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2018-09-09

反「中世学者コスプレ」論

 東洋経済記事世界レベルで「大学崩壊している」根本原因』(https://toyokeizai.net/articles/-/235823)を読んで、大学先生方のあまり時代錯誤ぶりに唖然とした。東洋経済サイトにもコメント投稿したのだが、この討論参加者の一人である藤本夕衣氏の『反「大学改革」論』をもじって、反「中世学者コスプレ」論と銘打ってさらに詳しく批判をしてみたい。この討論の結論部と同様に筆者も基礎科学人文学にも税金を投入すべきだと思うが、一方でこれらは実用性の期待が低いことを考慮して、あるべき規模を考えるべきだとも思う。

大学危機の構図

 件の討論では、まず、日本に限らず欧米でも新自由主義によって大学特に人文学)が危機さらされていることを概観し、その原因を中世から大学史に求める。端的に言うと、大学に残る中世的要素(真理探究称揚世俗価値との隔絶)と近代合理主義的な社会的要請(実利や実用性の要求)とが齟齬をきたしているのが、危機の真因であるという。大略、以下のように要約できる(1-5ページ目)。

 大学中世ヨーロッパの神学に端を発したため、世俗価値(例えば、国家の発展や実用性)とは隔絶していた。大学理念ベース神学から近代啓蒙思想に変化した後も、しばらくは神学的な気質を引き継いで「大学人間の理性に基づく真理の探究の場である」という、世俗価値から隔絶した立場を維持した。

 ところが時代が下ると、大学での基礎科学研究経済力や国力に直結することが意識され始めた。加えて、大学理念から「神への奉仕」が消えたことにより、大学自治根拠が「国家の介入を拒否し、自由研究活動を展開したほうが、国や社会に大きなメリットをもたらせる」というものに変質した。このような考え方は世俗価値自体評価していることを意味し、大学それから隔絶するのを弱めた。

 近年の大学改革も同じ構図である。今なお大学が維持する神学気質の「真理探究」という理念近代合理主義から派生した新自由主義によって攻撃され、世俗的な価値である実利(産業競争力向上に資する研究グローバル人材の育成)を大学に求める力が強くなってきている。

中世学者コスプレ

 ここまでは中々興味深い議論だと感じた。しかし、最後の6ページ目で驚くべき主張が展開されている。中野氏は「大学とは天才を飼っておく場所」だと言う。他の三氏もこの意見同意している。少し長いが引用しよう。

中野:僕は研究機関としての大学は、効率性を求めるべき場ではないと思っているんです。(中略)そういう人たち(引用者注:本当に学問が好きで学問に優れた人間)は権威主義も何も一切関係なくて、「とにかく研究させてくれ。研究費だけ出して、あとは放っておいてくれ」と、それだけ思っている。たぶんそういう人たちが世の中には必要なんです。好き放題にやれと言われて、100年後に認められるような成果を出す人間というのが、この世に0.003%ぐらいはいて、われわれ凡人は「そういう人間必要なんだ」と寛容に認めなくてはいけない。」

 本当に学問が好きで学問に優れた人間は、権威主義には関心がないが、なぜか研究費は出して欲しいらしい。しかし、「研究費もいらないから放っておいてくれ。自ら集めた寄付や自費で自由研究させてくれ」という経済的覚悟研究するのが、ここで議論されている天才ではないのか。

 産業振興等とは独立した真理探究という、世俗から超越した価値を解きながら、研究費を求めるという世俗要請を行うことに、中野氏や賛同した御三方矛盾を感じないのだろうか。真理探究の重みに比べれば一国の産業振興など軽いと考えているのであれば、一人の研究者の経済状況など取るに足らないものだろう。ご本人達が「本当に学問が好きで学問に優れた人間」ならば、世俗的な国家から隔絶して税金に頼らず自費で研究をすればよい。あるいは、ご本人たちは運悪くそのような天才ではないが、「われわれ凡人は「そういう人間必要なんだ」と寛容に認めなくてはいけない」と言うならば、そのような天才のために寄付をし、富裕層パトロン探しに奔走してはどうか。中世学者の大部分は税金に頼らずに研究をしていたのだ。

 それを実践すれば大学危機など問題にもならないだろう。何せ今、問題視されているのでは高等教育研究における税金の使い方であって、税金に頼らない学術研究は誰も問題にしていないかである

 しかし、おそらく彼らはそのような中世的な学者になりきることはないだろう。それにも関わらず中世学者称揚するようなことを言う彼らを、私は中世学者コスプレと呼ぶことにしたい。

