はてなキーワード: 寄生獣とは
もうやめたけど、ちょっと前にオタ系の婚活したことがあって、とら婚で思い出したから書いてみる。
オタ婚行こうかなって思ったきっかけは、普通の街コンとか婚活パーティーに行ってみて、あまりに漫画読む人とかゲームする人がいなくてビックリしたから。
映画見る人がいれば良い方。アニメ見る人なんてまずいない。多いのは食べ歩き、旅行(書いてみただけっぽいやつ)、フットサルとか野球観戦とかそういう。
私はオタクだし、漫画やアニメの話がしたいから、彼氏と共有できたら楽しいだろうな〜 あといい加減家の同人誌とか隠すのめんどいな〜とかそのくらいの気持ちだった。
で結果、会場に入った瞬間に、充満する匂いが辛すぎて吐きそうになった。
コミケ3日目ってこんなに酷かったっけ?密室なのがよくないの?
はっきり言って10人に9人は口臭が酷くて面と向かって話すのがキツい。
口臭がないだけで「この人、良いかも…」とか思ってしまうくらい。(会場から出ると魔法は解けるんだけど)
あと口から泡出てる人が多い…。
いや、まあそれは置いといて、百歩譲って改善の見込みがあるとして、人柄を知ろうと頑張って会話を続ける。
オタク婚活の最大の特徴はプロフィールシートの「好きな作品」の欄だと思う。
…うん。
知ってる作品名が1つもない!!
オタク限定パーティーでも、男女で興味ある作品って、決定的に違うんだなと思った。
私が少年誌、青年誌の漫画を読んでるとすると、相手は大体深夜の萌えアニメかラノベ。タイトルも聞いたことないやつ。
私は女性向けとかのニッチな作品は知らなくてしょうがないというスタンスだから、なるべく無難な作品…極端だけどドラゴンボールとかジョジョとか、ドラクエとか、の話をしたりするんだけど、驚くほど通じない人が多い。
共通の話題無いから、別の話題探そうとするけど、それこそ皆無。
だから、とら婚の言ってることは正しい。
両者がオタクであっても、偶然同じ作品を観て読んでいなかったら、その時点で会話は詰む。
かといって、好きな作品が共通すれば上手くいくのかと思いきや、それはたった1つの共通の話題でしかなくて、それ以外の部分で合わなければしょうがないのよね。
当然会話は続かなかった。
わかったことは、私にとって相手がオタクか非オタかは大した問題じゃなくて、気があうかあわないか、好みかそうでないか という方が1億倍大事だということが知れた。
なんか書くのめんどくさくなってきたからここで終わる。
9/22
共通の好きな作品がなかったとき、沈黙を回避する方法として「推し作品の好きな所を聞く」というのは方法としてはあるんだけど、オタ婚でそれをすると、会話じゃなくてプレゼン、一人芝居、説明文、になっちゃうんだよね。で、結局どんな人なのか全くわからないまま持ち時間が終了するという。
作品の説明をしつつ1人で喋り続けない「コミュニケーション」として成立させるのはかなりコミュ力が必要だから、それなら天気の話の方がまだ会話になると思ってる。
どうやらオタク系の婚活パーティーは非常に男性の集まりが良いので、それを見てとら婚も婚活業界に参入したのかもしれないけど、単にパーティー開いて出会いの場を作るのと、相手ありきで成婚まで結びつけるのは天と地ほど難易度に差があるよなぁ、と。
そもそも社会人として完全アウトな感じの人もたくさんいたから、とら婚はどこからどこまで会員を指導するのだろう。それこそママになる覚悟が必要そう。想像すると胃が痛い。
追記2
ブコメ読んだ。一応書いておくと、「オタ婚活で女と話すならこれらの作品を抑えておけ」といいたい訳じゃない。これさえ抑えておけばオッケーな作品なんてない。おそ松さんや刀剣乱舞を勉強したところで、好みの女性がそれを知らなかったら意味がない。もっと汎用的な、オタクジャンル以外でトークできる話題は重要だよということを言いたかった。
元増田を見て、そう言えばここ数年増えてるような気がしたのでまとめてみた。
2010年 | 2011年 | 2012年 | 2013年 |
---|---|---|---|
コブラ | レベルE | エリアの騎士 | ガラスの仮面ですがZ |
リングにかけろ | ドロロンえん魔くん | 聖闘士星矢Ω | はじめの一歩 |
まじっく快斗 | ゴン | ||
LUPIN the Third -峰不二子という女- | |||
ジョジョの奇妙な冒険 |
2014年 | 2015年 | 2016年 | 2017年 |
---|---|---|---|
のたり松太郎 | うしおととら | 少年アシベ | 笑ゥせぇるすまん |
忍者ハットリくん(インド版) | ルパン三世 | タイガーマスク | アトム・ザ・ビギニング |
寄生獣 | おそ松さん | 魔法陣グルグル |
あと、原作が小説だと2014年に「愛・天地無用!」、2016年に「バッテリー」とか。
(追記)
タイラーは小説原作、地獄少女はアニメがオリジナル(らしい)、最遊記は連載中なので除外しました。
リストに入れた作品でも峰不二子、ガラスの仮面、聖闘士星矢、おそ松さん、アトム・ザ・ビギニングとかは純粋なアニメ化じゃなくてスピンオフじゃないのか〜とか、寄生獣も原作から設定の改変があったりして、境界に悩みました…
設定に共通点があると言われた「美しい星」も、東出昌大関連で「寄生獣」も事前鑑賞済み。
話は打って変わるが今作鑑賞後からテレビでお馴染みのCMが気になって仕方ない。
それがこれだ。
「ここで、一緒に」もしも篇
もうどれをとっても僕には宇宙人に体を乗っ取られた夫婦にしか見えない。
服を見立てる冒頭のシーンや不器用にゴルフクラブをスウィングするシーンは人間らしい振る舞いに苦戦する2人を表している。
同窓会の受付でハイタッチしてくる女性は彼女のぎこちない表情から言い様のない違和を感じたことだろう。
旧友と談笑しているように見えてもその実、誰を仲間の宿主にするか品定めをしているだけであって目は笑っていない。
多分すでに何人かは乗っ取られている。
二次会の舞台であるカラオケボックスがあのあと地獄絵図になったことは想像に難くない。
おそらく夫婦は各々違う星人に乗っ取られている。
そして互いに正体がバレてないと思っている。
僕が思うに夫が妻の動向を監視しているんだと思う。
書店ですれ違う黄色いカーディガンの女性や髭を剃ってあげていた理髪師は、夫と同じ星人で経過報告をしたり指示を仰いだりしていたのだろう。
カウンターを挟んで向かい合うのは「我々と対峙する決して相容れない存在」というメタファーなのだ。
スナックのママはふとした瞬間に彼が宇宙人であることに気がついてしまった。
そのためシガレットケース型記憶改竄機で脳内を操作されたに違いない。
そして夫は妻の監視以外に、マスメディアを通し人間を徐々に洗脳するという任務を担っている。
そのために広告代理店に勤め、あるプロジェクトを遂行しているのだ。
全ては順調に思えた。しかしある日妻が奇妙なことを問いかける。
「生まれ変わってもまた一緒にいるのかなぁ?」
へ?どういうことだ?何が言いたい?
