多数女性の嫌悪感、不快感、不公平感を「かわいそう」と感じて排除を主張する。
個人の重大な人権侵害よりも、多数の納得・不快感の排除を優先する、典型的な差別者の論理。
・プロ競技や国際大会は男女別を止めて実質的男女別のテストステロン等の階級別にすべきでしょ。
・ 男がちんちんで有利になってるわけじゃなくてテストステロンで有利になってるんだから、そこらへんを基準にするのが妥当に思われる。
ホルモンの分泌なんて個人差が大きくて、見た目女性&遺伝子型が女性型であっても男性平均以上にテストステロン値が高い女性もいるけど、彼女は女性競技から排除するの?
逆に見た目男性&遺伝子型が男性であっても、テストステロン値が女性平均並みに低いん男性もいるけど、彼は女性競技への参加を認めるの?
こういう少数者への視点が全く欠けた乱暴な線引きをしたがるの、「自分を平等主義者だと思い込んでる差別主義者」にあるある。
・ 出生時の性も自認も女性である人物をトランスジェンダーだとフェイクを流して騒ぐ連中のグロテスクさよ。君らが本当に攻撃したいのはいったい誰なのか。
少なくともあなたが「トランスジェンダーではない女性は攻撃してはいけないけど、トランスジェンダーなら攻撃してよい」と考えていることはそのコメントからよくわかるよ。
あなたのコメントを裏返したらそういうことだもんね。(これに48スター…)
これを「トランスジェンダー→黒人」に置き換えてみると、どれだけ醜悪なことを言ってるかよくわかる。
かつて黒人がプールに入るのを排除されてた水泳競技(黒人がプールに入ると白人が出ていったという時代があった)で、
「白人しかいないはずのプールに肌の黒い黒人がいる!? いや、黒人のように見えるが実は肌が黒いだけの白人だった」という事例で、
・ 出生時の人種も自認も白人である人物を黒人だとフェイクを流して騒ぐ連中のグロテスクさよ。君らが本当に攻撃したいのはいったい誰なのか。
・この件は白人として出生して人種自認も白人、調べたら実は黒人並みのメラニン色素細胞とちぢれ頭髪細胞持っていた特殊ケースなので黒人の競技参加問題とは異なる
・ 黒人じゃないんじゃん。騙されそうになった。
・メラニン色素量検査のために人種判別検査で失格しただけで、黒人の人では無いみたいね。
・黒人ではなく先天的なものらしい。こういう場合ってどうすればいいのかね
・身体の作りが違い過ぎると思った。黒人ではないことだけは把握したけど
こんなコメント書いてんだよ君ら。
はてブでは、トランスジェンダーはかつての黒人並みに「差別していい存在」だと潜在意識に沁みついてる連中が大勢いるってことがよくわかる。
とかくはてブは、自分に実害や不快がない差別の話題に対しては怒りを露わにし「差別よくない!少数弱者の人権を守れ!社会は弱者を受け入れる労力・苦労を甘受しろ!」と綺麗事を叫んで差別者を糾弾し攻撃したがるのに、
自分に実害や不快が発生する少数弱者(多数女性に対してのトランス女性)に対しては、少数弱者を受け入れる労力・苦労を断固拒否して、平気で「私たちの安心のためあいつは私たちだけの場から追い出して!これ差別でなく区別だから!区別して!」と排除したがるんだよね…その「差別でなく区別」て、何十年も前に黒人の公民権運動で詭弁として否定されてる典型的な「差別者の論理」なんだが…
「黒人は生まれつき肉体能力が優れてて素晴らしいよね!でもそれだと白人や黄色人がスポーツで活躍できないから、白人や黄色人を守るため区別しないとね!」これ許されると思うの?
