はてなキーワード: 土俵とは
このツーコンボで稼げる。
利益は月に数万程度だけど、ほとんど労力かけてないから濡れ手にアワ感パない。
懐の悪銭を浄化するというか、私にお金落としてくれたカモさんたちへの罪滅ぼしとして、錬金術のタネ明かしをしたい。
①仕入れ先
eBayや無名のショップでも良いけど、カモられたり、情報収集する手間が面倒。
Amazonの信用度高すぎ。商品不着とか、バッタ物掴まされることまずない。
その分、利幅小さいけど、そこは仕方ない。所詮小遣い稼ぎ。
②商材
1. 日本国内で販売されていない。
3. 面白みがある。
この3点満たす商品を選ぶ。
まず1だけど、プロパーの小売業者や卸に、個人輸入で勝負挑むのは無理。
商品を選ぶというより、土俵を選ぶことが大切。
2は競合相手の少ない土俵を選ぶということ。
出品数が多く、競争原理が強く働いているところは負けやすいし、利幅も小さい。
3は購買層を意識した商材を仕入れるということ。
ヤフオクで商品落札している人は、食べるものにも事欠いていて、少しでも生活費を切り詰めたいからオークションで競っている……わけじゃない。
収入に余裕があって、モノに囲まれている人が主なオクの利用者。
商品というより、「ショッピングを楽しむこと」を買っている人たち。
落札者の過去の落札品見ると、健康食品・スポーツ用品・カーバイク用品・オーディオ機器・ブランド物なんかが多い。趣味や自己投資にお金をかけている。
飽食気味なこういう人たちは「ただ安い物」には反応しない。
ミーハーと思われない程度の話題性があったり、エッジが効いていたり(車に例えると「トヨタ」じゃなくて「マツダ」みたいな)、友人との会話のタネになるようなもの。
普段から国内外のニュースサイト見てれば、何がオク利用者の心をくすぐるか分かるようになる。
私は速読できないけど、日に30分もiPhone弄ればトレンド(と非トレンドと亜トレンド)は掴める。
オクで小遣い稼ぎしない人でも、勤め人なら国内外の経済を知ることは大事。
日経一紙読むより、分野横断的に情報収集する方が視野広がるし、市場の変化にも対応できる。
③仕入れ
外貨建てで買う。
Amazonの為替換算システム(アメリカなら「Amazon Currency Converter」)は使っちゃダメ。
数日で急激に円安に振れない限り、クレジット会社に1.63%の手数料払った方が安い。
④ヤフオクに出品
出品に際してのコツは、この増田さんのエントリーに詳しい( http://anond.hatelabo.jp/20131010134449 )。
間違っても「海外Amazonで買ったものです」なんて書いちゃダメ。自分で買うわってなる。
○○日以内に返品してくださいとか、送料は自己負担でお願いしますとか書いとけば、こちらはノーリスク。
転売の流れは以上。
損益をきっちり把握したい人は原価計算する必要あるから、それについても下に書く。大雑把な性格の人は読まなくて良い。
※原価計算について
A. 商品代金
B. 送料(Per Shipment と Per Item)
C. Import Fees Deposit
これらの代金が日本円でいくらになるかは、決済数日後にクレカ会社のサイトで確認できる。
多めに取られていて、約1~2ヶ月後に一部が返金される。
この還付金がいくらなのかは「関税 消費税 税関手数料」でググって調べて。
おおまかな原価は「A+B+C-還付金」
還付金は決済時のレートと異なるレート(返金時のレート)が適用されるから、日本円の正確な額は分からない。これは仕方ない。
上の原価を0.9475で割ると、利用料を含んだ原価になる。
この原価に利益と送料を上乗せしたのが最終的な商品価格になる。
もう書くことはないかな。
これで悪行を重ねた私も、来世で畜生道に堕ちることはないはず。
※※※追記(2013/10/16)※※※
コメントに「Nexus 7は日本より米国の方が安い」ってあったから調べてみた。
本当だった。
Nexus 7 Wi-Fi 16GB (2013)、価格.com最安値が26,299円(送料込み)、日本Amazonが27,800円。
じゃあ、広告代理店との違いは何でしょう?
多種多様なユーザーがGoogleのサービスを使うことでその行動パターンをGoogleが収集し、
収拾したデータを分析して顧客が打ちたい広告が最も効果を発揮できるポイントを提示することが出来るからです。
広告の肥やしを提供してくれるユーザー数が多ければ多いほどその分析データの信頼性が増します。
なので数はとても重要です。
第二に「ユーザーの性質が偏っていないこと」です。
データ取得する対象の性質に偏りがあると、顧客によって広告効果にバラつきが出てしまうため
ユーザーの性質(貧富、知能、性格、性別、年齢、嗜好、その他諸々)は万遍なく取り揃える事が肝要です。
それにより、偏ったデータを求める顧客には偏ったサンプルを分析すればいいし、
普遍的なデータを求める顧客には多種多様なサンプルを分析すればいい、という
以上の事から結論付けられるGoogleがすべき最善のユーザー獲得方法とは「手当たり次第にユーザーを囲う」です。
だから無償で検索エンジンを提供するし、無償でメールサービスを提供するし、無償でオフィスソフトを提供するし
無償でビデオ配信サービスを立ち上げるし、無償でオンラインストレージを提供するし、無償でOSをばら撒くわけです。
それが自社の最大の柱である「広告事業」をより強靭にする補強策だからです。
ここでたまに「単独企業に個人情報を握られるのは危険だ」と主張する人もいますが、それは正しくもあり間違ってもいます。
ただ、むしろGoogleにとって個人を特定可能な情報はノイズです。
データ分析の邪魔です。無駄にテーブルのカラムを消費する「危険物」です。
万が一漏れたら自社に莫大な損害をもたらすのに、それを収益改善に役立てる方法など持ち合わせてないからです。
そういうデータだと自覚しているからこそ、儲かった金をふんだんに使ってシステム組んでるわけですね。
顧客囲い込みの為にGoogleが足を踏み入れた業界は悲惨な目に遭います。
そりゃ、競合相手が独立採算を無視した廉価戦略(廉価どころかゼロですがw)で攻めてくるので
体力があっても「ただ客を囲えばいい」というとてもシンプルな戦術を
莫大な資金力でゴリ押ししてくる敵に攻め込まれてパニックを起こさない企業はほとんどありません。
結果、安易に相手の土俵に上がって無償サービス化して自滅するケースが非常に多い。
当初から無償で戦術考えてるGoogleと、当初有償で付け焼刃的な無償化に走る企業では勝負になりません。
しかし、かといって己を信じて有償を貫くのも厳しい戦いです。Google以上に資金力が必要になるわけですから。
Googleさんが攻めてきそうにない土建屋あたりは安泰かな?
加害者の考えなんて関係ないだろ。お前は法律を何だと思ってるんだ。
認知してないのに求償できないのか?どういう理屈だ?いや,質問じゃないからな。論難だからな。
どこがどうつながってるんだ?