夫は「難しいね」と笑って動揺を誤魔化そうとするが妻は追い打ちをかけてくる。
夫は半ば諦めたように「来世は犬になるかもしれないな」と言うが、観客にその意図はわからない。ここは原作者も明言は控えている部分。
とにかくこの応酬があってから妻に対する夫の監視は厳しくなり、とうとう監視区域から外れているスーパーにまで妻を追跡する。
「その次はわかんねえよ」
グラビティデイズ2を少しやった
メインなのにすげーむずいわ・・・
しかもむずいってのがミッションがってよりかは極悪劣悪な操作性のせいっていうね・・・
たぶん快適に操作できる前提でこのミッションやったらすげーきもちいいんだと思う
そもそもアナログスティックが2次元しかぐりぐりできないのに上下左右360度全部移動するってのが無理があんだよなあ・・・
相変わらず狭いとこでのカメラワークがひっどいし
うーんやっぱりおもしろいな
ヤンキーの女の子がいたのは覚えてたけど最後死ぬの忘れてたわ・・・
後藤との最終決戦は通して読む以外でもう何度も読んでるから飛ばした
それでもやっぱりラスト、というかラスト1話前はすげーいいな・・・うるっとくる
完全版で読者の質問に作者が答えたっておまけがあったのもよかった
今回寄生獣読んでて思ったのは、GANTZってかなり寄生獣の影響受けてそうだなっていうこと
チビ星人のところとかまんま田宮レイコのラストのところと同じやん、みたいなね
風呂ではグラビティデズのyoutubeで公開されてるovaみた
一応自分が持ってるの初回限定版だからBDついてるけど、未開封だしあけるのがはばかられたから
うーんこれだけみても1と2の間のつながりは正直微妙だった・・・
え?ここで終わり?みたいな感じ
寄生獣、2014~2015年にかけて2回映画化もされてまして
脚本が古沢良太(リーガルハイの脚本家、今もっとも売れっ子)やってまして
主演が染谷将太だったんですよね。
30代後半のオッサンだけど
あなたは頭が固くて、それは加齢のせいというより多分元から固かったのだと思う
頭が固いというのをもう少し別の言い方をすると
特に『東京喰種』なんて、『寄生獣』でやったテーマを焼き直しているようにしか見えない。主人公も結局何がしたいのかよく分からない。
すごーく大雑把に切るなら『東京喰種』と『寄生獣』に設定の共通点(人喰い生物が社会に紛れ込んでる)はあるけど
なのに表層的設定の類似点だけを見て『寄生獣』と同じ目で読もうとして読めないっていうのは
これはやっぱりパターン認識が貧しくて、更に新しい物を獲得する為の柔軟性も欠けてるということ
ただどうも、あんたは『東京喰種』以前に『寄生獣』もよく理解出来なかった人のように見える。
映画好きの女子大生を主人公にした、安田剛助先生の『私と彼女のお泊り映画』という漫画があります。僕の大好きな作品です。
この漫画の最新話の一部が2ちゃんねるに抜粋掲載されて、そのスレッドがまとめブログにまとめられたことでちょっとした話題になりました。
映画通の男「邦画はクソ。黒澤映画だけは認める」 女さん「はぁー(クソデカイため息) 論破してやるわ」
【映画】なんだよこの漫画www【注意】 : 2chコピペ保存道場
よくいる「ちょっとオタク入ってるめんどくさい大学生」がここまで見事に再現されるとはwwwww : 無題のドキュメント
この男子大学生が登場する回は実は僕もあまり好きではなくて、というのも、彼のキャラクターが如何にもな“ステレオタイプの自称映画通”すぎるからです。
主人公・小春の最後のセリフ「あなたが好きなのは『映画』じゃなくって『映画が好きな自分』じゃない??」を言わせるためにでっち上げられたキャラクターで、所謂邦画ファンの仮想敵でしかありません。
そういうのを言い負かす啓蒙的な作風はこの漫画に求めるところではありませんでしたし、そもそもこんな事言う自称映画通なんて今どき存在しないだろうと思っていたのですが……
というか、少し引きました。
8名前:名無しさん 2017/04/26(水) 21:36:48.05 ID:M9GbgbRG0
言う女に同意できるわけ無いだろう
別に男が悪いとは思えないのだが
69名前:名無しさん 2017/04/26(水) 21:56:57.52 ID:nt7/WWjT0
265 名前:/名無しさん[1-30].jpg[sage] 投稿日:2017/04/26(水) 22:34:42.86 ID:naDWyRswp
言ってることは間違ってないな
クソみたいな映画を絶賛するアホ女多すぎ
もちろん、邦画に対して肯定的な意見も多くあるのですが、ネット上とはいえこんなアホみたいな大学生に同調する人間が多くいることに驚きました。
そしてここからが本題です。
思えば確かに、ここ最近のネット上での邦画叩きは目に余るものがあるなと感じていました。
個人的に、その流れは三池崇史監督の『テラフォーマーズ』が公開されてから加速していったように感じられます。
漫画原作の映画が増えてきている昨今、『テラフォーマーズ』の出来が芳しくなかったという風説を受けたオタク達が挙って“漫画原作の映画は叩いていいモノ”、そこから派生して“邦画は叩いていいモノ”という風潮を作りあげているのではないでしょうか。
漫画作品が映画化されるという報せが届く度に、2ちゃんねるやTwitterのようなSNS上で、まるで親の敵に出会ったかのごとく、批判の嵐が巻き起こります。続いてビジュアル、予告編が公開されると、その勢いは更に加速していきます。やれ再現度が低いだの、コスプレ大会だの、ダサいだの安っぽいだの。
