はてなキーワード: ボリュームとは
ウクライナ戦争の報道量、BSは地上波より圧倒的に多い。なんでだろう?
https://m-dojo.hatenadiary.com/entry/2023/09/17/114603
開戦から1年半経った2023年9月、テレビの地上波でウクライナ戦争のニュースの露出は少なく
一方でBS局の夜ニュースなどを見ると結構なボリュームで取り扱われている、という話
これ実は開戦当初からBS局のウクライナ報道は今以上に強かった
しかし多くのテレビ視聴者が見る地上波の、定時ニュースでも昼の情報番組でも
ウクライナ戦争がたくさん扱われていたために、相対的にBS局は目立たなかった
地上波の定時ニュースでは政治経済から芸能スポーツと天気予報今日のニュース全般を広く浅く扱う
その中で専門家による解説の時間は数分あれば長い方といえるだろう
複数の専門家をスタジオに呼んで解説を求めたりすることもありニュース番組より詳しい話ができる
しかし、番組コメンテーターとして座っている何人かの素人にいちいちコメントを求める必要があり
平日の夜に1時間から2時間という長さ、そしてワンテーマのニュース番組
https://www.bs-asahi.co.jp/sunday_scoop/
一つのテーマに絞って、司会と、局の解説員と、ゲスト専門家2名が放送時間めいっぱい使って解説できる
ある日はウクライナ戦争について、またある日は中国経済について
地上波との差別化、BSで報道をやる意味などを考えての各局番組作りだと思うが
言うなれば、長めのクローズアップ現代、出演者と司会の交通整理がされた2時間生テレビ
ちなみに既にご存じかもですが、防衛研究所の高橋杉雄さんは防衛省に異動となりメディアでの解説などはこの先数年はできなくなるらしいです
https://www.youtube.com/shorts/tBrvJnRdIco
求められている「今週のウクライナ戦況」は、どこかの局が初めからやっていれば継続事業として意義のあるものになったかもしれないが
ニュースとしての新規性が落ちた今になってから、毎日チェックするほどではないけれどもまとまった情報が欲しいという程度のニーズに応えるために
わざわざコーナー立ち上げるとは思えないので
少なくともマグロのトロール船操業を趣味としてるような人に増田でレスバしてる人がいる可能性は限りなく少ないと思う。
まあ限度を弁えたレスバなら、普通にはてなのボリューム層たる中年でありふれた年収の男性の場合も多いと思われる。
しかし数時間あるいは日をまたがってツリーを延々と伸ばし続ける奴らは多分ボリューム層とはズレた奴だ。
これでありがちなのは、特定の内容を正しさえお主張することに目的があるのではなく、自分が一度相手に対して正しいと主張した内容で相手を言い負かすことがもっぱらの目的になっていることだろう。
ここで正しいと主張する内容はその時の本人を取り巻く環境や条件次第でほぼ脊髄反射的に選ばれるわけである。しかしよくあるパターンは、あまり考え無しに「これってこうだと思う」と書いてしまったことが否定された時、スイッチが入るというパターンだと思う。言ったことを否定ぢたことを相手に撤回して欲しいと躍起になってるだけなのだ。まさに脊髄反射的である。何か信念があって自分がかねてより正しいと思っていた内容を主張しているということはほぼないだろう。だからそうした人たちを追跡調査したら多分一回一回のレスバの間でその主張同士を比較したらダブスタになっているなんてことも普通にあると思われる。
そういう事情なので、レスバで手法する論法も、相手の必死さを突くとかで、毎度似たり寄ったりになってる人も多いのではないか。
言い負かしたいだけだから内容に関係なく使える論法が好まれる。なので普遍的に見られやすい文章の粗とか、相手の態度、顔真っ赤具合みたいな、メタ的な要素をマウント対象とするのだと思う。
こんなふうに楽して頭を使わないようにしてるので、別にレスバをしてるからと言って言論術とかについて自己成長が望めるものになっているわけでもない。
趣味で自己成長を求めるなんて邪道という立場もあるし、昼寝とかぼーっと空を眺めるのが好きとか金もかからない趣味をしてるからといって別に馬鹿にされるいわれはないとは思う。
しかしこいつらのレスバという趣味は自分に益がないどころか他人を害してるのだから流石に滑稽と思うしかない。平たくいえばいがみあってるだけなのだから。お互いに心をすり減らしてるだけだ。
中流以上のいい年した大人がこんなことを常習的に行うことなどあるのだろうか?ほんとにそんなことがあるならその理由や機序を科学的に追求することこそ社会の役に立つまであるのではないか。
別に、人は立場相応の趣味を嗜むはずだとは言わない。ただ、その立場より遥かに恵まれない立場でもできる行為を趣味とする傾向よりは、今の立場だからこそできる行為が趣味として選ばれる傾向はあるんじゃなかろうか。
そしてこうそたレスバみたいな、子供が親が負担してるランニングコストでお小遣いも消費せず実質タダでできて、自己成長も望めず、他人に迷惑をかける趣味というのは、さすがにそれなりに底流の掃溜めになってるんじゃなかろうか。あまりことわざみたいな非科学的なものを正当化したくはないが、まっとうな人なら小人閑居して不善をなすという考え方が規範意識としてある人も多い気がする。レスバしてる人は境遇から心まで小人化して自棄になったやつらなのだ。
ニコニコ大百科の「語るスレ」でレスバしてる奴らはニコニコの利用者層が10代二十代中心なのとだいたい一致してると考えていいだろうが、増田のような利用者層のボリューム自体は若年層ではない場合はどうなのだろうかと思う
結局説明せずのらりくらり言い訳しながらマウントに終始でなんか草生やしまくってファビョってるようだが知った乙と。
お前の言ってるボリューム層については通説でしかないだろうし、はてな自身が公開してるらしき統計も
はてな自らが公開してるけど
男性が68%、既婚者未婚者は半々です
ということらしく、40代よりそうじゃない年齢の方が多いし、学歴については不明らしいのでお前のほうがその統計についてはでまかせで言ってるようだね。
てかアホ扱いしてるのはこっちなのになに話の主語入れ替えてるの?自己紹介とか何の話だ?俺はお前の「説明を放棄した態度」にアホと評価してるのに、それがどうすればお前の非をこうしてまがりなりでも説明してる俺自身に対する自己紹介になるっていうのだろう?文脈的に筋が通らないよね。かりにその知識がないことが確かにアホだとしてもお前の態度についてのアホさ加減が帳消しされることにもならんよね。ホント君って支離滅裂なんだわ。お前がアホ扱いされるの嫌なら説明すりゃいいし、したくないならそれでもいいがアホ扱いされるだけって話なのに。
