「それよりもさ、『マホ使』観ようぜ。歌ばっか聴いてるより、こっちのほうが面白いじゃんか」
『魔法使いじゃありませんわよ!』かあ。
資金を持て余した貴族令嬢が、子供の頃の夢だった魔法使いになるのを夢見て、様々な“魔法使いっぽい”ことを大げさに実現する。
近年では超能力者の躍進や、魔法少女アンドロイドなどの影響もあり、マンネリどころか更に面白くなっているとさえ思う。
しかし、気がかりなこともある。
そうは言っても気にもするさ。
特に、中東の国に武力介入して鎮圧してしまったニュースは衝撃的だ。
その国の宗教にまで口出ししてブルカやニカブを廃止させた時は、いよいよここまで来たかといった感じだった。
噂では、魔法少女アンドロイドを作った大手ロボット企業と戦争をするという話もある。
この『マホ使』が種火になるんじゃないかと思うと、気が散って素直に観ることができない。
弟は言われたとおり掃除を済ませたのだから、個人的な感情はともかく見せてやるべきだろう。
「……ん?」
ふと、弟の掃除スペースに目を向ける。
よく見るまでもなく、まるで終わっていないのが分かった。
「おい、弟よ。まさか“アレ”で掃除をしたって言い張るつもりじゃなかろうな?」
「だって、年越したじゃん」
「……は?」
「“年末だから”やってた大掃除だろ。つまり年を越した時点で『年末の大掃除』じゃなくなる」
「言っておくが、『掃除を一生しない』という選択肢があるわけじゃないぞ」
「……」
俺がそう念を押すと、弟は無言で掃除を再開した。
俺もズボラなほうだが、こいつは筋金入りだな。
まあ弟の主張は理解できなくもない。
そもそもズボラな俺たちにとって、『年末の大掃除』というものは“理由”と“目的”が一致していない。
“年末だから”という理由がなくなってしまった時点で、“掃除をして部屋を綺麗にする”という目的も失われるのだ。
だが、とどのつまり「掃除をやりたくない」というのを誤魔化しているに過ぎない。
さて、そろそろか。
「じゃあ俺は出かけるが、帰ってくるまでには掃除終わらせとけよ」
年越しの大掃除をやっている弟を尻目に、俺は外出の準備を始める。
「え、今からどこ行くの?」
「元旦に仕事? 大企業ですらお休みモードのところもあるのに」
「あれは企業の“ポーズ”だって。元旦に働く必要がないのなら、元旦に休む必要もないだろ」
「ん?……」
「見せ掛けだけ良く見せて社会に媚を売るくらいなら、普通にモノ売ってたほうがマシってことだよ」
「それも、そうか……うーん、なんか言い包められてる気がする……」
「言い包められろ。それに抵抗するほどの理由や目的があるのなら話は別だが」
「……はいはい、兄貴が帰ってくるまでにはちゃんと掃除終わらせるよ」
この世の理由や目的なんてものは、俺たちが思っているよりも曖昧だ。
俺たちだってそうだ。
でも、それ自体は悪いことじゃない。
年末だからという意味不明な理由で、部屋を綺麗にする気力が湧く。
年を越そうが俺たちは、俺たちの日常は大して変わらないのである。
何も知らずにログインしたけど 何を書くやら 何で書くやら
それがごっちゃになりまして
ワイほんまによう書けんわ ワイほんまによう書けんわ
ワイほんまによう書けんわ ワイほんまによう書けんわ
スペース空けたら 悪目立ちすると思うだけ
ワイほんまによう書けんわ ワイほんまによう書けんわ
なんぼかバズるやろ
ワイほんまによう書けんわ
恐ろし 恐ろし 恐ろし 恐ろし
ああ 恐ろし
お子さん お子さん お子さん お子さん
お子さん お子さん お子さん お子さん
お子さん お子さん お子さん お子さん
ワシャ ろう者で聞こえまへん
ワイほんまによう書けんわ ワイほんまによう書けんわ
そんなら 向かいのおばはんよ
ちょっとお題だけ おくんなはれ
ノートを出したら おばあはん
これまたイメクラ こけまへん
嘘マジ半分 妙ちきりん
ワイほんまによう書けんわ ワイほんまによう書けんわ
あと一つは?
『第二陣の勝負は……』
「おい、いきなり変えるなよ。第二陣の結果がまだだったのに」
確かにそうだが、それでもキリの悪いところでやられたら気持ち悪い。
「どうしても結果を知りたいなら、ネットとかで検索すれば分かることじゃん」
別にそこまでして知りたいことでもないんだよなあ。
問答無用だぜ
絡み続ける お前はいつも
素敵 お利口 強い
「この曲、『アカ』のワードがあるからって理由でアカチームにねじ込まれてない?」
「逆に考えてみろ。これをハクチームが歌ってたら違和感があるだろ」
「いや、引っかかってるのはそこじゃなくて。何かアーティストや選曲に恣意的なものを感じるんだよ。視聴者目線で作られていないっていうか」
「まあ、そのことを否定も肯定もしないが、お前が口ばっかりで手が動いていない点については言及しておくぞ」
弟は番組に興味がないと言いつつ、ことあるごとに内容に口出しして、優先すべき掃除が完全に滞っていた。
「分かってるよ。もうすぐ終わるから」
「さすがに急いだほうがいいぞ。『年末だから』という理由で始めた掃除が年末に終わらないってことは、お前の怠慢が招いた結果の失敗を意味するからな」
『続いてハクチーム、第二陣!』
サムさなど 気にもしてないはず
愛のある人にも 愛のない人にも
流行りに乗って 行こう 皆と
あの人も呟くよ
底辺の人さ いつも さえずり
恋の歌 歌ってる
色んな意見を多く まとめておきましょう
斜になんて構えずに
流行りに乗って 行こう 皆と
政治屋も ノっている
青い鳥さえ いつも さえずり
トレンドと 言っている
悪い人を作って 二人の違いを書き
知らない文化圏に 土足で踏み込もうよ
まとめサイトも きっと まとめる
テレビでも 取り上げる
「あれ、この曲出たのって去年じゃなかった?」
「まあ時期的に微妙だったからな。今年ノミネート扱いにしたんだろう」
「それもあるだろうな」
『さあ、第一陣の投票結果が出ました……『メメ・ワンダーランド』! ハクチームが僅差で勝利!』
「いや、だからそれがヤラセなんだって。こういう風に都合のいい結果にするための」
「お前にとって都合のいい結果になった時も、その調子で頼むぞ」
まあ、こいつにとっての“都合のいい結果”なんてものが、そもそも存在しているのかは疑問だが。
『続いて第二陣、アカチームどうぞ!』
外はお気に入り 通知が呼んでる
筆を 走れ 走れ ほら見てごらん
筆を 走れ 走れ さあ掴み込んで
すべろう したり顔で謳いながら
星はバラ色に 色染めてく
みんな仲良く 犬猿たちみたい
行こう 自分語り織り交ぜながら
呟きで リプがはじける
バチ! バチ! バチ!