反「中世学者コスプレ」論

 一方で、基礎科学人文学研究にも税金が投入されるべきだと私は考えている。ただ、その根拠中世学者コスプレに求めるのではなく、実用性という世俗価値に求めるべきだと思う。冒頭の「大学危機の構図」で触れたように、時代が下るにつれて大学側が世俗価値に寄せてきているのだから、これをさらに進めるのは自然なことだろう。

 私は以下の考えに基づいて、あらゆる学問への税金投入を正当化したい。

 まず、あらゆる学問には実用性の可能性を見出せることに注目しよう。例えば、法学医学工学はもちろん、歴史学文学哲学にも実用性の可能性が見いだせる。歴史学は、歴史小説創作において舞台装置を与え、歴史ドラマ制作時に時代考証の基盤を提供する。同様に文学哲学も、小説ドラマ創作においてインスピレーション作家提供するだろう。マイナー外国語も、遠い将来に日本がその地域貿易を行う必要性が生じるときに、実用性を発揮することを期待できる。

 したがって、あらゆる学問研究には税金投入が正当化できる。実用性が期待できるもの税金を投入するのは合理的なことだからだ。

 しかし、ある学問知識実用に転換する難易度(以下、実用転換難易度と呼ぶ)は、それぞれの学問によって大きく異なる。例えば医学であれば、医師はその教科書知識を直接的に利用することで患者を救うことができるだろう。医学知識治療という実用に転換する難易度は極めて低い。他方、歴史学場合医師よりもはるかに少ない歴史小説家や大河ドラマ制作者でなければその知識実用に供する場面が存在せず、しかもその知識の利用方法医学場合ほどには一定しない。したがって、歴史学知識創作という実用に転換する難易度は極めて高いといえる。

 したがって、実用転換難易度に応じてその学問への税金投入額が決まるべきである。その難易度が低い学問医学工学)ほど税金投入を多くし、その難易度が高い学問歴史学文学)への税金投入は少なくすべきである基礎科学は両者の真ん中ぐらい)。

 これはもう少し具体的に言うと、実用転換難易度が高い大部分の人文系学問旧帝国大学などのトップエリート校に限定して税金を投入すべきである、ということに帰結する。少数のトップエリート校の教授学生には税金を投入して手厚く保護しつつ、残念ながらそこに至らない方々は完全に私費大学運営するなり、大学の外で別の仕事をしながら研究を進めてもらうなりする他ない。中野氏も、本当に学問が好きで学問に優れた人間はごく少数だという趣旨のことを述べているのだからトップエリート校のみを保護すれば問題ないだろう。

 大学理念存在意義に実用性を真正から据えれば、以上のような結論になる。

 もちろんこれは単なる思いつきであるしかし、中世学者コスプレオタ芸よりは説得力があると考えるのだが、いかがだろうか。

2018-09-03

ふざけんな

結局日本広告代理店には、

・親が金持ち

・なおかつちゃんと愛してくれて

結果的自己肯定感全開

人材しかいないんだ。

何がグローバル人材だ。

何がダイバーシティだ。

そんな人達が集まったところで

いわゆる「ステレオタイプ物事しかまれない。

ステレオタイプ幸せ家族

ステレオタイプ楽しい学校

ステレオタイプな生きがいのある社会

ステレオタイプになんかとらわれる必要ないよ、って発言するステレオタイプキャラクター

海外広告代理店がどんな風なのか知らないけど

日本広告代理店(って言っても実質2社くらいなもんだけど)がもし

本当にこれから社会を揺さぶりたいのなら

文字通り、もっともっといろんな人材を採ってくれ。

それかもう、本当に無くなってくれ。

君たちはいから最先端じゃ無くなったんだ。

しろ年々中身が乾いてカサカサになっていないか

私は広告代理店に行きたかった。

キトー中学受験して、テキトーいい大学に入った私の、初めて現実味のある成りたいもの、なりたい夢だった。

なぜ落とされたのかわからない。

結局誰もが知る別の製造業に就いたし、

平均より良い給与ももらっているけど、

やりがいもなにもない。週末に爆買いするくらいしか、ない。

お金があればなにか満たされると思ってたけど、むしろ週末が怖い。

毎日ずっと仕事がいい。

「やりたいことをやれる世の中」

っていうのを、社会最近は目指しているらしいが

うそつけって、思う。

私みたいなこんな片親育ちで辛いことがあるとWebに書きなぐっちゃうような根暗には、やりたいことすらやらせてもらえる権利も何もないんだと思う。

また明日が来る。

2017-07-13

つの間にか人生がレールに乗せられていた

私は地方国立大学文系学生である

先日かねてから目標であった長期の海外旅行(いわゆるバックパッカー)のために休学を申請したら却下された

なぜだかわからないが留学うつ病経済的事情やなんかのために休学することは許されるが個人旅行はだめらしい

要するにそれだけのことだが、人生夏休みである大学個人旅行のための休学が許されないとするなら、例えば高校大学新卒就職、といった普通人生を送ると、60か65で定年するまで、長期で旅をするのは不可能だということになる