ウザ絡みし続ける手間はかけるくせに、同じ文章量を説明に費やそうとしない時点で、ああこいつ手間への対価としてに授業料云々じゃなくて説明できないんだなって思われてるだけだし。
頭が平和なことやな
○ご飯
朝:袋ラーメン。昼:ナポリタン。夜:天かす梅干しウドン。ベーコンエッグ。間食:ハッピーターン。パイの実。
○調子
○ LOOPERS -ルーパーズ-
・はじめに
綾辻以来の天才(シンホンカクコノカタノテンサイ)竜騎士07と、Keyのコンビが送るキネティックノベル。
位置情報を利用したリアルな宝探しゲームが大好きなタイラが延々と8月1日繰り返す時間の渦現象に巻き込まれ、同じくループする時間に囚われたルーパーズを自称する面々との交流を描いた、宝探しを題材にした短編ノベルゲーム。
短いボリュームながらギッシリ中身が詰まっためちゃくちゃ面白い作品だった。
カラッとした明るい雰囲気で、ハイテンポにエピソードが展開していくんだけど、作品の中核を成してる宝探しの醍醐味をヒロインが理解していく過程は丁寧に文量も多めなので、緩急のバランスもバッチリ決まってた。
彼の前向きで一貫した明るい性格と、宝探しの魅力をプレゼンするくだりが、今作の魅力の大半を占めている。
個性的な主人公と一言で分類することが勿体無いぐらい、とても良いキャラクタだった。
開幕最初のエピソードで、いきなり宝探しで初対面の女の子の心を鷲掴みにするところから始まり、徹頭徹尾宝探しは楽しいと主張し続ける。
勿論ただ口で伝えるだけではなく、言葉を尽くして、行動して、とにかく宝探しの楽しさを伝え続けてくれる。
嫌味なところがいっさいない、根明な性格なんだけど、それすらも実は宝探しが根底にあると来たら、一貫されてて、宝探しは楽しいという大前提を受け入れるしかない。
一事が万事、全て宝探しに繋がるのは流石に度が過ぎていたような気がするものの、遊んでいる最中は本当にそんな気がしてくる奇妙な説得力があった。
彼の明るさと宝探しゲームの楽しそうさから伝わってくる、繰り返しの時間だって楽しいじゃんな価値観は独特な味わいだった。
そんなタイラのカップリング相手になる、年下で感情の起伏が少ないタイプの女の子ミア。
明太子が好きでそればかり食べているというらしさや、感情表現が苦手だったのに徐々に笑顔になるシーンが増える可愛らしさなど、物語のヒロインをしている。
特に彼女の見所は、タイラの魅力を引き立てるかのように、宝探しの魅力へ素直にドンドンとハマっていくのがストーリーの主軸になっている箇所だ。
宝探し初心者がハマっていく過程が丁寧に描写されていて、なるほどこれは楽しい遊びだなと、彼女の目線だからこそ理解できていく。
宝探しは楽しいを腑に落とさないと今作のストーリーに感情移入が出来ないので、彼女の素直さはある意味ではストーリーをスムーズに進める都合、ある意味では宝探しがそれだけシンプルに楽しいことを伝える指標のようにもなっていて、文量の少なさを逆手に取った良い設定だと感じた。
おバカでレオナのことが大好きなヒルダと、頭が良くてヒルダのことが大好きなレオナの、女子高生同士の関係も凄く良かった。
おバカなレオナは思う込みが強くすぐヒルダの瑣末な嘘に騙されては、怒って頭突きをかますやりとりがお馴染みで、お互いがお互いに構ってちゃんなのがとても良い。
二人の関係値によって奇跡が起こる部分は開発会社らしさも感じる泣ける展開になっていて、展開と文章をボイス、スチル絵、BGMが彩る正にど直球なアドベンチャーゲームの魅力あるシーンだった。
・ルーパーズの面々の掘り下げは物足りない
タイラとミア、ヒルダとレオナの2組のカップル以外にも、ルーパーズというチーム名で同じくループに巻き込まれた幾人かのキャラが登場するが、彼らに関してはボリューム不足を感じた。
それぞれお当番エピソードがあるのに、3人セットで一気に消化したり、省略されている部分が多くて物足りなかった。
趣旨は伝わるし、彼らが力を合わせるときに取ってつけたような悪印象があるわけではないので、このゲームが好きだからこそもっと遊びたかった。
・宝探しとは?
タイラの語る宝探しとはの答えを書き下すことは過剰なネタバレになると思うのでしないが、このくだりがとても良かった。
本格ミステリにおける、パズラーやフェアプレイの精神などにも通じるところがある、良い意味で抽象化された”ゲーム的な“解答が本作には用意されていてすごく好印象だった。
時間がループしなかったことになるからこそ、悪く言えば他人事、良く言えば客観的に遊べることを肯定する価値観がしっくりきたのだろうか。
この辺りは、ライターの竜騎士07さんの過去作品(やインタビューや後書きなど)も踏まえた感想もいくつか思い浮かぶので、もう少し遊んだらそういう点でまとめてみたい。
・おわりに
タイラの魅力的なファーストインプレッションそのままに、一気に走り抜ける爽快な作品だった。
ちょっとボリューム不足は否めないものの、とても楽しくて大好きなゲームだ。
見知ったループものの楽しい側面と、宝探しという言葉は知っているけど楽しさの中身を知らないものとが合わさることで、とにかく楽しいことがいっぱい詰まっていた。
ロジカルシンキングを学んでください。スキルとか資格の勉強する前にこれ。
下記読んでしっかり理解してください。
https://www.amazon.co.jp/dp/B084VK5BY5
難しそうな内容ですが、ゆっくりじっくり読めば、理解できるはず。
別の方法を参考ください。。
仕事ができない人=頑張っているつもりだが、周りに迷惑を掛けてしまう人
上記の定義で進めます。そもそも「やる気がない人」はどう周りが頑張っても、難しい場合が多いです。
なので、これは「本人」向けです。周囲や後輩育成にもある程度の効果は発揮すると思いますが、結局はその「本人」次第です。
念のため書いておきますが、いわゆる「サラリーマン」の人向けです。
また、「仕事ができる人」にはならないです。あくまで「普通に仕事がこなせるようになる」レベルです。勘違いしないでください。
ロジカルシンキングとは、一貫していて筋が通っている考え方、あるいは説明の仕方のことである。日本語訳として論理思考あるいは論理的思考と置き換えられることが多い。
では仕事に置き換えて考えてみましょう。
・その利益を生むために、サービスやプロダクトを生産し、販売します。
・サービスやプロダクトの生産→販売を円滑に行うために、部署やチーム単位に分割し役割を与えます。
