はてなキーワード: あまつさえとは
ゆう活を勧められているけれど、内容を聞く限りやる気がしない。
「ゆう活」ってところにリンクがあるからそれクリックして読んでくれ。以上。
だけでは不親切なので内容をかいつまんで言うと、
「会社に早く来てその分早く帰っていいからね。ただしその後の残業はやっちゃだめ」
まあ、おいらは毎日定時より早く来てるし、定時にサクッと帰る。
ペナルティすら科されないお願いベースでホイホイ従うなんて犬かよお前ら。
「お願い、あいつ嫌いだから殺して」と言われたので言うこと聞いて殺したら、
そうだ、友人から聞いたけど、協力者数の統計取ってるらしいぞ。
2の終わりにも言ったところだが、「お願い」という言葉には責任を曖昧にする機能がある。
例えば、ゆう活で早朝出勤を数度行った結果、体内リズムが崩れ体調不良に陥る。
その因果関係が証明、そして命令での実行であることがわかった場合、その職員に対して職場の管理責任が問われる。
一方、その因果関係が証明されてもお願いベースでの実行であれば、その職員が勝手にやったことと処理されて職場の責任なんか問うことはない。
責任問題はともかく、今の体調的に過ごしやすい勤務スケジュールを無理矢理変えられて、あまつさえ体調不良に陥ることをお願いという名の命令で従うつもりはない。
おいらは、通常通り定時より早く来て、定時にサクッと帰る。
要点:
寝ろ.
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これは大学生が書いている.
情報系の各位をインターネットで観測していてよく目にする特徴として,
レッドブルやモンスターエナジーといった,いわゆるエナジードリンクを頻繁に摂取するということが挙げられる.
(これは情報系の人間だけの特徴とは限らないが,観測範囲が情報系に偏っているので許して欲しい)
当然に,大学においてもそういった傾向が見られ,大学生協には当然のようにエナジードリンクが並んでいるわけである.
大学生の時から長時間作業が常態化し,学生がエナジードリンクを買い求める光景は,はっきり言って異常である.
私は情報系分野における長時間労働の背景のひとつに,こういった大学時代からの長時間作業の常態化があると考えている.
(これは,経営層や監督層に問題がないと言っているわけではないことに注意.
あくまで,長時間の作業をするのが当たり前になってしまっている状態に「慣れて」しまっているのが問題だと言っている.)
そもそも大抵の場合において,長時間作業する必要性が出てくるのは作業効率が悪いからであり,
睡眠不足が長時間作業を誘発し,それによってさらなる睡眠不足が引き起こされる負のスパイラルに陥ってしまっている人間が,
「エナジードリンクの摂取をしたことがないなんて,大した研究をしてないんだな」
などというふざけた発言をするような分野で,労働環境が改善することなどありえないと断言して良い.
脳みそをどれだけ回転させるかが勝負と言って良い頭脳労働において,睡眠不足で効率を落とすなどもってのほかである.
寝ろ.「早寝早起き朝ごはん」は健康に効率よく過ごすためのもっとも簡単な取り組みである.
情報系エンジニア各位は,自らの労働環境改善のための取り組みの一環として,エナジードリンクの摂取を今すぐやめるべきである.
人手不足なのか、しばらく待ってもオーダーがこない、仕方ないので呼び出しベルを押して注文、早く水(麦茶)をくれと要望する。
ふと隣を見ると、ちょうど運ばれてきた牛丼にがっつく大学生らしき男性。
それなのに彼は牛丼を、あまつさえ紅生姜をてんこ盛りにして食している。
これはどういうことなのか、彼は喉の渇きを感じない特殊体質なのだろうか。
単にまだ喉が渇いていないということもあろうかと、気にせず運ばれてきた牛丼を食していたが、いつまでたっても彼は水を要求しない、それどころか紅生姜を牛丼に追加している。
私は不思議でならず、彼を見ているとより喉が乾くような気がして水(麦茶)のお代わりを要求した。
東南アジア系の店員がやる気なさそうに私のところへ水を運んできて、彼に一瞥をくれたが、彼に水がサーブされるわけでもなく、ついに彼が水を飲むことはなかった。
まとまりがないんだけど、いろんな意見が欲しいので初めてずっと抱えてた違和感を言いたいと思う。よければコメントをください。
つい半年くらい前までは結婚を前提に付き合ってた彼氏もいたし、中学校くらいまでは男の子を好きになって告白してフラれたこともある。
