はてなキーワード: 薄っぺらとは
はじめに言っておくけど、キャストに罪はない。
ほぼ。だいたい。
だけど映像見返して「自分演技下手だな…」って思ったら、サニワ女子にちやほやされたまま調子乗らないで、良い演劇たくさん見てほしい。
それか演技指導のワークショップ参加して、2.5出るときは原作研究めちゃくちゃしてほしい。それだけ。
刀ステはわりと楽しみにしてた。推し出るし。
ストレートプレイだっていうから、ちゃんとキャラクターとキャラクターが会話して、そこに『存在』してくれるもんだと思ってた。
でも、舞台終わったあとは悲しみと怒りとやるせなさしかなかった。
周りのサニワは「よかったね〜!!」「○○やばかった♡♡♡」しか話してないの。
ツイッターでもフォロワは「刀ステ最高だった!!」しか言ってないの。
っていう気持ちをどっかに吐き出したくなったので刀ステめちゃくちゃ良かった!って人は見ないほうがいい。少しネタバレもしてる。
個人的に良かったところは所作指導入ってたところ(特に三日月)、
鈴木三日月・北村薬研がちゃんとキャラクターで居ようとしてくれたところ。
カテコでもいらんこと言わんし。キャラクター像を崩さないんだよ。ザ・2.5俳優って感じでした。ありがとね。
あと衣装。特に山姥切の頭巾の、程よく重くて柔らかなドレープの綺麗な布。走ったとき一番自然になびいてた。
殺陣がんばってた。多すぎたけど。
なんで歌った?
演出に必要不可欠かな?えらい人に「CD出そうよ!」って言われたのかな?知らないけど。
謎ダンスじゃだめ?殺陣しながら静止、名前文字バババン!でよくない?充分すぎない?
カテコの歌もよくわかんないし。なんで歌った?
不動はなんで謝らないの?
謝って、「力を貸してくれ!」って皆で共闘シーンって流れが王道じゃないの?
薬研は巻き込まれ、長谷部は散々蔑まれ、挙句宗三は刺されたんだけど。山姥切は歩み寄ろうとしたけど何もかえってこなかったんだけど。
不動ってこんな子なの?違うよね。
原作だと刀剣男士から『審神者』への信頼や好意が少なからずあって、それで互いの関係性が築かれてるところがある。
固定の『審神者』が出せない分雰囲気しか出せなかったのはしょうがないね。難しいもん。
でも話の中で本丸の皆と不動の信頼感は築けなかった?
ただ、まあここの本丸じゃ築けないのも無理ない。
山姥切はがんばってた。でも彼の頑張りは自分の『近侍』としての自信を抱くための頑張りなんだよ。
不動のことなんてこれっぽっちもみてなかった。
不動は反発しかしてなかったし前の主に未練たらたらだけど、そうかもしれん、だがうちの主もいい主だぞ!ってならない?ならんか。
長谷部は長谷部で否定しかしないし。そりゃあんだけ否定されたら不動も噛みつくわ。噛みつくしかなさすぎて怒りの演技も怒鳴り散らす一辺倒になる。
だれもかれも不動の話を一度もまともに聞いてあげないんだよ。
審神者の考え「強くあれ」って何?どういうこと?何理解した気になってんの?
織田組の子たち、いつ乗り越えて強くなった?どこにレベル上がる要素があったんだ。心身共にボロボロだわ。やるせねーわ。やってらんねーってスト起こす勢いだわ。
キャスティング、どうにもならんかった?これ好みの話かもしれないけど。
喋るし脱ぐのにあのキャスティングはちょっとどうなの。ゴリラはネタじゃねーから。
真剣必殺の時笑ってごめんな。
キャラ解釈は箔かよってくらい薄っぺらくて、そんなんだからキャラとキャラが会話してないし、話の中でキャラクター像が構築されてないから、演技もうまくいかない。
どうしてそういう考えになったの?こっちきて。ちゃぶ台はさんで議論しようか。手がでたらすまんな。
原作の本編ないから作るの難しいよね。だったら、ちゃんとキャラクター解釈ちゃんとしてて、発展させてストーリー組める人でノベライズして、それ舞台化してくれたほうが全然良かった。
高名な演出家さんか知らんけど。別にあなたの作品観に来たんじゃないんだ。推し応援しに来たんでな。すまんな。
公式側がチェック入れてたのは互いの呼び方と喋り方だけなのわかった。(長谷部が尊敬語使ってたらどうしてやろうかと思ってた)
何より一番悔しくて悲しかったのが「キャラクターがないがしろにされてる」っていう点。
原作があれだけキャラクターも関係性もこだわって作っているのに、今回舞台では『このキャラクターでなければ駄目だった』って要素を一切感じなかったんだよ。
人気キャラだから?織田組の子たちとの関係性考えて手っ取り早くぶっこんだだけ?
だったらその子が、その子たちが、話の中で織田組の子に与えた影響は?