他にはない こんな楽しさ
いつまでも終わらない この話は
並ぶ通知の数 謳っている
外はお気に入り 通知が来ている
「それ結構、古い曲じゃなかった? 音楽の授業で聴いたことあるような」
「ああ、このアーティストがカバーして、それが今年ヒットしたらしい」
「まあ、このアーティストからすれば、今後ずっとカバー曲が代表曲になるわけだから。素直に喜べるかは複雑だろうがな」
『続いてハクチーム、出陣!』
12月も終わりを迎えようとしている。
新年を迎えようとしている、と言い換えてもいい。
この時期になると、多くの人々はその新年を歓迎する準備に入る。
日が過ぎることに無理やり特別な意味を持たせなくてもいいだろうに。
一方的にハッピー扱いされるニューイヤーくんもいい迷惑だろう。
だが社会とは大なり小なり、望むと望まざるにかかわらず、そういったものに順応したほうが楽な時もある。
別にしたくてやってるわけじゃない。
だが、そう声高に主張しても意味がないんだ。
両親の「じゃあ、いつやるの?」という質問にマトモな答えを返せないのだから。
こうして毎年、年末にやらなくてもいい大掃除を、「年末だから」という理由でやる羽目になるわけだ。
「なあ兄貴、こんなん出てきたけど」
「俺はそんなの知らないぞ。今まで知らなくても過ごせたんだから、あってもなくてもいいものだろ。捨てるの一択」
元からやる気がなかったものだから、大掃除の進みは非常に遅い。
8割ほど綺麗になったときには、新年まで数時間前という状況だった。
まあ、その残り2割は弟の箇所だけで、その弟の集中力は切れかけていたが。
「ダメだ、気が散る」
今テレビなんて流したら、掃除の進みが遅くなるどころか止まるに決まっている。
「えー、もうすぐ『魔法使いじゃありませんわよ!』の放送なのにぃ」
ここで俺が手伝ってやれば早く終わるだろうが、それでは教育上よくない。
「仕方ないな。テレビをつけてやる」
「やったぜ、兄貴!」
『さあ今年も、年末の風物詩、アカハク歌戦争の開始を告げまする~!』
「……チャンネル違うんだけど」
「“テレビをつけてやる”と言っただけだぞ、俺は」
「歌番組とか興味ね~よ~」
こうやってプレッシャーを与えれば、やる気も出てくるだろう。
「嫌ならさっさと掃除を終わらせるんだな」
「チクショー」
第1位……異界の正当的勇者 ヴェノラ
第2位……孤高の一匹狼 イノウ
第7位……災厄に堕ちし竜人 ズハック
第9位……大儀と執念の木こり イセカ
俺の人徳が為せる業によって、人気投票1位の結果をもたらした。
その他の詳しい投票結果を知りたい子は、公式サイトをチェックだ!
抽選プレゼントの結果は、賞品の発送を子供らしく大人しく待て!
そして先行公開!
倒すべき敵
共に戦うべき仲間
リ・イチ「味方にも敵にも恵まれ、本当に充実した毎日でしたが……この度、私はパーティを離脱します」
守るべきもの
ヴェノラ「お前、無事だったのか!?」
ジャストコーズの“その先のその先”とは
新世紀の秋
あるような、ないような、気になる映像だったな!
最後に、第5シーズンのオープニングを流しながら今回は終わりだ。
次の機会も、ジャストコーズ、オン!
Just Cause 嫌な奴がいる
Nanya Kanya 悪い奴がいる
愚か者がいる それは明らかだ
だから こらしめてやる
溜飲を 下げさせて頂く
傷ついている人が どこかしらにいる
その人のため 自分のために戦う
どうか 俺の心を考慮してくれ
俺には 君の心が分かるから
怒ってるヤツを 怒れ
天秤を この手元に
二人三脚で進もう
もちろん 接触はナシだ
Just Cause Nanya Kanya......
アイマスト ゴードゥ グッドシングス!
俺が持ち合わせている独特のパワー「ジャストコーズ」
実績だけ顧みれば確かに強力ではある。
独特なパワーがなくても何とかなることが増えている昨今、ジャストコーズは単なる時短以上の意味を持たないのでは。
だからといって、このままジャストコーズに頼らないことが正解なのか。
ヴェノラ「憶測でもいいから答えてくれ。俺は何でもいいから情報が欲しいんだ!」
ウロナ「ダメだ。それだとデマの温床になっちゃうかもしれない」
イセカ「そうだヴェノラ。安易に情報をつまもうという精神が、安易な情報を流布させる」
リ・イチ「『ジャストコーズ』はあなただけが持ち合わせた独特なパワー。ならば、その答えはあなた自身で見つけられるもののはず」
この世界の住人たちは、どうにも己の分をわきまえすぎている。
持とうと思って持てないものは、考えることも言葉にすることも無駄だと思っている。
新四天王、最後の一人であるズハックを前にしても、俺の気持ちは萎びていた。
結局は俺が勝つに決まっているのに、本気になる必要性がどこにあるのか。
そんなことを考えるほどだった。
いつも何時でも上手くいくなんて保証はどこにもないのに……。
ズハック「恐れ戦け、テラー・ウィンド!」
イセカ「む、何という恐怖感だ。これ以上は近づけない!」
ウロナ「同時に出ている風圧も厄介だよ。これじゃあズハックの鱗に傷をつけることすら出来ない」
ヴェノラ「はいはい、それじゃあジャストコーズ……あれ、発動しないな」
俺は信念を、ひいてはジャストコーズを見失っていたんだ。
戦う気概も理由も持ち合わせていない人間に応えてくれるほど、独特なパワーは甘くない。
ヴェノラ「じゃあ仕方ない。ジャストコーズなしで行こう。えーと、まずはテラー・ウィンドを何とかしないとな」
それでなお、俺は何一つ焦っていなかった。
ヴェノラ「サーチ魔法で分析した結果、あのテラー・ウィンドは闇と風の複合スキルだな。ならスキル効果軽減の指輪をつけて、闇と風の属性耐性を上げる魔法をかければいい」
リ・イチ「ですが今の私では魔法をかける余裕が……」
イセカ「それが噂のクイックマジックか! もう習得していたのかヴェノラ!」
ウロナ「すごいぞ、ヴェノラ! すごいぞ、ヴェノラ! すごいぞ、ヴェノラ!」
実際問題、今回もどうにかなっていた。
だがどうにかなる度に、俺の心にはモヤがかかっていく。
ジャストコーズは俺の才能、個性、アイデンティティ、思想信条、核……
引退したプロ野球選手が、野球の話すらしなくなったかのように、俺は擦り切れていた。
ズハック「小癪な。ならば我がブレス攻撃で冥府へ送ってやる。元四天王の犬っころのようにな」
ヴェノラ「最近見ないと思ったら……お前がイノウをやったのか!」
ズハック「それがどうした。所詮、奴はこちら側の人間。お前が怒る理由がどこにある?」
ヴェノラ「……いや、ある!」
ズハック「なにぃ!?」
ヴェノラ「“情”がある。相手がどんなに悪い奴であろうとも、相手が俺のことをどう思っていたとしてもだ!」
ヴェノラ「つもりだ! よくもイノウをやってくれたな! 俺は今とても傷ついている! お前のやっていることで、傷つく人がいる可能性を考慮しろお!」
ヴェノラ「ジャストコーズ・オン!」
それと同時にジャストコーズは新たな段階へと移行したんだ。
ヴェノラ「このジャストコーズに名前はいらない。この俺の“心”……それこそが正当な理由だ!」
新たなジャストコーズは今までのピンポイントな効果とは違い、俺に全体的な力を与えた。
それは強化魔法とは一線を画す、有無を言わさせない力だ。
ズハック「な、なんだそれは!? メチャクチャだ! ズルいぞ!」
ヴェノラ「メチャクチャでもないし、ズルくもない。よしんばメチャクチャズルかったとして、俺には正当な理由があります!」
