はてなキーワード: 再現とは
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映画『2001年宇宙の旅』()それから20年以上たったいまでも、私たちはまだコンピュータへの意思伝達にキーボード(傍点)を使っている。コンピュータは音声言語を厳密にデータ化することはおろか、理解することなどできないからだ。(略)脳が暗黙的にしていることを明示的に再現しようとしてはじめて、人間の認知システムについての理解がいかに乏しいかにようやく気づくのだ。
コンピュータのチェス指しプログラムの歴史は、この件についてすばらしい例を示している。しばしば()あたかも人間の名誉が危機に瀕し、「機械の台頭」は近いかのように評されるのが常だ。しかし、(略)
したがって人間の指すチェスは、直感的思考と合理的思考のどちらも伴うハイブリッドな作業である。(略)
ディープブルー(略)ほどのコンピュータ処理能力を配備しても「誰もが認める人間に対する最終的勝利」に達しないという事実こそ、人間の脳の非合理的思考プロセスがもつ底力と洗練のしるしである。
1990年代にいじめがひどい中高時代を過ごした人間にとって、「小山田のしたことは時代背景は関係なく悪」とされることには強い抵抗感がある。
「あの時代も許されていなかった」などという人も多いが、それも納得できない。小山田があのインタビュー記事の後も長らく「アーティスト」として第一線で活躍し続けている事実は、「許されていた」ことの証拠ではないのだろうか。世間の多数派は知らなかったにしても、一緒に仕事をしている近い関係の(当然日本社会で上位のポジションを占めている側の)人たちは当然知らなかったわけがない。
自分はあの時代、テレビで毎日のように流れているとんねるずのバラエティが怖くて見れなかった。自分には当時からとんねるずのやっていることは、悪質ないじめや暴行、セクハラにしか見えなかった。とんねるずの笑いが全くわからないことは、自分が学校で落ちこぼれているという現実を、ぶん殴るように突きつけるものだった。
5年ぐらい前に小山田圭吾の悪質ないじめ記事をネットではじめて知った時、過去のトラウマがフラッシュバックした。まさにあのとんねるずの悪ふざけのノリと、それを学校で再現する連中を思い起こさせるものだった。
現在40代の多数派(とくに男子)は、あのとんねるずの番組で笑っていた側だったはずだ。「小山田のしたことは時代背景に関係なく悪」という言説を流している人は、自分と同じようにとんねるずの番組に全く笑えてなかったのだろうか。
若者の見るメディアといえばテレビ以外にほとんどなかった時代、そうは考えにくい。おそらく当時一緒になって笑っていたのを、都合よく忘れているだけだろうと思う。だから、「小山田のしたことは時代背景は関係なく悪」は、それ自体は正論だとしても、そういうことを簡単に言えてしまう人はあまり信用できない。
再現についての存在や可能性を考慮することが予防と投資になるが
なしにしてええんか?
なしでええんなら それでもまあええけど
イジメられた人間はたまたまいじめられるべくして存在したというだけで
その人がいじめられる原因や理由が確定したとしてもそれが実際にイジメに発展するかは
可能性や再現性の存在自体を無にすると そのイジメられる人間次第ということになる
犯人も犯行も しそうなやつがいたとして するかどうかはしてからでなければならなくなる
怪しいというだけで調査をすることは差別になるし 統計的に発生しそうだとみるのは偏見になる
それでいいなら べつにいいけど
荻上です。ラジオのOPで、2、3分ほどのフリートークの時間があります。僕はそこで、『ルックバック』現象について簡単に触れました。
https://shonenjumpplus.com/episode/3269754496401369355
内容は、「『ルックバック』というすごく良い漫画が話題になっていた。漫画家クラスターなどを含めてさまざまな反響があった。「過去を振り返る」「前を向く」ことについて読み手に考えさせる作品であるが、打ちのめされたようなツイートをしている人も。詳細は、社会的な出来事に関わる漫画でもあり、触れるとネタバレになりそうなため、ひとまず読んでいない方は是非」というものです。
受け止め難い理不尽な出来事を前に自分を責め、「あり得たかもしれない別の世界」あるいは「イマジナリーな救済」に一時避難するが、それでもなお「自分の席」に座り直すというストーリー。主人公たちが過ごした時間をサイレント手法でリズミカルに描くことで、読者を、他者の感情の解釈や理解へと誘う力強い漫画だと思い、紹介しました。
ここで割愛した評の一つが、加害者のキャラクター描写についてでした。サイレントでも感情が豊かに表現される主人公描写に対し、加害者は悪魔化・患者化された記号として登場し、その背景は描かれません。もちろん、加害者の実相が主人公に理解可能かどうか、あるいは物語時間の中で必要な情報が取得できるかなど、物語の制約上の限界がそこにはあります。それでも、悪魔化・患者化された記号としての加害者描写は、本作がモデル漫画であるか否かに関わらず、幻聴に関連する特定の疾病群に対する偏見を助長する可能性は気になりました。同様の指摘は、複数の精神福祉関係者が行っています。