そんな人生を送ってきたけど、よくよく振り返ると女の子に対して方が、恋愛ドラマだとか少女漫画だとか恋愛小説だとかに描かれてるような恋をしてる感覚を覚えているし、今も実は現在進行形でそんな気持ちを抱いている女の人がいる。
実行には移したことがないけど、今まで数人の女の子(友達や知り合い)に対してこの人とキスしてみたい、とかあまつさえセックスしてみたいと思ったこともある。
でも、わたしは今も昔も男の人と付き合ってセックスしたりキスをしたりしてるのだ。この女の子に恋をしてる感覚はなんなんだろう?ただの勘違いなんだろうか。
この人と付き合えたら、きっと幸せだろうなとか心の底から好きで四六時中相手のことを考えてしまう……という相手は過去付き合った彼氏にも申し訳ないが、女の子相手にしか覚えたことがないんだよね。でも恋愛感情なのか親愛なのかもわたし自身全然わからないでいる。エッチなことしたいなーとか思ってるのに。告白したら困るだろうなと思ってもいるのに。
それとも、この気持ちはただの興味本位なんだろうか。それすらもわからない。でも、今はセフレいるけど、あの人のことを考えるのをやめられないんだよな。一緒に飲んでふわふわ酔っ払った彼女が赤い顔してるのに真顔で「酔うとわたし腕を組みたくなるんですけど、ならないですか?」って言って「そうなんですか?」ってわたしが笑って前を向いたらきゅって、わたしの着てたシャツワンピの袖を握ってきてふたりで歩いた夜のことを忘れられない。多分彼女はただふざけてやっただけなんだろうけど、今までの彼氏に付き合いたてで初めて手を握られるよりもドキドキした。彼女のことがきっと好き。でもわたしはセフレとキスするしセックスもする。
いっそ女の人と付き合えたら答えが見つかるんだろうか。
業務中に、ちょっとしたことで声を荒げてしまったことが短期間に何度もあった。
周囲の目につくところでモロに、といったところなのでさすがに心苦しい。
自分の心の平静を取り戻し、周りからも普通の目で見られたいのだが。
このような状況で根本的に何が問題なのか、何をどう解決したいのかも分からない。
まとまりはないが、整理するために思っていることを書き出してみる。
・コミュ障。特に自分のことを相手に説明、報告、プレゼンするのが苦手。予行練習とかで誰もいないところで壁に向かって話しても、話の内容がだんだん訳分からなくなり言いよどむ。ここは決定的にダメなところだと思う。
・なので発言の粗をついて、言葉を遮って突っ込んでくるタイプの相手には、全く自分の考えを伝えられない。
・この手の上司に何度も言葉を遮られたため、ブチ切れて「お前は何も分かってないじゃないか」と叫んで帰ってしまった。翌日以降普通に接してはいる。
・36協定の職場で、年間残業750時間は守られている。睡眠時間も6時間以上は確保している。なので業務のことを言い訳に持ち出すのは甘いのかな、とは思っている。
・とはいえ業務量に作業時間が追いついていない。クオリティの低い仕上がりを自転車操業的に回している。
・退社後や休日に検討をしようと思っていても、結局家に帰ると別のことをしてしまう。当然業務が立ち行かなくなることが多い。そして自己嫌悪に陥る。
・業務に将来性はなく、自身の専門性も乏しい。だから潰しがきかない。そうした八方塞がり感はある。
・帰ったら食事をとって、寝るだけ。睡眠時間を極力最大化するのが精一杯。もう何年もこういった生活を続けて、趣味も自己研鑽もモチベーションは潰えた。
・ヒラの中では年長者なので、業務がうまく回らないときは管理職リーダーからも後輩からも、まず自分が矢面に立たされる。そういうプレッシャーを常に感じている。
・ギリギリのスケジュールで回しているときに、何度も念押したことを遂行しなかったり、突然スケジュールに割って入られたりで、さも平然に振る舞われた際、切れてしまって、突如と大声を出してしまった。
・特定の人とか状況ではなく、本当に何かツボにはまったとき、としか言いようがない。そういう冷静なコントロールが効かなくなってるのが怖いし、未熟だしやるせない。
・普段は穏やかだし、そういう面を見たことがない人にはやさしいと言われることもある。ただそれは意識してやっていることにすぎない。自分が苦しいとき、余裕がないときにはぞんざいな態度だし、あまつさえキレる始末だ。
・とはいえ生活全般で、イライラすることは多くなったと感じている。歳か。
