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はてなキーワード: つのとは

2024-01-28

anond:20240128145807

メートル原器(メートルげんき)とは、1960年まで1mの基準として用いられた原器である

・・・つのまに終わってたん。。。( ゚Д゚)


光速が、「299,792,458メートル毎秒」なので、

「299,792,458分の1光秒」が1メートルって、そんなん測れるんかいな。

anond:20240128121853

哀れか?

こいつの思想とかやったこと知ってんの?

野垂れ死んでも笑われるようなやつだぞ

少子化対策が進まない理由

少子化対策、私はした方がいいと思うけど、多くの人が「そんなことするな」もしくは無関心なのも納得はできる。

少子化対策しないことで起きる問題を直撃するのはこの後30年も40年も生きる予定の人だけ。

半数以上(6割近く)の有権者人口減の悪影響を大きく受けることはない。

少子化の影響を受ける世代でも「何とかしないと30年後に苦労することになりますよ!」と言われたところでピンと来る人はいないだろう。今は困ってないんだから

そんな来るかどうかわからない未来に気を使うより、今楽しく暮らす方が大事

なので大半の国民少子化対策に反対(もしくは完全に無関心)でも不思議なことではない。

それに対して本当に少子化を何とかするなら予算いくらあっても足りないので、負担を増やすか何かの予算を削らなければならない。今生きているほどんどの人が恩恵を預からないのにそんなことは有権者が許さない。

少子化対策に限らないが、こういった問題は「この一つの施策を実行しただけで全部丸っと一気に解決!!」みたいなことにはならない。

あれもこれもどれもそれも、あらゆる角度から様々なことをやって、一つ一つは0.1%ぐらいしか好転させることができないことを大量に重ねていって、ようやく目に見える効果になってくる。

政治でできることもあるけど、政治だけじゃできないこともあるし、民間で一人ひとりがやらないと良くならないこともある。

そしてそれら一つ一つも簡単にできることじゃない。だから面倒くさいし成果も見えにくいからやる気も起きない。

全員で何とかしようとすれば、何とかなるかもしれないけど、大変だしそんなこと楽しくないから誰かに押し付けたい。

そんなことより今を楽しく幸せに生きることに力を注いだ方が賢い。

そして皆がそう思うから少子化対策は進まない。

囚人のジレンマ


それに毎年100万人殺すのは悪行だけど、毎年100万人産まれてくるのを止めるのは悪行とはみなされないからね。

2024-01-27

anond:20240127192824

志賀町能登中核工業団地などに代表されるように、

石川県県内あちこちで進めてきた企業誘致北陸新幹線建設など、

産業観光振興への投資をしてきた。

一方、災害リスク軽減に向けた計画づくりは産業振興にブレーキをかけることになるからペンディングにしてきた。

今思えば07年後の耐震診断くらいはしないといけなかったな。

防災投資を暗黙の裡に手控えなければ進められないという平時政治メカニズムが、

この国の災害脆弱性を増大させている一面はありそうだ。

この平時復興期の政治の動きは表裏一体。復興期の動きのなかでは、二つの政治的な動き方がありうる。

ひとつは、地域経済産業災害前の同じ状況に迅速に戻そうという動き。

観光地であれば、訪問する外の人々に災害を早く忘れてもらったほうがいいし、

曲突徙薪の故事でいえば政治家が災害後の復旧でヒーローになる手っ取り早い発想だ。食べて応援!みたいな流れもそれに近い。

2004年インド洋津波被災したリゾートアイランドでは、

ビーチ沿いのせまっくるしい土産ストリートで人があふれ逃げ遅れたという教訓があるにもかかわらず、

復興過程はいち早く観光産業再生し、政治家は避難施設への誘導標識をつけたり訓練をしたりすることすら嫌がり、防災対策としてはあまり何もしなかった。

結果、全く同じショッピングストリートが出来上がった。そして同じ規模の津波がきたらきっと同じことが繰り返される。

もうひとつの動き方は、災害で失われた生命財産に対するバックラッシュ

東日本大震災復興過程では、生命安全をなにがなんでも守るという災対法の理念を忠実に実現しようとした。

平時では合意形成が難しく、とても実現できないことを復興期にやれるのは強味ではある。

浸水地域ではもう人は住むな、といって一世帯あたり3000万くらいかけて高台をつくり、巨額の復興予算海岸は大量のコンクリート防潮堤建設した。

しかし迅速な復興を目指したあまり復興計画への住民合意形成拙速になった。

結論を急いだ結果、家を失い生計を失って自分自身生き方を迷っていた多くの地域の人たちが結果的地域を出ていき、地域に残りたいというのは

そこで人生を終えたい高齢者だけになった。以前にも増して限界集落となって投資したコンクリートを誰も住まない地域に残した、という教訓がある。

山本一郎復興のあり方に懸念した文章みたけど、それってこのあたりの課題に重なる。

ただ、じゃあ徹底的にB/Cで思考しろって話でもない。

行政が介入した瞬間から参与観察になって地域に影響を与えることを覚悟しないといけなくて、費用便益を事前に計画客観化できるというのはうそだ。

復興過程での政治行政主導が住民レジリエンスを阻害して、結果的投資釣り合わない結果になったかもしれないという部分を考察しないといけない。



どちらか一方しか選べないのだとしたら、前者のほうがマシだと最近思うようになった。

ハード的には不十分な復興というぐらいがちょうどいいんじゃないかと。

つの間にか疑わしきは罰せよになってるのはなんでだろー

anond:20240127183239

ガチャ成功するか失敗するかは運だけど、そこからどうするはは自分次第だよ

自殺するのも人殺すのも誰かが助けてくれるのを待つのも何もしないのも何にもならないかもしれないけど何かしら頑張るのも

anond:20240127180900

そういうやつはこどおじ部屋から配信して親フラもネタとして取り込み一歩を踏み出せたやつと何もしないやつで既に分かれた後である

今も行動できないやつの99%は今後も行動しない

もったいなくはない

anond:20240127172314

本当に後悔するのは、50になってからだよ。

って周りに脅され続けていつの間にか50になってしまった自分だけども、

全然後悔する気は起きなかったわ。

まぁ、独り暮らしから、ぶっ倒れたら手遅れ状態しか発見されないだろうし、

その分だけ寿命は縮むし、手遅れなせいで障害が残る悲惨人生になるのは分かるんだけども、

それもまぁ仕方ないよねって覚悟はしてる。

ゲーム、似てる似てないってよりさ

こんなに面白いのに気持ちよくプレイさせてくれない方がもやるなー

オリジナルだとダメ既存IPがどうのってやつの反発なのかもしれんがそういうのは心にしまっといて気持ちよくプレイさせてくれよ

面白いけどこれ〇〇じゃね?とか〇〇参考にしたんだろうなってのが両立してんだわ そのうち慣れるとは思うが

動線かいいしゲーム部分は丁寧に作ってるなって思う分本当にこんなくだらねーことでもったいないことするんじゃないよ

コモップとかネムラムとかかわいいじゃん いいのいるじゃん この路線じゃダメだったんか?