こうして最後の新四天王ズハックは、俺の怒りの鉄合金によって完膚なきまでに叩きのめした。
イセカ「やったなヴェノラ、すごいぞヴェノラ!」
ウロナ「やっぱりヴェノラがナンバーワン!」
ヴェノラ「ありがとう。皆のおかげだ。仲間がいい感じにサポートしてくれて助かったよ。あと俺の勇気と才能、努力に裏づけされた機転によって今回も何とか勝つことができた」
俺はもう迷わないと思う。
これからは愚かな言動も控えて、嫌われないことは勿論、全ての人間に好かれる人間であろう。
「決して相容れることはなかったイノウに、確かな情を感じていたことを激白して奮起するヴェノラに悶死」
「ジャストコーズが理屈を超え、強引ながらも発動した展開に大興奮! ジャストコーズ・ココロのデザインも最高!」
「ゴタゴタしていた第3シーズン、その負債を背負った第4シーズンのクライマックス。とうとう借金返済だ!」
「やっぱりヴァリオリにはシューゴ監督がいなくっちゃ! それを改めて感じたエピソードでした」
自他共に認める俺のライバル。
それが四天王の一人でもあるイノウだ。
イノウ「俺、悪い奴だぜ」
各々のテリトリーを持っていた四天王とは違い、ヤツは一つの場所に留まりたがらない。
部下を持たず、組織も持たない。
大体のことは一人で出来る俺ですら仲間は必要なのに、随分と気取ったヤツだ。
しかし気取るだけの実力を持ち合わせていることも確かだった。
イノウ「ガン・バルカンは子供の玩具じゃない。大人ですら安易に使えない先進的かつヤバい業物だということを忘れるな。それを気軽に使える俺は、つまり先進的かつヤバい奴であるということだ」
ヤツの持つガン・バルカンは、様々な重火器をごちゃごちゃと詰め込んだキメラ・カオス武器だ。
複雑怪奇かつ危険な武器を使いこなし、獣人特有のスキルまで組み合わせたヤツの戦術は強力無比。
単純な戦闘能力だけなら、他の四天王を優に超えていると言っても過言ではない。
そんなイノウと初めて対面したのが、第7話。
イノウ「これが俺のガン・バルカンだ」
ヴェノラ「この武器は何だ!? 俺の元いた世界の銃器に似ている気もするが、それよりも遥かに複雑で、禍々しい……」
この時は顔見せといったところで、ヤツのガン・バルカンに舌を巻くしかなかった。
12話でも邂逅。
第1シーズンのクライマックスとなる戦いで、今回はマジで戦う必要に迫られた。
そして、7話の時はまだまだ余力を残していたことを思い知る。
イノウ「スキル『一匹狼』! これによりガン・バルカンの威力を2乗する!」
ヴェノラ「なんだって!? 元のガン・バルカンの威力が100とするなら、2乗したら1万になるじゃないか!?」
この時は、咄嗟に発動したジャストコーズで防ぐことができ、イノウのスタミナ不足で勝負は有耶無耶となった。
一見するとジャストコースがあったから勝てたともいえるが、「なければ勝てなかった」と言った方が正確だろう。
もしもジャストコーズを発動できなければ、俺は本当にマズかったかもしれない……。
今度こそ決着をつけるときが来たかと俺たちは身構えたが、イノウの様子がどうもおかしかった。
ヴェノラ「イノウ! またお前か!」
イノウ「それはこっちのセリフだ。生憎だが立て込んでいてな、貴様らの相手をしている暇はない」
いつもはあちらから因縁をつけてくるくせに、相変わらず身勝手なヤツだ。
だが立て込んでいるのは本当だった。
パキケタス「イノウよ、あなたはもはや四天王ではない! 現役四天王による人事異動を、大人しく受け入れるのです!」
イノウ「もともと四天王なんて役職、こちらは好きで持ち合わせていたわけじゃない。そんな一方的な申し出を受け入れるつもりはないのだ!」
パキケタスは新四天王なだけあり、圧倒的な膂力を持っていた。
いや、むしろガン・バルカンと獣人スキルを加味すれば、イノウの方が上だ。
パキケタスの潮吹き攻撃は、体の半分が重火器で出来ているイノウには効果的だった。
イノウの旗色は非常に悪い。
俺たちはその潰しあいを眺めているだけでいい。
だけどそんなことは、俺がやるべき行動じゃないんだ。
ヴェノラ「一方的かつ暴力的な人事異動。これは許されることじゃない……イノウ、お前に加勢するぞ!」
イノウ「なんだと!?」
俺のジャストコーズにより、イノウのガン・バルカンは新品同然に……いや、新品以上の輝きを取り戻す。
ヴェノラ「お前が決めるんだ、イノウ! 当事者が打ち勝ってこそ、溜飲は下がりに下がりまくる!」
イノウ「不本意だが……見せてやろう! スキル『一匹狼』その他もろもろ重ね付け!」
パキケタス「ぐわあ、様々なダメージが五臓六腑に染み渡る。こんなのオーバーキルだあああ!?」
ヴェノラ「イノウのヤツ、あの時よりも更に強くなっている……」
こうして、俺とイノウの決着はまたも有耶無耶。
イノウ「お礼だ、これを受け取れ。俺のお手製だ」
ヴェノラ「……これは鉛のコップじゃないか!? こんなのでジュース飲んだら中毒になるぞ!」
イノウ「俺は悪い奴だからな。今度会う時は、鉛のコップではなく鉛の弾をくれてやる!」
因縁の深まりを感じながら、そう遠くない“今度”がくることを予見していた。
「ベタだけど、この展開はやはり好き。ニワカ呼ばわりされようとも、これは投票せざるを得ない」
「ライバルキャラとの、とりあえず的な同盟に熱狂的な盛り上がりを感じた」
「お礼に鉛のコップをプレゼントするイノウの不器用っぷりに憤死」
「作画も気合入りまくりだし、文句なしの神回。これからも、二人の因縁をどこまで引っ張れるか楽しみ」
そしてこのエピソードで戦う四天王のアトロポスは、これまでにない方法で俺たちを苦しめてきた。
ヴェノラ「IAM空間?」
アトロポス「この空間内では“動く”という概念がありません。あなたはワタクシの“攻撃を受けたことになる”のですが、あなたはそれを可視化できないのです」
ヴェノラ「なんだって!? つまり避けることも、防御することもできないってことか」
リ・イチ「これでは私がちゃんと働いているか分からないから、評価されないじゃないですか。改善を要求します! それまでは労働を拒否しますので」
ウロナ「これじゃあ、模範的な弓の引き方をしているか分からないじゃないか~」
その間もアトロポスの攻撃は止むことがなく、仲間たちは成す術なく倒されていく。
ヴェノラ「何てことだ。俺はこのまま倒されるのか。溜飲を下げることはできないのか……」
こんなのはフェアじゃない。
俺が悔しさに打ちひしがれていたその時、ジャストコーズが発動する。
ヴェノラ「このジャストコーズにより、俺もお前と同じようにIAM空間に順応した! これでフェアだ!」
IAM空間に慣れ、アトロポスと対等になった俺が負ける道理はない。
アトロポス「くっ!」
ヴェノラ「遅い!」
アトロポス「これでどうだ!」
ヴェノラ「痛くない!」
アトロポス「ズルい!」
ヴェノラ「ズルくない! よしんばズルかったとして、俺には正当な理由があります」
腐っても四天王なので手強くはあったが、とりあえず俺の勝利だ。
第3位も納得のエピソードだな。
「終始スライドショーレベルだが、それを『IAM空間』という設定で強引に通す監督の豪胆さに感服」
「戦闘シーンのシュールさは斬新というか、一週回って面白いかもしれないと最近はふと思うこともある」
「周りが面白いと言っていたエピソードだったので。作画が全体的にヤバい9話と悩みましたが、こちらに投票しました」
「伝説の回! このエピソードをアニメとして売り出す勇気に拍手を送りたい」
この後は2位と1位のエピソードを発表!
