はてなキーワード: 夏休みとは
それは昼下がりのマクドナルドでのことであった。
わたしがいつものように夏の暑さとセミの音と夏休み乱交合宿の打ち合わせにはしゃいでいるヤリサー学生どもを呪いつつマンゴースムージーをすすりながら次の次の次くらいのどうでもいい会議書類に目を通していると、どこからか甘く懐かしいささやき声がひびいてきた。
そ、その声ーーあなたはうん子!
「よかった。おぼえていてくれたのね。忘れられちゃったかもと思ったけれど……」
忘れるわけはない。
うん子はうんこの精霊である。うんこに関するあらゆる事象を司り、時に歴史の流れを決定づけるほどの暗躍を果たしてきた。
カエサル、ナポレオン、徳川家康、コロコロコミック、ドナルド・トランプ……偉人たちの便意と決断の裏には常に彼女の姿があったといっていい。
わたしの人生においても、常にうん子の助力があった。そう、幼稚園でのお遊戯の時間にうんこを盛大に漏らしてから、小二の給食、小五の運動会、中一の合唱会、高一の塾合宿ーーずっとわたしとうん子はいっしょだった。
唯一の友達だったといってもいい。
心無い同級生から「うんこ」「うんこ漏らし」「下痢便カレー」「うんこに愛されし子」「ザ・うんこ」「進撃のうんこ」「逢うんこ時うんこ園(ジャンプの打ち切りマンガにちなんだあだ名は他にも30ほどあった))「うんこ界の稲尾和久(約三日に一度のペースで漏らしていたため)」などと残酷なあだ名をつけられ、うんこにちなんだいじめを散々受けていたわたしに近づくものなどいなかった。
だが、気にしなかった。彼女と一緒にいたころは、うんこを漏らすことがはずかしいことだなんて微塵も思っていなかった。
パンツを茶一色に染めたことで母親からものすごく叱られて、ひとり部屋で泣きはらしていた夜にも彼女は現れ、
「うんこを漏らすことをできるのは、選ばれた子どもだけなのよ」と、励ましてくれた。
うん子さえいれば、わたしは他に誰もいらなかった。
だが、いつのころからだろう。おとなになるにつれて、わたしには彼女の姿が見えなくなり、彼女の声が聞こえなくなった。
大学生から社会人になる過程で段々と「ほんとうはうんこを人前で漏らすのははずかしいことなんだ」という意識が芽生えるようになり、今の職場の面接を受けるさいの「うんこを漏らしたことはありますか?」というよくある質問にも平然と「ありません」と答えた。
そして、毎月給料をもらい、ちゃんとトイレを便座に座ってやるようになると(ウォシュレットの存在を知ったのもこのころだ)、うんこの精霊うん子の存在も忘れ去ったーー。
「落ち着いてよく聞いて。これから十数秒後にものすごい勢いで貴方はうんこをもらす」
再会の驚きをふっとばすうん子のことばにわたしはことばを失った。
漏らす?
このわたしが?
今ここで漏らしたらどうなる?
隣の席で互いに性的な視線を送りっているヤリサーのブスどもは持ち前の野生の勘で間違いなくうんこのにおいを嗅ぎつけるだろう。そして瞬時にそのにおいの発生源を特定するだろう。
彼らはわたしをゆびさして嘲笑し、周囲の客たちもわたしに汚物を見るような視線を投げるだろう。
うんこ漏らした汚物のニュースはたちまちその日のトップニュースとしてローカル局に報道され、会社にも伝わり、わたしは面接のときについたウソをとがめられ(「おとなになってうんこを漏らすような人間が、以前にもうんこを漏らした経験がないはずがないよな?」)、おりもののついたナプキンがごとき扱いで会社から、そして地域社会から追放される。借りているマンションも追い出されるだろう。実家からも縁は切られる。
それからは宿無し生活だ。行く先々でこどもたちから「いたぞ! うんこだ! マックでうんこをもらした早打ちマックとはあいつのこと!」とはやしたられ、石を投げられる。
額に投石を受けて、地に倒れ込んでも、わたしは「しょうがないんだ」と自分に言い聞かせなければならない。それだけの罪を犯したのだから……と。
「あきらめないで増田ちゃん!」
「わたしがーーこのうん子がどうにかするわ。あなたにうんこなんて漏らさせない。絶対にあなたを助けてみせる」
ほんとうに? と絶望するわたしは疑念を口にしかけるが、できる、ほんとうに彼女なら可能なのだとおもいなおす。
だがーー。
今は声しか聞こえない彼女だけれど、わたしが「実」をこの場で出せば、その姿を現前させられる。
あの愛らしい、あの懐かしい、
わたしのたったひとりの友だち。
会いたい。
眼から涙が溢れ出していた。
会いたい。会いたい。会いたい。
うん子にもう一度会いたい。
この十年間、十五年だっけ?
ほんとうにいろいろあったんだよ。
あなたに話したいこといっぱいあるんだよ。
話したい、お話したい、
三ヶ月溜めた便秘を吐き出すように私の話を聞かせたい。
とうん子は言う。
だったら、漏らしたってわたしはーー
「でも、ダメ。あなたはおとなになったのよ、増田。うんこを漏らすことをできるのは子どものあいだだけ。おとなはうんこをもらしちゃだめなの。わたしと会っちゃ、ダメなの」
わたしはマックの硬いソファの上で恥も外聞もなく駄々をこねた。いやだいやだいやだ私はうんこを漏らすんだ。
うん子の「ふふっ」という笑い声が虚空のかなたから漏れた。戸惑うような、愛情の篭った吐息だった。
ブリブリブリブリブリイジギュルリルリイリブリッブッブッブッブーブリリリリィ!!!
盛大に漏れる音がした。
この感触。
終わった、と思った。
だが、不思議とヤリサーたちが異臭に気づいたようすはない。わたしにもにおいはわからない。自分の便だからだろうか?
うん子の気配もどこかへ失せていた。
便座に座って下を脱ぎ、解脱した僧侶のような心持ちでパンツを見つめる。買ったときには真っ白だった、清純と純潔の象徴のようなパンツ……。
白いままだった。
夏空に浮かぶ背の高い雲、この前観た『メアリと魔女の花』に描かれていた積乱雲のように晴れやかな白だった。
わたしは漏らしていなかったのだ。
だとしたら、あの確実に三リットルはぶちまけたような大きな排便音はいったいーー?
