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2021-07-06

裏垢ブログを始めたら性的生活が激変した話

中高大と全くモテることはなかった。容姿はもちろんのこと、陰気で卑屈な性格が災いしていた。

恋愛する資格すら与えられないような、集団の中にいても最初から選択肢に入っていないような空気のような存在だった。

当然ながら、経験人数はおろか付き合った人数もゼロだった。

二十歳くらいの頃にはすでに、もう私は一生セックスなんてする機会なんてないんじゃないか、と薄ぼんやりと思っていた。

そんな中、就職後の職場ストレスから勢いでブログを始めた。

今で言う自撮り裏垢のようなものであり、肌色が多かったり体のライン露骨に強調されるような服を着た写真を撮っては投稿するようになった。

今までは毒にも薬にもならないような日記を書いていたことはあったのだが、陰気な内容であり知人以外で見る人もなかった。

それに対して、裏垢のブログはそこそこアクセスされるようになり(一日1500ページビューくらい)、コメントもつくようになった。

人に言えない趣味が増えたな、と私は思った。

しかし、そのブログを起点として、私は他人と肉体を重ね合わせるようになった。

 

一人目

 

ブログコメント欄の常連の人であり、簡素なやりとりからチャットに発展してオフで会うことになった。

仕事出張がてら関東に行き、新宿アルタ前の喫茶店で待ち合わせをした。そのままホテルに行き裸になって体を重ねたが、本番には至らなかった。

相手のよだれの臭いと重なったとき相手の体の重さを覚えている(相手の方が遥かに大柄であった)。

その後1回だけ会うことがあったが、それきりとなった。特に恋愛感情はなかった。

 

二人目

一人目と同じように、ブログコメント欄をきっかけとしてやりとりを行うようになった。

一人目と同じように、出張がてら関東に行き、そのままホテルに行ったが、本番には至らなかった。

そもそもそういったことを目的にしたわけではなく、写真撮影を行いという相手の申し出があったのだ。

当日は年甲斐もなく女子高生制服を着て2時間くらい写真を撮られた。もちろん両者の合意に基づいている。

しかし、相手とはそれきりとなった。

 

三人目

 

この頃、ブログからTwitterに移行していて、そこからメールでやりとりをするようになった。

数回の事務的なやり取りの後、会うことになった。この時は自宅に相手を招き入れたが、本番には至らなかった。

私の部屋で相手全裸になると、私はブーツを履いたまま相手性器を踏みつけた。そういったプレイであり、もちろん両者の合意に基づいている。

このとき部屋では、coldplayのviva la vidaという曲が流れていたのだが、この曲のサビで流れている鐘の音に合わせて相手性器を踏んづけていたら楽しくなった。

今でもこの曲を聴くとそのとき足コキのことを思い出す。

相手とは、新年にはあけおめメールのやりとりを行ったりしている。

 

四人目

街中で偶然声をかけられて、しつこくついてくるので渋々食事を一緒にとった。

その後もずっとついてきて、なぜかその流れで大阪の堂山あたりのホテルに入ることになった。

この時も本番には至らなかったのであるが、相手性器を出してきたので私はそれを口に咥えた。

フェラチオは初めての経験だったが、そのまま相手は私の口の中で射精に至った。

それを飲み込むことはせず、洗面所で全部吐き出して口を濯いでいたら、相手もすっかり興醒めになったようであった。

私は終電で帰り、それきりとなった。

 

五人目

 

Twitterのやりとりから発展して会うことになった。神戸三宮で待ち合わせをして、その後自宅へ招き入れた。

着衣のままお互いに股間を弄りあったが、やはり本番には至らなかった。

そのとき相手はかなりの巨根であり、乳首でも感じることができる素質を有していた。

私が相手の胸を触ると喘ぐ姿を見て、男性でもこんなに乳首で感じるんだな、といった小学生並みの感想を抱いた。

が、その後会うことはなくそれきりとなった。

 

六人目

 

こちらもTwitterのやりとりをきっかけで会うことになった。大阪難波の個室ビデオ屋で待ち合わせをして、そのままの流れで行為に至った。

相手緊縛趣味であり、両腕をアームサックで固定し、口枷をはめられた状態で挿入に至った。もちろん両者の合意に基づいている。

五人目にして初めての挿入であったが、気持ち良いということはなく、相手体重の重さと挿入に伴う鈍痛をいまだに覚えている。

このとき相手ともそれきりとなった。この頃から自分は不感症ではないかと思うようになった。

 

七人目

 

Facebookアカウントを持っており、そちらのやりとりから会うことになった。

会うのは初めてではなく、大阪あたりのアングラ風味のイベントで何度か顔を合わせていた。

神戸高台の方の街で待ち合わせをして、相手の自宅にお邪魔することになった。

相手ラバーフェチだったので、自分ラバーキャットスーツというものを着て胸とかを弄りあった。

ゴムしなの特に気持ち良いということはなかった。

行為としてはそれきりであるが、その後何度かイベントなどで会っている。

 

いずれの相手恋愛感情も湧かず、心から気持ち良いと思えることもなかった。

このような経験を通して、自分はもしかしたらアセクシャルなのではないかと思うようになっていた。

 

しかし、転職した先の職場で見かけた同僚の女性恋愛感情を初めて抱いたのである

ものすごく遅れてきた初恋のようであったし、または私はその感情をずっと抑圧していたようにも思えた。

その経験を通して、私はセクシャルマイノリティではなく普通ヘテロセクシャルであることの確信に至った。

コロナワクチンを打ちたい消極的理由

早く死にたい死にたいからこそコロナワクチンを打ちたい。

死にたい、とふとした瞬間よく思う。

アクティブ希死念慮ではない。ロープ練炭を買うこともなければ、富士樹海東尋坊に行くこともない。時々発症するパッシブ希死念慮だ。

人生配信終了ボタンがあるなら押してみたい、定食屋で今だけ死が無料サービスならちょっと選んでみたい。それなりの頻度で「あー死にてえな……」と思う程度の、ファッション死にたがりでしかない。

そんな中に現れた死のチャンス。これを逃す訳にはいかないのであるコロナワクチン接種後に亡くなられた事例が約350件。国内で1回目のワクチン接種を終えた人数は7/5時点で約3255万人。ざっくり計算しても0.001%くらい。交通事故に遭う確率よりは断然低いらしい。しか宝くじの1等よりは当たる。