・必要なタスクを実行するために、メンバーにタスクが割り当てられます。
そしてやっと、メンバーがタスクを遂行する、という流れになっています。
※当たり前ですが、この流れに沿わない職種や仕事も存在します。
そしてそれぞれの段階でゴールや目的、それらを設定した背景や意図が存在します。
雑に言うと、会社/部署/チームからは「この一貫の流れを汲み取りながらタスクを遂行すること」がメンバーには求められています。
さらには、タスクを遂行することで「設定したゴールや目的を達成すること」が求められています。
※もちろん一つのタスクで達成することはほぼなく、他のタスク(自分や他人、他部署/チームの含む)と複合して達成となる場合が多いです。
仕事ができない人は、この全てを意識していません。自分に振り当てられたタスクのみに集中し、それをこなすことだけに集中します。
もちろんタスクをこなすことは重要ですが、会社側が求めている水準に達していないことが、これまでの流れでわかると思います。
前段でロジカルシンキングの意味を書きましたが、ざっくり仕事に当てはめると「目的や背景、見えない意図等をしっかり理解/把握しながら、一貫性を持って仕事を進めていく」ことができれば、普通に働けるようになります。
・Bさんは集計ツールはある程度触れます(使い方のマニュアルも存在する)
・任された仕事については手順書等はありません
この後のBさんの行動によって、仕事ができる/できないに別れます。
仕事ができない人は、大きく下記2つの行動を取ることが多いです。
※「仕事ができない人」という言い方はとても嫌いですが、簡潔に説明するためにあえて使用させてください。
①自分がわかる範囲で、必要だと思うものを想像して資料を作成する
②Aさんに手順書を求める
仕事ができない人が絶対にやってはいけないことは、「想像して~する」ことです。
「あなたが必要だと思うもの」を集計するのではなく、「Aさんが必要なもの」を集計してください。そして「Aさんが必要なもの」を想像して取り掛かるのではなく、Aさんに確認して取り掛かってください。
確認するポイントは、よく使われる5W1Hで整理しますが、それだけでは不十分な場合も多いです。5W1Hを肉付けする情報が、前述の「目的や背景・意図」です。
以下例です。
・タスクの背景:商品のラインナップが流行に乗れていないと感じている
・タスクの意図:来期の取扱商品の方向性を、現在の売上を基に検討したい
・「売れ線商品を把握」するのが目的であれば、全商品の売上を集計しなくてもよいな
→・集計の幅としては売上TOP30くらいで良いかな?
→・自社の売上だけでなく、競合の情報もあると喜ばれるかも
・Aさんのその次のアクションが「検討」なのであれば、資料を作り込む必要まではないな
→・Excelベースで良さそうだが、ポイントの整理はしておこう
もちろん、集計の中身(何を集計するか)についても具体的に5W1Hで整理する必要はありますが、それだけでは見えてこない情報(背景など)が手に入ります。
何より、Aさんが求めていた「タスクの完了」状態について意識が揃うため、Bさん:完了→Aさん:ここ直して、のやり取りのボリュームや頻度が圧倒的に減ります。
仕事ができない人は、このやり取りのボリューム(修正の度合い)と頻度(完了→直しての回数)がとても多く、その間にAさんに「Bさんは仕事ができない」と思われてしまうのです。
整理すると
与えられたタスクに対して、「あなたが必要だと思うもの」を勝手に想像して取り掛かることは、絶対にしてはいけません。
「Aさんが必要なもの」を(目的や背景・意図を確認した上で、Aさんが必要だと思うことを想像し)Aさんに確認した上で、やっとタスクに取り掛かってください。
ちなみに、仕事ができる人が上記のようなことを毎回確認しないのは、MTG等ですでに確認している、もしくは会社/部署の目標とタスクがどう紐づいているか理解している(流れの一貫性を理解/把握している)からです。上からの一貫性を理解/把握するためには「目的や背景/意図」が必須となります。
この辺は慣れです。
※「この仕事やる意味があるのか…?」と疑問を持ち始め、中々手が進まない人も上記しっかり確認するようにしてください。「意味があるのか?」は適切な疑問ですが、”確認せずに手を止めてしまう”ことがダメです。
「Aさんに手順書を求める」とは、手順書が存在するのかという確認ではありません。その確認は何も間違っていません。
ここで言いたいのは、「手順書が無いと取り掛かれないので、用意して私にください」という意味です。
このような直球で伝えてくる人は少ないと思いますが、「具体的な指示が欲しい」と伝えてくる人は多いのではないでしょうか?
Aさんが曖昧な指示しか出さないのであれば、正当な要求です。ただその要求の度合いが「手順書」の範囲ではないか、注意が必要です。
Aさんに伝えるべきは、「具体的な指示が欲しい」ではなく、「作業に取り掛かるべく、必要な情報が欲しい」です。必要な情報は①に大きく関連しています。
「作業」とは、「ルーチンワークを言われた通りにこなすこと」です。 どんなに丁寧に、真面 目な態度であっても、上司に言われたことをそのまま形にしているだけでは「作業」の域を出ま せん。 「仕事」とは、上から指示されたことを完成させた上で、さらに「これでいいのか」と疑問を 持って、自分なりの⼯夫を施していくこと。
このような違いがあるそうですが、今回はもっと簡単に定義します。
※大きく仕事の中に作業も含まれることも多いですが、以降便宜上分けさせてください。
今回の「担当するECサイトの売上の集計」は仕事です。なぜなら手順書等が存在せず、作業ではないからです。
※手順書等があり、ルーチンワークであるのであれば、作業です。
つまり、「何を、どれだけ、どうやって」等のことを、自分で考て取り組む必要があります。仕事とはそこも含まれるのです。
整理すると
仕事は「何を、どれだけ、どうやって」等のことを、自分で考て取り組むものです。
「それらを考えるために必要な情報」をAさんに求める必要があり、決して「手順書」を求めてはいけません。
※「具体的な指示」も程度によっては「手順書」に近い意味になる/捉えられるので、注意が必要です。
特殊な職種(専門職や専門資格が必須等)、レベルが高すぎる職場、サラリーマン以外を除けば、ロジカルシンキングさえ出来ていれば、大抵のことは普通にこなせるようになります。簡単に言えば、なんとかなります。