批判有りきのバイアスを掛けて見れば、正当な評価などできようはずはありません。公開前の作品に対してそこまで否定的なことを書き続けるのは最早ネガティブキャンペーンの一種でしょう。しかもそこから「だから邦画は糞だ」みたいな論調に持っていくのだからもう目も当てられません。
そんな差別主義者、邦画レイシスト達に、僕はモノ申したい。観もしない映画を批判するんじゃないと。邦画は、あなた達の批判オナニーのおかずじゃあ無いんだと。
はじめにことわっておくと、僕自身は別にそれほど邦画が好きというわけでもありません。映画はよく観ますが、圧倒的に洋画のほうが多いです。
こんな記事を書いておいて何を言うのかと思うかもしれませんが、重要なのは映画そのものが好きだということです。日本に住んでいる以上、邦画も映画興行の一角です。邦画の衰退は、日本映画興行全体の衰退につながります。
邦画レイシスト達を批判するのは、邦画を擁護したいというよりは、日本の映画を取り巻く環境に対する悪影響を危惧してのことです。
さて、ネット上で同意の声が聞かれる、「お泊り映画」の大学生の主張ですが、彼が邦画をショボいとする根拠として
の二点をあげています。明らかに、ろくに邦画を見ていない人間らしい的外れな批判ですが、彼はこれが真理だと言っています。
先に言ったように、このキャラクターは小春の最後のセリフを引き出すために設定された馬鹿な仮想敵で、そもそも発言に正当性なんてあるはずはありません。しかし、一部の邦画レイシストは彼同様これが真理だと思っているようです。
わざわざ間違った発言をあえてしているキャラクターの間違いを指摘するのは野暮というものですが、こちらもあえて、彼が如何に的外れは批判をしているのか示しましょう。
まずは、ケータイ小説ばかりのイメージ。といっても、『世界の中心で、愛をさけぶ』がケータイ小説原作でないのは言わずもがな、今日日ケータイ小説なんて名前も聞かなくなった死語同然のワードで、恋空がブームになったのももう随分前です。病気で殺しとけばいいと思っているような邦画といえば、最近だと『バースデーカード』や『四月は君の嘘』、あとは事故死ですが『Orange』あたりもそのイメージでしょうか。なんにせよ、ここ最近ではそれ程多くないように感じられます。
なので、男のイメージを前時代的と断ずることは容易です。ただ、安直なコンセプトという意味では確かに現状邦画の一角を占める存在が有ります。
現在公開中の『PとJK』や『ひるなかの流星』をはじめ、少し遡るだけでも『今日のキラくん』や『オオカミ少女と黒王子』や『溺れるナイフ』や『ヒロイン失格』など、枚挙に暇がありません。加えて、『ハルチカ』や『リライフ』や『君と100回目の恋』など、本来少女漫画が原作ではない映画も、そのイメージに取り込まれています。
しかも、このたぐいの映画はヒロインとその相手役に現在売り出し中の俳優/女優を起用して話題作りをしているので、二点目のアイドル性重視のキャスティングにも引っかかってきます。つまりこの一角は、彼の批判を真向から受けるゾーンということになります。
正直に言うと僕自身、この辺りに対しては公開される度に「またか」という気持ちにもなりますし、違いもよくわかっていません。だって観てないから。
確かに、この一角は邦画の一側面では有りますが、無論これが全体を体現しているわけではありません。マーケティングが大々的だからそのように感じてしまうだけです。
逆に言うと、観ていないからこそそれらの映画がショボいのかどうか判断はできません。
例えば『ひるなかの流星』はレビューサイト「KINENOTE」で67人の平均点73.4点との評価がくだされています。鑑賞人数は少ないですが、キネ旬が運営するサイトなのでそれなりの映画ボンクラ達が集まっているはずなので、この評価はなかなかのものだと思われます。どれも同じように見えても中身が違うのは当然で、玉石混交する中にはちゃんと面白い映画があってもおかしくはないのです。
つまり、コンセプトの安直さがそのまま映画のショボさに繋がるかというとそんなことはないということです。
この程、マイケル・ベイ監督が『トランスフォーマー』シリーズの量産体制に入り、既に14本分もの脚本が仕上がっているという報道がありました。14本って、相当な量ですよ。『トランスフォーマー』は作れば売れるが約束されているからここまで攻撃的な体制が取れるのです。これこそコンセプトの安直さの極みでは無いでしょうか。そして、『トランスフォーマー』シリーズ一本一本がショボい映画ではないことは皆さんご存知のはず。
あとは、マーベルスタジオも自社のコミック原作の映画をどんどん量産していますよね。2020年までの上映計画が既に確立されている。これも当然、作れば売れるが約束されているからです。そして、こちらのクオリティに関しても周知の通り。
少女漫画原作の邦画群もまた作れば売れるが約束されているコンセプトだから量産されているわけですが、それを以って製作が手抜きだと断ずるのは浅はかにも程が有ります。
実際に観てみると、本当にどれも同じような映画に観えるのかもしれません。しかし観てない以上、その一点で批判するには感情に寄りすぎているのではないでしょうか。
それに何より、そういった映画群が対象にしているのは女子中高生です。それが邦画全体であろうはずはありません。安直なコンセプトもアイドル性重視のキャスティングも、それが対象にするのが女子中高生だから効果的なのです。邦画を批判して悦に入ってるような、オタクや中年男性なんて端から対象にしていません。
なのにそれを論ってショボいだの言ってるのは大人げないの一言につきます。