初出し映像でレシゼクじゃね?とかレントラーじゃね?みたいなのいたからそっからうそういう目で見られるのは仕方ないし想定はしてるだろう

レントラーみたいなのは今のところ見かけないから流石に消したのだろうか ポケモンバリバリに参考にしてんだろうなってのはどーしても感じとってしま

話題集めとしてはバッチリだけど制作者のよくわからんプライド故ならちょっと印象がよくないな しらんけど

いいオリジナルいっぱいいるのに、なんでわざわざそれっぽいパーツをつけたのを出すのか

フェザーロに弓モーションさせるのはやっちゃってんなぁ…

せっかく面白いのが作れるのにこういうことしちゃうんだなとは思ってしまう そこが残念 本当に

ーーーーーーーーー

こっから個人的な似てる似てないの考え

どこのラインというかなにを持って似てる似てないを感じるんだろうか

ペンギンモチーフなんてのは色数限られそうだし、実際そんなポッチャマに似てないとおもう

タキシードサムなんかも色合いとしてはこんなんだ

タマコッコモクロー似てないって思ったけどあ、目がモクローじゃんってふと思った瞬間もうモクローなんだよね 口と目のバランスとかフォルムがなんか

クルットリ、ネイティオっぽいって言われてるけどただの南国の陽気な鳥みたいな感じがする 色合いとかお腹の目っぽか見えるやつは参考にしてるんじゃないかと言われたらそうかな…って感じだけどそこまでじゃないか?それより嘴のドデカバシっぽさのほうじゃないか

レヴィドラもリヴァイアサンモチーフだとしたらそんなギャラドスでもないし

ただやっぱりサーナイトドレディアみたいなのはそうだよなーって思うしヌメルゴンベイリーフもうん…だいぶそうだよなって思う

メルパカの脚のビジリオン感とかね

トドドンのメッソンの頭みたいなのとかつけるならつけるで色変えたりとかギザギザにしたりとかもう少し連ねたりとかして変えることできんかったんか…?

パーツとフォルム(シルエット)で似てる似てないを感じるっぽい、自分

ラベロットもそうだな フォルムがでかいかもな

パクリパクリじゃないかは、パクリではない

でも似てるか似てないかでいうと似てるというより似せてるという印象だ

変えようと思えば変えられたろうに

まあ初報でモンスターガッツリポケモンっぽさを感じてしまたからその後もそう見えてしまうというのもあるだろうな

ちなお気に入りマスクロウ

ーーー追記というよりまとめーーー

似てる似てないってふと思う自分も嫌って話

ゲームに集中したいのに

そのうち慣れるとは思うけどって上記でも書いたけど、もう少しデザイン変えてくれたらなって思いはずっとつきまとうかもしれん

おもしろけりゃオッケー!とも思う気持ちといいデザインのやついるのにどうしてって気持ちが両立してるわけ

anond:20240127124851

Twitterに山ほどおるで

全員コミュニケーション下手だからあえて距離感遠目にしとかないと事故るけど

レスマンとかは避けて穏やか目の人をフォローしてたまーにリプライ飛ばすくらいにしてる

普通友達距離感を保つのそもそも難しい特性からなぁ

実家はお前の家じゃないんだよ

実家暮らしストーカーニキって、なんで実家(親の持ち家)を自分の所有物だと思っているんだろう。

もちろん、自身が家を相続する権利があると思ってるからというのは頭で理解出来るんだけれども、それって相続するまでは親の持ち物だよね?親と一緒にローンを払いましたとかならまだしも……。

インターネットの片隅に、E先生というイラストレーター先生がいらっしゃって、その人は毎月2万渡すから…と新潟実家九州に住んでいるイラストレーターを呼び寄せようとしていた。

その騒動リアルタイムで見ていて「お前の家じゃねえだろ」と声を荒らげそうになったものだが、その数年後、似たような事を言う男にロックオンされたことがある。同じ職場の違う部署の先輩だった。

E先生と似た人っているんだ。というかストーカー男は基本的に親のもの自分のもの精神の人が多いのかな……とその時ぼんやり思った。

それが、昼食を取っている時に勝手に向かいに座られて、引っ越ししないか…と持ちかけられた時の話である。考え方が異次元だったので色褪せる前に備忘録として残しておきたい。

E先生にぶつけたかった質問を色々投げられたのでその時は気持ちよかったが、改めて羅列するとなんだこいつ。

男「私さん、今(の居住地)って職場から遠いんですよね?」

私「○○さんから聞いたんですか?私は混む道があるだけで遠いと思ってませんけど。(休みの日に毎回家凸してこようとするので住所をボカしてる)」

男「僕の家に住みませんか?職場近くなりますよ。家賃もいらないですし。」

私「!? 男さん、いま実家暮らしですよね?新しくお部屋探す予定ですか?」

男「いいえ。部屋探しする予定はないです。」

私「!?!? え、もしかして男さんのご実家引っ越して来いって言ってます?」

男「はい。」

私「男さんのご実家って男さんが購入したものですか?違いますよね?ご両親が購入したおうちですよね?」

男「そうなりますね。」

私「それじゃあなんの権利があって私に住めって言ってるんですか?」

男「えっ?」

私「いや、ご両親が買った家ならご両親のもので、あなたは住まわせてもらってる立場ですよね?もう男さん、一人暮らししてていい年齢ですし…。そんな人が家住んでいいよって言う権利なくないですか?それともご両親に先に話通したりしてます?」