色々糞な部分に全部目をつぶってお前の土俵に乗ってやるけどな
強姦(加害者1人)の場合に子供を産んで,お前の言うように養育費を損害賠償請求できるとしたら,1人に対してしか請求できない
集団強姦(加害者100人)の場合に子供を産んで,お前の言うように養育費を損害賠償請求できるとしたら,100人に対して請求できる
請求できる金額は一緒だが,人数が多ければ取りっぱぐれのリスクは下がる
元増田だけど、思った以上にバズってて驚いてる。
俺が顧問の手で生まれて初めて首を絞められた12,3年前、ここまで体罰は問題視なんかされてなかった。
田舎の中学ってこともある。親が頭下げて、「こいつをビシバシ鍛えてやってください!」なんていう時代だしね。
まあ当時の恐怖と怒りに任せての誇張も、客観的に見ればかなりあると思う。その後顧問は、厳しく接すると部活サボるようなニューエイジの悪ガキどもを指導するにあたって、もっとソフトな指導をするようになったらしいし、今はそういう理不尽な指導はしてないだろう。顧問に恨みがある、ってのとも違う。
ただ、自分の人生は、あの三年間で、あるスティグマを植え付けられてしまったと思ってる。
それは、威圧的な人間に対して徹底的に下手に出てしまう癖がついてしまったことと、捕食されかけの草食動物みたいなパニック癖がついてしまったこと。
体罰モーマンタイの時代ってこともあるが、うちの柔道の指導ってのはこうだった。
「おい○○、さっき相手を投げられなかったのは何でだと思う?」
「そうじゃねえだろう(バシっと頭を叩いて) 腰が引けてたから手で投げてただろう、違うか?」
まあ、こんな感じ。
こんな環境に三年も置かれると、弱気な奴は相手が手を高く上げただけで、身をすくめるようになる。(顧問も、部活の引退後に、まあ冗談か親愛のつもりで腕を振り上げて、身をすくめる俺を見ながら「大丈夫だって、何もしないって」と俺をからかっていた。同級生にもよくやられた)
で、相手が高圧的な口調だと、謝らないと、もっと殴られる、と思うようになる。
この性質って、ビジネスの世界じゃカモになってくれって言ってるようなものでしょう。
上司が「この数字だけどさ」って質問した時点で、殴られる?殴られる?モードに入っちゃう。つれーわー、ホウレンソウになんなくてつれーわー。
で、パニック癖ってのは下手に出る癖に比べれば、まあかわいいもんだ。
大学時代、デカいし柔道経験あるってんで、友達の入ってる総合格闘技研究会みたいなとこに遊びに行った訳よ。
で、柔道経験もあるし、先輩と軽くグラウンドの練習でもしてみる?って話になった訳。俺も初段持ちだしね、たまにはいいかなと思ってちょっと張り切った訳よ。柔道経験者だし、関節OKでいいっすよー、って俺も調子こいた。
だけど相手とは土俵が違う、あっさり腕ひしぎを取られちゃった訳だよ。
その時、俺は腕ひしぎから、必死で逃れようとして、相手した先輩は慌てて腕を放して、俺に注意した。
「危ない危ない、自分が説明しないのも悪いけど、関節が入っちゃったらタップしないと! 暴れたら本当に折れちゃうよ?」
柔道やってた俺に、参ったなんて、許されてなかったのよ。
中学柔道では絞め技が許されてるけど、絞め技はタップしたら負け。だから、絞めを掛けられたら、外すか絞め落とされるかの選択肢しかない。
顧問とか学校外の指導者と寝技練習してて、首に隙があるとするよね。すぐに絞めてくるの。で、タップするじゃない、中学生が。
「お前参ったして負けるのか? おい負けるのか? 絞めを外せ!」
指導者にもよるけど、八割方逃がしてくれないの。逃げるか、絞め落とされるかだけ。タップなんて無視されるだけよ。
気道を圧迫され、頸動脈を締め上げられて脳への血流が遮られる中で、落ちるまでに絞め技を外すしかない。呼吸困難状態でパニックになりながら。
その精神状態が蘇ってさ、相手の先輩が落ち着かせようとするのもお構いなしに、「す、す、す、すいませんでしたあぁ。参ったは許されないので、逃げるしかないと思ったんですううう」って、大の男が泣いちゃって。まあそれで沙汰止みよ。
俺の人生がそんなにうまく行ってないことについて、自身の資質に相当問題はあると思うんだけど、「この三年間を、もっとアサーティブに過ごせていたら」ってたまに後悔するよね。甘えなのは百も承知で。
韓国の人たち、なんかニュースとかで見ると日本を無条件に嫌っているように見えるじゃないですか。
あれってなんとも思わないんですよね。
たしかにいい気持ちはしないんですけど、まあ眉をひそめるくらいで、へえってなもんなんですね。
なんでだろうなあと思ってたんですけど、まあ単純な話で。
同じ土俵に乗らないだけなんですね。
すごい感情的で野蛮な人たちとは会話はできないんです。
というか会話しちゃダメなんです。
言語とかはまったく違うんだけど、「人は殺しちゃダメだよね〜」のコンセンサスは取れてるんですね。
当たり前ですよね。
でもこれが食人族相手だと話にならないですよね。
http://blog.livedoor.jp/kaikaihanno/archives/33319174.html
これ途中まで読んでてなんですけど(しかもホントか嘘かはしらないです)。
この教科書を見て自分の歴史認識がもしかしたら違うかもな、って素直に考えられる韓国の人が本当にいたとしたら(もちろんいるでしょうけど、それがマジョリティだったら)、なんか同じテーブルにつかないとダメかなって思うんです。
別に日本に都合がいいことを認め始めたら、とかってことじゃないですよ。
韓国の人に取って都合の悪いことも、その資料を精査する、それが本当かもという想像をしてみる、そういうことをし始めたら、無視するわけにはいかないなと。
一番怖いのはそこからだと思うんです。
どこにそんな訓練やマニュアルが。。。?
単に、教師が相手するのは圧倒的下位な相手だからだよ。子供相手だから思いっきり下に見てて、だから、「教える」事をする。
子供じゃなくたって、教習所とか、教官ってのはそんなもん。「教えてあげる」ということに優越感を持ってるから。
教わる方はお金払ってるわけだし。
会社の上司は別にお前に「教える」ことで何も得をしないし(結果的に会社の得になる、とかは別として)「教える」ために存在してるわけでもないので、
別に「教えて優越感を得る」をしたいと思わない人もいる。
教えるのは別に仕事じゃない。むしろ、同じ土俵にたって同じくお金を貰ってる立場。むしろ、なんで上司が教師みたいにならないといけないのか?
それなら、それこそちゃんと職業訓練学校作ってそこ行ってから働けよ。
何がしたいの、一体?
世間を賑わす婚活とか結構やって疲れてきた結婚したいと考えている35歳男。
お互い若かったということが一番大きい。(結婚時嫁さん19歳・・・)
正直に言えば別れを切り出すタイミングを計ってたら、「赤ちゃんできたかも」という若い男にとっては非常に恐ろしい言葉の魔術にはまって結局責任とって結婚したんだよな。
一緒に住みだしてからも恋心が復活するでもなく、自分のキャリアプランを築くために勉学に励んで家庭は無視。
そして「離婚してシングルで生きていきたい」と思って家庭不和を演出しつつ相手から離婚を切り出させる。
知識なかったからホイホイと結婚前の財産も分与して、晴れて一人の身になった。
いやあ、病んだね、、なぜかわからないけど。
別れてから「女遊びするぜ」と色々女の子と遊んだ末、一人のいい子と付き合いだす。
でも、病んだ心は治らない、仕事が嫌で嫌で仕方なくなり辞める辞める詐欺をして転居を伴う異動。
付き合ってた子も3ヵ月後についてきた。
そこでは楽しい同棲生活が3年くらい続いて、結婚の話が出ない俺に業を煮やしてか地元に帰る彼女。
今思うとここが一番の人生の転機。
「結婚は子供が大きくなって俺と対等に話せるようになってから」と馬鹿みたいに考えていたせいで、結婚のことを全く考えていなかった。
そりゃあ彼女も愛想つかすわな。
離れた心は戻らず振られる俺。。。
「結婚したい!」
でも結局35歳になると今まで見てきた女性のいいとこ取りをしようとしちゃって、土俵に上がる女性が中々いない。。
いたとしてもこっちが舞い上がって防衛線張っちゃって振られるという悪循環。。
どうでもいいと思った女性からはすごくモーションかけられるんだけど意味がない。
身長も180近くあってそれなりにやせてるからスタイルいいよ~
顔も濃い目が好きなら駄目だけど、薄い顔好きにはたまらん顔してるよ~
http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20130901033009
https://twitter.com/search?q=http%3A%2F%2Fanond.hatelabo.jp%2F20130901033009
本気でこんな主張してるわけがないじゃん。真っ先に「土俵に上がること」を「他人との競争」って無理言ってるあたりから、色々弱ってる人が自分を守るために書き捨てた愚痴であるのは明白すぎる。
それを踏まえた上で「お前には情熱が足りない」的な説教してる人たちはさぞかし気持ちいいんでしょうね。絶対友達にはならない方がいいタイプだわwww 何らかの理由でへこんでるときに容赦なく後ろから突き落としてくるタイプだわwww こういう奴らが人の親だったり学校の先生だったりするともう最悪www
http://anond.hatelabo.jp/20130901033009 の増田の中の人は、それでもまた何か作ろうって気持ちになったとき、たとえそれが何が由来のモチベーションであったとしても、それやってる最中に必死になることができたら、それで十分だと思うので、折れたものがまた繋がったときに奮ってみてくださいな。
