はてなキーワード: ご無体なとは
有るかどうかも分からない、あったとして巧妙に隠されている可能性が高い。
「やっぱり23話の投票数が妙に多いが、投票の総数に間違いはなさそうだな……」
「……あ!」
意外にも、それはすぐに見つかった。
鍵が厳重にかけられた家は、部屋の中まで防犯対策をしているとは限らない。
「ここ、ここ見てください!23話ではなく、他のエピソードの投票数です!」
フォンさんの指摘する箇所を見てみる。
「8話、16話、20話の投票総数が……3日後に減っている!?」
そこから操作履歴を辿っていくと、どうやら全体の投票総数と帳尻を合わせるため、他のエピソードの票を23話に回したことが分かった。
父たちは、すぐさまマツウソさんとシューゴさんのもとへ報告に向かう。
「不正な操作があったことは確かです。まだ犯人が誰か、どういった目的かまでは解っていませんが」
「そうか、オレの予感が的中したとはいえ複雑な感じだ……」
この事実にショックを隠せないようで、マツウソさんは沈黙している。
あるとは思わなかった不正操作だけではなく、それが内部の人間の可能性が高いのだから尚更だろう。
「外部から侵入された形跡がない以上、今回の件に深く関わっているスタッフの可能性が高いでしょうね」
ここから犯人探し、といきたいが一応はマツウソさんの面子もある。
これ以上はでしゃばらず、マツウソさんに任せることにした。
「まあ、それはマツウソさんに任……」
「だって……第23話『こんな感じの魔法書ありませんか?』が27位なんて、おかしいじゃないか!」
「……は?」
父たちにとっても、これは予想外だった。
だが、これまでの言動を見れば辻褄は合う。
こちらの主張に取り合わなかったのも、不正はないと言っていたのもマツウソさんだったからだ。
「第1位とまではいかなくても、少なくとも1ケタには入っていないとおかしい!」
「ええー……」
どうやらマツウソさん、実はヴァリオリの熱烈なファンだったようだ。
これまでのアニメ制作に口出ししなかったのも、ファンとしての彼なりのポリシーからくるものだったのだろう。
だが今回の人気投票の結果は、彼の公私を混同させるほどの作用をもたらしたらしい。
「屈指の名エピソードなのにぃ!」
あまりにもお粗末な幕引きに呆れ果てたという。
「……というわけで何やかんやあって、俺たちはランキングの不正を未然に防げたってわけだ」
だけど、そうやって公正な結果が出たとしても大衆の反応は賛否両論。
「変な感じだよ。みんなで決めたランキングなのに、みんなが納得できる結果にならないなんて」
「ランキング自体そんなもんだろ。個々人がどこまで納得できるかを弄んで楽しむゲームなんだから」
「いくら厳正に募ったとしても、それを全ての人間が納得できるわけがない。万人が納得できるランキングなんぞ存在しないんだよ」
それでも求め続ける人は後を絶たないのだから、恐ろしい話だ。
「今日、最初の待ち合わせ場所だった広場さ、例の宗教のやつがやってたよな」
「不可思議な宗教だな。お前の弟や、その友人も訝しげに見ていたぞ」
その場に弟たちがいたという話に悪寒を感じたが、俺はコーヒーをすすりながら聞かなかったことにした。
「まあ、ボクとカジマも一応は信者だけど、傍から見てもそんなもんだろうね」
さらりと言われた衝撃の事実に、俺は思わずコーヒーを吐き出しそうになった。
ウサクも驚き、向かいに座っているタイナイとカジマに、前のめり気味に尋ねた。
「まあ、そうだね」
屈託なく言われたことに、俺もウサクも次の言葉が中々出てこなかった。
何を信仰しようが自由とはいえ、彼らを少なからず知っている身としては、意外と言うほかなかったからだ。
「い、言ってはなんだが、アレはお前たちにとって大したものとは、とても思えないぞ」
ウサクは咀嚼しようと必死で、彼らが「生活教」を信仰する理由を、理解しようとしていた。
そこまでして信仰する何かが、もしかしたらあるのかもしれないと思ったのだろう。
次に出てきたカジマの言葉に、俺はまたもコーヒーが変なところに入りそうになった。
「お、面白いって何だ。教えとかか?」
「そうそう、崇高な理念があるのかもしれないけれども、いずれにしろ言っている内容は大したことじゃないからね」
そのあまりにも身も蓋もない言葉に、ではなぜ信者なのか尋ねる。
「だって、面白いじゃん。そーいう大したこと言ってないのに、大したこと言っているみたいにするのって」
「そーいう人を、大したこと言っている人間みたいに神輿にかついだりするのも面白いよね。分不相応であるほど、言ってることの陳腐さが際立って滑稽なのに、本人がそれに気づかないってのも二重の意味で面白い」
「えー……つまり、二人とも教祖の言っていることに心酔しているわけじゃなくて、遠まわしに茶化しているだけ?」
「うん、だって大したこと言っていないのに、本気で持て囃したらバカみたいじゃん。恐らく、信者たちの大半は僕たちと同じスタンスで信仰していると思うよ」
「『帰ったら手洗いうがいをしよう』だとか、『体にいいものを食べよう』だとか、それがよいことなのは分かりきっていて、その上でどうするかってのは個人の裁量でしょ。わざわざ連呼することではない」
「まあ、そもそも、このご時世に新興宗教って時点で信仰に値しないよね。というか、宗教自体が時代遅れだけど」
タイナイとカジマは、ケラケラと笑いながらコーヒーをすすった。
ウサクは腕組みをしながら何か知見を得ようと唸っていた。
俺はほお杖をついて息を漏らすしかなかった。
まあ、俺たちも少なからずそう思っていたわけだが、だからといってタイナイたちの姿勢も中々にご無体なものである。
「なんというか……宗教そのものの意義を否定する気はないが、人に何かを教える体系としては時代錯誤になりつつある、ってことなのかもしれないな」
この後『生活教』がどうなるのか、本当に無意味なのか、それは今はまだ分からない。
でも、俺たちが考えているよりも何かを信じたり、何かを正しいと思ったり、そのために行動することは簡単なことではないらしい。