もちろん大学を辞める、新卒資格を捨てる、会社を辞めるといった選択肢もあるが、そんなリスクをとる度胸はない。未熟な今行くことに価値があるとも思う

世間一般の人から見れば些事に過ぎないのかもしれないが、私にとっては衝撃的だった。なんだか人生の先が見えてしまった。別にプロ野球選手になったりアイドル結婚できるとは思っていなかったが、バックパッカーすらできなかったとは。

グローバル人材の育成を謳っておきながら個人旅行は許さな大学の狭量ぶりにも腹が立つが、それよりも落胆が大きい。日本教育制度社会構造をたたいてみたい気もするが、死ぬほど抽象的な批判しかできないのでやめておく。なんというかやるせない

2017-02-09

天皇制教育をしてもグローバル社会()対応できないと思う

先に言うと天皇制の是非についてはネトウヨネトサヨに任せるんで興味なし。

ただ今後グローバル人材()を育成するということで教育面への影響を考えた話。

キリスト教イスラム教宗派の違いはあれど国境を超えてもその人の信仰ということで一生もの道徳律として作用する。

だけど天皇制にはそれはない。

神道天皇制を同一にしようとする動きもまあ戦前に色々あって出雲大社分家作って新興宗教化するくらい反発もあったけど、今になるとそのへんの境界曖昧になってる。

てかネトウヨ含むほとんどの人がそういうの知らない。

キリスト教イスラム教は、神と人という哲学的倫理観を(是非はともかく)含むものであるけれども、かつて「現人神」なんてくだらない幻想を作り上げた歴史のある日本においてはそうした哲学は全くない。

象徴天皇として「高貴な存在」として崇めている人はいるだろうけど、その役割災害なんかで悲しい目にあった人にたいしてお慰めをするというところにとどまっている。

キリスト教イスラム教みたいに「XXをしたら神に認められる!」という積極的ものじゃない。

今日本の富裕層として財界政界活動している連中の中で、「天皇陛下に認められるためにやっている」と思っている人はゼロだろう。

まり何か行動を起こす時に「天から自分の行動の良し悪しを判定してくれる大きな存在」がいないのだ。

からこれからの子供に「天皇を敬いなさい。日本の象徴なのよ」といくら洗脳教育をしてもそれはグローバル人材にはならない。

せいぜい狭い島国日本国内でおとなしく親の言うことを聞き、平凡が幸せと感じる自称中流を量産することにしか役に立たない。

天皇制があるから国際社会で立派に見られるとかそういう意見は聞き飽きた。

問題はこれから次世代メンタルをどうしていくかの方なのだということにいい加減気づく知識人がいてもいいと思う。

2017-01-28

優秀な外国人技術者使い捨てSIer

むかついているがどうにもできない。そのことにさらにむかついている。

背景

俺は新卒で入ったSIerに勤めて数年になる。

うちの会社社員数も売上高も数千の中規模SIだ。いつからかわからないが中国にも支社があり、現地の技術者採用したりもしている。(こうした実績からグローバル企業を謳ったりもしている…)

新卒でも中国人採用していて俺の同期には5人いた。

同期の中国人技術者の優秀さ

この会社に入って最初の合同研修期間で彼らと接することになったのだがまずスペックの高さに驚いた。

まず3ヶ国語を扱える。中国語はもちろんネイティブ英語ビジネスレベル習得しており、個人差はあるもののみんな日本語での日常会話に支障はない。外国人に難しいとされる日本語の読み書きも、漢字をある程度知っているだけあってアルファベット圏の人々より習得が早いらしい。

全員バリバリコンピュータサイエンス出身

俺は文系学部出身だが在学時からプログラミングを始めてWebサイトをいくつか趣味で立ち上げたりしていて、同期の間ではコードが書ける方だろうなどと思ったりもした。半数を超える文系学生と真面目に勉強してこなかった理系学部生・院生の中ではその自己評価はあまり間違っていなかったが、彼らには到底かなわなかった。コンピュータのことを深く理解していて、俺がにわか知識や付け焼き刃で語っている内容に「それはどうやって動いているの?」「既存のあの技術との違いは?」と鋭い突っ込みを何度もくれた。