トイレから出て、席に戻ろうして、店内がやたら騒がしいことに気づいた。
「テメーおまえウンコなんか漏らしやがって」「マジふざけんな」「これからおまえの名前はウンコノミクスだ」
わたしはそのまま席に戻らず、店外へと出た。
雲ひとつない、パンツをはいていないお尻のように清潔な空に、純白の肛門にも似た太陽が燦々と輝き、けがれのない世界をつつんでいた。
■妹にまつわることを思い付くまま箇条書きしてみる。
■妹は15才年下。
■妹ができたことはうれしかったけど、40代で子供をつくった両親の「頑張り」が、当時は何とも気恥ずかしかった。
■私は大学進学と同時に一人暮らしを始めたので、妹と一緒に暮らしてたのは4年足らず。
■私が実家を出た時、妹はまだ3才。
■妹の赤ちゃん時代の可愛さは異常。なんだあれは。毎日、学校から帰ってくると、とてつもなく可愛い存在が家で待ってた。あの日々!奇跡!
■おかげで私は反抗期というものを経てない。妹をかわいがっているうちにその時期をみすみす逃してしまった。くやしい。父親に悪態をついたりしてみたかった。
■上京してからは、妹と会うのはお盆と年末年始だけになった。会う度に彼女の成長ぶりに驚かされた。
■「あの子、あんたのせいで大変よ。変なものにかぶれちゃって。大丈夫かしら、今からあんなにマニアックになって....」
■実家では妹が私の部屋を受け継いでた。部屋には私の本やCDやDVDが大量にあった。妹はそれらにひたすら耽溺していたようだ。
■実際は少しもマニアックではないんだけど、母にはそう見えたんだろう。まあ、なんと言っても私と妹は年齢差が15もあるのだ。母の心配もわからなくはない。
■中1になると、すでに妹はかなり仕上がってた。好きなバンドはジザメリ、グレイプバイン。好きな作家は倉橋由美子、多和田葉子。好きな映画監督はクロード・シャブロル、ウディ・アレン。
■大丈夫か、妹よ。クラスのみんなと話は合うのか? 友達はいるのか?
■当時、実家に帰ると、妹はとりつかれたように本や映画や音楽の話をしてきた。もはや私より詳しくなってた。子供の吸収力、おそるべし。
■中3に進級してすぐ、妹に危機が訪れた。不登校になってしまったのだ。またしても電話で母から伝えられた。理由は母にもわからなかった。
■結局、妹は1学期、最初の数日しか登校しなかった。そのまま夏休みに突入。
■ついでにいうと、当時は私もピンチだった。ろくに先のことも考えず、勢いで会社を辞めてしまったのだ。
■私は30才になろうとしてた。ちょうど妹の倍だ。倍なのに、やってることはそう変わらない。反省。
■無職&不登校。最低な姉妹の誕生。とりあえず何か記念が欲しいと思った。
■不登校真っ盛りの妹をサマソニに誘ってみた。出演者のラインナップがかなり私好みだった。そして私好みということは、妹にとってもストライクなはず。
■案の定、妹は私の誘いに飛びつき、前日に上京。私のアパートに宿泊。
■夜、私は妹と布団を並べて寝た。ついこないだまで赤ちゃんだったのに、もうあまり背丈が変わらない!
■お互いに心細い身の上だった。姉は無職で、半年先の家賃も危うい。妹は中3という大事な時期に不登校。泣ける....。
■にもかかわらず、2人でサマソニ!そのボンクラ加減がなんか笑えた。 何とかなるんじゃね?という謎の開き直り。
■妹はフェスどころかライブ自体が初めてだった。しかも、いちばん好きなジザメリが出るのだ!
■当日、お昼前に会場入り。妹は、はしゃぐのを通り越して、なんだかずっと茫然としてた。「大丈夫、疲れた?」と聞くと、「全然平気、なんか楽しすぎて....」と夢遊病者のようにつぶやく妹。最高!連れてきた甲斐ありまくり!
■妹はジザメリが出てきた瞬間に泣き出し、ライブ中もずっと泣いて、帰りは放心状態だった。「人生でいちばん楽しかった」というので「大げさ!」とつっこんだ。
■とりあえず、15才の妹に何か特別な経験が刻まれたのを、姉はしっかりと見届けた!
■妹はそれから2日間、私の家に滞在した。一緒にとしまえんプールに行ったりした。
■妹は大いに楽しんで帰郷。そういえば、不登校の話とか、姉としてのアドバイスとか、一切しなかった。そもそも学校の話をしなかった。でも楽しんでたし、まあいいかとむりやり納得。
■2学期、妹が学校に通い出した!母が電話で泣きながら喜んでた。
■私もどうにか転職に成功。そこで今の夫と出会う。ちなみに妹は私の夫をふざけてカスガさんと呼ぶ。オードリーの春日に似てるからとのこと。夫は本気で嫌がってる。
■娘かわいい!
■でも、今度は自分が母親。可愛いだけじゃ済まなかった。めちゃくちゃ大変な日々だった。
■妹が赤ちゃんだった時、もっと色々と家の事を手伝うべきだったと本気で反省。
■娘が4才になる頃まで、妹がまめにうちに来て育児の手伝いをしてくれてた。本当に助かった。感謝してもしきれない。
■そんな妹が、来月、結婚するんです!
