はてなキーワード: 仮名とは
https://twitter.com/meerkat_hatena/status/480554154486550528
@meerkat_hatena
@y8bit いや、もう関わる気もないです。シラを切ったり言い訳にも潔さが感じられずガッカリしたので。誰かに話を振られたからとかそういう問題じゃない。身から出た錆です。
関わる気がないと言いながら…
https://twitter.com/meerkat_hatena/status/480610674762989568
@meerkat_hatena
一時期「みーあさんが来ないと…」が重くてDMで某氏に相談したほどです。/私はオフを断ったのに、他の方へは事実を隠し、呼ばなかったと伝わっています。その理由付けに悪評を流されていました。
https://twitter.com/meerkat_hatena/status/480618072391163904
@meerkat_hatena
なぜ12月の話題を今頃してるかと言えば、事実を隠して悪評を流されていたことを最近、知ったからです。
そんな状況で、名義上の〜なんてやられたら…ふざけんなと思いますよね。
伏せておくことも考えましたが、私が仲良くなりたい人にまでネガ話が伝わっていてショックでした。許せません。
まだまだ出るかもしれない。
彼の評判を落とすことによってネット人脈を奪って回復できないまで追い込む気だ。
そこまで出来るかわかりませんが、池田さんにとってはかなりの痛手になりそうですな。
その時、小学生のときに同じ野球チームに所属していた二個上の先輩にとても可愛がってもらった。
可愛がりでもないしほもぉでもない。
地元では、中学のときの上下関係を大人になってもひきずって生きているような人が多い。
そういうのが嫌な人間は当然街を出ることになるが、
高校を出るとすぐに親の建設会社を継ぎ、ベンツを乗り回すようになった。
まあまあ有名な建設会社だったし、官公庁の下請けをするような会社だったので
矢口先輩は、18になるとすぐに免許を取り、これまたすぐに中古だがデフォルトで500馬力まで改造されている
僕はその矢口先輩たちのチームのようなものに参加させられることになり、
週末だけでなく、先輩たちの気が向くときには山へと走りに付き合わされた。
深夜近くにならないと蠢くことはない。
一般車の走る時間帯は走れないし、
ではそれまでどうしているか。
ちなみに、車で10分も走れば首なしライダーが出没するという峠もある。
走り屋の間では、この首なしライダーとレースをした、というのが武勇伝として語られているが、
大抵は友達の友達とか知り合いの話であり、実際に首なしライダーをみた人はいなかった。
僕らも、あきるまでその峠を攻め首なしライダーとの遭遇を願ったが、
一度も出会わなかったくらいだ。
まあそんな風にして心霊スポットへ行ってから走りに行く、というのがぼくらの過ごし方だった。
心霊スポットへ行くのはさすがに500馬力のFD3Sでは情緒がないため、
他の先輩のでかいクラウンだかセルシオだかに同乗させてもらい、
4~5人、男ばかりで行っていた。
ある週末の夜。
以前ギャラリーからナンパした女子が3人一緒に心霊スポットへ行ってみたいということになった。
僕と矢口先輩が、その時矢口先輩が狙っていた女子、まな(仮名)の車に乗り、
二台で向かうことになった。
地元にちゃんとした彼女がいるくせに、まなを口説きまくる矢口先輩に少しいらつきながら、
僕は後部座席で眠ったふりをした。
心霊スポット到着。
見た目は普通の別荘だった。
しかし一旦中へ足を踏み入れると、まさに心霊スポット特有の線香の臭いが鼻をついた。
ジュンジーのファンだった僕は、
と矢口先輩、AB先輩へ告げた。
「○○くん、怖いの?」とまなが言った。
てめえ、ぶっころすぞ、と心の中で思った。
矢口先輩が続ける。
「こいつ童貞なんだよ。」
まなが笑いながら言う。
なんてことを言いながら二人は急接近しているようだった。
AB先輩も、かな&あなといい雰囲気のようだった。
僕は一人でとぼとぼと彼らから離れて歩いた。
A先輩が
「おい、このドア開けてみようぜ。」といいながらドアノブにてをかけた。
見た目はすごく重厚で、簡単に開くようにはみえなかったが、
僕の想像に反し、ドアはぎぃいい、と音を立てながら開いた。
「おい、階段だぞ。」
その扉はどうやら地下の貯蔵庫へ通じているらしかった。
その別荘が建てられた当時、地下室を作ることがある種の流行だったというようなことを父か叔父から聞いたことがある。
よく熱帯の豪華な家に暖炉を作るのがステータス、というのと同じような流行がかつての日本にもあったらしい。
そもそも貯蔵庫に食料を溜め込まなければいけないほど、雪の深い地域ではないのだ。
とにかく、ぼくらは懐中電灯を片手に、階段を下りてみることにした。
ぼくはもちろん最後だった。
矢口先輩はまなといちゃいちゃし始め、きゃーきゃー言う彼女を隣にし、さらっとお尻をなでていた。
あのキャラクターは俺も欲しい。
心の中でうらやましく思ったものだ。
地下の貯蔵庫へ入ると、大きな金庫のようなものが目の前にあった。
「おまえ、入ってみろよ。」
矢口先輩が言うと、まなが
「えー、あぶないからやめてあげなよー」と言ってくれた。
しかしAB先輩まで僕に入るように言い始めたので、仕方なく中へ入ってみた。
案の定、というか当たり前のように後ろでドアが閉じられた。
懐中電灯の明りだけを頼りに、回りにちらばっているものを確認していくと、
そして、目をこらしながら良く見ると、缶詰のようなものがはいったダンボール箱を発見した。
ちなみにこの貯蔵庫、内側からも開けることができる。
そう、外でわっかが固定されていなければ、内側のわっかを回せば開くのだ。
僕もさすがにこわくなってきたので、そのわっかを握り、勢いよく回そうと手を下ろした。
勢いよくわっかがまわるのを期待したが、途中でがくん、と止まってしまい、
再びそのわっかを握ったときのことだった。
「*+>?+<>#””#($%’%’(#」
何か聞こえた。
しばらく耳をすましていると、再び、
「*+>?+<>#””#($%’%’(#」
女の人の声だった。
ああそうか、そとにいるまなかなあなが何か言ってるんだ。
そう思いながら重いわっかを動かし扉を開けた。
しーん。
扉の前には誰もいなかった。
僕は再び耳をすました。
「*+>?+<>#””#($%’%’(#」
もしやこれはジュンジーの例のやつか?
