はてなキーワード: 井上達夫とは
法哲学の議論を参照して「愛らしいから」=「他とは区別される特定の属性を持っているから寄付する」という考えが正義にもとることは肯定しつつ,寄付するべきではないという考えを批判してみる.
まず,正義は「等しきものを等しく扱う」ことが本質だとしばしば定義される.
かわいそうなポメラニアンと,かわいそうな黒い大型犬はどちらも「かわいそうな犬」という属性で等しく,両者に対して異なる扱いをすることは正義にもとる行為にあたる.
他方,慈悲,あるいは愛は,「等しきものを等しく扱わない」.
個体の属性ではなく,今まさに存在する「この個体」を救うことに関心があるからだ.
「かわいそうな犬」だからではなく,「この」かわいそうなポメラニアンだからこそ人は憐憫を垂れる.
法哲学者の井上達夫の言葉を借りれば,「愛の本質である個体性への関心と配慮が正義の普遍主義的要請と対立する」(井上達夫. (1986). 共生の作法: 会話としての正義. 創文社. 117.).←たしか近年新版がでている.
では我々は,正義にもとるということを理由に,特定の属性を持つ人々のために自発的に寄附を行うべきではないのだろうか.
何が「等しい」のかを民主的手続きに基づいて決定し,一応の正義を認めることができる主体である民主主義国家による再分配に我々の持つ金銭というリソースは委ねられるべきなのだろうか.
そうではない.
なぜならば,民主主義国家によって達成される正義は手続的正義にすぎないからである.
「正しい手続きを踏んだから,かわいそうなポメラニアンを救済することにし,黒い大型犬は放置することにした」.
これは本当に正義だろうか.
何が正義なのか,何が「等しい」のか,やはりその実体に踏み込んで考える必要がある.
この実質的正義と寄附を考える上で注目すべきが,この十年で存在感を増している「効果的利他主義」である.
昨今のオープンAIのアルトマン解任騒動で目にしたことがある諸兄もいるかもしれない.
効果的利他主義とは,簡単に言ってしまえば「社会全体にとって最も費用対効果の高い良いことをすべき」という考え方である.
ここでの費用には,金銭だけではなく,自分の時間・労働も入る.
かわいそうだから,というある種偶然に基づいて他者のためのリソース投下をするのではなく,コスパという等しい基準を置いてあらゆる利他的活動を比較評価し,最もコスパが良いものに投資する.
この比較には,「リソース投下に対する社会的インパクトを定量化できる」のが大前提になっている.
社会科学の素養がある人間ならばすぐに気がつくように,あらゆるものを同じ基準で定量化することは不可能である.
例えば,生命という多くの人が合意するであろう基準に関しても,単に生きていれば良いのか,健康寿命なのか,QOLによって測り方が変わる.
定量化の前提は,効果的利他主義の限界の一つとして指摘できるだろう.
効果的利他主義において,個体性への関心はどのように扱われているだろうか.
便益を最大化することにこだわることは,特定の目標との個人的な結びつきを否定することになる.例えば,「家族ががんでなくなったからがんの撲滅に情熱を注ぐ」という行動は否定されるべきなのかという批判に対しては,次のように反論している.
たまたまの理由だけで一部の人々のニーズを優先していることになり,もっと効果的に手を差し伸べられる人々に対して不公平である,と.(ウィリアム, M.. (千葉敏生訳). (2018). 「効果的な利他主義」宣言! : 慈善活動への科学的アプローチ. みすず書房. 42-43.)
そろそろ疲れてきてしまったのでまとめよう.
特定の属性を持つという偶然を理由として寄附をすることは正義にもとる一方で,民主主義国家を通した再配分には手続き的正義に留まるという限界がある.
実質的正義を追求するには,効果的利他主義のような一定の基準を持った上で,最終的には自分なりの正義を追求して寄附を行うべきなんじゃないだろうか.
なお,筆者自身は効果的利他主義者ではなく,単におもしろい考えの一つとして注目しているに過ぎないという点を申し添えておく.