教員とはほとんどが社会人経験がなく子供が子供に教育するようなものでよろしくない
辛いだろうが見返りは大きい
支払われる給与とは仕事の大きさ、大変さ、偉大さに比例している
https://anond.hatelabo.jp/20170713183630
「流れてしまうかな、誰か反応してくれるかな」と思っていたら、想像を遥かに上回る反響があった。
トラックバックもコメントも、現時点で確認できるものには全て目を通させてもらいました。
全ての意見に対して返事、説明、反論などをすることはできないので、どうしても補足したいと思ったことだけ書きます。
寄せられた反応の中で、「事前の調べが足りなかったのでは」「さすがに抜けすぎなのでは」「大事なことをもっと確認してから契約すべきだったのでは」という類のものがあった。
もちろん、自分の調べが甘かったとは思うし、すぐに食いついてしまったな、とも思っている。
しかし、今現在の記憶を持ったまま3月30日に戻れると言われたと仮定して、あの電話に「いえ、お受けできません」と答えることができるだろうかと考えると、私はおそらく今と同じ道を選ぶだろう。
3月30日というギリギリの時期にかかってきた県教委からの電話は、私にとっては「学校現場に立てる!先生になれる!」という希望でしかなかった。
そして、希望であると同時に「断ったらもう依頼されないかもしれない」という恐怖も含まれていた。
「3月30日に依頼なんて有り得ない」という意見も多数見かけたが、指摘してくれている人もいたとおり、非正規教員の取り扱いは自治体によって大きく異なる。
私の県では、3月20日過ぎに正規教員の異動発表→非正規教員(常勤講師)への内示→それでも足りなければ非常勤の時間講師を補充、という流れのようなので、私の内示だけが格別に遅かったわけではないらしい(今日事務員さんに尋ねてみた)。
この一連の流れは全て県教委が司っているので、単純に個々の学校がバタバタしていて手際が悪いというわけでもない。
話が逸れた。
とにかく、あのときの私にとって、積極的な意味でも消極的な意味でも、内示を断るという選択肢はないも同然だった。
(それに、勤務校や割り当てコマ数についてその時点で問い詰めたり交渉したりしたところで、「ではよりよい条件を提示します、ぜひ!」となるものでもないだろうと思う)
今日は一学期最後の通常授業で、いくつかのクラスに期末試験を返却したり夏休みの課題について説明を行ったりしてきた。
担当は3時間目と5、6時間目だったが、職員朝礼に出たり教科主任と打ち合わせを行うために8時過ぎには出勤し、フリーの時間には成績入力や提出物のチェックをし、6時間目のあとに行われる清掃の監視もしてきた。
返却した試験用紙を受け取るたびに上がる歓声や悲鳴を聞いたり、夏休みの課題の存在にげんなりする生徒をなだめたり、女子生徒とたわいない会話をしながらゴミ袋を運んだり。
「空き時間は全て勉強に費せ」もしくは「塾で働いたほうがいい」「舐められてるだけだから辞めてやれ」、頭では理解できるが、このような待遇でもやはり「学校の先生」にやりがいを見出し、生徒の成長に資する一員となりたいと願うのは愚かだろうか。自己責任だろうか。
もしくは、自分の大切な人(パートナーや息子娘、友人など)が「理不尽に使われていることは分かっている、しかし、それでも先生になりたい」と、私のような境遇にいたとしたら、あなたはどうするか考えてみてほしい。
「馬鹿げている、さっさと辞めて次を探しなさい」または「自分で選んだんだから自己責任でしょう」と言えるだろうか。
先にも書いたが、正規・非正規教員共に人事権は県教委にあるため、自分の生まれ育ったこの県で先生になるには、選択肢やとりうる策が限られすぎている。
「この会社はダメだ、ブラックだから同業他社に転職しよう」とはいかない。
(各学校の校長が独自の判断で「〇〇先生(講師)、10月からウチに来て」と呼ぶのではないらしい)
正規になってもブラックだ、と言われても、「先生になりたい」という気持ちそのものは揺るがない。
そしてこれは夢であると同時に、「子供たちの未来の役に立ちたい」というある種の使命感のようなものでもある。
コメントで書いてくれている人がたくさんいたが、教育は未来を作る仕事だ。
よい教育なくして国や社会の発展が望めるはずがない。また、発展という光の方面だけでなく、貧困の連鎖を断ち切るという役割を担うのもやはり教育(特に公教育)だろう。
自分の面倒すら自分で見られない私が「生徒の助けになりたい」など、甚だおこがましいことを言っていると思う。
しかし、この数ヶ月間生徒たちと共に過ごし、先生と呼ばれる中で、自分の境遇への複雑な思いを抱きつつも、それを跳ね除けて教壇に立つ力を与えてくれたのはこれらの気持ちだったのだ。
「じゃあ一生やりがい搾取されてろ、自己責任」と言われるだろうか。
しかし、この問題はもはや、私1人がこのままやりがい搾取され続けるかそこから脱するかというだけの問題ではないし、「そんな条件を飲んだお前が悪い」と言って解決する問題などではないと思う。
私を含め、その全員によって現在そして未来の教育が担われている(もちろんさらに多数の正規の先生がいて日々尽力されているのだが)。
そのことを知ってもらいたかった。
今回、はてな匿名ダイアリーに書いてよかったと思う。
精一杯頑張ります。
もうすぐ夏休みがやってくる。
水をさすつもりは毛頭ないが、長野北部(信濃大町―新潟県糸魚川市)で大地震が起きる可能性がある。
根拠は、立命館大・環太平洋文明研究センターの高橋学教授(災害リスクマネジメント)が、大地震発生のパターンから導き出した「経験則」だ。
非常勤は何年もする仕事ではありません。飽くまで、採用試験に受けるまでに小銭を稼ぎながら現場で学べる期間です。頑張って早く合格して、本採用になってください。
ただ、いろんな条件はあなたに取って良くない条件が多すぎます。万が一、来年度講師をすることになった時は、今年学んだことを活かしてください。
まず3/30に連絡くる時点で、学校運営があまりうまくいってないんじゃないかと思います。しかも、ふつう週に何日、何時間お願いします、と連絡します。
週10時間なら週3になるように時間割を組みます。非常勤優先です。曜日もできるだけ早く指定してもらいます。同じ教科の先生も、時間割の先生も気づかなかったんでしょうか?管理職の責任だと思います。
夏休みはしかたありません。夏は教員採用試験の季節なのですから、勉強に打ち込んでください。
ただし、利用されっぱなしも嫌なので、空きコマ(勤務時間外)には採用試験の勉強をしたり、授業見学させてもらったり、管理職からの面接練習を受けたりしてください。せっかくの現場です。上手に活用してください。
※私学だから若干の違いはある。
※というか時間講師の扱いなんて公立学校でも、都道府県or市町村レベルで違うかもしれない。
>しかし、授業だけが業務とも言える我々時間講師の場合、授業がなかったら仕事はなく、仕事をしていないのだから当然給料もない。
>この事実に気がついたのは5月下旬だったのだが、ゾッとした。
これは雇用主による。雇用主によっては、夏休み期間の給料も出る。ただしその場合、普段の月給(というかコマ単価)がその分下がっているというそれだけの話しではある。
ちなみにボーナスがあるかどうかも雇用主次第。(公立だと無さそうだが)