彼らとの会話は刺激的だったし、一緒に行ったプログラミング研修は楽しかった。研修後の配属先はバラバラになるが「いつかまた一緒に開発しよう」と話していた。

しかし、それから数年が経ち、彼らはみな会社を去ってしまった。

彼らが辞めた理由

俺が地方に飛んでいた数年の間に彼らと会話ができたのは数えるほどだった。社内報退職情報欄に彼らの名前が載る度に「何があったんだろう」と思ってはいたが、開いた距離積極的に埋めることはしなかった。

ところが最近、辞めた中国人同期のうち2人が俺の住んでいる地方に来るというので久しぶりに会おうという話になった。数年ぶりに再会した彼らの日本語さらに上達していて、日本人とは遜色ないぐらいで驚いたのを覚えている。

だがそれよりも驚いたのは、彼らが在籍時に会社が彼らをいかに扱ったか、という話だった。

SIerでの業務いかなるものであるかは世に多くの体験談があるので詳細に書くことはしない。が、一言。うちの会社も例に漏れExcel仕様書を使い、一時代時代も遅れた技術を使い、技術者よりも管理者大事にする会社だとは言っておく。

日本新卒よりも遥かに優れた技術者である彼らが業務においてコードを書いたのは数えるほどだったという。

ある一人は会社代理店契約を結んでいるMicrosoft製品サポートをひたすらやらされ、英語ができない他の社員の代わりにサポートデスクメールをしていた。Microsoft日本サポートも充実しているらしいがなぜそういうやり取りが発生するようになったのか誰もわかっていなかったというし、理解しきれない製品を売っていることも不可解だった。

またある一人は1年目から3年目まで巨大プロジェクトテストをひたすら任され、それが終わった後には小さな開発案件サブリーダーとして派遣社員への指示やガントチャート管理をするようになった。技術者としてプログラムを書いたり研究に没頭したいという主張をしたが受け入れられなかったらしい。この会社にとってプログラマ外注で十分だし、その頃の彼は「テスト歴2年の若手」としか映らず、活かす道はそのまま凡庸な「SE」ぐらいしかないと思われたのかもしれない。

そして最もひどい扱いを受けた一人。彼は1年も俟たずに辞めたがその理由もさもありなん。

彼は同期の中国人の中で最も日本語ができなかった。とはい日本人の平均的な会話スピードであればリスニングはできるし、スピーキングも落ち着いていれば悪くない。少なくともグローバルカンパニー標榜するうちの社員悲惨英語力に比べれば圧倒的にマシだった。

しかし、その時点で配属先の部署は彼を役立たず扱いした。「カタコトの日本語では客先に連れていくことはできない」「派遣請負の方と話すときも伝達の齟齬仕様ミスを生むかもしれないから必ず上長を介して」などといって、所属しているはずのプロジェクトでも何も仕事を与えられなかった。代わりに経費で購入された日本語学習本を読むことを一日数時間強要された。彼は一日でも早くその状況から抜け出そうと努力し、1ヶ月でJLPT N2日本語能力試験の上から2番目)を取得するにいたった。そしてプロジェクトに溶け込もうとしたが、こねくりまわされて複雑怪奇になったドメイン知識やそれを体現するExcel仕様書JLPT N1より遥かに難しかったという。

彼らの後悔

「"君たち優秀なグローバル人材技術力が欲しい"と言われたか移住してまで入社することを決めたのに、中国語英語技術力も何の意味もなかった」

日本企業で働かなければ純粋日本を好きなままでいられた」

中国同期生は僕がSIerで役に立たない技術カスタマーサポートExcel仕様書のために時間を費やしている間にキャリアを積み上げている。面子大事にする中国に戻れば"出戻り負け組"として侮蔑的な態度を取られることもある」

彼らの言葉から後悔の念を読み取るのは難しくなかった。

告発

そんな話を聞いて俺はむかついている。

総合職採用業務内容は適正に応じて決められる」

業務において能力の不足がある場合会社から補助する」

会社は嘘をついていないし、やっていることに違法性はないらしい。過度なパワハラと訴えることが精々だろうか。その程度では人生の一部を無駄にしてしまった彼らの無念と後悔は晴らせないかもしれない。

優秀な外国人技術者使い捨てSIer実態。「すべてのSIerがそうじゃない」「主語がでかい」と誰かが必ず言うだろう。俺もそう思う。きっと彼らが行くべき会社は他にあったのかもしれない。