なので神に贔屓にしてもらったが故の、持って生まれた才能がある。
それに加えて割かし努力家。
強くなるための環境も出来ていた。
何よりゲームみたいなシステムが跋扈しているこの異世界は、文明こそ遅れていたが酷く快適だ。
そんな俺が、この異世界で活躍することは定められた運命に近い。
これまでの功績は控えめにいっても半分以上は俺の手柄ではあるが、それでも恵まれていたことは否定できないだろう。
そんな俺でも、長く冒険を続けていればピンチの一つや二つあってもおかしくはない。
だけど、そのピンチを切り抜けることが可能な“奥の手”がある。
ヴェノラ「明らかに嫌なヤツめ、溜飲を下げさせてもらうぜ! ジャストコーズ・オン!」
その奥の手こそが「ジャストコーズ」という、俺に備わっている独特なパワー。
正当な理由があるとき、目的を最大限遂行するための力を一時的にその身に宿すことができるのだ。
ヴェノラ「ジャストコーズ・ドッジボール! これで頭に対するあらゆる攻撃を無効化できる!」
粗野な冒険者「なんだ、それは! すごくズルいぞ!」
発動しなくても何とかなることは多いが、発動できればどうにかできることが多い。
その圧倒的な効果により、目の当たりにした敵の多くは口々に「ズルい」と負け惜しみをほざく。
俺もズルいパワーだと思うときもある。
こう言ってしまうと、ジャストコーズを使っていれば楽勝ムードだと思う視聴者もいるだろう。
ヴェノラ「俺のジャストコーズは魔法じゃない。つまり、それで放たれるマジックリーンも魔法属性ではないので防げない!」
魔法使い「そ、そんなズルい」
もちろん俺はすごい人間なので、それを尽く挫いてきた。
ジャストコーズが目的を最大限遂行するための力であるならば、それを防がれる道理はないからだ。
だが、そんな中でも予想外な対策をされ、酷く狼狽したのがこのエピソードだ。
ヴェノラ「ジャストコーズ・オン!……なぜだ、発動しない!?」
ウロナ「……ああ、そっか! 今のヴェノラには、それを行使するだけの正当な理由がないんだ!」
ヴェノラ「正当な理由がない……?」
ウロナ「ヴェノラはいつも相手を『嫌なヤツ』だと言ってからジャストコーズを発動させてきた。でも『嫌なヤツ』だという理由だけじゃ足りなかったんだ。他にも、ちゃんとした理由がなきゃダメなんだ」
ヴェノラ「な、なんだって!? 嫌な奴を懲らしめて溜飲を下げたいってだけじゃあ、正当な理由にならないのか!」
この時まで、俺はジャストコーズの発動条件を勘違いしていたんだ。
仕方ないので俺の元々のスペックで何とか懲らしめたが、この傭兵くずれが俺よりも強かったら危なかった。
今回のエピソード以降、敵以上に俺もジャストコーズについて考える必要が出てきたわけだ。
「今まで万能だと思っていたジャストコーズに、こんな弱点があったなんて! これをリアルタイムで観たときは衝撃だった」
「ジャストーコーズで勝利という流れが定番になってきた頃に、このような展開を入れてくるのがすごい」
「久々に己のスペックだけで勝利するヴェノラの戦闘シーンは迫力満点!」
「『そもそもジャストコーズを発動させない』という対策をしてきたこともそうだけど、それをポッと出のモブキャラがしてきたことも予想外だった」
やあ、視聴者のみんな。
俺の名前はヴェノラ。
老若男女に大人気のアニメである『ヴァリアブルオリジナル』の不動たる主人公だぜ。
「己の心身に刻み込まれたエピソード」の人気投票、その結果発表だ!
応募総数は何と100万越え! (外国からの投票、組織的な投票、同一人物による多重投票を除く)
第5位から発表していくぜ。
第1位を知りたいせっかち君はグッと堪えな。
自分の投票したエピソードが入ってない子は管を巻かずに、真摯に結果を受け止めて。
結果がどうあれ、友達とは仲良くやれよ!
投票すらしていない子や、投票のシステムにブツクサ言ってる子は放っておいてやれ。
じゃあ、いくぜ、第5位のエピソードはコレだ!
最後に戦った四天王なんだけど、俺たち一行の緊張感はどうも欠けていた。
ましてや、この頃の俺は「とにかくすごいってことだけは伝わる設定の武具」を持ち合わせていたし。
油断していたことは認めるけど、それでも余裕だというのが客観的な判断だった。
剣姫スミロドン「無駄だヴェノラ! 貴様の剣は、ワタシにとって丸めた紙束のようなもので殴るが如く、なのだ」
ヴェノラ「なんてこったい! あまりにも予想外!」
剣姫スミロドン「今度はこちらから行くぞ! プレダトリ・スラッシュ!」
ヴェノラ「なんの! この防具で受けてやる……あ、痛いっ!」
剣姫スミロドン「さぞ痛かろう。今のお前が着けている防具は、さしずめ靴ズレを起こしているようなものだからな」
なんと剣姫スミロドンは、俺の「とにかくすごいってことだけは伝わる設定の武具」が通じない特異体質だったんだ!
そのことで動揺した俺たちは隙を突かれて、相手の張っていたあからさまな罠にまんまとハマる。
ヴェノラ「まさか、こんなところに結界牢獄があるなんて……逆に意外だぜ」
そんな中、イセカだけは油断していなかった。
イセカ「そうやって弱者を装い、歴戦の勇士である我が肉親を油断させたのだな、剣姫スミロドン!」
そう、剣姫スミロドンこそ、イセカが旅をする理由、両親の仇だったんだ。
剣姫スミロドン「貴様も直にそうなる。恨みの力は我が糧。それではワタシは倒せんぞ!」
この時、油断していたのは剣姫スミロドンのほうだった。
イセカの力の源は、恨みの力じゃない。
イセカ「引導を渡させて頂く! 届け、チョウナ・ブーメラン!」
第5位も納得の、素晴らしいバトルだ。
「チョウナ・ブーメランが四枚刃になるシーンの迫力には脱帽。売ってる玩具で四枚刃になることは知っていたけど、満を持して披露された時は予想以上に圧倒された」
「仇を討って大義名分がなくなったイセカに、『大義名分がお前にとって必要だというのなら、これから作ればいい』と言うヴェノラの説得力に感動した!」
「盛り上がるバトルはもちろん、今まで倒した四天王が、旧四天王だったということが明らかになるのも衝撃的」
「『かろうじてサブアタッカー』と言われていたイセカが、単独で四天王を懲らしめるという激アツ展開! アプリゲーム版での性能も早く修正して!」
タイムスリップをしたり平行世界を行き来する輩が、そんなのでよく今までやってこれたな。
「あの世界線は夏時間っていうのが導入されているんだ。夏の特定の時間帯、意図的に時刻をズラしているんだよ」
「……何でそんなことを?」
「夏って太陽が照っている時間が長いだろう。だからそれに合わせて時刻設定を柔軟に変更して、仕事とかの効率化を図るんだよ」
「……何でそんなことを?」
説明をしても全く同じ返しをしてくるあたり、ガイドはかなり困惑している。
まあ俺の生きる時代でも、「そういうことをやっていた国もあった」と授業で習う程度だからな。
後世に伝わっていないのも仕方ないか。
元の世界に戻る際、ガイドは『別世界の時間』をそのまま反映させてしまっていた。
普通ならそれでも問題なかったのだが、その『別世界の時間』は『夏時間(サマータイム)』だったんだ。
夏時間のない俺たちの世界と繋いだ際にズレが生じ、時間軸が分裂しかけたってわけだ。
「タイマーを見たとき、体感よりも時間の進みが違うなあとは思っていたけど、違和感の正体はそれだったのかあ」
「寝起きの悪い人間が早く起きるために目覚まし時計をズラして設定するが、ウッカリそのことを忘れて急いで学校に来てしまったみたいな感じだな」
「その例えは分かりにくいけど、これでやっと原因は分かったよ。すぐにその時差を反映させて再設定するね」
ガイドはそう言うと、本当にすぐ設定を反映させた。
辺りに漂う、言い知れない違和感がなくなっていくのが分かる。
多種多様なドッペルも一つに集まっていく。
元に戻ったドッペルは、未だ足元がおぼつかない。
吊り橋の上で揺られすぎた後の弟みたいだ。
「……なんか変な感じ」
「分裂しかけていた世界を繋げたからね。分かれかけた世界で起きた記憶と混濁しているんだろう。まあ、直に馴染むさ」
有り得たかもしれない可能性ってものを、もっと楽しめるものだと思っていたが。
俺自身は別世界でも代わり映えせず、細かな世界の差異は不和しか引き起こさず。
これならテーマパークで遊んでいたほうが幾分かマシだったな。
「そういえば……なあ、ドッペル。お前は別世界でも、趣向こそ違えど変装はしているんだな」