これはチャンスなのだ。当たれば死ねる。もし死んだのなら、ワクチンの発展の為に献体にでも回してほしい。当たらなければ「0.001%が当たるわけないよな」なんて言い訳しながら生きる。「あー死にてえな……」とぼんやり思う事も、これまでとなんら変わらない。

チャンスがあるならやるだけやる。それ以上の理由もない。チャンスだからこそ、コロナワクチンを打ちたい。2回きっちりと。そうしてまた、「死ねなかったなあ、死にてえなあ」と思いながら生きてゆくのだろう。

anond:20210706190025

昼間ずっと家に居る人間テレビつけっぱなしでぼんやり見てるよ

洗脳装置としてはまだまだいける

先日、新型コロナワクチンの一発目を打った。モデルナ製。

注射針は蚊の口吻のように細かった。医師はその極細の注射針をおれの左肩三角筋にさっと突き刺す。注射針が細いからか針が肉に刺さった感覚がほぼない。注入する薬液の量が少ないのか、液体の注入感も無い。注射は瞬く間に終わり、まったくと言っていいほど無痛だった。

しかし話に聞いていた通りではあるが、数時間から接種箇所がまあまあ炎症した。触ると軽い打撲の時のような鈍痛を感じる。倦怠感も出てきたので、当日は栄養豊富な夕飯と水を多めに摂って早々と就寝した。

翌日も三角筋の鈍痛と軽い倦怠感は残ったが、翌々日にはほぼ回復に至った。

二発目の接種予定はだいたい一か月後。一発目よりこちらのほうが免疫反応がきつくなりがちと聞くので、どんな感じになることか一抹の不安がある。

二発目に別のメーカーワクチンを打つ「交差接種」で、ワクチン効果さら高まるかもしれないとの報道がちらほら出ている。なので、二発目はファイザー製を打たせてくれないかなとぼんやり思っているが、まぁ贅沢は言うまい

クソザコITエンジニアだけどSIer辞めてマジでよかった

※以下、「エンジニア」と書かれている場合には「ITエンジニア」と読み替えてください

社員1000人超のユーザSIerWeb事業会社転職して半年が経過したので所感を残しとく。いわゆる転職エントリってやつ。

Webエンジニア転職エントリって大体つよつよエンジニア情報しか出てこなくてウッってなったから、自分のようなクソザコエンジニアの事例をネットの海に放流しとこうと思った。

みんなブログだと当たり障りのないことや技術的に意識の高い内容しか書かないからさ、パンピー本音ベースでの不満や転職活動の内容ってなかなか見つからんのよね。

文章の感じとかで分かると思うけど、ほんとに意識スペックも低い人間です あと一定以上の長さの文章書くの苦手だから箇条書き多いけどゆるして

バックグラウンド

前職では何をしていたの

入社して1か月はコンプラ研修とかビジネスマナー研修とか受けてた。

そのあと3か月くらいF士通のプログラミング講師みたいな人からIT研修を受けた。教科書に書いてある通りにLinuxコマンドポチポチしたりJavaコード写経するだけだった記憶

研修が終わり晴れてインフラ系の開発運用を行う部署に配属されたんだけど、やっていたことは下記の通り。

業務ではコードを書くこともターミナルコマンドを打つことも全くなかった。ひたすら溜まっていくユーザーや開発側からの問い合わせへのメールを返信する存在だった。

配属された部署たまたまそういう場所だったというわけでもなくて、同期の話を聞く限りアプリ部門だろうがQA部門だろうが似たような感じぽかった。

なんで転職しようと思ったの

これってITエンジニア仕事なんか?事務職かに近くね?という疑問を抱きながら1年半くらい過ごしてた。

自分イメージしてたITエンジニアっていうのは、スタバ私服でようわからん真っ黒な画面に向かってプログラミングしたりサーバNWをいじってる人のことであって、ワードパワポエクセルにらめっこしながらスーツおっさんとおしゃべりして一日を終える人じゃなかった。(多方面に怒られそうな表現だけど...)

あとは、

全体的に、仕事関係ないクソどうでもいいことにこだわらないといけないのが嫌だった。「もっと技術コミットしたい」みたいな、エンジニアとして正しいであろうモチベはあんまりなかった

どうやって転職したの

現職について

さいごに

別に自分にはソフトウェアエンジニアリングを通して実現したい目標があるわけじゃない。三度の飯よりプログラミングが好きってわけでもない。

SIer、っていうか古き良き日本大企業エンカウントする嫌なことから距離を取りたい、というモチベだけで行動した結果Webエンジニアになってた。

ただ、どうもWebエンジニアっていうのは技術が好きで好きでしょうがない人間がつく仕事っていうパブリックイメージがある気がするんだよね。なんでだろう?

そんなに技術きじゃなくても、Web業界の成長のおこぼれにあずかる程度のエンジニアになることは難しくないと思う。あんま知らんけどエンジニア数十万人単位で足りてないんでしょ?

俺はほんとクソザコだし、はてなに常駐するようなつよつよエンジニアからみたら関わり合いになりたくないタイプ人間であることは自覚しているけど、表に出ないだけで俺みたいな人結構いるんじゃねって思ってる。

2021-07-05

Vtuber前世に関する話

Vtuber前世の話は大抵がタブーであると思う。もし誰かが自分の好きなVtuber前世の話をぐいぐいと押し付けてきたとしたら私だって嫌だ。

ただ、私には前世意識せざるを得ないライバーがいる。端的に言うと、推していた実況者がVtuberに転生したのだ。

その実況者のことをAとし、またライバーのことをXとしよう。

私自身は転生が悪いことだとは思わないし、そこで皆に愛されているところを見られればそれで満足だとも思う。

Xは今や多くの人気を得て、Twitterフォロワーチャンネル登録者も沢山いる。それを見ると非常に嬉しい。傍から見れば何目線だという話なのだが、Vtuberになる数年前からいかけているという思いもあって「ようやくAの良さを沢山の人に知ってもらえた」等と思ってしまったりもする。

しかし、心のどこかに素直に喜べない自分がいる。どうしてAの頃のファンにはなにも言わずに転生してしまったのだろう。どうしてAという名前のまま今後応援することが出来ないのだろう。中身は同じ人なのに。