石埼学
@ishizakipampam
私は、安倍元総理の突然の非業の死以降大きな「喪失感」を感じ続けている。かれの業績や政治姿勢には異論も多々ある。しかしその存在感の大きさは歴代総理の中でも群を抜いている。安倍元総理の突然の不在に多くの国民が感じる大きな「喪失感」を埋め合わせるためにも国葬は実施されるべきだ。
石埼学
@ishizakipampam
·
石埼学
@ishizakipampam
石埼学
@ishizakipampam
自由で安全で平和な日本を築いてきたのは自民党政権。そこに様々な克服すべき課題があることは確かだが、まずまずマシな社会が実現されている。その恩恵にあずかりながらそのことを否定するのは井上達夫先生風にいえば「自己欺瞞」。
つい先ごろ、薬物の利用をした。以下で具体的にどの薬物をどう利用したかを書くことはない。また、その瞬間における体験がどのようなものであったかについても書くつもりはない。私が書くのは、翌日以降に残った薬物の影響と、そこから感じた「政治」についてだ。
「それ」からしばらく経ってから、PCチェアでうたた寝した。それ自体はしばしばあることなのだが、ある夢の最中で「これは夢ではないか?」と思い、そこに居合わせた人に自分の頬をつねってもらうように頼んだ。痛みを感じたので無事夢ではないことがわかったのだが、それは結局夢であることをPCディスプレイを目の前にして知ることになる。
それ以降はいわゆる「金縛り」状態を2~3回ほど繰り返した。自分がPCデスクの前に座っていることは分かっていて、半分夢の中にいるせいで体が動かないことも分かっているのだが、何もなすすべが無いのである。何度起きようと試みても無駄だった。金縛りの最中に、おそらくは夢由来の幻聴も知覚した。ひた、ひた、と自分の後ろ側を何者かが歩いている音がするのである。幻聴であること自体は比較的すぐ看破したが、それで音が消えてくれる訳ではないし、「万が一もし本当だったら?」という恐怖や不快感も続く。
その時はたしか「これが金縛りという医学的現象とそれに付随する意識低下に基づく幻聴だと分かっていても怖いのだがら、そりゃ枕元に誰かが立つという話が山ほど作られるわけだ」と金縛りと幻聴に苦しみながら考えていたように思います。結局その後何かの拍子に金縛りが解除されベッドに飛び込み、ぐっすり眠りました。
翌日。昼過ぎですかね、PCチェアに座っていると唐突な眠気が襲ってきました。そしてまた金縛りに。今度は周りが明るいのもなんだったらディスプレイに何が表示されてるのかも分かるぐらい意識がはっきりしているのにもかかわらず(まぶたを開けたまま寝てたのか、記憶がまぶたの裏に焼き付いていたのかは判然としません)、腕をアームレストから引き剥がすことが出来ないのです。この頃になると結構夢世界のルールが分かってきていて、ある程度は現実世界らしく振る舞うが、度が過ぎると初期配置にリスポーンする。
目覚めようと色々試してみました。体が動かないので叫んでみたり(今でも実際に声が出ていたのかどうかは分かりません。一応壁厚いし昼間だからまあいいかと思って叫びました)。どのようにしてか体重のバランスを変化させ椅子ごとすぐ後ろのベッドに飛び込むことは出来ましたが、いつの間にかまた普通に座らされていました。右手だけがある程度自由になったので手元のガラスのコップを放り投げました。ガシャンという音と女性の悲鳴が聞こえてきました。奇妙に思い都合良くもう一つあったコップをまた投げてみました。また同じくガシャン、キャー。効果音の使い回しだな、と思いました。このあたりからどうでもよくなってきて、右手でロジクールの無線マウスを開けて電池を取り出し、口に入れてみました。その電池はソフトキャンディのように柔らかく噛み切れ、口の中には電気の味が広がりました。金縛りが解ける気配もないし、せっかくだから現実じゃ出来ないハチャメチャなドエロいことをしようと思ったが勃たない。
飽きに飽きたところでようやく両腕が本当に自由になったので(この時点ではまた両手だけ動かせても意味ねーよと思っている)、なんとなしに首の裏で組んでみた。そしてまたゆるめの金縛りに戻るのだが、今度は指先を動かそうと念じると実際動き、首の裏の神経が反応するのである(あたりまえ)
その辺りから徐々に体の操作権を取り戻し、ついには金縛りから脱するに至った。どうやら1時間ほど金縛りの中にいたようです。その後も軽微な「自分の手が自分の手に思えない」現象などはありましたが、今は元気です。