作中では犯人像について詳しく語られておらず、あくまでメディア上に提供された定型的な警察発表のみが紹介されています。主人公の浸る仮想or空想世界での犯行シーンは、実際におきた風景の再現にあたるものなのか、あくまで警察発表などの断片情報から作られた主人公の想像上のものなのかは、解釈に委ねられています。個人的には後者であるという理解です。そのため、作品そのものが「特定の病名について断定的な描写を行なっている」というより、「定型的なメディアの事件報道を描き、またそれを元にイマジナリーな加害者像を作り上げる主人公を描いた」という構図だと捉えています。
このような描写が、特定の精神疾患群に対して、「対話不能な凶悪犯罪者」であるというステレオタイプ的な読解を生み、補強しうるというのは、その通りだと思います。作中の描写が、「従来の事件報道が各種疾患へのステレオタイプを拡散してきたことの再現」であり、主人公もそのイメージをトレースしているからこそです。
そのことについての批評的注釈を割愛し、「ひとまず読む」ことを推奨するだけでよしとした判断の背景に、疾患に対する無理解や鈍感さ、語り手としての怠慢があるのではないかと言われれば、そうなのだと思います。僕のラジオ経由で漫画を知り、漫画を読んだということは、僕の発言に一定の信頼をおいてくださっていたのでしょう。それが不意打ち的に、当事者性ゆえの脅威を強く味わうことになったのは、僕の言論の責任だと思います。
なお一部のブクマやツリーでは、元増田氏の投稿に対して、疾病名に絡めて嘲笑するものも多くありました。そのような非難には賛同できません。また、面白い作品、読むことが強く勧められる作品であると感じたからといって(実際、「ルックバック」は優れた作品であると思います)、その作品への懸念や批判を一括して否定する必要はないでしょう。優れた作品も、推敲可能性が常に検討できますし、読者との応答を通じて描写が変化することもあります。「このようなレスポンスが確かにある」ということが読み手間で交わされることもまた、作品に対する同時代的な注釈にもなります。
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ところで、同趣旨で荻上(および杉田俊介氏)を名指しする投稿は、ツイッター上の @YANA1952 ( https://twitter.com/YANA1952 )氏のアカウントでも行われていました。追記部分では、元増田氏とツイート主は同一人物であるように読めます。実際に @YANA1952 氏は、最初の増田投稿の17分後に、追記とされる増田については、投稿1分後に、ツイッターでそのURLをリンクしています。
@YANA1952 というアカウント名には見覚えがあります。以前は「矢那やな夫」( @YANA1945 )と名乗っておられたのですが、その後「障害者雇用の働き方」という名前に変わっていました。昨夜までも同アカウント名だったのですが、今日になって、IDを @CHL1952 ( https://twitter.com/CHL1952 )に、名前を「障害者雇用で働く人」に変えられました。
IDの推移
リネームが続いておられるので、 @YANA1952 宛、あるいは @CHL1952 宛にリプライした場合、再度リンク切れになってしまう可能性があると思い、増田にてレスポンスすることにいたしました。ウェブ上のテキストのみのコミュニケーションであるため、元増田氏、ツイート主含めて、どこまでその内容が事実であるのか、その当事者性がどういうものなのか、僕にはわかりません。ただ、特定の投稿の真偽や有無にかかわらず、補足・応答の必要は感じていたため、こちらに投稿したいと思います。
https://twitter.com/torakare/status/1417636459775811591?s=20
手元で同じ予測値が再現できるくらいで無いと、結局は秘伝のタレで左右されているのと外から見ている分には変わらないよな。それでは全然当たって無いという結果が分かるだけで、改善策も示しにくい。
やあやあ、増田民が嫌いなネトウヨだよ。普段は5ちゃんねるに生息しているけど、韓国に対する輸出規制が地味に韓国に辛い理由をリベラルの多い増田で考察するよ。批判はウエルカム(^ν^)
知るか!おそらくは「日本から輸出したフッ化水素を韓国が北に流していて、それを見て見ぬ振りをしている日本政府に対してアメリカがキレたので、仕方なく『ホワイトリストから除外』というやんわりとした嫌がらせをした」というのが事実だと思っている。そもそも、日本国の半導体は壊滅状態なので、輸出規制したところで挽回は不可能なので無意味だし、材料を輸出している会社からすると迷惑極まりない。だから、我が国にとってはフッ化水素を輸出を規制しようが韓国の半導体を制圧にはならないし、我が国の作るフッ化水素がなくても北朝鮮の雑な核兵器を作る分には問題ないはず。じゃぁ、なんで我が国は韓国に嫌がらせするのか、ネトウヨ界隈でも「?」であった。
賢明なネトウヨ民は知っている、この輸出規制は「中国が日本にしたやつの顛末」を。だから「輸出規制をやっても、連中はキャッチアップしてくるじゃろ?」と。むしろ、チャンスをくれてやってるようなものだと危機感すらあった。
ところが、韓国の大激怒っぷりに「ネトウヨ大困惑」となる。いやぁ、まさかの韓国が「No Japan」という大合唱を起こすとは、思いもしなかった ... というのは嘘。正確には「韓国のリアクションはいつもブチギレ(火病)してくるので、慣れている」のだけどね、久々の「斜め上」をやってくれたので、本当に感動した!