本当に嫌だったら、言及すらせずに去ってるはずだから。
以前ネトゲが1000時間だの2000時間だのをあっという間に吸い尽くす極悪の娯楽として挙げられていましたが、
ニコニコ動画やpixiv、ピアプロの隆盛で一気に認知されることとなった「創作行為」も凄まじい勢いで人生有限の可処分時間を吸い取っていきます。
以下に理由を挙げていきます。
趣味で創作をすると言っても、ネット全盛の今の時代。少しは他人に評価されたいと思うでしょう。
作った作品を全て非公開にしているような人は希少種です。
そんなわけで、人の評価を得ること=人との競争です。
梅田望夫がかつて語った「高速道路効果」は今でも顕在で、プロは勿論、素人アマと競うことですら、今は前提とされるスキルレベルの平均が上がりすぎています。
pixivで高校生・大学生ユーザーが商業ラノベ絵クラスの絵をホイホイ描いているのがいい例です。
彼らはアマですが、ド素人が彼らのレベルまで追いつこうとするとそれこそ500時間や1000時間では効かないくらいのスキル鍛錬投資を求められます(時間的な意味でも金銭的な意味でも)
初音ミクで楽曲を作ろうにも、2007年頃のニコ動初期とは比較にならないクラスまで初音ミク曲のレベルも上がっており、当然視聴ユーザーの耳も肥えまくってるのでまともに聴いてくれる人を確保しようと思えばこれまた途方もない長い鍛錬の日々の始まりです。
とにもかくにも、今ネット上やコミケでまともに戦えるレベルまで創作趣味のスキルを鍛えようとすると、半端なネトゲが泣いて謝る感じの時間投資が必要です。
しかも、一定時間プレイしていれば誰でも強プレイヤーになれるネトゲとは違い、創作趣味は2000時間鍛えようが3000時間鍛えようが、伸びない人はあまり伸びません。それが恐ろしい。
飲み込みの早い人は1000時間でレベル80くらいになるのが、向いてない人だと5000時間投資してもまだレベル40とかです。
長い修行の末、ようやく戦えるレベルまでスキルが上がったとしましょう。ですが、ここからがようやくスタート地点なのです。
ニコ動やpixivの人気ユーザーは多産でもあります。つまり、彼らがそれだけ創作に限りなく時間を割いているということです。
「ネトゲは遊びじゃない」という名言がFF11あたりで生まれましたが、上記サイトのトップユーザーのクオリティの高い多産ぶりを見るに「創作は遊びじゃない」と言えるでしょう。
そんな彼らに少しでも追いつこう、ましてや競おうとするなら、それはもう、一定スキル獲得後も終わりのない新作制作に休日を全て投げ込む勢いを求められるということです。
別にそんなハイレベルユーザーと戦わなくていい。自分の好きにやっていたらいい……そう思われる方もいるでしょう。
自分の好きに創作するのも、これまた時間を取られるのです。既に一定程度スキルが上がった状態では、自分の好きに作ったとしても、自分が納得のいくレベルまで作品の質を高めるのに時間がかなり吸われていきます。
初音ミクでの作曲はどうか知りませんが、絵を描く場合ですと、まともに線画整えて綺麗に塗って…と普通レベルの完成作を求めた場合、20~30時間は最低でも必要です。こだわりだすと100時間は普通に越えます。
ド素人の頃からのスキル獲得の修行に1000~2000時間近くかかり、さらにそこから自分の好きなものを描くのに一作ごとに100時間……。怖いですね。
資格がどれだけ取れるでしょうか。
副業してたらどれだけ稼げることでしょう。
ネトゲでは一度レベルが上がれば1ヶ月放置しててもそのままですが、創作趣味の場合は違います。1ヶ月ほっとけば目に見えてスキルは落ちます。
つまり、特に表現したいものがない状態でも、何かしら継続して描く・書く・作曲する……等していなければ、あっという間にこれまで苦労して身に付けた能力はなくなります。
これは実際キツいです。ネトゲの方がまだ救いがあります。廃人を脱して社会復帰した後、ふと以前のセーブデータを呼び起こしてもレベルも装備もそのままで再開出来るのですから。
苦痛を伴いながらも、毎日、あるいは毎週、スキル維持のための時間を捻出しなければなりません。「創作」以外の趣味に手を出すことに恐怖を覚える頃です。(一日中ゲームをするなど)
そんな感じで、ネトゲの次にというか…ネトゲ並というか…ネトゲ以上というか…創作は恐ろしい趣味です。
健全で文化的なはてなユーザーの皆さんにおかれましては、くれぐれもこのような破滅的な趣味に手を出さないようお願い申し上げたい。
実際、趣味というのは「消費」してるのが一番です。
今どきの新しい軽自動車でも高速道路で流れを乱さない程度に走るには不安になるぐらいエンジンをぶん回さないといけないし、
ぶつかった時の壊れ具合なんか見てると走る棺桶に見えてくるし。
中古で探すと小さい普通車よりも軽自動車の方が高いことも結構あるわけで
そりゃそうだよね。
普通車よりも安い税金ですむ軽自動車の思想設計はアメリカなんかじゃ考えられないものだし。
アメリカを儲けさせることを目標にしているTPPも日本という土俵においてアメ車と軽自動車がぶつかってもどちらが潰れていくか明らかなんだからね。
まぁ、他の排気量の車でもアメ車と日本車だとどちらがより好まれるかはわかりきったことなんだけど。
そして本題。
小さい普通車と軽自動車の年間維持費の差は保険等々も含めて5万円以下。
そのまま自動車税のみで考えると差額は2万円程度。
これらを高いと思うかやすいと思うかは自由だけど、20代の方々の一つの基準である年収200万程度であっても捻出できない額ではないと思う。
月収の三分の一なので、切羽詰まった状況で無い限りで払えるぐらい。
しかし、こういう考え方自体が間違っているわけで。
その証拠に軽自動車はよく売れているんだよね。
今の若い人達に言えることだけど、大学全入時代の弊害とも言えるもので奨学金の返済なんかが馬鹿にかかる。
一部の裕福な家庭を除いてみんな借金してる。
それも今まで使っていた分で300万とかの借金を背負ったまま社会にだされる。
10年か20年ぐらいかけてゆっくり返済するんだけど、それだってきつい。
でも見立てがつかないから無理してしまって少しばかり親に払ってもらったりね。
これが本当にきつい。
自営の方もおんなじ。
大体子供がいて若い方は養育費と教育費がかかるし、子供がそれなりに大きくなったときは子供の奨学金の返済の助けとか、あるいは車の購入資金の建て替えなんかしないといけない。
それなりに年収があって働いている人は現金一括か自動車ローンを組んですんなり自動車に乗ることができる。
当たり前に幸せな家庭になるんだろうね。
必要に迫られて、あるいは見栄を張って無理をして購入するわけだ。
すでに借金にまみれていてまともなローンを借りることもできない。
しょうがないから家族に頼んだりおじいちゃんやおばあちゃんに頭下げたりするんだよ。
そして車を買うときにみんな言うんだ。
軽自動車を無理して買うぐらいなら、公共交通機関を利用しなさいという人もいる。
それはぜんぜん違う。
だってみんな車持っているのに自分だけ買わないわけにはいかないから。
みんな自動車を無理して買っているのにそれに合わせて無理しちゃう悪循環。
やめればいいのにね。
たまに、こういう人たちは保険に入っていなかったりするんだよ。
ぎりぎりにバランスを保っているだけの生活を送っている人はちょっと車をぶつけただけで首が回らなくなる。
だからこそ用心深い怖がりは車を持たなかったりもする。
その年で車持ってないのと馬鹿にされることもあるけどね。
ちなみに軽自動車の自動車税を増税することに対して「弱い者いじめで、悲しい」と発言したらしいスズキの会長の発言からこの記事を作成いたしました。
私の私怨がかなり混ざっておりますが、悪いのは自分だということはわかっているのでこんなところで書き連ねることしかできませんで。
最後にもう一つ。
この意味はもう買い方から違うっていうことが上の文章からわかっていただけたと思う。
お金はないけど車がほしいっていう人たちの頼みの綱。
つまりこれが本当の火の車というわけで。
俺は、土日にハナクソの記事を書いた者だ(ハナクソの記事→http://anond.hatelabo.jp/20130824122536)
もうここに降臨することは無いかと思っていたが、はてな匿名ダイアリーのトラックバック君が仕事を投げ出したので、拾わずにはいられない。
【はてなブロガーズサミット(サイバースペースにて)を開催すべきだ!!】
http://anond.hatelabo.jp/20130825202707
お前な、トラックバック君よ。
これ仕事でも通じることなんだけど、アイデアの丸投げはやめろ。
いいか。
なんて考えるのは楽なんだよ。誰でも色々妄想するんだよ。
あんなこといいな♪
できたらいいな♪
ってな。
お前の場合はアイデアを出して丸投げして、煽ってるだけで何も仕事してねぇじゃねぇか。
いいか。
まず、こういうのをやるときは、最初に自分で苦労して調べるんだよ。
「ブロガーと読者の関係について」、そのブロガー達が過去に言及していないか調べるんだ。
後でちゃんとまとめるけど、最初に見つけたのが
「あざなえるなわのごとし」さんの、
http://azanaerunawano5to4.hatenablog.com/entry/2013/08/13/123407
という記事。
ちゃんと書いてるじゃねぇか。「ブロガーと読者の関係について」
お前は少しでも検索して、こういう記事があるか調べたのか?
自分で汗を流したのか?