ケータイ小説のような、今で言うなら少女漫画原作のような映画だけが邦画じゃあありません。そんなことを言っている人は、マスメディアの宣伝にしかアンテナを張っていないと自白しているようなものです。映画に対する関心が薄い、芸能ニュースだけをみて映画情報を仕入れている気になっている人間に、邦画全体を批判する権利なんてありません。恥を知ってください。
先程も言ったとおり、僕自身はそれほど邦画を観るわけではありません。昨今よく漫画の実写化失敗例として挙げられる『テラフォーマーズ』も『進撃の巨人』も観ていません。なぜなら興味が無いから。
両作品とも、アニメは観ていました。特に巨人は、現在放送中の第二期も毎週楽しみにしています。大好きな作品です。しかし映画は、特に興味がわきませんでした。
そもそも映画は、テレビ番組や雑誌掲載の漫画とは違い、観るかどうかの判断の多くは観る側に委ねられます。だって、わざわざ映画館に足を運んで、1800円のチケットを買わないと観れないのだから。
ザッピングしていて目にとまることも、とりあえずで録画することも、買っている雑誌をパラ見して視界に入ることもないのです。テレビなんか比じゃないほどに「嫌なら見るな」が成立するコンテンツなんです。
漫画が原作の映画が公開されて、それがひどい出来だったか原作ファンが憤る。これは理解できます。その作品が好きで、その作品の新たな一面が見られるのだと期待に胸を膨らまして劇場に足を運び、目にしたものが原作を踏みにじるような駄作だったなら、それは批判してしかるべきでしょう。また、はじめからバイアスをかけて劇場に臨み、批判箇所をピックアップしながら鑑賞し、帰ってネットにそれを書き連ねる。僕自身はあまり理解できない楽しみ方ですが、それも正当なことでしょう。なぜなら能動的に足を運んでお金を払って鑑賞しているのですから。
しかし、そうでない人間はなんなのか。ビジュアルや予告編が、それどころか実写化の報せが出ただけでクソ認定してメタクソに叩き、果ては邦画の体制までもバッシングする邦画レイシストはなんなのか。原作のファンで、実写化した姿など見たくないというのなら、見なければいい。最初から期待が持てないのなら、無視すればいい。原作が好きだからというペラッペラの免罪符を掲げても、その実やりたいことは何かを批判して快感を得ることでしかないのではないでしょうか。確かに上映期間中はテレビでもCMが流れたり芸能ニュースを席捲することもあるでしょう。でもそんなのは、上映期間中のほんの一ヶ月程度と、それ以前の宣伝期間の、正味二ヶ月程度のものです。それさえすぎれば、余程のものでもない限り、もう目にすることはなくなります。
例えば『銀の匙』や『男子高校生の日常』や『ひぐらしのなく頃に』が実写映画化されたことを覚えている人が果たしてどれくらい居るでしょう。どれもアニメ化もされた大人気作品ばかりですが、映画の方はまず話題に上がりません。その程度のものなのです。
無視していればそのうち過ぎ去っていくのをわざわざ叩くのは、原作愛でもなんでもありません。批判して快感を得たいだけのただのオナニーです。漫画原作映画は、邦画は、邦画レイシストのおかずでは決してありません。
『テラフォーマーズ』も『進撃の巨人』も僕は観ていません。なので両作品に対して言及することは出来ません。便乗している人間はともかく、観た上で批判している人たちの意見は正当なんだろうなと思います。
しかし僕も、漫画実写化の中でも悪名高いあの作品は観ました。そうです、『デビルマン』と『キャシャーン』です。
『デビルマン』は、今でも漫画実写化の際に名前を挙げて「だから実写化は糞だ」という批判につなげる格好の材料となっています。2004年の公開にも関わらず未だに話題性を持続している、ある種伝説的な作品です。
これ一作で邦画批判につなげるのは短絡的に過ぎますが、実際この映画がそびえ立つ糞なのは事実です。僕自身観た作品なので遠慮なく言います。本当に酷いです。苦行かと思えるほどに。評判の悪い映画はあまり積極的に観ようとしない質なので、自分の中ではクソ映画の極北として君臨している作品です。
しかし『デビルマン』は本当に極端な例です。漫画実写化が全てこのレベルなら邦画批判も已む無しと思いますが、このレベルのクソはなかなかひり出せるものではありません。納豆が臭いからという理由で日本料理全体を批判するのはお門違いというものです。というのも、『デビルマン』と同年に公開され、クソ実写化の双璧と並び称される『キャシャーン』が、蓋を開けてみると実はそれほど酷いものでもないからです。
確かに手放しで褒められる作品ではないのですが、少なくとも『デビルマン』に比べると兆倍面白いですし、見応えがあります。PV畑出身の紀里谷和明らしく映像面のこだわりは強く、サイバーパンク的意匠が凝らされたディストピア風美術を日本で展開する舞台は一見の価値が有ります。アニメ原作であることを意識して、アニメーションを取り入れた演出がなされていたのも斬新でした。実写用にブラッシュアップされたキャシャーンのデザインもかっこ良く、今のアメコミ映画の隆盛に先駆けていたとすら思えます。クライマックスで明かされるダークヒーロー然としたキャシャーンの背景も、賛否は別れる気はしますがテーマに重みが出て興味深いです。主演の伊勢谷友介や悪役のブライキング・ボスを演じる唐沢寿明の怪演を始め、キャスト陣も申し分ありません。冗長な展開や説明的且つ啓蒙的すぎるセリフ回しが鼻につくことはあっても、『キャシャーン』は『デビルマン』と並んで語られるような作品では断じてありません。そもそも『キャシャーン』への批判は、設定改変によってキャシャーンのヒーロー像を歪められたことに対するファンの憤りからくるもので、映画そのもののクオリティとは別の由来です。