思い起こせば、日米経済摩擦から始まったクリントン政権で日本の巨額の貿易摩擦が「アメリカを怒らせる半導体開発はスパコンまで」という雰囲気となって久しい。日本がアメリカを怒らせても仕方がない。なんと言っても、消費者はアメリカにいるのだ。アメリカの巨額の赤字の前には日本円は高まるばかりである。日本の巨額の財政黒字が、製造業を苦しめる。仕方がない、そういう時代なのだ。そもそも、アイフォーンやプレイステーションみたいなプロダクトを我が国で作ると最終価格がバカみたいに上がる。経済学的には「比較的優位」という知識があって、そもそもスマホなんて日本で作ったら費用対コストで韓国のような「ゴミのような紙幣の国」には勝てないのだ。そうだ、そういうときにはアメリカのようにコ・ス・パの良いものに投資しよう、ってクリントン政権のときに「覚悟を決めた」のじゃないか。だから、日本は半導体で負けることにして半導体の製造機器に徹する、という道を模索したのじゃなかったのか。
しかし、我が国の半導体製造装置は ASML というフィリップスのスピンオフの会社にボコボコにされ、半導体に興味を持つ学生はいなくなってしまった。悲しいかな、もはやシリコンアイランドは死語となってしまった。我等はそういう時代に生まれてしまったのだ。夢がないよな。そりゃ、国策で半導体を作ってくる国に勝てるわけ無いじゃん(中国の紫の会社の莫大な負債で破綻した様は正直、大丈夫か?オメー達という感想しかない)。韓国の受験のヤバさを見て、そりゃ発展するわな...とは思うよ。だがその一方で、韓国と台湾は半導体モノカルチャー経済化して、先進国の植民地のような状態に陥ってしまった。これは、いったい何が起きていたのだろうか?
いやぁ、韓国に生まれなくて本当に良かった。お前らが財閥でめちゃくちゃ苦しんでいるのは、ちゃんと理由がある。なんと言っても、韓国の財閥は日本の財界とぶっといチャネルを持っているからね。98年にお前らの紙幣がゴミ以下に成り果てからというもの、韓国ヲンは日本円というバックがあるから、国際的な支払いができてる状態に陥ったのだ。テメー等がメタ糞に日本をディスったのに、通貨スワップした理由はここだ。もちろん、日本円も米国ドルにペッグされているが、貴様らが使っているヲンはそれ以下だ。巨大財閥は日本国内のリソース(特許や材料、人材、慰謝料など諸々)を介して発展することが可能な一方、日本は韓国に投資してガチ儲け(商社や銀行など)できちゃう。年間数兆円をもたらしてくれる太い客を雑多に扱うことはできませんよ。マジで韓国は日本を儲けさせてくれている。これは、事実。
さてさて、米国・日本・韓国の三者間で起きていたことを説明するよ。日本は韓国のヲンのウラを持つと、日本円の価値が下がる一方で、材料と特許の支払いは日本円の根拠となっているので円の流動性の担保となってくれる。日本にとってはアメリカの貿易黒字は解消されつつ韓国を迂回して経常収支はウハウハ、アメリカは(日韓のどっちが使おうが関係ない)特許料でウハウハ、韓国の(日本円を使ってくれるし、アメリカにとってはロイヤル支払いをしてくれる)財閥機構もウハウハ。良かったね、そう一部は確実に潤ったのでした。一方で韓国では日本の材料や資本を依存しているせいで中小企業が育たない、日本は国内に対する投資効率が悪いので直接投資がされない、アメリカでは労働者がレイオフの嵐になり「トランプ大統領」が爆誕する基礎が生まれたのでした。
実は、アメリカは危機にひんしている。アメリカの同盟国にすら、半導体を作れるまともな会社がないのは建国史上初めてなのだ。日本の半導体メーカーが「旧日本軍」なみのクソ具合で潰れていったのは事実だが、アメリカの半導体メーカーも新興国の競争力に破れて自社工場を売却していった。今となっては IBM と AMD は自社の工場がないし、Intel は自社のファブが事故ったのでアメリカには競争力のある半導体を作れる会社が存在しない。アメリカは日本に技術がないせいで、テックの搾取先がない。もう虐めても、(車のように)半導体ノウハウを教えてくれる国が無いのだ。世界中で最先端の半導体を作るには、ASML にお願いするしかないが、ここが崩壊すると EU からテック系企業が消えるので EU が死守するのは確実だろう。台湾をいじめて親中派の政権がとる可能性や、韓国を突っついて朝鮮半島が暴発するのはアメリカにとっても悪夢でしかないので、不可能だと思われる。アメリカよ、どうすんべ?