仕事を進める上で困難が降り掛かっても、そのポイントを見抜けるようになります。ポイントが見えてくると、適切な対処も見えてきます。後は一人で抱え込まずに、上司や同僚をしっかり頼りましょう。
ただ要注意なのが、ブラック企業、ブラック上司、無能な上司です。
どんなに優秀でも、上がブラック/無能であれば、一声で仕事ができない人に成り下がります。絶対に避けてください。
思考がぐちゃぐちゃになり、自分が間違っているかも…と思い詰めてしまいます。ぐちゃぐちゃなのは、あなたの思考ではなく、上です。間違っているのは必ずしもBさんではなく、周りの環境である可能性もあります。
それらの見極めができるよう、ロジカルシンキングをしっかり身につけましょう。
長々書いた上にくどいようですが、ロジカルシンキングだけで「仕事ができる人」にはならないです。あくまで「普通に働けるようになる」レベルです。
ただ大手企業ですら、ロジカルシンキングをしっかり身につけている人は、個人的な観測上少ないです。しっかり身につけられれば、環境によってはそれだけで「仕事ができる人」と評価されることすらあります。ただ、それは相対的な評価であることに注意が必要です。
なので全サラリーマンはロジカルシンキングをしっかり学び、身につけるべきだと考えています。もちろん紹介した書籍を読むだけでは不十分で、その思考で仕事に取り組み続けることで身につき、さらに磨かれていきます。
仕事ができないから、スキルを磨いたり資格の勉強、とにかく経験を積むという選択肢を取る人も多いですが、個人的には間違っていると思います。
まず足りないものはロジカルシンキング、ということが非常に多いです。仕事の対応範囲を広げる、スピードを上げる、クオリティを上げるために、スキルや資格の勉強、経験を積むべきです。
「仕事ができるようになりたい」という解像度では、遠回りの選択をしてしまいます。自分に足りてないものを見極め、優先度をつけて実施するために、ロジカルシンキングをまずは身につけましょう。身につけた前後では、効率も全然違ってきます。
個人的には「仕事」における全ての土台だと思っています。備わってなければ苦労して当然です。まじで人生変わるので、騙されたと思って勉強してみてください。これに限っては損は一つもないです。
ロジカルシンキングなんて当然身についているよ、と思いながらここまで読み進めた人も多いと思います。ただ上述したように、大手企業でも(ベンチャーでも)しっかり身につけている人は少ない印象です。
「身についていると思っている」状態ではありませんか?
数時間の研修を受けただけで「身についている」「そんな当たり前のことわかってる」と思っていませんか?
その程度(時間)の研修の大抵が「当たり前のこと」+「フレームワーク」の紹介で終わります。全然足りないです。
自分も新人時代、ロジカルシンキングに関連する数時間の研修を複数回受けましたが、紹介した書籍の10%くらいの内容でした。残り90%にも大事な部分が含まれています。
わかった気になるのはもったいないです。
※ちなみにこの文章は書籍の1%の内容にも満たないと思います。
当時かっこいいという理由だけでバイトしていた、ベンチャー企業の事務(営業のサポート)が全くできませんでした。薄々自分が仕事できない側だとは気づいていましたが、これほどまでかと打ちのめされ、涙ぐみながら色々調べた結果この本と出会いました。
※バイト先の人はとても優秀で優しかったです。なので余計に自分の無能さが浮き彫りとなりました。
高校まではもちろん、大学の講義でも学んだことはなかったため、全てが目からウロコ状態でした。
何度も読み直し、しっかり頭に叩き込んだ上で、卒業までの1年間のアルバイト、新卒から現在までの仕事に取り組みました。なので幸いこれまで「仕事ができない」と自分自身思ったこと/評価されたことはありません。もちろん仕事ができるとも思ってないですが、普通に働けています。
だが出社が始まって、食事のコントロールが今までのようにはいかなくなった
空腹感を感じた時、これまでは低カロリーだがボリュームのあるもの・高タンパク質のものを選べた
コミュ障豆腐メンタル引きこもり体質の自分にとって、四六時中周囲で誰かしらが話し、なんならマウント合戦が始まるような状況はストレスも大きかった
通勤時間は長く帰宅してからの夕食をきちんとコントロールした上で食べる、ことももはや面倒くさかった
在宅勤務の時は野菜と味噌汁で腹を満たしたあとにごはんを食べる、という食事もできたが、出勤帰りではスーパーの弁当やら惣菜やらになった
けど、通勤で片道20分往復40分の歩き、電車でも立っているのだし、なんせ疲れているのだしこれくらいは
そんなこんなで気づいたら2キロほど太っている
あっという間だ
この話で挙がってるようなタイプのBさんはうちのJTCにもいる
・期日等を考えず自分のできる単純な仕事だけをやってその他のことは忘れる。
これにさらに追加するなら
・文章が読めずにメール等では意図が伝わらない。メールを読んでいる様子を見せて貰ったら開封だけやって中身をろくに読んでなかった。
・文章が読めないので口頭、電話でコミュニケーションを取ってくる。合意等の記録が残らずにトラブルになりがち。大抵は依頼をした時点で勝手に相手は承諾したと思っている。
つまり口頭での情報伝達も上手くいっていない。自分が言いたいことだけを言って他の人の話を聞く気がない。
・一人で仕事ができないので、普通なら一人でやることも誰か一人を伴わないと手を付けない。ちなみに失敗等が生じるとその相方を責める。
※デスクワークだけではなく、現場仕事もあるのでこれをやられると肉体的にも人員的にもしんどい。
・当人が他者を手伝うことはない。依頼をしても忙しいやらできない理由を並べてくる。仮に依頼を受けて貰えても必ずセットでこちらにお返しの依頼してくる。他のことで借りを作っているという認識ゼロ。
・同様の業務内容の人が数名いるが、その人達の4割程度しか仕事を捌けない。仕事を振ることができないのだが、当人としては仕事やらなくて済んでラッキーぐらいの考え。
・他者の仕事が目に入らない。他の人もそれぞれ仕事を持ってやっているという認識がないので、平気で人の時間を奪っていく。(自分が持っている仕事のボリュームはすごく少ないのに。)
・組織内におけるフローや他者の権限や担当といった責任範囲を理解していない。上司の承諾が無い事柄を無関係の人に依頼してくるなんてザラ。
明らかに弊社側に非があるのに、他社の人にケンカ売りかけたときは焦った。また、管理職にも自分の仕事をやらせようとしたときには驚いた。
察するに、文字として記録が残ると失敗が明確になるので口頭でのやり取りに終始し、