それが大事なんだよ。
※調べた分は下の方にまとめる。まずはトラックバック野郎に説教しないと気がすまん※
あとな、ついでに言うと、鉄は熱いうちに打て。
意志も熱いうちに動け。
人の気持ちって、冬の体育みたいなもんなんだよ。動かないと体が冷えてくるだろ。
まず、動いてみることが大事なんだ。そうじゃないと、どんどん冷めてく。
じゃねぇよ。怖いとか言ってるうちに周りも冷めてんだよ。
ごまかしてんじゃねぇよ。スベったときは、スベったことを受け入れろ。
「負けたことがある」ということが、いつか大きな財産になるんだよ。
で、次。
次にやることは、自分なりに考えてみることだ。
ここから少しの間、「ブロガーと観客について」俺なりの意見を書く。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ブログってのは特殊なもんだ。
何に比べて特殊かっていうと、TwitterとかFacebookとか、昔流行ったmixiなんかと比べて、だな。
ブログの向こうには、たしかにその記事を書いた1人の人間がいるんだけど、どうもそれが意識されにくい。
要は、「書いている人間がいる」ってことがあまり意識されないんだな。
やまもといちろう氏とかイケハヤみたいに、顔出して書いてる人はまた別だぞ。
顔が見えないブロガーのことだ。
で、俺が考える「観客のあるべき姿」ってのは一言で言える。
コメントをつけたら読む人がいる。
ブコメというハナクソをつけても見る人がいる。
Twitterでつぶやいても書いた人は見ている。
そこにはたしかに「人」がいるんだよ。
なのにだな、「観客」の一部からは、「人」に対する敬意とか愛情とか、そういうのが全く感じられねぇんだよ。
とにかく「けなしたい」
とにかく「馬鹿にしたい」
とにかく「見下したい」
そういう気持ち、わかるよ。優越感、感じたくなるよ。
初期のドラゴンボールで、透明人間にボコボコにされてたヤムチャみたいに、弱い人間もいる。
そういう奴らを見えないところから殴るなよ。
記事の向こうにいる「人」を意識すること。
「人」が書いていることを忘れないこと。
それが、俺が思う「観客」のあるべき姿だ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それに加えて、他のブロガーがどういう考え方をしているのか、まとめてみる。
まず冒頭で紹介した「あざなえるなわのごとし」さん。
http://azanaerunawano5to4.hatenablog.com/entry/2013/08/13/123407
以下、簡単な内容の紹介(訳者:俺)
「知識もないし、何も語れもしないクセに偉そうにコメント付けるのだけは一人前」が多くてウンザリする。
ブロガーは言いたいことがあるから書く。そういう人が長く続く。確かにその通り。
でも、「読んで欲しい/いかに読まれるか」と「何を書きたいか」はイコールじゃない。
書きたいことを書いていると、夏のゴキブリのように次々湧いてくるバカは早くいなくなってほしいわ。
次、「かみんぐあうとっ」
【ブログは多くの人が読みたくなるような内容じゃないとダメなのか?読む価値がないのか?】
http://d.hatena.ne.jp/komoko-i/20130811/p1
記事の紹介(訳者:俺)
ある人に、「あなたのブログは多くの人が読みたいような内容じゃないよ、それじゃダメだよ」というようなことを言われた。
それ以来、
「ブログは多くの人が読みたくなるような内容じゃないとダメなのか?読む価値がないのか?」
ってことにずっと悩んでいる。
答えは出ない。私に価値はあるの?
次、「Hagex-day info」さん
【Hagex脳の恐怖!】
http://d.hatena.ne.jp/hagex/20101019/p4
Hagexさんは、読者(ファン)との関係を「Hagex脳患者」と呼んでいる。
Hagex脳患者には以下のような特徴がある。
・年収1000万円を超える人間がでてくるとエピソードは全て創作(と思う)
・2ちゃんねるや発言小町で文章が上手いエピソードは全て創作(と思う)
・配偶者は基本的に敵
【BLOGOSへの掲載をやめた理由】
http://hatena.fut573.com/entry/20130612/1371027920
BLOGOSへの掲載をやめた。
yahoo newsのコメント欄みたいなノリは個人的にはちょっとダメなんだ。
楽しくないからあまり読まなくなる。するとだんだんコメント読まないんだったら、わざわざ転載する意味あるのかなぁという気になってきて、最終的に寄稿をストップした次第だ。
次、「gothedistance」さん。
http://d.hatena.ne.jp/gothedistance/20101224/1293172379
自分の記事が誰かの役に立ったり、悩んでいる人の助けになったりするのは基本的に結果論。
役立つ or 役立たないといった二元論に思い悩んで「アウトプット熱」が下がってしまうのは大きな機会損失なので、そこについて考えたい。
僕は、誰かの笑顔が見たくてブログを書いたことは一度もない。でも。特定の相手を意識して書いたことはある。
誰かの笑顔を思い出しながら、書いたこともある。
(随時追記・・・)
・・・でだ。
お願いするんだよ。プライド捨てて頭を下げるんだ。
他の人のパワーをもらうときは、まずは自分で闘わなきゃダメなんだ。
そして最後に、「オラに元気を分けてくれ」って頼むんだよ。
【追記】
数日見てなかっただけで、投げんなよ!!ですかw どんだけ早漏なの?バカなの? 今日までに、返事が来るか待とうと思ってたんだけど、いいや。
久しぶりに見たらこんなトラックバックが。消えてたけど。
情けない。本当に情けない。なんなんだこいつは。こんなにダメな奴なのか?
見えない奴に期待すると、こんな気持ちになるのか。情けない。
お前は本当に馬鹿だ。
まずな、返事が来るのを「待とう」なんて時点で、終わってるんだよ。
お前は学生だとしたら、うだつのあがらない地味で退屈なヤツで、社会人なら窓際だと思うが、そんなお前が待っていて、誰か誘ってくれるか?
こねぇだろ。
雑魚は自分で動かなきゃ、誰も雑魚のために動いてはくれないんだよ。
人に注目されたくて色々とはしゃいでみたものの、ダメ出しされたら悔しくて言い訳する。
言い訳し続けて機を逸して、いつまでも何もしなかった結果が、お前そのものだ。
どうだ?自分を見て、自分が情けないと思わないか?ネットの世界で考えるなよ。
リアルなお前を見つめてみろ。
今回の件はもういい。
しかし、お前は社会に出るまでに一度、自分を見つめ直すことだ。
一度ひねくれたら終わりだぞ。指摘されたらそれをチャンスだと思え。年をとれば取るほど、リアルでは誰も注意してくれなくなるし、誰も相手にしてくれなくなる。
そして、このままだとお前がそうなる未来が見える。
あとな、「純粋にキモいわ」とか「ムカツクわ」とか、そういうのが通用するのはネットの中と、学生中だけだぞ。
筋を立てなきゃダメなんだよ。キモい、ウザい、腹が立つなんていうお前の感情には何の価値もねぇんだ。
そこ自覚してないってことはたぶんまだ働いていないんだろうけど、お前は仕事をする前に俺に説教されてよかったな。
子供に仕事を教えてやるつもりで頑張ったんだが、響かなければ空回りだな。
残念だ。実に残念だ。
今回学んだことは、スカスカな奴に情熱をぶつけても、肩透かしにあうということだ。
スカスカには何も響かねぇんだよ。
同じ土俵に立ってると思うなよ、観客風情が。
お前もまずは舞台に立って、矢面に立ってみるといい。
そこがお前の成長の舞台だ。
おまえ、やる気だけが空回りしてるって言われるだろ?w
お前、やる気があるやつを馬鹿にするなよ。
お前はリアルでもそういう態度を取っているのか?恥ずかしくないのか?
この文章を読むことがあったら、胸に手を当てt自分を見つめなおしてみてくれ。
自分に胸を張れるのか?