悲しいけど、就職氷河期の方々は報われることはありません。なんでかというと、団塊世代の医療費と介護費用をサービスを保ったまま実施するのは、団塊ジュニア世代の未来を犠牲にする必要があったのです。具体的には、デフレは投票権のある人々にとってはメリットなんですよ。そんでもって、ご老人様方は「最近の若者は」なんておっしゃる。でも、日本人の若者に頑張ってもららわなくても、ご老人は全く問題ないんですね。だって、もう彼らのメシを支えているのは海外投資のリターンなので。そりゃ、むしろ、若者の殺生権を握って余生を過ごしたほうが QOL は増えるし、下手に経済成長してインフレが起きて購買力が落ちるのも嫌だから、何も救済されないでしょうし、投票で選ばれた議員が民主主義的に正しいことをした結果なので、諦めましょう。あと、韓国は日本と同じ経過をたどるので、韓国の若者はもっと辛いことになるでしょう。
上記の理由で、アメリカは日本をイジメる合理的な理由がなくなった。日本円の高さが理由でスーパー・コンピューターなんてものにしか投資できなかった平成の時代は終えたのだ。もう、日米なんちゃら協定なんかで縛られなくなったのだ。これは日本が貧乏になって良かったメリットだと思うよ。つまり、日本の悪い癖が復活する。なんのことかというと、バックボーンに大手の銀行がついた錚々たる会社が自社の利益のための半導体の会社を創設してくるのじゃろうなー、という予想をする。これの何が韓国に都合が悪いのかというと、君たちの投資のサポートをしてくれた日系の銀行・証券・保険といった連中からの貸し渋りが起こる。
ついに我が国は有史以来のデフレの果に「政治的には正しく」貧しくなりました。日本のデフレはもうすぐ終わりがきます。なぜなら、年金生活者の人たちが海外資産を売却する時期が来るからです。この結果、ここ数十年間のデフレは終わり、コストプッシュインフレが起きます。その結果、株価が上昇し、貧乏人は益々辛い思いをするでしょう。既存のステークホルダー(公務員や医師とか)は辛い思いをすることになるでしょう。しかしながら人々は現金の所持を忌避するようになり、世界的にみて技術者が安価という理由で日本に投資が起きて、日本経済は新生していくと私は確信しております。
韓国は日米の経済摩擦の迂回先として大変に活躍してくれましたが、アメリカは韓国をイジメるメリットがないので、そのうち相手にしてもらえなくなる可能性がある。それが日本としては一番困るし、韓国の財閥もヤバさを良く知っている。なんと言っても、韓国の財閥は「本来なら抵抗となる日韓の国境線を越えた連中」が始祖になっているのだから、日本にてフリーに情報や資材にアクセス出来ないと死活問題になるのを血が覚えてるのだ。ちょっとの差が、大きな差を生む時代に生きている。だから韓国は日本へのアクセスが弱くなると、競合国(台湾・香港・シンガポール)との比較的優位が消失するチョークポイントを日本に握られている。なんと言っても、中華系は韓国人にはない中華ネットワークがあるから国際競争力はコリアンは日本をバックにしないと連中に負けるからね。韓国は日本とのコミュニケーションが落ちると、GDP が強力に落ち込む経済状態にあって、だから危機感を持っているのだろう。そして韓国が詰むと、日本もそれなりに詰む。日本の上級国民が韓国シンパが多くて、金のないビンボー人がネトウヨ化するのは、こういう理由があったからなんだよなー、とこの度のアメリカのQアノンが共和党のシンパ化したの眺めて、思い出したのでした。あ~あ、貧乏って嫌ですね。
かつての「日韓のボーダーを無視してアクセスできた」のは、かつての韓国の西側諸国に留まらせるというアメリカの強い覚悟を、日本が中間層の没落という犠牲の上で成り立たせたのであって、もはや日本国にそのような余裕はありません。上記しましたが、アメリカの機嫌を損ねると、日本は韓国の味方ができません。日米同盟は何よりも重いのです。くわえて、アメリカ人も朝鮮半島で血を流して、防共した歴史を忘れつつあります。そのため、あんまり下手なことをすると、マジで韓国経済がパー(香港みたい)になっちゃうので、まじで注意してください。
過去に薄汚いことやっても法による禊を済ませなかったけど
出世しちゃった方々が税金が絡んだ大きなイベントにみたいなのに関わることになっちゃうと
今回みたいな悲劇が起こるわけじゃない?