個人で仕事を行うと責任が自分一人にかかるので、他人を巻き込みその人に責任を押し付ける、って具合で
何にウンザリするかというと
・年齢も社内階級も私よりその人の方が上。私が産まれた頃から今の会社で働いているのに社内の仕組みを理解していない。
・それだけ仕事ができなくても年収800万程度は貰っているだろうという点。実働だけで言ったら派遣社員の1/3程度の働き。
・アドバイスを求められる→雑談程度に1案を出す→「課長には〇〇さん(私)がこういう案が良いって言ってたって伝えるね」
「はぁ?」って感じ。案に詳細を落とし込んで自分の中で練るくらいやってほしい。自分が持ってる仕事なんだから私は関係ないだろう。
社内対応状況
・課内レベルだと管理職含め誰もが状況を知っている。補助役(お守り)を定期的に変更することで対応。実質お守り役は1.5倍の仕事をこなす必要が出る。(人員数にはカウントされているので。)
http://yaraon-blog.com/archives/242204
これ、結構明快だよね
本来なら2クールから3クール分くらいの日常パートを、ともすれば4話くらいに圧縮する
んで、事件発生から解決までの個別ルートで5話から6話、エピローグに1・2話
どうしたって不満が出る
その点、なろう系は良い
ジャンプ作品のように、初期に一定の面白さを提供しないと読者がついてこない連載形式が
1クールごとにお試し放映する仕組みとがっつり噛み合う
そこそこの見どころをピックアップして放映終了し
大台の評価を獲得、「あれを見たかった」という視聴者を作れれば成功
昔は4クール(通年)とかの枠で放映されたから、逆にやりづらい面もあったと思うんだよね
で、2クールが普通になって1クールになって、閾値はすごい下がった
旬を外れた事に加え、1クールでは魅力を出せないという部分で
駆逐されることになる
今年も直前に台風が近付いて来て、毎日飛行機は飛ぶのか不安に思ったり仕事が無茶苦茶で連勤しなきゃいけなかったりで楽しみ〜!みたいな感じじゃ全然ないまま出発当日を迎える…。当日は無事飛行機は飛んだし身体は疲れてはいたが元気に出発出来たので良かったけど…。
今年はテントサイトが当選したので(激戦過ぎて本当毎年こんな事繰り返したくない…!!来年は広げてくれ!!)久しぶりのテント泊組!HEAVENSのオジロワシに振り分けられて(友達と相談して決めたけどどの辺りを最初に希望したのか完全に忘却してたが、多分第一希望ではなかったけど上位の希望の場所ではあった)位置的にもそんなに奥まってなくて比較的分かりやすい所に当たったので良かった。
当日は札幌9時発のJTBツアーバスに乗って会場へ。今年はテントを建てなきゃいけないので早目に向かったら10時前に着いて灼熱の中待つことに…。今年本当に暑くて命の危険を感じるレベルだった…。
10時ちょい前にウエスの代表?の人から挨拶があって、その後スクービーのMOBBYが挨拶して遂に会場!
このワクワク感は言い難い楽しみがあって本当来て良かったー!!って思う瞬間だなと毎年思う。
レンタルテントを無事レンタルしてからオジロワシまでひたすら歩き、案の定自分達の区画が分からず隣人に聞きながら区画を見つけ、久しぶりに建てるテントに四苦八苦したりレンタルテントにランタンが付いてなかったの見落としてて(2019年迄はセットに入ってたから油断してた)購入したり色々大変だったけど11時30分ぐらいには建てられたのかな?建て終わる頃にはめちゃくちゃに汗だくで化粧も全て流れ落ち、テントは蒸し風呂で笑った。
とりあえずご飯でも食べようとするも本当に暑すぎて既にバテぎみ…。しかし私はこういう時に食欲が落ちるタイプではないので、ワッフルにウインナーが包まれたガッツリご飯を食べた…笑 思ってたよりボリュームあって美味しかった!
クリーピーを観る友達と別れて、テントに椅子を取りに寄ってからサンボへ。
とりあえず1日目観た順
サンボマスター→Scoobie Do(最後の3曲だけ)→10-FFET(途中から)→エレファントカシマシ→電気グルーヴ→くるり→テントの中でSTRAIGHTENER
·サンボマスター
やっぱフェスの始まりは熱いノリが観たいな〜と思い向かったは良いがめちゃくちゃ凄い人でステージから右横の辺りから観ることに(奥に行けなかった)既に疲れてて椅子に座って観たのが良くなかったのかイマイチ乗り切れず…。MCはめちゃくちゃ良かったけど…期待値が高過ぎたのかもしれない。とりあえず全部観てからグッズを引き換えにグッズ売り場へ向う。その途中でスクービーがまだ演奏しててグッズの引き換え時間もまだ余裕あったので軽いノリで観る事に。
軽いノリで観てみるか〜みたいな感じだったけどすごく良くて最初からスクービー観とけば良かった!!ってめちゃくちゃ後悔した。ベテランだけあって演奏上手い、歌も上手い、曲も良いの3拍子でしかもHyggeはステージの雰囲気がめちゃくちゃ良い!一発目こっちだったな〜と思いながら少ない時間ながらも堪能。次ライジング来たら絶対最初から観たい。
·10-FFET
グッズ引き換えてその足で行けば間に合うな〜と思いつつその前にペットボトル捨ててこ〜って思ったらゴミ捨てるにはお話聞いてもらってから(ゴミのエコブースみたいな所)って言われてじゃあ聞いてこうかなと軽い気持ちで寄ったら一人で聞く感じの所じゃなくて(話聞くだけじゃなくてめっちゃ質問とかされた)人見知りの私は内心冷や汗をかきながらも最低限得ている社会性で何とか乗り切る。話自体は興味深くて楽しかった。帰りにタオル無料でもらえたし。薪割りもやりたかったけど暑すぎてやる気力わかず…。とりあえずサンステへ向かうと元気な10-FEETファンがめちゃくちゃにモッシュ·サークルをしてる映像が見えて凄い…と思いつつかなり後ろの方で観る。私が知ってる曲もぼちぼちあったりしたて懐かしいなぁ…と干渉に浸る。第6感でめちゃくちゃ人集まってきたの面白かった。皆聴きたいよね笑 でも私が一番テンション上がったのはVIBES BY VIBESだったな〜。とにかく懐かしい。勝手に身体がジャンプしていた笑 ああサビでめっちゃモッシュしてたなとか懐かしさでちょっと泣けてきた笑
久しぶりにタクマさんの熱いMCも聞けたし満足してエレカシへ。