>他のことをして収入を得ようと思ったこともあるが、「正規の教員で不足するところを補ってね」と時間割を割り振られたので、
>月〜金全ての日に授業があるし、「4時間目だけ」「2時間目と6時間目」のような振り方なので、時間が全く自由にならない。
>2時間目と6時間目の間の数時間、何をしているのかと言われると教材研究や生徒の課題のチェック、試験後にはその採点、成績表のデータ入力などである。
>しかしあくまでも「週10時間」の任命なので、これらの空き時間についてはもちろん無給。
どの道『教材研究や生徒の課題のチェック、試験後にはその採点、成績表のデータ入力など』という仕事はどこかでやらねばならないので、ある程度までは許容範囲だと俺は思っている(もちろん空き時間が多すぎると辛いが)。
雇用主にとっても、あまりに教員の待遇が悪いと結局は生徒への応対などに直接響いてくるので、そのような空き時間はなるべく少なくしようと配慮してくれるところも多いし、
逆に『1時間目から4時間目まで全部授業で埋まっている』ような状況はそれはそれで体力的に辛い。
余談だが、これを読んでいる読者は元増田が「1コマ3000円」と書いてあるので多いように見えるかもしれないが、教材研究(要は授業の準備)の時間を含めると時間講師の仕事はそこまで割の良い仕事ではない。
もっとも、たとえば「高校1年生で週2コマ×5クラスで合計10コマ」のような場合、同じ授業を5回やればその分効率は良くなるし、それも教員の技術のうちだ。
だが、同じ授業は4回くらいまでがベストだ。それ以上だとやっている教員自身がだれてくる(経験談)
推薦状をもらいに大学時代の指導教員に会いに行った時、近況を話したら「同じ授業を6回やるのも大変だろう」と即座に言い切られたこともある(実話)。
>1コマだけ授業があるような日でも、その時間だけ学校に行って終わったら即帰宅というわけにはいかないし、何時間働く日であっても通勤にかかる時間は同じである。
これは完全に同意。
>まだ1年目の1学期を終えたところでこれだけ思いつくので、これから先どれくらいこの身分の恐ろしさを痛感するのか、未来が真っ暗である。
>そもそも来年度以降も同じ学校に勤められるとは限らず、そもそも任用があるのかも分からない(おそらく3月末の連絡がそれなのだろう)。
たいていの都道府県で公立学校の教員採用試験では、一般受験枠とは別に「講師等経験者」枠がある。
元増田は公立学校らしいが、時間講師であっても現在勤務しているのと同じ都道府県を受けるのならばあると思う。
そうやって非正規教員で勤め、優先枠で採用試験に合格して正規教員になるというのも教員の世界ではよくあることだ。
ついでに言うと、勤務中に大きな問題を起こさないのであれば、それは採用側にとってもプラスの評価になる。結局のところ、未経験者よりはよほど不確定要素は少なくなる。
さらに言うならば、公立・私立を問わず教員の採用の際、給料の欄には「経歴を考慮して加算」と書いてあることがほとんどである。
そして、教員に採用される上で一番強い経歴はやはり教員の経歴であり、非常勤として勤めた経歴であっても十分に加算の対象になる場合がほとんどだ。
そのような意味では、ある意味『教員としてある程度働き続ける前提であるならば』非正規教員であってもそこまで未来のない職業というわけではない。
夏休みは仕事がまったくないわけじゃないけどネットで言われてるみたいに忙しくて大変なんてことはない
そもそも授業がないんだからその分の負担は当然なくなるわけだし
って言ってた。
ほんとこれ。
「〜〜もへったくれもない」の「へったくれ」って何なんだと思って調べてみたら、
リンクがたくさんあると投稿できないのでhttp抜きにするがあしからず。
★「へったくれ」の語源は不明。「妙なことを言う」という意味の「剽軽(ひょうきん)」→「剽(ひょう)げる」からの成立とされる「へうたくれ(ひょうたくれ)」の転訛か?・・・根拠なし。
確かに音的には近い気がする。
//kotobank.jp/word/%E3%81%B2%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%9F%E3%81%8F%E3%82%8C-613424
「だってもへちまもない」にも繋がっていてなかなか説得力がある。
いまでも関西では「だってもへちまくれもない」と言うことがあるそうだ。
★『野乃舎随筆』には「今下ざまの人の悪言に、ヘウタクレといふは、ヘタクレといふ辞の転言なるべし。ヘタクレは、クソタクレといふ辞の転言ならん。もとはクナタブレを訛れるなるべし。クナタフレを、屎タフレと訛(あやま)りて、其対言に屁タクレといひしを、それを又、ヘウタクレと、音便にいへるならん」とある。
なんだか詳しい。
★茨城方言に「へったくれる」が残る。もしかすると、これが関わっているか。「へたった」「へこたれた」と同義…参った、挫(くじ)けた、くたびれたなどの意。
「ヘタクレ」「クソタクレ」が挙がっているが、「ヘタレ」「クソッタレ」は関係があるのだろうか。
そういえば「糞垂れ」や「洟垂れ」なら分かるが「バカタレ」などは何が垂れているのだろうか。
糞便の「くそ」に、軽侮を強意する接尾辞「たれ」(用例;「ばかたれ」「あほたれ」、「だら」の変化したものか?)を付したもの。
//ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%8F%E3%81%9D%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%82%8C
この場合の「たれ」は垂らす(=もらす)というより、「アホたれ、バカたれ」に見られる目前の人を罵る際に付ける接尾語というニュアンスが強い。
//zokugo-dict.com/03u/unkotare.htm
どうも物理的に何かを垂らしているというわけではないようだ。
ちなみに「へたれ」の語源についてもやはり諸説あるらしいがここでは措く。
この「罵倒に使われる接尾語『たれ』」というのは何だろうか。
「たれ」と「たくれ」が同根だったら話が早いのだが…
上記には「『だら』の変化したものか?」とあるのでそれを調べてみよう。
考えてみれば「あほんだら」の「だら」だろうし、北陸の方言にも「馬鹿」という意味で「だら」というのがあった気がする。
「あほんだら」の語源については「阿呆太郎」であるとの説もあるが、近隣地域で見られる同様の罵倒語である「だら」「たくら」が阿呆と結びついたものである可能性がある。
「あほんだら」から「だら」が出来たのかと思ったが、「だら」が先にあって「あほ」と結びついた可能性があるのか。
阿呆太郎→あほんだら→だら、という順番の可能性はあるのだろうか。
あんぽんたんは、「阿呆」と愚か者の意味の「だらすけ」が複合された、「あほだら」「あほんだら」が、転じた言葉である。
「阿呆」は「あっぽ」とも言われ、「陀羅助(だらすけ)」という薬(「陀羅尼助」の略)もあったため、「反魂丹(はんごんたん)」や「萬金丹(まんきんたん)」という薬の名から、「安本丹」ともじられた。
ええー…愚か者の意味の「だらすけ」って何よ、検索しても薬の「陀羅助」しか出てこないけど。
と思ったら、関東の方言で「でれすけ」というのがあるらしく、これは明らかに「だらすけ」の転訛なんだよな。
罵倒語「だら」を薬の「陀羅助」に引っ掛けて「だらすけ」と言っていたとか?