マニッシュっぽくもあり、フェミニンっぽくもある、中々シャレた着こなしだった。
「変装バリエーションを増やすために、あの世界での格好も参考にしてみたらどうだ?」
予想外の答えが返ってくる。
俺の知っているドッペルの服装からして、明らかに傾向が違うんだが。
「ということは、俺と会うときはいつも変装しているってことか」
「だって……なんか恥ずかしいし」
ドッペルは人見知りが激しい性格で、それを抑えるために変装をしている。
そうすることで違う自分を装ったような気分になり、何とか他人とも接することが出来るからだとか。
そのことは知っていたが、俺が今まで見てきた姿は全て変装だったっていうのは驚きだった。
最近はかなり打ち解けてきたと思っていたんだが、どうやら気のせいだったらしい。
別世界の俺なら、もう少し上手くやれているのだろうか。
あれだけ長々とやった割に、この世界では2時間ほどしか経っていないらしい。
「今年ってサマータイム導入されたんだよな?」
「いや、一応確認してみたが、されてないっぽいぞ」
「ええ? サマータイムあったと思うんだけどなあ」
多くの人たちが、あるはずのないサマータイムを「あった」と認識していたんだ。
その他にも電気ネズミの尻尾のデザイン、お菓子のロゴにあるハイフンの皆無。
微細な記憶違いを起こす人が多くいた。
どうやら世界の再結合による弊害は、俺たち以外にも起こっていたらしい。
確か、こういう現象には名前が付いていた気がするが……思い出せないな。
……久々にSF小説でも読んでみるか。
今そんなことに思いを馳せるとは、我ながら危機感がないとは思う。
だが、こうして悠長に構えているのには理由がある。
最悪、『次元警察』ってヤツが来れば元に戻してくれる、とガイドが口走っていたからだ。
俺たちよりも高次元の存在なので、この事態も容易に解決してしまうらしい。
「ああ、時間がない! 次元警察に捕まったら任務どころじゃないよ~」
とどのつまり、現在こいつが躍起になっているのは、単に自分がムショに入れられたくないからなのである。
ガイドが捕まろうがどうでもいいし、俺とドッペルは今日の記憶を消される程度らしいから大した問題じゃない。
なので俺はこの事態を静観していたってわけだ。
どうせ、この状況で俺が介入できる余地はない。
何かしたところでロクなことにならん。
とはいえ、ただ一つ、気がかりなことがあった。
「「「に、兄ちゃん……」」」
ドッペルがブレて数人いるように見えていることだ。
最初は目眩でも起こしたのかと思ったが、それぞれ服装が明らかに違っている。
「これ、目眩のせいじゃないな……」
「世界が分裂しかけているから、“別の可能性”がダブって見えているんだよ」
なるほどな。
ドッペルだけがそうなっているのは、ガイドは別世界の住人で、俺は“普遍的存在”だからってことなのだろう。
「まあ、世界が再結合されれば、ちゃんと元に戻るから大丈夫だよ」
ガイドはああ言っているが、ドッペルの様子を見ていると不安が募る。
「な「なん「だか「怖」いよ」」」
世界線のズレが大きくなってきているのだろう。
同時に聴こえていたドッペルたちの声がズレてきている。
ドッペルの不安感が、こちらにまで折り重なって伝わってくるようだ。
俺はこのまま何もしなくて本当にいいのか。
とはいえ、ここで頭をフル回転させたところで、解決の道が見つかるはずもない。
時間の設定がズレた原因が分かればいいらしいが、ガキの頃にSFをかじった程度の俺が分かるわけがないからだ。
「ああ、くそっ。服が張り付く」
しかも、この暑さだ。
寝起きは解消したが、この暑さでは頭が回らない。
「夏の昼は本当にあっちいなあ……ん?」
まさか、“そういうこと”なのか。
「おい、ガイド……つかぬことを聞くが、お前“あの可能性”を考慮していなかったりしないよな?」
「え、なんのこと?」
「……なにそれ」
マジか、こいつ……。
「はい、開いたよ」
「よし、行くぞドッペル」
俺は、未だ足元のおぼつかないドッペルを抱える。
「じ……自分で歩けるよ」
そう言ってドッペルは降りようとしているが、その抵抗に力はまるでかかっていない。
俺は有無を言わさず、そのまま穴に飛び込んだ。
そしてこの瞬間、得も言われぬ違和感が俺たちの体全体を覆った。
その違和感は穴を通り抜けるとすぐになくなった。
だが、またも奇妙な感覚が襲ってくる。
「なんだ、この感じは」
さきほどいた別次元とはまた違った、居心地の悪さを感じる。
「に、兄ちゃん。もう降ろして」
ドッペルが足をジタバタさせている。
どうやら幾分か調子を取り戻したらしい。
となると、ここは元いた世界ってことか。
「何か変な感じだが……俺たちは戻ってこれたんだよな?」
やはり何らかのミスがあったらしい。
タイマーらしき部分が、デタラメな数値を羅列して荒ぶっている。
「何が起きているんだ」
「ぶ、分裂しかけている……」
「何が?」
「ボクたちが今いる、この世界がだよ!」
よく分からないが、焦りようからしてマズいことが起きているってのは伝わってくる。
「世界線は可能性の数だけあるんだろ? 分裂することの何がダメなんだ」
「分岐しているわけじゃないからだよ。無理やり引き裂いて二つになろうとしている。その状態の世界はとても不安定なんだ」
「ポケットを叩くとビスケットが増えるが、実際は割れて二つになるだけってことだな。そのまま叩き続けても粉々になるだけ、と」
「う、うん。その例えは分かりにくいけど、解釈は近いよ」
どうして俺の例え話はこうも評判が悪いんだ。
「……それで、何でそんなことになったの?」
「別世界へ移動するには、ボクの持っているアイテムで“穴”を開け、それを繋げる必要があるんだけど……」
「その際の設定をミスったというわけか」
SFのお約束で、ワームホールの説明に二つ折りした紙を使うというものがある。
今の状況は、その紙の折り方が変だったせいでちゃんと元に戻っていない、或いは戻し方が荒いせいで破けそうになっているってところだろう。
多分、そんな感じな気がする。
「跳ぶ前に確認はしたのに、なぜか時間設定だけがバグっているんだよ」
「そもそも時間の設定なんて必要ないだろ。今回はパラレルワールドを行き来したんだから」
「ボクたちが別世界にいた間の時を巻き戻す必要があるんだよ。そうしないと、元の世界で“ボクらが存在していなかった時間”が出来てしまう」
ガイドの言うことに「なぜなに」の疑問がどんどん湧いてくるが、このまま質問を繰り返した所でキリがなさそうだ。
今は危険な状況らしいし、さっさと本題に入ろう。
「で、分裂を止めるにはどうしたらいい?」
「座標を正確な数値に戻して、再結合すればいいんだけど……ズレてしまった原因が分からないことには失敗するだろうね」
「も、もしも、また設定を間違えたら……?」
「この世界は完全に分裂するだろうね。その状態じゃバランスを保てず、そう遠くないうちに消滅する」
つまり、この世界に存在している俺たちも実質的に死ぬってわけか。
何が悲しくて、人生最大のピンチがこんな場面で起きなきゃならないんだ。
「この分裂現象はフィードバックループが関係している……となると、やはり原因を確定させないと元に戻せないか」
危険な状況ではあるんだが、その様子に可笑しさを感じてしまう。
ああ、こんなタイミングで思い出したぞ。
俺がSFから距離をとるようになったのは、こういう展開についていけなかったからだ。
ガキの頃に観た映画の話だ。
主人公が自分の娘に向けて、すごい遠まわしな方法で科学データを送るという展開があった。
五次元だのブラックホールだの意味不明な場所から、時計の針をモールス信号みたいに動かして、それに気づいた主人公の娘が解明するっていう……。
かいつまんで説明しているだけでも頭が痛くなってくるし、それにつけてもバカげた展開だと今でも思っている。
だが、とある学者から言わせるなら、その映画の科学考証は優れているらしかった。
そのとき、「俺はもうSFに関わるべきじゃないな」と思ったんだ。
理由は上手くいえないが、自分の好きなジャンルから突き放される前に、こちらから離れたかった……のかもしれない。
ニセ弟は沈黙を貫いている。
いつだ。
いつ入れ替わった。
「なあガイド、別次元にトんだ場合にこんな感じの現象が起きることはあるのか」
「断言はできないけど……もしそんなことが起きたら大きな次元の揺らぎが発生するから、その時点で気づくよ」
となると、別次元による影響じゃあない。