AはVtuberのXとなって、Aだった頃とは比べ物にならないほどの人気を得ている。それこそ数十倍フォロワー再生数を。

Vtuberの姿と、大きな会社の力があるだけで、こうも違ってしまものなのか、と正直思う。当たり前だ、個人の実況者と有名Vtuberが多く所属する運営とでは、そもそも視聴者の母数から桁が違う。

その人がAだったこから、常々「なぜもっと評価されないのか」と感じていた。それぐらい素晴らしい能力を持った人だったのだ。だから今Xとして受けている評価はそのころの私にとっては非常に喜ばしいことである

まり私は、現状に対して特に不満を持っているわけではない。

ただ、この薄ぼんやりした悲しみをどこへやればいいのだろう。できることならAという名前のままのその人を、Aとして応援していたかった。でもその人がXになる選択をしたのならそれも応援したい。

これは本題とは関係ないが、大きな会社Vtuberに転生した、私の好きな実況者は何人かいる。というより、好きな辺りの実況者がまるごと転生してしまったというのに近い。

その会社の新ライバーが出ると時たま覗きに行ったものだが、そこで聞こえてきた声が自分のよく知る、好きな実況者の声だった、というのが一度や二度ではないのだ。

その会社に対して憤ればいいのだろうか?そう思ったこともあるにはあるが、絶対に違うと思う。私に出来ることといえば、Xを応援すること、そして残されたAの動画を見ることぐらいだ。

Xがデビューしてからもう何年かになる。いつかAとしての何らかの動きをどこかで心待ちにしつつ、Xがなんの問題もなく活動を続けることを祈っている。

投票率の低さを嘆いている連中が滑稽で仕方がない

東京都議会選挙投票率の低さを嘆いているアカウントが、はてなムラやツイッター散見されるが、オレからすれば愚の骨頂。滑稽で仕方がない。

要は彼らは選挙奴隷であり、投票に行かず休日を過ごすという自由を自らの手で握りつぶしてしまっているのである

オレは都民ではあるが、当然投票なんぞには行かず、小雨の中家でぐうたら過ごした。選挙というイベントでの一番の合理的行動は、投票に出かけて余計な労力を使うバカどもを尻目に自宅でアマプラでもフールーでもYou Tubeでも見てダラダラ過ごすに限る。

「お前らは選挙に行かなかったか文句を言う権利はない」という声は嫉妬の最たるもので、奴らの悔しそうな歯ぎしりが心地よく聞こえる月曜日である

当然選挙特番も見ず、結果も単にツイッターぼんやり知っただけ。小池さんが健闘したらしくて、まあ良かったんじゃないかな?

なんかずっと薄ぼんやりとつらい

今すぐ電車に飛び込んで死にたいほどのつらさだった頃の方がまだ「この環境から離れたらもしかしたら人生楽しくなるのかも」という希望があっただけ良かった

環境を変えて2、3年はそれなりに開放感を持って楽しく暮らせたと思うけど、その間も些細なストレスが積み上がってるんだろうな

またどっかで耐えられなくなってもう無理死のうって思うんだけどきっとこの先何回も同じことを繰り返すんだろうなぁってのがなんとなく分かるのが1番つらい

なんであの時死んどかなかったんだろうなぁって毎日思うけど衝動的に発作的に電車飛び込むか〜というほどの強い気持ちが湧かない

2021-07-04

anond:20210704061940

コロンブスの箇所はまあ確かに教養だけど、

ほかは、解釈は広いし、そこまで酷くないだろ……

と思って、歌詞を見てみた。

https://www.uta-net.com/song/304161/

この歌、コロンブスは別として、2つ現実事象描写している。

それ以外はぼんやりした何とでも取れる話。

で、その2つは、

途方もない時間を割いて

捻り出してきた(ようやく)

いじめ対策

あだ名剥奪解決

拍子抜けに乾杯(完敗)です

乖離していく 優等生社会

ポテトヘッドは(what's rule)

ジェンダーレス時代により

Mr.&Mrs.を返還

謎めいてく昨今のルール

なのだが、

まあ、あだ名なしルールは、20世紀子供時代を過ごした者にとっては違和感を持つところは無いではないが、現場の知恵として、有効だと考えてやっているのだろうし、単純に愚かな事と断じるのも浅はかだろう。実際昔からあだ名で加速するいじめはあった。そもそもいじめ対策はそれだけでないだろう。

これに続けて、『正義ふりかざすいじめっ子 一番厄介な現実』と言うにいたっては、何が言いたいのかわからない。

そして、後者Mr.ポテトヘッドにいたっては、事実誤認である

おもちゃシリーズブランドが『Mr. Potato Head』から、『Potato Head』に切り替わるのであって、Mr. Potato Head も Mrs. Potato Head もキャラクターとしては変わっていない。Mr. も Mrs. もいるのに、ブランドMr. なのはどうか、というので単に「Mr.」を外すのだ。

https://corporate.hasbro.com/en-us/articles/create_your_potato_head_family_launching_this_fall

つまるところ、この歌の芯は、ワイドナショー史観というか、予断に満ちた『いきすぎた』ポリコレを笑うという程度の視点しかもたないのである

ワイドナショーポテトヘッドの件を揶揄していて、わかってないなーと思った記憶がある)

本気で作ったという歌が、ポリコレ揶揄する視点しか持てないのは、まあなんというかね……。せめてそれ以外の視点もあれば説得力が多少あったろうに、自民党LGBT法案めぐる情けなさとか、オリンピックのあれこれとかさ。

吉本の作る歌ではこれが限界なのかな?

野球ファンツイート誹謗中傷にならないの?

野球ルールもよく分からない人間だけど、野球ファンがとてもとても試合に熱心な人種だっていうのは知ってる

阪神ファン父親はチームが試合に負けると露骨に機嫌が悪くなるし、逆に言うと勝った時くらいしか笑顔を見ない

昔一度だけ試合に連れていって貰った時、周りのファンたちの熱量が凄すぎて(応援ってよりヤジの方が印象に残った)、もう一生行きたくないって思ったのは覚えてる

今は他人がやってる競技にこんなに真剣になれるんだなあってぼんやり眺めてる程度だけど、Twitterを筆頭としたSNSにも熱心な野球ファンっていうのはたくさんいる

トレンドに「ジャンルスポーツ」でよくわからん用語が並んでる時は大体野球

そのトレンドタップすると恐ろしい熱量ツイートの数々が出てくる

贔屓にしてるチームに「今年は雑魚」だの「弱すぎ」だの「しっかりしろ」(マイルド表現でお送りしております)だのめちゃくちゃ高圧的なこと言ってるファンの多いこと多いこと。お前らチームの育ての親か何かか?てかチームが負けたら持ち金損したりすんの?