『乗り越えられた』のは周りのおかげ……ってわけではないんだな。
何もないんだもん。いなくてよかったよね。
漫画とかアニメと違って、ゲームからの舞台はキャラクターが動くことではじめて吹き込まれるいのちなんだけどな。
ビジュアル推しでもないし、演技推しでもない。
かといって話が完璧だったわけでもない。
何がやりたい舞台だったんだろう。
(動いた金については考えないことにする)
そのまま純粋に観れる人が羨ましい。楽しめなかった。悲しい。
私だって「推しサイコーだった♡♡♡舞台よかったー♡♡♡」って言いたかったし言おうと思ってたよ。
あまりにも悲しすぎて何も考えられなかった。
逆に何が「最高だった♡♡♡」んだろう。
今後もこういった原作に愛を感じない舞台ばかりが増えていくのかな。
観て「お母さん産んでくれてありがとう…この子とおんなじ世界にいる…ありがとう…生きてるって尊い…生きる…………」
ってやつじゃん。
随所ですこぶる高評価なので「やがて君になる」を読んだ。
百合漫画ではカップルがどのような関係性であろうと、どこかに「デレ」が表現されているものだが、この作品では片方が完全に冷えきった冷凍マグロ。2巻の時点でイチャイチャキュンキュンすることはなく、他の百合漫画のような王道ストーリーとは異なり特殊性が際立つ。
片方は自分の感情は「恋」ではなく「利害一致による関係性」と「相手への気遣い・やさしさ」と捉えているよう。まだその感情が理解できていないだけで、展開が進むに連れ一気に落ちる雰囲気は感じる。
ただ、全体的に当事者たちの感情や行動について、説得力に乏しく薄っぺらい印象を受けてしまう。悩みや葛藤がある故の関係性なのにその感情描写が非常に希薄で、物語的には進展しているけどただひたすら淡白に展開される。
とりあえず別にアンタのゆず作品に対する薄っぺらい感想なんか聞いちゃいないし
そういう優越感ゲームしてる態度こそがサイコーにムカつくと言ってんだけども。
ゆず作品その他のどの辺が「似非オタク」を釣ってて、まんまと釣られてるユーザーのどこがダメかを語ってくれたほうがまだマシだよ。
率直に言って、アンタは二次元作品楽しんでたわけじゃなくて一部の二次ヲタを見下すことを楽しんでただけに見える。
だいたいさ、
たとえばkanonなんて
自分が手元に残してすらいないKanonを例に出すのに何か葛藤とか違和感とかないの?
久しぶり。元気にしてた?
偶然の出会いだったこともあり、私の口調は妙に馴れ馴れしく、それでいてどことなく余所余所しいものになってしまった。本当はとても驚いていたはずなのに。胸裏を満たした懐かしさと感慨を、薄っぺらい声色で覆い隠してしまった。
唐突に、そして呆気なく別れてしまったあの日から、もうかれこれ十数年。過ぎ去った月日の分だけ大人になったのはあなただけで、私は私のまま、変わらぬ姿のままで、いま再びであなたと向かい合っている。
けれどもあなたは返事をしてくれない。大きなガラスの外壁越しに聞こえてくる小鳥のさえずりだけが、私たちの間をとりなしている。
ふいに私は、今日まで旅をしていたのと口にした。海を渡り、赤茶けた奇岩がそびえる岩石砂漠を仰いだことを。空を飛んで、湖畔に浮かぶ水上の宿で猛烈なスコールに見舞われたことを。多種多様な人々が行き交う大都市の雑踏を前にしたことや、人っ子一人いない秘境の地で一夜を明かしたことまで、流れるように話し続けた。
ただじっと見つめられるだけの沈黙に耐え切れなかったために――そしてきっと互いの知らない時間を少しでも埋め合わせたいがために――語らずにはいられなかったのだ。
どれもこれもが壮大で美しく、圧倒される出来事ばかりだった。おかげで思いがけず国に戻ってきてしまうくらいに疲れてしまったのだと話の終わりに苦笑すると、あなたが腰を下ろしているソファーのスプリングが微かな音を立てたような気がした。
……ねえ、これからどこへ行くの。何か予定はあるの。
訊ねてみても、あなたは決して答えない。口を開く素振りさえ見せてはくれない。
私の衝動は、もしよかったら、と続けかけたところで行くあてを失ってしまう。ぺらぺらとした薄い小声は、今回もあなたの鼓膜を震わせることができなかったのだ。
十数年前と同じ。私の声は、今も昔もあなたの耳には届いてくれない。たった一度きりでさえ。
かなしい。さみしい。くやしい。
思いが溢れてくる。輪郭が滲んで、身体がふやけてしまいそうになる。
けれど、それでもいまは、たとえ僅かな時間だけでもあなたの側に居られるのなら――
私の表を見、裏を見て、少なからずの驚嘆が入り混じった息を漏らしたあなたは、やがて誰に聞かせるでもなくぽつんと一言独り言ちた。
「久しぶりに見たなあ、二千円札」
そうして私を財布に滑り込ませると、ソファーから立ち上がって足早に移動し始めた。程なくして小鳥のさえずりがはっきりと聞こえてくるようになる。春の陽気に誘われたのか、伸びやかな鳴き声は代わる代わるに響いている。突然、少し強く風が吹いたらしい。一瞬止まった靴音の合間を縫うようにして木々のざわめきがざあざあと降り注いできた。
私は再び歩き出したあなたの小気味良い足音を感じ取りながら微睡んでいく。遠くない未来に揺るぎのない別れを予期しながらも、束の間の安らぎに身を委ねてそっと目を閉じた。
巷で生理の話が盛り上がっていたので、生理が来たのに生理用品がなかった恐怖体験について語りたいと思う。