しかし、漫画実写化の際に『デビルマン』と『キャシャーン』の名前を挙げて批判している人間が居ます。彼らはまず間違いなく『キャシャーン』を観ていません。邦画レイシスト達の共通理解として“『キャシャーン』は叩いていいモノ”があるからの現状なのです。このことからも、邦画レイシストが如何に短絡的で、感覚的に邦画を批判しているかがわかります。彼らは邦画を観ていません。イメージと伝聞でしかものを語れないのです。
近年、僕が観た邦画の中で面白かったと感じた作品をいくつかあげます。(一応、アニメは除きます)
・『ちはやふる 上の句・下の句』
・『アイアムアヒーロー』
・『寄生獣』
・『シンゴジラ』
・『残穢』
・『日本で一番悪い奴ら』
・『SCOOP!』
・『クリーピー』
どれも大々的に宣伝された大作映画ばかりで、映画通が好むミニシアター系とかじゃありません。更に上の三つは漫画原作です。どれも実に面白い邦画でした。これらよりつまらない洋画をいくつも挙げることが出来ます。
映画が好きな人間であれば、意図的に避けようとしない限り邦画を観ることもあると思います。そのどれもが全く琴線に触れない人間など本当に居るのでしょうか。漫画を原作にしていても面白い作品はたくさんあります。邦画全体となれば尚更です。
本当に観ていれば、やたらと批判なんて出来ないはずです。それは、自分の感性も批判することになるのですから。実際、邦画それ自体が肌に合わないという人もなかにはいるのでしょう。しかし、SNSで邦画叩きをしている人間が皆そうなのでしょうか。おそらくそんなことはないでしょう。多くは叩きたいから叩く、邦画は叩いていいモノだから叩く、と思考停止している人間なのではないでしょうか。
自分はモノを見ないで感情的に対象を批判する、欠片の理性も持ち合わせないような人間ですと自白して、恥ずかしくはないのでしょうか。
僕もまたこうして、邦画レイシストなんてアホなネーミングの仮想敵を作って、一方的に批判を飛ばして悦に入っているだけの人間です。さっきも言ったとおり、邦画そのものに対して特別な思い入れはありません。
しかし、こうして文章にして発信することで、仮想敵だと思われた邦画レイシストが食らいついて、話題になってくれることを密かに望んでいます。
映画は好きです。邦画にも好きな作品がいっぱいあります。『銀魂』や『トーキョーグール』や『鋼の錬金術』等、観に行こうと思っている漫画原作の映画もあります。自分の好きなモノを理由もなく批判する人間は当然不愉快です。何よりも僕の映画ライフのために、そんな不快な人間が一人でも考えを改めてくれることを願っています。
東京在住の30代男だがアルコール依存の治療開始から六ヶ月が経過し、一定の回復をしたのでその過程を記録してみたい。
γ-GTP 589→69 AST 84→31 ALT 106→68 TG 1015→178
まで回復した。
数字で言われても大多数の人はさっぱりわからないだろうから単純化すると入院レベルの人間がとりあえず正常な体になったと思ってもらえればいい。
さて多くの文章がそうであるように、大抵の人は最後まで読まないだろうから最初に自分なりのこの文章の結論を書いておくと
「アルコール依存から抜け出したいのなら自分の抱えた問題(アルコールに限らない)を率直に話す事ができる相性が良く優秀な精神科医を見つけ、よく話し合いながら治療を進めるといい。ただそれがあなたの人生を良くするかはわからない」という身も蓋もないものになる。できることなら「まだアルコールで消耗してるの?」「アル中は精神で克服できる」とか頭の沸いた自己啓発本でも出して一儲けしたい所ではあるが、残念ながら現実というやつは概ね散文的で面白みがない。
確かに肉体の調子は非常にいい。自分という存在からここまで充実感を感じ取れる日が来るとは思わなかった。
アルコール依存を抜けだした僕自身が未だに「抜けだしたのは良かった事だろうか?」と自問自答を続けている。だから他者に断酒を勧めたりはしない。この文はあくまでひとりのとあるアル中の回復記録として、参考程度に読んで頂ければ幸いです。
まずこの文章を書くにあたって自分がかかっていたアル中の定義をしておきたい。アル中は貧乏旅行なんかと一緒でγ-GTPの高さでマウンティングする人もいるし、wikiなんかでも色々と書かれているが、自分の場合は「アルコールによってQOLが下がっている」というシンプルなものにする。世間のアル中のイメージは吾妻ひでおのマンガのように連続飲酒をし、手が震え、幻覚をみたり暴れたりしている人のイメージが強い。
しかし自分はそれとは全く異なるタイプだったので自身がアル中であるという自覚すらなかった。仕事に普通に行き、帰宅するとビールの500ml缶を一日6~8缶淡々と飲み、翌日二日酔いで仕事へ行く、という事を繰り返していて入院レベルまでいった(似たような壊れ方をする小説の人物からとってユージーン型と呼んでいる)。世の中には様々な不幸な家庭があるようにアル中にも様々なタイプがある。
20代の半ばから不眠に伴う飲酒量の増加により、何件か精神科に通っていたが、自身の抱えた問題を率直に打ち明けられる医師に中々巡りあうことは出来なかった。
マッチョイストだのミソジニストだの差別主義者の豚野郎と言われればそのとおりなのだが、性格的にどうしても同年代の医師や、女性の医師に悩みを打ち明けられなかった。基本的に精神科医は患者の情報を当人の発言から得る部分が多いので、深刻な問題を抱えていても話せないとどんな名医でも対処が難しいのではないだろうか。
今回僕は精神科に通い始めてから八人目の精神科医の先生であたりを引いたわけだが、もし相性が悪いと思ったら拘泥せず別の医師を頼った方がいいのではないかと思う。