なんつうかこう、自分の土俵に乗った瞬間、判定が辛くなる人が偶にいる。
発達障害もかくやというエロゲのヒロイン全般や、池沼としか思えない主人公が許容できるのに、百合作品となると許せない。
お笑い中心の共通ルートから、突然シリアス()になる個別ルート。
明らかに、お涙事件の都合のためだけに、突然歪みだす日常については、名作だと許容できるのに、百合作品では些末なことが気にかかる。
それ自体は別に良い。
シリーズの名を冠しさえしなければ佳作、なんてのは山のようにある。
にも拘らず、百合、レズ、ゲイ、ホモ、などのセクマイが絡んだ批評の大概がおかしくなるのは、「差別や偏見の単語を交えて批評する」からだ。
面白かった、つまらなかった、佳作、駄作だけでは大抵終わらない。
・妄想
・セクマイ
などの言葉で彩られることになる。
こうなってしまうともうだめ。
その人が、なんらかの表現を許せなかっただけなのか、作品が詰まらなかったのか、判断ができない。
しかし、こういう人は得てして、「名作ならまだしも駄作であり、その上~」と繋ぐ。
口上の上では、ゲームの価値判断と、セクマイへの偏見に対する憤りは、分けていますよーというのだ。
アホか。
分けられるわけないだろ
この作品は詰まらなかった、その上○○が許せないという論評は、大概においてその○○こそが元凶である。
はてな匿名ダイアリーで、13日と14日に書いた2つの記事が100ブクマ以上になってた18歳ニートです。
今回も、「僕の言いたいことは書いてる途中にでてくるかな?」と思って書きます。
記事の内容は、
2日連続で100ブクマ超の記事を書いてみて思ったことや・気づいたこと・分かったこと・発見...みたいな内容です。
まず、僕がはてな匿名ダイアリーで書き始めたのはごく最近のことで、今月から書いてたりします。
「はてな匿名ダイアリーだったら割と不特定多数の人に見てもらいやすいかも!」っと思って書き始めました(笑)。
「少なからず俺はだいたい全部の記事を見てるよ」や「とりあえず読んで面白いか、有益な情報でなければ何もしない」的なコメント頂き、
マジメな感じが伝わる記事を書けば割とコメントがもらえる場所のような気がします。
本題に入りますが、
100ブクマ超の記事を書けた2つの記事内容は「自分の考え」を書いたら100ブクマ取れました。
1つ目の記事は、アドバイス的なコメントやコメント主さんの体験談などを多くもらい、
2つ目の記事は、批判コメントが多いけど、1つの記事よりブクマ数もツイート数もいいね数もトラックバック数も多いです。
僕にとってはこんなこと初めてで、「言いたいことを言ってみたら自分に返ってきたこと」がとても嬉しかったです。
以下、ここから途中まではただの発見なので、はてな匿名ダイアリーで書く人向けかも。
発見としては、
・自分の考えを書くと、自分とは違う考えの意見や体験談、情報が集まる。発信元の自分に、思いもよらないヒントをくれたりする。
・記事をツイートする人はだいたいフォローとフォロワーの割合が1:1くらいの人が多い。たまにフォロワーが多い人に拡散されることも。
・記事をブックマークされたら、トラックバックのコメントを見るだけじゃなく、
本サイトの「はてなブックマーク」で、記事のURLを貼って検索し、記事の個別ページを見たら、ブックマークしてくれた人のコメントも見れる。
・「これが言いたかった!」っていうのが特に無い曖昧な文章を書いたら、いろんな受け取り方をしてる感じのコメントがもらえる。
なので、どこに反応してくれたのか自分でも分からない。でも、言いたいことが無い文章でも書いてよかったと思う。
100ブクマ超の記事が書けてみて思ったことはたくさんあるんですが、
僕のような若者も、いつもは「はてな匿名ダイアリー」でトラックバックしてコメントしてる人も、見てるだけの人も、
とりあえず「自分の物語」や「自分の考え」などを文章にして書いてみるのもなかなか良いと思います。
少し前に16歳女性の人が匿名ダイアリーに書いてたのを見ましたが、
はてな匿名ダイアリーのユーザーが低年齢化してもいいから「若い人の考え」や「今までの人生の物語」を書いてみてほしいです。
若い人であれば年齢が分かるようことを明かして書くと、誰かが「私のあの頃は○○だったよ」みたいなことを言ってくれたりします。
文章が上手い下手とかどーでもいいことだと思います。
おもしろい文章を書こうとすると反応されないかもしませんが、誰かの物語ってのは、他の誰かにとってはおもしろいと感じる文章になると思います。
それと、この文章を書いてて気付きましたが、
100ブクマ超の記事を書いた時もそうでしたが、僕は文章を「本気」で書いています。
100ブクマ超の記事に「僕は本気になれない」系のことも書きましたが、いつの間にか何時間もかけて本気でこの文章を書いていることに気がつきました。
いつの間にか「自分のことを本気で書いている自分」に気づいています。
ここで話は終わるかと思いきや、文章を書いてて興奮してきた感じがあるので、自分についての話をします。
僕はニートな18歳ですが、今までだいたい引きこもって哲学をしてる感じの人間です。
誰かとたくさん話をしてきた人生じゃないし、周りの人には「暗い子」だと思われてると思います。
僕が誰かと会話をすると「そうです!」や「うん。」くらいで、言葉をつなげてしゃべるのに慣れてません。
しかし、心を許した人(昔の同級生1人や小学4年生くらいのイトコ)には帰り際に「あばよ。」って言っちゃう陽気な面も持ち合わせています(笑)。
誤解されることも多い人生でしたが、特定の誰かが自分の良いところを言ってくれるのは僕の自慢です。
この文章を書いてたら、「変化があんまり無かった自分の人生に何か起こしてみようかなぁ。」という気持ちになりました。
もしかしたら、僕の母さんにこの文章を見せるかもしれません。
今までの経験からあんまり期待できず、あっけなく終わりそうですが。。。
それと、僕のやりたいことの1つに「両親と和解する」ってのがあります。
仲は悪くないと思うのですが、2ちゃんねるの「カーちゃんJ( 'ー`)し」と「たかし」の関係みたいな感じかもしれません(笑)。
「両親とこういう関係になりたい!」っていう未来はまだ明確に想像できませんが、
お互いに相手の心がなんとなーく分かれば、「言う必要がない言葉」が自然と出なくなるのかなぁ?と思います。
親に対する「そうじゃないって!」を無くして、「あの子はあぁだったんだなぁ」っていうのを親に知ってほしいのかもしれません。
ただ知ってもらえるだけでいいのかもしれません。
なんか難しいですが、僕と両親と祖父母の「親子3代の物語」ってのは、
両親と祖父母が生きてるうちに決着をつけて、自分の中に答えを見つけておきたいものだと思っています。
話が少し変わりますが、
今の僕はニートな身分なせいか、いろんな人に正論っぽいことを言われます。しかし僕にはそれがすぐできません。
そんなことは頭では分かってるけど、正論っぽいことを言われたら、何も考えれなくなって、言葉がでません。
正論っぽいことを言われれた後で「ホントにそれが正しいのかなぁ?」といつも考えます。
学校の先生や親の「正論や綺麗事」ってのは、どこかに気持ち悪さを感じるので嫌いです。
こんな正論や綺麗事っぽいことを受け入れてばかりだと、何も感じない鈍感な人間になりそうでヤバいと感じています。
幼稚な考えかもしれませんが、誰かに対してつい「YES」って言っちゃう自分が嫌になったこともあって、
これからもやりたくないことには「NO」って言える人になりたいです。
以上、ここらで話を終わろうと思いってたのですが、まだ言いたいことありました。
この文章は途中から、「両親に伝えたいこと」に近いものだと思います。
僕はこれからもニートでいるかもしれません。怖い人たちに間接的に「働け」って言われて、嫌々働いて、やらされた感アリアリで生きるかもしれません。
言い訳に聞こえるかもしれませんが、僕は今まで本能的に自分を守る行動をしてきたと思います。
勇気を出して後先考えず、学校も途中で行かなかったし、人の集まりに誘われたときは全部断ってきたし、今でも働きたくないし。。。
もしかしたら、ホントは働きたくないんじゃなくて、怖い人たちに威圧されてやらされるのが嫌なのかもしれない。よく分からないけど。
僕がこうして引きこもってばかりだと何も始まらないことも分かってるけど、僕は「将来どうなりたいのか?」だけはある。
ダラダラ人間でダメダメなヤツだけど、向上心だけはある。ニートな今でも自分を向上させたい。
すごく曖昧で、何を言われても何も反論できそうにないけど、絶対に自分の人生を生ききるし、今でも、自分のペースで「より良くなっている」と信じてる。
ここで、急に話は変わります。
僕の母さんが言う「同級生の○○ちゃんは○○になったんだってー。」みたいな僕と誰かを比較するのはもういいからー。
僕の弟と話してみても思うけど、弟が僕と弟自身を比べてるのが何か悲しい。
僕は中学生になる頃から、勉強もスポーツも同級生に負け始めた。
小さな「1位」を何度か取ってたけど、中学の終わりごろには勉強もスポーツもほぼ誰かに負け始めて、気づいたことがある。
「勉強もスポーツも勝てる気がしないから、『心』で勝負しよう!」と、わけのわからないことを(笑)。
「勝負」って感じじゃないけど、言葉にすると「自分だけの絶対的な領域」を持っておけばいいと直感的に感じていた。
エヴァンゲリオンでいう「A.T.フィールド」のようなものかも。