・自分がいないと今の業務は全然回らないと思っているが、周囲の態度や評価を鑑みるに、自分がそう思い込んでいるだけなんだろうとも思う。そこも少し切ない。
私も弟と二人暮らし、両親から「あんたら夫婦のようだね」と言われます。家事完全分担で、夜は一緒に近所を散歩し、買い出しに二人で出かけ、同じアニメを観て、ゲーム協力プレイしてます。
だけど、私は婚活中です。
ってこと。
話し方も歩き方もデレデレへなへなして、女性に甘えだし、どこに行くか何するかどうしたらいいかと何でもかんでも指示を仰ぎ、女の後ろをしがみつくように歩き、恐らく日常社会では出していないだろう高めのトーンで(当事者比較)赤ちゃん言葉になる。(男に言わせるとこれは女性を大事に扱っている態度らしいが)
だから、女も対男となると態度や話すこと、内容、あまつさえ人格すらもが変わってる人は多いのだろうなあと思う。悪い方向へ。
つまり男も女も同性と同じ態度で異性に接せられてる人間は少なくて、
性別が違うと、もうそれだけで異性の世界と同じ世界を見れないのではないだろうかと思うことがある。
それこそが、「同性には尊敬できてすばらしい人がいるのに異性にはバカしかいない」(そこまでいってない)という発展の仕方を助けているのではないか……などと思うのだけど……。
自分の尊敬する人物も、好みのタイプの異性の前では本能に抗えずバカを演じているかもしれない………と感じるところが私にはある。
婚活マンガで「女友達がしたことなら気にならないことが、婚活相手がやったとなると俄然許せなくなるのはなぜなのか?」と自分の気持ちのやりどころに悩んでいる文章があった。これは本当にそうで、ワリカンや食事のマナー、デートプラン丸投げなど、私も女友達にならいくらでも奢りたいし、お見合い相手に怒るようなことで友達に腹が立ったことが一度もない。なぜかそれがデート相手だと腹が立つところがある。ふだん友達みたいな関係の夫がほしいとかほざいてるのになぜなんだ。
男同士間、女同士間では誉めそやし尊敬されて明瞭快活な人物も、結婚・恋愛相手に会うと途端にお互いに理性が飛び、感情や下半身丸出しでバカにしか見えない状態になる人(またはそこに近づいてゆく人)は実はとても多いのだろうな、と感じている。
そうでない人はだれにでも取っつきやすいからすぐ結婚・信頼関係の構築に至れるのだろう。
そんな男は女からはデレデレ頼りなくバカに見え、そんな女は男からは感情的でキレやすく理論的に考えられないダメな生き物になるのじゃないか。
やはり、男でも女でも性差への偏見の目がなく相手の個性、人となりにダイレクトに接することができる人は素晴らしい。
話はそれるが、
男性が好みの女性に対して甘えだしてキモくなる現象に関しては発見があって、
男→女 の見る目は
自分(猫好きの女)→猫 の見る目と
変わらないということに気づいてから色々捗っている。
これは以前ネットで
猫を飼っていても、他の猫ちゃんはどんな感じなのか気になって猫カフェにいって〝浮気〟してしまう女性心理を、男性が奥さんがいてもキャバクラに通ってしまう心理と同じと言っている人がいて気づかされたことなんだけど、
昔は女と接するときだけクネクネしたりニヤニヤしたり汗かきだしたりと態度が変わる男性がきもくて仕方なかったが、自分の対猫の姿勢を考えたらなるほど!と理解できてしまった。
もう相手が猫ってだけで感情が爆発してしまうから私も男だったらキモ男だったんだな!!と。
私がもし男だったら、デート相手(女性)に距離感ゼロで初っぱなから甘えてみたり、自分がしたいだけなのに親切ぶって過剰にかまってウザがられたり、勝手にした世話に期待した反応がないとキレたり、ほしいと言われてもない物を与えて満足し相手が本当にほしがってる物は値段が高いからとみて見ぬ振りしたり、冗談で私は嫁にATM扱いされてますからとか周りに言ったりしてるんだろうなっていうかこれ猫にしてることだ全部。
あとは、自分が愛猫に嫌われてるので、つい猫の前で発狂してキモい声出してデレデレクネクネして格下にみられちゃうのをやめて尊敬され愛される飼い主になりたいんだなあ
最後に観たのは探偵たちの鎮魂歌だから、実に12年ぶりである。
地上波はそれ以上に観ていない。
まず、キャラの演技だいぶ変わってる気がする。
特にアガサ博士と少年探偵団、灰原に違和感。まぁ10年以上も経てば変わるか。
それと、声に老けを感じてしまい、少し寂しく。そのうちドラえもんみたいに世代交代もあるのだろうか。
おっちゃんは声優も変わって演技も違うのだけど、そんなに抵抗はなかった。