少し前に女子アスリートの盗撮が問題になっていたけど、正直めちゃくちゃ難しい問題だと思う。
正直、どんな物でもそれに興奮する人はいる。ユニフォームの露出度が高くないスポーツでも興奮する人はいるし、股間をアップしたり赤外線で透かした写真でなくても興奮する人はいる。
体操競技では布面積の大きいユニフォームを着用する動きがあるけど、体型さえ分かれば良いという人もいるだろうし、効果は限定的な気がする。
もっと言えば男性の肉体美に興奮する人も多いと思うし、女性に限った話じゃなくなっている。
しかし、誰でも股間とかをアップされるのは嫌だろうけど、それで撮影自体を禁止するべきなのか疑問がある。カメラを向けられるだけで嫌だと感じる人もいれば、肉体美に自信を持っていて筋肉や体格を見せつけるアスリートもいる。ビーチバレーでは自信からあえて布面積の小さいユニフォームを選ぶ選手もいると聞く。
いま「私は肉体を見てほしい」と主張したら、規制の動きに冷や水を浴びせるものとして批判も受けるかもしれない。
陸上や体操がなぜ布面積が小さいかというと、筋肉や関節の動き、体型に合わせて進化した結果としか言えない。となると、布面積を大きくしてしまうと、代わりに記録が損なわれて興行としての魅力が小さくなる恐れがある。正直、女子競技は男子競技と比べて迫力に欠ける面があり、記録が後退するのはかなり痛い問題となる気がする。
そもそも体型や肉体美も重要な要素となる競技では特に競技自体の魅力に影響する。例えば体操やフィギュアスケートは手足の長さを見せられるユニフォームの方が動きが美しく感じられる、審査上も有利となる。ビーチバレーは男女問わず躍動する健康的な肉体も競技の魅力の一つに思う。
また、ビーチバレーで撮影を禁止したら人気が落ちたから一部解禁した、なんて話もあるらしい。カメラ撮影が全て性的な動機によるわけではない。海外では観客に撮影する権利が当然にあるとされているから、同じ日本国内の大会であっても国内大会は撮影禁止で国際大会は撮影OKだったりする。
アスリートを守るための規制によりスポーツの価値が損なわれたり、観客だけでなくアスリート自身も魅力を感じなくなったり、競技自体が喪失したら元も子もない。しかし当然ながら過激な盗撮魔を放置するべきではないから、絶妙な規制のあり方を検討していかないといけない。外野ではなく、競技に取り組むアスリート自身で考えていかないといけない気がする。
県二位の人口22万人の中核市であり、太平洋に面する港町、臨海工業地帯、外航・内陸航路の工業港を有し、東北新幹線八戸駅、東北自動車道八戸線、三陸復興道路の北の終点がある。東北有数の商圏63万人の街。
しかし、八戸市にはイオンモールがなく、イトーヨーカドーは2024年の夏に閉店する。
八戸市の映画館はかつて7館あったが、現在は完全になくなった。
2000年代前半4万平米級のイオンモール計画が立ち上がるも、中心市街地の地権者や有力者等で構成する市の商工会が大反対運動を展開。当時の市長はイオンモール反対を表明するも次の選挙で市民の支持を得られず落選。
イオンモールを待望した市民は、官僚出身の新市長を当選させた。しかし、外部の反対派寄りの専門家や学識経験者を交えた委員会を開き、最終的にイオンは過剰な商業施設であり不要と決定。そして、八戸市は事実上の1万平米以上の商業施設立地規制条例を制定し、イオン予定地は、当初計画を大幅縮小した売場面積7千平米級の中途半端なイオンが開店した。
さらに、市はそのイオンの隣により大きな建坪で市の総合検診センターを建設。土地区画整理組合への補償のためだと思うが、未来永劫、増床してイオンモールにすることはできなくなった。