でもどうか知ってほしい、こういう会社があることを。

そして止めて欲しい、こうした不幸な選択をする人が身近にいたら。

直に、俺も会社を去る。

2016-11-07

新しい色の名前提案

Google謹製Pixel シリーズにさぁ、Quite Black ってカラバあるじゃん

アレって直訳すると「かなり黒い」ってことだけど、なんか日本語として据わりが悪い気がするんだわ。

そもそも、英語話者にもあんまり評判良くない名前みたいだけどさ。

で、Quite Black って「かなりブラック」ってことだから、ふと思いついたのよ。

LED電球の色味に「電球色」ってあるじゃん。赤みが強いオサレな色。

その音の響きに準拠して、Quite Black は「電通色」って訳したら何かスゴいスッキリした。

からさ、これから黒の暗色度の強さに応じて、淡い方から濃い方に向かって

黒色 → 漆黒電通色 って言い分けるのがスマートグローバル人材だと思うんだ。

2016-08-14

マイルドヤンキー批判してるけどマイルドヤンキーの反対はグローバル人材なわけ。

お前全然グローバルじゃないじゃん。日本にしがみついて、権利を主張しなきゃ生きてけないじゃん。

オーストラリアアメリカの方が日本より全然収入が多いわけ。

嫌ならそういうとこ行きなさい。

2016-07-26

グローバル経済がもたらす人材の買い叩きと求められるスペックの際限ない釣り上がりは、

結果的能力の劣った人間や金のない人間自分のような)、そして障害者たちを

かつてのナチス提唱した優生学のように、間接的に死へと追いやっている。

犯人の犯した罪は到底許されるものではないが、「グローバル人材」とか「スーパー日本人」とかの

キレイ事が、無力なドメスティック人材を微笑みの下に首を締め上げているのは変わらない。

ホワイトハウスが「強い憤りを覚える」と表明した事に、「お前らが間接的に唆したようなもんだろ」との念を抑え切れない。

2016-04-27

文科省グローバル大」構想に不満続々 「まるで詐欺

「これじゃまるで『SGU詐欺』だ」

まあ、こうなると思っていたけど。つまり毒まんじゅうか。

 大学国際競争力強化を狙った「スーパーグローバル大学」(SGU)構想。文部科学省肝いりで始まったが、選ばれた大学が不満を募らせている。国の支援が想定より少ない上、予定していなかった仕事も次々発生しているからだ。

 「これじゃまるで『SGU詐欺』だ」。東日本大学トップは「びっくりするほど支援の額を値切られた」と話す。

 SGUは世界に通用する研究や国際化を進める大学を重点支援するため、文科省が2014年に募集。104大学が計画を提出し、37大学が選ばれた。「世界ランキングトップ100を目指す力のある大学」(タイプA)は最大で年5億円、「グローバル化を牽引(けんいん)する大学」(タイプB)は最大年3億円を、それぞれ最長10年間支援する。

 だが、15年度の平均支援額は、タイプAが2億8800万円、タイプBは1億3100万円。1億円未満も5大学あった。「あれだけぶち上げておいてこれか。文科省風呂敷を広げすぎ」(西日本大学幹部)。「今も納得していない。でも、『文部科学省さま』に文句は言えない」(関東私大担当者)。さらに、各大学への交付額は未公表で、「あの大学はうちより少なかったようだ」などと臆測が飛び交う。

 ログイン前の続き思わぬ制限もある。

 各大学に昨秋、文科省からメールが届いた。会議シンポジウムでは、「SGU」ではなく正式名称を使うようにとの内容だった。札幌学院大が「SGU」を商標登録しており、「SGUを使用した場合商標権侵害」と書かれていた。東日本大学担当者は「印刷物を刷り直すはめになった。完全に余計な出費。最初に調べておいてほしい」と怒る。

 さらに、文科省の定める英語での呼称は「トップグローバル大学。「スーパーグローバル」は英語では普通は使わない表現からだ。西日本大学担当者は「なんで国内向けはわざわざ妙な名前にするのか。海外向けに翻訳する際、直す手間がバカにならない」とあきれる。

 テレビ番組英会話講師を務める鳥飼玖美子・中央教育研究所理事は「英語では、『グローバル市民』なら国連などでも使っているが、『スーパーグローバル』なんて言い方はしない。『トップグローバル大学』と言えないことはないが、あまり聞かない」。事業自体についても、「そもそも海外ではグローバル人材という概念がないし、グローバル化否定的にとらえられることもある。グローバル人材育成という発想が、グローバルでない」と指摘する。

■「背伸び」した計画も

 SGUに選ばれたくて、実現が難しい計画を立てた大学もある。東日本大学担当者は「海外大学留学協定を結ぶことや、受験生受けを考えると、『国のお墨つき』がないと不利。計画をちょっと『盛って』しまい、精査して青くなっている」と話す。

 計画には、留学生割合数値目標も盛り込まれている。現在海外から留学生授業料減免する大学が少なくない。学生の定員は決まっており、留学生が増えるほど授業料収入に響く。例えば、授業料100万円の3割を減免する場合留学生の受け入れを2千人増やすと年6億円の負担増になる。「『もうからない』学生割合が増え、経営体力との勝負になる」(西日本大学)。減免措置見直し検討する大学も出始めた。

