「はい、開いたよ」
「よし、行くぞドッペル」
俺は、未だ足元のおぼつかないドッペルを抱える。
「じ……自分で歩けるよ」
そう言ってドッペルは降りようとしているが、その抵抗に力はまるでかかっていない。
俺は有無を言わさず、そのまま穴に飛び込んだ。
そしてこの瞬間、得も言われぬ違和感が俺たちの体全体を覆った。
その違和感は穴を通り抜けるとすぐになくなった。
だが、またも奇妙な感覚が襲ってくる。
「なんだ、この感じは」
さきほどいた別次元とはまた違った、居心地の悪さを感じる。
「に、兄ちゃん。もう降ろして」
ドッペルが足をジタバタさせている。
どうやら幾分か調子を取り戻したらしい。
となると、ここは元いた世界ってことか。
「何か変な感じだが……俺たちは戻ってこれたんだよな?」
やはり何らかのミスがあったらしい。
タイマーらしき部分が、デタラメな数値を羅列して荒ぶっている。
「何が起きているんだ」
「ぶ、分裂しかけている……」
「何が?」
「ボクたちが今いる、この世界がだよ!」
よく分からないが、焦りようからしてマズいことが起きているってのは伝わってくる。
「世界線は可能性の数だけあるんだろ? 分裂することの何がダメなんだ」
「分岐しているわけじゃないからだよ。無理やり引き裂いて二つになろうとしている。その状態の世界はとても不安定なんだ」
「ポケットを叩くとビスケットが増えるが、実際は割れて二つになるだけってことだな。そのまま叩き続けても粉々になるだけ、と」
「う、うん。その例えは分かりにくいけど、解釈は近いよ」
どうして俺の例え話はこうも評判が悪いんだ。
「……それで、何でそんなことになったの?」
「別世界へ移動するには、ボクの持っているアイテムで“穴”を開け、それを繋げる必要があるんだけど……」
「その際の設定をミスったというわけか」
SFのお約束で、ワームホールの説明に二つ折りした紙を使うというものがある。
今の状況は、その紙の折り方が変だったせいでちゃんと元に戻っていない、或いは戻し方が荒いせいで破けそうになっているってところだろう。
多分、そんな感じな気がする。
「跳ぶ前に確認はしたのに、なぜか時間設定だけがバグっているんだよ」
「そもそも時間の設定なんて必要ないだろ。今回はパラレルワールドを行き来したんだから」
「ボクたちが別世界にいた間の時を巻き戻す必要があるんだよ。そうしないと、元の世界で“ボクらが存在していなかった時間”が出来てしまう」
ガイドの言うことに「なぜなに」の疑問がどんどん湧いてくるが、このまま質問を繰り返した所でキリがなさそうだ。
今は危険な状況らしいし、さっさと本題に入ろう。
「で、分裂を止めるにはどうしたらいい?」
「座標を正確な数値に戻して、再結合すればいいんだけど……ズレてしまった原因が分からないことには失敗するだろうね」
「も、もしも、また設定を間違えたら……?」
「この世界は完全に分裂するだろうね。その状態じゃバランスを保てず、そう遠くないうちに消滅する」
つまり、この世界に存在している俺たちも実質的に死ぬってわけか。
何が悲しくて、人生最大のピンチがこんな場面で起きなきゃならないんだ。
「この分裂現象はフィードバックループが関係している……となると、やはり原因を確定させないと元に戻せないか」
危険な状況ではあるんだが、その様子に可笑しさを感じてしまう。
ああ、こんなタイミングで思い出したぞ。
俺がSFから距離をとるようになったのは、こういう展開についていけなかったからだ。
ガキの頃に観た映画の話だ。
主人公が自分の娘に向けて、すごい遠まわしな方法で科学データを送るという展開があった。
五次元だのブラックホールだの意味不明な場所から、時計の針をモールス信号みたいに動かして、それに気づいた主人公の娘が解明するっていう……。
かいつまんで説明しているだけでも頭が痛くなってくるし、それにつけてもバカげた展開だと今でも思っている。
だが、とある学者から言わせるなら、その映画の科学考証は優れているらしかった。
そのとき、「俺はもうSFに関わるべきじゃないな」と思ったんだ。
理由は上手くいえないが、自分の好きなジャンルから突き放される前に、こちらから離れたかった……のかもしれない。
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