それだったらやっぱり「だら」が先にあったということになるのか。謎である。
「ばかたれ」について、別のところの説明にはこうある。
「たれ(垂れ)」は「はなたれ小僧」「小便たれ」「ばかたれ」など、名詞について人を軽蔑する意を表わす語としても用いられる、これは、小便や鼻水などきたないものを「垂れている(ぶら下げている)」ことを表わしたとする説、重みでだらりと「垂れ下がる」姿がだらしなく見えるところからとする説などがある。
一周して、やっぱり物理的に垂れているところから出発してるんじゃないか。
ちなみに「へこたれる」は「凹む+垂れる」が語源だそうなので、前述の「へったくれる」説が正しいなら、この「垂れる」が由来だと言えるかもしれない。
ここで驚愕の新説が登場する。
これについては,実際に何かを「垂れて」いない罵倒語の「たれ」は,平安時代にはやった「たくらだ」という言葉の末裔だといわれています。
中国の古典に「田蔵田」という間抜けな動物が登場するのですが,これが日本人の笑いのツボにはまったらしく,後々までバカ=たくらだとい図式が成立します。
//detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1321653228
「へったくれ」,「ばかたれ」,「ごんたくれ」,「あかんたれ」など,何かを垂れているわけではないにもかかわらず「たくれ」「たれ」という語尾をもっている場合は,ほとんど「たくらだ」の訛りである「たくれ」「たれ」と解釈して差し支えないといわれています。
//detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1321653228
これまでとぜんぜん違う説明じゃん!
いやでも実際に「たくらだ」という言葉はあるらしい。
たくらだ【田蔵田】 の意味
ジャコウジカに似た獣で、ジャコウジカを狩るとき、飛び出してきて殺されるという。転じて、自分に無関係なことで死んだり傷ついたりするもの。愚かもの。まぬけ。
一人の文殊より三人のたくらだ
東北の方言の「たくら者」「たくらんけ」なども「たくらだ」に由来しているそうな。
これが正しいなら「へったくれ」も合わせてこれが語源ということになる。
ん、そういえば「あほんだら」のところでも罵倒語「たくら」というのがあったな。
それが「たくらだ」由来なんだとしたら、「だら」の語源も「たくらだ」なの?
なんとなく繋がってきたような…。
またはじめに戻って「クナタフレ」説について調べてみよう。
【史料1】では「多夫礼」のみであるが、下って戊午(12日)条の宣命によれば「久奈多夫礼(クナタブレ)」とある。上記では「改名多夫礼」とあるから、久奈が氏(ウジ)で多夫礼が名と思われる。クナは「頑な」のクナ、タブレは万葉集に「多夫礼多流之許都於吉奈(多夫礼たる醜つ翁)」(巻17、4011)を確認でき、狂っている意と思われる。よって、ここでは「頑なで狂っている者」という姓名に改められたことになる。
たぶ・る 【狂る】
気が狂う。
「たぶらかす」なんかも「たぶる」が語源らしい。
最初の『野乃舎随筆』では、「クナタブレ」が「クソタブレ」と勘違いされて「クソタクレ」と訛ってさらに「糞」の対として「屁」を用いて「ヘッタクレ」になった、というような説明がされているが、「たぶれ」が色々なものにくっついて「〜〜狂い」「〜〜馬鹿」みたいな感じで使われているのなら、「糞馬鹿」みたいな感じで「クソタブレ」と言われるのは自然なことのように思う。
この『飲んだくれ』の”だくれ”とはどういった意味なのでしょうか?
実はコレ、、、
だくれは、タクレということばと同義で『愚か(おろか)になる』という意味なのです。
//www.buddhism-j.com/6-27nondakure
でもそうか、最初に挙げられている「剽たくれ」の「たくれ」もこの「たくれ」か。
ということは「剽たくれ」説と「クナタフレ」説は、「剽」と「屁」という字の違いこそあれ、ほとんど同じことを言っているわけだな。
追記:いや「剽たくれ」が「たくらだ」由来の可能性も普通にあるのでここは結論を出すべきではないか。
脇道に逸れるけど、「塗りたくる」とかの「たくる」ってのは何なんだろう。
これか。
「荒々しい」というのは「狂う」に通じる気もするし、「飲んだくる=盛んに飲む」と解釈するとめちゃくちゃそれっぽいけど、でも「ひったくる=むりやり奪い取る」から「荒々しく」が派生したんだとしたら、「ひったくる」は「引っ手繰る」だし、別語源なのかな。
というわけで「へったくれ」の語源はこんな感じに整理できるのではないか。
1. 「たぶれ(狂う)」に由来する罵倒語「たくれ」(剽たくれ・屁たくれ)
2. 「田蔵田」に由来する罵倒語「たくれ」(剽たくれ・屁たくれ)
3. 「垂れる」に由来する罵倒語「たれ」(凹垂れ)
先日かねてからの目標であった長期の海外旅行(いわゆるバックパッカー)のために休学を申請したら却下された
なぜだかわからないが留学、うつ病、経済的事情やなんかのために休学することは許されるが個人旅行はだめらしい
要するにそれだけのことだが、人生の夏休みである大学で個人旅行のための休学が許されないとするなら、例えば高校、大学、新卒で就職、といった普通の人生を送ると、60か65で定年するまで、長期で旅をするのは不可能だということになる
もちろん大学を辞める、新卒資格を捨てる、会社を辞めるといった選択肢もあるが、そんなリスクをとる度胸はない。未熟な今行くことに価値があるとも思う
世間一般の人から見れば些事に過ぎないのかもしれないが、私にとっては衝撃的だった。なんだか人生の先が見えてしまった。別にプロ野球選手になったりアイドルと結婚できるとは思っていなかったが、バックパッカーすらできなかったとは。
グローバル人材の育成を謳っておきながら個人旅行は許さない大学の狭量ぶりにも腹が立つが、それよりも落胆が大きい。日本の教育制度や社会構造をたたいてみたい気もするが、死ぬほど抽象的な批判しかできないのでやめておく。なんというかやるせない
《追記》7/14、追記を書いたのでぜひ読んでほしいです。
https://anond.hatelabo.jp/20170714184542
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在学中に受けた県の教員採用試験には不合格だったので、臨時登用の名簿に登録していたら3月30日に連絡が来て、4月1日から県立高校で非正規教員をしている。
