最近の世の中には、「自分の好きな世界や趣味を貫ければ独身でもいい」的な風潮があって、ブラッシュアップライフやら大豆田とわ子やら独身エンパワメント!みたいな雰囲気だけど、
パートナーもいなければ貫きたいような自分の世界観も特にないんですよね、みたいな人間だしそういう独身の方が多いと思う
愛されたい願望から解脱して愛する喜びを理解できている年齢だが、喜べるほど愛する人もいないし
すべてを分かりあうことなんて無理だと知りながら、友達を大事にできる年齢だが、友達なんか少ないし
自分にできることなど何もないとわかりながら、できる範囲で自己実現を目指せる年齢だが、やる気を出して生きるコストの方がつらい
熱中できる趣味もいつかは飽きると知りながら、遠泳の息継ぎのように夢中になってみているだけ
別に何かがつらいとかじゃなくて、特別何もうまいこといかないから、普通にもう生きるのやめたいみたいな気持ちになる
日常のちょっとした快楽と日常のちょっとした躓きを天秤にかけると後者の方が少し重い
けど死を選ぶ面倒さの方がもっと重いだけで生きている
全部わかるけど大豆田とわ子ってそういう話だっけ あの人は結果独身ではあるけど愛に溢れすぎてるからなあ ちょっと見返してくるか
とわ子がというよりとわ子に対する感想の述べられ方に独身讃歌系が多くてそう感じちゃったんよね
ああそれはわかる 私も当時はドラマ作りの巧さとEDの良さに引き込まれて大好きだったけど今見返すときれいで繊細すぎて受け取り側のあつかましさを浮き彫りにされるようでつらいな...
そうそう 「あっち側」の人間になれる時もあるし、ずっとそうであることにも憧れるんだけど、 結局別にそうじゃないんだよね 自分の抱いたその強がりな感想がスカスカの人生の否定...
自分の首絞めるときあるのめちゃくちゃわかる 結局ほどほどかつなるようになるだろう精神でやってくしかなくて、でもそれも難しいんだよね なんにせよ創作の世界は幸も不幸も美しい...
めんどくさー 自由が性に合わないというのは分かる
そのうち朝腰が痛くないとかだけでありがたくなる日が来るよ
一人っこがゲームに育てられると「どうやって友達をつくるか、どうあれば友達なのか」すら理解しない人類が出来ることがうすうす可視化されただけのこと