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はてなキーワード: 電気ケトルとは

2020-12-17

anond:20201216092236

缶コーヒーは缶のゴミを捨てるのが面倒すぎるわ

少なくとも家での選択肢には入らん

電気ケトルがあるのにお湯を沸かすのが面倒な理由わからん

2020-12-16

どうしても缶コーヒーに舞い戻ってしまうめんどくさがり

まぁまぁコーヒーが好き。

でも味にこだわりは無い。というか味の違いがそこまでわからない。

そしてめんどくさがり。

そんな自分は家にどういうコーヒー環境を作ろうか迷いつつ、結局いつも缶コーヒー買い溜めに戻ってきてしまう。

 

自分で豆を挽く→めんどくさくて無理

店で豆を挽く→店に行くのがめんどくさくて無理。そもそも自分抽出がめんどくさくて無理

パックタイプの挽かれた豆→毎回お湯を沸かすのがめんどくさくて無理。電気ポットはたいしてお湯使わないから置きたくない。電気ケトルは持っている。

インスタント→お湯の問題で同上

コーヒーメーカー→一人暮らしから一杯しかいらない。ポットの掃除めんどくさそう。豆の用意がめんどくさい。

カプセルタイプコーヒーメーカー(ネスプレッソとか)→一番いいかと思った。でもタンクの水の管理がめんどくさいのと、ブラックでは飲まないので砂糖ミルク管理。そしてかき混ぜるスプーンマドラー管理がめんどくさくて続かなかった。

 

そしていつも缶コーヒーでいいじゃんとなって終わる。

なんとかして??

2020-11-19

みかんコーヒーとオトンの初恋有村架純

「みさちゃんさ、みかん食べる?」

寒い寒いと言いながら、三時のおやつでも食べようかとリビングに降りてきた私に、キッチンから父がボソッと声をかけた。

「いや、みかんはいらん。寒い暖房つけよう」

エアコンなら、母さんが業者呼んで清掃してからじゃなきゃ使わん言ってたから、つけたら怒られるぞ」

はぁ?という顔をしている私に、いらんといったのが聞こえなかったのか、みかんを手渡しながら父が言う。

「なんで寒くなる前にやっとかんかったんだって話よな。そんなこと言ったら、怒られるから絶対言わんけど」

からからと笑う父。手に持つマグカップには湯気の立つコーヒーテーブルに目をやると、みかんの皮が散乱している。

(この人……コーヒー飲みながらみかん食ってるんか)

ソファの背もたれにかかっていたひざ掛けを腰に巻いて、リビングテーブルにつく。渡されたみかんを揉みながら、

わたしコーヒー

頼むより先に父はグラインダーに豆を入れていた。ブィーンという無機質な音が部屋に響く。

「みさちゃん、昨日の夜酔っぱらって、そこまで聞けんかったけど。この後どうすんの。そこらへん、母さんとは話したんか?」

「うーん」

どうしたものかと私は少し考えた。昨夜、久々に帰省した私のために、自宅ではささやか歓迎会が催された(とはいっても少し豪華な寿司の出前をとったくらいだが)。食事を終えて、家族三人テレビを見ながらダラダラとお酒を飲んでいたのだが、父は早々かつ静かにリビングソファに沈んだ。腹に猫を乗せて、スマホバイブほどの小さな音量でいびきをかきながら寝る父をそのままに、母とは今後の話をある程度した。正味時間ほどかかったその話を、今父にするにはまだ話をまとめ切れていない。母からは同姓として理解は得られても、父にはこの冗長な割に何も決まっていない私の現状を伝えても、ただ心配を駆り立てるだけではと不安になったのだ。

「まぁ暫くは休むよ。貯金もあるし。今はまだ動けん気がするし、何より少し疲れたわ」

みかんの皮をむきながら、はぐらかすようにそう答えると、コーヒーを入れる父の手に視線を移した。暫く見ない間にまた年季が入ったなぁと、ふとそんなことを考えた。


ここ数年、私(輝く三十代独身)はアメリカ西海岸の小さな広告代理店仕事をしていた。小資本飲食店小売店なんかがメイン顧客だったので、今回のコロナによる各種制限後はほどんと仕事がなく、一部制限解除後もほとんどの店はコマーシャルを打つ余力はなかった。片手間に作っていた無料情報誌なんかは、コロナ対策コラム等を差し込みつつほそぼそと発行を続けていたけれど、いつしかそれも限界に。結果、私はあえなく「状況が良くなったらまた声をかけるから、必ず戻ってきて」とお決まりコメントと共にレイオフの網にかかったのである。こんな状況ですら私を限界まで雇い続けてくれた会社には感謝しかないが。

解雇後「とりあえず一旦リセットだな」と考えた私は、実家に帰ることにした。異性関係は、現地で交際していた男性と二年ほど前に別れた後はパッタリだったし、行きつけのチャイニーズレストランコロナで潰れたので、かの地に私を繋ぎ止めるものはもう何もなかった。大卒から今までずっと海外でもがいてきたこともあり、このひっくり返った世界を口実に、このタイミング実家ゴロゴロしてやろうと、そういうことであるしかし状況が状況なので、帰国決断した後も、やれ渡航制限だ、やれチケットの予約だと色んなことがうまく繋がらず、なかなか出国することができなかった。ようやく帰国の日取りが決まったころ、

「帰るで」

ポッと送ったLINEに、

「車で迎え行く!楽しみ!おめかししてく!」

還暦も半分過ぎた母はノリノリで返信したにも関わらず、当日派手に寝坊した。私が期待していた、到着ロビーでの感動の再会(BGM青春の輝き/The carpenters)は叶わず。実に四年ぶりの帰国はなんとも味気のなく、一人公共交通機関でと相成ったのである


「あれな、『コロナだし、やっぱ行かん方がいいと思って』って言い訳しとった」

私の分のコーヒーを手渡しながら、けらけらと父は笑った。

「ほんと昔から適当な人。あんなんと結婚した意味分からん初恋の人とか言わんでよ?」

私が次のみかんに手を伸ばしながら言うと、

初恋かぁ……」

ギリギリ聞き取れるくらいの声でボソッと言った後、父は一人モジモジしながら下を向いた。思えば父と母がイギリス出会ったという話は聞いたことがあるが、初恋話となると聞いたことがない。恐らくこの人の初恋は母とは別の人と思うが、どうせ時間もあるし、掘れば面白い話が聞けるかも知れないと思った私は、

「そしたら、父さんの初恋っていつよ?」

別に話したくなければいいですよ、ええ。と二個目のみかんの皮をむきながら、興味なさげに聞いてみた。暫く返答がないので視線を上げると、相変わらずモジモジしながら、父は照れくさそうに顔を上げた。

「お墓に持っていくほどのものでもないし、話してもいいか。母さんには内緒だぞ?」

言うと父はテーブルの上のみかんの皮をまとめてゴミ箱に入れると、ゆっくりと向かいの席に着いた。

(結局話したいんでしょうに……)

いかけた一言を飲み込んで、コーヒーをすする。


「みさちゃん墓参りの時に行った叔父さんの家、まぁあれは父さんの実家でもあるわけだけど、裏手に階段あったやろ。急なやつ。あそこを登ると昔図書館があったんよ。市立だか県立だか忘れたけど、そこそこ立派なやつがね。父さんは大学受験勉強毎日そこでしてたんだ。家だと兄弟たちがうるさいから」