挙げた種々の現象はおそらく離脱症状のあらわれであったと思われる。現状のニートのままであれば、まあ用法用量を守って数日おきに刹那的に楽しみ離脱症状は当然の報いとして受け入れる、という選択肢が有望に思われる。
しかし仕事に就こうと思えばこうした薬物からは距離を取らなければならない。なぜなら、楽しい休日の次が必ず丸1日潰れ増田に長文を投げるぐらいの仕事しか出来ませんでは困るでしょう。
こう考えていると、薬物緩和肯定派がよく言う「政府は国民の幸せなど全く考えず、いかによく働かせ税金を搾り取るかという観点から薬物を禁止している!」といった主張へも、多分緩和派とは別の意味で同意できるように思うのです。この程度の薬物(=歴史に悪名を刻んでいない薬物)ですらこうなのだから、より作用が強い物はより翌日以降の影響もより強かろう。それを規制しようとするのは政府としては極めてまっとうなことであるように思われる。俺が総理大臣でもそうする。
薬物論争においては常にやり玉に挙げられる酒タバコも、翌日への引きずりかたが比較的軽微であるというところで、許可されてきたのではないでしょうか。二日酔いはたいていの場合本人の無茶な飲み方が問題と考えられているし、タバコの離脱症状はより些細である(あくまで外から見る分には。タバコが切れてナイフを振り回した人を俺は知らない)
例えばアルコールやタバコの年齢制限だってそうだ。われわれは未成年の酒タバコは成長に良くないと思っているが、一度でも根拠となる研究のタイトルとか要約を聞いたことがあっただろうか?(同じ理屈で同じく根拠が示されずコーヒーや炭酸やマッサージ器を禁止された人は多そうだが)結局の所われわれは未成年の酒タバコを、将来健康な青年として税金と年金を納めてもらえるように禁止しているようなものだ。
「政府は国民の幸せなど全く考えず、いかによく働かせ税金を搾り取るかという観点から薬物を禁止している!」と俺も思うが、俺は政府は正しいことをしていると思う。これは愚行権の問題で、もはや俺の手に負える問題ではない。『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください――井上達夫の法哲学入門』というクソにも程があるタイトルの本が実は、日本を代表する法学者による一般向けの本の中では相当高いレベルにあるのでおすすめです。
愚行権の話はおいておくにしても、ひとつ問題がある。われわれは、「政治」が嘘をついているとき、その嘘を暴くことが「政治批判」になると思ってきた。先に挙げた「政府は国民の幸せなど全く考えず、いかによく働かせ税金を搾り取るかという観点から薬物を禁止している!」というのも、一聴すると「市民に自由を!」とシュプレヒコールで答えたくなるが、では月曜日に離脱症状でうっかり自殺したり「サーセン、副作用で動けないんで有給…はもうないんでしたっけ、まあとにかく休みます。…ツーツー」といった事象が多発するような社会に住みたい人間などいないのである。
こんにち、嘘を嘘と見抜くだけでは批判にならないのです。では…
続きは気が向いたら書きます。
戦争って現代においては「俺が嫌いな奴は皆殺しだぜヒャッハー」ではなく「相手が全然話聞かないんでね?いやこっちもやりたくないけど仕方ないんですわー」とか「向こうが先に手を出したので自衛のために仕方なく」って建前が最低限ないと行えないものだと認識している。
「自衛隊は専守防衛だから軍隊ではない」というのは意味不明、なぜなら「攻めるためと言って組まれる軍隊」なんて今日日存在しないのだから。そう言っていたのは井上達夫だったか。
その上で日本における反戦というのは「いかに仕方なかろうとも、それをやってはいけないのだ」という原則論(悪く言えば「原理主義」)だと認識している。
「原理主義」という著しくマイナスな言葉は使ったが、「平和原理主義」が単純に悪いものとは思えない。
自分は今まで、そのくらいは反戦に共感してはいたが、その原理主義を「お花畑」と蔑む人もまあ言いたいことはわかるな、とふわふわと思っていた。
だが、最近の政治を見ていて別の反戦のあり方もあるのではないかと思えてきた。
それは「今の日本が戦争すれば絶対負けるからやりたくない」というものだ。
最初に言った「仕方ない」という理屈は、「戦争をすればなんらかのプラス(先に被ったマイナスと相殺される場合が多いとはいえ)を得られるはず」という予測が大前提にある。
誰が「仕方ないんですよー」と言いながら、負けると分かっている戦に突っ込んでいくであろうか。
無論、大昔はそういうこともあった。義理とか奉公とか、そういうやつである。