とぼくはすこしわくてかしながら、聞き耳を立てた。
「*+>?+<>#””#($%’%’(#」
しかし、なんど聞いてもその女が何を言っているのかわからなかった。
ぼくは彼女の言葉を理解するのをあきらめ、階下へとあがっていった。
AB先輩、かな&あなが不機嫌そうな顔して待っていた。
「矢口がよぉ、ちょっと彼女とドライブしてくるって行っちゃったからお前乗っけてけだってよ。」
A先輩がとても不機嫌そうに僕にいった。
やぐち、ぶっころす。
状況を何とか打開したかった人間の王は特別討伐隊を結成することを決める
その中心人物として選ばれるのが主人公
いわゆる勇者だった
みんなで色々アイデアを出しあって交換ノートみたいのも作ってた
とくに目的があるわけでもなく、なんとなくなノリでそうなっていったのを覚えてる
だいたい16、7年ぐらい前の話
自分とKくん(一番仲良かった子:仮名)で考えた物語は今でも覚えてる
主人公である勇者に、鬼畜&不幸な設定をドンドン付け足していき
国王への謀反を企てた罪(実は冤罪)で投獄され、一族を皆殺しにされていた死刑囚
魔王を討伐すれば罪を帳消しにするが、逃亡したり裏切ったりすれば即死すると告げられる
そんな死刑囚勇者であったが、もともと随一の切れ者だったこともあって
みるみるうちに戦果を上げて、周囲の信頼を勝ち取っていく
そして言葉巧みに王に取り入ったことで、ついに死の呪いを解かれるのだった
勇者は魔王軍に取り入り、国王をはじめとした全ての人間を虐殺しようと計画していた
魔法によって惑星はド派手に爆散し、すべての生命は消え去るのだった
そして、魔法は周囲の星々も連鎖的に巻き込み宇宙中に広がっていきました
おわり
モノづくりの楽しさみたいなものを初めて感じた時でもあった
だんだん凝った設定を考えるのが楽しくなっていき
アイデア収集のために色んな本や映画をみるようになったのも覚えてる
でもKくんは違った
ひとり抜け、ふたり抜け、という具合に仲間が減っていく間も彼はその遊びに没頭していた
完成した彼の作品をいくつも遊ばせてもらったけど、どれもすごく面白かったし
処女作をいの一番に自分にプレイしてほしいと言ってきた時は本当に嬉しかった
そして新作が出る度に練度が上がっていくことに驚かされた
彼は、自分が微妙だと言った部分をきちんと修正してきてくれたからだ
プレーヤーの痒い所に手が届くように、何度も何度も細かい改良を重ねてくれた
そんな彼の姿勢に応えなければと思い、自分も真剣にプレイするようになった
そうこうしているうちにネットの方でも彼の作るゲームは徐々に人気を博していき
Kくんはすごく沢山の人から賞賛の声を浴びるようになっていった
一番のファンである自分にとっては彼が賞賛されることがたまらなく誇らしかった
ひとかどのゲームクリエイターとなった彼を見た時は心臓が跳ね上がった
なぜ本人経由で知らされなかったかというと、彼との縁を切ってしまっていたから
Kくんが有名になっていくにつれて、まだ子供だった自分は彼に対して嫉妬を覚えるようになっていった
初めのうちこそ友人として真摯にゲームをレビューしてたんだけど
ゲームの内容よりもKくんのことが頭をちらついてどうしようもなかった
多くの人々から絶賛されるKくん
将来有望なゲームクリエイターとして色んな集まりに呼ばれるようになったKくん
ビジュアル、音楽、プログラムといった色んな要素を一人で手がけるようになったKくん
ゲーム制作サークルに所属して、年上に混じって作品を作るようにもなったKくん
ゲームのファンだったという年上の女の子と付き合い始めたKくん
対して、これといって誇れる能力のない普通の(モテない)子供だった自分
Kくんがどうしても羨ましくて妬ましくて、彼に対して卑屈になるしかなかった
そんなこともあって、彼との関係も徐々に希薄なものになっていった
あの頃に戻りたいとは思わないし
今でもKくんと交友を続けていたかったとは思えない
でも後悔はしている
卑屈になるしかなかった当時の自分をなんとかしたいと思ってしまう
どうにかして何かしらの生きがいを見出してあげたいと思ってしまう
ダラダラと無職を続け、誇れるような生きがいを何も持てていなかった自分にとって
彼の名前をネット上で偶然見つけたことは胸を抉られる出来事だった
夢を叶え、輝かしい実績を積み上げてきた彼を直視することはできなかった
そういうのはもう気にならなくなっていたと思ってたけど
ただ単に考えないようにしていただけだったと思い知った
惑星を丸ごとぶっ壊して全部終わりにしたいというあの気持ち
まさか今になって、自分が面白がって生み出したキャラクターの気持ちを味わうことになるとは思わなかった
中学校にあがったとき、クラスに同じ小学校からきた子があまりいなかった。
入学してすぐ、座席は名簿順。仮名ではあるが、増田という名字の自分はクラスの後ろから二番目だった。
そして私の前は、西村さん(仮)という同じ小学校から上がってきた子だ。
西村さんとは、同じ小学校とはいっても、まともに会話をしたことがなかった。
6年生の頃同じクラスだったような気がするけど、今にして思えばそれもおぼろげだ。
私は小学生の頃、3,4年生のときに同じクラスだった子とずっと仲良くしていて、クラスが別々になった5,6年生の頃もその子達とばっかり遊んでいたからだ。
そして件の西村さんはいわゆる「いじめられっ子」だった。ような気がする。
多分、アトピーだったんだと思う。肌が荒れていて、膿んでいることもあり、多くの人達は西村さんを避けていた。
遠巻きに、ヒソヒソと「臭い」とか「気持ち悪い」とか、「あいつの頭、シラミいるぜ!」とかいってる男子もいた。
だから西村さんは、いつもオドオドしてビクビクして、決して自分から誰かに話しかけようとしなかった。
ペアを組む時だって絶対さいごひとりであぶれてた。
殴ったり蹴ったり、そういう肉体的ないじめはなかったけど、あれは確かにいじめだったと今にして思う。
私は西村さんとほとんど喋ったことがなかったけど、それは西村さんに限ったことじゃなく、あの6年生のクラス内では半分くらい喋ったことがない人がいたように思う。
それは多分、すでにできあがっていた友人関係に割って入るのが面倒くさかったからだ。
中学校1年生のそのクラスに、気心の知れた相手はひとりも居なかった。
3校程度の小学校から集まっているので、クラスの3分の1は同じ小学校から上がってきているはずなのだが、仲がよかった相手とはクラスが別れていた。
そんな中で唯一同じ小学校の同じ6年生のクラス出身だった西村さん。
違う小学校から上がってきたひとたちとイチからがんばって仲良くなってお友達がんがん作るぞ!というのはどうにも面倒くさくて、だから始業式の日に、西村さんに「また同じクラスになったね〜」と気安く声をかけた。
その時、ものすごいびっくりした顔をされたことを覚えている。