父の実家西日本の某所。坂の多い海辺の町だった。遠方であることもあり、私は小学校高学年の時に祖父母墓参りに行ったのが最後、以来そこには行っていない。

「そこの自習室がさ、海に向かって大きな窓があって。部屋にストーブがあったけど、やっぱり窓が大きかったせいかな。冬場はすごい寒かった。でもそのおかげで利用者が少なくてね。少し寒いくらいの方が頭も冴えるし、父さんはそこを好んで使ったんだ。あともう一つ、別の理由もあったんだけど」

父はそわそわと立ち上がると、コーヒーのおかわりだろうか、電気ケトルに水を入れて沸かし始めた。ケトルがお湯を沸かし始める音が、私の想像の中の自習室ストーブの音と重なる。父はそのままケトルのそばから離れず、窓の外に目をやりながら続けた。

「父さんともう一人、その自習室を使う女の子がいたんだ。とても綺麗な、束ねた長い髪が印象的な子だったよ」

突如文学的表現をし始めた父をみて(これはキモイな……)と思った。初恋話を聞くのにある程度の覚悟はしていたものの、父の口から語られるそれは、なんとも中途半端恋愛小説のようで、

(これは、脳内キレイどころの女優さんでもキャスティングして、程よく補完しながらでないと聞くに堪えないな)

そんなことを考えながら、みかんを口に放り込んで聞いた。

「それが初恋の人?思ったよりチープな感じ」

今にも鼻くそを掘り出さんばかりの口調で茶々を入れると、

最後まで聞けよ。みさちゃんが聞いたんだし、父さんにとっては大切な青春の1ページだぞっ!」

父はムッとした表情で言った。

(だぞっ!って……昭和アイドルかよ)

「隣の高校女の子だったんだ。同じく受験生だった。頭のいい子でね。その部屋で一緒になった最初の数回は会話がなかったんだけど、ある時勇気を出して話かけたんだ。『どこの大学を目指してるんですか』ってね」

「ほうほう。で?」

謎のドヤ顔スルーして相槌をうつ

「目指してる大学が一緒だったんだ。まぁ、彼女は余裕の合格圏内。父さんは相当な努力を要するくらいの差はあったけれどね。彼女英語系の学部に進みたいと言っていた。将来は海外に行きたいと。当時ボーっと生きていた父さんと違って、明確な夢を持っていた彼女はとても輝いていてね。ほら、男って単純だから、一発で惚れちゃったんだ。同じ大学を目指す二人。一緒に勉強する自習室。これは、もう、そういうことだろうってね」

馬鹿なのではなかろうか」

「いや、馬鹿でなくて!」

父は鼻息荒く私を遮り、

「たしか最初一方的ものだったさ。けれど、一緒に勉強……というかほぼ父さんが教わるだけだったけれど、毎日のように、約束して、同じ時間を過ごして、そういう感じになったんだ。『一緒に合格しようね』とか『一人暮らしする時は、近くに住もう』とか、これはっ!もうっ!そういうことでしょうがっ!」

若干の金八先生口調になりながらまくし立てた。

彼女の教え方が本当にうまいもんだからギリギリの成績だった父さんも合格圏内に入るくらいになったんだ。夢の大学生活は目の前だった。ある雪の積もった日、勉強を教えてくれたお礼に、図書館の近くでラーメンを奢ったんだ。温かいものでも食べようってね。その帰り道、初めて手を繋いだんだ。女の子と手を繋いだのは、その時が初めてだ。さっき食べたラーメンが胃から飛び出そうだった。家まで送ると言ったんだけど、ここまででいいと。途中で分かれたんだ。次の日も、いつも通り会えると思った。でもなぁ……」

突然、演技派女優のようにうなだれる父。いや、でもこれは結構シリアスな展開なのでは。私は我慢できず、恐らく一番ビンビンに立っていたフラグを掴むと、

「……し……死んだとか?その才色兼備さんは……事故に遭ったとかで……」

ゴクリと唾を飲みながら聞いた。少しの間、静寂がリビングを包む。父は顔を上げると、

「あっ、忘れてた」

と言って、電気ケトルスイッチを入れ直した。ズッコケる私を一瞥しながら続ける。

「いや、死んでない」

「おい」

「死んでないんだけど、消えた」

は?という私の顔に腕を組みながらうんうんと頷くと父。

「次の日から、もう試験も近いのにパッタリと来なくなった。いなくなって三日後くらいかな、その子高校に行ったんだ。名前は知っていたけれど、家は知らなかったし、当時は携帯なんてないからな。それしか方法がなかった。今ほど個人情報にうるさくないからな、聞いたらサラッと教えてくれたよ」

ケトルからサーっとお湯の沸く音がする。部屋が寒いからか、注ぎ口から湯気が濃く立ち上る。

夜逃げしたらしい。母親がいない家庭で、親父さんがあまり真面目な人じゃなかったようでな。突然いなくなったってことだった。仕事で失敗したんだか、博打なのか知らんが……。家の前にも行ったんだけどな。バラック小屋ってわかるかな?そこまで酷くはないけれども、それに近いような、貧相な家だった。当然、明かりもついてないし、扉を叩いても誰も出てこなかった。家の前には、彼女図書館まで来るのに使っていた、見覚えのある自転車がそのまま置き去りにされてたよ」

そこまで言い切ると、父は黙りこくった。そのまま暫く何も言わず、再び沸騰したケトルのお湯でコーヒーを入れ始める。

大学は……大学はどうなったん?」

私は恐る恐る聞いた。父はいつの間に私のコーヒーが空になっているのに気付いたのだろうか。二人分入れていたコーヒーの片方を私に差し出しながら、

「父さんは合格したよ?」

知ってるだろ?と言わんばかりのとぼけた顔で答えた。

「いや、父さんでなくて、才色兼備さんは?合格発表で奇跡の再会をしたとか」

興奮する私とは対照的に、父は再び、一人冷静にモノローグに入る。

あの日合格発表の日。始発で発表を見に行ったよ。大学は遠かったからな。張り出された番号より先にまず彼女を探した。どこにもいなかった。一通り探した後、掲示板を見た。自分受験番号があった。でも全く喜ぶことができず、父さん、そこでずっと立ってた」

ヤバイ、泣きそうだ)

目の前でセンチメンタルに語られるオジさんのモノローグに、不覚にも目頭が熱くなる。

「当然彼女の番号はおろか、受験たかどうかさえ知らないからね。その日は大学の門が閉まるまでそこにいたよ。掲示板は何日張り出されてたんだっけな、もう覚えてないけど、もしかしたら今日これなかっただけで、明日見に来るのかも知れない。そう思った父さんはなけなしの金をはたいて近くの民宿に泊まって、翌日も一日中待ってたんだ」

「……でも、来なかったんでしょ」

ティッシュで目頭を押さえながら私が聞く。指先についたみかんの酸が目に染みる。

「うん。来なかった。そして大学に入ってからも、彼女の姿を見ることはなかった」

自分の話なのに、ウルウルとなく娘にもらい泣きでもしたのだろうか。ズビッと鼻を一度ならすと、

「きっと、受験できなかったんだなぁ。だって受験してたら、彼女なら絶対受かってるものあんなに行きたがってた大学だったんだから

父はしみじみそういうとコーヒーをスッとすすり、一つ残ったみかんを、テーブルの上のカゴから取り出した。


(なんて切ない話だ……)

還暦もとうに過ぎたオジサンコイバナに、悔しいけれど胸を打たれた私は、鼻水をかみながら劇場を退席しようとした。脳内有村架純あたりを勝手キャスティングしていた才色兼備不憫さも去ることながら、そこにいない初恋の人を必死に探す父の哀れさを思うと、今はすっかり禿げ上がった父にも、そこそこかっこいい俳優キャスティングしてやらねば。そう思いながら、ソファ眠る猫を抱えて二階に上がろうとした。その時。

「でも、この話には続きがあってな」

ニヤニヤとしたり顔で笑いながら、父は私を引き止めるように言った。

「父さん結婚前にイギリス単身赴任したことあるって言ったろ。そこで彼女と再会したんだ」

「えぇ!?嘘!そんな偶然ってあるの!?