移籍とか戦力外通告話題に登ると、「先に○○(選手名)を切れ」とか「△△の方が要らねえ」とか個人名だしてそういうツイートがぽいぽい見られる

ただの感想といえばそうなのかもしれない、表現の自由とか言論の自由とか言われてもその通りなのかもしれない

死ねとか露骨単語使ってるわけでもない、でも「こいつは要らない」とか「あ~あいつがいなければな」とか中学生道徳の授業で例に出されそうな言葉が平然と立ち並んでる図はただただ何様なんだろうという気にはなる

まあ野球選手なんてスゲー人たちがそんな一般人のクソみたいなツイート気にするとも思えないけど、なんか前に自殺しちゃったレスラーの子を思い出して、人って何か起きてみないと分かんねえんだろうなって思った

anond:20210704015609

そうなんだね

発達障害からうまくいかないことがデカすぎて「女だから不便」というのが霞んでるけど、なんとなくぼんやりとわかってきた

「私は男以上に能力あるのに女だからってだけで昇進できない」ばかり聞くから無能自分関係いかと思ってた

すべての真剣仕事をする女性のためのものだね

七草にちかに前向きになれない

ふと見たVtuberマシュマロ七草にちかについて考えました

https://twitter.com/momose0702/status/1411130795993952258?s=21

七草にちかは最初に育成しないほうがいい」という話

多分アイドルマスターシャイニーカラーズの根幹に関わる話なんで ほんとにそのことについてずっと考えさせられていました

七草にちかを最初にやらない方がいいのは正直本当にそう

あとこれ完全に個人理想だしPを1人のキャラクターとして扱ってる前提だけど

磨けば光る原石や 宝石のような才能を持った 才能のあるアイドルたちを 何人も世に送り届けたシャニPという存在

七草にちかと言う道端の石ころを如何にして伝説アイドルに仕立てるのか

そう言うところを楽しんでほしいという気持ちもある

才能の部分をカバーするだけの血の滲む努力が どれだけ凄惨過酷残酷ものなのかを実感する為には 別のキャラの育成は不可欠だと思う

七草にちかいつ育成するか問題 たぶんやっぱり 最初じゃない方がいいんだと思います

そういうことをずーーっと考えていて 七草にちかに対するいろんな意見を見た

それこそ否定的意見も見た

否定的意見も 確かにそうだな〜と思わされることはたくさんありました

ウマ娘プリティダービーのようにメインシナリオキャラシナリオ分けた方がよかったんじゃないかな〜とも思いました

ソシャゲとして見た時 他のアイドルたちを育成して 彼女たちを1人の主人公として見た時 七草にちかという存在は強大すぎる

物語上ではあれだけ薄くて希望のない存在なのに 悪く言ってしまえば 他のキャラクターを脅かしえる存在になってしまっていることも事実

アイドルマスターシャイニーカラーズの 揺るぎない主人公のように感じられちゃうから

ただここからソシャゲとしてではなく 283プロダクションというひとつ会社が そこで運営している人間たちが紡ぐ一つの物語として話を進めます

否定的意見も納得できるけど それでも私の中では全てのアイドル主人公だし にちかのシナリオがどれだけ核心に関わるものでも

イルミネーションスターズが

アンティーカが

アルストロメリア

放課後クライマックスガールズが

トレイライト

ノクチルが

それに、緋田美琴

283プロダクションアイドルたち全員が 物語のただ1人の主人公だと思っています

わたしはPにとって天井努もアイドルと同じくらいデケェ存在だなと思ってたけど

七草にちかを出す為に社長周りを固めてきたんじゃないのって意見見てボロボロ泣いちゃった

やっぱり七草にちかって Pにとって1番デケェ難関で アイドルマスターシャイニーカラーズの真打なんだよね

アイドルだけじゃなくてPや天井七草はづきにとっても

まり283プロ全体の乗り越えるべき門なんよ

からがちがちに固められた社長周りを知っていて欲しいし

真に七草にちかという存在を体全体で感じて そして打ちのめされ 鬱になってほしい

まあ ここらへんが賛否両論分かれるポイントなんだけどね うーん

外伝漫画でやるにしても核心に近すぎだし 円満にやるにはもう完全に別コンテンツにするしかないものなあ

難しいや

私はあっさい人間から七草はづきが反対してたのは

アイドル事務所に勤めており幼い頃から七草にちかを見つめていた七草はづき

彼女の才能が悲しいほどにないことや なりたいなりたいでなれるものではないという意思表示なんじゃないかなと思ってたけど

八雲なみのことも関係してくるのかもしれないなあ…

浅い人間すぎて涙出てきちゃった

八雲なみ そうだよね 八雲なみも才能のない女だったんだよ

それはアイドルじゃない 女優の才能

それを知っている七草はづき七草にちかをどう思うか

「足に合わせるんじゃない、靴に合わせるんだ」

このセリフがなかなか残酷なんだよね

それでもPはにちかに合う靴を見つけて 天井努が望んだ 本来なるべきだった 自分と同じ轍を踏まないプロデューサーになれるんだと思います

七草にちかの躍進だけじゃなくて プロデューサーの成長もあるのかなと思います

話は変わるけど他のアイドルたちのスターラインって Pと出会ったところなんだよ

でも七草にちかは違う wingを優勝したところがスターラインなの

そこから初めて アイドルの道を歩んでいいラインに立てるの

これっぽっちもない才能を それだけのハンディキャップを乗り越えるのが七草にちかシナリオなんよ

なんかもう七草にちかがアイドルマスターシャイニーカラーズなんだよ

正直 七草にちかが圧倒的に 中心にあるコンテンツだよ アイドルマスターシャイニーカラー

天井努が今も後悔してやまないルートを 同じ轍を踏まないよう

天井努の行くべきだった道を アイドルの足に合う靴を見つける

悲しいことにそれがアイドルマスターシャイニーカラーズの本質なんよ

しかにいろいろ見ていると 七草にちかばかりが 天井努ばかりが中心に来ているおかしさにも目は向いてしまうけど

他のアイドルたちのシナリオでもPはアイドルに合う靴をアイドルが行きたい方向へ向けて 力強く背中を押してきた事実だけは揺るがないと思います