そりゃあ今までまともに話したことない相手から、そんなふうに話しかけられたら私だってびっくりすると思う。
でも当時、本当に面倒くさかったんだよ。「はじめまして!」からはじめるのが。
出席番号が後ろの方だから座席も窓際だから、教室のハジに追いやられてて、その場所から教室のなかほどに突入していくのも面倒だったし。
というわけで私は西村さんに物凄く気安く声をかけた。席順のおかげで班も一緒だったし。
私は母親が地域のママさんバレーをやっていたこともあって、中学校ではバレー部に入ろうと思ってた。
でもクラスの皆さんが「部活何はいる?」「私バスケ!」「えー、バドミントン部行こうよ〜」なんてワイワイキャッキャしてるのを横目に、ひとりでサッとバレー部に入りに行くのもなんとなく癪だった。
友達を作るのが面倒くさいなんていいつつ、私も友達とキャッキャしていたかったんだろうね、本当は。
その頃には私の後ろの座席の三田さん(仮)とも同じ班だから仲良くなってたけど、彼女は若干不良じみていて、部活なんか入んねーし、と言っていた。
西村さんに「部活きめた?」と聞くと、まだちょっとオドオドが抜けないものの「決めてない」と言う。
私はそんな西村さんを「じゃあ一緒にバレー部入ろうよ!」と言って、物凄く強引に一緒にバレー部に入部した。
運動神経があまり良くないことも、だからあまり運動好きじゃなさそうなのも知ってたけど、とにかく私はひとりでバレー部に入るのが嫌で、西村さんを道連れにした。
大人しい性格の西村さんは私に逆らうこともできず、嫌ともいえず、それでも「でも……」と言うから、「じゃあ仮入部でいいじゃん。とにかく一緒にいこうよ、一緒に部活やりたいよ」とズルいことを言ったのを覚えている。
あなたと一緒に部活をやりたい、という言葉は、小学生の頃ずっと独りぼっちだった西村さんにとって、どんな威力を持っていたんだろう。
とにかく西村さんは私に引きずられるようにバレー部に入って、結局3年生になって引退するまでずっとやめないでいた。
私たちの学年でバレー部に入ったのが、私と西村さんを含めて4人だけだったから、結束が強かったのも理由のひとつかも知れない。
私は西村さんのことを、1年生の5月くらいから「西村さん」ではなく下の名前をとって「なっちゃん」と呼ぶようになった。西村さん、と呼ぶのが面倒くさかったからだ。
西村さん改めなっちゃんは、徐々に性格が明るくなっていった。部活中に顧問に怒られたりすると、やっぱりオドオドした態度になるけど、そうじゃない限りはよく笑うし、冗談も言う。
小学生の頃にすごく汚かったような気がする肌も、そういえば中学生になってから(というか私が一方的に馴れ馴れしく話しかけた頃から?)気にならなかった。
授業中にくだらない手紙をまわしたり、同じ班の男子も含めて遊びにいったりした。
多分それらは全部、なっちゃんが小学生の頃にはやったことのないことだったんじゃないかと思う。
なっちゃんとは2年生でクラスが別れて、でも3年生でまた同じクラスになった。
高校は別の所に行ったけど、高校1年生の終わり頃、中学校のバレー部、後輩達の最後の試合(3年生は7月頃の大会が終ったら引退するけど、その後3月にある「3年生さよなら大会」的なものに出るのがならわしだった)に応援に行っては一緒になって後輩達を応援してハシャいだりしてた。
結局なっちゃんは、高校2年生の頃に病気をして1年休学し、ひとつ下の子達と同級生になったらしい。
けど、その頃すでにすっかり明るくなってたなっちゃんは、そんな境遇もまったく気にしてないようだった。
その時彼女は、幼稚園か保育園の先生になるんだ、といって専門学校に行っていると言っていた。
そんなふうにしてお互い近況を話しあって、「元気でよかったよ〜」「またね〜」なんて言い合って別れたのだけど、結局なっちゃんに会ったのはそれが最後だ。
それから数年後、なっちゃんは引っ越したらしい。だから地元で行われた成人式になっちゃんは来ていなかった。
中学校1年生の頃から成人するまで、私はたいして深くなっちゃんのことを考えたことがなかった。
最近、年をとったせいだろうか、昔仲良かったあの子は元気かな、と思うことがたまにある。
それは小学生の頃仲良かった子達であったり、中学生の頃一緒に部活に打ち込んだ仲間であったり。
そうやって思い出してみた時、小学生の頃、あんなにオドオドしてビクつきながら過ごしていた西村さんが、まるで人が変わったように明るくなったことにようやく気付いた。
まるで別人みたいだよねって。
私は別にいじめられてた彼女を可哀想に思ったから構いにいった訳じゃない。
ただただ、知らない人達の輪に入っていくのがひたすら面倒くさくて、ちょっとでも楽な手段で、それなりに楽しく過ごしたかっただけだ。
そんな自分本位な考えと行動だったけど、もしかしたらそれが彼女の人生を変えたのかもしれない。と、そんなことをふと考えた。
これだけでどこのことだかわかってしまう飲食店があるとすれば、店側からすれば実に不名誉なことである。が、実際あるので仕方がない。聡明な読者の皆様におかれましては、俗世の情報を全てシャットアウトした寡黙な山の修行僧でもない限り、あるいは大地を踏みしめ草木を愛し日々必要な分だけの命を頂き神に感謝して暮らすトラディショナルな生き様が美しい異国の民族でもない限り、もうこれが何を指しているのかはスイッチを入れれば電球に明かりが灯るが如くおわかりかと思う。
半径200m以内に競合する三つの同業他社の店舗があるとしよう。今回話に出している、仮にA丼屋としよう、A丼屋という店は、同じ日の同じ時間に働いている従業員の数が他二店より必ず一人少ないのである。そしてこれは働いている側の実感からすると、「最低限の人数」ではなく、「最低限の人数-1人」なのだ。やってみると、これ結構大変である。
しかしながら、店舗に在中する人間の数を減らす、というだけならまだマシ。そう、それくらいならまだよかった。
真の問題はそのシステムにある。まずは営業報告書についての話をしよう。
A丼屋の営業報告書では、1日を4つの時間帯に分け、各時間帯ごとに営業報告書を記入し、本社へファックスを送るという仕組みだ。次の時間帯に切り替わるまでに売上データの集計、売上を計算し金庫に保管、ほぼすべての食材の在庫量をチェック、その時間帯に働いた従業員の労働時間、などを記入する。ちなみにここ、出勤はタイムカードではなくこちらの営業報告書への記入で申請する。他に勤怠報告書というのもあり出勤の度に2種類書かなければならないのだがこの話はここでは割愛する。
忙しくて営業報告書のファックスが間に合わないと、本社から催促の電話がかかってくる。毎度この本社電話口と店舗の温度差やべえな、とは思うがまあそれも本旨から外れるのでカット。慣れているアルバイトは催促の電話を無視して終わり次第送ったりすることもあるし、そもそも忙しすぎて電話を取れないこともある。(余談だがA丼屋の電話は顧客へ番号を公表していないため、本社や社員、ならびに業者からしかかかってこない)
