2017-07-04

1か月の間に多くの本を読む人は「すごい」という謎の風潮について

本をたくさん読むことが勧められ、学校では「夏休みの間に~冊の本を読みましょう」などと啓発される

しかし多くの本を読むことが必ずしも良いものとは限らない場合がある

僕は月に1~2冊が限度で、しかも何度か読んだ本であっても読み返すようにしている

忘れっぽいのもあるし、何度か読み返すことで新しい発見がある

僕にとって「読書」することは炭鉱夫がマイニングするようなもので、一瞥しただけでは見逃してしま鉱脈を掘りあてるに等しい

義務教育では「もっと本を読みなさい!」と良く叱られた

一方で大学ではこれを「精読」といい、当然のように求められる

一体なんなんだこのギャップ・・・

思うに学者が何年もの歳月をかけ研究し、培ってきた努力結晶の塊たる専門書籍

たとえば「ダンゴムシ」について幾星霜もの時を費やして理解しようとした1人の学者が書き上げた本

それを素人がたったの1日で読んで全て理解されてしまったら研究者としての立つ瀬はない

ここで言っているのは、学者一般向けに平易な言葉に直したそれではない

とにかく冊数だけ無駄に重ねていく行為は、まるで複数の異性とのひとときの、その性行為の回数を誇っているに等しい

一人のパートナーを心の底から理解しようとせず、ただ闇雲に回数に溺れていく

ふと教授書架にあった古めかしい本を取ったことがある

中を開けると夥しい数の「日付」が書かれていた

僕はその日付の意味を悟って涙がでた思い出がある

僕は少なくとも義務教育むちゃくちゃ辛い思いをしまくった

多くの本を読む人が褒められ、一語一文たりとも間違えずに言える自信があるほど読んだ1冊の専門書

義務教育では「精読」は「罪」であり「罰」であった

夏休みが終わった後に追加で何冊か本を読んで読書感想文を書けと言われた

僕は何か悪いことをしたのか・・・そんな日々だった

願わくは「多読」が全てじゃないということがもっと知られることだ

「精読」することがもっと必要だと知られて欲しい

  • ・1ヶ月のうちにたくさんの本を読むだけの時間を作れるという凄さ ・たくさんの本をよんでちゃんと覚えてるという凄さ ・批評になった時ろくに本も読んでないくせにという言いがか...

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