本番開始後~3日目が出血のピーク。4日目以降は激減するが、3日目までは多分かなり多い方。昼でも夜用ロリエ30cmを愛用した上で、2~3時間に一回は取り替える必要がある(漏れる危険性が高まる)。特に長時間同じ姿勢を取っていると、常に同じ箇所が吸収し続ける→限界に達する→溢れる、というメカニズムで漏れる。過去に何度か、長い会議の後のトイレで絶望した。寝てる時はどうしようもないので、最ピークに重なると漏らすしかない(起きたら大惨事……)。
痛みは鎮痛剤の早期投与に成功すれば、全然へっちゃら(失敗すると多少苦しむ)。精神状態への影響は自覚したことがない。たまに下痢を併発する。生理がひどい方という認識はない(痛みがそれほどでもないので)。
大体こんな感じである。
さて、本題。
生理予定日が22日~の月に、15日から三泊四日で出張することになった。行き先は中国。同行者は全員男性。おそらく生理とは被らないだろう、と思ったものの、念のため私はスリムロングタイプの生理用品を1パック荷物に放り込んで、出発した。
そして三日目17日の朝、ホテルのトイレで私は生理の気配(微妙な出血)を目にしたのである。持ってきてよかった生理用品と思いながらパックを開封した私は、絶望した。スリムロングタイプの生理用品は、性能をある程度犠牲にして省サイズ化を図った、私の予想以上に薄っぺらく貧弱な代物だったのだ。使ったことのない商品を選んだ私のミスだった。
生理の本番が遅れることを期待しながら、私はその貧弱極まりない装備で仕事に出掛けた。ちなみに仕事で行く先のトイレに紙はついていない。たまに扉もない。稀に穴である。絶望しかない。
出血量の激化(生理本番突入)は、夕方くらいだったため、その日はなんとかスリムタイプで凌ぎきって、私はホテルに帰還した。中国で日本並みのトイレがあるのは、私が知る限りでは空港とホテルだけである。紙があることの素晴らしさを噛み締め、生理用品を節約するため便座で血をひねり出しながら、私は悩んだ。
もはや出血はピークに差し掛かろうとしている。四日目は仕事の予定はない。できればギリギリまでホテルに滞在した後、空港に直行したいところである。だが、観光に行くことが決まってしまっていた。若かった私は、生理であるということを同行者に訴えられなかったのだ。馬鹿である。
何より、夜を乗り切らねばならない。家で寝具を汚すのはまだいい。朝起きてまず自分のパンツを洗うという屈辱はあるが、出先で漏らすことを思えば全然マシだ。出先で生理の血を漏らすというのは、「旅行先でおねしょ」くらいの恐怖感があるのである。しかし果たして、ロリエ37cmをもってしてもたまに漏れる私の生理が、薄っぺらいスリム型27cmで食い止められようか。無理だ、絶対に無理である。絶望しながら私は、ない頭を捻った。
・生理用品を買ってくる→現地通貨を一円も持ってない以上、同行している男性に頼む必要があるが、観光やめてくれと言い出せなかった私に、これができようはずもない。そもそも中国のナプキンってどうなの!?
・便座に座って寝る→多分一番確実
・浴槽の中で寝る→漏れても洗えばへーきへーき
しかし、私はできれば普通に寝たかった。地味に腹は痛く、中国の寒さ(氷点下5~10度)とその中での検査立会いは私の体力をガリガリと削っていた。ベッドに横になりたかった。日本に帰ったら日曜日だ。翌日からまた一週間が始まるのだ。寝なければ死ぬ。
結局私は、スーパーの袋に穴を開けてパンツのように履いた上で、さらにお尻の下にビニール袋を敷いて寝ることにした。結果的に、ベッドは無事守られた。ただ寝返りをうったら漏れるんじゃないかという恐怖で、全然満足に寝られなかった。五時に目が覚めて、まず最初にシーツを確かめた。ビニール袋は完璧な仕事をしてくれたが、心の底から信頼するのは無理だった。辛い一晩だった。あと普通に色々血塗れになった。
その後私は、漏れる恐怖と戦いながら観光し、空港のトイレに駆け込み、じりじりしながら飛行機に乗り、日本に着くなりナプキンを買いに走った。何とか一度も破局的な事態に陥らずに、家に帰りつくことができた。
漏れているんじゃないか、という恐怖は、腹が痛いよりも辛い。生理の血が漏れるのは、「おしっこを漏らすくらい恥ずかしいこと」という意識がどうしてもある。
いつもは本ブログで映画批評はしているのだが、今回は匿名ダイアリーにした。本ブログをリア友に教えるのは絶対に嫌だし。
<以下ネタバレを含みます。本作視聴済み以外の方は戻ってください>
映画館にぎりぎりで到着。実は女の子を1人誘ったんだけど体よく断られたので泣く泣く1人で来た。
さて今回の映画だが、結論から言ってまったく駄作である。もう見終わってびっくらこいた。ここまでつまらなく作れるのは逆に才能だと感じる。
まずコナンファンとしていわせてもらうと、映画の冒頭カーチェイスは紺碧の棺で、記憶喪失ネタは瞳の中の暗殺者で既にやっているではないか!!もうこの時点で興ざめである。
また驚いたのがキャラクターの薄っぺらさだ。黒の組織、FBI、公安の三すくみが今回のテーマだったようだが、FBIは冒頭にコナンにタクシー代わりに使われたのち出てこないし、公安の観覧車に同乗していたモブはキュラソーの太ももプレスで簡単にイってしまうような腰抜けである。赤井は赤井でブンブン回るオスプレイを前に「難しい…」とつぶやくばかりでなかなかライフルを撃とうとしないし、安室に至ってはいきなりキレはじめてストリートファイトをおっぱじめたのである。この安っぽい韓国映画のような作風はどうにかならないのだろうか。
つまり1人として魅力的なキャラクターが描けていないのである。これで喜んでいるのは格好良ければ何でもいいような脳みそ高野豆腐の女子だけであろう。
