はてなキーワード: グラフとは
政党支持率の平均(10%未満拡大)
1月7~8日に実施されたJNNの世論調査と、1月7~9日に実施されたNHKの世論調査を反映しました。各社世論調査の平均は、無党派層36.7%、自民35.1%、立憲7.1%、維新4.9%、公明3.4%、共産3.1%、国民1.8%、れいわ1.3%、参政0.9%、社民0.5%、NHK党0.3%です。 pic.twitter.com/NaqVIKzezf— 三春充希(はる)⭐未来社会プロジェクト (@miraisyakai) January 10, 2023
グラフの増え方エグいなー。
全体的に、線で結ばれているものが親子関係なのか包含関係なのかただ近い領域のものなのか曖昧なので意味のあるグラフというよりはキーワードを適当に散りばめて近い領域にあるものを線で結んだお気持ちマップに見える
増田を全削除するのであればPower Automation DesktopかSelenium IDEあたりでも使えば可能ですが、中にはブクマを集めた珠玉の増田やブクマは付かなくても割と気に入ってる増田もあるので全削除はしたくありませんでした。
Masuda Deleter
https://github.com/oribeolive/masuda-deleter/
Masuda DeleterはDockerコンテナに環境を作って動くのでDockerが必要です。
M1 Macで動作していますがWindowsは検証できるマシンが手元にないので動作未確認です。
インストールはGitHubのREADMEに書かれたコマンドを実行すればできると思います。
Masuda Deleterははてラボにログインして指定されたページ分の自分の増田の投稿をスクレイピングしてローカルのDBに保存します。
取得された投稿のリストがブラウザで見られるので、そこで削除するものを選んで実行すると、またログインして投稿を削除しにいきます。
ページのアクセスごとに読み込みと遠慮のために1秒から数秒sleepするので少し時間がかかります。
一旦投稿をローカルに保存するという過程があるため副作用として自分の投稿を検索できます。
これにより
が容易になります。
増田にはAPIがないので、IDとパスワードを使ってログインして、表示されている文章をスクレイピングしてくるという原始的なやり方になります。
(2回目からはcookieがある場合はcookieを復元してログイン状態になります。)
ユーザーが知らない外部サイトにクレデンシャルを渡すのは危険であり、サービス運営側としてもパスワードを平文で持ちたくないので、Webサービスとして実装せずセルフサービスとしております。
ユーザーによってローカルの.envファイルに書かれたIDとパスワードを使用する形です。
ソースをオープンしておりますので怪しいことをしていないかも確認ができるかと思います。
一応下にプログレスバーが出ますが、ページ遷移すると見られなくなります。進捗は進捗管理でも確認できます。
取得された投稿はリアルタイムで画面に反映されないのでブラウザをリロードしてください。
増田のID、タイトル、本文の省略、投稿日時、ブクマ数、トラバ数が表示されます。
「あとで消す」投稿をチェックし、「あとで消す」記事をついに消すボタンで削除を実行します。
チェックは別のページに遷移しても有効です。
こちらは実行した時点で表示されているページのみリアルタイムに画面に反映されます。
投稿の全文を見られます。タグ等は取得しないのでテキストのみになります。
投稿を個別に取得してローカルの文章とブクマ数とトラバ数を更新します。
対象の投稿のタイトルを空に、本文をスペース1文字にしにいきます。
処理の進捗(何件中何件処理済みか)を見ることと、処理を停止させることができます。
排他処理(取込と取込、特定IDの削除と同じIDの削除等)にしているので動いていなそうな処理を停止して再度処理を実行するときに使います。
停止する場合は停止ボタンを押すか、それでも停止しそうにない場合は強制停止ボタンを押してください。
「停止」は今行っている最中の処理ではなく次以降の処理を停止するという形になります。
停止ボタンを押したときに4ページ目を取得している場合は、5ページ目の取得を始める前に処理を終了することになります。