私は慌てて猫をソファに戻すと、前のめりになりながら席に戻った。と同時に私は焦った。父と母はイギリス出会ったという話を思い出したからだ。そうすると、有村架純キャスティングした才色兼備の役を再考しなければならない。あの母親は……明らかな才色不備だ。

「ま……まさか……よくある話で、その女性って……」

「あ、母さんじゃないぞ」

私の焦りを察したのか、落ち着かせるように父は釘をさした。

日本人駐在員が集まるパブがあってな。仕事終わりにそこで飲んでいたら、隣に二人組の日本人女性が来たんだ。その片方が彼女だった。一目でわかったよ。向こうもそうだったと思う。『もしかして、○○さん?』って聞かれた時、夢でも見てるんじゃないかと思ったよ」

「うわぁ、本当にそんなことってあるんだ。もうそから話が止まらなかったでしょ」

「いや、お互いとても驚きつつも、一言二言交わしてその日は別れたんだ。向こうは連れがいたしね。翌日は休みだったから、また明日改めて会いましょうと、向こうから番号を渡された。その番号を見て色々悟って、嬉しくなったね」

「なにを悟ったん?」

電話番号だけで、ホテル名前とか部屋番号とかは書いてなかった。つまり定住しているってこと。ちゃんと夢を叶えたんだと」

「なるほどねぇ」

そんなに長いこと話したつもりはなかったが、いつの間にか部屋は薄っすらと暗くなっていた。父がパチッと部屋の明かりをつけると、猫が呼応するように二階へ駆けていった。


「でもさ、そんな感動の再会したら、もうそれは運命の人じゃないの?どうしてその人と結婚しなかったのさ」

話が一周して戻ってきたが、単純にそう思ったので聞いてみた。そりゃあ、今の母と結婚たから私がいてとか、そういう御託はあれど、普通ならそこでくっつくだろうと、そう思ったからだ。

「いや、彼女はもう結婚して、子供もいたんだ」

「あら、そういうパターン

「あの後、働きながら勉強して、渡英して、仕事についたと言っていた。そこで出会った人と結婚したそうだ」

それを聞いて、世の中うまくはいかないのだなと思ったのはもちろんだけれど、ふとその時父は何を思ったのかが気になった。初恋の人との運命的な再会と同時に、自分の恋が終わった時、悲しかったのだろうか。悔しかったのだろうか。私だったらグシャグシャになってしまうかも知れない。しかし、そんな私の疑問は、次の父の言葉ですぐに解消した。

「心からしかった。父さん、みっともないけど、そこで泣いちゃったんだよ」

照れくさそうに笑いながら父は続けた。

「良かった。良かったってね。ずっと心につっかえていたものが取れたような気がした。『ありがとう』っていう父さんに、あの人は『なんで?』とは聞き返さなかった。わかってくれたんだろうね。『こちらこそありがとう』と」

「どういうこと?」

今までの話の中で、父がその人に感謝することはあっても、父が感謝されるようなことがあっただろうか。

「『君が海外に行ったら、そこに僕も必ず行くから、その時はバッチリ英語観光案内してほしい。約束しよう』父さん、そう言ったんだと。全く覚えてなかったけどね」

「そんな約束してたんだ」

「『私が海外に行くことに、きちんと意味を持たせてくれたのはあなただった。約束を守るために、頑張ったから今ここにいるの』と言われた。父さんも、彼女の役に立ててたんだ」

一昔前のトレンディ俳優のようにフッと小さく笑うと、そのまま父はトイレへと消えた。

(お前はすっかり忘れてたわけだけどな)

父の背中に心の中で柔らかく突っ込みながら、私もニッコリ笑った。


それから才色兼備さんとは会ってないの?」

トイレからいそいそと戻ってきた父にそう聞くと、

「ああ。会ってない。連絡先も特に交換しなかったんだ。まぁ色々あってね」

父はテーブルのカゴにみかんを補充しながらそう答えた。

「でもさ、初恋は思い出の中に。そういうものだろう」

キメ顔で答える父に、久方ぶりに(気持ち悪い)という素直な感情が戻ってくる。

「ただいまぁ」

玄関から気の抜けた、疲れた声が聞こえてくる。

「あら。何仲良く話てるの珍しい」

リビングに入ってきた母は、そう言いながら、みっちり膨らんだエコバックキッチンに置いた。それを見て、先ほどまでの話題のせいで居心地が悪いのか、父が二階へ避難しようとする。

「なになに?なんの話してたん?」

トイレに行こうとする有村架純とは程遠い母が、リビングの出口で父に聞く。

「いや?たわいもない話だよ」

父は道を譲りながら誤魔化した。訝しげな視線を投げながら、母がトイレに入ったのを見計らって、

「ちなみにな」

父は私の耳元に口を寄せると最後にコソッっと

彼女と再会したときパブ彼女と一緒に来てたのが母さんだ」

そう付け足して、ニヤニヤしながら駆け足でリビングを後にした。

「えぇー!?なにそれぇ!」

驚く私の声と重なって、リビングのドアがバタンと閉まる。

「ねぇー!何の話なのー?」

母の切ない声がトイレから響いた。


あの人との馴れ初め話は、また後日みかんコーヒーを飲みながらでも聞こうと思う。


暇つぶしにこの話をネットに放流する許可をくれた父に感謝

2020-11-14

anond:20201113000705

色んなコーヒーの淹れ方があるんだな、ではなくインスタントを反射で恥ずかしいと感じる不思議。幼くてもピンク女の子の色だと思うのと似たものを感じる。

出汁ちゃんと取るとかカップメンやレトルト常備してない家とかでも感じるのかな。出汁コーヒーメーカーで作る家はどうだろ。あと挽いてある豆で淹れる家とか、カプセル式のコーヒーメーカーを使ってる家とか、手抜き系家電である食洗機とか乾燥機とか、価値観次第の電気ケトルとかIHコンロとかウォーターサーバーとか使ってるの見た場合は。どう感じるんだろ。キッチン系ではないけどリビングの隅にうっすら埃かぶったルームランナー置いてある場合とかも。

気になる。

2020-11-03

自転車扇風機電気ケトルを捨てた

自転車は乗らなくなって、処分しようとしていたやつ

急がなくていいかとダラダラ1年以上放置して、ようやく手配して処分した

ついでにカバーの部分の留め具が一部欠けていた扇風機も持っていってもらった

使えないことはないけど、危ないし、少し錆びてもいた

古い電気ケトルはお湯を沸かすときに、お湯じゃなくケトル本体からちょっと変な匂いがするようになったのと、口の部分のメッシュが破れてたので、最近使わなくなっていた。使えないことはないし、と思っていたけど、捨てた

これらのものを捨ててから、やけにスッキリとして、思った以上の達成感を覚えている自分がいる

断捨離にハマってしまう人がいるの、わかる気がしてきた

anond:20201103170107

『今回の企画は、わたしみたいに「タイツってセクシーですき!」な購買層にはリーチしてる』

とあるけど、本当に増田みたいな人全員が今回の企画肯定的に捉えてるの? そういうデータとかあるの?

それとも増田がそう思い込みいから先走って断言しちゃったの?