 SGUに選ばれた多くの大学外国人教員比率を上げる目標を掲げた。ただ、外国教育研究歴のある日本人でも「外国人教員等」として比率に含めることが可能だ。「外国人教員の確保は大変なので、日本人で達成すればいい」(関東私大)という、「数あわせ」も頻発しそうだ。

■当初より採択大学数増え…

 事業担当する文部科学省高等教育企画課の担当者は、支援額への不満について、「大学から直接少ないと言われることもある。財政状況が厳しく、予算を思っていたほど確保できなかった上、当初予定していた30大学より採択大学数が増えたので、1大学当たりの支援は少なくなった。『最大で』の金額が、誤解された面もある」と説明。「スーパーグローバル」の呼称については、「和製英語。でも、分かりやすいし、インパクトのある表現だと思う」。外国人教員比率を巡る大学対応は、「グローバルな日本人であれば問題ない。外国籍でなければならないということはない」。計画を『盛った』大学存在想定外で、担当者は「ちゃんとやれないなら理由説明してもらうことになる」と話している。(石山英明

http://digital.asahi.com/articles/ASJ4T5DB4J4TUTIL04W.html?rm=514

2014-09-05

スーパーグローバル大学予想

なんかヒアリングも終わって、今月末までには発表されるみたいだから、予想を書いておく。

申請状況はこの辺から

http://www.jsps.go.jp/j-sgu/data/download/h26_sgu_shinseijoukyou.pdf

予想といっても申請書なんぞ見れるわけないから過去の実績ベースな。

実績ないと、この手の書類書けないからね。

具体的には、G13、グローバル人材(全学・特色)世界展開力なんかを加算。

重み付けは適当

トップ型はざっと素点順に並べると、

1)早稲田、2)名古屋、3)九大、4)筑波、5)東大、6)京大、7)東北、8)阪大、9)慶應10北大11)東工

こんな感じ。東大京大評価低いのはグローバルに採択されていないから

10校目安というのが、この11校なんじゃないかと。

早稲田はアレだが、アレが留任したから残るんじゃないかと。心証悪くて落とされる可能性もなくはない。

牽引型はよーわからん

素点順は、

1)九大○、2)立命、3)上智、4)明治、5)同志社、6)千葉、7)神戸、8)医科歯科○、9)広島○、10)国際教養

11)関西学院12)立命館アジア太平洋、13)お茶の水、14)一橋、15)岡山、16)ICU17)中央

この辺ぐらいまでは確定かな?ちなみに○印はトップ型と併願の所。

九大はトップ型で採択と予想するので、残り四枠。

これをボーダー大学が争うと。ここからさきはよくわからん

一応名前をあげておくと、

埼玉電通大東京海洋大総研大新潟福井豊橋技術奈良先端鳥取山口

愛媛長崎熊本○、愛知県立、北九州市立、共愛前橋神田外語、亜細亜芝浦工業

昭和女子東洋法政創価愛知

この手の実績が全くない、外語や首都大横国、大市大なんつうところもいるんでわからん

強いて言えば、大学院大学は一個ぐらい選ばれそうだから奈良先端

さすがに外語と首都大入れて、あとは旧六から長崎熊本あたりを入れて終わりかな。

という予想。

さてどれぐらい当たるやら。

2014-07-29

架空グローバル

グローバルグローバルって言うけど、お前らの言うグローバルは本当のグローバルじゃなくて理想論てか架空の美化された「グローバル」であって生々しいグローバルじゃないんだよ。

そりゃ世界のいいとこ取りしてできた「グローバル」なんてニッポンよりめちゃめちゃ良いに決まってんじゃねーかアホかこんにゃろ

あと「グローバル人材になるために英語できるようになろう」なんてのもアホっぽいし、英語なんて普通にやってれば誰でもすぐできんだから特殊能力化すなアホんだらぁあああ

2014-02-04

以前、自分海外会社に勤めていた。ネット経由で仕事するという、最近良くあるスタイル会社で、今まで二社経験がある(クラウドソーシングとかじゃなくて、れっきとした専属社員です)。

その二社目にいる時に、日本人の別のソフトウェア技術者入社したのだけど、その人は半年でクビになってしまった。自分マーケティング系職務だったので、クビになった技術者が何をしていたのかは知らなかったが、その一ヶ月後に日本大手IT系企業に入って、その後長くやっているので、技術に問題があった訳じゃないだろう。