キャラクターといえば新キャラ「キュラソー」にも触れなければならないだろうが、こいつは一体何だったのであろうか。せっかくの美貌とオッドアイという個性を持ち合わせているのに、さっさと記憶を消され、満足に活躍する間もないままダンプの中でプチッである。まあ生かしておくと赤井を超えるチートキャラになるので死亡フラグは登場時点でビンビンに張っていたわけだが、それにしても作中ずっと「わからない…」を繰り返すだけの痴呆女に成り果ててしまった…これには俺もベルモットもがっかりである。
ベルモットで思い出したが、黒の組織もあほすぎる。ヘリやオスプレイをぶんぶん飛ばしまくっているようだが、あれは暗殺と言えるのだろうか。ちなみにオスプレイは上空200mを飛行していても90デシベルの騒音が響く。彼らは水族館の照明を落としただけでご満足のようだが、地上の人間には丸わかりである(はずである)。あとちょっと笑ったのが、オスプレイに乗りながらズラかるとき、ジンが「空自が来る前にずらかるぞ」と言っていたが、あまりに航空自衛隊を舐めた発言である。国籍不明の未確認機をレーダーが捉えていないとでも思っているのだろうか、それとも首都高大爆破事件をもみ消した「大きな力」とやらがここでも働いているのだろうか。謎は深まるばかりである。
ジンの話をもう少しさせてもらうと、驚いたのは以前より精細さを欠いた哀れなジンの姿である。爆弾を仕掛けたはいいもののあえなく解除され、空しく起爆スイッチを連打する姿は面白すぎるし、いきなりオスプレイからガトリング砲をぶちまける姿はまるでクールとは正反対だ。実はこいつは非常にアホなのでは?そもそも組織内にFBIだのCIAだのがガバガバに潜入しているのもこいつの責任なのかもしれない。しかも倉庫でバーボンとキールを追い詰めたのにも関わらず、メール一本で「まあいい…」って、あなたあの残酷なまでのポリシーはどこに行ったのでしょうか。
と、ここまで残念続きのキャラクターたちであるが、キャラクターを作ったのは主に青山剛昌である、しかし今回の駄作映画の戦犯はやはりお涙ちょうだいの情けないB級ストーリーであろう。これは原作者ではなく映画制作班の責任も大きいと思う。
まず全体としてロジックの筋道が立っていないのは本当にやめて頂きたい。ゆっくり視聴しているのに、いちいち思考する必要が出てきて非常にしんどいのである。映画は時間に厳しく制限をつけることで視聴者に解釈の余地を与えないことが利点であるのに、僕が映画中に女の子のことを考えているようでは失格である。
特に頭をひねるのが、映画終盤、ベルモットが「あのメールを送ったのはあなた?」とキュラソーに電話で聞いたのに対し、キュラソーが一瞬の躊躇のあと「えぇ、そうよ…」と答える場面。
コナンによってメールが送信されたのはキュラソーが記憶喪失中で、その後もメールの送信に関してキュラソーが何らかの情報を得た、ような描写は存在していない、つまりこの電話の時点でキュラソーはメールのことなどまったく知らないのである。ではキュラソーはなぜこのような返答をしたのであろうか。考えられる説としては、
1.キュラソーが送ったと答えたのはカーチェイス中に送ったメールのことだった
1の場合ならば返答の説明はつくが、一瞬の躊躇の説明がつかない。あれは別に思い出すのに時間がかかったのではないだろう。
2の場合もどうであろうか。彼女が少年探偵団を頭が切れる集団だと捉えていたとは到底思えないし、クールキッドとは特に絡みもなかったのでこれもあり得ないだろう。
どちらにせよ心理描写が描けない監督なのは間違いがないようである。
さて、数々の爆破と死傷者を出し、屍を踏み越えてきた黒の組織。さらにNo.2であるRUMの存在も示唆され、物語は紛糾を極めている。作者は「原作100巻までに物語を完結させる」と息巻いているが、果たしてこのペースで間に合うのであろうか。物語は始まったばかりである。
ここはたまに見てたけど、自分で何か書こうと思ったのは初めてだ。
家から二、三歩歩いたところで、行く手に人が立っているのに気づいた。
黒っぽい格好をした眼鏡のおっさんだった。満面の笑みを浮かべていた。
おっさんのズボンのファスナーからは褐色の長い物が出ていて、扇風機のようにぶんぶんと上下左右へ躍動し、旋回していた。
それが何だったのかは今でもはっきりとはわからないが、冷静に考えるとたぶんおっさんの性器だったんだろう。
そのおっさんに目がひっかかって、脳が理解した時、一瞬で目の奥、肩、全身から温度が抜けていった。
普段自分の体を取り巻いている自分の分の空気が一気に冷えて、薄っぺらい膜に凝縮されて、自分の体全面へと頼りなくぴっちり張り付いた。
そのおっさんから発されている空気が、その薄皮一枚だけを隔てて自分を圧し潰してくるようだった。
喉が鈍痛で詰まった。
その圧迫だけをただただ感じさせられながら、目をおっさんからもぎ離して、連れていた犬の方へと動かした。
犬は普段通りに体をゆらして呼吸をしていた。
反射的に口が動いて、犬に「行くよ」と声をかけて、そうしたら足も動かすことができた。
私はおっさんから努めて目を逸らし、犬の背中の毛並みと、動く肩甲骨を見ながら、笑顔のおっさんの脇を通り抜けて、普段通り散歩コースの道へと歩き出した。
他のことを考えるような余裕はなかった。
振り向いて確認はしていないから本当のことはわからない。でも動く気配はなかった。
散歩コースを何周かしてからゆっくり家の近くに戻って、何度もおっさんがいないことを確認してから、家に入った。
家族に話すことも、誰かに通報することも考えなかった。そういう発想がなかった。