熱心なエレカシファンじゃなくてもエレカシはフェスセトリなのが分かってはいたけれどレッドでエレカシが観れる機会もそうないしと思って見に行ったけど行って良かった!色々な意味で凄かったから…笑 セットリスト的にはフェス用って感じではあったけど、この日のミヤジはとにかく良い意味でも悪い意味でもめちゃくちゃで何回も笑ってしまった。声のコンディション的には結構良さそうだったし機嫌も良さそうだったけど本当に暴れまくっていた…笑(ステージ横の柵?に登ったり)風に吹かれてのラスト、ミヤジがアコギを弾いてたんだけど何か変な感じだな〜アレンジかな?と思ってたら曲終わりに「コードが全部間違ってました」って言ってて笑った。珍奇男前の「シャイなハートにピッタリの僕ちんの愛のバラードを聴いてちょ」みたいなMCも笑ったけど、途中で石くんの弾いてるギターを奪って弾く×2をしてて石くんが困惑してたり、アレンジみたいな感じでミヤジが弾き出したのは良いけど誰も付いていけてなくて演奏が破錠(本当に破綻しててハラハラした…)してめちゃくちゃな事になってたり(何とか終着した)とにかく凄かった…笑 総括して個人的には聴きたい曲も聴けたし楽しかったな〜。本当見て良かった。
友達と合流して電気へ。この辺りでようやく暑さから少し解放される。前の方のエリアで楽しむ事に。電気楽しかったな〜!!いつも思うけど電気ってフェスに合わせて映像作ってくるのすごい。猫夏とThe Big Shirts聴けて嬉しかったし、N.O→レアクティオーン→富士山の流れめっちゃテンション上がって踊りまくる。サンステで聴く電気楽しかったな〜!!最後辺りback numberのファンが雪崩込んで来て笑ったけど…。
·くるり
再び友達と別れてご飯を食べようとウロウロしてたけど何処も並んでるし座れないし疲れてるしで思考停止して大量に入った萎びたポテトを購入して食べた…笑 味は美味しかったけどとにかく萎びていた…笑
アースへ移動してる最中にワンダーフォーゲルが聴こえてきて「え!?もう始まってんの!?」と焦って移動したらリハで演奏してたっぽく(そうは言っても普通にがっつり通して歌ってた)次にやった太陽のブルースは全部聴けてめっちゃお得感あった。
アーステントの中が死ぬ程暑く、夜なのにめちゃくちゃ汗をかく…。地球温暖化ヤバすぎる…。
そこまでくるりの事をがっつり知ってる訳でもないけど、この日は岸田さんの声の調子めちゃくちゃ良さそうですごく良いステージだった!サポートの人も当たり前に上手いし、フェスでこういう音楽が聴けるって最高だな〜と思った。2曲目にやった曲、初めて聴いた曲だったけどめちゃくちゃ良くて帰ってから速攻調べた(奇跡って曲だった)その他にもワールズエンド·スーパーノヴァやばらの花、上海蟹も聴けたし最後にやったロックンロールも最高で本当良いステージで見て良かったな〜と思ったけど出来ればテントじゃない所で聴きたかったかも。
くるりが終わってテントに帰ってからメイクを落としたり歯を磨いたりして就寝準備。寝っ転がりながら友達と喋ってたらテナーが始まって割りとアース近くだったからめちゃくちゃ聴こえてきて普通に最後まで楽しんだ笑 一曲目がKILLER TUNEで友達とテントでノリまくる笑 意外と知ってる曲を沢山演奏してて友達とあーだーこーだ言いながら聴いてた。Melodic Storm、SIX DAY WONDER(ホリエ氏のピアノ技術が上がってた)REMINDERとかかなり懐かしのセットリストだけどフェス仕様なのかな?一番驚いたのはダニー·ゴーだったが…。本当聴こえてきた瞬間「え!?」ってなった。貴重なものを聴けたし結構楽しかったのでテント近くてラッキーだったな。
テナー終わってから気付いたらいつの間にか寝ていた…。本当にいつ寝てたのか全然記憶にない…。友達はあまり寝れなかったとの事だったが私は普通に寝れた笑 熱すぎて寝袋の上に寝そべってたけど朝方なのかな?寒くて寝袋の中に入った記憶がある程度。そんなこんなで1日目終了。2日目へ続く。
2022年 出生数はおまけ
韓国 0.78 25万人
台湾 0.89 13万人
中国 1.09 956万人
日本 1.26 77万人
タイ 1.3 50万人
マレーシア 1.8 43万人
フィリピン 1.9 123万人
ベトナム 2.1
ミャンマー 2.1
インドネシア 2.2
カンボジア 2.3
ラオス 2.4
絶滅しそうだな
___
ちなみに韓国は日本で言う団塊ジュニアみたいな人たちが今アラサーなんだよね
兵役もあるし
https://honkawa2.sakura.ne.jp/8900.html
台湾もボリューム層が今アラサーだから、あと10年で圧倒的絶望が来る
https://population-pyramid.net/ja/pp/%E5%8F%B0%E6%B9%BE
中国はまだ頑張ればなんとかなる
https://honkawa2.sakura.ne.jp/8220.html
___
もしこの出生数が80年続いたら
中国 7.6億人(今14.1億人)
タイ 4000万人(今7000万人)
マレーシア 3400万人(今3300万人)
フィリピン 9800万人(今1.1億人)
K子との出会い
私がK子と出会ったのは、まだ雪の残る3月上旬、札幌のすすきのでのことであった。
K子は、私がごくたまに寄るカフェ兼バーでウエイトレスをやっていた。
年は30歳、身長157cm。体型はややガッチリタイプに見え、いわゆる固太りに近かった。
顔はまぁまぁ整ってはいたが、頭部はアメフトのボールのように大きかった。
完璧なメイクを追求してるようで、白塗りの土台が厚く、丸い輪郭が、さらに強調されていた。
キッチリ描いた眉に、メリハリをつけたアイライン。目元周りには、そのひとのお化粧への設計意図が表れるものだがK子の場合それは、顔の大きさを、目を拡大させることでごまかそうとする意図だった。
それとK子のメークには、悪い意味でのバランス感覚という特徴も見られた。
あちらとこちらの均衡を保とうとして、薄くするのではなく、厚く盛る方にいってしまうのである。
さらにK子は勤務中はロングヘアーをタイトに縛ってるので、目元が上がって鋭角的になるのだが、これがふしだらで好色な印象を与えかねない外見になってしまうのだ。
それはせっかくのよい素材での料理を、調理でなくソースで惑わし、お門違いの高級感を添えたつもりの洋風メニューのようだった。
白人の風貌という、ないものねだりを追いかけた挙句、醜くなってしまったマイケルジャクソンのようであった。
K子は、そんな女だった。つまり、どこにでもいるひとだ。
K子はその日も普段どおり給仕をしていた。時刻は夜の9時。私のオーダーはグラスビールだった。
私のテーブルにもやってきた、そこで2人は始めて目を合わせた。
するとK子は私の顔を見るなりハッとした顔をして上背をやや引いた。私は「ああまたか」と思った。
なにが「またか」なのか。それはその時の私の顔が彼女にはイケメンに写った、ということの了解である。