この先生は四十代半ばの男性で学校教師を経て精神科医になった異色の経歴の持ち主で、僕よりも遥かに精神的な地獄を抱えているが、持ち前の頭の良さでそんな自分にすら醒めているような超然とした空気をもった人で非常に問題を話しやすくてありがたかった。
■基本戦略
とりあえず入院は拒否し、通院で治療を選択。基本戦略は抗酒剤シアナミドの服用により飲酒の可能性自体を排除、アルコールに対する身体的な欲求は断酒補助剤レグテクトで抑える、いままでアルコールに頼って来た睡眠は睡眠導入剤で、アルコールでごまかして来た精神面の色々は精神科でぶちまけつつストレスを減らし、抗不安薬で抑えるというスタンスを取った。そしてこれらでどうしようもなくなった時は先生から勧められたレボトミンを飲んで長時間寝倒す「寝逃げ」を行っていた。これも自分の置かれた状況から選択したものなので、人によってはちゃっちゃと入院して治した方がいい場合もあると思う。
■登場薬品について
これも精神科医同様相性によって全く評価が変わるので自分に合っていたものを挙げるが、これらの評価は全て自分の体感だし、当然の事ながらそれが他の人の適解であるとは言えない。シアナミドにしてもアレルギーによって服用できない人はいるらしいし。とりあえず相性が悪いと思ったら我慢せず、状況を報告できるような関係を築けるような人を担当医として選ぶといいと思う。
本編の主役にして宿敵
一応は由緒正しい歴史を持つ薬でもある。精神、肉体両面に凶悪な依存症を持ちながらもコンビニ行けば変えてしまう恐ろしいドラッグ。歴史上の薬物による死の統計をとれたらヘロインコカインなんぞ足元にも及ばないぶっちぎりのトップになるだろうが、同時に文化的な面やコントロールできる人にとっては素晴らしく、評価が難しい方。政治家でいうならロバート・ムガベとかだろうか。自分は後述のゆれ戻しの時にアルコールが自分の肉体と精神を徐々に蝕む代償としてどれだけ精神深くの暗黒から目をそらさせてくれたかに気づかされたので愛憎半ばしている。
抗酒剤
簡単に言ってしまえば人を強制的に超下戸にする無味無臭の液体の薬。持続時間は人によって異なるが朝夕食時の一日二回の服用が基本。アルコールを飲むという選択肢自体をなくしてしまうので自分のような意思の弱い人間には非常にありがたい薬だった。僕の場合、仕事の後の飲酒欲求が強いので二度目の服用はまだ気力のある15時にしていた。懲罰効果によって飲酒を止める薬である以上、罰がどの程度の効果かわかりたかったので一度7時に服用した後、15時にビール1Lを入れてみた。効果は覿面で、悪寒、動悸が早くなる、湿疹、なにより全身の細胞が一斉に反逆を起こしたような気持ちの悪さで立ち上がる事すらできなくなり嘔吐をぶちまけた。寄生獣の後藤の最期の気分や喧嘩稼業で梶原さんに屍を入れられた工藤の気分を味わいたい人はやってみるといいかも。死んでも知らないけど。
脳に作用し、アルコール依存で高まっている神経活動を抑制することで「飲みたい」という飲酒欲求をおさえるお薬との事。初期は有り難みを感じなかったが、二ヶ月目くらいから地味に効果を自覚。なんだかんだで大変役に立ってくれていた。地味だけど。
影の主役。元々不眠からアルコール依存になった人間なので飲めば確実に眠れる安心感は何にも変え難かった。先述したように薬は人それぞれ相性があるが、以前の別の精神科で処方されていたマイスリーよりもこちらの方が朝、遥かに快適に目覚められた。
本来は向精神薬だが、睡眠導入剤の効き目を強くする効能もある。自分は、先述した「寝逃げ」用にサイレースと一緒に服用していた。その効果は絶大で昼に飲んでも落ちるように眠り、翌朝まで目を覚まさなかった。ただし朝のダルさと眠気が非常につらく、飲酒欲求が高まりすぎた時や、ネガティブな精神状態に呑まれそうなとき、そして翌日が休日である時意外はなるべく服用しないようにした。
・ホリゾン
一番軽度の抗不安薬。事務作業などに与える影響はほぼなし。自分はボクシングのジャブのように「とりあえずホリゾン」な感じの基本として使っていた。メタルギアソリットで狙撃時の手の震えを抑える為に出てきたアイテムのジアザパムでもある。
やや強めのお薬。事務作業においては能率が約20%低下する印象。
かなり強めのお薬。事務作業の能率に関しては50%以上低下する印象なので特に精神的につらい時、仕事終了後に服用していた。
■治療記録
最初に断酒補助剤のレグテクトによる治療を試みるも、精神依存が酷かった為にあまり効果が感じられず失敗。一週間目でシアナミドを処方してもらう。使用開始から三日間は常に頭の中身を酒が占めているような状態だったが、「飲む」という選択肢自体がなくなっている為に飲まずにいられた。ちなみに肉体的なアルコールへの依存は断酒から三日目で、精神的な依存は約三週間である程度消えた。この時期は全ての気力を「酒を飲まない」につぎ込んでいたので基本食事は外食、もし家で食事する時は洗う手間を省く為に使い捨ての紙皿を使うなどして乗り切った。バランスのとれた食生活なんてする気力も残っていなかったがとりあえず楽に摂取できるリンゴやキウイなんかは食べるようにしていた、
・第二期(一ヶ月目~二ヶ月目)
断酒の継続により心身ともに調子が良くなり、ハイになる。この時期は今思い返すと穴に入りたい気持ちになるが、友人に酒のない生活の素晴らしさをドヤ顔で語りウザがられていた。定期的な飲酒欲求はあったもののレグテクトと気力で無事やり過ごすことができた。代わりといってはなんだが、甘いものに対する渇望が極めて強くなり、体重はそれなりに増加した。
・第三期(二ヶ月目~三ヶ月目)