今でもそうしようとは微塵も思わない。しないことは自分のために正しい判断だったと思っている。
社会的には正しいわけはない。おっさんに何がしかの制裁を与えるチャンスも失った。
でもそれ以上自分の何か、自分を構成する何かの一欠片でも、あれのために損ないたくなかった。
友達には一度この話をしたことがある。
女子のグループのおしゃべりで、他の子が痴漢にあった話をするのを聞いて、私もこの話を笑い話風味にして吐き出した。
でも未だにこの思い出が、腹の中を時々渦巻くことがある。
あのおっさんに生殺与奪を握られたと思った瞬間を、この先も私の脳は多分しつこく覚えてい続けるんだろう。
その暗い予感が本当にいやだ。
私のこの恨みはどこへ持っていけば捨てられるんだろうか。
ここまででもう体力を使い果たしたから、もう一個の思い出は最低限吐き出したいことだけ書く。
帰る途中で知らないおっさんに声をかけられた。
瞬時に上述の思い出が頭をよぎって恐慌状態に陥ったが、ともかくしどろもどろにでも断った。
するとそのおっさんはこうのたまった。
「お前なんかね、高校生じゃなくなったら誰にも相手にされなくなるよ」
こっちは今なら言える。ふざけんな馬鹿野郎。大嘘つき。ブーメラン野郎。何とでも思い浮かぶ。
こっちの恨みはもうそろそろ痛くなくなりそうな気がする。
いつしかこれらの思い出は、ネット上で嫌でも目に入る熾烈な女叩きと化学反応して、よくわからないことになった。
普通に男友達とも話せるし男の人と恋愛もする、ネットで男叩きもしない。
でも男の人から少しでも一方的に性的な好意を向けられたと感じると、それが例えどんなに仲の良い男友達であっても気持ち悪くて即縁を切りたくなる。
男の人とハイタッチとかした後、反射的に手を拭ってしまうくせも、とても失礼なこととはわかっていても直すことができない。
ネットの女叩きをたまに回避しそこねて、品性下劣な文章が目に入ってくると憎悪に燃える。スルーすることができない。
今まで長いこと憎しみを抱え続けてきた。
もうそろそろ楽になりたい。戦う気力はない。それはよくないことなのかもしれない。
書き終わって思った。
増田はその気になればいろんな人間になりきって記事を書くことができる。
でも、大抵は、なりきりってのを軽い気持ちで考えてるからクオリティ低いやつしかいない。
その程度では中身である書き手のレベルが透けて見えるから失敗する。
ちゃんと書き手の中で、なりきる対象がイキイキした様子で頭に浮かばないようでは、ろくなものが書けない。
何のために書くのか、をよく考えて書くことだ。
読者を欺くことが目的じゃねえ、本当にその人になりきるってことの快感をわからないやつはなりきり芸向いてないから諦めろ。
特に「できる系の人間」を演じるのは難しいぞ。どの会社に行ってもそういう人いるからリアリティチェックにすぐひっかかる。
致命的なのは誰でも空想すれば書けるような内容しか書けてないこと。
このことから、この増田が出来ない人間であるだけでなく、経験の浅い新人か、大学生の可能性まで疑われてくる。
リアリティにこだわるには紛れも無い真実という要素が絶対に必要なんだよ。
本当にその立場でないとわからない情報や経験をどれだけ入れられるか。
ゼロから空想するんじゃない。ポイントポイントは確固としたリアルを入れるんだ。
その素材を収集するために、ちゃんと取材をするか、本を読む。できるなら体験する。
デキる人の演技がしたいなら、デキる人に話を聞いて、その人の思想やコツを教わる。
社長の話をいろいろ他の人から聞いたり、よくよく観察して社長の考えを可能な限りトレースして見る体験をやる。
そのくらい出来ないと、言葉に魂がこもらないんだよ。
その気になれば、本当に本物になれるくらい、その対象について興味をもつんだよ。
お前自身がその対象について強い思い入れがないのに、読者をつかめるわけねえだろ。
そしてもう一つ大事なことがある。
その部分についてちゃんと読者の共感を得られる要素があるか。これが大事なのな。
たとえムカつく上司であっても、読者を信じさせる「本当」の部分では真剣に、そして共感を得られる内容にしないとダメなんだよ。
それが書けない奴は、500ブクマを越えるようななりきりエントリは書けないぞ。
これはほんとにリアル生活でも役に立つから釣り記事書くつもり無くてもやってみろ。
俺も最初は良い釣り記事を書くために頑張ってたけど、この観察は本当に仕事の理解にも役に立った。
数年前にできる上司の人間についてオマエみたいに下手な釣り記事書いてたけど、
書いてる内容のレベルアップさせようと思って観察してたら、本当に上司の考え方が理解できるようになってきたから。
そしたら、意図せず仕事がスムーズにこなせるようになってきたから。
そういう経験もあるからオマエの言ってることってすげえ薄っぺらいって思うんだよ。
オマエ、できる人間って、本人一人の力量でできるって思ってるだろ。
1つの基準則って、相手の国籍・性別・年齢・信仰関係なく、公平な裁きを受ける。
これこそ人類の叡智だ。
たくさんのアニメアイコンのアカウントが今日も誰かを炎上させている。
しかも恐ろしいことに、アニオタ男達の多くはこれを「いじめ」ではなく、
アニオタ男達の多くは、いじめは学校でのみ起きるものだと思っている。
彼らは、中学や高校の時に、ウェイウェイなリア充やオラオラなヤンキーに
馬鹿にされたり、無視されたり、あれこれされた傷を後生大事に抱え込んでいる。
30才になっても40才になっても抱え込んで、被害者面をして、
それなのに、人に優しくするどころか、人をいじめてうさを晴らす側に回っている。