この営業報告書には「労時売上」という項目がある。これがA丼屋のブラックたる由縁であると言って間違いはない。では、なんぞこれ。
先ほど営業報告書の記入項目に「その時間帯に働いた従業員の労働時間」を挙げた。これは、例えば昼帯の営業報告書に記入する際、「7時から12時まで3人働いた」ということであれば、5時間×3で「15時間」と記入する。全員の時間を足すとかちょっと何を言っているのかよくわからない。公式を覚えず数学の試験に臨んだエキセントリックな学生が、意味も根拠もないのに「とりあえず足してみるか…」と奇行に走る、なんかあの感じを彷彿とさせる。
そして件の「労時売上」というのは、総売上から消費税を除いた額を先の労働時間(例で言えば15時間)で割ったものである。つまるところ「1時間あたり従業員1人がどれだけ売り上げたか」の額であるらしい。へー。 なんか寒気が。
問題はここから。この労時売上が目標額(最初は5,000円と聞いていたが、エリアを管理する社員によって増減されることもあった)に満たない場合、なんと架空の休憩を取らされるのである。営業報告書に記入する労働時間を減らすのだ。そんなことを研修の段階から指導される。
熟練アルバイターは「もう今日は暇だな」と察すると、シューティングゲームで言うところの「置き」のように見越し休憩を回したりもする。その後混んだりすると悲惨だが。
僕らはこんなアコギな経営の片棒担ぐために義務教育で算数を習ったのだろうか?いや違う。隔月で高級ソープに通うためには毎月の生活費をいくらにすればいいか、ということを計算するためだ。と、童貞が申しております。筆者は素人童貞ですらないのだ。
いやらしい話にそれたが、それ以上にいやらしいのは売上目標とアルバイトのシフトを達成できるかできないかというギリギリのラインで組むというやり口だ。自分のいた店舗では、土日の昼、いわゆる稼ぎどきの店舗を高校生3人だけで回し、毎度どう時間を削るかの相談をしていたこともある。
その上、忙しすぎて残業をせざるを得ない状況においても、売上目標の達成だけが優先された。サービス残業の強要である。進んでサービス残業をするアルバイトまで現れる始末。「ほったらかしにして帰ることもできるが、この後に入る同僚のため、そして何より食べに来るお客様のため」と残業をし、しっかりとその時間分残業を申請したところ、「お前のせいで目標クリアできなかった」と長期間シフトを削られた。削られた分は別の社員からの他店舗ヘルプ要請に応じることで稼いでいたが、このときやっと何かがおかしいことに気付く。
ご存じの方も多いかもしれないが、このA丼屋には店長も社員も常駐しない。夕方の暇時は女子高生一人しか店にいないなんてこともある。もうこの時点で労働法の皆さんが握り拳をバキバキ鳴らす音が聞こえてくる。あ、目が赤く光ってる!
ちょっと思い出してみてほしい。もしくは現物を取り出して見てほしい。飲食店のアルバイト募集を見ると、ほとんどホールとキッチンで分かれていないだろうか。しかしこの店は分かれてない。一人勤務となれば、たった一人のアルバイトが「いらっしゃいませー!」と言ってお冷を出し注文を取り、調理をしてそれを提供し、お会計とお膳下げにテーブル拭き、食器洗浄からの食材仕込み、までやっているというわけだ。法的にアウトらしい、これ。能力的なできる・できないの話ではない。
最近アルバイトが辞め過ぎて閉店を強いられる店舗が多いと聞く。固形燃料で火をつける鍋物新メニューの提供があまりにエグい、というのが今まで我慢してきた従業員がプッツンした理由だ。
丼を二つ乗せたトレーを両手でバランスよく持ちダッシュで安全にお客様の元へ運ぶことを強いられる環境下にあって、このメニューの登場は致命的である。ファミレスなどとは違ってゆっくり歩いての接客はマニュアル違反となる。とにかくスピードを求められるのだ。
準備に時間がかかり火を使い危険、だというのにこの業界の客というのは5分待たされただけでキレるときたもんだからたまったものではない。一人勤務にされる深夜などは立地により終電後に大量の来客があるため、一人で仕事をしている中この鍋物メニューの注文が相次いだとなればまさに地獄絵図である。(ただでさえ深夜は清掃や配送された食材の受け取りなどこの時間帯限定の業務が多い)
基本的に人手が足りなかったり、退職者も多いため近隣他店舗へのヘルプ要請は多い。まあこれについてはどこでもあることだと思うのだが、そこはA丼屋。ヘルプで入ったら勝手のわからないその店を高校生が一人で営業していた、なんてこともある。
ヘルプで行ったまた別の店舗、こちらはエリア内でもかなりの大型店舗で、熟練者も多いところ。ここでは税金対策のため、多くの従業員が仮名を使い籍を二つ有していた。え?いいの?それ。。とにもかくにも滅茶苦茶に忙しい店舗であり、だいたいみんな働き過ぎである。
他にも別店舗に彼女を作った店長が会う時間を作るために深夜勤務をしなくなり必ず週1~2日の休みを取る中、副店長に深夜~午後などのハードワークで50連勤を押し付けるなど個人のパワハラなんかもあり、15名ほどいたアルバイトは12、3名ほどがごっそり辞めた。まあなんかこれは企業というより個人の悪質性によるものなので趣旨からは外れるのだが…。
疲れ果てた末に、労働法とか、人的資源管理とかっていうものを調べてみたりすると、頭の中の岡村靖幸が歌い出す。
いつだったか、近所に店舗のある別企業の従業員が自殺したという話を聞き、大手の飲食チェーンでは働くべきではないと胸に刻んだのだった。
だから日本人男性は世界で一番モテない。海外生活で気付かされた、他の国の男性と比べて絶対的に日本人男性に欠けてる10のポイント
http://maeharakazuhiro.com/how-to-be-sweet-men/
結構この『レディーファーストとは』って話になる事は結構あって、
極論だけど、私の中では
『男にとってのレディーファーストは、女にとってのぶりっこと同義である』
って結論に達したよ。
要するに異性に持てるための9の心得〜とかと一緒で、
そこまでしてモテたくねーよ!!って思うならやらなきゃいいって話。
結局どちらもその行為自体より「わざわざそれをやってくれる」事がうれしいんだよね。
『俺はモテたい。だからレディーファーストの練習中だ。きっと今当然って顔をしてレディーファーストしてるアメリカ人たちも、それが恥ずかしかった時代はあるはずなんだ。
だから女の人は、もし俺がドアを開けたら、それが当然って顔をして先に入ってほしい。戸惑ったり、からかったりしないでほしい。』
なるほど、これは普通に反省した。淑女たるのも結構大変なのかもしれない。
こっから余談。
上記のような事を書いたけど、「(日本にレディーファーストは)いるかいらないか」って話であれば「いらない」と思う。