勉強やスポーツで良い点を取ればいいと思ってたころは、「誰かが作った価値の中」で生きてるようなもんだな。って今思う。
点数が悪かったテストを親にバレないように隠してた時もあったので、これは異常なことだと今は思うし、
母さんと顔を合わせるとつい笑っちゃうのは、おかしいからでなく、僕が最近知った「自分は機能不全家族の子供なんじゃね?」とも思った。
ウィキペディアを参考に見ると、自分は「家庭内での子供の役割」の「ヒーロー」「スケープ・ゴート」「ピエロ」のような特徴があった。名前はカッコイイ(笑)。
自分は「アダルトチルドレン」っていうやつなのかもしれない。これって僕の同級生を見る限り、割と日本に多そうな症状だと思った。
話は戻ります。
比較するのをやめることができた自分は、カッコよく言ってしまえば、自分が作った土俵の中で自分と戦い始めたのかもしれません。
テストの点数だとか、頭が良い悪いとか、親に迷惑がかかるとか、、、そういうのは本当にどーでもいいことだと思う。自分の心を無視してるし。
僕は、自分だけの「何か」を見つけてから、自然と「他人と自分を比べる」のをやめれた気がする。
ついでに、ちょうど1年前に読んだ「7つの習慣」って本のおかげもあるかもしれない。
今では完全に「全ては自分に原因がある」思考になっていると思う。間違った解釈をしてるからもしれないけど。。。
そういうわけで僕の勝ち方ってのは、絶対に勝てる自信がある勝負で1位を取るスタイルになったと思う。
それと、「大きな1位」を取ってる人ってのは、実は「小さな1位」をコツコツ取り続けた人なんじゃないかと思った。
たぶん僕はこれからも、ほかの誰かにたくさん負けることがあるけれど、自分には勝ち続けられる人でい続けたいと思う。
僕が母さんたちと話したりするたびに思うことがって、
「母さんの言いたいことはとりあえず受け入れるけど、もし自分が親だったらこうする。」ってのがある。
親の言うことが間違ってるとも思わないし、正しいとも思わない。
「それは母さんの考え」として受け取るようになった。その上で、「僕が親だったらこうする。」ってのがある。
これは反面教師で学ぶ自分が「将来自分が親になって子供を育てたい願望」から生まれた物の見方で、親を持つ子供の立場で見て欲しい部分。
僕のこの願望は、小学生のイトコの家に1ヶ月くらい住まわせてもらった時に生まれた願望。
僕は恵まれているんだと思うけど、
「両親がいて、小学生(子供)を持つ明るい家族の一員になる体験」は僕にとってはすごく重要な体験だった。
うまくは分からないけど、「子供を持つ誰かの家族の一員になって暮らしてみる」ってのは、新しい考え方が増える体験の1つだと思う。ハードル高すぎだけど。
「家族っていいなぁ。自分もこういう家族つくりたいなぁ。」と思い始め、親と子の関係や子育てについて考え始めたり、将来結婚する気になったのもこの体験から。
少し話を戻しますが、
今の僕は、親から色々言われることもあるけれど、僕が親に反論することはあんまりなく、ただ聞いて受け入れるだけ。
全ては親になった時の自分が、僕の次の世代のために僕の親から学んでいるだけ。もちろん良いところも学んでいると思う。
なんだかんだで、自分の家族は絶対に自殺するようなことはして欲しくないなぁと思う。
ということで、まとめ的な感じで終わろうかと思います。
最初はタイトルの「2日連続で100ブクマ超の記事を書いてみて思ったこと」で30行くらいで終わるかなぁと考えていたら、
いろいろ話を膨らませすぎて、またまたタイトルと関係ないことを書いてしまいました。
この文章を書いて思ったことは、
こんな文章が書けるとも知らず、自分の人生を掘り下げていって、言いたいことが頭に浮かんだら書く。っていう感じで書きました。
親にこの文章を見せるとなるとちょっと恥ずかしいことだけど、もしかしたら人生の1つの区切りになるんじゃないかと思っています。
僕は常日頃から、キャラじゃないことをやってみたり、いつもと違う道を通ってみたりするのが好きです。
何も起こらなくても、親に僕の考えを知ってもらえば何かスッキリするかもしれません。
ラブレターは書いたことありませんが、この文章は自分のために本気で書きました。
僕が本気になれることは「文章を書くこと」っていう発見もしました。
「最終的に世界を旅する教育者みたいな感じになるだろうな~。」と思っていましたが、インターネットで「文章を書く人」にもなりそうです。
それと、ニートな僕は、自分のことを客観的に見ることがあまりできず、自分のことを書き出す作業を1年間くらいしてきました。気が向いた時にですが。。。
自分のことや自分の感情を自分はあまり知らないので、履歴書に自分のことが書けなかったのは悔しい思い出です。
自分の今の状態をできるたけ認知しようとしているので、とにかくもっと自分のことを知りたいのだと思います。
僕はこの文章を書いてるときの状態は初めてですが、どんどん文字が打てる状態になっているのは自分でも驚きです。
しかし、この文章は途中から興奮状態で書いたものなので、あとで見返したら恥ずかしく感じるかもしれません(笑)。
それと、文章に「」をたくさん使っちゃってるのはたぶん、「これを伝えたい!」ってのがたくさんあるからだと思います。
最後に言いたいことは、
自分の考えや自分の物語を文章にして誰かに公開してみたら、いろんな発見をして、どこかで急に大きな発見をするかもしれません。
100ブクマ超の記事でもらったブックマークしてた人のコメントにもありましたが、
「自分の考えをぶつけてみたら案外いい反応を示してくれるかもね。」っていうのがあるかもしれません。
僕にとっての「思わぬ展開」がこの文章を書いてたら起こったことなので、
自分の考えを文章にしてぶつけてる途中に、その文章に自分が反応を示すのかもしれません。
全部「かもしれません。」です。
知ってほしい人に公開するとどんな事になるか分からないような「自分の考えを書いた文章」、
自分にとっての爆弾になるかもしれない文章を書いてみるのもたまには良いなぁ。と思いました。
それと、最後に母さんへ
この文章はインターネットで公開するために書いた文章だけど、途中から母さんに向けて、母さんに見せるために書いた文章になった。
今の僕は母さんとかと話しても、話にならずに僕は絶対に負ける。正論っぽいことを言われて何も言えずに終わる。
文章にして伝えるのもいいなぁと思って、ここでお願い。
特に目的もない旅行をするために、僕に100万円をください。これは僕が何も計画をしてない数字です。
僕は1年前くらいから「母さんに『100万円頂戴!』って頼もうかなぁ。」と思っていました。
家族のことをあんまり考えてないアホ発言だけど、僕は20歳になる前に「ウユニ塩湖」っていう場所に行きたいと思っています。ついでに世界旅行も含めて。。。
本当は自分が稼いたお金で、一人で行くつもりだった。けど、今の自分は自分でお金を稼ぐ気があんまり無く、嫌々やってる感じになったことに気付きました。
「ネットビジネスで稼ぐ!」って言ってたけど、それは本当にやりたいことじゃなかったと気付きました。
今でも覚えてることは、僕が初めて「63円」を稼いだとき、僕は「うおぉすげぇ!」って思って、「母さんたちに報告したら褒めてもらえるかなぁ。」と思って聞かれて言った時に、
母さんじゃないけど「そんなんで飯食えるん?」的な言葉を言われて悔しかったことです。
今までは悔しさをバネにしてきたけれど、そこから悩みに悩んで、「なんか違うなぁ」ということに気付きました。
何を言われても「僕が親だったらこうする。」っていう学びになるので、とりあえず話は聞いてます。
本当にやりたいことだと思ってたことが、「本当はやりたいことじゃなかった」ってことが何度もある僕は、
ネットビジネスも実は本当にやりたいことじゃないことに気づいたところです。
でも、「最終的にはインターネットを使った仕事をしてるんだろうなぁ~。」と思います。
話は少し変わりますが、
怒られることがトラウマレベルで怖い僕は、母さんたちの顔色をうかがって今の家に来てしまったんだなぁ。と気づきました。
僕は「別に、ご飯が食べれなくなっても住む家が無くなってもまぁいっかー。どうにかなるさー。」的な考えを持っています。
後のことは考えないですし、もしものことが起こったり、たとえ借金10億円を背負ってしまったりしても、「別にいいじゃん。」と思います。
全てを受け入れて、起こってしまったことに対して、「どうすればいいのか?」を考え始めると思います。
死にかけて考えるタイプかもしれません。僕はこれでいいと思います。
そんな頭なんですが、「でもそんなこと言っても、結局は母さんたちが食べさせてくれると思ってんでしょ?」的なことを言ってくる同居人には返す言葉も無いです。
たぶん今僕は、嫌な上司といっしょに住んでる気分です。
正論っぽいことや綺麗事に加え、嫌味や皮肉と威圧感で、今までと同じくらい生きにくいなぁ。と思っています。
母さんたちの言葉には、
「お前もこう思え。」「母さんたちの顔色をうかがえ。」「人の気持ちを考えろ。」みたいなものを感じます。
これは、僕の心を無視しているからこんな感じの言葉が出てくるんだろうなぁ。と考えています。
母さんじゃない人も混じってますが、人生で久しぶりの愚痴を言いました(笑)。
こんな僕でも、僕自身と僕の両親、人との関わり合い方については、真剣に向き合い続けていたりします。
100万円頂戴!の話に戻りますが、
もし僕に100万円をあげたとしても、その分を返す気は無いですし、違う形で返す気も無いです。