後者なら「タイツってセクシーですき!」な女の代表者ヅラ勝手にすんなって思うし、「タイツセクシーで好きだけど今回の企画はないわ」という女の意見無視すんなって思う。そんな人間多様性を語るなど、ちゃんちゃらおかしくてヘソが茶を沸かして電気ケトル要らずだわ。

2020-10-21

anond:20201020210016

一人暮らしだし、電気ケトルで満足してるけど、

寒くなってきてスープとかコーヒーでお湯使うならポットも欲しくなるであろう。

anond:20201020210016

お湯をどれくらい使うかにもよると思う

自分お茶とか白湯かめっちゃ飲むから、一時期電気ケトルを使ってたけど全然足りなくて結局ポットに落ち着いた

かいことだけどボタン押すとお湯が出てくるってのも楽で良いよ

鍋で沸かしたお湯はやかんとかポットと比べてにおい?味?が独特で苦手だったんだけど、

利点としてはいつもお湯を沸かすのに使うわけじゃないかカルキが付きにくい…かもしれない

あれ結構落ちにくいんよね やかんの中とかだと洗いにくいし

あとはカップ一杯だけとかならレンジで沸かす人もいるよね(自分は使い勝手悪くて好きじゃないが)

2020-08-13

激シブ紅茶大学院の味

ずいぶん前になるんだけれど、大学院生だったとき毎日紅茶を飲んでいた。6畳くらいの細長い居室に4人が机を並べて、来る日も来る日もボロボロの校舎で過ごしていた。大学院楽しいだけではなかったけれど、今では懐かしい。

毎日通勤ラッシュが終わったころ登校すると、ドンキで買った安物の電気ケトルプラスチック臭いお湯を沸かし、卒業した先輩が残していった「HAWAII」と書かれたマグカップに注いでいた。安い紅茶、100個入りで500円の紅茶は、シブい。将来の不安と金欠のダブルパンチだったら、朝入れたティーバッグを入れたマグカップにお湯を継ぎ足して一日中飲んでいた。だんだん夕方になるとマグカップの中が出涸らし茶色い水みたいになってきて、早く研究を終えて帰りたくてしょうがなかった。

寒い日も暑い日も毎日紅茶を飲んだ。教授に進捗報告をした後で、冷めて真っ黒になった紅茶を一気に飲み干す爽快感は忘れない。締め切りまじかで身体が辛いときティーバッグを登校したら一つ、昼食を食べたらまた一つと贅沢に使ってカフェイン摂取に励んだ。カフェイン友達紅茶茶渋がすごいので、論文投稿し終わったあとで変色したマグカップを激落ちくんで磨くことにしていた。こんなときの気分は最高だった。

就職してからコーヒー党に鞍替えしてしまったので、しばらく紅茶を飲んでいなかった。最近ちょっと高い紅茶が眼にとまったので、奮発して買っちゃった。アールグレイだった。紅茶ってこんなに美味しくて香り豊かなのか、知らなかった。就職して、美味しい紅茶が飲める幸せを感じる一方で、ちょっとシブい紅茶が恋しくなった。

2020-08-09

anond:20200809104111

そーいや前電気ケトル時代はお湯沸かしで空焚きを何回かやったなぁ

それでテフロンガビガビになって捨てた鍋もあったっけ

もともとは、500mlぐらいの電気ケトルをつかってた。家事は嫌だからな。

それがいまや、コンロで鍋で湯を沸かしてる しょうがない。

必要なのは200mlのお湯だったけど

電気ケトルがこわれているかキッチンでお湯を沸かしたら

からだきになっていて

死ぬところだった

あぶない

2020-06-23

ガスコンロがつかない

正確には火はつくけど

手を離すと消えちゃう

2口あるけど 両方そうなる

これじゃお湯が沸かせない

しょうがいかカセットコンロ

だめならバーナーで湯を沸かすしかいか

キャンプ用品あってよかった

小型の1CUP 電気ケトルもどきが壊れてから 200CCぐらいお湯を沸かすのが不便でしょうが無い

登山用のグッツしいれようかな、もしかしたらいま 売り切れてる?コロナ

2020-02-19

anond:20200219154708

AliExpressで似たようなもん漁った方が安いのはあるけど

意外とPSEやら技適やら電圧やらほぼ完璧日本語説明書やらの日本ローカライズをしっかりして日本人向けに専用商品作ってるぞっていう感じの日本Amazonしか売ってない中華ブランドによるガジェットもそこそこあるんだよね

格安ドラレコのapemanとかロボット掃除機のECOVACSとか電気ケトルのHAGOOGIとか

2020-01-28

賃貸物件キッチンにはコンセントが足りない

よね?

うちは一応ファミリー向けの物件のはずなんだけど、2口のコンセント1個しかない

1つは冷蔵庫で使って、もう1つは2口コンセント付きのレンジ台に差して終わり

レンジ台は電子レンジ炊飯器で終わり

水を使う場所でもあるしタコ足にするのも怖い

食洗器やヘルシオホットクックの記事を読んでいいなぁと思っても、スペース以前にコンセントがない

電気ケトル居間コンセントを使ってる(常時テーブルに置いているので割と邪魔

キッチン家電の種類も増えてるんだし、せめて3口は欲しいぜ

コンセント福祉

2019-12-19

anond:20191219201533

ワイverやで

2019年現在使っているもの

意外とあるやんけ!

2009年2019年に使ってるモノの比較

やっほー 増田だよ!

僕が2009年に使っていたものと、

2019年現在使っているものを書いていくよ。ワオ!

なおカッコ内は生産しているメーカーの国だよ。ワオ!

2009年に使っていたもの

PC携帯
家電
エンタメ
PCサービス,SNS
買い物など

2019年現在使っているもの

PC携帯
家電
エンタメ
PCサービス,SNS
買い物など

雑感

この10年で日本製むちゃ減ってるね!ワオ!

9割日本製だったものが、10年後に9割海外製ってやばない?ワァオ!

追記

Lagenaria 消しゴムの話ではなかった

わろた!

MONO消しゴムは使ってないよ!ワオ!

zeromoon0 読みにくいよ!

ごめん!慣れてないんだ!

どうすれば見やすくなるかな?

自動リンクは取りたいけどタグがめんどくさいんだ!

あとzeromoon0さん好きだよ(顔見たことないけど)!

結婚してるか彼氏いる?ワオ!

zeromoon0 読みにくいよ!/国の話にしたいからざっくり国ごとにまとめたほうがいいと思う。日本製 テレビPanasonic洋服ユニクロ)……米国製 買い物(AmazonスマホApple)とか。

ありがとう!やっぱりzeromoon0さん好きだ!

スマホで見たら特に見辛かったので直したヨ!