ストーリーについては、「いやいやそうはならんやろw」とか「なんでやねんw」って突っ込みどころが多くて、内心突っ込みながら楽しんでいたんだけど、世間一般的には重厚なストーリーという評判らしい。マジか。
安室さんは初見だけど、29歳で(恐らく年功序列が色濃く残っているであろう)公安の秘密組織で指示を出せるくらいの地位があるという日本中の才能とコネの特異点のような存在が、IoTテロの可能性に思い至らないものだろうか。あまつさえ、スマホにこっそり盗聴アプリを仕込む知識もあるというのに。
やたらコナン上げしていたのが気になった。(まぁ原作やら他のエピソードで理由が描かれてるんだろうけど)
ついでにNW経由で操作されるだけで電子機器が爆発炎上までしちゃうあの世界の安全基準はどうなってんだ。
探査機のパスワードを打ち込む瞬間、「よろしくおねがいしまあああす!」と聞こえた気がした。そういえばあれも人工衛星をGPS誘導によって落とす話だったか。
ていうか探査機との通信に使う暗号方式って、パスワードによる共通鍵暗号方式なん?公開鍵暗号方式とか使うんでないの?そこらへん詳しくないから誰か教えて。
RX-7の頑強さとかキック力増強シューズで蹴り出されたボールの威力とかはまぁ空想科学読本あたりで検証されるだろう。今も空想科学読本が残ってるかはわからないけど。
新卒カードなんて自分にはなく今の仕事に就き、思ったより自分に合ってて楽しくてその後転職も経て今に至る。
特にスキルも学歴もなく、何も考えずに応募したのが地元のホテルだった。
勤め始めた頃、この仕事は大いに魅力的だった。コミュ障でありながら仮面を被れば客とにこやかに接することが出来て、そんな自分が自分じゃないみたいですごくたのしかった。
フリーターだった自分は、これを活かすしかないと別のホテルに正社員として就職した。
そこで待っていたのは、20時間連続勤務に、客からの人を人と思わない物言い、それでいて月の手取りは15万。
「人にできないことをできる」ことが金になるのだという意識は当時22歳の頃からあって、極端な話サービス業は「人が我慢出来ないことを我慢できる」ことが職能なのか、と思って耐えてきた。
それでも、普段仕事で取引先とのやり取りをこなしてるようなサラリーマンが平然とNoShowしたり、あまつさえ「予約メールなんて見てねえよ」と逆ギレされ、結局キャンセルチャージなんて払ってもらえない。本当にもう疲れた。
パッと見では標準的サラリーマンであり、誰かの夫であり、誰かの父である。そんな人間がとても道理の通らないことを言ってる日本人の人間性に疲れた。
ホテルは維持費がかかる。建てるのは一瞬だが、築30年の不動産賃貸を誰もが忌避するように、内装は新しく、清潔感あるようにしなければ客はつかない。
そのためには会社は稼働や客室単価が良くてもそれが給与に反映されることはなく、来る東京五輪で最大のパフォーマンスを出すことしか考えない。
サービス業(ましてやホテル業なんて)の本質って人なのに、それをおろそかにして容れ物だけきれいにしてもまるで意味はないよね(ハハッワロス)
結局、所謂「ホテルマン」なんてのは、専門学校生や大学生(大学生ならもっとほかの道があるだろう)を惑わすための魔法のワードで、そこに夢なんか存在しない。
いわゆる御三家勤めの知り合いも、給与や休日は高卒クズの自分と五十歩百歩だ。
その割に「日本ならではのおもてなし」とか「ホスピタリティ」とか言って奴隷のように使役されるだけ。
上野御徒町に、吉池という店がある。一階は魚屋、地下1はスーパー(とパン屋)、地下2は酒屋と荒物屋である。
我が陋屋からは電車で一本、月に一度ぐらい気の利いた魚が食いたくなった時に買い出しに行く。無論上野である、しばしばインバウンド共が己と活ガニを自撮りしようとして河岸声の親爺に止められている風景を見るのはご愛嬌だ。しかしそれよりよく見るのが近隣住民の年寄り衆(婆さんというほどしょぼくれてはいないが、マダムと呼ぶには雑気ない)。イメージよりは地元民という奴がこの辺には多く隠れている。
さてこの店、数年前に本店を改築し、さらに昨年ごろにレジを入れ替えた。当節はやりのセミセルフ式(レジ入力を店員がやり、支払だけ専用機でやるタイプ。客が時間をかけるのは支払いで、これを複線化するので全体の時短につながる)である。