まず前知識なのだが、非正規教員と一口に言っても「期限付(任期付)講師」と「時間講師」に区分されることは案外知られていないのではないか。
前者は常勤。半年や一年という任期付きではあるものの、クラスの主任を持ったり、部活動顧問や校務分掌(進路指導、生徒指導など)も持つ。
お給料も正規と同じく月給制で、ある程度の年齢までは毎年昇給があるらしい。
後者は非常勤。塾の大学生アルバイトのイメージが近いのではないだろうか。
週〇コマと決められていて、時間単価と勤務コマ数の掛け算で給料が支払われる。
「県立〇〇高校、週〇コマで講師をしていただけますか」と電話がかかってきて、幸い実家から通勤できる距離の学校だったし、「現場で経験を積みながら合格を目指そう!」なんて希望に燃えて二つ返事で快諾。
厳粛な任命式も、指導や研修(正規の新採用はほぼ毎週あるらしい)も何もなかったが、他の先生たちと同じように1人で担当クラスを持ち現場に立っている。
手探りの日々で頭を抱えることもあるものの、生徒から反応が返ってくるこの仕事に誇りや充実を見出している。
ところでもうすぐ夏休み。
子供の頃は「先生はいいよね、生徒と同じように夏休みがあるんでしょ!」と思っていたがそんなはずもなく、当然他の月と同じように出勤して仕事に取り組む。正規の教員は。
正規の教員で足りないコマ数を補って授業を行うために雇われているのだから、授業がなければ当然仕事はない。
授業だけが教員の仕事ではないので、正規の教員や常勤講師は研修会、企業訪問、会議、行事の調整、部活動指導、調査への回答…など山積みの仕事を行う。
しかし、授業だけが業務とも言える我々時間講師の場合、授業がなかったら仕事はなく、仕事をしていないのだから当然給料もない。
(ちなみにそのときは試験期間で、通常の授業がないため時間講師の仕事はごっそり削られたのである)
働かざる者食うべからず、とは聞き慣れた言葉である。
また、「仕事がないはずがないだろう、選ばなければどんな仕事でもあるはずだ」と最近まで私も思っていた。
しかし、本当に8月は仕事のしようがないようなのだ(生徒の補習や夏期講習は正規教員で事足りるらしい)。
私は抜けているところがあるので、「授業を行ったぶんだけお給料が出ます」の裏にある、「授業がないなら無給だよ」の意味に最初気が付かなかった。
気が付いたあとも、「時間数は減るだろうけど、夏休みなら補習もあるだろう」と思っていたのである。
8月、どうやって暮らせというのだろう。
幸いなことに私は実家暮らしで、家族も「正規合格を目指す」という私の目標を理解してくれているので、すぐさま困窮する事態には陥らない。
一人暮らしの家賃や光熱費を払い、日々家計のやりくりをしなければならない状況だったとしたら?
ちなみに非常勤なので社会保険にも加入できず、自分で国民年金16000円を払っている。
「1コマ3000円で週10時間、だいたい月12〜14万円か」と分かってはいたが、ここから保険料や税金を支払い、最低限の仕事服や通勤定期を買い(一律で定額支給の通勤手当は雀の涙ほどだった)、働き出してからは貯金も全くできていない。
こんな月収でも年額130万円を超えてしまうので、親の扶養にも入れない。
他のことをして収入を得ようと思ったこともあるが、「正規の教員で不足するところを補ってね」と時間割を割り振られたので、月〜金全ての日に授業があるし、「4時間目だけ」「2時間目と6時間目」のような振り方なので、時間が全く自由にならない。
2時間目と6時間目の間の数時間、何をしているのかと言われると教材研究や生徒の課題のチェック、試験後にはその採点、成績表のデータ入力などである。
しかしあくまでも「週10時間」の任命なので、これらの空き時間についてはもちろん無給。
1コマだけ授業があるような日でも、その時間だけ学校に行って終わったら即帰宅というわけにはいかないし、何時間働く日であっても通勤にかかる時間は同じである。
文章の収拾がつかなくなってきた。
まだ1年目の1学期を終えたところでこれだけ思いつくので、これから先どれくらいこの身分の恐ろしさを痛感するのか、未来が真っ暗である。
そもそも来年度以降も同じ学校に勤められるとは限らず、そもそも任用があるのかも分からない(おそらく3月末の連絡がそれなのだろう)。
他にも時間講師の人はたくさんいるが、新採用の正規教員のように1箇所に集まって研修を受ける機会などはなく、年齢も担当教科も割り当て時間数もバラバラなので、話す機会がほとんどない。
中には現役を引退したベテラン教員、夫の扶養に入れる範囲で勤めている子持ち女性などもいるようだが、この仕事だけが生計の手段であるような若者〜中年も少なくないようだ。
「(モンスターペアレント、部活動指導、教育改革などになる)教員のブラック労働」と「(民間の)非正規労働者」の問題については注目が集まっていると感じるが、「非正規教員」はその合わせ技といえるのではないだろうか。
逃げるかのように学校の階段を勢いよく駆け下りて、自分の席に座ったところで目が覚めた
いい思い出だったかと聞かれたら、首を横に振る答えしか私にはないのだけど
プールの後に国語の授業で塩素の香りを感じながら居眠りをすることも シーブリーズの貸し借りをする男女も
生温い風を感じることも 嫌いな薬品の匂いがする生物室で昨日見たドラマの話をすることも 音楽室でいろんな楽器を勝手に見よう見まねで奏でることも 屋上で愚痴をこぼすことも 購買で苺のサンドイッチを買うために走ることも
全校集会、文化祭、修学旅行、遠足、新入生歓迎会、卒業式 よくある行事だけど 学生の時にしかない特別なイベントも
もう ない のか
無い
あ
嫌な思い出では ないのかもしれない
ただ、良くはない
だけど
しっかり覚えていることはあった
それでも良いのかもしれない
たぶ ん
暴力を受け隠しようがない痣と傷だらけで登校した日、気付いた教師は気付かないフリをしてくれた 人間なんだなと思った
別に助けてほしいと思っていなかったし期待もしていなかったから
後日その教師は私に好きなアイスを買ってこいと、200円を渡した
夏休みの間、アルバイトをしながら様々な努力をした 自分を変えたい一心で
気持ち悪いほど周りの私への対応が変わったくらいには変化がでた
見た目が変わって良かったとは思っているが、精神的な面は何も変わらないどころか精神病棟に隔離されるほど酷くなってしまった わけがわからない
外見への執着は増す一方で、内面の汚れは落としても落としきれない
見つめ直そうと思う
大きな課題