男「えっ、あ、いや……。部屋は余ってるので両親はいいって言うと思います。姉はもうすぐ出ていきますし。」

私「姉!?姉がいるならなおさらあなたが私に実家に住めって言う権利なくないですか?」

男「え…でも部屋余ってるし。私さんも引っ越してくれば会社近くなるし…。」

私「息子と付き合ってもいない、住む場所がない訳でもない見ず知らずの女性に対して、自分が汗水垂らして買った家に住んでもいいって言う人はいないと思いますよ。それに仮に住むとして、家族になる訳でもない人に気を遣うは私は嫌です。」

男「あ、それなら大丈夫。親に顔とか見せなくていいから…。」

私「だから、なんの権利があって言ってるんですか?お姉さんが仮に知らない男連れてきて、実家に一緒に住むようになったけど挨拶もしない素性も分からない、加えて彼氏でもない…て怖くないですか?しか自分が買った家で、ですよ。」

男「そう、ですね……。」

私「私はあなたと付き合う気はないので、あなたのご実家には住みません。加えて、あなたのご実家あなたのご両親の持ち物で、あなたの所有物ではありません。」

男「でも…」

私「せめて女口説くなら新築物件探すくらいの手間は掛けましょうよ…。」

この話をしても、「やっぱりうちにおいで」としばらく誘われていた。

たぶん私が新しく住む家を探してる…という話を聞いたから喜び勇んで話を持ってきたんだと思うけど、私が家を探していたのは紛れもなくこいつのせい。

私はその時体調を崩して実家に住んでいたのだが、休みの度に「家まで行っていいですか?」「夜遅くても関係ないです!僕が行きますから!」「☆☆方面って聞きました!今向かってます!(違う)」としつこく連絡をし、仕事の時は私の車の前で待ち伏せされ、私が所属する部署に関わる仕事にわざわざ志願して…と、将来的に親に迷惑をかけそうだったためである

結局、同僚が上司にそれとなく話してくれ、「数年前にもほかの女性社員の社宅に何度も押しかけてクレームになった」事も相まって、デカミスをした時に窓際部署に移動になりそのまま辞めた。

今でもストーカーしてるのかな、あの人。

anond:20240127112857

チーズ牛肉という個々パーツで見ればメリケンにあるやつのほうがさすがにレベル高そう

女性発言力・影響力は確実に増えてきていると思う

女性社会進出権利向上がどれだけ進んできているのかの指標として何があるだろうか。

私自身は、女性から男性に対する容姿評価がどれだけ高くなってきているかどうかで計測することにしている。

一昔前では、女性男性に対して容姿ジャッジするなんて考えられなかった。

しか現代では女が男の容姿評価するのは当たり前だし、男の容姿揶揄する言葉がいくつも生まれている。

思いつくだけでも、不細工ブサメンモテない男、キモ男、チー牛。

つの社会の中に強者弱者がいると、強者弱者容姿ジャッジして抑圧するようになる。

今までの男性優位社会では男(強者)が女(弱者)を外見で差別する社会であったが、女性の影響力増大によって男性側も「弱者」の属性をまとうようになった。

男性アイドルなど、女性から性的消費される男性は今後もっと増えていくのではないか

それは同時に女は男に(容姿を求める代わりに)経済力を求めなくなるようになることでもあり、専業主夫志向男性にとってはいい話なのかもしれない。

つの間にか松本の性加害問題から遊び方キモいに変わってる件

久しぶりにこの問題に触れたら、いつの間にか松本がが性加害したって問題から

遊び方がキモい不愉快みたいな問題にすり替わっててワロタw

別に芸人キモい遊び方してようとお前らには関係ない話だろ

そもそも性加害はどこに行った

文春のことだから二の矢三の矢があって松本芸能人生終わりなんじゃなかったのか?

しろ尻すぼみやんけ

anond:20240127071311

何かしらやらかすと、すぐに大臣総理も辞任していた20年前なら大騒ぎだったかもしれない。しかし、アベ以降の自民党があまりに腐っている惨状を、国民は繰り返し繰り返し見せられすぎた。多少なりと政治に関心のある国民なら、「ああハイハイ、大物はことごとく不起訴だし、解散とか言っても看板かけ替えるだけですよね、平常運行で腐ってますね。」と白けた面持ちで今回の件を眺めているに違いない。

キックバック裏金化は自民党政権が腐っていることを示す事象群の一つでしかない。半世紀後も日本が存続していて日本史が書かれるならば、アベ以降の自民党の顕著な変質が一つのトピックとなり、キックバック裏金化の露呈は、その変質の一例として脚注で取り上げられる細かな事実の一つ程度の扱いになるだろう。

追記:消し逃げで話が追えなくなってるので自分のをリンクしとく。

https://anond.hatelabo.jp/20240127081641

https://anond.hatelabo.jp/20240127075129

anond:20240127001421

コンピュータの方が得意かと思ったが

ChatGPTは相変わらず日本語言葉遊びは苦手だな

User

日本語五十音からある行を一つ選んでください。

その行の五文字からまり、残りの文字は全て同じで、日本語の正しい単語になるような、出来るだけ長い五つの言葉を考えてください。

たとえば

ある(在る)

いる(居る)

うる(売る)

える(得る)

おる(折る)

という組み合わせがあります。これはたった二文字なので、二点です。出来るだけ長い言葉を考えてください。

ChatGPT

了解しました。五十音表の一つの行を選んで、その行の五文字それぞれから始まる言葉を考え、全ての言葉共通の残りの部分を持つようにします。では、「さ行」を選んで、以下のような組み合わせを提案します。

1. さる(猿)

2. しる(知る)

3. する(する)

4. せる(瀬る:流れの速い川の浅瀬)

5. そる(剃る)

この組み合わせは、「る」が共通の部分で、二文字言葉ですので、二点となります。他にも長い言葉の組み合わせが考えられるかもしれませんが、これが一つの例です。

User

三点以上の物を考えてください。

ChatGPT

了解しました。三点以上を目指して、新しい組み合わせを考えます。今回は「た行」を選んでみましょう。

1. たいせつ(大切)

2. ちいせつ(知恵節:知恵を節約すること)

3. ついせつ(追節:追加される節)

4. ていせつ(提説:説を提出すること)

5. といせつ(問い節:問いを含む節)

この組み合わせは「いせつ」が共通の部分で、三文字言葉ですので、三点となります。これは一例ですが、日本語には様々な可能性がありますので、他にも長い単語の組み合わせが考えられるかもしれません。

そんな単語ないわ~

しかも四文字から四点やんけ~

まあ一文字は固定だから文字が一点とした方が良かったか

2024-01-26

anond:20240126205934

これって世代なんですかね?