だったらちゃんと関われるように空気としての禊を済ませたらいいんじゃないですかね?
結局、今回の事って誰が得したわけでもない話だからねー
SF的まきもどしが発生したので、無理に卒業式の日にも顔をあわせないルートにしてみた。
だが結局ヒッキーは一人でも部屋を出て美大にいける子だった。しかもやはりそこで殺されるルートだった」
「そして卒業式で顔を見知ってなくても結局最初に小学校で絵におたがいをひきずりこんだ時点で、成人まで生きていればアシだったり絵を介した交流がつづく(再開する)。これを運命といわずしてなんという」
みたいなことじゃないかとおもった
(あるいは、背中にサインがあるドテラがある=やっぱり顔合わせてるので、後悔力が消えた時点で元ルートにもどってるのかもしれんけど)
バッハ会長だっけ、あのむかつくドイツ人が煽ってきたり、バブル方式が怪しげなもんだったり、菅首相や橋本聖子や名前出てこない、あの大臣とかが壊れた動画ファイルみたいに質問に対して繋がってない回答くりかえしたり、開会式の音楽担当が障害者にウ○コくわせて自慢したのを20年以上バックれてたクセに新聞に取り上げられる騒動になったら慌ててすぐに謝ったり、アスリートも「自分たちのプレーで感動を届けたい」とか「そんなことよりも厄介なものが届けられそうになってるのを心配してる人たちに対して言う事じゃねーだろ」って突っ込みたくなったり、本当にクソみたいな事ばかり立て続けに起きるオリンピックだけど、これについて注意を向けさせられるの、本当に自分にとって時間の無駄だなって思う。
自分にとって役立つ事、楽しいこと、そういうことに時間使いたいのに、ただただ見たら聞いたらムカつく情報ばっかり再現なく流れ込んでくる、邪魔臭くて仕方ない、この時間の使い方、ほんっとうにムダ。
あー、早くオリンピック終わんねーかな。
てかさ、
そこにあって、オレが体験できるモノゴトは、ぜんぶオレのだよ?!
リアルタイムじゃなくて、再現芸術でも、それとも実際に作者のソイツと遭ったとしても、
そこに、
オレじゃない他のヤツらの体験とかはぜんぜん、まーったく、カンケーないんだよ!!
…なんでさぁ、オマエがキライなヤツの作ったモノゴトだからって、オレの体験したモノゴトまで捨てろ!なんて言われて従う義務があんの?
むしろ共産名乗ってる限りは絶対に政権はとらない安心感でいれるんじゃない?
ーーーーーー
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/17/020800002/021400005/?P=2
「間違った心理学で、男性がこう、女性がこうとか、世の中ではよく言われていますね。例えば、男女の脳の違いとして、男性の方が左右の脳の連携がよくないとか。これには、元になった論文がありまして、1982年に『サイエンス』誌で発表されています(※)。男女それぞれ、脳梁の太さを測ったら、女性のほうが太かったと。でも、この論文のデータは男性9人、女性5人からしかとってないんです。それだけで、女性のほうが左右の脳の連絡がよくできてるっていう結果にしている。そもそも信頼性がないし、その後、いろいろな研究者が再現しようとしたんだけど、結局できてません。今さすがにこれを信じている脳科学者はあんまりいないんですよ」
現在の知見では、少なくとも形態上、男女の脳に違いはない、ということになっているそうだ。しかし、「男女の脳」「脳梁」といったキーワードで検索すると、驚くほどたくさんの結果がヒットして、「脳梁が太いから女性はおしゃべりで、感情的」みたいなことが平気で書いてある。
http://h-kishi.sakura.ne.jp/kokoro-736.htm
▼ 女丁持:庄内米歴史資料館
http://www.city.sakata.lg.jp/bunka/bunkazai/bunkazaishisetsu/syounaimai_siryoukan.html
イルクーツク国立研究技術大学(IRKUTSK NATIONAL RESEARCH TECHNICAL UNIVERSITY)の考古学者らが14世紀に住んでいた30歳~40歳の女性戦士の墓地を、
今夏にフブスグル県で発見した。オルドヒャル1号という発掘ゾーンから当時の女性より体格が大きく、つまり高さ180センチの女性戦士の墓が発見された。
女性を男性と同様に武器と共に葬っていた。調査団団長のアルトゥール・ハリンスキー教授は「モンゴルのアマゾンとも言えるこの女性の男性を勝ち抜ける力持ちだった」と話している。
大きな体格の女性をロングナイフと、斧、弓、銅のボール等の武器と一緒に葬っているのが非常に稀なケースだという。