私はどうしても昔からレディーファーストしろ!!って意見が苦手で、それはどうしてかっていうと「男性の下心ありき」のものだと思っているから。
下心っていうと言葉が悪いけど、要するに何らかの目的があってする場合が多いと思うんだ、日本の文化からして。(故に男女逆にすると「ぶりっこ」じゃね?という結論になった)
だから日本人に記事のようなこんな行動されたら、「ん!?まさか私に気があるのか!?」と警戒してしまうと思う。
逆に言えば日本人男性は無駄に警戒(または誤解)されたくないから、無差別に女に優しくしないんじゃないだろうか?想像だけど。
日本人男性って、なんだかんだ言って好きになった女性にはちゃんと優しいし紳士的だと思うの。
アメリカ人(中国系、中東系が多いが)の友達にドア開けてもらった事はあるけど、(わざわざ車の助手席側に来て開けてくれたりする)
恐縮です〜とは思えどときめきはしない。あっちももう当然過ぎてなんの感情もそこにはない。朝に歯を磨く、女の前のドアを開ける、昼飯にサンドイッチを食う、くらいの。
でもこれがクラスの特に目立った存在ではない、昼休みはぼんやり窓から校庭を見ているような伊藤君(仮名)がちょっと「あ、俺それ持つよ///」とか言ってくれたらどうよ!?移動教室の際ドアを支えて待っていてくれたら!?少女漫画はじまるやろ!惚れてまうやろ!?
それなりに幅のある(3~4メートル)通路を歩く人たちは決して一列縦隊になって歩いたりはしないじゃん。なんとなく左右の幅いっぱいにバラけて、きっと真上からみたら市松模様みたいになっていることが多いと思う。後ろから追い抜く立場でこれを見ると、1.自分のすぐ前の人(A)を抜こうとする。2.同じタイミングでAが横にスライドしてAの前の人(B)を抜こうとしているように見える。3.ならばAの「トレイル」に入ろうと判断する。4.しかしAはBの斜め後ろの位置をキープして結局Bを抜かないので詰む。
という具合になってしまう。この現象(状態)に名前が欲しいと思いつついまだにいい名前が決まらなくて困っている。
もしくは渡り鳥の編隊みたいに一人を先頭に矢じり型、もしくは矢じりの半分(つまりただの斜め、真上から見たら階段状の形)になる形状にも別の名前があってもいいかもしれない。
あとは、歩く速度が遅い人ほど電車から降りる瞬間だけはすばやくて、先頭集団が歩行速度の遅い人々の団子でふさがれてしまう減少にも名前が欲しいんだよなあ(仮名としては「フンづまり」などがあるがカッコワルイので不採用にしてる)。ゲームの話の元増田が言うところの
そうでなければ動く障害物、つまり人が大量発生する。
これの部分で出くわしがちな現象ですね。
ところで「トレイル」は「アクロス・ザ・ユニバース」の時(つまり人ごみを斜めに横断する時)にしか使わない用語でしたか?だとしたら誤用だったかもしれません。おれの用語では人の後ろの無風地帯を利用するのは「スリップストリーム」、本来一人しか通れないような隙間(主に人ごみの横断など)を、彼の後ろではなくて、人の流れに対しての影に隠れて便乗することを「シャドウ」と呼んでいます。
○:横断する人
●:おれ
↑↑↑↑↓↓↓↓
↑↑↑↑↓↓↓↓
↑↑↑↑↓↓↓↓
↑↑↑↑↓〇→↓
↑↑↑↑↓●→↓
対向する人の流れに対して一人分の影響で二人が横断できる。
○:横断する人
●:おれ
↑↑↑↑↓↓↓↓
↑↑↑↑↓↓↓↓
↑↑↑↑↓↓↓↓
↑↑↑↑●〇→↓
↑↑↑↑↓↓↓↓
横断する人の真後ろをついていくと、対向の流れに大きな影響を与えてしまう。
2chでもはてなでも、東京vs地方みたいな罵り合いがよくあるけど、こないだ俺のそばで起こった出来事。
ちなみに居住地とか出身地とかフェイク入れてます。悪あがきかもしれないが、女性相手のネタなので、特定されるとめんどくさいので。
俺は数年前に広島から出てきて、今は足立区の下町住まい。当初は関東の水に馴染めず、生活も家と会社の往復だけで友達もいない。そして人が冷たい。「お・も・て・な・し」という言葉が当時あったなら、全力で否定したくなる感だった。俺は元々酒が好きだから、会社帰りに駅近くの店にいってみたことがあるけれど、どこもイマイチで楽しくなく、もっぱら家飲みばかりで鬱屈とした気持ちがあった。ぶっちゃけ2chで「トンキンが!」と煽ってた時期であった。
ある日、地元の人が書いているブログに出会った。書いてる人は大島さん(仮名)という40代後半のおばちゃん。自称「足立区の女王」。この人のブログが、俺の行動範囲をカバーするように飲み歩いていて面白かった。しかしこのブログは、普通じゃ一見さんは入らないような場末の雰囲気の飲み屋から、通過するだけじゃ気づかないようなマニアックな居酒屋まで幅広くカバーしていた。内容も、下手な食べログの記事以上にお店の詳細が載っていて、あちこちのお店とも仲がいいらしく、お店のおすすめ料理はもとより特色や店長のキャラクターまでも紹介されていた。
後に大島さんがTwitterをやっていることもわかり、早速フォローして、色々と雑談や情報交換するようになった。銀座のホステスをやっていたというだけあって、話も軽妙で聞き上手。そして下町に住んでいるからか、豪快でサバサバした感じが「40代女子(キャピッ☆」みたいなのとは対極なキャラクターで、話をしても楽しかった。
そんな大島さんと交流するようになって、足立区の、いや東京での生活が好きになってきた。それまで生活するにあたって不安で不満だったのは、その土地で住む人々の顔がみえなかったから。ブログを通して、そんな人々の顔が見えるようになったことから安心感が生まれ、ブログに出ていた色々なお店を覗くうちに、足立区での友達も増えてきた。2chで煽ることもなくなり、むしろ煽りを醒めた目で見られるようになっていた。
そんなある日大島さんが広島へ行くという話をTwitterで聞いた。道中、リアルタイムで流れてくる広島での居場所に対して、こっちが知っている限りの情報を提供した。今までブログに助けられた恩返しのつもりもあったが、なにより自分の故郷である広島を楽しんで欲しい気持ちでいっぱいだった。
「広島は楽しかったけど、東京人は冷たいと言われて寂しかった」
「僕も当初はそう思っていましたが、大島さんのブログを見て、そこにリアルに生活する人たちの息遣いを感じて、東京人が冷たいという考えは間違っていると知りました。そう思ってしまう人は、大島さんのような人もいるということを知らないんですよ。冷たい人はいるかもしれませんが、少なくとも大島さんのことではありません」
そんなレスを返そうとした矢先、
「東京でスカしてるのも地方出身者!東京で犯罪を起こすのも地方出身者!」
吐き捨てるような勢いで流れてきた。
スカしてるのが地方出身者?俺の知り合いで、日本橋の卸問屋の四代目がいるけど、バブルの頃は毎晩六本木でブイブイ言わせていたの自慢してたけど?