20代世代は欲しくない派が多いと言う記事をよく見かけるんですが

30代より上は欲しい欲しくないの気持ちよりも、人生の通過点的な感じで当たり前に子供を持っている人が多いように感じます

自分気持ちより同調圧力というか、結婚したら子供つの当たり前だよねみたいな空気感があると言うか。

私もなぜ欲しいのか理性で理解できないのに欲しい気持ちが先行していて

なら産むんでしょう、というコメントにやっぱりドキッとしてしまいました。皆理性より本能的な感覚凌駕されるのかな...

正気子供持つ選択できる?

https://anond.hatelabo.jp/20240126162507

子供の話が盛り上がってるから自分語りさせて。

30代夫婦。うちも子供について絶賛検討中

どちらも欲しいよりの人間ではあるけど改めて子供持つハードルって高すぎない?

増田記事にもある通りまず痛み。

 よく考えてほしい。女の小さい穴から子供1人出てくるんです。怖くないわけない、痛くないわけない。聞いただけで死がよぎる。

 子供が欲しいって気持ちだけで乗り越えられるとは思えない。普通に欲しいけどただ単に怖い、痛そう、辛いのは怖い。出産死ぬ母体もいる。やっぱり怖い。

②生まれ子供博打すぎる。

 子供は欲しい。でも各種障害ある子供を育てる自信はない。

 障害持ちの子供は嫌だと言うとひどく聞こえるかもしれない。でもよく考えて欲しい。

 自分が生きていくだけでも簡単じゃない世の中で、もう1人の人間金銭身体の世話を死ぬまでする可能性があるなんてこわすぎる。恐ろしい。

 子供は欲しい。楽な子供でも夜泣きの短時間睡眠にはじまり反抗期、進学の金銭負担病気罹患等悩みは尽きないだろう。でもそこまでなら自ら進んで困難に立ち向かう気持ちはある。耐えられるかは知らんけど。

 それでもしんどそうなのに、それ以上しんどいかもしれないなんて考えたくない。可能性が1%でもある以上こわい。

これらの恐ろしさに立ち向かう気持ちでなお胸を張って「子供が欲しい」なんて言える人いるの?本気で、、、?

欲しい派夫婦私たちですらめちゃくちゃ悩んでいる。

だっていいことある気がしないから。

しろどうして欲しいのかもう一度自分に問いたいレベル。でもなぜだろう。愛する夫との子供、何となく欲しい。

ああ。どうしよう、どうしよう...

皆さん子供を持つのにそんなに覚悟しました?各種リスクを考えても、それを乗り越えられると思って子供を持ちました?正気になったら子供なんて持てなくないですか?

子供産めば一生お金に困らないとか一生生活サポーターさんがつくみたいに乗り越えられそうなインセンティブとかあればまた違うけど...

気持ちでは子供が欲しいのに理性がリスクを負うなと言っていてここずーーーっっと2人で悩んでいます。。

子持ちのひと、ほんとすげえよ...すげえ...

anond:20240126183251

9.「平和基本法から佐藤優現象〉へ

 〈佐藤優現象〉を支えている護憲派の中心は、雑誌としては『世界』であり、学者では山口二郎和田春樹である。この顔ぶれを見て、既視感を覚える人はいないだろうか。すなわち、「平和基本法である。これは、山口和田らが執筆し、共同提言として、『世界』一九九三年四月号に発表された。その後、二度の補足を経ている(56)。

 私は、〈佐藤優現象〉はこの「平和基本法からの流れの中で位置づけるべきだと考える。

 同提言は、①「創憲論」の立場、②自衛隊合憲化(57)、③日本経済的地位に見合った国際貢献必要性、④国連軍国連警察活動への日本軍の参加(58)、⑤「国際テロリスト武装難民」を「対処すべき脅威」として設定、⑥日米安保の「脱軍事化」、といった特徴を持つが、これが、民主党の「憲法提言」(二〇〇五年一〇月発表)における安全保障論と論理を同じくしていることは明白だろう。実際に、山口二郎は、二〇〇四年五月時点で、新聞記者の「いま改憲必要なのか」との問いに対して、「十年ほど前から護憲立場から改憲案を出すべきだと主張してきた。しかし、いまは小泉首相のもとで論理不在の憲法論議が横行している。具体的な憲法改正をやるべき時期ではないと思う」と答えている(59)。「創憲論」とは、やはり、改憲論だったのである

 同提言の二〇〇五年版では、「憲法九条の維持」が唱えられているが、これは、政権が「小泉首相のもと」にあるからだ、と解釈した方がいいだろう。「平和基本法」は、戦争をできる国、「普通の国」づくりのための改憲である。同提言軍縮を謳っているが、一九九三年版では、軍縮は「周辺諸国軍縮過程と連動させつつ」行われるとされているのだから北朝鮮中国軍事的脅威が強調される状況では、実現する見込みはないだろう(60)。また、「かつて侵略したアジアとの本当の和解」、二〇〇五年版では、周辺諸国への謝罪過去清算への誠実な取組みの必要性が強調されているが、リベラル過去清算は終わったと認識しているのであるから、これも実効性があるとは思えない。要するに、同提言には、論理内在的にみて、軍事大国化への本質的な歯止めがないのである

 佐藤が語る、愛国心必要性(61)、国家による市民監視(62)、諜報機関の設置等は、「普通の国」にとっては不可欠なものである佐藤饒舌から私たちは、「平和基本法」の論理がどこまで行き着くかを学ぶことができる。

 馬場は、小泉純一郎首相(当時)の靖国参拝について、「今後PKOなどの国際的軍事平和維持活動において殉死殉職した日本人の慰霊をどう処理し追悼するか、といった冷戦後平和に対する構想を踏まえた追悼のビジョンもそこからは得られない」と述べている(63)。逆に言えば、馬場は、今後生じる戦死者の「慰霊追悼施設必要だ、と言っているわけである。「普通の国」においては、靖国神社でないならば、そうした施設はもちろん、不可欠だろう。私は、〈佐藤優現象〉を通じて、このままではジャーナリズム内の護憲派は、国民投票を待たずして解体してしまう、と前に述べた。だが、むしろ、すでに解体は終わっているのであって、「〈佐藤優現象〉を通じて、残骸すら消えてしまう」と言うべきだったのかもしれない。