NHKの集金のように頼まれもしないのにある日唐突に今までとは比較にならない負の感情が襲ってきた。ハイになっていた揺れ戻しと精神にかかっていた霧のようなものが晴れた事で自分のアル中になった根本の原因である「家族への憎悪」がどれだけ強烈だったを自覚する。全て投げ出してアル中に戻ってしまいたい誘惑に何度も飲み込まれかけた。もし家族ブチ殺しても罪にならない世界だったら本当に殺しかねなかったと思う。この時期はいままで週1ペースだった通院が最大で週3になり、薬の量も増え、診療時間中ずっと先生に対して家族への憎しみをぶちまけ続けていた。王様の耳はロバの耳ではないが、この時期の先生のサポートがなければアル中に戻るか、ムショ行きにでもなっていたかもしれない。アル中からの回復は三ヶ月がひとつの山らしいが、とにかくこの時期は本当につらかった。
・第四期(三ヶ月目~四ヶ月目)
揺れ戻しが終わったのか精神面の憎悪は小康状態に落ち着きある程度楽になるが今度は代わりに虚無感が強くなり、「なんで自分はさっさと対策をとらずこんなに人生を無駄使いをしていたのか」といった大量の「たられば」 に捕らわれることが多くなり、第三期ほどではないが飲酒欲求が高まるときは多かった。通院はほぼ週一に戻ったが、今度は先生に対して「たられば」の話ばかりしていた記憶がある。ただ小旅行をする気力くらいは戻ったので休日は鎌倉に行って観光するでもなくひたすら海を眺めていたりした。
・第五期(四ヶ月目~六ヶ月目)
「たられば」状態が少し落ち着いてきて気力もある程度戻った事もあり、これまでは考えもしなかったペットを飼うという選択肢を思いつく。僕個人に関してはこの選択はとても正解で、無聊が大分慰められ、大いに助けてもらった。自分のような一人で夜を過ごす時間をもてあますタイプには犬や猫、小動物でも爬虫類でもなんでもいいが、余計な事を考える時間を減らせる存在は大事なのかも知れない。そして大分生活も落ち着くようになった。家族への憎悪も「できるなら殺してやりたい」から夜寝る前に朝起きたら携帯に警察から「あなたのご家族がみんな死にました」という連絡が入ってくれますようにと願う程度には整理された。体調に関しては非常に良く、生活も充実している。時折強烈な負の感情が出てきているがなんとかやり過ごしつつ今にいたる。
■まとめ
アル中を回復して以来、めんどうくせえ事に友人知人に「アル中の事ならあいつに聞くといいよ」な感じで広められ、たいした面識もない人から相談を受けるようになったが、正直言ってこちらに言える事なんぞ冒頭に書いた「アルコール依存から抜け出したいのなら自分の抱えた問題(アルコールに限らない)を率直に話す事ができる相性が良く優秀な精神科医を見つけ、よく話し合いながら治療を進めるといい。ただそれがあなたの人生を良くするかはわからない」 という結論くらいしかない。世の中には「アルコールに逃げるのなんで心が弱い証拠、他人のせいにせず自分の人生を見つめなおし、責任は自分自身で追うべき」なこの糞馬鹿はよほどおめでたい人生を生きてきたんだろうなと思わせてくれる発言をかましてくれる人もいるが、もし自分の人生に率直に向き合ったら他殺や自殺に行く人間なんざざらにいると思し、その人の人生に責任を負うことも自分にはできないので積極的にお勧めはしない。自分に関しても肉体は問題なく健康になったが、精神面に関しては断酒前には起きることがなかった唐突に強烈な憎悪がとまらなくなるという事態が未だにある。ただ、自分が家族に全く愛情を感じた事がなく、憎悪しか持っていなかったという事に気づけたのは自尊感情の回復に非常に役にたってくれたし、これからの自分の人生にとって何よりの収穫であったとは思う。とりあえず、アル中から回復したいと考える人々がいい医師に出会え、回復して楽しく人生を送れるようになってくれるよう元アル中の一人として願っています。長文にお付き合いありがとうございました。
■おまけ
読んだ本
「禁煙メソッド」でも有名なアレン・カーによる著作。もの凄く端折ると「酒は凶悪なドラッグなのだから自己管理するなんて無理。味が美味しいと思うのも広告会社の宣伝やら依存症状によりそう思っているだけ。断酒の禁断症状なんて少し耐えれば治ります。さっさとやめましょう」というある種の極論。周りにもこれを読んですっぱり酒を断ち切った人がいたが、その人は肉体的な依存はあっても精神面には深刻なトラブルを抱えていない、というかむしろ鋼鉄のメンタルを持った人だったので、そういう人には役に立つ本かもしれない。ただ精神面に問題がある自分のような人間にとって、医師に頼らずこれ読んで一人の力でで禁酒しようとすると、第三期の時のような強烈な揺れ戻しの時にいささかならずやばいことになるのではないかと思う。
ワンピースのように大海原にでてテッペンを目指す漫画でもない。
ただひたすら自己承認欲求の強いナード属性の主人公が面白味も無い自己犠牲で活躍して、
人間的魅力がないのに友達が増え、女の子から好かれるご都合のハーレム展開漫画。
何の魅力もない主人公なのに今の若者はこれに自己投影して自分を慰める。
スラムダンクや北斗の拳やクレヨンしんちゃんやジャングルの王者ターちゃんや
シティハンターや幽遊白書やろくでなしブルースや今日から俺はやドラゴンボールや
封神演義や蒼天航路やキン肉マンやうしとらやぬ~べ~やガッシュや寄生獣やジョジョや
を消化してきたおじさんは、自分と違う面白さを持った主人公の人生を見たい読みたいんであって
自分と似たような暗いジメジメしてるだけ、ジメジメ回避のための打開策のアプローチすらできない主人公、
なのに周りのおかげで勝手に上手くいくような主人公をお出しされても、全く面白いと思わないんだよね。
ハッキリいってヒーローアカデミアの作者って人間として面白くないでしょ?