そのためプロセスそのものが止まっている場合は停止されません。
「強制停止」はプロセスをkillします。スクリプト名とプロセスIDでプロセスを検索して子プロセスも含めてkillします。
おまけとして、投稿日とブクマ数、投稿日と3ブクマ以上の投稿の件数、投稿時間(hour)ごとの1ブクマ以上の投稿の件数のグラフが見られます。
ブクマが付いた瞬間ではなく投稿日時なので、いつの時期に投稿した、何時に投稿した増田が活きが良いのかを見られる程度です。
集計データを別に持っていないので増田を削除するとグラフに使用されるデータも消えます。
私はこれで多いときには4000件程度あった増田を3000件程度に減らしました。
これを開発する前からも増え続ける増田の削除に日々勤しんでいたので総数はもっと多いはず。
まだまだ削除したいです。
たまに
Message: unknown error: net::ERR_CONNECTION_CLOSED
というSeleniumのエラーが出て処理が実行されないことがあります。再度実行してください。
フロントエンドがレガシーなのでMasuda Deleterの開発に飽きていなければもう少しモダンにリプレースしようと思っています。
使用していないDjango REST frameworkがrequirements.txtに入っているのはその名残です。
実際の研究内容は https://research-er.jp/articles/view/118073 だけど、グラフのエラーバーを見ると差が僅かすぎて典型的な微妙論文って感じだな。
元論文はエルゼビアに金払わないと見れないタイプなので細かいことはわからん。https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0165032722014355
所属の国立成育医療研究センターというのはどう見ても政治的な目的の下に作られた研究所(日本生産性本部とかああいうのと同じ)なので、発表する結果にはかなりバイアスが乗るだろうな。
https://apps.apple.com/jp/app/id1634140775
主人公が異世界転生して戦国武将たちをなぎ倒して日本を平定する物語仕立て
碁石や碁盤の着せ替え、武将の家紋などコレクション要素充実していてソシャゲ好きな層とも相性がいい
もっと難しいのやらせてくれと思うのだが、ガチ初心者にはこのくらいでちょうどいいのかもしれない
こういうアプリを待っていたという声が多い
元日にぼーっと見ていたテレビに映った右肩下がりの棒グラフ。「新聞の発行部数か?」と思ったら、「年賀状配達数14年連続減少」のニュースだった。確か年末には新聞の部数の話もバズっていたと思う。かつて人口に膾炙した紙メディアの先細り話がこうも連続して出てくると、このままの仕事を続けているわけにはいかないとの思いが一層強まってくる。
記者を辞めたい。そう思うようになってもう数年が経ったが、まだ辞めていない。現状の安定を失いたくない器の小ささか、単なる行動力のなさか。辞めたら次に一体何をするのか。自分の中でもはっきりしないまま、「歳食うと一年があっという間だなあ」などとぼやいて徒に時を過ごしてしまった。
なぜ辞めたいのかを簡単に言えば、やりがいを感じないのに激務薄給で、さらに会社の将来性も自分の適性もないと十年弱で分かってきたからだ。
マスコミを志望したのは就活を始めてから。元々政治家になりたいとの夢があったが、大卒でいきなり出馬できるわけではない。政治家という職業自体が不安定で待遇も十分ではなく、カネもコネもない人間が安易に挑戦できるものでもない。将来政治家になれる選択肢も残りつつ、仮に機会に恵まれずにそのまま会社勤めが続くことになっても公共のためになり、納得できる仕事ということで選んだと記憶している。
「斜陽産業だけど大丈夫?」「地方勤務できる?」と問われても、むしろ自分の世界が広がると望むところだった。同級生たちが競って入ったとにかく高給取りであることが取り柄のような仕事には惹かれなかった。今にして思えば若気の至りでいちびっていた。