 ここで、テロ特措法延長問題に触れておこう(64)。国連本部政務官川端清隆は、小沢一郎民主党代表の、テロ特措法延長反対の発言について、「対米協調」一辺倒の日本外交批判しつつ、「もし本当に対テロ戦争への参加を拒絶した場合日本には国連活動への支援も含めて、不参加を補うだけの実績がない」、「ドイツ独自イラク政策を採ることができたのは、アフガニスタンをはじめ、世界の各地で展開している国連PKOや多国籍軍に参加して、国際社会を納得させるだけの十分な実績を積んでいたかである。翻って日本場合多国籍軍は言うに及ばず、PKO参加もきわめて貧弱で、とても米国国際社会理解を得られるものとはいえない」と述べている(65)。

 元国連職員吉田康彦は「国連憲章の履行という点ではハンディキャップなしの「普通の国」になるべきだと確信している。(中略)安保理決議による集団安全保障としての武力行使には無条件で参加できるよう憲法の条文を明確化するのが望ましい」と述べている(66)。川端吉田の主張をまとめれば、「対米協調一辺倒を避けるため、国連PKOや多国籍軍軍事活動積極的に参加して「国際貢献」を行わなければならない。そのためには改憲しなければならない」ということになろう。民主党路線と言ってもよい。今の護憲派ジャーナリズムに、この論理反論できる可能性はない。「8」で指摘したように、対北朝鮮武力行使容認してしまえば、改憲した方が整合性があるのと同じである

 なお、佐藤は、『世界』二〇〇七年五月号に掲載された論文山川均の平和憲法擁護戦略」において、「現実国際政治の中で、山川ソ連侵略性を警戒するのであるから、統整的理念としては非武装中立を唱えるが、現実には西側の一員の日本を前提として、外交戦略を組み立てるのである。」「山川には統整的理念という、人間努力によっては到底達成できない夢と、同時にいまこの場所にある社会生活改善していくという面が並存している」と述べている。私は発刊当初この論文を一読して、「また佐藤柄谷行人への点数稼ぎをやっている」として読み捨ててしまっていたが、この「9」で指摘した文脈で読むと意味合いが変わってくる。佐藤は、「平和憲法擁護」という建前と、本音が分裂している護憲派ジャーナリズムに対して、「君はそのままでいいんだよ」と優しく囁いてくれているのだ。護憲派ジャーナリズムにとって、これほど〈癒し〉を与えてくれる恋人もいるまい(67)。

10.おわりに

 これまでの〈佐藤優現象〉の検討から、このままでは護憲派ジャーナリズムは、自民党主導の改憲案には一〇〇%対抗できないこと、民主党主導の改憲案には一二〇%対抗できないことが分かった。また、いずれの改憲案になるにしても、成立した「普通の国」においては、「7」で指摘したように、人種差別規制すらないまま「国益」を中心として「社会問題」が再編されることも分かった。佐藤沖縄でのシンポジウムで、「北朝鮮アルカイダの脅威」と戦いながら、理想を達成しようとする「現実平和主義」を聴衆に勧めている(68)が、いずれの改憲案が実現するとしても、佐藤が想定する形の、侵略植民地支配反省も不十分な、「国益」を軸とした〈侵略ができる国〉が生まれることは間違いあるまい。「自分国家主義者じゃないから、「国益」論なんかにとりこまれるはずがない」などとは言えない。先進国の「国民」として、高い生活水準や「安全」を享受することを当然とする感覚、それこそが「国益」論を支えている。その感覚は、そうした生存の状況を安定的保障する国家先進国主導の戦争積極的に参加し、南北格差固定化を推進する国家―を必要とするからだ。その感覚は、経済的水準が劣る国の人々への人種主義、「先進国」としての自国を美化する歴史修正主義の温床である

 大雑把にまとめると、〈佐藤優現象〉とは、九〇年代以降、保守派大国路線に対抗して、日本経済的地位に見合った政治大国化を志向する人々の主導の下、謝罪補償必要とした路線が、東アジア諸国民衆の抗議を契機として一頓挫したことや、新自由主義の進行による社会統合破綻といった状況に規定された、リベラル左派危機意識から生じている。九〇年代東アジア諸国民衆から謝罪補償を求める声に対して、他国の「利益のためではなく、日本私たちが、進んで過ちを正しみずから正義回復する、即ち日本利益のために」(69)(傍点ママ歴史清算を行おうとする姿勢は、リベラル内にも確かにあり、そしてその「日本利益」とは、政治大国を前提とした「国益」ではなく、侵略戦争植民地支配可能にした社会のあり方を克服した上でつくられる、今とは別の「日本」を想定したものであったろう。私たちが目撃している〈佐藤優現象〉は、改憲後の国家体制に適合的な形で生き残ろうと浮き足立リベラル左派が、「人民戦線」の名の下、微かに残っているそうした道を志向する痕跡消失もしくは変質させて清算する過程、いわば蛹の段階である改憲後、蛹は蛾となる。

 ただし、私は〈佐藤優現象〉を、リベラル左派意図的計画したものと捉えているわけではない。むしろ無自覚的、野合的に成立したものだと考えている。藤田省三は、翼賛体制を「集団転向寄り合い」とし、戦略戦術的な全体統合ではなく、諸勢力からあいもつあいがそのまま大政翼賛会に発展したからこそ、デマゴギーそれ自体ではなく、近衛文麿のようなあらゆる政治立場から期待されている人物統合象徴となったとし、「主体が不在であるところでは、時の状況に丁度ふさわしい人物実態のまま象徴として働く」、「翼賛会成立史は、この象徴人物の未分性という日本政治特質をそれこそ象徴的に示している」と述べている(70)が、〈佐藤優現象〉という名の集団転向現象においては、近衛のかわりに佐藤が「象徴」としての機能果たしている。この「象徴」の下で、惰性や商売で「護憲」を唱えているメディア、そのメディア追従して原稿を書かせてもらおうとするジャーナリスト発言力を確保しようとする学者、無様な醜態晒す本質的には落ち目思想家やその取り巻き、「何かいいことはないか」として寄ってくる政治家や精神科医ら無内容な連中、運動に行き詰った市民運動家、マイノリティ集団などが、お互いに頷きあいながら、「たがいにからあいもつれあって」、集団転向は進行している。