これが入って最初の買い物の時はちょっとしたカオスだった。レジ=金を払う場所、という固定概念は強固なものなのである。年寄り衆(連中は説明にまた時間がかかる)を筆頭に時短につながるはずの新システムは、行列生産機と化していた。まー年寄りだから仕方あるまい、と思ってこちらも位の列に並んで会計を済ます。
その次の月である。年寄り衆はどうなったか。何のことはない見事に適応していたのである。あまつさえ、うち結構な数は現金ではなくスイカやらパスモやら、何らかの非現金決済を活用しているではないか。ついついレジで財布を取り出してしまうこちらとは利用頻度が違うのである。
さて、ここまで来て
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180418-00000058-sasahi-life
話はここへ帰結する。
バカか。
よほどこのアフロBBAの方が老人を侮っている。適応できるかどうかはひとえに個人の資質にほかならぬ。年寄りの全員が全員機械も使えぬ阿呆だと断じる根拠は何だ。無論、当方もn=1の話をしている。だがBBAが賢しらに書き立てる「お年寄り」はほとんど観念上のものだ。更に言えば、全員が全員そうだという話ではない。
反テクノロジーを謳って暮らしていくのは結構。勝手にしろ。しかしそれを正当化するのに勝手に「弱者様」を設定して無遠慮に世間を殴りつけることが正当な行いだろうか(反語、為念)。現実も見ていないような馬鹿が記者面を晒すな。
今、入所後に使う私物に貼る名札シール作ってる所なんだけど、涙が止まらず明日に響きそうなので吐き出しておく。
今週の水曜日、同居してた要介護3のばあちゃんがグループホームに入所する事になった。足が悪く半分寝たきりで、認知症も進んできたばあちゃんを俺と父親で1年くらい騙し騙し介護してきたんだけど、入所の順番待ちをしていたグループホームから先週「急遽空きができたんですが、入所されますか」と連絡が来たのだ。先方からは以前、申し訳ないが空きができるにはまだ半年以上かかると思う、と言われていたので寝耳に水だったが、予期せず、介護生活からの解放と70年以上実家に住んでたばーちゃんとの別れがやってきてしまった。いつか来るとは思ってたけど、もっと先だとばかり思っていたので、まったく心の準備ができていなかった。ことの決定権は父親と叔母(父の姉)にあった。毎日主に世話をしているのはお前だからと、俺の意思も訊いてくれたが、断る理由が「寂しい」くらいしかなかったし、この機を逃したら次はいつ順番が回ってくるか分からないのもあって「仕方ないことだし、親父と叔母ちゃんの判断に従うよ」と返答した。
正直、慣れない介護はきつかった。毎朝早めに起きてばあちゃんの部屋へ行き、着替えを手伝い、ポータブルトイレの中身を処理し、車椅子で洗面所と仏壇に連れて行って、朝飯を食わせてデイサービスに行く準備を整えながら自分の出勤の支度もする。仕事が終わって帰宅したら晩飯を食わせて、洗面所と仏壇に連れて行って、ベッドに寝かせて布団をかけてやり消灯。この基本の流れに加え、ばあちゃんが破り散らかしたトイレットペーパーの片付けというインタラプトも高確率で発生する。紙を破るのはやめてくれと言っても認知症なので1分せず忘れる。まあきつい。性格が穏やかな方なのが唯一の救いだった。自力で歩けないから徘徊とかも無いし。もっと大変な家もあるだろうなーとか考えながらも、いつまでこんな生活が続くのかなとか溜息ついちゃうくらいには参っていた。
ばあちゃんは俺が小さい頃、共働きで家にいない両親の代わりにじいちゃんと2人で俺の面倒を見てくれた。昔から足が悪かったが、なんとか杖を突いて歩いてバスに乗り、俺を散髪に連れて行ってくれたり、デパートでガンプラ買ってくれたりした。夏休みや冬休みになると、高速バスに乗って都会に住んでるいとこをばあちゃんと2人で迎えに行ったりもした。両親と仲が悪かったわけじゃないが、俺は完全におばあちゃん子だった。実際ばあちゃんも溺愛してたと思う。いい年こいて結婚できてない俺を、お前みたいにいい子が結婚できないわけがないから、早く嫁さん見つけろと何度も言ってくれた。どうも俺いい子じゃないみたいだぜ。すまんな。
