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2021-02-12

はてな政治を語るなら読んでおきたい必読書100選

anond:20210210225201

「100選」って書いたけど、多分50冊もないわ。トラバブコメで埋めてくれ。順番とかは重要度とかではなくて、単に思いついた順。

外国人著者

スティーブン・ピンカー暴力人類史

スティーブン・ピンカー21世紀啓蒙

ジョナサンハイト社会はなぜ左と右に分かれるのか』

チャールズ・マレー 『階級「断絶」社会アメリカ

タイラーコーエン 『大停滞』

ピーター・ターチン 『国家興亡の方程式

ブルース・シュナイアー 『信頼と裏切り社会

デヴィット・グレーバー民主主義の非西洋起源について』

ロビンハンソンケヴィンシムラー 『人が自分をだます理由

マイク・サヴィジ 『7つの階級

ゼイナップ・トゥフェックチー 『ツイッター催涙ガス

A.R.ホックシールド 『壁の向こうの住人たち』

ダグラス・マレー 『西洋自死

ティム・ウー 『マスタースイッチ

セススティーブンズ=ダヴィウィッツ 『誰もが嘘をついている』

ジョージ・ボージャス 『移民政治経済学

ウォルターシャイデル暴力と不平等人類史

ジョシュア・D・グリーンモラルトライブズ』

イヴィッド・ハルバースタムベスト&ブライテスト

ウィリアムマッカスキル 『<効果的な利他主義>宣言!』

リチャード・フロリダクリエイティブ資本論

D.C.ギアリー 『心の起源

ロバート・B・ライシュ最後資本主義

ジェフリーミラー 『消費資本主義!』

トマ・ピケティ21世紀の資本』

日本人著者

森本あんり 『不寛容論』

渡部悦和 『米中戦争

井上達夫リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』

樋口直人、永吉希久子 『ネット右翼とは何か』

橘玲朝日嫌い』

境家史郎 『憲法世論

浅羽通明 『「反戦脱原発リベラル」はなぜ敗北するのか』

倉本圭造 『日本アメリカに勝つ方法

倉本圭造 『「みんなで豊かになる社会」はどうすれば実現するのか?』

金成隆一ルポトランプ王国

金成隆一ルポトランプ王国2』

梶谷懐、高口康太 『幸福監視国家中国

木村忠正 『ハイブリッドエスノグラフィー

吉川徹 『現代日本の「社会の心」』

山岸俊男ネット評判社会

東京大学社会科学研究所付属社会調査データアーカイブ研究センター人生の歩みを追跡する』

翻訳

John R Hibbing 『Predisposed』

Charles Murray 『Human Diversity

Thomas Frank 『People Without Power

Douglas Murray 『The Madness of Crowds』

Jonathan Haidt 『The Codding of the American Mind』

Geoffrey Miler 『Virture Signaling』

Thomas Piketty 『Capital and Ideology』

2018-11-12

anond:20181112205525

ホックシールドは「アカポスゲットしたら査読論文なんて書きません」なんて寝ぼけたこと言わないぞ。

ホックシールドから見たら千田なんてさぼってるだけの社会学者自称する蛆虫しか見えないだろう

インタビュー 米中間選挙2018)心の奥底の物語 米社会学者、アーリーホックシールドさん:朝日新聞デジタル

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/DA3S13761007.html

tikani_nemuru_M 「語り」を基盤にした社会学仕事。非常に重要だし社会学仕事典型だが、こういう仕事に対して「査読」の有無を云々したり、「お気持ち」などと揶揄することは無意味だと知性がわずかでもあれば理解できる。

これは本当にその通りで、「お気持ち」を分析することは決してアカデミズムから離れた営みではないし、

研究対象としてのお気持ちと、研究者個人的に抱く規範意見とは大抵明確に区別されているものである

日米の著名な社会学者を例にとると、アメリカホックシールド氏はトランプ支持者の思い、日本千田氏は自身思春期の思いをそれぞれ「お気持ち」として研究俎上に載せた。

最終的な意見としては、たまたまホックシールド氏はトランプ支持者らと同じ意見には至らず、千田氏の場合研究対象同意見に落ち着いたというだけ。

この辺りは本当に混同されており、感情研究対象とする分野自体が現状では不当に貶められていると言わざるを得ない。

2016-07-29

例の事件きっかけに。僕は少しだけ考える。<感情労働視点から

わたし精神科看護師をしています

相模原市事件を受けて、様々な意見が出ていて、いろいろと考えさせられています

とくに「重度の障害を持つ方に対するケアワーカーの陰性感情」についての議論には、様々な方向から風が吹き荒れているようにも感じました。

そこで私は、今回の事件を受けて「感情労働」とケアワーカーメンタルヘルスについて、少し整理してみようと思いました。

(様々な論点があると思います犯人病理などについては僕には分かりかねる部分が多すぎるので言及は避けます

感情労働(Emotional Labour)とは 1983 年アメリカ社会学者A.R.ホックシールドにより提唱された概念です。[1]

この概念は非常に有名ですので、ご存じの方も多いと思います

 