 ところで、佐藤は、「仮に日本国家国民が正しくない道を歩んでいると筆者に見えるような事態が生じることがあっても、筆者は自分ひとりだけが「正しい」道を歩むという選択はしたくない。日本国家同胞日本人とともに同じ「正しくない」道を歩む中で、自分が「正しい」と考える事柄の実現を図りたい」と述べている(71)。佐藤は、リベラル左派に対して、戦争に反対の立場であっても、戦争が起こってしまたからには、自国国防、「国益」を前提にして行動せよと要求しているのだ。佐藤賞賛するような人間は、いざ開戦となれば、反戦運動を行う人間異端者扱いするのが目に見えている。

 この佐藤発言は、安倍晋三首相の目指していた「美しい国」づくりのための見解とも一致する。私見によれば、安倍の『美しい国へ』(新潮新書、二〇〇六年七月)全二三二頁の本のキモは、イランでのアメリカ大使館人質事件(一九七九年)をめぐる以下の一節である。「(注・反カーター陣営の)演説会で、意外に思ったことがある。人質事件に触れると、どの候補者もかならず、「私は大統領とともにある」(I am behind the President.)というのだ。ほかのことではカーターをこきおろす候補者が、そこだけは口をそろえる。/もちろん、人質にされている大使館員たちの家族配慮するという意図からだろうが、アメリカ一丸となって事件対処しているのだ、という明確なメッセージを内外に発しようとするのである国益からむと、圧倒的な求心力がはたらくアメリカ。これこそがアメリカの強さなのだ。」(八七~八八頁)

 文中の、「人質事件」を拉致問題に、「大統領」を安倍に、「アメリカ」を日本に置き換えてみよ。含意は明白であろう。安倍は辞任したとはいえ総連弾圧をめぐる日本言論状況や、〈佐藤優現象〉は、安倍の狙いが実現したこと物語っている。安倍政権は倒れる前、日朝国交正常化に向けて動きかけた(正確には米朝協議の進展で動かされたと言うべきだが)が、こうなるのは少なくとも今年春からは明らかだったにもかかわらず、リベラル左派の大多数は、「日朝国交正常化」を公然と言い出せなかった。安倍政権北朝鮮外交に敗北したのは明らかである。だが、日本リベラル左派安倍政権ときに敗北したのである

 〈佐藤優現象〉は、改憲後に成立する「普通の国」としての〈侵略ができる国〉に対して、リベラル左派の大部分が違和感を持っていないことの表れである侵略植民地支配過去清算在日朝鮮人人権擁護も、そこには含まれる)の不十分なままに成立する「普通の国」は、普通の「普通の国」よりはるかに抑圧的・差別的侵略的にならざるを得ない。〈佐藤優現象〉のもとで、対北朝鮮武力行使の言説や、在日朝鮮人弾圧の言説を容認することは、戦争国家体制に対する抵抗感を無くすことに帰結する。改憲に反対する立場の者がたたかうべきポイントは、改憲護憲(反改憲)かではない。対北朝鮮武力行使容認するか、「対テロ戦争」という枠組み(72)を容認するかどうかである容認してしまえば、護憲(反改憲)派に勝ち目はない。過去清算も不十分なまま、札束ではたいて第三世界諸国の票を米国のためにとりまとめ、国連民主的改革にも一貫して反対してきた日本が、改憲し、常任理事国化・軍事大国化して、(国連主導ではあれ)米軍中心の武力行使を容易にすることは、東アジア世界平和にとって大きな災厄である(73)。

改憲戦争国家体制拒否したい人間は、明確に、対北朝鮮武力行使の是非、対テロ戦争の是非という争点を設定して絶対的に反対し、〈佐藤優現象〉及び同質の現象を煽るメディア知識人等を徹底的に批判すべきである

(1)岩波書店労働組合「壁新聞」二八一九号(二〇〇七年四月)。

(2)ブログ「猫を償うに猫をもってせよ」二〇〇七年五月一六日付。

(3)ただし、編集者佐藤右翼であることを百も承知の上で使っていることを付言しておく。〈騙されている〉わけではない。

(4)「佐藤優という罠」(『AERA』二〇〇七年四月二三日号)中のコメントより。

(5)インターネットサイトフジサンケイ ビジネスアイ」でほぼ週一回連載中の〈 Permalink | 記事への反応(0) | 18:37

金光翔 『<佐藤優現象批判

インパクション』第160号(2007年11月刊)掲載

目次

1.はじめに

2.佐藤優右派メディアでの主張

 (1)歴史認識について

 (2)対北朝鮮外交について

 (3)朝鮮総連への政治弾圧について

3.佐藤優による主張の使い分け

4.佐藤優へ傾倒する護憲派ジャーナリズム

5.なぜ護憲派ジャーナリズム佐藤を重用するのか?

 (1)ナショナリズム

 (2)ポピュリズム

 (3) 格差社会

 (4)「硬直した左右の二項対立図式を打破」―〈左〉の忌避

6.「人民戦線」という罠

 (1)「ファシズム政権樹立」に抗するために、人民戦線的な観点から佐藤擁護する

 (2)「論壇」での生き残りを図るために、佐藤擁護する

7.「国民戦線」としての「人民戦線

8.改憲問題と〈佐藤優現象

9.「平和基本法から佐藤優現象〉へ

10.おわりに

1.はじめに

 このところ、佐藤優という人物が「論壇」を席巻しており、リベラル左派系の雑誌から右派メディアにまで登場している。

 だが、「論壇の寵児」たる佐藤は、右派メディア排外主義のものの主張を撒き散らしている。奇妙なのはリベラル左派メディアが、こうした佐藤の振舞いを不問に付し、佐藤を重用し続けていることにある。

 佐藤による、右派メディアでの排外主義の主張の展開が、リベラル左派によって黙認されることによって成り立つ佐藤の「論壇」の席巻ぶりを、以下、便宜上、〈佐藤優現象〉と呼ぶ。この現象意味を考える手がかりとして、まずは、佐藤による「論壇」の席巻を手放しに礼賛する立場記述検討からはじめよう。例えば、『世界』の編集者として佐藤を「論壇」に引き入れ、佐藤の著書『獄中記』(岩波書店、二〇〇六年一二月)を企画編集した馬場公彦(岩波書店)は、次のように述べる。