思い返してみれば、弟は待ち合わせ場所に合流したときから様子がおかしかった。
あの時、既に入れ替わっていると考えるなら……。
俺は予想を確信へと変えるため、ニセ弟の目を覗き込む。
すると慌てて目線を逸らし、モジモジと縮こまっている。
その仕草を見てやっと分かった。
ドッペルは弟の友人で、いつも何らかの変装をしている子だ。
特に弟の真似をするのが上手く、友人でも見分けるのが難しいほどである。
さすがに身内の俺なら分かるんだが……寝起きの脳みそじゃあ、ちょっとキツい。
「無理を言って、変わってもらったんだ……き、きき、気を使ってくれたんだろうね。」
弟も楽しみにしていただろうに、友達相手とはいえよく譲ったな。
その時、ドッペルを支えている片腕に大きく体重がかかった。
俺は反射的に、両腕で抱え込むようにしてドッペルを支える。
今にも倒れそうなほど弱っているようだったが、本当に倒れこんでしまった。
「おい、どうしたんだ」
「恐らく、別次元に長く居すぎたんだね」
次元に本来存在しないものは、エネルギーを大量に消費することで存在を維持できるらしい。
ドッペルはそのせいで疲れてしまったんだろう。
だが、そうなると一つ疑問が出来る。
「なぜ俺やお前は平気なんだ」
「ボクはこのスーツで調整しているからね。キミの場合は適性があるからだよ」
「適性?」
「次元が変われば因果も変わり、必然的に性質も変わるけど、その影響を受けにくい存在がいる。それを“普遍的存在”とボクたちは呼んでいる。あらゆる次元で、ほぼ性質が変わらない存在さ」
「そういうレベルの話じゃないよ。極端な話、人間の存在しない次元でもキミは普遍的なんだ。例えば豆粒サイズの石ころを別次元に置いてきてしまったとしても、その石ころが与える影響はたかが知れているだろ?」
ガイドの言っている理屈はよく分からないが、俺はどの次元でも石ころみたいな存在ってことらしい。
俺は自己評価が高いわけではないが、その表現はさすがに癪だな。
「……ともかく、元の次元に帰ったほうがいいってことだな」
「そうだね。キミの血縁者である弟くんなら、もっと耐えられたはずなんだけど……そうじゃないなら厳しいね。あまり長居させると存在を保てなくなるかも」
こいつ、サラっと恐ろしいことを言いやがった。
「今すぐ元の次元に帰るぞ」
「いま座標を合わせるから待ってて……」
「そういうのは、あらかじめ記録しておけよ」
「記録を残しておくと、次元警察がそれを探知するんだよ。次元跳躍を乱用していないかって常に目を光らせているからね。取り締まりにでもあったら、それこそ厄介だ」
もっとワクワクするもんだと思ったが、これならテーマパークでも行ってたほうがマシだったな。
「あれ……時間が……」
とにかく早く帰ろうという気持ちばかりが先行していたんだ。
「ほら、急げよ」
「焦らないでよ」
「焦るに決まってんだろ」
別次元というものが俺たちのいる世界とは違うっていうことの、本当の意味。
それをちゃんと考えていれば、“あの可能性”にはもっと早く気づけていただろうに。
いや、“同じような景色”だというべきか。
決定的な違いはすぐに分かった。
人通りの少ない場所に古臭い一軒家がポツリとあるはずだが、それがなかった。
「シロクロの家がないね……」
シロクロってのは色の話じゃなくて、家主の名前のことだ。
そいつもガイドとは別の意味で不思議な人間で、ひょんなことからこの町に住み着いている流れ者のはず、なのだが……。
「別の次元だからね。可能性ってのは個々人の選択、因果が複雑に結びついている。それらがどこかで少しでも変われば、こういうことになるのさ」
シロクロの人格は、有り体に言ってしまえば社会不適合者のソレに近い。
不憫に思った弟とその仲間たちは、そこで一計を案じる。
「シロクロは『アレコレ病』だ」と思いつきの精神病を吹聴したんだ。
それが巡り巡って嘘から出た真となり、シロクロは市民権を得ることができた。
そんなシロクロの住んでいるはずの家が、ここには、この世界にはない。
「シロクロのやつ、どこにいるんだろう……」
いるはずの仲間がいないのだから当前だ。
「この世界では、そもそもシロクロはここに来ていないのかもな。或いは別のところに移り住んだか……」
そんなの分かりようがないし、分かったところで所詮は別次元での話だからだ。
「向かいに住んでいるはずのムカイさんも、ここにはいないのか」
どこも見慣れた景色のようで、どこかが違うと感じさせる。
「ああ、近所のコンビニも違う。エイト・テンじゃなくて、サブファミリーマートになってる」
「中華料理のところはケーキ屋になってる。なのに、その隣に建ってるケーキ屋は同じなのか……」
「市長も違う人だね」
「まあ、それはどうでもいいんだが」
パッと見は自分たちのいる町と同じなのに、何ともいえない違和感。
サイバーパンクというほど独特な世界ってわけでもなくて、なんというか……洋ゲーとかで出てくるニッポンみたいな感じだ。
「ぼ、俺たちだ」
「見たことない格好だが、片方はドッペルだろ。お前、自分の見分けくらいつけろよ」
「……そうだね」
今、まさに別次元の世界を歩いているという実感と共に、居心地の悪さも俺たち兄弟に与えてくる。
「何か気持ち悪くなってきた……」
弟はそのせいで酔ってしまったらしく、足元がフラついている。
今にも倒れそうなほど弱っているように見えたので、俺は後ろから背中を支えてやった。
「あ、ありがとう……」
弟は申し訳なさそうに縮こまった。
何だか奇妙だ。
強い違和感が押し寄せてくる。
この世界もそうだが、弟もいつもと様子が違う。
ガイドに対しての態度もそうだが、何より俺に対して随分と殊勝だ。
この次元に突入する際は弟と一緒に入ったので、そんなわけがないのだが。
まあ恐らく、慣れない環境に緊張して疲れている、といったところなのだろう。
こいつは大雑把に見えて、変なところで繊細だからな。
「ちょっと休むか」
しかし俺の突拍子もない発想は、その一言でいきなり現実味を帯びてしまった。
「……“兄ちゃん”って言ったのか?」
弟は俺のことを「兄貴」と呼ぶ。
「お前、俺の弟じゃないな?」
今回は俺も一応モチベーションがあったのに、ここにきてそれが減少していくのを感じる。
これは、アレだ。
どうする。
今から弟を迎えに行けば間に合うか。
いや、いま向かっている途中ですれ違ったらどうする。
もう今回の小旅行を断ったほうがいいだろうか。
ああ、くそ。
寝起きの頭じゃあ考えがまとまらない。
「ごめん、にい……兄貴。遅くなった」
頭がグズりだしてきたとき、弟がやっと来てくれた。
それで失ったモチベーションが元通りになるほど俺は調子のいい人間ではないが、ひとまず安心といったところか。
「弟よお、荷物もないのに何をそんな時間をかけることがあるんだ」
「い……いやあ、寝癖が大暴れしてさあ」
「寝癖って。お前そういうの気にするタイプじゃないだろう」
「そ、そうかな……」
しかし、このときの俺は寝起きで判断力が鈍っていて、そのことを深く考えていなかったんだ。
「じゃあ集まったところで、別次元での行動についておさらいするよ」
ガイドが注意事項を説明し始めるが、内容はほとんど当然のことばかりだ。
別次元に悪影響を与えないために目立つようなことはしないだとか、その次元の住人に迷惑をかけないようにだとか。
ところどころ小難しい横文字を並べている以外は、修学旅行の学生しおりレベルのことしか言っていない。
「……というわけで、キミたちが注意すべきなのはそんなところかな。ちゃんと心がけてね」
「は~い」
だからといって、本当に修学旅行中の生徒みたいな気のない返事をしてしまう弟も大概だが。
言ってからそのことに気づいたようで、気まずそうにモジモジしている。
こいつ、まだ寝ぼけているようだな。
「……ほら、キミも返事!」
なんだかこのあたりのやり取り、本当に修学旅行みたいなノリだな。
「じゃあ、今から“穴”を開けるよ。そこを通って別の次元を移動するんだ」
いわゆるワームホール的なやつか。
気取った横文字並べられるのも癪だが、“穴”っていう表現は風情がねえなあ。
「開いたらすぐに入るように。長く開けておくと次元警察が煩いから、すぐに閉めないといけない」
放り投げられたオブジェは空中で静止し、1秒と経たない内に“穴”を作り出した。
穴の先に見える景色は淀んでいて見えにくいが、自分たちが今いる世界とは明らかに違うと感じさせる。