その結果、市民は昔からある隣町のイオンまで車で約15kmから20km車で行く。
車がない高校生は1日に4便しかない直行バスに長い行列をつくり30,40分かけていく。
街の顔である中心市街地は、税金や補助金を投入し続けたが商業エリアとして魅力は下がり続け集客力は改善せず、事実上シャッター街に近い状態になった。
かつて市民のデパートとして親しまれたヨーカドーは市内に2店舗あった。1980年中心街の再開発ビル(地下1階、地上7階建、屋上遊園地)にヨーカドー八戸店出店計画が出て、当時の市商工会議所は大反対をした。市民には大歓迎されて開店してから東京の有名なデパートとして八戸の目抜き通りのシンボルとなった。その後2003年閉店。
古いビルは壊され屋台村になり、かつての長崎屋は1階がタリーズコーヒーで、2階から13階建のマンションになった。
市は20年ぐらい前には既に中心市街地活性化対策に乗り出し、再開発計画が出ては消えを繰り返し、最終的に新市長が市営の箱物をたくさん新設したり、建て替えた。
中心街は仙台に次ぐ飲み屋街として名高く、屋台村のみろく横丁周辺が酒豪の呑んべいたちで賑わう。新幹線開通後、新たなホテルやマンションはいくつか建設された。
市内は、北東北を中心に展開する売上高1300億円、58店舗を展開するスーパーのユニバースが本社を置き市中を治めつつ、他社も含め無数にスーパーとドラッグストアがある。イオン系列マックスバリュー、ホームセンターのサンデー、ヤマダ、ケーズデンキ、ユニクロ、GU、しまむら、西松屋、ワークマンもある。日常の買い物には困らない。
しかし、市民は屋内一体型モールのイオンモールが欲しかったのだ。大規模な市総合検診センターでもなく、市の観光文化交流施設や、市民屋内広場ではなく、イオンシネマやゲームセンターやボーリング場や、未来屋書店や、東京のアパレルテナント、東京で話題のある飲食店のフードコートが欲しかった。
明治時代に日本鉄道が東北本線を八戸町の中心部に伸ばすかどうかで議論になった。
当時は他の町と同じく蒸気機関車忌諱説があり、流行病の懸念や軍部の要望があり外国軍上陸の脅威を減らすべく、市街地から4kmも内陸の尻内(しりうち)という辺鄙な場所に駅をつくった。あとで町民たちは鉄道は便利だと知ることになり、数年後に本線から分岐して八戸線が開通し中心市街地の800m北寄りに旧八戸駅、現在の本八戸駅を開設する。
そのあと100年以上が経ち、尻内駅は八戸駅に駅名が変わり、やがて新幹線駅に昇格した。しかし、あまりに市街地から離れすぎた立地のため、郊外の地方空港の様相であるかのように、22万人都市の玄関口としてはお察しくださいの状態である。
大正末期に八戸大火が発生し中心商業地区が焦土と化したが、田舎町には後藤新平のような都市計画家はおらず、当時の八戸町議会は多額の予算は出せないとして狭い道は藩政時代のままとなった。
太平洋戦争では基幹産業の日東工場爆撃が海側の地域で爆撃を受けるも、中心市街地の空襲被害はほとんどなかった。
市の北側に位置する旧日本軍の飛行場と基地は米軍に接収され、3,200人の米兵により飛行場を拡張し基地の街と化す。その後、陸海自衛隊基地として運用される。
八戸の中心市街地は、戦後しばらくして、東映、東宝、テアトルなどの7つの映画館が開店し、地元百貨店が開店し、緑屋、ニチイ、丸光(さくら野)、長崎屋、そしてイトーヨーカドー、地元資本のファッションビルが開店し、中心市街地は岩手県北を含め商圏62万人ともいわれ栄華を極めた。私はその時代を生きていないのでよくわならない。
八戸は昭和30年代に新産業都市に指定され臨海都市建設工事が始まり、八戸鉱山の石灰石産出、三菱製紙工場、八戸火力発電所、非鉄金属の精錬所、鉄工所、造船所が建設された。