今この瞬間にもたくさんのアニオタ男達が、誰かを不幸にし続けている。
アニオタ男達の多くは、自分達に「悪」を裁く権利があると勘違いしている。
ピーマンは苦くて俺たちは嫌いなんだと言って、よってたかってピーマン畑に石を投げる。
そんな馬鹿げた行為を「正義の裁き」と勘違いして、快楽を得ている。
ただアニオタ男の1人だからという理由だけで、憶測で擁護する。
逆に言えば、彼らはお仲間のアニオタ男以外の全てを叩く。
アニオタ男達とは好きなものが違う腐女子、あるいは性別が違う女性。
アニオタ男達とは趣味や言動が違う、ヤンキーやウェイ系といった、
スクールカースト上位だったであろう人々。
アニオタ男達の多くは社会経験が薄っぺらで、客観性に欠けるので、
①テレビ番組のインタビューに答える秋葉原のアニオタ男が、スタジオで受け答えを馬鹿にされる。
③大学生のアニオタ男が、未成年を親元から誘拐して、2年間監禁する。
なるほど、①は不当だろう。自分の好きなものや仲間を馬鹿にされて怒るのは理解できる。
そして。
③を擁護するどころか、被害者を非難するヤツらは頭がおかしい。
未成年を、保護者の承諾か虐待等の正当な理由なく誘拐するのはどう考えても犯罪だ。
犯人がアニメが好きだろうが、サッカーが好きだろうが、司法の裁きに何の影響もない。
そうでなければ、容疑者がアニオタだったからという理由だけで、
③のケースで容疑者がヤンキーなら、ネットいじめが大好きなアニオタ男達は
断言してもいい。
そして実家をグーグルマップで調べて画像を2ちゃんに貼り付け、
息子との距離のある関わり方を深く悔やむ父親のこと会社に嫌がらせのFAXを延々と送りつけ、
しかし③では、加害者がアニオタ男だったせいで、被害者やその家族は不当に傷つけられている。
ネットいじめが大好きなアニオタ男達が擁護するのは、まず間違いなく、
犯人が何をやったかではなく、どのジャンルに属するかで有罪無罪を勝手に決める。
アニオタが偏見の目に晒されている!と被害者意識を丸出しにしているアニオタ男達こそが、
レッテルだけで苛烈に人を裁くことにかけて、このようなアニオタ男達の右に出る者はいない。
端から見ればとても奇妙な矛盾だが、彼らはなぜかそれに気づかない。
こうして指摘をされたところで、彼らの多くは精神的に幼いので、
事実を受け入れることはできないだろう。
そして、論点とは離れたところにある言葉尻や例えにフォーカスして
「それはおかしい!」と言い張るに違いない。
アニオタ男達の大半は、行為を注意されると、存在そのものを否定されたと思う。
図体ばかり大きくなって、想像力や思いやりは身につけず、
以上をもって、改めて言う。
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補足
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とある誘拐事件に対するTwitterの反応を見て、この記事を書くことにした。
ところが、次の日人のいいアニオタの知人とこの事件について話したところ、
彼はまるで真実のように口にしたのだ。
衝撃だった。その衝撃が、筆者にこの文章を書かせた。
筆者は、アニメオタクの男性の全てが上記のようだとは思っていない。
そんなお仲間の目にぜひ入って欲しい、
あえて「アニオタ男」という極めて偏見に満ちた括りでこの文を書いた。
この件にはなるべく触れずに早く風化させるのが一番だ。
下衆の勘繰りに傷つけられていいはずがない。
関係者や警察、司法関係者以外の人間が、過剰な叩き方をするのもおかしい。
被害者や被害者家族、加害者のプライバシーを侵害する週刊誌は買わないこと。
世間の7割の人がこうするようになれば、
ちなみに、10人いればどうしたって2~3人は捻くれ者だから、
そういう人はやっぱり無視するに限る。
馬鹿だの何だのと失礼なこと、
怒りを煽るようなことを言ってしまった事については申し訳ない。
筆者の友人には、当然ながらアニメ好きも多い。
ゲーム、フィギュア、電車、ミリタリー、声優、アイドルが好きだろうが、
人や社会に迷惑をかけなければ、生き生きしている人は見ていて気持ちがいいと思う。
だからこそ言いたい。
アニメや漫画は、自分達に思いやりや優しさも教えてくれたはずだ。
今こそその学びを実践していこう。
そして、ついつい誰かを叩きたくなった時は思い出して欲しい。
心の中の二次嫁は、いつも俺達のふるまいを見ていると。
以上
他人に石を投げがちな全ての人に、何かしら伝われば幸いです。
あまりにもお下劣すぎてGoogle AdSenseでは語れないからしょうがかなく増田に書くで。
恋愛工学の人と同じく、(社会的ではなく)金銭的に成功しちゃったやつが当たり前のようにゲスイことして人を見下して、女をおもちゃのようにセックスして、最後に女にしっぺ返しされるという…成金が好きそうな(というか、成金の薄っぺらい人生にありがちな描写)をヒーロイズム出しながら書いちゃった映画。
アメリカではこういうタブーをゲスく笑い飛ばすジャンルを「ブラック・コメディ」として市民権を得てるようだけど…日本人から見ると、もう悪趣味の一言。
一応、「ウォール街」とタイトルにあるぐらいだから経済映画っぽく見えるかもしれないけど…いやいや、Z級のセックス映画ですよ。
セックス描写どころか、フェラ描写とか、薬物吸引描写だけで何回あったことやら…。(清原のギロッポンライフの再現かよ。死にたいぐらいに憧れた東京のバカヤローってか?灰皿テキーラ飲ますぞ!コンチクショーめ!!)