ところでクリスマスの予定はあるの??ワオ

2019-12-05

初めて患者さんの前で泣いてしまった話

 突然だが、私は看護師をしている。同業者ならお馴染の入院期間が長く介護度が高いとされる内科の混合病棟。そこに私は新人で配属されてから今まで4年間勤務している。日々腰痛に悩まされ、終わらない業務に鳴り止まないナースコール土地柄なのか文句を言った者勝ちだとでも思っているかの如く多いクレーム。正直、毎日疲弊しているし帰っても何もする気になれない。

 そんな私が1年目の時、先輩看護師からふと「患者さんの前で涙を流してはいけないよ」と言われた。詳しい理由は聞いていないし、正直今でもあまりよくわかっていない。調べてもみたが、『時には涙を流すことも必要ですよ』なんていう謎のカウンセリング的な言葉最後に出てくるばかりで明確な理由はわから仕舞いだった。ただ、何となく自分のなかでは「私たちプロ医療従事者として、感情を露わにしてはいけないんだ」「患者さんやその家族の方には今まで歩いてきたその人たちの人生があって、私たちが関わっているのはそのうちのほんの数ヶ月。そんな短い時間関わっただけの看護師が、一番苦しくて大変な想いをしている患者さん、家族の方の前で涙を流すことはきっと何か違うんだ」と思ってきた。

 内科系、特に私の所属する病棟は残念ながら亡くなってしま患者さんが少なくない。4年間働くなかで看取りをした経験は数えきれないほどあるし、何度も「本当に私のしてきた看護は間違っていなかったのかな」と疑問に思うこともあったし、「もっとああしてあげればよかった」と後悔もした。自分母親と年齢の近い患者さんと、色んなお話をした夜勤明けに、「また明後日ますね」なんて言いながら別れたのに、次に勤務してきた時にはその人は亡くなってしまっていた、なんてこともあった。それでも私は涙を流さなかったし、どこかで自分に泣いてはいけないんだと暗示をかけていたように思う。

 そんなある日、ひとりの患者さんが検査目的入院してきた。

 ADLは自立、今まで入院経験もなく普通に自宅で過ごしてきた60歳代の上品女性。病室は詰所から一番遠い場所で、きっとそのうち検査が終われば退院するのだろうと思っていた。入院当初に発行する入院診療計画書にも、入院期間は2~3週間と書いていたように思う。

 けれど、検査の結果すぐに治療必要である疾患が見つかり、その患者さんの入院期間はどんどん延びていった。何号室の何番ベッドの人、と言えば全員が「ああ、〇〇さんね」とわかってしまうほど長い期間入院することになったその患者さんは、点滴、内服など様々な治療を代わる代わるうけていた。それでも文句の一つも言わず、「先生看護師さんには本当によくしてもらってるからね」といつも笑顔だった。

 その患者さんは、毎朝起きると持参の電気ケトルにお湯を入れるため給湯室までやって来る。夜勤だった私はその日、担当するチームではなかったものの偶然給湯室に居合わせ挨拶をして少しだけ給湯室前のソファで話をすることになった。

先生退院まだですか?って聞いたんだけどね、まだもうちょっと、って言われちゃった」

「色々と治療も頑張っていらっしゃいますもんね」

「もう一ヶ月になるかしら。そろそろ家に残してきた旦那のことも心配で」

旦那さん、いつもお見舞いに来てくださってますね」

「そうなのよ。何だかんだいって、心配してくれて。今までも色々と迷惑かけてるけど、まだもうちょっと、お世話になりますね」

 そんな会話をしたと思う。

 この頃、既に病名は本人にも家族にも告知されていたし、きっと自宅に帰るベストタイミングだったんだろうと思う。けれど、主治医はその決断を下さなかった。どうして、と聞きたかったけれど、それを誰も聞かなかったし、聞いていたところで教えてくれなかったと思う。

 それから更に一ヶ月が経って、その患者さんは酸素が手離せない身体になってしまっていた。疾患そのものではなく、合併症により呼吸状態が著しく低下したことは本人にも伝えられた。ただ一つ、予後があまり長くないことだけは、家族の方にのみ伝えられたらしい。急変時はどうしますか、という質問に返答はなかった。当然だ、ほんの数ヶ月前まで自宅で普通に生活をしていたのだ、入院だって自分の足で歩いて、普通に話ができていたのだ。

 合併症治療のため抗生剤が開始となった。すると、今度はその抗生剤の影響で感染症罹患。個室隔離することになった。

「こんなことになって、人にうつしてしましまうかもしれないなんて、孫にうつしてしまったらどうしよう。またみんなに迷惑をかけてしまう」

 そう言いながら涙を流す患者さんに、決してあなたのせいじゃない、あなたは誰よりも頑張っていますよ、としか伝えることができなかった。

 きっとずっと前から、心は限界だったのだろう。どんどん気力をなくしていくのが目に見えてわかったし、同時に、投与する酸素の量は増えて行った。

 そして、ある日の朝。その患者さんの担当だった私は、朝の内服薬を持って病室を訪れた。おはようございます、お薬を飲みましょうか。そう伝えると、閉じていた目がゆっくりと開いた。

「もう、いらない」

 そう返された時、私はすぐにどうして、と言えなかった。いつかこうなるんだろうな、とどこかで覚悟していた自分がいたのだ。

「ずっと頑張ってきたの。それでもこんなにしんどいの。どうして?もう疲れた今日死にたい。今すぐ楽になりたい。わかってるの、みなさんには本当によくしてもらってるの。先生にも、看護師さんにも。けど、もう疲れちゃった。もう何もしたくない。お父さんも、息子も、私に生きてほしいって言うの。でも、もういい。お願いだから楽にして」

 腕や足だけじゃない。指先、眼球にまで浮腫が及んだ身体で、整わない息で、そう伝えられた時、私は溢れてきた涙を我慢することができなかった。既に投与している酸素の量は限界、これ以上の酸素化を望むのであれば人工呼吸器をつける必要がある。逆に言えば、人工呼吸器をつければ身体強制的酸素を送ることはできる。今の医療は先を望めば生き永らえることができてしまう。家族から急変時の対応に関する返答はまだない。急変時の確認ができていない患者は、原則何としてでも助ける必要がある。けれど今、この患者さんは自分意思を私に伝えている。浮腫パンパンに腫れ上がった冷たい手を握った。

「今まで頑張ってきたんですもんね。しんどかったですよね。お薬は、今はやめときましょうか」

 そう言うだけで精一杯だった。

 しばらく何も言わず、ただ黙って付き添って、患者さんの息が整ったタイミングで病室を出た。その足でトイレに駆け込んで、心を落ち着けから業務に戻った。それでもその日、どれだけ他の患者さんと笑って話をしても、家に帰っても、あの患者さんと過ごした30分程度の時間が忘れられなかった。

 それから一週間後、その人は亡くなった。私は勤務時間ではなく、申し送りでそのことを聞いた。やっと楽になれたんだね、としか思えなかったし涙を流すこともなかった。身体を綺麗にして数時間後にはお迎えがきたし、その更に数時間後には新しい患者さんがその部屋に入院してきた。自分がどこにいるのかもわからないほど忙しい業務に追われ、代わる代わる入院退院を繰り返していく中で、それでもあの患者さんの言葉が忘れられない。あの時掛けるべき言葉が、すべきことがもっとあったように思う。けれど後悔している暇もなく毎日を過ごしていて、正解がわからないままここまで来てしまっている。

 私は、もうすぐ今の勤務先を退職する。理由は色々あるし、それはあの患者さんが亡くなる前から決まっていたことだった。新しい職場は決まっていない。けれど、きっとまた看護師としてどこかの病院で勤務しているのだろうと思う。私は、看護師仕事が好きだから理不尽なことを言われるし、後悔だって沢山する。それでも、看護師という仕事が、患者さんのことが好きなのだ。もしかするとこの先、同じように患者さんの前で泣いてしまうことがあるかもしれない。プロ失格だと言われてしまえばそれまでなのだけれど、でも、きっとその時も私は後悔して、また働き続けるのだろう。結局、正解なんてないと思うから。それでも自分にできることはあると思うから

2019-11-06

ビジネスホテルにおけるケトル小便沸かし行動の起源

 ビジネスホテル宿泊する際、備え付けのケトルで小便を沸かす行為現在なんJを中心に「ケトション」などの呼称で周知されている。では、この行為は一体いつ、どのような形で周知されるに至ったのだろうか。