自分が描きたいものを描いているというより売れるものを描いてる感がすごい鼻に付く。
誰かに否定されてでも書きたいとか着地に失敗してもおかまいなしに書こうとする気配が全く感じられない。
小奇麗にやろうとしてる感がキツイ。
チート能力や周りのヨイショを期待してしまうかもしれないのが辛い。
緑谷が主人公としての義務の周りを「ハッ!?」とさせるような魅力が全くない。
ナードならナードサイドによるリア充・一般人の「俺たちはひょっとして大きな勘違いをしていたのでないか」という読者の知見を広げたり啓蒙する役目を全く果たしてない。
ナードがニヤニヤしながらリア充メンバーに囲まれてチヤホヤされてるのをみて、現実で居場所がないナードが読んで緑谷と自分を置き換えて心を慰める、
代償行為にすぎない。
こんなの人生の糧になるか?
おじさんは死なず、ただ去ろうと思った。
エレンいいよね!
韓国の団体が2つくるってんで騒がしくなりそうだなあとゲンナリ
また、団体が来るせいかおいてある料理や肉も種類が少なく感じた
最初はすごいわくわくしたけど取りすぎてゲンナリするところまでがデフォ
また当分こなくていいかな
終わってトイレ個室入ってたらノックもなしに何度もガチャガチャしてきた韓国人死ね
礼儀知らずすぎる
その後川棚温泉へ
露天風呂のぬるいところで仰向けになって顔だけ出して目をつぶってたゆたうのがすごく気持ちよかった
1時間ほどで出た
待合スペースっぽいところで中島みゆきの糸がインストでかかってた
山口は安倍晋三の地元だから、晋ちゃんセットっつって安倍晋三の顔のイラストのシールがはってあるだけの醤油が売られてた
それ以外にも車で走ってるとあちこちに安倍晋三のポスターがあった
温泉のあとは角島へ
島よりも本土と島を結ぶ橋の方が有名というところ
あいにくの天気だったけど、本土から島までまっすぐ伸びる海をつっきる一本の橋は、たしかに沖縄っぽさというか北海道ぽさというか、すごく場違い感を覚えた
こんなとこが山口なんか(失礼)にあったんだーと思った
角島では灯台に行ったけど、荒天のため閉まってた
見上げると展望台のフェンスとか結構低く見えて、こんだけ強風だとそりゃあぶねーわなと思った
人間がすぐ近くにいるのに少しだけ鳴いていた
その後は道の駅へ
おみやげとか買った
でも昼すたみな太郎でまだおなかいっぱいだったから買わなかった
誰々がチェーンソーで作ったほっくん像が置いてあった
でも目が真っ黒で大きくて底知れない怖さを感じた
せめて少しハイライトがあればまだ違うんだろうけど
なんか寄生獣みたいにくぱあと顔が開いてぎざぎざの歯がいっぱい生えてそうなイメージ
その後帰路についた
家についたときには真っ暗
夜はうどん
高校か大学かでレポートを書かないといけないっていうのにゲンナリしてた夢だった
休み前にまだ残してきた仕事があるからこんな夢みたんだろうなあ
最悪
トイレ行ってフルーツミックスジュース飲んで歯磨きして今日記書いてる
そういや最近残業ばっかで休日も寝てばっかで、好きなマンガがほとんど読めてないしゲームもできてないなあ
やめたくてしょうがない
近々人事制度とか給料とか変わるし今よりも全体的に下がりそうだし、それでも仕事量は増えるしがんばれって言われるんだろうし、それ逆だろと
給料減るけどがんばれってどんだけやねん
もしくは
だろJK
さすがに現状のままだと数年以内にやめるかなー
最低でもあと1年?くらいはがんばるつもりではいるけど
5年後はどうなってるかわからんなー
一昨日エゴグラムテストしてみたけど、↓みたいなタイプだからほんと社会的生物としては終わってるわ
人生に対して積極的にとか言われてもそれができないタイプだっつってんのになんちゅう矛盾した判定結果だ
自信喪失のタイプであると、申し上げて置きましょう。極言すれば、貴方の肉体は自主独立の魂を欠いた、一種の抜け殻的な存在とも言える訳で、周囲の人々の圧力や示威が、世に云うテレパシーのような形で、貴方の中へ入り込んで来て、貴方の言動を、あれ、これと、操縦して仕舞う訳です。いわゆる強度な自己不全観念の持ち主と云う事になります。云うなれば、人に良く思われたいと云う気持ちが、強すぎると共に、自分が役立たずや能無しではないかと云う劣等感も強く、過敏型ないしは、強迫神経症型の、性格異常を招き易いのです。今後は、もう少し自分に自信を持つ事です。自分より尚一層、下らない人間、詰まらない人間、役立たずの人間は、この世に数限りなく居るのだと云う事を、常日頃から、自分に云い聞かせるようにすると共に、周囲の人々も一皮剥けば、自分と五十歩、百歩であり、自分は唯、根暗(ねくら)で表現力が無いのと、物事に正直なだけに、悩むことも人一倍多い、本当に人間らしい人間なのだと、全てを良い方へ解釈し、胸を張って開き直る事です。
詰まらない相手に、一度引っ掛かって仕舞うと、方向修正や出直しの容易に出来ない性格だけに、一生を棒に振って仕舞うような危険性も、かなり高いタイプです。結婚後は相手に対して、箸の上げ下げにまで気を使うような、姑息な配慮の仕方では無く、相手に貴方と結婚して、本当に良かったと思わせるような、大きな愛情、巧まざるユーモアなどを身に付けるように、心掛けるべきです。
職業適性
芸能、芸術、文芸などの分野には、殆ど適性が無いでしょう。事業家、政治家、治安関係公務員、法律家、金融業、質業、医師などにも不向きです。保母(父)、看護婦(士)、単純サービス業、一般公務員、一般事務員などでしたら、別に性格的な面からの差し障りはありませんが、中間管理職などになった場合には、上下の板挟みで、かなりの苦脳を覚悟しなければならないでしょう。
対人関係
もう少し図太くなる事を心掛けると共に、人生に対して、もっと積極的に好奇心や探求心を持ち、自分にも他人にも、もっと厳しく無闇矢鱈(むやみやたら)な妥協を排することです。