どの時点で始まっていたと勘違いしていた?
よく利用する地下鉄駅に新しいエレベーターが設置されることになり、数か月前から作業が行われていて
その地上部分の工事に来てる何人かのお兄ちゃんたちの中にヒゲ生えててメガネかけてないタイプの松田龍平に
ドッペルゲンガーか生き別れの弟か兄かよってレベルで似てる若いお兄ちゃんがいていっつも昼休憩と夕方の仕事終わりのときに見かけて
うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーヒゲ生えててメガネかけてないタイプの松田龍平!!!!!!!!!!!
って思いながら通ってる表面上は無表情で脳内で似てる!を炸裂させながら通っているあまりにも似てるのですげー見てしまう
ばれないように毎回存在を確認しているばれているかもしれないが 本物の松田龍平も実際目視したらあんなにかっこいいのだろうかと想像する
生まれるなら次はかっこいい男に生まれたいもんだクソと思いながら通る 現場の松田龍平はほんものの松田龍平よりもたぶん背が高い
真面目だなぁ
世界ランキングってことごとくよく作られてるよな
びっくりするくらい力が抜けている……
投票の中間結果を見ていた時からやたらと力が抜けると思っていたのだけどこう…なんか違うのだ。
私はポッセも好きバスブロも好き、キャラクター的にはハマを最推しかも?だけどディビジョン的にはシンジュクだなぁといういわゆる箱推しライト目ユーザーなので、音源は出れば発売日に買うしニコ生も会員登録してるしライビュも申し込む(席はご用意されないんだけども)
応援はするけど勝敗は見守るのみという参加の仕方だったけど……何か力がすっごい抜けてしまうのだ。
力が抜けるという言い方はたくさん応援してる方々にはとても言えないからライトにしているのだけど。
だからそういう方はあまりこれを見ない方がいいと思うのだけど。
こういう切り口は乱暴だけど同じ作品のファン同士がお金と時間で殴り合う勝敗結果に。
音楽で殴り合う作品のはずだというのに同じCDを何枚も何枚も買って殴り合うことに違和感を感じてしまう。
ヒプマイが大好きで応援したくて何枚も買うのはいいと思うのだ。
公式にお金をかけられる人がちゃんとお金を払うのはコンテンツ保持にめちゃめちゃ大事な事だから、そういう人がたくさん応援したくてたくさん買うのはいいのだ。
でもそれでファン同士が殴り合って消耗するのを見てると箱推し民としてなんか違う気がするのだ。
キャラ同士が真剣に戦って公式さんがちゃんと筋書きを作ってくれるのがいいなぁなどと思ってしまう。
そのうえで推しキャラが悔しがったり喜んだりしてくれることが個人的には一番望んでる事なのだけど、コンテンツ的に難しい事はわかってる。
だからせめてCD買った人とかがそのコードで一日一回投票できるとか、なんかそういう方が情熱に対して平等に票が入るし、ヒリヒリした負けへの余分な焦燥感とかが無くていいなぁと。そう思ってしまう。
システム的に難しいのかな?そういう事もあるのかもしれない。
でももやしだけ食べてでも推しに勝ってほしいからお金つぎ込んだけど、これ以上は捻っても跳ねてもお金が出てこないから推しに投票できなくて涙を飲むとかなんかそういう焦燥感は味あわなくて済む方法が、いいなぁ。個人的にだけど。
大事な事だからもっかい言うけど、公式に出せる人がお金を出すのは、本当に大事。
でもコンテンツを長く、変な消耗をせず楽しみたいので、なんかこう…人によっては疲れすぎちゃったり、ライバルディビジョンを余分に敵対心をもって見ちゃったりする方もいると思うので…勝っても変な疲弊してたりしない、相手の楽曲と技術と迫力を認めて「めちゃめちゃ悔しいけどそっちの曲もめちゃめちゃよかったわ!!!!ちくしょ~~~~!!!次勝つ!!!!!」ってなれるような勝敗の決め方がうれしいな。
これ書いてるの明らかに男だろw