元々ばあちゃんの面倒を見ていた母親が亡くなった時、還暦越えた頑固親父とろくでなし息子だけで祖母の世話をするなど土台無理な話だ、さっさと施設を探した方がいいというのが親戚一同の総意だった。そらそうなるわな普通。ばあちゃんは状況がイマイチよく分からない顔をして小さくなっていたが、それを見たら単純に不憫に思えたし、できもしないくせに母親の代わりを務めないといけないと思ったんだろうな、「いずれは施設の世話になるとしても、可能な限り俺らで面倒見たい」とか皆の前で言ってしまった。その場には介護の仕事してる親戚もいたので「うわっコイツ現実見えてねえ」と思った事だろう。今の俺も当時の俺に対してそう思ってる。介護は素人がフワフワした気持ちで続けられるもんじゃない。事実、今回の報せが来たときはちょっとホッとしたからな。俺がもっと要領よく、マッチョに立ち回れていたなら、「もうしばらく頑張ってみます」というルートに進めたかもしれない。父親と叔母が入所を即断したのは、実の親の介護を未婚の孫にさせていて、あまつさえそれで消耗させてる事に対する罪悪感もあっただろう。自分が情けないと思った。あんなに可愛がってくれたばあちゃんなのに、もう助けてやれないんだと。
入所が決まったという話を叔母がしたとき、ばあちゃんは分かったような分かってないような、少し神妙な顔をしていた。いずれにせよ認知症のせいですぐ忘れてしまうのだが、重大過ぎる事だけは辛うじて記憶できていた(母親が亡くなった事だけは忘れなかった)ので、もしかしたらちゃんと覚えているのかもしれない。ただ今朝もやっぱりトイレットペーパーを破り散らかした。出勤前にスーツに紙屑が付かないように掃除するのは完全な遅刻フラグだったが、ギリギリ大丈夫だった。支度を整え、いつものように庭が見える窓のそばまで連れていき、デイサービスの車が来るのを待つ。毎日繰り返したこの一連のシーケンスも明日の朝で終わりなんだな、なんだかんだで寂しいよなあ、ばあちゃん分かってるか、分かんねえよな、なんて思いながら庭を見たら、土日の暖かさで一気に咲き始めたツツジが見えた。ばあちゃんもそれを見て「ああ、綺麗なツツジだ。ようけ咲いとるわ」と感慨深げに言った後「もうこれで思い残すことはないわ」って言ったんだ。
おいおいおい、やっぱり分かってんじゃねえかばあちゃん、いや実は分かってないかもしれないけど、わざわざそんな事言うってことはそうなんだよな。もうここに帰って来れないってちゃんと分かってるんだよな。朝も夜も分からなくても、飯を食ったのを忘れても、紙を破り散らかすと俺が怒るってことをすぐ忘れても、本当に大事なことだけは覚えてるんだ。なんだよそれ。ずるいだろう。多分本人にはもう状況が分からないから、というのが介護を断念するに至った主因だったんだ。それが分かってるって分かったら、やっぱりまだ家で面倒見ますって言いたくなるに決まってるだろ。もう遅いよ。手続き済んじゃったよ。肌着にも靴下にもタオルにも全部油性ペンででっかく名前書いちゃったよ。もうどうしようもねえよ。明日が最後の我が家だぜ。ばあちゃん。分かってるのかよ。
今日は仕事帰りにラベルシール買ってきて、できる限り可愛い感じの名札シールを作った。施設の職員さんが見たら「なんや妙に凝っとるな」と言うこと請け合いなやつが刷り上がった。いらすとやはやっぱり神サイトだ。でも、もうこの家に生きて戻ってくることがないだろうばあちゃんの名前を綺麗にデコるのは、言い方は悪いが位牌を書いているような気分だった。と言ってもばあちゃんの体調自体はそんなに悪くなく、決して今生の別れでもないし、なんならグループホームは家から1kmしか離れてないような地元オブ地元だ。バカみたいに目を真っ赤にしてこれを書いてる自分を滑稽だと思うけど、それでも明日をもってこの家でのばあちゃんとの思い出は最後になるんだと思うと、俺の中のばあちゃん子スピリッツがどうしようもなく目頭を熱くさせる。困ったもんだ。結局書いてるうちにどんどん涙が出てきて全く目論見違いになったわけだが、こんな思いを打ち明ける相手もいない寂しいオッサンの独り言だと思って、この場所を使うのを許してやってくれ。多分いないと思うけどもし最後まで読んでくれた人がいたらありがとう。
出勤してはてな見たら思った以上に反響あってビビった。泣いちゃうだろ。職場やぞ。花粉症シーズンで助かったわ。今朝は最後のデイサービス送迎だったので、雨の中ひとりセンチな気分で見送ってたら遅刻しかけた(多分職員さんも「なんやコイツ」って思ったと思う)。冷静になってから読んでみると“叔母(父の姉)”とか意味わからんこと書いてるな。面白いからそのままにしとこう。トラバもブコメもありがとうございます。今読むともっと泣いちゃって仕事にならなそうなので我慢する。読んでくれた人本当にありがとう。
子持ちの女性議員がバッシングされたのは、「子持ちの女性」だからではない。