結局このおばちゃん「東京人=冷たい」とレッテルを貼る地方出身者と同じメンタリティで、逆ギレしてるだけじゃん。てゆーか、最初の頃方言が抜けなかった俺に対して、わざと言葉が通じないふりしていた「冷たい東京人」そのものじゃねーの?
俺は、大島のブログをブックマークから削除し、Twitterから大島をブロックした。狭いエリアなので会うことはあるかもしれないが、どのみち顔を知らない間柄。一説によれば、大島のバナーはボディービルダー時代のむきむきな体だが、悪あがきも虚しく連日連夜の飲食がたたって、ジャバザハットになっているらしい。どこかの飲み屋でたまたま隣り合ってもきみまつかないだろう。そこで仮に俺が地方出身者だと紹介してみたら、一体どんな目で見るんだろう。
文章下手ですみませんでふ
しますたとかでふとか
逆にいま新しいので正々堂々使いまふ
ホテルのレストランで飲みながら涼子さん(仮名)の愚痴を聞いたり
レストランを出て部屋に戻るためのエレベーターに乗ったら手をつないできて、
あの指と指を絡ませるつなぎ方
なんか嬉しかった。久しぶりに女の人と手をつないで舞い上がっちゃって
軽くキス
向こうから舌を押し込んできたのには驚いたけど
妻とはすでに半年くらいヤってないので、超久々で緊張
「シャワー浴びたい」
っていうけど抑えられなくてしつこく続けていたら
強い力で押し戻されて
涼子さんが戻ってきた
抱きしめようとしたら
ファスナー下ろしてちんこ引き出された(爆)
妻には「わたしフェラ好きじゃない」と言われてから一度もしてもらってなかったから
超久々に咥えてもらって超興奮
てんがとはちがーなー、とか感じながら
お風呂の準備ができてるか確認しに行った
「先に入っててください」と言われた。
ため口失敗に反省
しばらくすると涼子さんが入ってきて
照明も全部点いたままで全裸なんだけど、両手にシャンパングラスを持ってて
ってその美しさにくらくらした
惜しげもなく全裸を見せつける涼子さんのちょっとたるんだお腹とか
超エロかった
妻はやせてる方なので
二人で湯船に浸かってシャンパン飲みながら
SEXの話をした
どんなことがしたいかと聞かれたので
迷わず
「精液を飲んで欲しい」
妻は口内で出すのは許してくれたけど
すぐ洗面所へかけていって吐き出したりするので
それが好きじゃなかった
妻の前に付き合ってた彼女は
飲んでって言ったらがっつり飲んでくれた
口内に出した精液を手に出して、
それを美味しそうに舐めてくれたりもした
あの感動をふたたび
ボディソープを使って
丁寧に玉袋まで洗ってくれた
お湯で泡を流し再びちんこを咥え
本気でいかせようとしているフェラだった
あっというまだった
ごめん、と謝りながら
涼子さんの方を見ると
最後の一滴まで搾り取るかのように
ちんこを咥え続けていた
そのあとは正直もうよく覚えてないくらいがっつりと。
おふろから出てベッドの上でいちゃいちゃして
回復したので
「上に乗って、自分で入れて」って言ったら、ちんこを握って入れてくれた。
「自分で腰、動かして」って、ゆっくり動いてたら、涼子さんも気持ち良くなってきた
みたいで、どんどん動きも激しくなってきたから
体位を変えてみた
自分でも後ろめたく思ったのか正常位はできなかったので
バックで出した。
反省と後悔ばかりです
上手い、と自信があったのに、3Pとなるとリードされっぱなしで泣いた
経緯
ひとりでいるのも寂しかったので食べログでちかくのお店を探して
飲みつつ夕食
荷物を部屋に置きたいんですけど
と言われたのですぐにホテルへ戻る
涼子さんが来るとは妻から聞いていなかったので電話をかけるもつながらないのでメールを送っておいた
一緒に飲んでいたら酔っぱらって良い感じになってしまったので
勢いで一緒に入った
そのまま勢いで・・・。
翌朝。
夜勤明けの妻がやってきたのでドアを開けて部屋に入れた途端に
何かを察知したらしく、平手打ちをくらう
私寝るから、とさっさときれいな未使用の方のベッドで寝てしまった
仕方がないので遅めの朝食を涼子さんと外で食べる
妻が食事をとっていたので一緒に食べる
なんだか不機嫌な様子だった
久々に妻と二人でお風呂に入る
まさに乱入。
そんな感じで3pが始まった。
無我夢中で何をやったのか覚えていないくらい
あと体力のなさ。
デジカム買った後で、
撮らせないよ。
とメールで。
さすがはてなーです
それと、
○○のカードで
とも。
3Pとなりました
さっき
大人のおもちゃのお店にもいってきました
妻も私もはてなーです。
うちのセックスレスの話を妻がふってきました。
妻はセックスしたいみたいです
わたしもセックスはしたいけど
てんがでついつい抜いてしまうので
妻とセックスする性欲がわきません
つまはてんがのこと知らないです
すれちがいもあるのでてんがたいむ余裕です
結婚当初は夜勤帰りの妻とセックスしてから出社することもあったのですが
と聞いてきたので
3Pしたことないから3Pしたい、とダメ元で言ってしまいました
本気にするとは思っていなかったのです。
そこで、
いちど家に遊びにきたことがあったのでなんとなく覚えてました
30過ぎてまだ独身です
その彼女にわたしが3pしたいって言ってるんだけどどうしたらいい?