(セックスに関する映画でもなく、あくまで女をオナホ扱いする映画だから)セックス描写が薄っぺらい。
しかも、アメリカ人の全裸だから、少女趣味の日本人から見ると馬ヅラすぎるわ、体がスレンダーすぎるわで…抜けない。
抜けないどころか、ゲスすぎて映画見てる間は立ちもしなかった。
下手な乱交AVや、総集編AVよりも全裸が一杯出てきたし、セックスシーンも山のように出てきたけど、不感症を疑うレベルに俺のアソコが反応しなかった。
いや、映像としてのインパクトはすごいんだよ?邦画とかドラマならもう30年間あんな風に乳首出してない。(しかも、大半をセックス描写にするような映画は出てこない)
しかもだ!80年代の映画に出てくる女の人の裸って、「脱ぐための体」じゃないから、映像としてのエロさは弱いんだよな。
現在のAVのそれと比べたら、貧相でゴツゴツしてて、乳首の形・色・尖り具合もなんかこう…美しくはないんだよ。
だから、Wowは「ストーリーがある映画」の中では僕が見た中でもトップクラスにポルノ的なインパクトが強い。
そこがすげー迷惑で、いつもオナニーのオカズにしている、脳内嫁の妄想に割って入ったりするから、すげー不愉快で、深夜に二次エロ本をひっぱりだしてきて、自分の好きなセックスシーンが焼き付くまで読んでから寝た。
Wowに出てくるようなスレンダーじゃなくて…極端に痩せてる(「大人の」幼児体型)か、巨乳巨尻がキッチリしてる体が好きでそういうエロ本をきっちり読んで寝た。乳首は大きめ派。
何百人の大衆の前ですっぽんぽんになる女の子じゃなくて、泣きそうになりながらプレイとしてしょうがなくバイブつけて歩いたり、隠れてエッチしてる状況を見られそうになった状況に嫌がりながらグッチョリしたり、その気になかったのになし崩しで…みたいな「背徳感ありあり」なのが好きなんだよ。
ジャパニーズHENTAIとは、「性は隠すもの」という日本的な禁欲主義・建前と本音の文化・そこに過剰なまでにきっちりと順応することを自らに課しつつ期待値も感じ取ってる若い女性がいてこそ成り立つんですよ!!HENTAIとは女性の自律心・自戒という洋服の下にある本性を掘り起こさんとする恥・背徳感・罪悪感がエロスに絡まって生じた文化なんだよ。
その感覚を上書きして寝ないと…と思って、深夜2時にエロ本をぐるぐる読んだ。…それでも完全に拭い去ることができなかった。
恋愛工学もそうだし、Wowもそうなんだけど…ゲスいし、共感しがたい酷いものだし、仮にそういう状況になれるとしても丁重にお断りしたいんだけど…抗体がないから、脳裏にこびりついて、認知や感覚を歪めて行くんだよな。
そこにすごく苦しんだ。映画を見ながら内容のゲスさと救われなさに病み、1度寝る時に抜こうとした時にまた病んだ。(僕の脳内嫁の体がスレンダーだったり、劇中で種が切れた男にチンコをせがむシーンと同じ動きをした時に「昨日まで、そんなことしなかったのに」という気持ちになった。彼女にこっそり自分のエロ本見られて、合わせられて「らめぇ〜」とか言われちゃうぐらいらめぇ〜ですよ)
口をそろえて映画を見た人が言うのは「ディカプリオの演技が、神がかかってる」という話をする。
ヤク中同士がろれつの回らないまま会話をするシーンから、ゲスすぎて僕を病ませるほどのキャラ(役)作りはみごとだった。
だけど、そのことが僕を病ませた。
そして、トドメは「いくらなんでもやり過ぎだよね?」と思ってたこの映画がなんと、実話を元にしてる(ヤク中から暴君ぶりから、犯罪からだいたい実話)だと知って愕然とした。
あー、酷いもの見た。
今から日本の将来にとって、とても大事な話をします。特に女子の人は、まず顔を上げて良く聴いてください。女性にとって最も大切なことは、こどもを2人以上生むことです。これは仕事でキャリアを積むこと以上に価値があります。
この「女性にとってもっとも大切なことは~」の主語が、「女性(本人)」じゃなくて「社会」あるいは「今の高齢者世代」ってところが問題なんじゃないかと。
「これは仕事でキャリアを積むこと以上に価値がある」の主語も「女性(本人)」じゃなくて(ry
女性というか、人にとって一番幸せなのは「自分で自分の人生を選べること」なんだってことが完全に抜けてて、本当は自分や自分世代にとって一番都合のよい方向に行動させようという意図があるくせにそれを「社会のため」「みんなのため」みたいな同調圧力をナチュラルにバックボーン・論拠としてるところが非常に卑怯極まりない。
今70~80歳くらいの女性にアンケートで「今の女性の何がうらやましいですか?」と尋ねるとダントツトップの回答になるのは「自分で将来を選べること」であるという。