良いこともたくさんあった。大きなニュースに関わる機会に何度か恵まれ、今までの人生では関わったことのない、あるいは他の仕事をしていたら一生関わることもないような人たち-有名な人も社会の周縁に立たされている人も、町の気のいいおっちゃんも地方から新たな挑戦をする若者も、会って話をしたことはかけがえのない経験に思えた。それだけでなく、小さな街ダネにも出身地とは違う習慣や文化、価値観が潜んでいて面白かった。違う地方に住むのも新たな発見ばかりで飽きなかった。
が、大きなニュースを扱ったからこそ感じた限界もあった。非常に優秀な記者が、リスクを負いつつ長い期間をかけて大スクープや深い調査報道を書き、社会や政治の問題を浮き彫りにしたとする。スクープしたその個別の問題については盛り上がりの中で解決するかもしれない。でも根本的な解決のためには法改正や行政の介入、社会の変革が必要だったりするが、それはちっとも叶わない。こんなにすごい人が一生に一本書けるか書けないかの記事で、影響力ってこんなものかと思った。
自社のスクープを他社が追い、さらにワイドショーが特集した段階で「昨日テレビでやってた話、取材してないの?」とか読者から電話が来る。マスメディアの影響力なんてたかが知れている。記事書いてる暇があったら自分で議員になって法律作った方がよっぽど多くの人が助かって、しかも一生にいくつもの大きな問題を解決できるじゃないか。
日頃の一面や社会面なんてもっと陳腐にしか見えなくなった。よく働く記者ほど困っている市井の人の声なら何載せても良いと思っている節がある。その傾向はコロナ禍でより増していて、「ハワイ行ってコロナなって金がかかって困った」とか「高級ホテルの結婚式のキャンセル料が高くて大変」とかいう話がテレビで長々特集されたり新聞の一面を飾ったりした。現場の声を重視するのはいいがデータを軽視するので正確性や普遍性に乏しく個人の感想の域を出ない「困ってるお気持ちポルノ」がたびたび見受けられた。
就活の時期が近づけば「もう就活生の〇割は内定あり!」と騒いで学生を焦らせ、今度は悩む学生を見つけ出して特集する。アメリカ大統領選で階層の分断が言われるようになれば、国内の細かい話での個々人の意見の違いを取り上げて「分断」とか大げさに言ってみたりする。元々たいした問題などなかったところに「困っている」とする個人をなんとか見つけ出して最初から問題があったことにする。存在しないマナーを作り出しては講習で稼ぐマナー講師が「失礼クリエイター」と呼ばれるなら、メディアは「問題クリエイター」だ。
テレビニュースは毎日同じ時間、新聞は毎日同じスペースで作られるが、世の中の出来事なんて日によって数は大きく異なるわけで、それを毎日同じスペースに載せようということ自体に無理がある。ニュースが多い日には大事な話であっても隅っこに短く追いやられるか、後日掲載になる。ニュースのない日にはただ紙面を「埋める」ためだけのネタが並ぶ。ある日はある、ない日はないで良いのに、同じスペースを埋めなければいけないから取り置きの原稿がどんどん溜まっていく。紙面が数日~数週間前の話ばかりになるなら週刊や月刊で良い。なんで日刊で発行しているのか。埋めるための取材ほど不毛なものはない。
価値判断ができずに他社が書くかどうかだけを気にする部長や支局長、紙面が埋まるかどうかだけを気にして原稿を抱え込む次長、複雑な問題であってもなんでもかんでも単純化した図式でしか捉えようとしないキャップ…部署ごとの属人性が強すぎ、適当なさじ加減でできあがる。社内政治で紙面が決まる。報道が広告に忖度することなどあるはずがないと思っていたが実際はある。そういう読み物なんだと思ったら愛着が薄れていった。
勤務日の夜はまだしも、特に緊急でもない用事で休日に平然と電話をかけてくる上司もいる。それで気づかずにいると「休日でもすぐに電話に出ろ」と怒鳴られる。立派な使命感だとは思うがそういうことを求めるならもう少し給料を出してほしい。こんな給料では家族を養うことはできない。共働きでなければ結婚は難しいが、全国転勤では共働きも制約される。
部数は毎年減っている。広告はコロナ禍で激減した。まだぎりぎり体力のあるうちに勝負に出て成長分野に投資しなければ生き残れないのに、そんな気配はみじんもない。部数が減ることはもはや所与のことのようになっていて、本業でどうやったら稼げるのかという話がちっとも出てこない。いい報道をすれば読者は読んでくれるという、反例が無数に見つかる理論が繰り返される業界で定年まで勤める人生設計で生きていっていいはずがない。