天井努はアイドル史に名を刻んだ八雲なみのプロデューサーだった

間違いなく低迷したアイドル業界を立て直した男です

天井努が言う「足」はきっと心のこと 「靴」は才能のことなんです

今まで育ててきたアイドルたちはみんな 元々心と才能が一致していた

足に合った靴を履けていたんだよ

天井努はこう思っている

俺と同じ轍を踏まないでほしい

その真意は Pには 足に合った才能を作れるようなプロデューサーになってほしかった ということでしょうね

足に合わない靴を履いていたら いつかその足は壊れるんです

すぐ側に 自分が本当にやりたかたことをやっている人間ごまんといる業界で生きていけるほど

足は丈夫じゃないからね

正直なところ 七草にちかのカードって

とてもかわいいけど何か足りなくて

それはきっと彼女が履きたかった靴なんだよね

彼女の足に合う靴はまだ出来ていません

血の滲むガラスの靴がいつか七草にちかの足に合うように 手探りでも進まなければいけないんです

いつ彼女の足が限界だと 悲鳴をあげるかは分かりません

アイドルスターラインに立ったことが そもそもの間違いだったのかもしれません

それでも彼女の足に合う靴を いつかつくってあげなければいけないのです 彼女が足に合った靴で ステージに立てるよう

彼女がしていることはまだコピーなんだよね 平凡な子の200%って それでもコピーだけなんだよ

彼女が履いているのは所詮八雲なみ」のもの

いつか「八雲なみ」じゃない 「七草にちか」の靴をつくれるように Pはそうならなければいけないんだ

wingシナリオ七草にちかが 「八雲なみ」を履いて ひどい靴擦れを起こしながらどこまで歩けるかを 試す為のシナリオだったと思います

反吐を吐こうと足が潰れようと 血でべたべたの靴で 彼女がそれでも歩み続けられるかどうかを スターラインに立てるかどうかを試すシナリオ あたまおかしくなりそう

シンデレラの小さな靴は 国でだあれも履けませんでした

彼女は意地悪な姉ではないけれど 足を切り落としてでもあの靴を履こうとしたところに彼女を思い出してしま

なんかごちゃごちゃ2000字以上語っても何もわかんなかったし 感情に任せて書いたから何を言いたいのかもだんだんわかんなくなってきちゃったけど

たぶん七草にちかをアイドルにするかどうかをまだ迷ってるんだろうな 私は

私は七草にちか以上に平凡で ただぼんやり生きて

ファッション美容系という夢はあったしそういう進路にも進んだけど 才能が必要路線ではなかった

特別」になるなんて考えたこともない私は七草にちかの気持ちになることすらできないから わからない

私はPのように才能がない Pは才能を見出す才能と それを磨き上げる才能があると思います

でも才能がないから 才能がある人間気持ちがわからない 考え方がわからない

どこまでも傍観者なんです

物語なんだから アイドルマスターなんだから最終的にはトップアイドルになれるとは 頭ではわかっている

ただの傍観者なら ハッピーエンドが待っている安心感に縋れるけど

なまじ育成をしてしまっている以上

なまじ 彼女の脚を折った経験がある以上

最悪を想像してしま

七草にちかのwing 勝っても負けても遺恨がのこるというか

負けてしまえばそこで七草にちかの夢は閉ざされてしまうし 勝っても八雲なみとは違うベクトル彼女を後悔させてしまうかもしれないとも思います

自信がないんだよね これから私が これから私が七草にちかに合う靴を作ってあげられる自信がない

Pはきっとそれも成してくれるとおもうけど 未来シナリオがまだないが為に私は心配になってしまうんだ 悲しいけど 七草にちかの未来を信じられない

なぜなら私はPじゃないか

なぜなら私は にちかじゃないか

2021-07-03

国立大工学部のB3だけどつらい

表題のとおりである

何がつらいって実験レポートがつらい。

実験内容は興味がないわけではないし、なかなかお目にかかれない機器を使ってデータをとるのはなかなか楽しい

しかし、レポートがきつい。とにかく量が膨大だ。回によってまちまちではあるが、少なくても15ページで4000字程度、多いとその倍以上になることもある。これを1週間で書き上げなければならない。

書いても書いても終わらず期限目前になってしまい、中途半端な出来で提出して再提出を食らってしまう。そもそもタスク割りが下手なのもあると思う。

再提出の締め切りは1週間後で良心的に思えるが、次の実験レポートの締め切りと被っている。再提出のレポートをやるのに時間をとられ、次のレポートに取り掛かることができずこちらも再提出になってしまう。以下同じ事が永遠にループしている。とうとう今週は再提出のレポートも次のレポートも提出できずに終わってしまった。我ながら情けない。

タスクが終わらない不安感はメンタルを蝕んでいく。おとといから2日ほどレポートもほかの授業の課題も手につかず、一人暮らししているアパートの一室で横になってぼんやりしていた。部屋にはゴミが散乱して台所シンクには洗い物が溜まっている。何もする気力が起きない。できるのはYouTube漫画を眺めるくらい。今も死にそうになりながらキーボードをたたいている。

実験を一緒にやっている班員は「きつい」といいつつも、きっちり期限内にレポートを仕上げて提出しているようだ。同じ学科の友人も同様にうまいことやっている。周りが優秀なだけに、どうして自分だけ無能なんだろう、と自分を責め続けてしまう。

そもそも学部3年の実験なんて、やる内容も決まりきっている。結果もわかりきってて考察内容だって模範解答が存在するものだ。舗装された登山道自力で登るようなものだろうに、なんで私だけできないんだろう。ここで躓いていたら、4年の卒論修士課程なんて乗り越えられるはずがない。

実はメンタルが不調になるのは初めてではない。大学入学した直後にも派手にやられている。今よりもかなりひどくて、なかなか2年生に進級できず1年生を2,3回やったほどだった。

そのとき大学メンタルヘルス部門を訪れたり休学して実家に戻ったりして、何とか復調できた。一度元気になってからは順調で、フル単ではないが3年生までストレートに進級できていた。