自分は二社とも日本人一人の状態で参加していて、そもそも語学は大して上手くない人間なので、「うかうかしてると振り落とされる!」という強迫観念もあり、言われないことでも積極的に提案したりモデルを作ったりして、それなりに評価されていた。なので、会社との合意でない限りやめることはなかった。じゃあ、クビになった人は何が出来なかったか

ひとつは、先に日本人がいたことで、甘えがあっただろう。要するに、仲良くしていれば自分立場を守ってくれるという認識がどこかにあったんじゃないだろうか。実際に接していてそう言う印象は受けた。でも、ネット経由で仕事する限りは、そんなものは通じない。ましてや、相手は異国人。そういう人に、期待しても仕方ない。

もう一つは、(結局同じことだけど)自分から積極的に成果をプッシュすることが出来なかったのだろう。別段優れた成果である必要はなくて、ソフトウェアの簡単なバグを直したり、速度の遅い所を改善したり、そんなものでまずは良かったはずだ。だけど彼は、浮かれていてふわふわした印象も受けた。だから、最低限の成果を出すことが出来ず、結局クビになってしまったのだろう。

最近グローバル人材かいって海外コミュニケーション出来る人材がもてはやされるし、ネット経由での仕事も多くなってきた。一方で昔ながらの外国ビジネスしても上手くいかない」「外国人が思った通り動いてくれない」という嘆きも耐えない。だけど、そんな話を聞くたびに「日本人コミュニケーションするのと同じルールで接していても上手くいく訳ないじゃん」と感じている。逆に日本人と接していると、「なんでコミュニケーションがそんなに適当なんだ」と思ったりもする。

仕事上で外国人と接する際のポイントは(自分場合は、いわゆるアメリカ型で、アジアアフリカ方面は知らないけど)

まあ、要するに、日本人同士なら「それは言い過ぎ」「きっとわかっているはず」と思っていることもしっかり表現しましょうということだ。ただ、これって、普段使わない思考能力を使うために、結構大変。予想よりも訓練が必要自分意識下に眠っているもの一生懸命掘り出していく必要がある。例えば、ソフトウェア作成する際に「この仕様書通り作成して」と伝えると、その仕様書に書いてないことは、ほぼ達成されない。「数字は通常通り桁を合わせる」とか「エラーの出力は普段通り」と思っていても、はっきり書かないと応じてくれない。子供と接するくらいの気持ちの方が却って良いです。日本人だとバカにされてると感じるくらい。

日本人だとNoというと非協力的だと思われがちだけど、海外のきちんとした会社であれば、適切なエビデンスとともにNoということは、「問題を改善する積極性がある」と評価される。

その上で、

テストデータを修正しました」に学ぶ

http://ayato.hateblo.jp/entry/20140129/1391004860

を読むと、「まあ、相手も悪いけど、この人も説得力のない資料を作ったんだろうな」と思っちゃう。伝えきれなかった方が負けって感じで。さすがにそれは言い過ぎかもしれないけど。

ちなみに、人前で怒りの感情を表に出すのは、御法度です。たとえ上司、部下の関係でも。明るいジョークは歓迎です。

2013-08-27

そもそも新卒採用の成果って何で測るの?

http://anond.hatelabo.jp/20110824143747

http://anond.hatelabo.jp/20130826223408


これ読んで思ったこと。

新卒採用担当者の成果ってどうやって測るんだろうね?


①応募の数?(アピール頑張って何万通の応募を集め、その中から厳選出来ました的な)

②説明会の回数?(これだけ頑張りましたで賞)

③数年内の離職率

④配属部署満足度

新人TOEICの平均点?(グローバル人材を集めました的な)


配属された新人能力あるかどうかなんて、そんなに簡単に解るのかな?

よっぽど飛びぬけた奴じゃないと、数年してやや差が出てくるとかその程度じゃないかな。


優秀だと思った奴が頑張りすぎてダウンしたりとか、

地味に思っていた奴が案外じわじわ成長したりとか、

リーダー的な立場に立ったら別の奴が出てきたりとか。


特に大企業マイナスポイントがなければ30半ばまで昇進も差がつかないし。

そうすると凄い長いスパンの話になって、フィードバックするころには担当者は別の部署、みたいな。


から現実的には④も結局配属してちょっとの期間で判断する満足度だよね。。。

だってフィードバックできるかギリギリの線じゃない?現実的には1~2年?