漁業は栄光を極め、八戸港の水揚げ量・金額が日本一を記録し、第一・第二・第三魚市場は全国の漁船が集まったという。浜の景気は大変良く、飲み屋街や風俗街も発展した。北海道室蘭・苫小牧港へのフェリー航路が開設され北への玄関口となった。中心市街地を迂回する国道45号バイパスが整備され、市道の4車線の環状道路が次々と開通し、田畑の区画整理が次々と進み新興戸建住宅地や住宅団地は郊外に市街地は拡大し、市営バスは路線網を拡大し小中高校は増設を続けた。
一方で、青森寄りの天間林村(現七戸町)の上北鉱山は銅が枯渇のため閉山。また、八戸から60キロ北の六ヶ所村では新全国総合開発計画による巨大石油化学コンビナートや製鉄所を中心とした、1万7000ha開発計画は発表されたが、二度のオイルショックで完全に頓挫した。石油備蓄基地のみがつくられ、のちの日本原燃による核燃料サイクル施設建設を待つことになる。
青森県議会は東北新幹線建設に際し、八戸経由か弘前経由か決められずに結局盛岡駅止まりのまま以後八戸延伸まで20年待ちとなる。あの頃、早く決めていればとおもうと悔やまれる。
1991年に長崎屋が郊外に移転。屋内遊園地つきのラピア長崎屋が開店
1994年 年末に三陸はるか沖地震(震度6)が発生、旧市庁舎、旧市民病院に大きな被害、中心市街地のビルが倒壊し死者発生、道路の崩落、水道管破裂など多数被害
1995年 隣町にイオンモール下田が開店(現在は売場拡張し53,277平米)県南地域では最大の売り場面積を持ち、当時は大観覧車があり田んぼと山がよく見えた。
1997年 中心市街地の市民病院が郊外に移転し、いよいよ中心市街地の危機が地元紙で叫ばれるようになる
1999年 八戸臨海部の神戸製鋼の敷地にピアドゥ(売場面積25,400平米)が開店。核テナントはイトーヨーカドー、ホームセンター、のちにヤマダ電機、スーパー銭湯開店
2002年 東北新幹線八戸駅開業。北の玄関口として栄華を極める
2003年イトーヨーカドー八戸店が閉店、跡地に地元出資チーノオープン。市民映画館が開店
2009年 臨海部の八戸魚連跡地、ピアドゥの隣接地にシンフォニープラザ(現在の売場面積17,000平米)が開店
2000年前半イオンモール八戸田向店40,000平米級の建設計画が持ち上がる
当時建設中の4車線の県道八戸環状線沿い一帯の田んぼを区画整理し、中心街から八戸市民病院が移転した付近に立地計画。
市民の多くは歓喜に沸いたと思う。わざわざ隣町のイオン下田まで行く必要がなくなるからだ。
しかし、中心市街地の商業者を中心とした商工会が猛烈に反対し、当時の市長も大反対。
地元新聞の投書には、商店街関係者と思しき女性が「イオンが来たら中心街がシャッター商店街になってしまう。そんなところで祭り(八戸三社大祭という由緒ある山車の祭り)は見たくない!」などと書いていた記憶。
ほかに、市民病院の近くが週末渋滞して救急車が到着できなくなるから反対との投書もあった。
その後、市長は1期で落選し、新市長が当選し立地規制条例を制定
2012年 郊外にイオン田向ショッピングセンター開設(7000平米級)
新市長は、空洞化した市街地を再建すべく、市営の箱を次々と建設。
2011年 市営のポータルミュージアムはっちが開設、中心市街地にタリーズコーヒが初出店
2016年 ガーデンテラスが竣工し市営の八戸ブックセンターが開設、Yahoo八戸センターが同ビルに拠点開設
2019年 国際大会用の屋内スピードスケートリンクが開館(中心市街地から徒歩圏の運動公園に建設)
2020年 元長崎屋跡地にDEVELD八日町が竣工 13階建で2階以上はマンション
2023年 イトーヨーカドー八戸店跡地のはっちが閉店。解体されマンションになる予定