戦士女性は戦争による負傷痕はなく、重症により死亡したのではと推定されている。女性の歯がほぼ全部落ちており、歯根に生じた穴が顎骨までに進んでいた痕がある。
考古学者らは骨盤と顎に形から女性だと予測し、遺伝調査により判定するという。
ロシアの考古学者らは女性戦士の墓のほか、オルドヒャル2号の発掘ゾーンからもう一つの富豪の女性の墓を発見した。
その女性の墓からヨーロッパ製のアクセサリーが見つかった。学者らは西ヨーロッパ戦争から帰ってきた夫から恋人に与えられた戦利品だった可能性が高いと、
ハリンスキー教授が結論付けている。今回の発掘調査にはモンゴル側からウランバートル大学の教員と学生のチームが参加した。
[MONTSAME] フブスグル県から女性戦士墓地、発見
https://montsame.mn/jp/read/221297
結論から言うと、この作品は低品質なタイプのクソ映画ではない。
たしかに動きは少ないが「100日後に死ぬワニ」の作画としては妥当な範囲内だ。
劇判がでかすぎるとかそういうことはなくちゃんとコントロールされてるし、役者もさすが一流どころなだけあって違和感のある演技には感じなかった。
ただ良くも悪くも原作の雰囲気が再現された結果、演出に抑揚がなく多くの人はつまらないと感じるだろう。
63分の上映時間で1900円のフルプライスをとってることに目を瞑れば、100ワニに相応な映像化といってよい。
ではクソ映画ではないのか?
以下にその理由を記す。
無駄に音がデカかったり音割れしてたり演技が棒だったり合成されたCGがショボすぎたりして興をそがれるタイプだ。
主人公に目的が設定されてなく、起きる物事をカメラが追いかけるだけでただひたすら時間が経過していくタイプや、物語の展開の仕方が強引を通り越して牽強付会でぐちゃぐちゃになってるタイプなどだ。
原作のキャラクターなどの要素を使ってるだけで全く別の作品となっててファンが怒り狂うタイプの原作付き映画がこれに当たる。
この作品は前半でワニが生きた100日間、後半でワニが死んでからの100日間を描く。
そして、前半で描かれたワニを中心とした友達のコミュニティにこのカエルが入ってくるのだ。
これは見方によってはワニのポジションをカエルが乗っ取ったように見える。
しかもこのカエルは観客のヘイトをめちゃくちゃ稼ぐ立ち回りをしてるので余計にこのクソガエルが!という心情になってしまうのだ。
この点で、ワニが好きだった人ほど、この映画は受け入れがたいものになってしまった。
友人が死んだとしても、残された人は生きていかなければならない。
しかし、ワニを主人公にした物語でその主人公が死んだあと、その主人公の代替品を手に入れて乗り越えましたという印象になりかねない物語展開はワニが好きだった人ほど受け入れられないだろう(ワニのことを忘れたわけではないという演出はされているが、観客の印象をコントロールできるほどかというとそこまでではない)。
ではどうすればよかったのか?
残された側のネズミを主人公にすればこの問題は回避できたと思われる。
これならワニという親友を失ったネズミの心情に観客は寄り添うので、ワニを失った悲しみを乗り越える様子にも肯定的な感情を抱くことができただろう。
実際、監督としても可能な限りネズミに感情移入してもらおうとしたのか、その工夫をした余地は作品からもうかがえる。
例えば前半のワニのエピソードはネズミとのやりとりが多く、後半もネズミのシーンが多い。
しかし、原作はワニの物語、映画のタイトルもワニ、前半のエピソードもネズミと関わってるものが多いもののネズミが絡まないワニのエピソード(特にワニと先輩ワニの恋愛模様のシーンのほうがネズミとのものより観客には印象に残った可能性が高い)も多く、ネズミが主人公であるという刷り込みを観客にするには不徹底なため、ネズミを主人公と捉えることは難しい。
結果として、観客は主人公はワニだと思い込んだまま、ワニが死んだ後のコミュニティにカエルが入り込むのを眺めるというグロテスクなシーンを見せられることとなってしまった。
とはいえ、ワニではなくネズミを主人公にするのはマーケティングの観点から言っても難しかったと思われるので、その点は監督に同情する。
あれだけブルマーについて調べたのだから、しばらくはブルマーに対する知的関心も収まるだろう。そう思ってはいたものの、何となくツイッターでブルマーと検索したときに、ヨーロッパの女の子のブルマー姿を目撃し、疑問が再発した(画像はこちら。フェチの人のアカウントにつき注意)。結局、東欧のブルマーの普及っていつからだったんだ?