しかし現状はこのザマであるタスクをこなす気力すら失ってしまった。

いったいどうすればバリバリレポートを片付けられるんだろう。

2021-07-02

こんな夢を見た。

フランスで行われるという鉄道イベントを見に長距離列車に乗ると、ずいぶんと古めかしい仕立ての列車で、客車機関車で引く客車列車しかった。

一緒に乗り込んだはずの友人とは席を探しているうちにはぐれてしまったようで、どうも隣の車両にいるらしい。

私の席の前後には若い兵士たちが銃を担いで乗っていて、彼らは陽気に「どこから来た」「どんな仕事をしている」と話しかけてくる。私もたどたどしく「日本から来た」「これこれこういう仕事をしている」と答えた。簡単英語なら通じるらしいが、それよりも彼らが私の席の方に銃を立てかけてくるのが気になって仕方がなかった。

そうこうしているうちに、田舎の駅についた。回りには何もないが駅はそこそこ大きく、どうやらここで乗り換えるようだ。

プラットホーム下りぼんやり列車を待っていると、やはりこの駅止まり列車が入ってきた。この列車にもイベントに向かう人が大勢乗っていたとみえて、下りてきた乗客たちでプラットホームはたちまち混雑した。

その客のなかに古い友人が2人いるのを見つけ、しばらくしてやってきた列車には彼らと一緒に乗り込んだ。同じ列車に乗っていた友人の姿はいつの間にか見えなくなってしまった。

乗り換えた列車イベント向けのもののようで、蒸気機関車が引っ張っているのか、ともかく特別列車のようだった。

列車の中でぼんやりしていると、フランス田舎を走っていたはずが、いつの間にか日本田舎を走っている。

外には菜の花が咲いてうららかな日が差していたし、なにより列車が長い客車を繋いだ特別列車から国鉄時代に作られた古くて短い編成のディーゼル車に変わっている。イベント目当ての客で混んでいた車内も友人を含めて何人かがちらほら座っているだけだった。いつのまにか、はぐれていたはずの友人も近くの席に座っている。

「あれ、フランスを走っていたはずなんだが」と思って思い出すと、蒸気機関車が爆発して事故に巻き込まれたような気もしてきた。

じんわりと、どうも死んだらしいとわかってくると、フランスあの世から日本あの世国鉄型のディーゼル車移送されているような心持ちになってきた。

もう少しフランス列車に乗りたかったなあと思っていると、思わずふらんすへ行きたしと思へども……」と口ずさんでいた。

一生分稼ぎ終わったと勘違いした人間の末路

ぼんやりしか聞いてないけど、多分稼ぎ=ビットコインだと思う。


めちゃめちゃ羽振り良くなって、仕事もやめて、非モテだったので愛人作った。

大金持ちなれてないし、所謂成金なので、

資産を分割運用とかしてない、馬鹿みたいに女(やその他)に金使うって生活になって、突然財産を失った。

結局手に入れたものほとんど手放してうだうだ言いながら仕事やりなおして暮らしてはる。

起業家タイプからまた一からでも始められるからまだましなほう。

愛人さんは、生活水準が一気に落ちたので元に戻すのに苦しんでる。

しかも色々言いくるめられて、貰ってた金額の何割かを返すことになってそれ以外の縁は切ったらしい。

そんな話を聞いて思うのは、

一生分の概念って人によって違うよね、油断大敵。すごいインフレあるかもしれないし、国外逃亡しないといけない状況くるかもしれない。

現金はもちろん、仮想通貨不動産外貨ドルとあと2~3通貨)、株たくさんとかで、自分が思う一生分の数倍ぐらいはないと安心してはいけない。

ってことは数十億円は必要になってくる。

そこに至らないなら、堅実な商売でも軽くやり続けたほうがまだ安定する。

それか資産家がやってるように、多少攻めの運用とかでどんどん増やしていくか。

特に資産家たちみんなが、ガンガン投資してかないと(資産家みんなが守りに入ると)、株価とか色々下がるので、みんな不幸になる。

攻め続け中ればいけない。


そんなわけで、今はTポイントビットコインが買えたり、ペイペイとかバーコード決済で得たポイント投資信託みたいなの(投資はしてるがよくわかってない)買えるから庶民もどんどん投資して、金回りを良くしてくべきだと思う。もちろんリスク判断は己でしっかり、よくわからんかったら知ってる知り合いに聞こう。

anond:20210701223640

カウンセリングを申し込むのが辛い人が辛い時にお金を払って話を聞いてもらうサービスって要るよな、とぼんやり思った(ツリーはあまりちゃんと読んでいない)

2021-07-01

母の弁当が思い出せない

うちの親は割と料理上手かつ弁当に手間をかけてくれてたはずなんだけど(朝から唐揚げ揚げてくれてた……)、具体的に何が入ってたか思い出せない

思い出せるのはおいしかたこととか、結構バリエーション豊かだったなとか、あの保温できる弁当箱はすごいなとかぼんやりしたことばっか

から唐揚げは寝ぼけて大火傷してたのでめちゃくちゃ記憶に残ってる

あと海老枝豆の揚げ物とか、底に占いが書いてあるグラタンとか、カップスイートポテトとか冷凍食品のことばかり………そういうことだけ鮮明………

毎日何を食べてたのかな…………自分弁当作るようになったので真似したいけど何にも思い出せない

作り甲斐がない娘でごめん母

2021-06-29

ガチ陰だからぼんやりまれてこなくて済んだならそれでよかったなと

親には感謝してるし親の事好きだから親が死ぬまでは生きていようと思うよ

でも産まれずにすんだなら 俺が今卵子の目の前に立つ精子だとするなら

まあ受精しないよね

反出生主義には共感するところしかないがこの考えを支持する人はつまりこの世の生存競争に負けた人たちだから

そりゃ世間に支持されるわけもないね

親のせいなどとは思わない 結局自分は頑張ってもKKOしかなかった、それだけでしかない

じゃあこんな自分は生まれてこなければよかったと思うのは自然だよね

そう思う事すら表に出せないんだから

2021-06-28

「豊かな時間」に向いてない

俺は中学生くらいの頃からぼんやりと雲を眺める」とか「山の中で何もせずに過ごす」とか「海をただ眺めて帰る」みたいな行為に憧れを覚えていて、実際そういう類のことをときどきやってみるんだが、ちょっとびっくりするくらいすぐ飽きる

たとえば家の近くの川沿いを歩いて、河川敷下り階段の途中に座ってみる

薮がすげえ繁ってるんで川面は見えないんだが、せせらぎは聞こえるし、ウグイスはいい感じに鳴いてるし、ふと横を見るとサワガニもいたりして、大変よろしい感じがする

人も通らないし、存分にもの想いにふけれる

実際にふけるんだ

そんで、ああもう十分堪能したぞ、これは30分くらい経ってますねえ!と思って立ち上がり、時計を見てみるんだ

7分しか経ってない

マジでびっくりするんですよ 俺、豊かな気持ちになってたつもりで、7分で飽きてんじゃん!