と相談をしたようです
すると涼子さんが、わたしも3p願望ある、と告白して一気に話が進んだようです
スマートフォンで撮影するための機材を100円ショップで仕入れて
ベッド周りに固定してみたりしています
買いに行こうとおもうので
オススメ教えてください
以前ツイッターで「旧仮名遣い界隈はクソめんどくさい人間の集まりなので触れてはいけない」みたいなことをツイート(リプライもリンクもないただの1ツイート)したら、それを検索で見つけてきたっぽい旧仮名アカウントがRTしたのをきっかけにその周辺でどんどんRTされ、RTしたアカウントたちのその後のツイートを見ると「こいつこんなこと言ってますぜ、親分どうしやす?」みたいな流れになってて笑った
長くなったので、一行で結論。相手を認めて、決して近づかない関わらない言及しない、敬遠するのが「正しい」振る舞い。
元増田が、うっかりツイッターやはてダとかで書かなかったことを幸運に思うよ。危うく吊るしあげられるところだったよ。増田ならもし炎上してもダメージは少ないし。
ネットには、言葉を「正字正かな」で記す「正字正かなクラスタ」と呼ばれる人たちがいるのです。あのクラスタ歴20年近い重鎮のnozakitakehideなんかはたしか40歳くらいだし、むしろ戦後世代ほど多いんじゃないかな。あと、彼らに言わせると、あれは「正字正かな」であって、戦前に使われていた「旧字旧仮名」と同じではないらしいよ。旧字旧仮名は規則性がなかったり、正しさには欠けるみたいなので。うっかり「旧字」「旧かな」「文語体」なんて表現したら、彼らは罵倒されたと思うみたい。
「旧仮名遣いは読みにくい」→「これは正字正かなといって〜むしろ現代かなのほうが〜(だいぶ中略)(だいぶ後略)」→「返事がないただの屍のようだ」→やりとりを自サイトに残して永遠に死体蹴り、までが一般人と正字正かなクラスタの会話のテンプレ。まあ、最後の方は一般人は死んでるので、会話といえるかどうかわからんが。この流れは20世紀末のテキストサイト界隈(懐)にはすでにあった。最近では、全部twitterとtogetterで完結してて、確認・糾弾からの死体蹴りまでが正字正かなクラスタ総出で24時間体制で行われるので、より進化してる。正字正かなクラスタには地雷ワードだらけなのに、知らずに踏みに行くバカが悪いんだが。正字正かなでググると、正統性を認めない連中とのバトルの記録がたくさん見れるよ。
正字正かなへのこだわりに考えられる理由は、「正字正かな」の「正」すなわち正当か正統とか正しさを追求してるからだと思う。メガテンのロウみたいな。そんでもって、「世の中の無知蒙昧な愚民どもはそんなことも知らずに、漫然と現代かなを使っている中で、俺は日本語として正統な歴史のある、正しい仮名遣いをしてるんだ!」なんて、想像するだけでも脳汁ドバドバ出てきそうじゃん。大乗仏教や上座部仏教みたいなもので、自分たちが「正」ってのは、とても気分がいいことだしね。
他には、世の中が間違っていて、俺は正しい真実に気づいている!みたいな側面もあるかもね。何かしら「自分」の置かれている立場に不満・不安があって、その原因を「現実」とか「社会」にあると考えて、それらを否定することで自分の価値を見出してるんじゃないのかな。そこでは、正字正かなはあくまでツールなんだけど、正しいものが世に認められてないことは、そういう人にとって強くこだわる理由になるよね。
ところで、正字正かな使って書いているのがアニメ評論だったりして、現代文化の象徴なアニメをあえて正字正かなで記述したり、ブコメや日常のつぶやきを正字正かなで書くという、なんともいえないマリアージュには、そこはかとない前衛的な芸術性を感じるよね。土佐日記の逆バージョン的な。まあ、仮名遣いなんて趣味や芸術の問題なので、理解ができないならスルーするのがいいと思うよ。正字正かなを見たら、彼らは凡人のわたくしどもには理解の及ばぬ高みにいる方々なんですね、という判断基準にすればいい。
以前「神保町的古本を、有料レンタルするサービスをツタヤが作ってくれれば、自分は利用するのに」というエントリを増田に投稿したが、
「喫茶店や待合室の蔵書リストを、スマホで共有化する」というサービスはあるようだが、
自分のアイデアは、個人が持っているプライベート蔵書を、セミパブリックにする、というもの。
★有料会員制。入会時に会費1万円は払うが、それ以外の会費はゼロ。
★会員は、まず入会金をデポジットしたうえで、自宅にある蔵書で「共用してもいい本」を最低10冊以上登録する。
(確証として、写真をアップする)
★他の会員の本を「借りたい」人は、その旨を会員に伝える。
→貸主の会員は、借主へ本をヤマト特別便、「料金受取人払」で送る。
★借主は読み終えたら、貸してくれた人へ料金差出人払いのヤマト特別便で送る。
貸す側はボランティアで本を貸す。
★貸出期間は最長1か月とする。
万一、1か月以内に本を返却しなかったり、今回のアンネの日記みたく本が破損された場合は、
ペナルティとしてデポジットの1万円を没収して、強制退会となる。
被害を受けた側は、この1万円を弁償代として受領。
(最初に本の写真をアップさせるのは、初期時の本が破損されてないことを状況確認するためでもある)
★また、「貸してくれ」とリクエスト受けたのに、一向に本を貸さないような会員も強制退会。
★安全のため、会員は同時に2冊以上の本は借りれない。
次の本を読みたければ、まず今借りている本を返す。
ヤマト運輸は、ペンネームで書かれた発送先を、自社内の照合リストに従って、実名実住所にコンバートして発送する・
★活性化のため、「読書の感想」をサイト内に投稿できるようにする。
多くの貸出をした人、多くの貸出を受けた人、多くの感想をアップした人には、ポイントを与えて、
最多ポイントの人には賞品を与える。
★「最初に10冊の本を登録する」というのは、「それなりに、本が好きな人」というハードルを設定した、ということ。
本好きが、互いの本棚を見てみたい、互いの蔵書を交換することでコミュニティーを作りたい、というのがこのサービスの根幹。
★会員になることで、「他の人の本を千円程度で読める」というメリットと、「読書愛好家同士と交流できる」というメリットがある。
彼らが家に持っている蔵書は、70年代・80年代の蔵書で、国会図書館にはあっても、市民図書館では既に廃棄されていたり、閉架扱いになってたりして、
「自宅で70年代の懐かしい本を熟読する」ということが、なかなかできない。
その夢をかなえることができる。
★仮に100万人が10冊を登録すると、その累計蔵書数は1,000万冊になる。これは国会図書館に匹敵する蔵書数。
★このサービスは、趣旨はボランティアに支えられているのだが、そうはいっても運営にある程度のコストはかかる。
誰がこのコストを負担するか?が問題だが、自分は「ヤマト運輸自身が、このサービスを提供する」ことで、このネックは解決すると思う。