有権者から託された貴重な在任期間に産休を取ろうとしたり、夫をペット呼ばわりしたり、
公の議場に乳幼児を連れこもうとしたり、あまつさえ女性であることを利用して人間の壁を作ったりしたから。
この国の有権者数・投票者数は女性の方が多い。単に立候補者が少ない=女性自信の問題。
これも旧世代の名残である。身体上致し方なく発生する休職に対応できない経営者の問題であることは間違いない。
ただし、男性と同じように社会進出することを選んだ以上、男性にないクールタイムは許容されない。
映画館などのレディースデーとかはそれを見て女性でも来やすいようにっていう配慮だったけど性差別との声があったのか今ではほとんど見ない。
あれは痴漢が多すぎるから出来たものであって、本来ならそんなものない方がいいに決まっている。こんなやり方でしか解決できませんなんて恥ずかしすぎる。
人の(男性の)善意にすがっておいて、根拠もなく追い出すなど恥を知るべき。
男性もレイプやホームレス狩りの危険はある。しかし、それでもホームレスせざるを得ない立場に追い込まれてる。
男性の方が自殺率が高いのは。これも印象だけで語ってはいけないと思うが、
やはり今までの価値観だと男性が家や社会を支えなくては、というような世界だからではないか。その価値観を壊したらもっと生きやすくなるかもしれない。
社会進出し、男性相当の収入を得ても上方婚を維持している女性が、この価値観を維持する元凶。
エマが付き合うのはみんないい男の金のある男だ!ってそりゃ彼女がいるのは俳優界なんだから同業者やそれに近い人間とどうしても付き合いが増えるからでしょう。社内恋愛と同じと誰かが言っていたが言い得て妙だと思う。わざわざお恵みでまったく知らない男と付き合えセックスしろと言う主張はさすがにみっともなくないか。
単に、「ジェンダーロールからの解放」を主張しているエマのチョイスがジェンダーロールそのままなことにより、
いわゆる勝ち組男性(とされる人たち)が饅頭三個、弱者男性が饅頭二個を持っているとして、その他の人は饅頭なかったから少しずつでいいから一個ずつ分けてね、というのが現在や少し前の話だと思う。勝ち組男性がそれでも二個持ってるの変だからそこも改善していきたいね、という話をしているのに、弱者男性と叫ぶ人たちは、不当だ!俺たちの饅頭なのに!ずるい!ひとかけらだってやるもんか!と駄々をこねているように見えているんだ。
女性は1個の人と2個の人がいる。なのに女性であるというだけで饅頭を奪う。
キモくて金のないオッサンとやらが嫌がられているのはキモいからでも金がないからでも年を取ったからでもなく、充分権力を得ているのに自分が弱者ですと哀れっぽく叫び、まだ自分の権利は足りてないんですくださいと言っているからではないか?しかも大体の場合こういうことを言う人は自分たちより弱い人間のことを口汚く罵っていることが多いので嫌気が差しているのだと思っていた。
キモ金は権力など全く得ていないし、なけなしの権利すらフェミの攻撃にさらされている。
多数の怪我人が出てる時の災害時のトリアージを思い浮かべてね。より重傷の人から治療するのは道理ではないか。あなた方のやってるのは、血まみれで死にそうな人間を治療している時に、ほんのかすり傷の人間が「こっちが先だ!こっちの方がつらい!お前が痛かろうがこっちだって痛いんだよ!どうせそんなの詐病だろ!」とわめく行為だと思うよ。
なんで、フェミ等の一部の人間が勝手に、キモ金を後回しにできるの。
文句言うべきは社会であってフェミニスト(を名乗るのはとても恐れ多いくらいだし自称したことは一度もないが)にいちいち絡みに行ってお前らは俺たちのことを無視してる!攻撃してる!って被害妄想すぎてみっともない。
その中で、男性攻撃の先鋒であるフェミが反撃を受けるのは当然。
被害妄想もほどほどにしてほしい。
アニメーターやイラストレーターに当たる方々の苦痛に満ちた生活についての書き込みは、ネットでよく見られる。
ただ、彼ら絵描きがしんどい日々を送るのは人間性、生活スタイルなどを考慮すると致し方ない部分が見られるのも事実だ。
自営業者の端くれとして、そんな彼らにアドバイスをしておきたい。
・コミュニケーションを円滑にする
著名人の逸話を例とすると、ピカソの話は人口に膾炙するものだろう。
「ピカソさん、私あなたの大ファンなんです。この紙に一つ絵を描いてくれませんか?」
ピカソは紙とペンを受け取ると30秒ほどで絵を描き、手渡しながらこう言ったそうです。
「1万ドルだ」