「斜陽産業なのは知ってたはず」「激務や転勤なんてわかって入ったんでしょ」と言われても、経験したことがない学生に何が分かるというのか。やってみた結果想像以上の実情を知り、このままでは無理ということが分かって考えが変わった。それだけのことだ。
自分が意外と人見知りをすることにも気がついた。特定の人と繰り返し会うのはいいのだが、毎日違う知らない人と会うのは気疲れする。文章を書くのは好きだったが、元々目立ちたがりで自分の意見を書いたり言ったりするのが好きなだけだった。人のやっていることを聞いて書くこと繰り返すのにも疲れた。人が何をやってるかじゃない。自分が何をやってるかだろうがと何度問うただろうか。完全にミスマッチだった。
それでも、少しでも世の中が良くなったらいいなと思って神経すり減らして働いていた。なのに友人ですらネットで「マスゴミが~」とか言っているのを見ると気が滅入る。別に金持ちになりたいとかいう願望はないが、公共のために働こうという精神って報われないなあとも思う。
たとえば官僚なんて民間就職すればもっと稼げるだろう人が能力を公共のために使って午前様で働いているのに、私生活でも高潔さを求められてちょっとでもやらかせばあり方を問われることになる。ハードル高すぎないか?能力を自分のためだけに使って大金稼いでる人は素行が多少悪くても特に何か言われることはない。社会にどっちが必要な存在かと言えば前者のはずだが、これから職業を選ぶ(選べるくらいの能力を持っている)学生らの視点に立てば後者を選びたくなる人が多いはずだ。職業に求められる規範と待遇が釣り合ってなくて、それで社会が損している。
自分がやりたいと思える仕事は公共に奉仕する仕事だが、そういう職業としての条件の悪さ、釣り合わなさに耐えられるかわからず、次の選択肢に挑むのに尻込みしている。そんな程度のマインドなら職業での自己実現は諦めて、ホワイトな環境で趣味を楽しみ家庭を重視する生き方を選ぶべきなんだろう。でも、どっちかを選んで他方の道を断ってしまう決心は付かず、ずるずる先延ばしにしている。
これだけ不満たらたらで、それでも辞めていない。次に何になっていいかも何になれるかもわからない。そういう現状に、自分の小ささを感じている。
obsidianとNotionだと思う
どちらもMarkdownエディタとして使えるが、大きな違いはObsidianがローカルのマークダウンファイルを操作するものに対して、Notionはウェブベースのデータベースという感じだ。
Obsidianで書いたものはローカルのmarkdownファイルそのもの。PCで見れば単に.mdファイルを作っているに過ぎない。逆に言えばそのまま他のエディタで再利用できることを意味する。Obsidianはmarkdownを独自に拡張してより見やすく便利に使うためのアイテムだ。画像をファイルに入れておけばいつでも呼び出せるなど、簡易のブログ的な使い方もできる。
最近になってスマホのアプリもリリースされているし、目次機能もある。
特徴的なものにグラフビュー機能があり、AファイルとBファイルをリンクさせるとそれが視覚的に見やすくなる機能がある。これによりとあるメモが他のメモとどれだけリンクしているかが見れるので単純に自分がどういうものをどう利用してきたのかがわかり面白い。wikiを視覚化したものと考えて良い。
プラグインも多く作られており様々なことができる。
簡単に言うとPCで自分用のメモや長文の日記を書くことに特化している。他の様々なメモアプリがウェブ上での共有を簡単に行えるが、obsidianはそれがハードルが高い。
例えばGoogleKeepはどこでも気軽にメモを取れるし家族間での買い物リストなどにも使える。けれどobsidianでそれをしようとすると家族の端末にあるobsidianのファイルをこちらと共有しておかなればならない。そのための機能はあるものの有料か無料ですると手間がかかる。
つまり、一人でPCでマークダウンでたくさん文章を書くためには便利であるが、不特定多数の人に文章を公開したり、メモを気軽に共有するということが目的なら他を考えたほうがいいかもしれない。