アイスでも食べながらなんでも受け止めることができる っていうくらいの気持ちで自分の悩みと向き合う時間も必要だ
もう寝よう
僕は小説を読むのは好きなのだが文章を読むのはあまり好きではないという、どうしようもない性質を持っている。
酷いときは最初の一行を読んだだけで本を放り出すこともある。なにか事件が起こる前にだらだらとまえがきのようなものが続くともう読む気が失せてしまうのだ。
なので冒頭ではさっさと本題に入って、その世界に引きずり込んでほしいと常々思っている。
特に気合を入れて臨む長編と違い、軽い気持ちで読み始める短編ではその傾向が強い。
そこでちょっと気になったので短編小説の書き出しをまとめてみた。
筒井康隆 傷ついたのは誰の心
中上健次 赫髪
三島由紀夫 雨のなかの噴水
小島信夫 馬
庄野潤三 蟹
安部公房 家
安岡章太郎 愛玩
丸谷才一 贈り物
他にもタイプはあるのだが主だったところはこんなもんだろう。
こうしてまとめてみると僕は【状況描写型】が好きなようだ。
この小説は明るい話なのか、暗い話なのか、どういったテーマなのか、いったいどこへ向かっているのかを早々と提示してくれるのはものぐさにとってはありがたい。
本をたくさん読むことが勧められ、学校では「夏休みの間に~冊の本を読みましょう」などと啓発される
しかし多くの本を読むことが必ずしも良いものとは限らない場合がある
僕は月に1~2冊が限度で、しかも何度か読んだ本であっても読み返すようにしている
忘れっぽいのもあるし、何度か読み返すことで新しい発見がある
僕にとって「読書」することは炭鉱夫がマイニングするようなもので、一瞥しただけでは見逃してしまう鉱脈を掘りあてるに等しい
一方で大学ではこれを「精読」といい、当然のように求められる
思うに学者が何年もの歳月をかけ研究し、培ってきた努力の結晶の塊たる専門書籍
たとえば「ダンゴムシ」について幾星霜もの時を費やして理解しようとした1人の学者が書き上げた本
それを素人がたったの1日で読んで全て理解されてしまったら研究者としての立つ瀬はない
ここで言っているのは、学者が一般向けに平易な言葉に直したそれではない
とにかく冊数だけ無駄に重ねていく行為は、まるで複数の異性とのひとときの、その性行為の回数を誇っているに等しい
一人のパートナーを心の底から理解しようとせず、ただ闇雲に回数に溺れていく
中を開けると夥しい数の「日付」が書かれていた
僕はその日付の意味を悟って涙がでた思い出がある
多くの本を読む人が褒められ、一語一文たりとも間違えずに言える自信があるほど読んだ1冊の専門書
義務教育では「精読」は「罪」であり「罰」であった
夏休みが終わった後に追加で何冊か本を読んで読書感想文を書けと言われた
僕は何か悪いことをしたのか・・・そんな日々だった
キックザカンクルーのマルシェとリップスライムの楽園べいべーはラップ嫌いな自分もなんとなく好きな曲だな
前者はなんかお祭り感あってきいてて楽しくなる
後者はけだるげな夏の夕方、常夏の島でのバカンスって感じするから、部屋の中でサングラスかけて長いすに座りながらトロピカルジュース傾けたくなる
夏の歌といえばスピッツの夏が終わるもあるけどあれはお盆すぎの夏休み後半の長期休暇のリミットが迫ってくる感じがするからあんまりききたくない
小学生2年~6年の間で仲が良い友達がいて、その子はシェパードを飼っていた。名前は増田(仮名)にしておこう。
私がその子の友達の家に遊びに行くと増田(仮名)は尻尾を振って歓迎してくれた。一緒に散歩にも行ったしプロレスごっこもした。
小学校6年生の夏休みのある日、いつものように私が遊びに行くと、あんなにも懐いていた増田(仮名)が私に牙を剥き襲いかかってきた。
繋がれていたので噛まれることは無かったが、あの目は私を完全に敵として見ていた。
その2、3日前までは一緒に散歩していたのに。
それから数日後、その子は親の仕事の都合で夏休み明けに転校することになり、結局それっきり。
たまにふと思い出す記憶。
航空会社(V):椅子型ストレッチャーなどがないので、車いすは断っていた
車いすの人(K):車いすは断られるのを知っていたので事前連絡せずに予約
V:車いすなので断る
K:同行者に手伝ってもらうと説得
V:乗せる
K:同行者に車いすごと担いでもらって降りる
K:這い上がる
V:椅子型ストレッチャーを導入。車いすでも断る必要がなくなる
障害者差別解消法:障害者が何らかの対応を必要としているという意思を伝えたときに負担が重すぎない範囲で対応することを求める。
不法行為の可能性があるのは、航空会社が椅子型ストレッチャーなどがないので、車いすは断っていたというところ。12万円くらいなので、負担が重すぎない範囲と思われる。実際、異議申し立て後はすみやかに導入。
モラル的には、Kの説得して乗るなよ、ってのとVの乗せるなよってところ。
あとは、まあ乗ってるもんは降りてもらうしかないし、帰るためには乗るしかないし、内規は守らないとだし這い上がるのを見守るしかない、という感じ。
この件で、夏休みに車いすで奄美にいける人が増えてよかったのでは。
ようやく正社員の内定を得たので、派遣社員時代(今もだけど)にみじめだと感じた体験を振り返る。
大学卒業後1X年、正社員の職を転々としていたらブラック企業に引っかかり、精神肉体共に限界に達したため退職して派遣社員になった。
再び「しばらく派遣でのんびりしたいな」と思った時に読むための覚書として記す。
10位
就職が決まらないので契約を更新して、次のチャンスは3ヶ月後か…と思う時 (契約更新のタイミング以外で辞めることはできない)
9位
座席表の一部の席にある謎のマークが、派遣社員の席を示すものだと知った時
8位
何もかも派遣社員に丸投げするぼんくら正社員が出世したことを通達で知る時
7位
正社員にはない出費がある時 (自費で定期券を買う、6月に1年分の住民税を払いに行く)
6位
与えられたメールアドレスがコンピュータ名と同じだと気付いた時
5位
正社員の職を求めて活動することを「転職活動」と言えない時 (派遣社員は就職している状態ではないような気がして「就職活動」と言っていた)
4位
正社員が楽しそうに夏休みやゴールデンウィークの話を振ってくる時 (派遣社員には夏休みがないし、ゴールデンウィークは無収入なので大迷惑)
3位
2位
職業を聞かれて「派遣社員です」と答えて、うわ…聞かなきゃよかった…という空気が流れて、あわてて明るくフォローする時
1位
日本の「お客様は神様です」という風潮と、「誰かが何とかしてくれる」という風潮が嫌い。