2023年 八戸港の水揚げ量が昭和19年レベルに激減(戦後最悪水準、金額ベースで最盛期の10%の漁獲高)
2025年 青森銀行とみちのく銀行が合併し青森みちのく銀行設立予定
東日本大震災のあと、国の復興予算で約10年で三陸復興道路が完成し、県道の環状道路は大半が開通した。市内のロードサイドにはセブンイレブンも、タリーズも、コメダ珈琲も、スタバもできた。新しいスーパーやホームセンターがあちこちにできた。
中心市街地は市営の観光施設や屋内広場、箱物と、市営書店ができて大変モダンな空間になった。
地元商工会議所は、中心市街地活性化のために、巨大イオンモール進出を阻止に成功し、街中に新たな商業施設として、ローソンとファミマが合計6店舗できた。モスとドトールしかなかった街中にタリーズができた。
しかし、市経済の低迷も相まって中心街へ商業施設誘導を果たせず、三春屋とチーノは閉店し、今やさくらの百貨店が残るのみである。かつての商業ビルはマンションへ建て替えが進む。
商業地としてのポテンシャルが低下してマンションになるのであれば、郊外に予定通り40,000平米のイオンモールを建設してもよかってのではないか。
結果、GMSは衰退し臨海部のヨーカドー八戸沼館店は閉店。後継テナントは未定で、市民は1991年開店の江陽のラピア長崎屋と、臨海部のシンフォニープラザ、2012年開店のイオン田向(リテール)のみになる。
よく巨大郊外型モールが撤退したあと社会問題になるため開発抑制が必要だという。都市計画的には正しいが、近隣県を含め広域自治体レベルで規制誘導しない限り、一自治体が規制をかけても無意味だった。
結局、市民は1995年以降、隣町のイオンモール下田まで行き、買い物客が流出し続けた。
中心市街地の地権者はコンビニ6店やマンション1棟やホテル2棟をオープンさせたが、新たに集客力のある商業施設を建てたては言えず、中心市街地の魅力向上のため、市営の文化的施設の建設に資金が投入され続けている。
2050年までに、八戸市の人口は社会保障人口問題研究所の推定で14万人台になるとしている(最盛期より10万人減少する)
人口減少社会は、かつての拡大した市街化区域を減らし、都市軸の再形成、まちなか居住、コンパクトシティの形成、魅力ある歩いて暮らせるまちづくりをするなど、さまざまなメニューがあるものの、あまりにも中心市街地再興への道のりが長すぎる。その過渡期に過ごす市民は、これからもイオンモール下田に通うことにになる。
せめて20年前に八戸市や市商工会議所は、イオンモール立地に反対しなければ、あの長い行列をつくりバスを待つ市内の高校生たちは、自転車でいける距離でイオンモールに遊びに行けただろう。
(球場の施設の改修、TV製作側での表示の変更で、審判員のコールの変更は2010年からだったかな。)
国際試合出場が多くなったから、世界基準に合わせるっていう事だったと記憶してる。
日本野球機構(NPB)審判員は2010年シーズンから、球審のボールカウントのコールを従来とは逆のボール、ストライクの順に変更した。日本では近代野球が伝わった1900年代初頭からストライクが先のコールで定着していたが、大リーグや国際野球連盟(IBAF)管轄の国際大会で行われているボールが先のコールが世界基準だった。プロ野球選手が出場する機会が増えた国際大会に対応することなどが変更の理由。日本高校野球連盟は1997年の春の甲子園大会からボールが先のコールを一足先に取り入れていた。プロ野球の変更に伴って大学、社会人も追随。コール順の変更を受けてプロ12球団の本拠地球場のカウント表示もすべてボール、ストライク、アウトの順に変更されている。