つまり今の高齢者世代が5人も6人も子供産ませることができてたのは、それしか将来の選択肢がない女性が個室も持たずに家族のためにリビングに常に待機させられてきたからw
今時のおっさんらしい薄っぺらい社会観と、社会や家庭のためには女性の将来の選択肢が狭くなってもしかたないしそれが当たり前という(無意識的にしろ思っている)考えがよくわかって大変興味深い発言だなと思う。
もともとまったく期待してない世代なんで怒りもないけどつい書きたくなってしまったのでだらだら書いた。
おまけに書いておくと、今「産みたい」と思っている人も経済的理由や教育環境の問題で産む人数を減らしたり、引っ越しなどをしなければいけないという今の状況も人生の選択肢が極めて少ないという意味で不幸ではないかと思う。
いろんな論争はさておいて。賃貸だろうか持ち家だろうが、
ぶっちゃけどっちでもよくて、最終的には一軒家に住みたいなと思った。
もちろん買えればいいんだろうけど、最悪賃貸でも一軒家ならいいかなって。
共同住宅とか、隣に意味わかんないやつ住んでたらどうしようもないし。
顔も素性も知らないやつがすぐ隣にいるって。よく考えたら怖くない?
壁が薄けりゃすぐめんどくさいことになるし、木造2階建てなんて、住民にキチガイ一人いたら大変よ。
援デリのやり場になってる可能性だってあるわけじゃん。今は自分がそれなんだけど…
身元知らない育ってきた環境もわからない人なんて、好きになれる可能性がすげー薄っぺらいじゃん。
価値観が違うのが人間のいいとこなんだろうけど、違いすぎるから怖いよね。
ご近所付き合いいろいろあるから一軒家も大変だ、とかあるかもしれないけど、
少なくとも今自分が住んでいる環境においては、一軒家がいいなと思った次第でした。
こちらからは以上です。
よく「炎上をして人が来ても、効果は一時的でそのうちみんなからそっぽを向かれてしまう」と言われます。けど、やり方によっては、炎上によってビジネスの利益を最大化することができるのではないでしょうか。
たとえば、「水素水」について炎上成分バキバキの記事を書きます。科学的にも、論理的にもツッコミどころ満載の記事を。すると、炎上。はてなブックマークがたくさんつく。加えて、それなりにドメインパワーのあるはてなブログからも批判的言及がされる。
もし、意図せず炎上してしまった場合は「どうしよう・・・」と焦るかもしれませんが、意図的に炎上を起こした場合は「よし、被リンクゲット。ドメインパワーも上がった!やった!」と思うだけです。現状では、批判的な言及も被リンクですので。
たとえば、イケダハヤトさんは、クソみたいな薄っぺらいアフィリエイト記事でも、検索上位に表示されているものがあります。なぜこんなことが起こるのか?数々の炎上を起こし、数々の言及をもらってきたイケダハヤトさんのブログは、ドメインパワーがとても強くなっているからです。そんじょそこらのアフィリエイトサイトではかないません。
今までは「炎上で来た読者は長期的な読者には成り得ない」とされていました。実際、そうでしょう。Adsenseでマネタイズするなら、炎上で来た人は、所詮一見様なので、さして金になりません。
しかし「炎上=一気にナチュラルリンクを獲得する手段」と考えるなら、話は違ってきます。もともと炎上するつもりで書いているなら、炎上なんて屁のつっぱりにもなりません。あとは、ほとぼりが冷めた後に、バキバキのアフィリエイト記事に内容を修正すれば、あっと言う間に秒速マネタイズの完了ですよ。
実際、一部のアフィリエイター「水素水の人」とか「育毛剤の新常識」とかいうサイトとか、はそれを意図して炎上させています。
アフィリエイト以外でも炎上は有効かもしれません。たとえば、サラリーマンをこっぴどくDisる記事を書く。もちろん大半には批判される。でも、「サラリーマン的な生き方」ができなかった人にとっては、「我が意を得たり」と刺さるわけです。実際、イケダハヤトさんの有料noteで「サラリーマンではいけな理由」とか「あなたが悪いのではなく環境が悪い」とかいう記事が売れています。また、サロンのメンバーを調べると、精神病の罹患歴があったり、企業をうつでやめてしまっていたり、ニートだったり、偶然かもしれませんが、社会的な弱者の方が多かったです。
大半の人に嫌われても、そういう「カモ」に刺さる文章を書けば、一定の顧客は増えるわけですよ。それを考えると、炎上って結構効果的なウェブマーケティングになっていくのではないかしら、と思った次第です。