以前の調査でも、チェコやポーランドにもブルマーが存在していることまでは調べたが、言語の壁もあり画像検索にとどまっていた。ならば、まとまった時間が取れたことだし、しっかり調べてみるべきではないだろうか。元々チェコ文化には文学や音楽を通してなじみがあることだし。ドヴォルザークいいよね。
社会主義政権下では、制服を着て体育の授業に出るのが義務であった。
体操服としての制服は、第一共和国時代(1918-1938)にはすでに一部の学校やソコル(後述)で必要とされていたが、社会主義の時代になって初めて一斉に普及し、広く統一されたものとなった。
男子は白いタンクトップに赤い短パン、女子は短い袖に青いスエットパンツだった。この強制され対象は階級のない社会主義の未来の象徴だった。これは1965年、チェコの3回目のSpartakiada(東側の体育祭、後述)のためにデザインされ、70年代から80年代にかけてが最盛期であった。1985年のSpartakiadaではチェコ国旗の三色を再現するため、赤いブルマも導入されたようだ(ここは誤訳かもしれない)。
女子の短パンはお尻の周りゴワゴワとまとわりつき、ウエストは高く、太ももにはゴムが入っていた。ブルマーによく似ているが、体育の授業のたびに太ももに跡がつくくらいきつかったという。
ちなみに、この時代の運動靴は後に普段使われたり、バレーダンサーがはくようになったりしたそうだ。のちに、ポーランドなどに輸出もされたらしい。
Jednotný cvičební úbor: noční můra děvčat za socialismu - ExtraStory
https://www.abczech.cz/Jednotny-cvicebni-ubor-P7035300.html
プラハで創設された民族的体育運動協会。現チェコの国民性の形成に重要な役割を果たしたと言われる。元々はハプスブルク家からの独立を目指す意図を持っていた。
ソコル設立の動きは他のスラヴ系民族にも波及し、1908年にスラヴ・ソコル連盟が設立された。チェコ以外にもスラヴ諸国の連盟が加入し、1912年にはプラハで全スラヴ・ソコル祭典が開催される。1926年には180,000の観客を収容可能なマスゲームの上演のためのGreat Strahov Stadiumが完成。
両大戦間にソコルはより発展するが、ソビエト連邦では活動を禁止された。ナチス下では解散させられるが、戦後協会は再建される。しかし、共産党政権下では東欧諸国のソコルは事実上活動を禁止され、協会は国外で活動を継続した。1948年にプラハで開催されたソコル祭典の集団演技には98,000人の学童と273,000の会員が参加し、2週間にわたって行われた大会の中で共産主義政権への反発が露にされた。
チェコスロバキアではソコルの活動が停止した後、社会主義的な演出を施した「Spartakiada」というマスゲームを中心とした体育大会が1955年から5年ごとに行われるようになった(後述)。
なお、もともとは同じユニフォームの着用、マスゲームの参加は過去には民族主義による開放感をもたらしていたが、関心が多様化した社会ではそれらの行為は拘束として受け止められているそうである。現に、上から国民を教育しようとしたこの運動はあまり成果が出ず、徐々に管理主義的になっていったという。民族の自由を求める戦いも、完全にクリーンというわけでもないらしい。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%82%B3%E3%83%AB_(%E9%81%8B%E5%8B%95%E5%8D%94%E4%BC%9A)
ソビエト連邦がスポンサーになったスポーツの大会である。ソビエト連邦はもともとオリンピックに対抗し、これを補完しようとしていた。国際Spartakiadaは1928年から1937年に5度開催されたが、のちにこれは東側ブロックの国ごとのイベントになった。名前はスパルタクスから来ており、プロレタリア国際主義を象徴する。貴族的・資本主義的な(古代)オリンピックとの対比になっている。
その後、チェコでは大規模場マスゲームを指す言葉にも転用された。これは先述のGreat Strahov Stadiumで5年に一度開かれた。規模は非常に大きく、1960年は75万人が国中から参加し、200万人がイベントを目にしている。
1955年から5年ごとに開かれたが、1970年はプラハの春で中止、1990年はビロード革命で中断され、小規模な形で再開した。
1994年以降ソコル祭典は6年ごとに開かれているが、祭典のマスゲームやパレードに参加する会員の多くは過去のソコルに馴染みが深い高齢者で占められているらしい。
https://en.wikipedia.org/wiki/Spartakiad_(Czechoslovakia):title]
オタクが普段着てる服のことではなくて、『20年前のオタクが着てそうなイメージ』を過剰に再現してるようなやつな。某ダンス集団が着てるようなやつだ。
オタクは別に着たくてチェックシャツ着てるわけじゃなくて、服に興味がない結果がチェックシャツになってるだけなのよ。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/gigazine.net/news/20210712-cheat-auto-aim-any-game/