肉体労働はその肉体での労働を対価として賃金が発生します。

頭脳労働ではその頭脳での労働を対価として賃金が発生します。

感情労働は――肉体労働頭脳労働と同様にーーその「感情」が賃金と引き替えに売られるのです。

感情が「交換価値」を有していると考える訳です。

言い換えれば、感情労働を行う労働者は「上手にその感情管理し、それを提供し、自らの感情と引き換えに雇用者から賃金を得ている」とも言えるでしょう。

この感情労働を行う労働者としてホックシールドは,客室乗務員さら教師看護師なども例として取り上げていました。

さて、私自身も経験がありますが、重度の障害を持つ方に対し、長期間日常生活ケアを行っていると「穴を掘っては埋める」作業毎日しているような気持ちになることがあります

そんなとき患者(あるいは利用者場合もありますが、ここでは患者統一して表記します)に対して陰性感情がムクムクと湧いてきます

これは、患者自身が強烈なストレスや混乱の中にいて、言い様のない攻撃性を援助者に向けていることとも関連します。

患者が抱えるストレスや混乱と同じような感情看護者は感じてしまうのです。

「なんで、言うことを聞かないんだ!」「どうして、噛みつくの!」「何度言ったらわかるの!」と心のなかで大きな声で叫んだことは数えきれないほどです。

ケアする人とされる人の間にはーーもちろん、その関係に限ったことではありませんがーー「感情対称性」があります

(逆に考えれば、「自分自身感情から患者の感じていることを推察することができる」ともいえます。)

こうした無意識プロセス理解をすることは自身感情コントロールするために役に立ちます

しかしながら、このことに一人で気がつくことは、かなり困難であると私は考えます

感情労働概念や、感情対称性について、ストレスマネジメントについての十分な教育や、あるいはスーパーバイザーを交えたデブリーフィングセッションを行っていく必要があると思うのです。でも、現実には、そうしたことはケアワーカーの間では殆ど行われていません。

積み重ねられた陰性感情は、罪悪感や攻撃性、無力感に変化していきます学習された無力感自尊感情の低下や自己効力感の低下も引き起こします

そして、それらはある日、まるで波が引くようにものすごい力で『反転』することがあるのです。

また、前述までと矛盾するようですが、近年の研究では「感情労働は一概にメンタルヘルスに対して悪影響となるものではなく、顧客スタッフとの相互関係から職場にとって良い影響も与えうる」ともいわれるようになってきています。その肯定的な側面として達成感の向上や患者とのつながり感覚を強めること、職務満足感を高めることなどが述べられているのです。

感情労働はそれそのものが罪な訳ではない」と私は考えます

「よくコントロールされること」「よいものとして認知されるようにすること」が大切なのだと私は思うのです。

介護労働者待遇改善などの労働衛生管理については各所で述べられている通りだと私も思います

しかし、ケアワーカーメンタルヘルスに関しては金銭面だけでは解決できないものもあると私は考えているのです。

私は、今回の事件のもの犯人に対して、ある種の憎らしさや強烈な嫌悪感を感じています

当然、許されることではありません。

ただ、私は同時に、どうして今回のような凶行に至ったのかにとても興味があるのです。

同じような事件を繰り返さないために。

自分自身が、同僚が、家族が、被害者加害者にならないようにするために。

社会としてどうしていくべきか。

医療システムはどうあるべきか。ケアはどうあるべきか。

ケアワーカーメンタルヘルスに関してはどう捉えたらよいのか。

わたしたちがコントロールできることとコントロール出来ないことはなにか。

リエゾンなどに携わる専門職が率先し、十分な議論を行い、実施可能な具体策を挙げていけるといいなあと僕は思ったり考えたりしています

武井麻子先生は『感情看護』[2]の中で、Winnicottを引用しています。(P.263)

最後にそれをご紹介したいと思います

ウィニコットは、無慈悲にも自分を怒らせる赤ん坊ケアする母親について、このようなことをいっています

 母親赤ん坊を憎むことを、それをどうこうすることな容認できなければならない。母親赤ん坊に対して憎しみを表現することはできない。[中略]母親に関して最も注目すべきことは、自分赤ん坊によって大いに傷つけられながら、子ども報復しないで大いに憎むことができる能力、そして後日にあるかもしれない報酬を待つ彼女能力である

 同じようなことが看護師にもいえるのではないでしょうか。自分を傷つける者(それは患者であるかもしれませんし、そうでないかもしれません)を憎むことを看護師容認しなければならないのです。」

<参考文献>

[1] A. R. Hochschild, 室伏亜希石川准, 管理される心―感情商品になるとき. 2000.

[2] 武井麻子, 感情看護―人とのかかわりを職業とすることの意味 (シリーズ ケアをひらく). 2001.

[3] パム・スミス, 武井麻子と前田泰樹, 感情労働としての看護. 2000.

[4]Huynh, T., Alderson, M., Thompson, M. (2008)Emotional labour underlying caring: An evolutionary concept analysis. Journal of Advanced Nursing, 64(2), pp.195-208

[5]Benner,P.&wrubel,J.難波卓志訳,現象学人間論看護,医学書院,1989.

 
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