でもその場合でも本人や子孫に対する何らかのプラスがあった気はするし、愚行の責任は本人が取る(つもり)という建前はあった。
まして現代で右から左まで1億人以上が戦争に参入する、という場合においては「負けるかもしれないけど仕方ないの!」という言い分は通らないだろう。
ひるがえって今回のコロナやらオリンピックやらのあれこれを見ていると、「あっこれ『失敗の本質』や『空気の研究』でやった問題だ!」というのが何のひねりもなく繰り返されている。
「責任者が明確でない」とか、「物理的実情を無視して仮想の数字だけ辻褄を合わせる」とかである。
これを知っていると、「最終手段としての戦争を必ずしも否定しない」という他の多くの国々と同じ建前を持ちつつも、「今の日本じゃ絶対負けるからやりたくない」という立場がありうるのではないかな、と思う。
もちろんその場合は「何ができれば戦争ができるようになる=必ずしも負けなくなる」のか、という問いに答えられなければ結局のところ平和原理主義の変形に過ぎない。
自分はそこに明確なラインを引くことはできない(その意味で原理主義を引きずってはいる)が、最低限上の二冊が何十年も前に提起した問題について対策を持っていなければならないだろうな、とは思っている。
「100選」って書いたけど、多分50冊もないわ。トラバやブコメで埋めてくれ。順番とかは重要度とかではなくて、単に思いついた順。
スティーブン・ピンカー 『暴力の人類史』
ロビン・ハンソン、ケヴィン・シムラー 『人が自分をだます理由』
A.R.ホックシールド 『壁の向こうの住人たち』
セス・スティーブンズ=ダヴィドウィッツ 『誰もが嘘をついている』
デイヴィッド・ハルバースタム 『ベスト&ブライテスト』
ウィリアム・マッカスキル 『<効果的な利他主義>宣言!』
井上達夫 『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』
倉本圭造 『「みんなで豊かになる社会」はどうすれば実現するのか?』
東京大学社会科学研究所付属社会調査データアーカイブ研究センター 『人生の歩みを追跡する』
John R Hibbing 『Predisposed』
Charles Murray 『Human Diversity』
Thomas Frank 『People Without Power』
Douglas Murray 『The Madness of Crowds』
Jonathan Haidt 『The Codding of the American Mind』
Geoffrey Miler 『Virture Signaling』
Thomas Piketty 『Capital and Ideology』
Intl Cons. Invest. Journalists (3)
Unherd-LockdownTV (1)
dossierゴーン (253)
eスポーツ (1)
journalist・津田大介 (15)
「村上春樹は三流」 (5)
あとで読む (132)
いんちきアベノミクス (58)
いんちき株高 (1)
お大事に (14)
お粗末極まる安倍外交 (26)
くたばれ籾井 (1)
これはひどい (6)
つけあがるな、米軍 (19)
でたらめな内閣官房 (1)
でたらめ政治屋二階 (15)
ふざけるな安倍晋三 (3)
オウム真理教 (41)
カネカネカネの世の中 (1)
ゲル語録 (98)
コメディアン松元ヒロ (1)
サイバー攻撃 (1)
サブスクリプション (1)
ダジャレ (21)
ヒアリ、恐るべきアリ (13)
フィンセン文書 (3)
ブラック企業 (1)
ヘドが出る安倍政権 (3)
ペーパーレス化 (2)
メディアリテラシー (1)
リアル書店の衰退 (1)
七味(ひちみ) (1)
三遊亭円楽 (1)
不誠実極まる安倍晋三 (1)
事なかれ主義の果てに (1)
仁和地震は反復する? (7)
例:実力制第四代名人 (1)
保守速報・栗田薫? (1)
個人情報保護法 (1)
全く変質した自民党 (1)
再エネの推進を! (1)
医食同源 (2)
単に口の悪い冗談です (2)
口の曲がった麻生太郎 (5)
史上最悪の安倍政権 (2)
史上最悪の米大統領選 (4)
囲碁 (19)
国会を閉じるな (14)
奢りが極まる菅政権 (4)
嫌味な老人の繰り言 (2)
安倍に鉄槌を (52)
安倍は辞めろ (496)
安倍昭恵頭悪すぎ (8)
安倍晋三こそが失礼 (1)