ただ僕は100万円あったら一人旅をして、自分勝手にわがままに生きたいだけです。親に会いに行きたくなったら会いに行くだけです。
親として「子供にこうなってほしかった」ってのはあるかもしれませんが、
これからも僕は母さんの期待を裏切り続けると思いますし、これからも迷惑をかけ続けると思います。
むちゃくちゃかもしれませんが、僕は、僕と関わる人がより良くなると思ってこんな考えになったんだと思います。
「普通は親孝行するもんでしょ?」とか「常識的にこう」とか聞いてられないです。感謝の感情が生まれてから「ありがとう」を言うつもりです。
話は変わり、僕のやっておきたいことの1つに「両親と和解する」があります。
実は母さんだけでなく、僕は離婚した父さんに今年中に会いに行く約束をしています。いつ行くか決めていませんが。。。
話す内容も考えてないですし、話せる自信も無いのですが、僕は「自分のルーツ」を知りたいとも考えています。
知ったことかー!ですが、僕は僕の家族の歴史を知っておきたいです。
僕は自分自身のことを、家族の中で誰よりも現実的な人間だと思っています。
考え方はコロコロ変わりますが、「あるべき姿」「在り方」のようなものを見つけようとしています。
それと僕は、僕が知っている一般的な社会で生きていける自信は無いですし、生きていこうとも思いません。
誰かが僕を、その人の枠にはめようとしても、今までどおり僕は表面的に従って、内側では反抗し続けます。
学校に行ってもどこに行っても一人になるタイプなのですが、これからもインターネットとかで自分の生き方を発信していくと思います。
なんだかんだで、自分のためにもなってるし、賛否両論あるけれど、誰かの為にもなってると思うし。。。
僕は「より良くなる」と思って、こんな文章を書きました。
めちゃくちゃですが、自分で書いたことや口に出して言ったことは、あとで「やっぱり、あれは違ったなぁ。」と思うことが多々あります。
「今度聞かれたらこう言おう!」ってのが早めに見つかればいいなぁ。と思って、たくさんのことを書いてます。
そして、僕はいつでもいいから母さんとマジメな話ができたらなぁ。と思っています。
話さなくてもいいから、お互いに親子関係を見直すきっかけを作れればなぁ。とも思います。
母さんが僕に言いたいことがあったなら、いつでも文章でも直接会ってでも連絡ください。
母さんの言葉を聞いて、また呆れることもあると思いますが、それでも僕は全部受け入れて話を聞き続けます。
僕がどう思うかではなく、母さんが思ってることや、言いたいことを言って帰るだけでもいいです。
僕は、「母さんが本当はどう思ってるのか」があるなら聞いてみたいし、僕は「自分が本当はどう思っているのか」を伝えておきたいです。
http://anond.hatelabo.jp/20130807020823
仕事はしたいという前提で。
(あ、増田の悩みに答える内容じゃないです。触発されたので考えてみようというだけです。すいません)
まずは業界選びかな。自分がなにしたいかも大事だが、そればっかり優先して男尊女卑で女性の進出が遅れている業界選んじゃうと、これはもう自分の努力ではどうにもならない世界ってありそうだ。
この考え方を拡張すると、そもそも日本で就業ってどうなん?となって、自分の語学力如何ではアメリカ等での就職を考えるかもしれん。
とにかく、目の前の業務だけでも大変なのに、それ以外に社会とも戦わなければならないような状況だけは何としても避けなきゃ。
無理なもんは無理。見えない敵とは戦わない。
ならば育休がとれる会社。わりと元のポジションに近いところで復帰できる会社。
会社のポーズではなく、実力で女性上司や女性役員が活躍してる会社。
ただ、ここは譲れんので転職やむなしで30手前までに、そういった会社をみつける。
こういう会社なら自分の仕事継続にも理解のある男も見つけやすいかもしれない。
業界選びも会社選びも、ようするにムダなところでパワーを使い切らないよう、土俵選びをしっかりするということかな。
20歳そこそこだった頃の俺にそんな視点が持てたかというとまず無理だし、視点を持てたとして正しい選択ができたかは甚だ疑問だけど。
それなりの確率で増田のように行き詰ってただろうな。そういう女性はいっぱいいるんだろうな。
ここまで考えて、この国でひとりの女性が仕事でキャリア積もうと考えたら、若いときからの親や教師による啓蒙が必要だと強く感じた。
日本社会が変わってくれるのが一番だし、そういう方向には少しずつなるだろうけど、一個人としてはそんなの待ってられないからね。
国選び、業界選び、会社選びでいざ選択肢を幅広く持ちたいなら、遅くとも高校生までには上に書いたようなことを、当然のこととして受け止められるような教育を、親なり教師なりが施す必要がありそうだ。ハードル高いなぁ。
追記。
ブコメで「そんな会社ねーよ。資格取れ資格」と指摘があった。やっぱそうですかね。
教師、保育士、医師、薬剤師、看護師、弁護士、なんちゃら士など師士業。
資格じゃないけどクリエイター職。これについては実は俺仕事出す立場にあるけど、ほんとに優秀な人って少ない業界だから、実力があれば産休育休で休もうが復活してくれれば大歓迎で仕事出したいね。在宅でできる仕事が大半だしね。特別優秀じゃなくでも納期守れて成果物の品質が安定してれば、出す方としては出しやすい。
コンプレックス、ってまずはある程度同じ土俵に立たない限り感じようも無いからな。
例えばイチロー見て、俺はプロ野球に入らなかったから何億も貰えるような大リーガーになれなかったんだ、
なんて感じる人はほとんどいないだろう。。。
学歴ってのは、ある意味で、東大ですら努力すれば入れるんだ、って所があるし、
実際大した差じゃない、って部分がある一方、
最初から高校卒業して働く、って決めてる人はそれ程学歴コンプレックス持ってる人は居ないと思う。
主に受験で失敗したり、ランクを下げざるを得なかった人達でしょう。
または、成金の、元々金持ちの家に生まれた人間に対するコンプレックスと同じで
自分が成功してる場合に、自分が昔受けられなかった恩恵の鬱憤を晴らすため、
逆に昔恩恵を受けてたけど今失敗しているヤツラを見て笑って見下すことで
自尊心を高揚させる。
この2種類があると思う。
増田の文章が下手すぎてわかりづらいが
要はセックスできて俺の生活水準に合わせてくれる容姿のいい彼女が欲しかった話ってことでおk?
そんでできれば相手には金持ってて欲しいと
家賃40万のマンション住んでワイン20本買ってるような生活してる女を口説いておいて
「俺の生活水準に合わせて欲しい」ってそりゃどだい無理な話だよな
もちろん女のほうも性格悪そうだし非がないかといったらまったくそんなことはないけど
付き合って3ヵ月でしょ?
何年も付き合って、向こうもこっちに惚れ抜いてるなら生活水準も落とそうものだが
なんか知らんが長いこと口説かれて「付き合ってみてもいいかな」程度の気持ちで付き合い始めた相手に
「俺の生活水準に合わせてくれ」とか言われても無理じゃねーの
付き合ってない男にデートに誘われてそこそこ高級な店連れて行かれて
「いっぱい食べてーどんどん呑んでー」
と勧められるがままに食事してたら、いざ帰ろうってときに
と言われたようなもんじゃね?
なんで生きる土俵の明らかに違う女を口説いたのよ
容姿が好きだからか?それ相手を好きなんじゃなく相手の容姿が好きなんだろ
増田は彼女が子供で俺も彼女とセックスしたいから子供、って言ってるが
だから経済的強者が経済的弱者を経済的に搾取してる現状はその意味で当たり前なんだ。
もちろんそれが善か悪か是正すべきかどうか議論の余地はあるよ。でも善悪の議論で弱者が強者の意志を変える方法はない。弱者の意見が通ったように見えたとしても、それは強者側が譲歩したのであって弱者が己の意見を通した訳じゃない。トートロジーではあるけれど、相手の意志にかかわらず意見を通すだけの強さがあればその人は強者だもの。
日本の法分野においては、基本的にどの個人も平等だとされている。だから、法的強者、法的弱者というのはいないという設定だ。だから喧嘩できるんだよ。個人が会社を訴えて時に勝利を収めることが出来るのは、法分野が経済分野に比べて、比較的公平だからだ。
でも現代社会において経済分野の方が法分野よりも大きな力を持っている。だから経済的強者は、立法に働きかけて己に都合の良いルールを作ろうとする。時間が経てば目立たない形で、経済的強者は法的にも強者になっていく。これは先進国に多く見られる特徴で、日本でも例外ではない。
今後ますます経済的強者はほとんどの分野で強者になっていくだろう。
じゃあ、経済的弱者が、経済的強者に対して互角あるいは有利に意志を通せる土俵はどこかというと、それは暴力なんだ。経済的強者だの弱者だの言っても、裸ん坊で殴り合いをすれば、たいして差がない。人間だもの、肉体性能は五十歩百歩だ。経済的強者は数が少ないから百人で囲んで棒で叩けば殺せるよ。
いま世界中で起きてるテロや暴動は、要するに上の図式の上で起きてる。イスラムのそれもそうだし、EUのそれもそう。宗教的価値観とかはデコレートだよ。そのほうが都合の悪い部分を見せないから「あいつら狂信者の群れだからこわいねー」で済ませてるだけ。
民意とか、民主主義って言うのも、上の理解を元にしないとずれた認識になる。選挙により大衆多数の意志をくみ上げてというシステムは、最終的に「もし大多数の意見を無視して物事を進めたら、大多数が怒って、お前らを棒で殴る」っていうのを下敷きに設計されてるんだ。いまの日本は暴力を否定(忌避とすら言える)した社会だけど、民主主義が暴力革命から生まれたってのは忘れるべきじゃない。