断っておくがこれは自慢ではない。なぜなら、こうしたことは4年に一度、つまりオリンピック開催と同じ頻度でしか、私に訪れないからだ。「またか」と感じるのは、4年がさほど長くも感じられない私なりの時性であって、傲慢の致すところではない。
毎日のようにこういうことが起きる人を、真のイケメンというのだが、この程度のいわば「プチ・イケメン」なら今のご時世、結構いそうである。
私の顔は、それどころかまぁどちらかといえばブサメンである。口が飛び出た造作が特徴で、唇も厚い。佐藤浩市の2倍は厚い。
このせいで、顔の下部にボリュームが出てしまい、シャープには見えないモヤッとした風貌になっている。
たとえるなら、ガリガリ君のような輪郭であるし、佐藤浩市の親父の三國連太郎みたいでもある。
芋というか、類人猿、合わせればゴリライモ。私はそんな顔なのである。そしてもちろん、あなたに「そんなことないよ」といってほしい、そんなケチな性分も持ち合わせているのだ。そこがまた醜い。
ここ20年ほどで男もするようになった「化粧」とは、もともと目立たないもの(一重まぶたなど)を、まやかしの力で輝かせる補正技術だと思うが、私の口元のように、はじめから飛び出ているものを、平たく目立たせずに抑制する用法には、それはまったくといっていいほど役立たない。
しかし男の場合、三國連太郎がそうであったように、また、佐藤浩市がそうであるように、絶対的なブ男というものはいない。バナナマンの日村も最初見たときはびっくりしたが、慣れれば愛嬌がある顔である。
男は、風貌をある水準(清潔感と常識のあるファッションセンス、そして似合う髪型、できれば細身)まで満たせば、異性にアピールできてしまうのである。ここらへんが女子と違う。無愛想でもある程度はイケてしまうということだ。かくして私のような者でも、こうしたラッキータイミングが巡ってくるときがあるのである。
さて私にハッとして頂いた女子に対しては、私はだいたい挨拶をするようにしている。
ここでいう挨拶とは、店や本人の迷惑にならぬよう気を遣いながら、名刺を手渡すことだ。
できれば一言添える「もし、よろしければ、お近づきになれれば…」みたいなことだ。
ハッとする、させるというのは直感の神秘である。人間のあまたある能力のうちでも一二を争うような、めちゃめちゃものスゴい、宇宙の誕生レベルの認識だ。
人間(じんかん)にヴァイヴレーションが伝播する。あるひとがある人の存在にピン!とくれば、その相手にも同じピン!が、誤解も曲解もなく瞬時に伝わる。だれも解明できない感覚。こうした体感に対しては対象化なぞハナから諦め、人として素直にしたがい、謝辞を述べるのがスジというものであろう。
とりあえず自分を規定する第一歩として世の中には名前というものがある以上、名乗る。
「4年に一度」がいつなんどき訪れるやもしれない。そんなときのために財布に名刺を2~3枚入れておく。
こうしたなんでもない普段の心がけが、出会いを引き寄せる具体的な手段なのだ。
こうした縁で、私はK子と付き合った。世間には「よくまぁこんなサエないのと一緒になったなぁ」というのが男女問わずいるが、なんのことはない自分もその仲間入りであり、K子の方でもそう思うときがあったかもしれない。つまり、サエないのはお互い様だったのである。最初のうちは。
だがしばらくすると私にはK子の大きい顔と太い骨格が、次第にいとおしく写ってきた。
そして次に、それがかけがえのない尊さに思えてきた。
というのも付き合い始めてすぐに気づいたことだが、K子は私と最初に目が合ったホンの0.1秒の閃き、焦点で、自分の開削に成功した、まったく優れた女だったのだ。
私との邂逅によってポン!と新規開設された自我内の回路に、まったく純粋に従った。
世俗的な疑いとは、私と付き合うことのメリットデメリットやコスパを考えることや、趣味や好みが合う合わないというような話などである。
K子はそれらを考えもしなかった。だから、デートで会ってもあまり話さず、肩を寄せ合い、手を握り腕をさすり、見つめあったりするだけだった。それでどちらも了解した。ドンと存在が大きいのである。100%ピュアな肯定性の塊。
そしてそうしたK子の態度は、私の細胞のすみずみにあまねく影響を与えた。小さな自分に固執していた私を、彼女は開放してくれた。
こういう女に慣れると、小顔ブームとか、華奢な女子やスタイルに固執するのは、矮小なことと知れる。しつこいようだが慣れればあの日村ですら、ファニーフェイスである。
K子はやがてメークが薄くなっていった。コスメへの依存を減らしていった。
単なる身だしなみ以上のそれは、まやかしだと気づいたのだ。
食事や運動に、それまで以上に気を遣い、毎日しっかり生活を積み上げていくよう、意識的に自分を導いていった。
現代人はただ毎日暮らしてゆくだけで、目に見えない「不純物」が、アカのようにたまってゆく。
人はいつも意識的に「みそぎ」をしなければならない。するとみそぎなんてしなくていいんだ、そのままのあなたでいいんだと社会その他は全力で否定する。だがそれは違う。甘言に引きづられてはいけない。やつらはあなたから銭を引き出したいだけだ。
メイクはそうした「不純物」の象徴であった。それがズバッと削ぎおとされた。
人の本来的な美しさや輝き、魅力は、外から取ってきて付け足すものでない。自分の内面から湧き出させるものだ。
こんなことは実に当たり前のことだが、不純物の洪水の中にいると気づかない。
自分から「湧き出させること」が自然に出来る人は、この世にいながら永遠を手にしたも同然なのである。
理想のカップル、なるものは知らない。知らないがそれは「人それぞれ」ではない。
以上この文は、まだ見ぬあなたと、まだ顕在化してない私を想って書いた。
<了>
K子との出会い
私がK子と出会ったのは、まだ雪の残る3月上旬、札幌のすすきのでのことであった。
K子は、私がごくたまに寄るカフェ兼バーでウエイトレスをやっていた。
年は30歳、身長157cm。体型はややガッチリタイプに見え、いわゆる固太りに近かった。
顔はまぁまぁ整ってはいたが、頭部はアメフトのボールのように大きかった。
完璧なメイクを追求してるようで、白塗りの土台が厚く、丸い輪郭が、さらに強調されていた。
キッチリ描いた眉に、メリハリをつけたアイライン。目元周りには、そのひとのお化粧への設計意図が表れるものだがK子の場合それは、顔の大きさを、目を拡大させることでごまかそうとする意図だった。
それとK子のメークには、悪い意味でのバランス感覚という特徴も見られた。
あちらとこちらの均衡を保とうとして、薄くするのではなく、厚く盛る方にいってしまうのである。