安倍晋三のお友だち (1)
対米ケツ舐め安倍政権 (53)
対米ケツ舐め経産省 (1)
対米ケツ舐め自民党 (5)
将棋 (374)
怒りのダジャレ (5)
政権交代を裏切った輩 (9)
文筆家・内田樹 (1)
新型コロナウイルス (557)
日本一せこい男舛添 (32)
日本人の野蛮性 (6)
日本語を正確に使え! (2)
日米合同委員会 (4)
映画専門・石飛徳樹 (25)
暗愚極まる菅政権 (5)
書評 (8)
最低のNHK会長籾井 (49)
最低の環境相丸川 (4)
村本大輔「すいません、いいですか一瞬だけ。皆さん大事なこと、どうしても気になるから。すいません。(自衛隊が)違憲というのは何が違憲なんですか?すいません、そのレベルからちょっと…」
井上達夫(東京大学教授、法学者)「9条2項の文章を読んだことあるの?(怒)」
田原総一朗「読めよちゃんと!(怒)」
村本大輔「僕は視聴者の代弁者だから!テレビはそうなんですよ!」
井上達夫「陸海空、その他一切の戦力は、これを保有しない。交戦権を行使しないと書いてある」
村本大輔「うん、皆さんこれテレビですよ!若い人からお年寄りまで見ているわけですよ。だから一から十まで聞く必要あるんです」
?「小学校じゃねーんだよ!(怒)」
村本大輔「すごく大事なことですよ。ゴールデンのバラエティで…」
井上達夫「ちょっといいですか。村本君の発言にある種の愚民感を感じるのね。国民はよく分からないんだからとか言う…」
井上達夫「君ね一見、国民の目線に立っているように思えるけど、すごく上から目線なんだよ。小学生でも分かる話」
ツイッター上には、番組のオファーが無い理由について「単純につまらないから、呼ばれないんじゃないの?」と村本さんの持論に否定的な見方をするユーザーも目立つ。
こうした反応について村本さんは、ある一般ユーザーの指摘に一度は「た、たしかに!笑」と返信。しかしその直後に、
「いやいやいや!よく考えたら渡辺正行、大竹まこと、茂木健一郎、鳩山由紀夫、志位委員長、様々な頭のいい著名人が大絶賛したネタだそ!てめーみたいな頭の悪いチンパンジーはうんこみたいなネタみて笑っとけ、ばーか」(原文ママ)
との言葉を送っていた。
大学・大学院で哲学・現代思想やって立派な左翼になり、ゴー宣にハマってた過去は黒歴史となった。
が、最近井上達夫との対談本を読んだら、小林よしのりの言い分も分からんではないな、と思った。
彼の主張は問題ごとに多岐にわたるが、一貫しているのは「論者は色々批判はするが、結局どうすりゃいいのか詰めて考えない。」ということだ。
例えば歴史認識の問題で言えば、「現代の感性で過去をいろいろ裁くのは結構だが、『その時代に問題に直面したときに現実にどういう選択をするのか』という観点から裁くべきではないか」ということになる。
そうなると落としどころとしては井上達夫とそう変わらない結論になったりするのが面白かった。
小林よしのりもそんな悪くない。
護憲派で特にとんがってる菅野完さんがまたなんかおかしな記事書いてる。
「経済政策で野党がダメだから自民党に投票する」という愚劣さについて
いつもおかしなこと書いてるけど今回は特にひどいね。「啓蒙」の考え方が暴走しているうえに、ウソを言って人をだまそうとしてる。もはや「啓蒙」ですらない。ただの「洗脳」か、読者を馬鹿にしすぎてるだけのただの狂信者という趣だ。
井上達夫さんは「リベラリズムの基本的な価値である正義は、他者に対してフェアであること。正義とは他者に対する公正さ。」「リベラリズムの源泉は啓蒙と寛容の伝統。自分の他者に対する要求や行動が自分の視点からだけでなく他者の視点からも正当化されているかを自己吟味することが必要。正義は自分の要求を他者に押し付けることではない。」と語っていたけれど、上の記事にはそういう観点がないので、この人はリベラリズムとは縁がない存在と思いたい。 護憲派と一緒にされるの心底迷惑だ。
「安倍政権のやり方に危惧を覚える人々ですら、野党やリベラルはもっとひどいという不安があって、世論は、安倍政権の強引な手法に不安を抱えつつも、より害悪が少ないものとして支持している」
ほんまこれな。菅野さんだけがとがってるならいいんだけど、上で書いてるようなことを他にも主張する人がいて、完全に目がイッチャッてるのに自分は優良な人間で周りが愚かだと思ってるからもう完全に救いがない。
原理主義的護憲派と修正主義的護憲派という二種類の護憲派。専守防衛であったとしても自衛隊の存在そのものが違憲と考えるのが原理主義的護憲派。専守防衛の枠内なら自衛隊は合憲だと言ってしまうのが修正主義的護憲派。