また便利なのは便利だがマイナーなので知見が溜まっていない上にスマホでの操作もちょっと微妙ではある。
メモアプリの本命と言われているが、実態はウェブベースのデータベースだ。
何でもできるのが特徴でobsidianとは真逆に最初から共同作業や共有を前提としている。カレンダー機能から進捗管理、議事録を作ったりTrelloのような使い方もできる。書き方もマークダウンとほぼ一緒だけど、マウス操作でできるのでwordpressに近いと思う。
アップデートが非常に活発な上にwebAPIが一部公開されているため、非常に機能が豊富で拡張性も高い。Notion関連のサービスだけで何十もある。
例えばGoogleDriveと連携させたりといったことも楽だ。
例えば一つのファイル内で同じ画像を複数使いたい場合、obsidianなどではそのファイルのリンクを貼ればいいだけなのに対して、Notionはいちいちアップロードしないといけない。これが不便な点とよく言われる。
またSpredSheetsのようにも使えるが現状ではGoogleSpredSheetsのほうが使い勝手は良い
ただ、やはりメモアプリに高機能なデータベース機能がついたものなので使い方次第といえる
元増田の使い方にあっているのはNotionかもしれない
もちろんもっと汎用性の高いGoogleDriveなどのほうがいいかもだが、Notionはここ数年で一番盛り上がっているメモアプリだし知見が溜まっているのが推せる理由だ。
ワイくん高卒かつディスグラフィア(dysgraphia)で板書すら放棄してたので勉強頑張っとらんし、
実際、お育ちの良い幼稚園児や小学生の方が、比喩ではなく文字通りの意味でワイよりも英語できるが、
年収は平均よりも上だし、新卒時から手取りで26万以上あったで
あと、公務員以外の道を選び、新卒時に大企業に入れなかった場合は、
知識付けたい分野の仕事ができる会社を行って学んでは転職を繰り返し、
最終的に 大企業 or 高給くれる会社 へ就職か、フリーランス始めて年収上げるのがフツーだけど、
大前提が『知識付けたい』と思える程度には、"好き" or "苦ではない"が必要なのよね
"好き" or "苦ではない"仕事を見つけられて、しかもそれが社会的に需要があって、そこそこ賃金が貰えるかどうかなんて、
ただただひたすらに<運>でしかないぞ
世の中はすべて運やで。世の中の人は言うほど勉強なんぞしちゃあいない。努力教を信仰するのはやめよう。ついでに能力主義も投げ捨てよう
タイトルそのままの内容なので閲覧には注意されたい。一部の人にはつらい記憶を思い出させてしまうかもしれない。女性視点の体験記は数多くある一方で、男性視点のものは少ない。妻が妊娠すると男性も覚悟を決める。しかし、(過去の自分も含めて)何が起こり得るかはぼんやりとしか想像できない。稚拙ながらも自分の体験と後悔を書き残しておけば、その解像度が上がるかもしれない。そう思い投稿する。
分娩室。妻につながれた医療モニタが歪なサインカーブを描いていた。正確にはサイン波の絶対値のような概形でゼロ区間が長い。波形がピークに近づくにつれて妻のうめき声が大きくなる。これが陣痛発作だ。間欠的な小休止を挟みつつ、数分おきに発作が起こる。モニタの値が妻の痛みを表している。全力で妻をサポートしたいなら、助産師の動きを脳裏に焼き付けて、完全に模倣すればよい。一挙手一投足に意味がある。プロの動きを邪魔しないように、分娩室の俯瞰映像を想像して立ち振る舞う。男性は手が大きいので、より効果的にさすることができる。胎児の心臓が止まっていると分かったのは、6時間前のことだった。
妻がついに妊娠した。待望の我が子で、出産月のコントロールなどとうに諦めていた。妊娠後の検査は全て正常、胎児の推定体重は発育曲線のど真ん中。妊娠週数を横軸としたグラフに推定体重を書き込み、発育曲線なる2本の曲線の間にあれば正常とされる。何も定量的な説明はなかったが、胎児の体重はおそらく正規分布に従うので、上下の発育曲線は平均±数σを表しているのだろう。曲線の離れ具合から、発育が進むにつれて分散が大きくなると読み取れる。ちょうどそのど真ん中で、初めての我が子は順調に育っていた。早々に名前をつけて、膨れ上がった妻のお腹に毎日のように話しかけた。