さらにK子は勤務中はロングヘアーをタイトに縛ってるので、目元が上がって鋭角的になるのだが、これがふしだらで好色な印象を与えかねない外見になってしまうのだ。
それはせっかくのよい素材での料理を、調理でなくソースで惑わし、お門違いの高級感を添えたつもりの洋風メニューのようだった。
白人の風貌という、ないものねだりを追いかけた挙句、醜くなってしまったマイケルジャクソンのようであった。
K子は、そんな女だった。つまり、どこにでもいるひとだ。
K子はその日も普段どおり給仕をしていた。時刻は夜の9時。私のオーダーはグラスビールだった。
私のテーブルにもやってきた、そこで2人は始めて目を合わせた。
するとK子は私の顔を見るなりハッとした顔をして上背をやや引いた。私は「ああまたか」と思った。
なにが「またか」なのか。それはその時の私の顔が彼女にはイケメンに写った、ということの了解である。
断っておくがこれは自慢ではない。なぜなら、こうしたことは4年に一度、つまりオリンピック開催と同じ頻度でしか、私に訪れないからだ。「またか」と感じるのは、4年がさほど長くも感じられない私なりの時性であって、傲慢の致すところではない。
毎日のようにこういうことが起きる人を、真のイケメンというのだが、この程度のいわば「プチ・イケメン」なら今のご時世、結構いそうである。
私の顔は、それどころかまぁどちらかといえばブサメンである。口が飛び出た造作が特徴で、唇も厚い。佐藤浩市の2倍は厚い。
このせいで、顔の下部にボリュームが出てしまい、シャープには見えないモヤッとした風貌になっている。
たとえるなら、ガリガリ君のような輪郭であるし、佐藤浩市の親父の三國連太郎みたいでもある。
芋というか、類人猿、合わせればゴリライモ。私はそんな顔なのである。そしてもちろん、あなたに「そんなことないよ」といってほしい、そんなケチな性分も持ち合わせているのだ。そこがまた醜い。
ここ20年ほどで男もするようになった「化粧」とは、もともと目立たないもの(一重まぶたなど)を、まやかしの力で輝かせる補正技術だと思うが、私の口元のように、はじめから飛び出ているものを、平たく目立たせずに抑制する用法には、それはまったくといっていいほど役立たない。
しかし男の場合、三國連太郎がそうであったように、また、佐藤浩市がそうであるように、絶対的なブ男というものはいない。バナナマンの日村も最初見たときはびっくりしたが、慣れれば愛嬌がある顔である。
男は、風貌をある水準(清潔感と常識のあるファッションセンス、そして似合う髪型、できれば細身)まで満たせば、異性にアピールできてしまうのである。ここらへんが女子と違う。無愛想でもある程度はイケてしまうということだ。かくして私のような者でも、こうしたラッキータイミングが巡ってくるときがあるのである。
さて私にハッとして頂いた女子に対しては、私はだいたい挨拶をするようにしている。
ここでいう挨拶とは、店や本人の迷惑にならぬよう気を遣いながら、名刺を手渡すことだ。
できれば一言添える「もし、よろしければ、お近づきになれれば…」みたいなことだ。
ハッとする、させるというのは直感の神秘である。人間のあまたある能力のうちでも一二を争うような、めちゃめちゃものスゴい、宇宙の誕生レベルの認識だ。
人間(じんかん)にヴァイヴレーションが伝播する。あるひとがある人の存在にピン!とくれば、その相手にも同じピン!が、誤解も曲解もなく瞬時に伝わる。だれも解明できない感覚。こうした体感に対しては対象化なぞハナから諦め、人として素直にしたがい、謝辞を述べるのがスジというものであろう。
とりあえず自分を規定する第一歩として世の中には名前というものがある以上、名乗る。
「4年に一度」がいつなんどき訪れるやもしれない。そんなときのために財布に名刺を2~3枚入れておく。
こうしたなんでもない普段の心がけが、出会いを引き寄せる具体的な手段なのだ。
こうした縁で、私はK子と付き合った。世間には「よくまぁこんなサエないのと一緒になったなぁ」というのが男女問わずいるが、なんのことはない自分もその仲間入りであり、K子の方でもそう思うときがあったかもしれない。つまり、サエないのはお互い様だったのである。最初のうちは。
だがしばらくすると私にはK子の大きい顔と太い骨格が、次第にいとおしく写ってきた。
そして次に、それがかけがえのない尊さに思えてきた。
というのも付き合い始めてすぐに気づいたことだが、K子は私と最初に目が合ったホンの0.1秒の閃き、焦点で、自分の開削に成功した、まったく優れた女だったのだ。
私との邂逅によってポン!と新規開設された自我内の回路に、まったく純粋に従った。
世俗的な疑いとは、私と付き合うことのメリットデメリットやコスパを考えることや、趣味や好みが合う合わないというような話などである。
K子はそれらを考えもしなかった。だから、デートで会ってもあまり話さず、肩を寄せ合い、手を握り腕をさすり、見つめあったりするだけだった。それでどちらも了解した。ドンと存在が大きいのである。100%ピュアな肯定性の塊。
そしてそうしたK子の態度は、私の細胞のすみずみにあまねく影響を与えた。小さな自分に固執していた私を、彼女は開放してくれた。
こういう女に慣れると、小顔ブームとか、華奢な女子やスタイルに固執するのは、矮小なことと知れる。しつこいようだが慣れればあの日村ですら、ファニーフェイスである。
K子はやがてメークが薄くなっていった。コスメへの依存を減らしていった。
単なる身だしなみ以上のそれは、まやかしだと気づいたのだ。
食事や運動に、それまで以上に気を遣い、毎日しっかり生活を積み上げていくよう、意識的に自分を導いていった。
現代人はただ毎日暮らしてゆくだけで、目に見えない「不純物」が、アカのようにたまってゆく。
人はいつも意識的に「みそぎ」をしなければならない。するとみそぎなんてしなくていいんだ、そのままのあなたでいいんだと社会その他は全力で否定する。だがそれは違う。甘言に引きづられてはいけない。やつらはあなたから銭を引き出したいだけだ。
メイクはそうした「不純物」の象徴であった。それがズバッと削ぎおとされた。
人の本来的な美しさや輝き、魅力は、外から取ってきて付け足すものでない。自分の内面から湧き出させるものだ。
こんなことは実に当たり前のことだが、不純物の洪水の中にいると気づかない。
自分から「湧き出させること」が自然に出来る人は、この世にいながら永遠を手にしたも同然なのである。
理想のカップル、なるものは知らない。知らないがそれは「人それぞれ」ではない。
以上この文は、まだ見ぬあなたと、まだ顕在化してない私を想って書いた。
<了>