 まず、「ビジネスホテル ケトル 小便」などのワード検索を行ってみる。結果に出現するサイトのうち、最古と思われるのが次の2015年12月記事である


30人に1人はビジネスホテル電気ケトルで小便を沸かしたことがあるらしい – ニュースサイトしらべぇ
https://sirabee.com/2015/12/18/66826/


 ネットアンケートの結果、326人中12人がケトル小便沸かしを行ったと回答したのだそうだ。大した内容のない記事であるが、検索結果には本記事ソースとした2chスレまとめサイトが見られ、言説の拡散に大きな役割を果たしたことがうかがえる。

 一方で、記事中には次のような記述がある。

以前からインターネット掲示板などの「ビジネスホテルでよくやること」といったスレッドでそういう行為をするという人が出ていたが

 ケトル小便沸かし行動はこの時点でインターネット掲示板(要するに2ch)で周知された行為だったことがわかる。実際、筆者の記憶上での初出も、このころの2chニュース速報(嫌儲)である

 2chでの初出を確認すべく、ログ速www.logsoku.com)において「ホテル 小便」でスレタイ検索を行う。すると、最古のものとして次のなんJスレが引っかかる。

悲報嫌儲民ホテル電気ケトルで小便を沸かす [転載禁止]©2ch.net
http://orpheus.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1421040355/

 2015年1月12日スレであり、同日嫌儲投稿された「ビジホスレに毎回ホテルのケトルで小便沸かすって奴が出現する」というレスを>>1に引いている。同スレは3で落ちるものの、翌13日にかけて同趣旨の計3スレが立てられ、14日には嫌儲逆輸入されるに至っている(http://fox.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1421042435/)。これを皮切りに多数のスレが立てられたこともわかる(ログ速2ch.netのスレ収集を停止したため2ch.scばかりであるが、雰囲気はわかるだろう)。

 引用された嫌儲スレは次のものである

電気ケトル「水以外入れんなよ」 俺「レトルトカレー、卵、ウインナーパスタ電気ケトル・・・」 [転載禁止]©2ch.net [186586446]
http://fox.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1421037879/

 ケトル小便沸かし行動に言及した>>7に向けて、多数の驚きに満ちたレスが飛んでいる。なんJスレタイに反して、嫌儲においてもあまり周知された行動ではなかったようだ。とはいえ、ビジホスレにおいて毎回ケトル小便沸かし者が出現したという事実は興味深い。

 そこで、同じくログ速を「ビジネスホテル」でスレタイ検索し、(あまりに結果が多いので)わりに伸びたスレだけを辿り、起源を調べてみた。嫌儲においては次のスレの>>303が注目できる。

ビジネスホテルに泊まったら嫌儲民は何してるの? 暇すぎるだろ [転載禁止]©2ch.net [522515305]
http://fox.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1417328684/303

 2014年11月30日レスである。「対応悪いホテル電気ポットで小便沸かして帰る」と述べており、>>310が「これにうんこも入れる」と嫌儲らしいレスを返している。嫌儲の伸びたビジホスレにおいては、これが最古の確認である。やはり、ケトル小便沸かし行動は嫌儲民に帰せられてしまうのだろうか……と思いきや、さらに古いケトル小便沸かしの例が存在した。

ビジネスホテルの魅力wwwwwwwwww
https://tomcat.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1398605545/256

256 :風吹けば名無し@転載禁止:2014/04/27(日) 23:09:11.66 ID:160rcjwh

アルミのコップでお湯沸かす機械で小便沸かしてみる


 「ケトル」「ポット」などの固有名称こそ出てこないものの、今回確認できた限りでは最古のレスである。日付は2014年4月27日。まもなくゴールデンウィークという週末の夜に投下された衝撃のレスであったが、「やめーやwww」など2つのレスがついただけで流されてしまっている。だが今回確認した限り、このレスこそが現在の「ケトション」伝説につながる始祖なのである

なんJ民はクソ。はっきりわかんだね

2019-10-29

anond:20191029123433

ガスコンロはその価値に比べて安いと思う。

しかし、電気ポットは便利である

電気ケトルはクエン酸洗浄すればいい。気は心だ。

そしてガスコンロを買おう。都市ガスLPガスはちゃんと確かめろよ。

anond:20191029123433

電気ケトルはあるんだが、ずっと使ってないので汚いだろうし買い直した方がいいかもしれないな

2019-09-11

台風15号千葉県中央区停電被災しました(9月9日-9月11日)

今回の台風被災したので

今後おなじ被害の遭われた方の為の

参考としてあくま

私の主観で実録筆記させて頂きます

◎私はSNSをしていません。

なので文章の上手な方、

漫画の描ける方等、

とにかく今も停電の続いてる方や

今後同じく被災された方向けに、

「短時間で見られる」情報として

必要情報のみ抜粋した形で

可能場合ぜひ情報簡素編集

転載引用をお願い致します。

被災時の状況】

私は県外出身旦那出身千葉県24歳・妊娠8ヶ月の状態で里帰り出産の為単身滞在

9月9日は前日に旦那のみ私の地元に帰り里帰りの初日

この時の家族構成は義父義母(60代半ば以降)と認知症の義祖母(91歳、この方は義父母の避難生活において1つの課題になるので後述)と

9月9日の午前4:00から停電被災11日午前8:30頃まで停電】。

●全て30~35度気温の日。晴れ、晴れ、雨(復旧日)のち晴れ。

●一軒家、停電開始が午前4:00からだった為エアコンが切れている事に違和感はあるがカーテンを開けていつも通り動いた為、最初停電に気がつかず。

→判明後は

少し今後の為の避難準備を開始する。

(通常時のコンタクトレンズをつけず、メガネでの身支度。

→水が出たので明るい内に洗浄する事でそれ以降は使用)

信号がついていないのに外を車が走っている

水道は終日機能していた。

トイレは2つで1階が自動水洗な為機能しない。使用禁止の紙を貼る。

テレビ冷蔵庫携帯電話の充電、風呂が全滅で、最初スマホ情報を得た。

オール電化住宅街の為の付近住宅オール電化機能が全滅、

隣家雨戸カーテンすら開かないとの事

→【①カーテンや窓が手で開けられる

※開けた所で蒸し風呂です。

閉まっている隣家の様子を想像するだけで発狂するレベル

【②コンロがガスで火がつく】

【③トイレは手動レバー水洗】

という条件だけで

精神面がきっとかなり違う。

後家設計される方の参考に。

我が家IHの、BBQ用のガスコンロなしだった為、

加熱した物を後3日間

家では食べていない。

(ガスや食べ物を車移動をして

外に求める事にした為)

家電関連で助かった事、

1500Wの日中のみ使用出来るソーラー発電パネルが家に乗っていた。初日は実働した事がない為不使用で、2日目の日中から義母提案により使用

スマホの充電と冷蔵庫扇風機日中だけでも生き返る事により「電気のなくなる夜」への精神的な備えと安定をかなり得る。

後家を建てる方はオススメします。

11:00頃

近所のセブンイレブンにておにぎりパンラックのみが全て空、食べられそうなサンドイッチや卵等を見つけたと思ったら

「3時間冷蔵商品は売れない」との規約の為売ってもらえず、

まず直面したのは食料確保。

→★そこで停電開始時間:「朝4:00から停電しています」・

営業している同系列店の立地とエリア(例:千葉駅付近営業している)」の情報を得る

精神的にはまだ余裕がある。

私自身の祖母たまたま安否確認の為に家の固定電話電話かけてきた為、固定電話が繋がる事が確認

スマホの連絡よりまずは被災地の固定電話が通じるか否かをまず身内は確認してください!