いつもそうなんだ

都会にいた頃、夜に散歩してて、デカ幹線道路にかかった歩道橋を見つけ、なんとなく上ってみたら、下を通っていく大量の車をみるのが思いのほか楽しかった、なんてことがある

道路都市の血管や!俺はい都市の脈動を感じている!もう1時間くらい見てるんじゃないか?今回は景色に動きがあるし、少なくとも30分は見てますねえ!

そう思いながら一応時計をみたら15分も経ってなかった

万事その調子

「豊かな人間になりたい」って動機ありきで形から入ろうとしてるのがまずよくないんだろうし、よく考えるとそもそも雲を眺めるみたいな行為への憧れのもとがNARUTOシカマルな気すらする

戦う前から負けてるのかもしれないし、そもそも何と戦ってるんだ

というようなことを、焚火増田をみて思いました

俺は夜の海に行って焚き火してる人がいても、カップルがいても、「ゲッ人おるやんけ!まあええわ」くらいのことしかわず、多分15分もしないで帰るんだろうな

貧しい人生ですこと!

疲れ過ぎてマトモにアニメが見れなくなってだいぶ経った。

最近ちょっとずつ見てない分を消化していってる。

今は「禍つヴァールハイト」というのを見ているのだが。

…なんだこれぇ。

ゲーム原作…だからアレなのか。

ゲーム原作アニメってよっぽど優秀じゃない限り、ガッカリなやつが多いよな。

何かがすっ飛ばされてる感じがするんだよな。だから印象がぼんやりちゃう

このアニメも「雰囲気出そうとして茫洋とした感じになっちゃってる」のが否めない。

謎の展開の仕方が群像劇っぽいのもいただけない(下手だから)

密輸組織の面々の行動理念も謎だし。

まあ、密輸してるだけでテロリストじゃないから、逃亡中に人助けとかしてもおかしくはないってか?

わざわざ冤罪配達人を助けた時点で、そういうスタンス人達だってことなんだろうけど。

まだ4話の途中なんで、これから面白くなればいいんですがね…

骨折した

建物から出るときに三段くらい急階段になってるところでぼんやり空を見てて踏み外し、転けて下敷きにした右足がぐきっといった。

直後歩けず、立ち上がると立ちくらみがしたので座ってしばらく休んだ。足首をみるとくるぶしの下が腫れている。やばそうな感じ。

その後、引きずりながらも歩けそうに回復したので土曜だし薬局に行ってロキソニン湿布買って月曜日まで凌ごうと思った。

ところが、薬局に向かう途中で物理的には歩けるが痛み的に歩けなくなった。家にも帰れる気がしない。でも救急車呼ぶほどではないような。で、#7119に電話病院の紹介を受けタクシーで向かった。土曜の午後だったのに一件目で受け入れてくれる病院に当たってラッキーだった。しかも丁寧に診察いただけた。

結果は右足踵の剥離骨折で、固定することになった。大人になって人生初の松葉杖生活

すごい辛い。ちょっとの地面の傾きや坂が無理すぎる。あと私の四肢は右足が大黒柱で、右手は肩が痛く左手は手首が痛く左足は気持ち曲がってて関節硬いといった状態だったので病院ゴミ捨て以外は引きこもり生活を送ることとなった。左足は生まれつき感あるけど両手のことはちゃんと労っておけばよかった。。

今は骨折してから二週間経つが、ギプスで覆われた右足の様子はよくわからない。何もしてないと基本痛くないが挙上してないとすぐ浮腫んで僅かに見える指先が黒くなる。足をちょっと床につけるくらい平気だが夜になるとどういう体勢になっても居心地が悪い。

今週末診察を受ける予定だがギプス外せないかなと思うと同時に外すの怖いなとも思う。

いずれにしろ早く治らないかな。

2021-06-26

首に痣があった

土曜午後、最寄りの郵便局の窓口が閉まる前にメルカリで売れた服を発送すべく、TV画面で観ていたNetflixを消し重い腰を上げた。

部屋着を脱いでベットに投げる。そのまま洗面台に向かい、水で適当に顔を洗う。

タオルで顔を拭き鏡の前の化粧水を取ろうとした時、自分右手首にちいさな痣があることに気付いた。

青とも赤ともつかない色の丸い痣だ、昨日までは(多分)なかった。どこかにぶつけた記憶もない。

スマホ腱鞘炎かいうやつか、いや多分違う、分からない。何だこれ、もしかして病気前兆なのか。健康には人一倍気を使っているのに。

何故か涙が込み上げてきた、先程顔を拭いたタオルに顔をうずめ1分程泣いた。

先日、発達障害の診断を受けた。長年自己診断だったが遂に医者からお墨付きを貰った。ワーキングメモリえぐいほど低い。

知ってたけど、なんやかんやで自分普通であると思っていただけに軽く凹んだ。

先日、なんの気無しにピロリ菌検査を受けたら陽性だった。若者感染率は低いというし、なんやかんやで陰性だろうと思っていたので結構凹んだ。

子供の頃おばあちゃん家の裏山で湧水を飲んでたっけ。あれが原因か?子供の頃の美しい思い出の一つなんだけどな。

今度初胃カメラを受ける、正直怖い。

から管を入れられることにではない、己の胃の中が見るも無惨な状態だったらどうしようという恐怖だ。

コロナ禍で趣味遠征が出来ないことで浮いたお金時間自分自身の身体のために使おうと思った。


これに関しては自分を褒めてやりたい。

ただことごとく引っかかってちょっと凹んだ、それだけだ。ADHD分かった以上、適切な対策を取ればいい。ピロリ菌もこの歳で分かって良かった、ありがとうロビンウォレンバリーマーシャル