つまり、ヤマト運輸は、このサイト運営で少しコストが出て行ってしまうが、一方で配送料収入を得ることができる。
電子書籍じゃない、「リアルな紙書籍」を物流交換させることで、輸送需要が喚起されることになる。
日本と中国は地理的に極めて近く、長い交流の歴史がありました。日本人は古くから中国の文化を学び、それを元にして漢字から仮名を作り出したように、様々な面に日本の文化を育ててきました。したがって両国の間には似ている面と異なっている面が入り交じっていると聞いております。
このような関係にある両国の間で関心を持っている人々が互いに理解を深め合い、友好関係を増進することは極めて重要なことと考えます。
短期間の限られた地域への訪問でありますが、中国の文化や歴史に接するとともに、多くの人々と交わり、相互理解を深め、友好関係の増進に資するよう努めていきたいと思っています。
日本と中国は、古くから平和に交流を続けてきましたが、近代において、不幸な歴史がありました。
戦後、日本は、過去を振り返り平和国家として生きることを決意し、世界の平和と繁栄に努めてきました。
この度、国交正常化20周年の機会に中国を訪問することになりましたが、これを契機として、日本が世界の平和を念願し、近隣の国々と相携えて、国際社会に貢献しようと努めている現在の日本が理解され、相互信頼に基づく友好関係が増進されことを願っております。
皇室と中国の関係につきましては、古くは天皇が遣隋使、遣唐使を派遣し、それに伴って留学生も随、唐に渡り中国の文化を学ぶように力を尽くしてきました。
遣唐使が廃止されてからは、中国との関係は、政治が将軍の手に移ったこともあり、なくなりましたが、中国の文化が皇室に深い影響を持っていたことは、例えば天皇の即位礼でも孝明天皇までは中国から取り入れた礼服という式服によって行われていたことにもうかがえます。
明治以降は、世界の変動の様々な影響を受け、両国の関係も様々に変化しますが,その間には不幸な歴史もありました。
戦後は、国交正常化の後両国の関係は緊密化を強めてきていることは喜ばしいことと思います。
両国の関係は過去を踏まえて、それを乗り越え、相互信頼に基づく末永い友好関係が今後培われていくことを念願しております。
ロリコンは生きていた!! 更なる研鑚を積みコンビニ店長が甦った!!!
http://lkhjkljkljdkljl.hatenablog.com (注:甦ってません)
はてなサヨク Apemanだァ――――!!!
本を読みしだい語りまくってやる!!
http://ch.nicovideo.jp/cayenne3030/
真の社会派記事を知らしめたい!! 青二才 三沢文也だァ!!!
http://ch.nicovideo.jp/huckleberry
ブラック企業対策は完璧だ!! 脱社畜ブログ 日野瑛太郎!!!!
http://dennou-kurage.hatenablog.com
はてな村語りなら絶対に敗けん!!
精神科医の分析見せたる オタクドクター p_shirokumaだ!!!
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/
http://gallerycraft.hateblo.jp
埼玉県からはてな女子が上陸だ!! デトックス 体調わる子!!!
http://geriharawatako.hatenablog.com
ルールのないブログが書きたいから第三のブロガーを名乗ったのだ!!
めい土の土産にenchantMOONとはよく言ったもの!!
ユビキタスエンターテインメント 清水亮社長だ―――!!!
http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/
就活ニュースを配信したいからここまできたッ キャリア一切不明!!!!
揉め事の本場は今や発言小町にある!! 私を驚かせる釣り師はいないのか!!
トピシュだ!!!
そんじゃァァァァァねッ
説明不要!! 140000users!!! 70000000PV!!!
ちきりんだ!!!
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/
http://d.hatena.ne.jp/kyoumoe/
サッカー解説にいつのまにか磨きをかけ ”キノコ” pal-9999が帰ってきたァ!!!
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今の五輪に経済効果はないッッ!! 経済のトリセツ 山形浩生!!!
http://d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/
運営九年の妙技が今ベールを脱ぐ!! 公式から はてなブックマークニュースだ!!!
http://b.hatena.ne.jp/articles
idはないしょだ!!! はてな匿名ダイアリー!
増田たちがきてくれた―――!!!
はてサのデンジャラス・ウルフ hokke-ookamiだ!!!
http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/
実戦だったらこの人を外せない!! 超A級ブロガー Rootportだ!!!
http://d.hatena.ne.jp/Rootport/
超一流ブロガーの超一流の喧嘩だ!! ディスプレイ越しに拝んでオドロキやがれッ
MCあ、ざ、な、え、る、なわのごとし!! paradisecircus69!!!
http://azanaerunawano5to4.hatenablog.com
ネットWatchはこの男が完成させた!!
老いた会長は亡くなったッ
俺達は君の冥福を祈っているッッッ
しなもんの登場だ――――――――ッ
http://cinnamon.hatenablog.com
……ッッ どーやらhagexは忘れられた様ですが、到着次第ッ皆様にご紹介致しますッッ
関連
池田氏はまだブログ論を述べたり、はてな村がどうとか言ってるが、私はそういう記事には興味が無い。
むしろそういった話題ではない、上に挙げた2つのエントリのようなものにとても魅力を感じる。
これらの記事は全く「かっこつけていない」。何かが氏の中で吹っ切れたのだろうか。ナルシズムが見えない。
モヤモヤグネグネしていながらそれでいて切り良く終わる自己省察。
大胆に開示される彼の心と、大胆に使われる言葉(他者を理解する気も無いし、他者に期待しない。全部の努力を他者にアウトソースしていきたい。等々・・・)。
サッパリした(正直になった)村上春樹、もしくは、すねた松本人志、とでも表現したらいいのだろうか。
格段に文章に魅力が生まれている。
こういった文章や、こういったブロガーこそ、私が求めているものであり、間違ってもミーアキャットのような人物は求めてはいない。