→「お見舞い申し上げます!」等のLINE不要淡々と終日空いている公民館や電力会社サイト情報や「今電気が通っている県内地域」の情報を送ってください。

(母がこれをずっとやってくれていて、検索時間を短縮できて

物凄く助かった。

スマホ電池の残量の問題

「15秒で見られる被災者に関わる情報(通電地域の進捗や避難場所等)」しか不要です)

→★ただし被災地の方が弱音を吐いたりしたLINEがきた時等には、当事者としてはものすごく心の支えになるのでぜひ返信してください。

(①スマホの充電が刻々となくなっていく絶望感は凄いので、ニュースだけを得る機械として使用した方がいい。

②速度と重さ重視でTwitterを私は使用していた。

③復旧地域の人の「千葉県●●町復旧しました」Twitterつぶやきだけでかなり救われた。

停電3日目には台風過去の話となりニュースが入れ替わりホテルで見たテレビバラエティーばかりがやっていてそれらの情報がかなり減ってしまう)

④夜は初日から蘇我地域が復旧していたので、車を出してみて、ショッピングモール外食

ショッピングモールがやっているかもしれないので、

信号がついていないので事故危険性はあるし、

気は進まないかもしれないが、車移動する事がオススメ

→そこで懐中電灯2本と翌日の朝ごはん義母調達

惣菜パンラックと白米のパックが全て売り切れ。

★揚げ物と真空パックサラダを買う

この時点では「翌日10日復旧予定」と出ていたので朝ごはんの時をしのいで昼以降はまた考えればいいと思っていた。

→帰路にて左右の町内は見事復旧していた為希望を持ったが、

最寄り駅を超えた瞬間、

まず信号が当然点灯しておらず、近所のマツキヨも無点灯、

道路渋滞をしていて、

徒歩数百メートル区間違うだけで「自分達の家が恐らく確実に復旧していない現実」に段々直面していく道中となり

さすがに常にプラス思考姿勢を見せる義父母達も心にダメージを負っていた。

→★本格的な精神身体苦痛を感じたのは帰宅した18:00以降の真っ暗になった家に帰った夜から

→真っ暗な風呂懐中電灯をドア外に吊るす、最低限のシャワーシャンプー等だけ入浴。

認知症の義祖母は、風呂ではなく濡れタオルで拭いて着替える事になったが目を離すと浴槽の蓋をあけて浴室に入ったりし「いつも通り」の動きをするので静止する。

→実はこの日の正午に「辛うじて手に入ったセブンイレブンの片手分しかない人数分はないパンを、お腹がすいたのか正午になると時間通り触り出す」等

認知症の方のこういう「1日の本来らするはずの生活のいつも通り」の行動に、要介護者と初共存生活をする事になった妊婦の私は少し精神を削られる感覚がした。

→恐らく慣れている介護している方にも同じ様に心労が積もる。

トイレLEDスタンドライトを常時設置した状態で、事前に案内したので認知症の義祖母も夜間きちんとそこで用足しをするが流せはしない。他の人が入った際気づいたら流す。

(せめての義父母の負担減になるよう寝られない私がメインでしていた)

固定電話旦那に連絡、非被災時の旦那には正確状況わからず、非被災地の友人達や親類のふとした一言や数秒で電話を切られる対応に傷つく。

実家の母に固定電話電話

泣きつつ現状の本音を1時間程話す。「頑張れ」と言われ精神的に持ち直す。

■この時 千葉市内63万戸停電

【2日目】

妊婦(妊娠8ヶ月の私)が朝から軽度の熱中症になる

→前日夜間は自室にうちわ懐中電灯持ち込みはしたが到底寝られず、

肌に触れるベッドや布のシーツが全て気持ち悪く感じ、眠いのに横になっていられない。

基本的うちわで仰ぎ、窓の外の景色を見て1:00~3:00位の時間位に気絶したのか寝られた。

旦那が置いていった自家用車に充電ソケットを忘れたとLINEが来た。少し救われる。

暑さに耐えきれず、思いつき

4:45~5:00まで、

夫の置いていった自家用車

クーラー10分程度だけ当たり、

充電もしてみる。

低速充電モードだったが、

最悪少しは出来るのかと確認

スマホバッテリーは40%台になっている。今日電池切れになる事を覚悟をする。

→朝5:00頃諦めて起床(ほぼ完徹)、

私は軽度の熱中症により

固形朝ごはんは食べられず水しか飲めず果物は食べられる。

フローリングの上で辛うじてまだ冷えていた保冷剤をタオルで巻き、2時間ほど寝ていた。

→前述のソーラー発電パネル稼働してみる事になる。

日中の晴れた時にしか使えないが、リアルタイムで発電する為ものすごく便利」なシステムだった。

Twitterにて、

民間ソーラーパネルでも現在

活用している方がみえました。

1500W以内の家電の組み合わせ

(携帯電話の充電が5-10W、

冷蔵庫は40W、

電気ケトルは1200Wなので

使わない、

テレビ不明必要優先順位が低い割に電気を使いそうだった為

使わない)で

スマホ冷蔵庫扇風機】の組み合わせで朝10:00程まで過ごす。

これでかなり精神的な負担が軽減した。

→★特に扇風機を出してきて使える点とスマホの充電が満了できる点。

旦那の車が

テレビラジオクーラー役割を果たす事をこの日の朝確認した為、ガソリン満タンに入れに行く事は早朝に決めて義父母に伝達。義父にも全ての車の操作を教え、この車をメインで使う事を共有。

★ついでに市街を周回、

電気の開通しているエリア】を把握する。

(初日同様、これがすごく大事)

★そこの町内のコメダでは待合時に備考欄に「電源」という文字が客側の欄に書かれていて、

それを書くとスマホの充電機器が貸してもらえて出来ていた。

被害を免れた各店が

こういう事をしているかもしれない。コメダ様はしていました。

→店内客の5階建て集合住宅住まいのお母さんと娘さん2人から

我が家は水の汲み上げが電気システムなので、水も止まっている」との事。同じ境遇の人たちと話す事で気は紛れた。

店内は皆その住宅の住人らしい。

→今朝の妊婦熱中症の件から

妊婦義母は朝からホテル宿泊をする事を義父が決める。

認知症義母は義父が家で看る流れになる

(近くの公的施設が9:00-21:00までは解放されていると町内会長が自転車で連絡周りをしていたが、

祖母環境が違うことによるストレスになるとの事でそこには行かず行けず、

夜は認知症祖母に水を

飲ませないといけない為、

家にいるしかないと義父判断

この時点で4人中2人が2泊エアコン無し家での2夜目確定で危険)

ホテルの空室確認タウン誌で1番最初から義父母がしらみつぶしに電話をかけて行くが見事に全て埋まっている。

価格が安い駅から近い所が

全て埋まり

高い価格帯のビジネスホテルすら

空いてない状況。

→半分カップルラブホテルの様な所が

空室があり、女子会プラン適用

素泊まり可能で宿確保(午前11:00頃)、

高齢者がいると難しいかもしれないが、

ラブホ関係とかネカフェも当然視野に入れると良い。

ホテル内のテレビにて

特定公民館宿泊可能」の

情報を得たので電話にて義母が共有。

→部屋の価格

20,000(空室紹介時)

→¥17,000(停電避難をしたい旨を伝え可能ならもっと安価はないかと問い合せて結局この部屋)