それだって普通の成果評価(半期 or 1年)からすると異常なロングスパン


とすると、入社してすぐに離職しない、配属直後から職場になじんでいける、トラブルを起こさない、体調を崩さない、

能力より無難なことを優先することは仕方がないと思う。



結局組織って評価の仕組み次第で変わっていくんだと思う。


まあ人事の現場を知らないで勝手想像して書いてるだけだけど。

2013-06-08

グローバル人材

っていう表現を見て、日本から海外でも通用するような人材を輩出する!みたいな記事だったのね

多分、その表現からすると、日本企業に勤めてて海外と対等にやりあえるみたいな人材に~ってことだと思うんだけど

正直、若いときにそんな人材になれるような人間なら、海外で働くと思うんだよな。別に日本にこだわる必要ないし(こだわる理由がある人は別だけど)

グローバルを求めるってことは、自分たちが選ばれなくなることが十二分にあるってことなんだけど、わかってんのかな

2013-06-06

学生」の質の担保を高校に丸投げする恥ずかしい日本大学

から衝撃的なニュースを見た。

センター試験廃止へ 文科省、複数回の新テスト検討

http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0505N_V00C13A6MM8000/

うおー、マジか、ついにセンター無くなるかーと、センター試験受験した世代として感慨に浸っていると、その目的は「大学志願者の学ぶ意欲を引き出すことで高等教育の質を高め、国際社会活躍するグローバル人材の育成につなげる」ことらしい。

呆れてしまった。

  

最近大学の「入試改革」が盛んだ。

日本No.1大学である東京大学秋入学、推薦入試の導入は記憶に新しいし、No.2の京都大学入試改革に躍起だ。そしてその目的は、概ね今回のセンター試験改革と同様である

ただ、この流れには違和感を禁じ得ない。

入試改革」の話はよく聞かれるが、「教育改革」の話は聞かないからだ。

入試なんていうのは、単なる選抜にすぎない。それによって教育を施しているわけではない。

学習意欲が無かったり、グローバル人材が育たないのは、入試が悪いかなのだろうか?それは誰がどう考えても否である

百歩譲ってFラン大学入試改革をするならまだ分かる。しかし、東京大学京都大学は誰もが認める日本トップクラスの名門大学である

日本最高クラス人材が集まっているはずで、そこで「入試改革」をして一体何になるのだろう?

入試改革」は、学生の質の担保を高校に丸投げしていることに他ならない。

学習意欲が無かったり、グローバル人材が育たないのは、高校や入試のせいではなく、大学のせいである。

4年間をかけて大学学生を育てなければならないはずなのに、何故かそれを怠り「入試」で出来るだけ完成された学生を求める。無い物ねだりにもほどがある。

こんなのは高等教育機関」ではなく「高校生選抜機関」だ。実に恥ずかしい。

  

日本大学には早く目を覚まして貰いたいものだ。

2013-05-30

ブラック企業から這い上がれ:ソーシャルエンジニアリングつの技術

http://anond.hatelabo.jp/20130526021902

http://anond.hatelabo.jp/20130528230001

の続き

意識が高い」「グローバル人材」とか何それ美味しいの?

2.中間者攻撃(man-in-the-middle attack)

ブラック企業鉄壁の防御で僕等の希望を押しつぶすように見えるけど、たかが人の子の作りしもの

必ず「人間」という弱点はある、というのが前回のあらすじ。

さて「釣りバカ日誌を参考にしてもスーさんなんて見つからないよ」というのが●●の壁。

順番が逆。

まず組織の偉い人にターゲットを定めて、アプローチする為の踏み台を探す。

例えば「お局様、『偉い人』が新人時代世話役。口癖は『▲▲ちゃんも偉くなったもんよね』」とか

新人だったら「新人同期◆人で『偉い人』のお話を伺いたいっす」とか

上司上司に聞いてみるとか。

または「沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす」

ブラック企業の中で頑張ってもしょうがないなら、社外の偉い人をロックオン

とにかく人の力を借りて「1.なりすまし」に使える材料アプローチする機会を探す。

これが二番目

(続く)

2013-04-26

遊牧グローバル人材

どっかの誰かが、今流行グローバル人材遊牧民に例えていたけど、言い得て妙だと思う。


中央アジア遊牧民は、人口から言ったら超少数民族なのに、古代から強大な軍事力を以てユーラシア大陸全体の歴史に関わってきた。

まあその実は、農耕民との交易が行き詰まるたびに、農耕民の集落都市を襲撃・略奪して回っただけなんだけどね。

遊牧民に言わせれば農耕民なんて「一生決まった場所に縛られ、土いじりなんてつまらない仕事をして過ごす下らない奴ら」なわけで。

一方、農耕民からしたら遊牧民の襲撃は「虫害」のようなもので、間違っても彼らに憧れなんて持たなかったと。


ここらへんの話が今のグローバル人材微妙立ち位置結構重なる。

結構ウザいしあの人ら。


以上、下から目線で書いてみました。

 
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