「さあ、ボクについてきて! 早く入って!」
未だモジモジしている弟の手を引いて、俺はその空間に勢いよく入った。
「一緒に別の次元に行ってみよう! そうすればキミも、ボクの言っていることを信じるはずだ」
『別の次元』
「別の次元ってのはアレか。パラレルワールド、平行世界的なヤツか?」
今までにない俺の好反応に、ガイドもたじろいでいた。
「んー……まあ広義的には」
「そうか……やっと分かってきたようだな。そういうのでいいんだよ」
「どういうの?」
俺が知っている限り、こいつが今までやってきたことは尽く期待外れだった。
人の家の庭を焼き払う謎のオブジェクト。
生身の俺に妨害されただけで、何もできなくなる程度の機能しかないダサいスーツ。
色々なものを無理やり詰め込んで何がやりたいか分からない、使い勝手の悪そうな多機能端末。
将来生まれてくる子供の人生をシミュレーションできる装置だの、罪と罰を測ることができるメーターだの。
こいつにとっては未来の科学力を証明しているつもりなのだろうが、いずれも胡散臭いか感性がズレている。
もっと普遍的なイメージに応えるようなものなら良いのに、どれも頭でっかちだったからコメントに困っていた。
シンプルに空を自由に飛べるだとか、玩具の兵隊だとか、世界旅行に行けるようなものとかでいいのに。
いつもヒネたことばかりやってくるから、凄いかどうかイマイチ分からないし、興味も湧いてこない。
だが今回、やっとマトモなものが出てきてくれたようだ。
「じゃあ、その別次元について、話を聞こうか」
今でこそ落ち着いてはいるが、ここにきてその頃の気持ちが再燃していく。
そして出発当日、早朝。
別次元に与える影響を最小限にするため、身に着けるものや、持ち物は最低限だ。
それでも俺がOKしたのは、もちろんパラレルワールドというものに惹かれたのもあるが、“とある条件”を飲んでもらったからだ。
「後は弟くんが来るのを待つだけだね」
俺は同行者、つまり弟も共に連れて行くことを条件にした。
見知った身内でもいれば、多少はマシになるだろう。
……だが、弟が来るのが遅い。
後から来ると言っていたが、まさか二度寝しているんじゃないだろうな。
「色々とこっちにも事情があるんだよ。好き勝手に次元を跨ぐと厳罰になるから、あんまり融通利かすわけにはいかないんだ」
「じゃあ、このままだとお前と二人で旅行ってか?」
「まあ、元から二人で行く予定だったんだし同じことでしょ」
勘弁してくれ。
こいつと長時間一緒とか、補正をかけてもロクな思い出にならないぞ。
……と言い切ってしまうと嘘になる。
だけど現状を顧みて無いものねだりをしたり、管を巻くほどじゃない。
それでも、たまに今の自分とは違う“可能性”について想像することは誰にだってあるはずだ。
野球が好きでもないのにメジャーリーガーの自分を想像したり、テレビや雑誌のインタビューでロクロを回したりしているのを思い浮かべる。
無益だが、苺の先端だけ食べるように甘美だ。
だが、実際の俺たちはそもそも苺を食べられない。
食べられたとしても、そこまで甘くない部分も食べきって、食べないヘタの部分の処理も要求される。
……といった例えをクラスメートにしたことがあるが、評判は非常に悪かった。
いい例えだと思うんだけどなあ。
まあ、つまり……今回したい話ってのは、この苺の先端をチラつかされたことから始まる。
今から数ヶ月ほど前のことだ。
その日はガイドって名乗る奴が、性懲りもなく俺の家に乗り込んできた。
「やっぱり任務を円滑に行うためには、キミに協力してもらうのがいいんだよ」
こいつは自分が遥か未来から、任務のためにやって来たとのたまっている変人だ。
現地の協力者として俺が適任らしく、以前からこうやって勧誘を迫ってくる。
何の根拠があって、こいつがそんなことを言っているのかは知らない。
あと任務とやらの具体的な内容も知らない。
興味もないが。
「いや、そんなこと俺は知ったこっちゃないんだが」
当然、俺はそれをハッキリと断り続けている。
「何度も言っているが、俺はお前を根本的に信頼してねえんだよ」
「そう言うと思ったよ。だから今回はボクを信じてもらうよう、未来のアイテムを持って来たんだ」
「『今回は』って、いつもそうだろ」
「いや、全然違うよ。今までのは遠まわし気味だったかなあとは思っていたんだよね。だから今回は上層部に相談して、飛びっきりのをやるから」
こんな感じで、こいつは俺から信頼を勝ち取るために未来の科学力に頼る。
俺が信じていないのは、こいつが本当に未来からきたのだとか、そういうことじゃないんだが。
それが伝わる相手なら、今もこんな押し問答をやっているわけもない。
で、仕方がないので俺は毎回こいつの紹介するアイテムを表面上レビューしている。
そして最終的に、信頼に値しないことを納得してもらった上で、丁重にお帰りいただくということを繰り返しているわけ。
未来がなんだのという話の規模に対して、やっていることは押し売りと客の戦いのようであり、時代錯誤も甚だしい。
今回もそうなる筈だったし、そのつもりだった。
有るかどうかも分からない、あったとして巧妙に隠されている可能性が高い。
「やっぱり23話の投票数が妙に多いが、投票の総数に間違いはなさそうだな……」
「……あ!」
意外にも、それはすぐに見つかった。
鍵が厳重にかけられた家は、部屋の中まで防犯対策をしているとは限らない。
「ここ、ここ見てください!23話ではなく、他のエピソードの投票数です!」
フォンさんの指摘する箇所を見てみる。
「8話、16話、20話の投票総数が……3日後に減っている!?」
そこから操作履歴を辿っていくと、どうやら全体の投票総数と帳尻を合わせるため、他のエピソードの票を23話に回したことが分かった。
父たちは、すぐさまマツウソさんとシューゴさんのもとへ報告に向かう。
「不正な操作があったことは確かです。まだ犯人が誰か、どういった目的かまでは解っていませんが」
「そうか、オレの予感が的中したとはいえ複雑な感じだ……」
この事実にショックを隠せないようで、マツウソさんは沈黙している。
あるとは思わなかった不正操作だけではなく、それが内部の人間の可能性が高いのだから尚更だろう。
「外部から侵入された形跡がない以上、今回の件に深く関わっているスタッフの可能性が高いでしょうね」
ここから犯人探し、といきたいが一応はマツウソさんの面子もある。
これ以上はでしゃばらず、マツウソさんに任せることにした。
「まあ、それはマツウソさんに任……」
「だって……第23話『こんな感じの魔法書ありませんか?』が27位なんて、おかしいじゃないか!」
「……は?」
父たちにとっても、これは予想外だった。
だが、これまでの言動を見れば辻褄は合う。
こちらの主張に取り合わなかったのも、不正はないと言っていたのもマツウソさんだったからだ。
「第1位とまではいかなくても、少なくとも1ケタには入っていないとおかしい!」
「ええー……」
どうやらマツウソさん、実はヴァリオリの熱烈なファンだったようだ。
これまでのアニメ制作に口出ししなかったのも、ファンとしての彼なりのポリシーからくるものだったのだろう。
だが今回の人気投票の結果は、彼の公私を混同させるほどの作用をもたらしたらしい。
「屈指の名エピソードなのにぃ!」
あまりにもお粗末な幕引きに呆れ果てたという。
「……というわけで何やかんやあって、俺たちはランキングの不正を未然に防げたってわけだ」
だけど、そうやって公正な結果が出たとしても大衆の反応は賛否両論。
「変な感じだよ。みんなで決めたランキングなのに、みんなが納得できる結果にならないなんて」
「ランキング自体そんなもんだろ。個々人がどこまで納得できるかを弄んで楽しむゲームなんだから」
「いくら厳正に募ったとしても、それを全ての人間が納得できるわけがない。万人が納得できるランキングなんぞ存在しないんだよ」
それでも求め続ける人は後を絶たないのだから、恐ろしい話だ。
「おいおい、まさかそんな……」
「だけど、辻褄は合います」
しかし得意先を疑うなんてことは、できればやりたくない。
互いの信用問題に関わるし、どう転んでも関係に亀裂が生じるからだ。
「実際にデータの内部まで、私たちの目で確認したほうがいいかもしれません」
「……よし、オレたちで“確認”しに行こう」
押しかけてサイトの中身を見せてもらわないと、隠される猶予を与えてしまうからだ。