専守防衛の自衛隊や安保を政治的に必要だからという理由で事実上容認しつつ、専守防衛の自衛隊を認める明文改憲には反対。自衛隊の違憲状態を固定化しているという意味で原理主義的護憲派は憲法を守っていない。
修正主義護憲派も、現実主義的に見えるけど、9条2項を考えるとあからさまな解釈改憲。世界第二位の自衛隊が戦力ではないということになり、米軍とともに行う自衛権の行使が交戦権の行使ではないということになる、無理な解釈改憲。原理主義的護憲派も修正主義的護憲派も憲法を守っていないので、安倍政権の集団的自衛権容認を違憲だと批判するのは欺瞞。この欺瞞ゆえに護憲派の安倍政権批判が力を持てないし、このような考えはリベラリズムとは何の関係もない。護憲派をリベラルと呼ぶこと自体がおかしい。
リベラリズムは憲法の精神や立憲主義を守るという意味では基本的に護憲の立場ではあるが、日本の護憲派は憲法を全然守っていない。リベラリズムが護憲を主張するのは「憲法に定めていいのは、特定の党派に有利にならないような公正な競争ルールと、少数者を保護するための基本的人権」だからだ。
にも拘わらず、護憲派を主張する上記人物は自分の意見に沿わない人は愚劣だと罵る。これは憲法の精神に反しているので話にならない。なんちゃってリベラルであって、主義主張として評価すべき点がない。ただの自分の意見をごり押ししたいだけのわがままちゃんだ。 この人たちは護憲派とよぶことさえも語弊があると言える。
こういう人と一緒にされるのは耐えがたい屈辱である。リベラルの立場からも、この人の今回の記事は遺憾であると述べさせていただきたい。
書名 | 著者 |
---|---|
SEALDs 民主主義ってこれだ! | SEALDs |
時代の正体 | 神奈川新聞「時代の正体」取材班 |
右傾化する日本政治 | 中野晃一 |
社会を変えるには | 小熊英二 |
デモいこ! | TwitNoNukes |
私達は"99%"だ | 「オキュパイ!ガゼット」編集部 |
革命のつくり方 | 港千尋 |
デモ!オキュパイ!未来のための直接行動 | 三一書房編集部 |
希望の政治学 | 布施哲 |
日本人は民主主義を捨てたがっているのか? | 想田和弘 |
立憲主義について | 佐藤幸治 |
ぼくらの瀕死のデモクラシー | 枝川公一 |
政治はなぜ嫌われるのか | コリン・ヘイ |
日本国憲法新装版 | 学術文庫編集部 |
法とは何か | 長谷部恭男 |
憲法とは何か | 長谷部恭男 |
読むための日本国憲法 | 東京新聞政治部 |
タカ派改憲論者はなぜ自説を変えたのか | 小林節 |
憲法は、政府に対する命令である。 | C.ダグラス・ラミス |
国家の暴走 | 古賀茂明 |
検証・法治国家崩壊 | 吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司 |
ソフトパワー | ジョセフ・S・ナイ |
リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください | 井上達夫 |
キング牧師 | 辻内鏡人、中條献 |
I Have A Dream! | マーティン・ルーサー・キング・ジュニア |
隷属への道 | F.A.ハイエク |
世界を動かした21の演説 | クリス・アボット |
戦争プロパガンダ10の法則 | アンヌ・モレリ |
精読アレント「全体主義の起源」 | 牧野雅彦 |
ヒトラー演説 | 高田博行 |
劇画ヒットラー 復刻版 | 水木しげる |
悪あがきのすすめ | 辛淑玉 |
独裁者のためのハンドブック | ブルース・ブエノ・デ・メスキータ、アラスター・スミス |
輿論と世論 | 佐藤卓己 |
永遠平和のために 啓蒙とは何か 他3篇 | カント |
アメリカのデモクラシー(1上下・2上下) | トクヴィル |
国家(上下) | プラトン |
自由論 | ミル |
一九八四年[新訳版] | ジョージ・オーウェル |
動物農場 | ジョージ・オーウェル |
イェルサレムのアイヒマン | ハンナ・アーレント |
人間の条件 | ハンナ・アレント |
ソース:
http://pbs.twimg.com/media/CSmpHEIUwAAOfO2.jpg
http://www.junkudo.co.jp/mj/store/event_detail.php?fair_id=10696