この記事は別段暴力を推奨する意図はない。けれど、その覚悟や理解無しで生きていくと、弱者は弱者のまま搾取されて死ぬ世界なんだ。というか世界は最初からそういう場所だったんだけど、ここ数十年の日本は幸運なことにそのあたりぼんやりしててもOKだったと言うだけの話じゃないか。
かつては差別を助長するなどの考えからタブー視されていたこの考え方も、ヒトゲノムの解読が進んだ今、もはや科学的に否定することは困難になりつつある。
プライバシー保護などの名目でかかっていたブレーキも今やほとんど役に立ってはいない。世界中の研究者により、能力と遺伝情報との統計的紐付けは日々進んでいる。誰でも努力次第でどこまでも伸びるという幻想は、天動説と同じく葬り去られる運命なのだ。
そもそも遺伝による能力差を悟ることは難しいことではない。むしろ誰もがそれに気付いていながら、差はないと教育され、能力差を肯定する考えは否定されることで、思想を修正されてきたものだと言える。
子に親の見た目が遺伝することは誰の目にも明らかだろう。身長や体重、骨格もまた、明らかに遺伝している。そしてこれらは明らかに運動能力に影響を及ぼすものである。
頭の中の能力差は、見た目に明らかな外見や運動能力ほど知覚しやすいものではない。しかし、子を持つ親であれば、いかに子が親と似た性格を持つものか、嫌というほど思い知らされているはずだ。そもそも、これほどまでに見た目が遺伝する中、性格はみな平等に生まれてくると考えるのは無理がある。
産まれながらの知的能力差を示す誰にでも分かりやすい証拠の一つとして、知的障がいを持つ者の存在をあげることができる。これらは一種の病気として区別されてはいるものの、病気と正常との境界はあいまいであり、ある一定以下のものを知的障害としている側面が大きい。遺伝を原因とする知的障害や身体障害の存在は、直接的に産まれながらの能力差を肯定する証拠となる。
もちろんこれは能力に対する環境や努力の影響を否定するものではない。産まれながらの能力は、産まれながらの適性にすぎず、後から環境や努力により修正可能であることに疑いの余地はない。
しかしながら、産まれながらの適性があるものはより少ない環境や努力の助けで成功できる可能性があるのに対し、適性のないものは人一倍の努力を積んだ上でやっと同じ土俵に上がれるといったことが起きてくる。これがある以上、やはり産まれながらの能力差はあると言ってよいのである。
誰でも努力次第で何でも出来る、この考え方は、自分の適性に自覚がないうちから努力に対するモチベーションを上げる効果があるため、特に幼年期についてはプラスに働くケースが多いと言える。
しかし、そんな理想論で騙し続けることができるのも、せいぜい中学生までである。頑張れば出来るはずなのに、勝てない、無理をする、無理を強いる、合わない仕事につく…やがて身を持って自分の適性の無さに気付く頃には、自分がこれまでに無駄にしてきた膨大な時間に絶望するのだ。
恐らく我々の社会は、遺伝による能力差を受け入れた上で次のステージに進む事になるだろう。もはや能力差を差別にしか繋げられないような時代ではない。適性をうまく利用したり、不本意な能力であれば修正することすらどんどん可能になってくる、そういう時代なのだ。
能力差があるのであれば、妊娠前の段階からより能力的に可能性のある個体を選ぶというのは当然の判断である。生まれた段階や就職前には遺伝的な適性検査を行い、その道の能力を集中的に伸ばしてやることで不幸な努力は軽減可能である。産まれながらの能力差を適切に理解しあうことができれば、個性はより尊いものとなり、それぞれ能力を補完しあうお互いへの尊敬の念も育まれよう。能力を持つものは、その能力に対する科学的裏づけをもってより自信を強固なものにするだろう。
どうしても避けられない遺伝的な欠陥が認められ、本人もその修正を望むのであれば、積極的な遺伝子の書き換えという新しい医療の出番である。無能な人間をただ生き長らえさせておくよりは、治療できるものは治療したほうが、本人にとっても、その利益を享受する社会にとってもメリットが大きい。
これらのように、これから先取りうる対策、進むべき方向は多々考えることができるが、まずは社会がこの、産まれながらの能力差という事実を正面から受け入れ、消化し、次のステージに進むことを願ってやまない。
「人は見た目じゃない、中身だ」ってよく言うけど結局見た目が重要だと思う。
・40歳
・顔は不細工ではなく中の下ぐらい。
・髪の毛が減り始めている。
・小太り。
・結婚願望が強くてお見合いを繰り返してるけど一回も成功せず。
この人のひねくれぶりがすごい。
自分より良い環境・立場にある人の悪いところを見つけてきて悪口を言う。
(この人を以下Aさんと呼びます)
例えば、
◆Aさんの同期は顔もよくて背が高い。学歴もあって仕事もできるからAさんよりかなり上の肩書きを持っている。
バツイチ。
Aさんのこの「バツイチ」という部分に注目して、たたきまくる。(自分は結婚すらできないのに)
「俺は遊ばない。女と遊ぶとお金がかかるし。食事+ホテル代でどれだけかかるか。」ってどや顔でよく言う。
多分、モテる人の受け売りで、実際そんなお金の悩みを持ったことはないと思う。むしろ持ちたいんだと思う。
◆まだ入社して数年の女の子に、「結婚できないもの同士」のスタンスで話をする。
「はやく彼氏作ったほうがいいよ」「お見合いしたら?俺は何回もしたよ」「君みたいな子は結婚に向いてないんじゃない?」などの発言。
これはセクハラじゃないのかと傍目にもひやひやするときがある。
その子はまだ20代前半で未婚だが彼氏持ち(彼氏がいることはAさんは知らない)
◆かっこいい人が嫌い。かっこいい人の言動全てが許せない。
◆人の行動は全てゆがんだとらえかたをする。
全て自分への悪意を含んだ行動だと思っている。
Aさんは、自分の恵まれない容姿(顔・身長)と学歴でひねくれてしまい、人の嫌がるようなひねくれた・ネガティブな発言しかしない。
「見た目」はこんなにも人の性格に影響を与える。
不細工な人はひねくれている。
よく「反対するなら対案を」と言うけど、実際には「対案がなければ反対するな」という意味で使われてて、これっておかしくね? と思ってtwitterにつらつら書こうかと思ったけど長くなりそうなのでこっちに書いてみる。
仮に、ある課題(q)を解決するためにAさんがa案を出した場合を考える。だいたい物事にはメリットとデメリットがあるので、これらをそれぞれa+とa-とする。つまりAさんはa+>a-と判断してa案を主張している。が、たいていはa-を隠してa+のことしか言わない。
これにBさんが反対する。Bさんはa案のデメリット(a-)を挙げる。Aさんは、想定していたデメリットならばa+>a-であることを説明する。想定していなかった場合、a+>a-となる根拠を探すなり、自力でa案を改良してa′にするなりして、a+>a-と言えるようにする。いずれにせよ、a+>a-である限り何の問題も無い。
a+>a-かa+<a-かで判断が分かれた場合、何を根拠にどういう判断基準で大小関係を判断するかを議論する。ここに「対案」が出てくる余地は無い。
問題はa+>a-と自信を持って言えない場合。qの解決が目的ならば、Aさんがまずやるべきことは決まっていて、「なんかいいアイデアない?」とBさんに訊けばいい。これがつまり「反対するなら対案を」と言う場面。対案(b案)があれば同じようにメリットとデメリットを比較してa案と優劣を決める。
ではBさんに対案が無い場合。これはもう、a案を実行しない場合を仮にb案としてみるしかない。そして上と同じようにそれぞれのメリットとデメリットを洗い出して評価する。a案もb案(=a案を実行しない)も、それぞれできるだけデメリットを最小化するように調整する。そしてどちらを取るかを決める。最終的には多数決になるかもしれない。逆に言うと、ここまでやらずに多数決で決めてはいけない。
……あれ? Bさんを黙らせたり無視したりする必要無かったね?
つまり、全部メリット/デメリットと優先順位の問題に落とし込んでしまえば論点や残された課題がクリアーになるし、反対する資格みたいな珍妙なルールを持ち込む必要もない。むしろ反対者はデメリットをはっきりさせてより良い案に磨き上げてゆくために必要な存在と言える。
長々と書いたけど、要するに、問題の解決を目的として議論するならば(←ここ重要)対案の無い反対意見を封じる必要は無い、というか害にしかならないと思うわけです。
対案が必要なのは、例えば政党間でマニフェストを持ち寄って討論する場合みたいに、優劣や勝ち負けを決めたい場合だけじゃないでしょうか。あまり生産的じゃないけど。
【最後にまとめ】
字数制限がないとダレる。
(2013-05-21 1:00追記)
こういうこと書くとあまりにも無茶な意見にも耳を貸さなければならないのかと言われるかもしれないけど、逆。同じ土俵に引き摺り上げて、同じルール、同じ条件で叩けばいいということ。案がダメでも指摘に一理あればそこだけ残せばいい。
(さらに追記)
後から気付いたけど、「意見」を発言者と紐付けられた一つの「パッケージ」として捉えるならば、「無責任」という反応が出てくるのも理解できる気はする。例えば自民党の経済政策を批判するのに民主党のマニフェストがそこに触れていなければ、任せられないとは思う。それを責任と呼ぶかは微妙だけど。