「え、皆さんどうしたんですか。いきなり我が社にいらして……」
「人気投票の結果発表に合わせて映像を作るので、そのための打ち合わせをしておこうかと」
その間に、父とフォンさんは探索を始める。
「では行きましょう」
「はあ……これで何もなかったら大変なことになりますよ」
「何かあったら、それはそれで大変なことだから似たようなもんでしょう」
と言いつつ協力するあたり、フォンさんも大概である。
そうして数分後、アクセスできる権限を持つ人間を見つけ出すと、人気投票の中身を見せてもらうよう頼んだ。
「あ、ハテアニスタジオのものです。人気投票の確認作業のため、データを見せてください」
「直に来ますよ。こちらも時間がないので先に出してもらってもよろしいですか」
「資料ではなく、投票サイト内のデータをそのまま見せてください」
「はあ、分かりました……」
薄氷を渡っているのに、父たちのやり口は何とも強引だ。
それに加え、普通なら思いついてもやらないことを当然のように選択肢に入れ、そして実行する大胆さ。
父たちは以前から似たようなことをやった経験があるのかもしれない。
しかし、運営のマツウソさんから返ってきたのは、「不正だと思われる投票の動きはなかった」というものだった。
「お願いします。もっと調べてください。明らかに第23話が5位というのには、何らかの“力”が働いている」
「そんなこと言われても、不正に操作されればすぐに分かりますし、データで投票の流れを見れば矛盾には気づきます。それがない以上、時間の無駄にしかなりませんよ」
だが、それでは辻褄が合わない。
百歩譲って不正がなかったとしても、ないなりの理由はあるものだ。
作り手目線で見ても、世間の反応を見ても、23話は5位になれる理由が見つからない。
にも関わらず何の不正もなかった、の一言では済ませられなかった。
いくら他社の運営している企画とはいえ、ヴァリオリのコンテンツに変なミソはつけたくない。
父たちは原因を探し続けた。
このまま人気投票の結果を公表すれば、間違いなくファンによって紛争が起きてしまう。
「結局、投票サイトで不正な動きがなかったってのがネックですよね……」
「運営の人たちが気づかないほど高度なサイバーテロがあった、とかでしょうか」
「それこそ有り得ないだろ。やることが地味すぎるし、テロだと分からないようなテロなんてテロじゃない」
「ん……待てよ」
その会話の時、父はあることに気づいた。
「どうした、マスダさん。まさか本気でサイバーテロだとでも思ったわけじゃないだろ?」
「もちろん違います。この不正疑惑の原因を見つけられない最大の原因は、『投票サイトで不正な動きがなかった』ことです」
「それは分かってますよ。だから他に不正の方法がないか調べている最中なわけでしょ?」
「そこで躓いて、思考を放棄したのが問題なんです。そして他の方法を模索して、解明を困難にさせていたんです。だけどネットで一般人が組織票をするような動きはない。秘密裏にサイバーテロを起こすとも考えにくい。なら現実問題として、原因はやっぱり“そこ”なんですよ」
「何が言いたいんだ、マスダさん」
しかしフォンさんは気づいたようだ。
「あ? どういうことだ?」
フォンさんは恐る恐る、その“可能性”を口にした。
「人気投票の運営をしている会社、そのスタッフの中に不正操作をした人間がいる、ということですか」
ヴァリオリ人気投票は、あえて面倒くさい手続きを要求するシステムになっている。
1人につき1回のみで、アカウントとも紐づいているので連続投票は出来ない。
もしもそれを潜り抜けたとしても、まだ関門があった。
手続きの途中では、ヴァリオリに関する様々なクイズがランダムで出題されるようになっているんだ。
それに正解しなければ投票することが出来ないってわけ。
クイズはファンならば簡単だがニワカには分からない、絶妙な難易度になっているらしい。
投票する人間をふるいにかけることができるし、自動化などで連続投票することも防げる。
つまり、よほどの工作作業でもない限り、この人気投票の結果は誠実なものであるはずなんだ。
それを踏まえて、そう安心できる材料が欲しいってことなんだろう。
ならば可能性として考えられるのは、シューゴさんも言っていた通り組織票だ。
父は、人が多く集まりやすい有名なコミュニティサイトを一通り回ってみた。
しかし、第23話『こんな感じのスクロールありませんか?』について言及された、組織票を目論むようなやり取りは見つけられない。
父はそのことをシューゴさんに伝えた。
「うーん、腑に落ちないが、オレの気のせいってことなんだろうなあ」
どこか喉に引っかかりを覚えつつも、確信があるわけではない。
とどのつまり、自分たちが思っているよりも評価されているエピソードってことなのだろう。
シューゴさんは、そう納得することにした。
「いや、ちょっと待ってください」
だがその時、今度はフォンさんが“ある違和感”に気づいた。
「むしろ変じゃないですか」
「『むしろ変』とは、どういうことです?」
「その23話は、各SNSであまり話題にあがっていなかったんですよね。なのに他のエピソードを差しおいて、順位は5位ってことでしょ?」
フォンさんの指摘は核心をつき、そして確信へと近づいていく。
「……ああ、そうか!」
問題にしているものが順位である以上、その正否は相対的に判断すべきだ。
それを考えると、他の高順位のエピソードと比べて23話だけは明らかに不自然だった。
その他のエピソードは、父の回ったコミュニティサイトでもよく話題にあがっている。
5位になるようなエピソードであるなら、これも話題になっているようなものでないとおかしいんだ。
「やはり“何か”あるな」
「企画の運営に連絡を取ります。ちゃんと調べてもらいましょう」
「どうしました?」
「このエピソードの方のランキングなんだが、第5位が『こんな感じのスクロールありませんか?』になってる」
ヴェノラの仲間であるリ・イチが、新しい巻物を求める話だ。
しかし漠然とした要求をするため、それに付き合わされるヴェノラたちは悪戦苦闘。
最終的に町の住人全てを巻き込んでオススメの魔法書談義になるというコメディ回だ。
「どうしました?」
同じく会議室にいたマツウソさんが、シューゴさんに尋ねてきた。
「思ったより順位が低かったとか?」
「いや、高すぎるんだよ」
なぜなら視聴者目線からみれば、この回は本筋とは関係のない話だからだ。
シューゴさんたち作り手目線から見ても、スケジュールの調整も兼ねてローコストで作られたものだ。
最低限の体裁こそ調っているものの、冒険活劇をメインにしている本作においては明らかな箸休め回。
メイン視聴者層に、ことさら評価されるようなエピソードではない。
「そういわれれば、そうですね」
「少なくとも、他のエピソードをさしおいてまで、これが5位になるというのは不自然かもしれないですね」
一部のファンはこれを推すこともあるらしいが、それが高い順位であるというのには違和感があった。
シューゴさんに指摘されて、父とフォンさんもその違和感に気づいたようだ。
ただ、マツウソさんだけはそう思っていなかった。
「とはいえ、投票しているのはシューゴさんたちではないですからねえ。割と評価の高いエピソードなんでしょう。そう結果は物語っています」
マツウソさんの所属する会社は、ヴァリオリのシーズン1時代からスポンサーだった。
そして彼はその重役であり、スタジオに大した要求をするわけでもなく制作者本位で作らせることを方針としている。
父たちにとっては、いわば上客といえる存在だ。
だが、それ故に現場に立つ人間の感覚を理解しきれていないところがあった。
シューゴさんたちの違和感が、個人の価値観レベルの話だとしか認識していない。
「作品は公表された時点で作者の手元から離れるといいますしね。今回の結果も、そういうものじゃないでしょうか」
最もらしいことは言ってはいるものの、その実は無理解からくる正論だ。
しかし、強く否定できるほどの確信がもてないのもあって、父たちはその日の会議を粛々と終わらせた。
「ん~、やっぱりおかしいよなあ」
「どこかの掲示板で、組織票を募っていたりしていないか。マスダさん、片手間でいいからネット調べといてくれねー?」
父はシューゴさんほど、この件に強い違和感は覚えていなかった。
だが、このままシューゴさんに引きずられても仕事に影響が出るかもしれない。
後顧の憂いを絶つため、父は調査を始めることにした。