無痛分娩に興味があった。背骨と脊髄の間にあるわずかな空間に麻酔薬を注入して分娩にともなう母体の苦痛を軽減する。一定のリスクはあるが、メリットが大きく上回る。無痛分娩のためには麻酔科医の予定を抑える必要がある(※後で知ったがこれは産院によるらしい)。出産予定日は3月末だった。つまり、無痛分娩を選択することで子の早生まれが確定する。ひょっとしたら4月生まれになる可能性もある。そんな淡い期待を胸に、私たちは自然分娩を選択した。
私は3月生まれであることがずっとコンプレックスだった。早産の早生まれ、背の順は常に先頭、鬼ごっこではいつも鬼、50m走のタイムは肥満児より遅く、ドッジボールではただの的、組体操のピラミッドでは頂上から落ちて何度も死ぬ思い。身体的・精神的な発達の遅れに由来する傾向は「相対年齢効果」と呼ばれ、特に男子の場合は生涯賃金の観点で一生の足枷となる。これは歴然たる統計的事実として知られている(ちなみに、女子もしくは学力上位の男子ならばこの呪いの例外となる。興味があればGoogle Scholarで検索してみてほしい)。子の幸せを願う親として、自分と同じ思いをさせてはならないという使命感が、自然分娩の選択を後押しした。
出産予定日に陣痛が起こり、病院に着いてから胎児の心臓が止まっていると分かった。1週間前の検診では何も異常がなかったため、その間のどこかで突然死したことになる。我が子の突然死。目の前の現実を受け入れられず、ただただ夫婦二人でむせび泣いた。
分娩室。妻から我が子が押し出されてきて、一瞬の静寂が広がる。子はすぐに医師がどこかに連れて行ってしまった。分娩室は静まりかえっている。蘇生の可能性はゼロ。突然、遠くから赤ちゃんの元気な泣き声が聞こえてきた。我が子の声ではない。不快な、怒りに近い感情が湧き上がる。元気な泣き声がナイフのように心に突き刺さる。どうしてうちの子は。心に深い闇が広がる。妻の一言で、自分が強い嫉妬の感情を抱いていることに気づかされた。「向こうの子は無事に生まれて良かったね」妻はいつの間にか、すべてを受け入れていた。
妻と私、そして布で丁寧に包まれた我が子。一晩を一緒に過ごすことになった。「かわいいお顔を見せてくれてありがとう」口ではそう言いつつ、顔が明らかに赤黒く変色し、傷ついた皮膚から血が流れているのに言葉を失った。病室に来る助産師達はしきりにスキンシップや沐浴を勧めてくる。私はこれが全く理解できなかった。腐敗防止のために徹底的に冷やされている我が子を触り、その金属的な冷たさを感じるだけで心が締め付けられる。おくるみの下にはきっとドライアイスがあるのだろう。定期的に交換してくれている。なぜ進んで苦しい思いをする必要があるのか。言語化できない恐怖感があった。あまりにも触らないためか、助産師が手形と足形を取ってくださった。このとき抱いていたのは恐怖感ではなく、エゴ由来のただの現実逃避であったと後に気づく。
役所での手続きは事務的には簡単で、精神的には苦痛でしかない。病院で受け取った死産届に記入し、役所に提出すると火葬許可証が発行される。予め出生届の記入方法を調べていた。死産届の様式が出生届とほぼ同じであるのに気づき、スムーズに記入できたが、子の名前を書く欄はない。様式からも現実を突き付けられた。火葬業者によっては、代理で届けを出してくれるらしい。
火葬場では地獄のような時間を過ごした。大人と違って赤ちゃんの棺はとても小さい。100サイズの段ボール箱とちょうど同じくらいの大きさだ。棺は私が運んだ。今でも100サイズの同じくらいの重さの段ボール箱を持つと当時の記憶がフラッシュバックして涙が出る。火葬後のお骨上げはただただ拷問のようだった。赤ちゃんの骨は割り箸のように細く脆い。頭蓋骨は割れたプラスチックの破片のようだ。「産道を通るために赤ちゃんの頭は形が変わるようになっている」という知識が目の前の現実と急に結びつく。赤ちゃん用の骨壺はすぐには入手できない。仕方なく、急ぎホームセンターで入れ物を購入した。「こんなのでごめんね」