 「今や論壇を席巻する勢いの佐藤さんは、アシスタントをおかず月産五百枚という。左右両翼の雑誌寄稿しながら、雑誌の傾向や読者層に応じて主題文体を書き分け、しかも立論は一貫していてぶれていない。」「彼の言動共鳴する特定編集者と密接な関係を構築し、硬直した左右の二項対立図式を打破し、各誌ごとに異なったアプローチ共通の解につなげていく。」「現状が佐藤さんの見立て通りに進み、他社の編集者意見交換するなかで、佐藤さんへの信頼感が育まれる。こうして出版社カラーや論壇の左右を超えて小さなリスク共同体が生まれ編集業を通しての現状打破への心意気が育まれる。その種火はジャーナリズムにひろがり、新聞社会面を中心に、従来型の検察官邸主導ではない記者独自調査報道が始まる。」「この四者(注・権力民衆メディア学術)を巻き込んだ佐藤劇場が論壇に新風を吹き込み、化学反応を起こしつつ対抗的世論公共圏形成していく。」

 馬場見解の中で興味深いのは、〈佐藤優現象〉の下で、「硬直した左右の二項対立図式」が打破され、「論壇」が「化学反応」を起こすとしている点であるある意味で、私もこの認識を共有する。だが、「化学反応」の結果への評価は、馬場と全く異なる。私は、これを、「対抗的世論公共圏」とやらが形成されるプロセスではなく、改憲後の国家体制に適合的な形に(すなわち、改憲後も生き長らえるように)、リベラル左派が再編成されていくプロセスであると考える。比喩的に言えば、「戦後民主主義体制下の護憲派が、イスラエルリベラルのようなものに変質していくプロセスと言い替えてもよい。

 以下の叙述でも指摘するが、佐藤は対朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮武力行使在日朝鮮人団体への弾圧必要性を精力的に主張している。安倍政権下の拉致外交キャンペーンや、一連の朝鮮総連弾圧に対して、リベラル左派から批判や抗議の声はほとんど聞かれなかったのは、「化学反応」の典型的ものである。「戦後民主主義」が、侵略植民地支配過去とまともに向き合わず在日朝鮮人に対してもせいぜい「恩恵」を施す対象しか見てこなかったことの問題性が、極めて露骨に出てきていると言える。〈嫌韓流〉に対して、リベラル左派からの反撃が非常に弱いことも、こうした流れの中で考えるべきであろう。

 私は、佐藤優個人は取るにたらない「思想家」だと思うが、佐藤右派メディアで主張する排外主義を、リベラル左派容認・黙認することで成り立つ〈佐藤優現象〉は、現在ジャーナリズム内の護憲派問題点を端的に示す、極めて重要な、徴候的な現象だと考える。

 馬場は、佐藤が「左右両翼の雑誌寄稿しながら、雑誌の傾向や読者層に応じて主題文体を書き分け、しかも立論は一貫していてぶれていない」などと言うが、後に見るように、佐藤は、「右」の雑誌では本音を明け透けに語り、「左」の雑誌では強調点をずらすなどして掲載されるよう小細工しているに過ぎない。いかにも官僚らしい芸当である佐藤自身は自ら国家主義であることを誇っており、小谷野敦言葉を借りれば、「あれ(注・佐藤)で右翼でないなら、日本右翼なんか一人もいない」。

 佐藤が読者層に応じて使い分けをしているだけであることは誰にでも分かることであるし、事実ウェブ上でもブログ等でよく指摘されている。そして、小谷野の、この現象が「日本知識人層の底の浅さが浮き彫りになった」ものという嘲笑も正しい。だが、改憲派の小谷野と違い、改憲を阻止したいと考える者としては、この現象について、佐藤優に熱を上げている護憲派を単に馬鹿にするだけではなく、〈佐藤優現象〉をめぐって、誰にでも浮かぶであろう疑問にまともに答える必要がある。なぜ、『世界』『金曜日』等の護憲派ジャーナリズムや、斎藤貴男魚住昭のような一般的には「左」とされるジャーナリストが、佐藤に入れ込んでいるのか? なぜ、排外主義を煽る当の佐藤が、『世界』『金曜日』や岩波書店朝日新聞出版物では、排外主義ナショナリズムの台頭を防がなければならない、などと主張することが許されているのか?

 この〈佐藤優現象〉はなぜ起こっているのか? この現象はどのようなことを意味しているのか? どういう帰結をもたらすのか? 問われるべき問題は何か? こうした問いに答えることが、改憲を阻止したいと考える立場の者にとって、緊急の課題であると思われる。

2.佐藤優右派メディアでの主張

 まず、佐藤排外主義的主張のうち、私の目に触れた主なものを挙げ、佐藤排外主義者としての活躍振りを確認しておこう。

(1)歴史認識について

 佐藤は言う。「「北朝鮮が条件を飲まないならば、歴史をよく思いだすことだ。帝国主義化した日本ロシアによる朝鮮半島への影響力を巡る対立日清戦争日露戦争引き起こした。もし、日本ロシアが本気になって、悪い目つきで北朝鮮にらむようになったら、どういう結果になるかわかっているんだろうな」という内容のメッセージ金正日に送るのだ」。朝鮮植民地化に対する一片の反省もない帝国主義者そのもの発言である。また、アメリカ議会における慰安婦決議の件に関しても、「事実誤認に基づく反日キャンペーンについて、日本政府がき然たる姿勢反論することは当然のことだ。」と述べている。

 特に大川周明テクスト佐藤解説から成る日米開戦真実大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く』(小学館、二〇〇六年四月)では、極めて露骨に、日本近現代史に関する自己歴史認識開陳する。以下、引用する。佐藤が自説として展開している部分である

 「日本人は(注・太平洋戦争)開戦時、少なくとも主観的には、中国アメリカイギリスによる植民地支配から解放したいと考えていた。しかし、後発資本主義である日本には、帝国主義時代の条件下で、欧米列強植民地になるか、植民地を獲得し、帝国主義国となって生き残るかの選択肢しかなかった。」(三頁)、「「大東亜共栄圏」は一種棲み分け理論である日本人はアジア諸民族との共存共栄真摯に追求した。強いて言えば、現在EUを先取りするような構想だった。」(四頁)、「あの戦争を避けるためにアメリカ日本妥協を繰り返せば、結局、日本アメリカ保護国、準植民地となる運命を免れなかったというのが実態ではないかと筆者は考える。」(六頁)、「日本武力によって、列強による中国の分裂が阻止されたというのは、日本人の眼からすれば確かに真実である。(中略)中国人の反植民活動家の眼には、日本列強とともに中国を分割する帝国主義国の一つと映ったのである。このボタンの掛け違いにイギリスアメリカはつけ込んだ。日本こそが中国植民地化と奴隷支配を目論む悪の帝国であるとの宣伝工作を行い、それが一部の中国政治家と知的エリートの心を捉えたのである。」(二八一頁)。また、蒋介石政権については、「米英の手先となった傀儡政権」(二五七頁)としている。他方、佐藤は、汪兆銘南京国民政府は「決して対日協力の傀儡政権ではなかった」(二四九頁)とする。