→¥14,000で翌14:00まで宿泊可能だった。

バリヤンホテル千葉様、

お世話になりました。

→夜にホテル室内で

10日夜から11日にかけて

千葉市内53万戸の停電の内

12万戸まで減らす」と

テレビ災害ニュースを見た為、

義父から認知症の義祖母が寝た」と

電話あり、

ホテル滞在組は半分期待や信じはせず、

どうかその12万戸には入りたくないと

ただその件は義父には伝える。

■この時、53万戸停電

【3日目】

ホテル滞在組は快適に

普段通り過ごしたので割愛

結果的に朝起床後すぐテレビニュースにて東京電力から

「昨夜言っていた

11日以降復旧完了見通しは、

悪天雷雨のため立たず」の

文字ニュースで見ることになる。

→93歳の女性が室内で昨日熱中症死亡したニュースは見て

「おばあちゃんと近いね

まあ、だよね.......」と

義母が言っていたが、

この朝65歳の女性が同じく亡くなるニュースをみて「同い年だよ!」と戦慄する。

★徐々に刻一刻と

自分の身近に自分達と似た状況の死亡者が増え出す」環境になる事を自覚する恐怖が増える。

★この時に「それはいいから、

今どこのエリアを復旧作業していて、

どこがどれだけ復旧したのかを教えてくれ!」と私と義母

→★電力会社からの報告が、

①9日初日

「翌日の10日には復旧予定、

1部エリア11日以降

(そこに自分たちのエリア

入っていなかった為

明日には復旧すると思っていた)」、

②終日復旧せず、

2日目の10日夜には

「翌日の11日には

53万戸から12万戸に

減らす事を目指す

(Twitterでも中央区の復旧報告が

見つからない現実と共にこの時は過ごしている)」

「目指す」なので

期待は当然してない半々の気持ち

11日の3日目朝は

本日中の復旧の見通しは

立たない(断言)」と.......

★延期発表が「明日中(以降)復旧」を

繰り返しすぎて少し振り回される。

初日から2日目ですでに復旧予定が覆っている為、非情な内容でも

正確な情報が欲しい。

明日には、明日には」

が重なると

かなり精神ダメージが蓄積する。

はなから今どこをやっていて、

どこが復旧したのかだけ情報が欲しい。

→チェックアウト後の、

夜の停電自宅や公民館避難での

過ごし方までも当然覚悟した。

→8:30頃

「もう一泊部屋を確保出来るならするか(テレビがある、電源がある状況を確保する事はとても心強く感じたが、

義父が3日連続して義祖母と家滞在になる為、義母は帰って公民館とかを

利用しないといけないか)」と

いう話をホテルでしている最中

義父より「電気復旧きました」と

電話連絡があった為。

少なくとも我が家

停電状況はここで終わる。

■この日の千葉県停電 41万戸

【今回の教訓〜停電編〜】

認知症の方や妊婦幼児等がいたり、高齢者のみだったりすると途端に避難場所選択肢や「我慢できる事」の範囲が狭くなる。

20代の妊婦の私の場合

「通常時より体温が高い→熱中症になりやすい条件が揃う」、

認知症の方は言わずもがな世話がかかる。

でも例えば20妊婦の私だけだった場合ネカフェカラオケ等やラブホまで視野に入れて宿泊可能施設として使えるが、

今回は私以外が全て

65歳以上の高齢者だった。

そうすると本当にそこらへんの

安価安易避難場所が除外されるので、

ホテルしか選択肢が無理な為

電話をかけ続ける事になり厳しい、等。

●県外の親族が「不足の物資を送ります」と言ってくれたが、

少なくとも水ガスが普段通りの

停電になった際においては、

車がある場合【実情物資は全く

不足していない】。

→長期に渡ると必要かもしれない。

→ただただ充電が出来ない事と

明かりがつかない事と

暑さ寒さがしんどいので、

ただひたすら

日中は車のある人は

とにかく店が空いている時間

【外に出た】方がいい。

→★家の中にあった方がいいもの

防災グッズを揃えるというよりか、

「もはや蒸し風呂

なっている家が不愉快

地獄空間からこそ、

そこから日中だけでもせめて逃げ、

夜だけはどうにもならないので

夜の時だけ耐え忍ぶ方策」にした方がいい!!!!!!

●9:00-21:00解放公的施設はとてもありがたい。

だが本当に体感が厳しいのは

店が空いていない夜21:00以降

公民館の終日宿泊を早い段階で知りたかった。

どこからから情報が入ってくるかはわからない為本当に情報と人の伝達頼り。

ホテル滞在高かったかもしれませんが

かなり精神的な安定を得られた。

もっと施設範囲が広げられたら

早く見つかり、

また楽だったと思う。

とにかく限界が近い場合

多少のお金を出してでも、

宿泊可能施設を見つけてほしい。

空調設備の下に

逃げ込んで欲しい。

オール電化に家設計時に頼りすぎてはだめ。

カーテンは手で開けられる余地

トイレレバーで水で手動で流せる余地

ガス火はガスにするか

卓上ガスコンロ常備。

開かない電動カーテン兵器

★ただ、ソーラー発電は乗せられるなら絶対乗せた方がいい。

ホームセンターソーラーパネルでもいい。

(追記)

反応ありがとうございました。

もう被害の日数とレベルが私が経験した物をはるかに超え援軍物資必要被害レベルになっている為停電対策にはならないあくまで実録として残し、復旧進捗をTwitterにてRT協力していきます

どの道具を備えるか、どういう行動を取るかは個々人のその時の判断で正解はないと思います

今後参考になる箇所のみ使用して頂ければ幸いです。

2019-08-23

anond:20190823163155

電気ケトルつかってるけど、沸いたら自動スイッチが切れるって機能があるだけでヤカン使うの面倒に感じるな。

2019-05-30

俺も実家家族とほぼ顔合わせない生活なんだけど

数年前に実家に帰ってきてから家族ルームシェアしてる感じ

別に家族と仲悪いわけではない(父親とは仲良くもないけど)

食事洗濯自分の分は全部自分でしてる

台所料理する事もあるけど

部屋にミニホットプレートと電気ケトル置いてるから料理も部屋でできる

調味料も置いてる

岩崎みたいに完全顔合わせない生活ではないけど

求職中で無職だし俺も予備軍なのかなと思った

2019-05-21

象印世界に誇れる日本メーカー

お前だよ象印。なにチンタラ日本国内でばかり商売してんだ。もっと世界にはばたけよお前。


背景を説明しよう。我が社の給湯室には電気ケトルがある。しかし小さいし保温機能も無いから新しく買おうという話になった。

すると同僚がコメント

日本旅行に行った時に旅館にあった象印の給湯ポットを使って感動した。あれ超希望日本人の@masudaが日本で人気なやつ選んで教えてくれよな。」

なるほどそういうことなら任せろと言った。

そして価格.comで調べたら優湯生というやつが良さそうだったのでおすすめしようかと思ったがダメなことに気付いた。

なぜなら日本向けのしか売ってないから。表記日本語。対応する電気日本だけ。

なんで海外向けのやつ無いんだよお前。もったいないだろ。もっと必死に金儲けに走ろうよ。英語だけじゃないよ、中国語だってスペイン語だって対応したらどうだ。

新機種からかなと思って調べたら海外向けのは3種類くらいしか売ってねえ。完全にやる気ないだろお前。

世界人口は今75億人にまでなったらしいぞ。その中で1.3億人もいない日本人相手にチンタラしてる場合じゃないだろお前。

おい象印もっとがんばれよお前。世界にはばたけよお前。どっぷり世界に浸かれよお前。足湯で満足してんじゃねーよお前。でももしかして優湯生かいダジャレ翻訳できないとかい理由なのかな?それならしょうがないな。

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