我が国における年間の自然死産数は約8000程度で推移している。その他、新生児死亡や乳児死亡も含めると、毎年約1万人を超える赤ちゃんが旅立っている。これほどまでにつらく悲しいことがあるのかと、絶望に打ちひしがれていたが、同様の絶望は人知れずそこら中で起こり、大きな悲しみを背負っている人達がたくさんいることを知った。死産を繰り返した人、出産で妻と子を同時に失った人。つらい経験をした家族達が集まって語り合う自助グループが数多くあり、「グリーフケア」という名称で様々な取り組みやビジネスがなされている。関連書籍も多く(「産声のない天使たち」「誕生死」等)、図書館には必ずあるだろう。供養の方法は複数あり、水子供養の場合はずらりと並んだ小さな骨壷を目にすることになる。「天国で友達たくさんできるかな?」
ポジティブに捉えると、妻と一緒に同じ苦難を乗り越えたことで、お互いの心の結びつきが一層強くなったように思う。妻との関係性が、これまでにない、かけがえのないものに変化した。妻の人柄や屈強なメンタルに、改めて敬意を抱いた。
後悔は二つある。
第一に、無痛分娩を選ぶべきだった。出産が遅れるほど分娩リスクは高くなる。無痛分娩であれば、出産予定日よりも前に強制的に分娩させられるため、リスクが相対的に低いのではないか(正確には医師に相談されたい)。本事例では、出産予定日の1週間前には無事であったため、無痛分娩であれば死産を避けられていた可能性がある。「4月生まれになるかも」などという勝手なわがままで我が子を間接的に殺したのでは、という自責の念に駆られている。
第二に、我が子ともっと向き合うべきだった。完全に冷え切った子に触れるのには勇気がいる。スキンシップや沐浴を勧めてくる助産師がサイコパスのようにさえ思えた。これは完全に誤りである。夫婦水入らずで、最後の姿をまともに見られるのは、このタイミングしか残されていない。火葬したら骨になってしまう。家族写真・手形・足形・遺骨だけでいいのか。せめてスキンシップだけでも、精一杯向き合って、家族の思い出を作るべきだった。
皆さん、心優しいコメントをどうもありがとうございます。お察しのとおり、子が旅立ったのはコロナ禍前です。ちゃんと言葉にできるようになるまで、事実を客観視できるようになるまで約2年半かかり、同時に、受容が進むにつれて記憶が薄れるのに気づき、一気に書き出しました。的確なご指摘が多く、勉強になると同時に、自分自身の認知の歪みにも気づかされ、励まされました。
本記事へのトップコメントはこちらからご覧になれます。つらい思いをしている方が、少しでも前向きに、励まされることを願っています。https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20221225220743
この時期一番好きなクリスマスソングは
マーティ・フリードマンさんがカバーして歌っているBoAさんのメリクリです!
私が強く育てているもう4週間ぐらいのおでんのルーシーこと汁というか出汁スープというか、
それが結構強くなってきて
良い味出してきているのよさらに!
攻めのツートップである初投入のスペアリブを選手に加えてみたの。
結果!
もしかしたらなんでもそれで煮たら秒で美味しくおでんになるんじゃね?ってことで、
ルーシーの仕上がりが良いので、
一晩で余裕で秒で美味しい沁みているうまうま大根おでんになったのよ。
そんでスペアリブも
下茹でとかした方がいいのかしら?
って調べもせず結局おでんのルーシーにそのまま投入して30分ぐらい煮込んだら秒で
恐ろしいわ。
この美味しさが!
もしまたこれ作るならルーシーの再現性が全くゼロと言うことなのよ。
一回おでんの鍋ひっくり返しちゃって出汁スープを台無しにしようものなら、
そのぐらいいろいろな4週間ぐらいもう継ぎ足している秘伝のスープ
いや内容は教えちゃうけど、
そのぐらいポップな感じで普通に4週間具材を追加追加していっただけの簡単おでんだけどね。
これが本当に美味しくて、
今シーズンもしかしたら冬乗りきれるんじゃない?ってスープが強くなってきていることがビックリよ。
でもこの4週間で市販のおでんの顆粒のスープの素を1袋入れただけ、
それだけ私がただ唯一あなたに教えられることがあるとすればその1点よ。
よくよく見てみたらそのおでんの顆粒スープの素1袋に塩分11グラムだって!
これいっぺんに大正漢方胃腸薬ばりに一息に飲もうものなら塩分取りすぎグラフが一気にマックスになるぐらいの、
塩分のそう!