私は腰を上げるのは人一倍遅い癖に、ひとたびスイッチが入ると一気に取り掛かる。そして電池切れを起こす。

今がそれだ、検査検査を重ねてことごとく×を貰った。都度自分身体と脳の真実に向き合った。

みはしたが刺激的な経験だ、ぶっちゃけ胃カメラ自体結構楽しみなのだしかし今、手首の小さな痣でちょっと折れた。

好き好んで各病院の敷居を跨いだ癖に

度し難い、実に度し難い。

けどこうやって書き散らかしていたら少しメンタル回復してきた。

手首の痣もよく見たらとても小さい、っていうかこれよく見たら火傷ではないか。こっちは身に覚えがあるぞ、いずれにせよ悪化したら病院で診て貰えば良のだ。

 

とりあえず手首の痣らしきものを氷で冷やしてみた、両手が塞がってしまったのでぼんやり天井を仰ぐ。涙はもう乾いていた、窓の外からどこか惚けたガラスの鳴き声が2度ほど聞こえた。


郵便局の窓口には多分間に合いそうにない。

干された洗濯物を見ているのが好きな話

俺の暮らしている家には洗濯機がないので、浴槽を選択用の桶に転用して、休日になるとぬるま湯を張って布類と洗剤をぶっこんでいる。当然、脱水も手作業だ。何が言いたいかというと、洗濯のものは俺にとって苦行でしかなく、バスタオルシーツ類を手絞りでギリギリやりながら風呂場で荒い息を吐いていると、俺は何をやってるんだろう、という気になる。指の皮とかがよく剥ける。

一方で、干し終わったあとの洗濯物を眺めること、これは好き。大好きと言っていい。

理由はまったくわからないんだけども、竿に吊るされたシーツとかハンガーに下がった大小の衣類が風に揺られているのを見ていると、ものすごく満ち足りた気持ちになる。洗濯物のそれぞれによっても風を受けたときの反応が違っていて、ハンカチだとか靴下なんかはささいなそよ風でも大きくひるがえるし、バスタオルなんかはかなりどっしりしていて、ちょっとやそっとの風では動かなかったりする(何しろ手で絞っているので水が抜けきっていないだけの可能性もあるが)。

洗濯物が干されている光景というものの何がそんなにいいのか、あらためて考えてみると、例えば自然界にf分の1ゆらぎという概念があって、あるいはそれに近いんじゃねえか、と思ったりする。

wikipediaでの説明は正直ちんぷんかんぷんだが(https://ja.wikipedia.org/wiki/1/f%E3%82%86%E3%82%89%E3%81%8E)、一般的には「規則性と不規則性とが適度に混成された現象」と説明されることが多い。視覚における例ではろうそくのゆらめき、聴覚ではさざなみ等が例に挙がる。

言ったもん勝ちじゃねえの? という気もするが、実際、俺は火を見ているのも(焚き火のASMRとかあるのだ)波音を聴いているのも好きなので、洗濯物もあるいはそういう類かもしれないと思う。

風という、本来は不可視のものが、それを受ける対象によって見えるようになっている、とかそういうことだ。まあそれらしい説明はなんとでもつく。

ただ、もう一つの理由としてさら漠然と感じるものがあって、俺は洗濯物ってなんだか人に似ているな、と思うんだよな。

風にいくつもの洗濯物が揺れているのをぼんやり見ていると、頭に浮かぶ表現が、「幸せそう」というものだ。洗濯物を見ていると幸せそうだと思ってしまう。

何かの小説歌詞でそういう言い回しに触れたのかもしれないが、ググってみても見つからなかった。

洗濯物の大きさによって風にあおられたときの反応は違うが、強く吹かれた際は、みんな同じでばたばたはためく。それは家族って感じの一つの集合に見えなくもないし、はしゃいで遊んでるみたいだな、とも思う。

俺は脱水作業のあとで疲労しているところで、もしかすると、これを1万倍ぐらい強めると、子供のいる親が車で行楽地にお子さん連れていって、到着した先で娘や息子が駆け回ってるの見るときとか、しんどさも誇らしさも近いのかもしれねえな、と考えるが、子育てをナメるなよ、と言われたらぐうの音も出ないので、まあ洗濯物ってなんか家族っぽいよな、ってぐらいに留めておく。これなら主観なので言い訳も立つ。

ちなみに、はじめてお子さんが生まれから最初乳児衣類の洗濯を、「世界一幸せ洗濯」と呼ぶそうだ。「洗濯幸せそう」で検索たらこればかり出てきた。俺には嫁も子供もいないし、干してあるのはおっさん肌着であって、浴槽に漬けると台風の後の川みたいな泥水が出てくる。

2021-06-25

映画好きなあの子

https://twitter.com/tobatoppers/status/1408171575480774657?s=20

このツイッターみてふと思い出した。

小学生だったかな、中学行ってたかな。

初めてのディベートの授業で、

映画映画館で見る派」と

「家でDVDで見る派」

と分かれて意見を言い合った。

確か、事前に自分はどっち派か、で分かれて少数派だった「映画館で見る派」に入った。

の子映画館派で手を上げていたからだ。

ディベートって本来自分がどっち派かは関係なく二手に分かれて調べた情報や感じたことを戦わせて、お互いの価値を認め合うといったような、そこそこ高度な議論だと今となってはそう認識してるんだけど、

当時、ディベートなんてもの私は当然初耳だったし、教師側もやったことなかったんだろう。記憶いかもしれんけど。

まずは各派に分かれて机を突き合わせて、互いの良いところと悪いところを出し合うんだけど、真正面に座ったあの子の、映画館で見る映画への情熱に私は圧倒されたのを覚えてる。

好きなものを語るあの子一生懸命で、頬を紅潮させて、もともと大きな目が更に大きくキラキラしてた。何を喋ってたかは覚えてない。

わたし映画館に行ったことがなかった。

から想像しか意見を言うことしかできない。音がいいとか、迫力がすごいとか、そんなことしか出てこなかったとおもう。

お金がどれだけかかるかとかも当然知らない。

でもそんなことどうでも良かった。

の子に夢中だった私はこの瞬間がとても幸せに思えた。

一転、ディベートの本番では家派にコテンパンに叩きのめされた。

の子が先頭に立って反論するが、質・量共に足りない。応援弁論にわたしも立つが薄っぺら反論しかできなかった。

負けたと思った。惨めだったなー

の子は泣いてた。申し訳ないと思った。

ボケした私のせいだと自分を責めた。

このあたり、正直言って記憶曖昧だ。

泣いたのはわたしだったかも。

思い出そうとしてもぼんやりしてる。

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