 右翼たる佐藤面目躍如たる文章である。ちなみに、こんな大東亜戦争肯定論の焼き直しの本を斎藤貴男は絶賛し、「大川こそあの時代知の巨人・であったとする形容にも、大川の主張そのものにも、違和感を抱くことができなかった」としている。

(2)対北朝鮮外交について

 佐藤は、「拉致問題解決」を日朝交渉大前提とし、イスラエルによるレバノン侵略戦争も「拉致問題解決」として支持している。「イスラエル領内で勤務しているイスラエル人が拉致されたことは、人権侵害であるとともにイスラエル国権侵害でもある。人権国権侵害された事案については、軍事行使も辞せずに対処するというイスラエル政府方針を筆者は基本的に正しいと考える」。さらに、現在北朝鮮ミュンヘン会談時のナチス・ドイツに準えた上で、「新帝国主義時代においても日本国家日本人が生き残っていける状況を作ることだ。帝国主義選択肢には戦争問題解決することも含まれる」としている。当然佐藤にとっては、北朝鮮の「拉致問題解決」においても、戦争視野に入っているということだ。『金曜日』での連載においても、オブラートに包んだ形ではあるが、「北朝鮮に対するカードとして、最後には戦争もありうべしということは明らかにしておいた方がいい」と述べている(10)。

 さらに、アメリカが主張してきた北朝鮮米ドル札偽造問題が、アメリカ自作自演だった可能性が高いという欧米メディア報道に対して、佐藤は「アメリカ政府として、『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング』の記事に正面から反論することはできない。なぜなら、証拠を突きつける形で反論するとアメリカ情報源情報収集能力が明らかになり、北朝鮮を利してしまうからだ」(11)と、いかなる反証根拠も示さずに(反証必要性を封じた上で)、「北朝鮮情報操作」と主張しているが、この主張は、保守派原田武夫にすら否定されている(12)。佐藤現在右派メディアの中でも最も「右」に位置する論客の一人であると言えよう。

(3)朝鮮総連への政治弾圧について

 佐藤は、「在日団体への法適用拉致問題動く」として、「日本政府朝鮮総連経済活動に対し「現行法の厳格な適用」で圧力を加えたことに北朝鮮逆ギレして悲鳴をあげたのだ。「敵の嫌がることを進んでやる」のはインテリジェンス工作の定石だ。/政府が「現行法の厳格な適用」により北朝鮮ビジネス利益を得ている勢力牽制することが拉致問題解決のための環境を整える」と述べている(13)。同趣旨の主張は、別のところでも述べている(14)。「国益」の論理の下、在日朝鮮人の「人権」は考慮すらされてない。

 漆間巌警察庁長官(当時)は、今年の一月一八日の会見で、「北朝鮮が困る事件摘発拉致問題解決に近づける。そのような捜査に全力を挙げる」「北朝鮮日本交渉する気にさせるのが警察庁仕事。そのためには北朝鮮資金源について事件化し、実態を明らかにするのが有効だ」と発言しているが、佐藤発言はこの論理と全く同じであり、昨年末から激化を強めている総連系の機関民族学校などへの強制捜索に理論根拠提供したように思われる。佐藤自身も、「法の適正執行なんていうのはね、この概念ができるうえで私が貢献したという説があるんです。『別冊正論』や『SAPIO』あたりで、国策捜査はそういうことのために使うんだと書きましたからね。」と、その可能性を認めている(15)。

3.佐藤優による主張の使い分け

 排外主義者としての佐藤の主張は、挙げ出せばきりがない。前節で挙げたのも一例に過ぎない。では、佐藤は、こうした主張を『世界』『金曜日』でも行っているのだろうか。

 佐藤が仮に、「左」派の雑誌では「右」ととられる主張を、「右」派の雑誌では「左」ととられる主張をすることで、「硬直した左右の二項対立図式を打破」しているならば、私も佐藤をひとかどの人物と認めよう。だが、実際に行われていることは、「左」派メディアでは読者層の価値観に直接抵触しそうな部分をぼかした形で語り、「右」派メディアでは本音を語るという下らない処世術にすぎない。「左右の二項対立図式」の「打破」は、「左」の自壊によって成り立っているのだ。佐藤が『金曜日』と右派メディアで同一のテーマを扱った文章を読み比べれば、簡単にそのことはわかる。

 一例として、米国下院での「慰安婦」決議に関する佐藤の主張を読み比べてみよう。産経新聞グループサイト上での連載である地球を斬る〉では、「慰安婦問題をめぐるアメリカ報道を「滅茶苦茶」と非難し、「慰安婦問題に関する二〇〇七年三月一日の安倍発言についても「狭義の強制性はなかった」という認識なのだから正当だとして、あたかも「慰安婦」決議案自体不正確な事実に基づいたものであるかのような印象を与えようとしている(16)。ところが、『金曜日』では、こうした自分の主張は述べず、国権論者としての原則的立場から日本政府謝罪には反対だとしている(17)。なお、『金曜日』の同文章では「歴史認識を巡る外交問題 Permalink | 記事への反応(1) | 18:32

anond:20240126162906

ほぼプラマイゼロ収束する

ここの仮定真実かどうかなんよ

現実企業の業績や景気なんかで株価は変動するし、権利付き前だからぎりぎり持っていた株価が、権利落ち後から長期のナイアガラなんていくらでも見てきたよね

それに配当だって減配も無配もあるんだぞ

「5年減配なし!」とかが宣伝になっている意味ちゃんと受け止めるべきではないかなと

増田の言っていることって結局、株価は大きな変動なし、配当は減配なし、という2つの仮定によってなりたってない?

そういう銘柄うまいこと買えているなら賛同するけどさ

成長株買ったほうが機会損失にならない、とかの話は考えないとして、ね

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