一時期増田で話題になっていて忘れていたけど浸透圧!なのかも知れないわ。
よく分からないけど。
たぶんそれも一理あると思うわ。
そんでさ、
さっき言ってた
あれも一気に投入したら、
戦力アップどころか、
スープが冷えると
おじゃる丸がプリンをふるふるさせるようにさすがにひっくり返してその大きさのキープできる固さまでは至ってはいないけど、
鍋を揺すると煮凝り状に固まったおでんのルーシーがふるふると揺れるのよ。
これもしかして高級料亭で出てくる煮凝りの美味しさを超えるかも知れないけど
きっとキラキラ映えない残念なでも味は確実な煮凝りに出来ちゃいそうな勢いなのよ。
そんでね、
昨日また守りも選手交代と言うことで
これまたアルゼンチンおでんに勝つ勝利近づくんじゃ無いの?って思うほどの
これ私また悪いこと思い付いちゃったんだけど、
こんなことしてしまったら、
もうなんでもあらゆる具材をおでんにしてしまう悪魔のルーシーを開発してしまったわ。
4週間の研究の結果よ。
よくさー
食べ手を試すような食べ物じゃない?
味もしっかりしてるからキマると思うのよね。
普通に美味しいおでん豆腐がそれだけで出来ちゃう気がするので、
湯豆腐を信じていない人が居たら一度おでんの顆粒だしスープの素を信じてみたらいいと思う!
信じ合える喜びよ!
予想だにしなかっただによ。
攻めは
いやー本当におでんっていいですね!って
シベ超の人が言いそうなぐらい
とにかくあんまりクドくなってどうなることかと思ったスペアリブ投入が大成功で良かったわ!
濃くなってかさが減った分、
うふふ。
シャキシャキレタスが美味しくて、
最近サンドイッチ屋さんの新製品がなくって退屈なラインナップ。
安牌でキメるわ。
それにしたわ。
おでんに夢中で果物のことをすっかり忘れている時期だってあるのよ。
そんなシーズンよ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
まぁ下記みたいな感じなのだが、
- 協調運動と短期記憶に問題があり小中高と板書放棄していた典型的なディスグラフィア(書字障害)
- 男女の判別が曖昧。顔を覚えられない(相貌失認)
- 字を書く調理に限らず、服着るのも飯食うのも歯磨きするのもうんこするのも鈍い
- 包丁・ピーラーでよく指・手をなんなら腕や足を切ったりする。料理バサミですら手を切る。その上動作が鈍い
- 味覚が過敏で食べたくないの食べるくらいなら数日くらいなら食べないを選ぶ
- 普通に歩いていて電柱にぶつかったり・コケたり・段差に気づかずよくガクッとなったり・自動ドアにぶつかったりする ←成人してから徒歩で電柱にはぶつからなくなった
- ハイブリッドTPUケース に入れて強化ガラス付けてストラップ付けているのにiPhoneの画面を割ってしまう
Survivor や Catalyst などのクソごっついケースでないと画面割らずに過ごせない- 家の鍵を10回以上無くしておりホテルで過ごすはめになってるが更にホテルのカードキーも無くす
- 覚えてるだけで財布を8回以上置き忘れている
- 会社の重要書類を無くしている
- 手持ちカバンが持てない。キャリーバックすら置き忘れる
- 在宅だと年末調整がいつも出来ない
- 通帳にいくら入ってるか知らない ←ネットバンキングの手続きしてログインもしてデビットに切り替えたので今は知っている
- 20時間以上なにかを連続して行う
- 喜でテンションがブチ上がったら翌日まで下がらない。2日くらい下がらないことがあって多動しまくって体重も減る
- 時間感覚が狂ってて遅刻しがち
在宅勤務や裁量制労働で遅刻は回避出来るし、リュック使って手で持たない・スマートタグ使って音鳴らせれば無くさないし、
なんやかんや対処出来る = 特段仕事で困っちゃいない のよね
困っているのは、手帳を取ろうと思ったキッカケの『異常な怒りの強さ』『異常な単純さ』なんだけど、
それを受け入れる会社なんて障害者雇用枠でもあるわけねーんだよなぁ・・・
そもそも障害者雇用専門のエージェントですらそれを正直に伝えられる雰囲気じゃ無かったよ
なので伝えてましぇ〜〜〜ん
(なおハロワの障害者窓口は伝えることはできる。ハロワは人材売るのが仕事じゃなくて文字通り求人情報をお知らせするとこだからね)