このはてブな
陸上のクラウチングスタートは雷管がなってからヒトの反応できる限界ミリ秒未満でのスタートをフライングとするように 相手が見えてから限界ミリ秒以下での反応はチート扱いとすべき
masudataroumasudatarou 2021/07/12 13:44
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これに対して
masudatarou 決め撃ちという技術があって、曲がり角の先に明らかに敵がいる時は"撃ちながら"飛び出すので、人間の反応速度の限界より早く弾を当てられる。チート検出は難しい…
vivi42vivi42 2021/07/12 14:53
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ここにいそうと予測で打ちながら入っていく人もいるからこの方法は結構厳しい > id:masudatarou 相手が見えてから限界ミリ秒での反応はチート扱いとすべき
xxxxxttttttxxxxxtttttt 2021/07/12 14:40
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反論としてなにが言いたいのか何が賛同されているのかまったくわからん。
「これから人が見えてから撃ちましょうをルールにしましょう。それでチートを排除できる可能性があがるかもしれません」
という提案に対して
「今、人が見えるだろうで撃っているので厳しいです」
って何が言いたいんだよ。
からなんだよ。
それが人見てから撃ちましょうルールの新設にどう関係するんだよ。
「陸上のクラウチングスタートは雷管を鳴らす人の機微を読んで鳴らすだろうタイミングでスタートすればヒトの反応できる限界ミリ秒未満でのスタートが可能になる」
「でもそれはダメだよ」
でいいよね?
そこに「雷管を鳴らすタイミングを読み取るのは人が訓練した技術だ」を勝手に付け足したりもしたい。
つまり
「FPSはここにいそうと予測で打ちながら入っていくので、人間の反応速度の限界より早く弾を当てられる」
「でもそれはダメだよ」
で変わりないから反論?になってないよね?そもそも言及してる二人は反論なのかも分からなくなってきたよ。
たしかに「チートであるかどうか」であれば「人力でも再現できる」時点で「チートではない可能性」はあるよな。
でも「チート扱いとすべき」、取り扱いをチートと同様にするなら別に問題ないだろ。
人の反応速度以上で当てる≒チート相当として一発BANはどうかと思うけど警告やダメージ無効とかなんかあるだろ。
人が出来ることだろうが鳴ってから走るに反する行為に対してフライングというペナルティを与えることは陸上がやってますから倣うのはどうでしょうというご意見だよ。
masudatarouが決め撃ちについて意識していたかは不明だがたぶんないだろうけどどうでもいいだろ。
masudatarouの例示したルールを模倣すればチートを排した公平なゲームに近づけるかも。俺はそういう観点で読み取った。
でも二人は「”チート検出”としてその方法は不適切だ」と指摘している…ような気がする。
ん…まあ…二人も間違ってない。言ってることはわかる。のか?たぶん、わかる。
でも、争点はそこじゃない、気がする。たぶん。俺が変じゃなければ。
いろんなご意見の中で「”チート検出”としてその方法は不適切だ」というご意見が現れるのはいいと思う。とても良い。
でもさ、あれ?それがそんなみんなにそうだねと言われるほどのもんか?スター連打でもないしさ。
「チート検出は難しい…」というご意見がルール追加ご意見よりスターを集めるのがわかんない。
言及元よりスターが多いと言及元の意見が否定されてる気がするしさ。いや、これは俺の妄想。
俺が他人の意見をかなり深読みなり勝手な妄想なりしているのは多少自覚している。
が、それでもなるほど陸上ではそんなルールがあるのかと膝をたたいたブコメよりなんかどーでもいい瑣末ごとを指摘したブコメのほうが大量のスターをつけているのがわからん。
不快なわけではない。嘘ちょっと不快だ許せ。理解ができない。それは俺の国語力が低いからみんなが理解できている真意を俺が理解できていないということではなはだ不安である。
みんな何をスターしたんだ?「チート検出は難しい…」それだけか?陸上うんぬん反応速度うんぬん言及元は関係なく?
人が今出来ていることを禁則行為扱いするのはダメって意見にも読めるがそれか?おそらくそういうんじゃないよな。
"チート or not"の話題を俺が勝手にもっと包括的視点で見ようとして拡大解釈してるってことだろ?しらんけど。
でもそんな地点で止まっちゃってんの?
俺がほかの人気ブコメのようにもっと踏み込んだ感じのブコメが読みたくて反発しちゃってんのか。
そういうブコメが人気ブコメになってほしくて「そうだね」で終わるようなブコメにスターが集まってほしくないだけなのか。
陸上のほうがスター数が多かったら俺はこんなにも悩んでないだろ。
あーわかんね。俺も他人もわかんね。俺の国語力と俺のこうあってほしいという願望がやばい。