ニーズに応えたくても、こちらはそのような能力も知識もありません、と言いたい例が多すぎる。例えば、特別支援学級に行かせたくないから家庭教師、特別支援学級に行っていても勉強に遅れを取らせたくないと言っているおうちがあったりするんだけど、こっちは生徒の特質を完璧に見抜けるわけでもなく、詳しく訊くことも出来ない。
そもそも説明に行っている人間が、学習障害の知識もない、と言うレベル。私自身も最近勉強するようになったくらいだ。
これから夏休みをきっかけに、家庭教師を頼む人は増えると思うけど、良い会社、良い家庭教師ばかりじゃないから気をつけてください、と言うしかない。また、子供の勉強嫌いや、興味のなさは、親が思っているより遥かに深刻で、どうにもならないことだと思ったほうがいい。努力はダサい、めんどくさい、ラクしたい、もっと楽しいことがある、子供はそう言うから。それに、高校行って、偏差値が高い大学に行けば将来安泰、というレールはとっくの昔に崩壊してますしね。
優等生が肯定される時代は、もう終わったのかもしれない。SNSに加工した写真を載せれば、簡単にいいねがもらえるのだから。リアルでコツコツ勉強するより、ネットに逃げて、賞賛されるほうが楽しいと思うんですよ。
ネットに逃げないコツは、ちゃんと子供と向き合うこと、子供のいる環境を理解すること、そこまですれば、彼らに必要な勉強方法もなんとなくわかる気がするのですが、気のせいでしょうか。
ちなみにスマホ1台あれば、YouTubeの勉強を教える動画も見られますし、色んな学習アプリが使えます。それもわかっていてほしいですね。
http://anond.hatelabo.jp/20170606005748
昔の自分に似てる部分が多いと思ったから、この人の役に立ちそうなことを列挙
・お先真っ暗に思えるだろうけど、顔が良いだけでなんとかなることも多いから、あまり悲観的にならずにね。
・美大に通ってんなら、やりたいことがあるんでしょ。もうすぐ夏休みなんだから、その期間を使って、大学卒業後の夢と目標をちゃんと考えなよ。心からやりたいと思えること見つけなよ。それを決めたら、あとはそれを達成するために頑張るだけ。まだ大学2年で、就活まで時間あるから、今からなら大抵のことは間に合うよ。芸術の道でもいいし、芸能界にまだ興味あるなら、そっち目指してみてもいいし。大人になってから芸能活動始める人も多いし。ここで、親の目を気にしちゃダメだよ。親なんか言いたいことだけ言って、責任とってくれないんだから。
・友人や恋人が欲しいなら、今のリスペクトできない美大の友人らは捨てちゃえばいいんだよ。そして、他のコミュニティに所属するとか、とにかく数を打つんだよ。出会いの数を増やすんだよ。Twitterでもマッチングアプリでもなんでもいいから使ってみて。恋人に限定した話なら、大学生向けの恋活パーティーとかもあるし。そうやってたくさん初対面の人に会うというのを続ければ、ちょっとずつだけど色んなタイプの人ときちんと話せるようになると思うし、いつか合う人が見つかると思う。
・独親育ちだから暗い気持ちになるのはわかる。「アダルトチルドレン」とか「機能不全家族」に関する本を読んで、自分の辛かった過去とその原因を理解して乗り越えるってのもいいと思う。
・インカレサークルが合わなくてやめたって話だけど、そのサークルが合わなかっただけだと思う。本当にサークルに入ってみたいと思うなら、2年から入れるサークルはあるし、探してみればいいよ。ガクサーとか言う全国のサークルを調べられるサイトもあるし、ツイッターでだって色んなサークルの募集あるし。合わないと思ったら辞めればいいし、合うサークルが見つかるまで頑張ってみたら?個人的には、サークルに時間取られすぎたのは失敗だったと思うけど(サークルしかしてないから、就活で話すネタがなかったwww)、男女でワイワイ、サークルで遊ぶのが憧れなんでしょ。それなら一回思う存分やってみなよ。多分やらなきゃ一生「サークルとかやってみたかった」って愚痴るようになるよ。
・居酒屋ってか飲食のバイトは、向き不向きデカいから、向かないと思ったら辞めて正解だよ。いいんだよ、それで。自分を責めることない。居酒屋バイトができなくたって、社会で生きていけないなんてことは絶対ない。そして、バイト採用の件だけど、バイトでも意外と落ちるよ。なんでかって、長期でやれないとか毎日入れないからとか、そんなもん。大抵シフトのせい。違かったらごめんね。でも、人間性見抜いて落とすことって、バイトではあんまりない。バイトを雇ってるとこなんて、だいたい人手不足だから。自分の社会不適合者感にうんざりしてるんなら、派遣のアルバイトに登録するといいよ。採用選考はないし。自分でもお金が稼げるんだって少しは自信持てるよ。てか、サークルの話と似てるけど、そのバイトが合わなかっただけで、合うバイトはどっかにあるよ。色んなバイトに挑戦してみて、合わなかったら辞めるを繰り返してみるといいよ。
・友達がいないのは寂しいね。でも、こういう恥ずかしいことだけをぶちまけるツイッター垢とかブログを作ってみたら、それに共感して集まってきた友達ができるかもよ。
・知り合いにこういう話を隠してしまうというのは、ある種才能だと思うよ。自分はぶちまけちゃうもん、自分一人で抱え込んでいる辛さに耐えきれなくて、打ち明けちゃう。隠せるってことは、自分で辛い過去を背負う強さがあるってことだと思う。そういう辛さを創作に繋げられたら、凄まじい作品が出来上がると思うよ。
・あと、すねがじり一人暮らしって書いてるけども、実家から出て一人暮らししてる人で、すねがじってない人は今の時代、少ないと思う。自分で学費稼ぐみたいなさ。だから、卒業するまですねかじりのことは気にするな。親が「せっかく金を払ってやってるのに〜」みたいにプレッシャーをかけてくるかもしれないが無視に限る。
・一般大学に通った者だけど、自分は美大に生きたかったから、美大に行けてるあなたが羨ましい。飲み会行くとか遊ぶとかオシャレなことするとか、美大でもできる。でも、美術学ぶのは、一般大学ではできないから。一般大学に夢見すぎ。あなたのような地味な生活してる青学生も多いから。自分の行きたかった国立に行けなかった、せめて青学だったら行けたかも…と思うかもしれない。でも、美術好きでも美大通える人なんてわずかなんだから、自分の大学とその大学に入った自分にもっと誇りを持って欲しい。
・あとは、海外に行ったり、本を読んだりしたり、視野を広げるようなことをすれば、カーストだのマウンティングだのから解放される可能性が高まると思う。試してみて欲しい。