「この絵を描くのにたった'30秒'しかかかってないのですよ?高すぎます!」
「30秒ではない。40年と30秒だ」”
有名な話なので細かく解説はしないものの、この話を鵜呑みにする方は危なっかしい。
この発言が許されるのは、見知らぬご婦人からピカソに絵を描いてほしい、と頼まれるほどの画家だったからである。
勲章を賜るほどの評価をなされていない凡百の絵師がこんな発言をしたらどうなるか、考えるまでもない。
これはピカソだから許される考え方だ。サルバドール・ダリにも似通った逸話がある。
少なくとも、彼らは1万ドル払ってでも落書きや髭が欲しい、と思われているのだ。
また、ピカソの逸話らしいのだが(真偽不明)、ピカソは普段の支払いは小切手で済ましていたそうだ。
受け取った人はみんなあのピカソの名前が入った小切手だから、取っておけば価値がつくかもしれない、と思い引き落とさなかったそうだ。(生前ですらそう思われているのがピカソらしい)
奇天烈人ピカソは、こうも処世に長けていた。詰まる所、ピカソほど凄くもない絵描きが、ピカソレベルの処世術を身に着けているのだろうか。
人付き合いが不得手であっても、ご用命があればいつでもどうぞ、ぐらいのことはして欲しい。
アドバイスとして、あなたもおそらくそうであるように、人間はサービスは割安を好む。
絵が上手いだけでなく、納期変更に順応してくれる、だったり、酒の席での一発芸が上手い、ということでも付加価値となる。
・モノを知らない
微分積分はわかるだろうか。共産主義の成り立ちはわかるだろうか。海外に行ったことはあるだろうか。年金の手続きはわかるだろうか。恋はどんな味かご存知だろうか・・・。
全部修める必要はまあないだろう。しかし、もし一つもなんとなくすらわからないようであれば、社会情勢が不安定な往来で、そのアンテナの低さは致命的だ。
絵描き同士で「あの雇い主は金払いがいい」とか「あっこは仕様変更が多すぎる」とかの情報共有は積極的だろうか?
創作の参考になる経験を嬉々として語らいあったことはあるだろうか?
内省してみてほしい。
大事な一例として紹介しておく。がっちりマンデーという番組のコーナーの一つに、ニトリの社長の飲み会はどんなものか、という特集があった。
そこでは、小泉元首相のようなビッグネームが当たり前のように出席しており、商談の取り付けすら決まっていた。
このように世の中にはビジネスチャンスが広がっている。モノを知らないということは、それにすらアクセスできないことになってしまう。
(余談だが、財政緊縮を目的として郵政民営化を成し遂げた小泉元首相が、その席の中で金は使ってナンボ、という旨の発言をしていた。筆者に郵政民営化の真なる失敗を予感させることになった。)
値切られないようにするのは実はとても簡単で、引く手あまたになればいい。
逆に、あなたを引く手が少ないのは、あなたの怠惰に原因がある。(親が大体の家庭では勤め人であることにも遠因はあるだろうが)
2、新規で手に入れた顧客が、定期の顧客にするための営業活動はどれぐらいしているのか
3、見込み客はどう作っているのか、どう探しているのか
おおよそ上記の三点に尽きる。
自営業は勤め人とは違い、このような泥臭いことでも自力でやらなければならない。(勿論、経理や年金も)
これらの要素において楽をしたいなら、アンテナの広さやコミュニケーションが大事になってくる。
割りの良い外注先を常に知っておくべきだ。
とりあえず、今回はこれにて筆を置く。(基本的な話ばかりで申し訳ない・・・)
なお、雇われのアニメーターなどについては別の話なので、触れないでおく。
追記;
私のダイアリーにしてはご意見をいくつかいただけたので、返信しておきたい。
>>イラストレーターも要は自営業なんだよなあ 資本主義社会で生きていく以上は絵の能力だけってわけにはいかない
おっしゃる通りです。資本主義においては、絵の能力は換金手段の高々一要素でしかない、というのを念頭において行動するところからがスタートだと思います。
少々お頭が残念で世間知らずだが人柄は純粋な(普通に就活してもブラック企業を引き当てそうなタイプ)底辺で二極化してる感じ
後者のような、世間知らずに分類され悪用されやすい人こそこれらの事実を知るべきですし、もしそうなら今からでも公務員にでもなるべきなのです。
自身の身の丈すらわからない者は、悪辣な輩からひどい目に遭わされるのは仕方のないことなのです。
それでも専業の絵描きとして生きたい、という方に向けての初歩的な手引きなのです。
>>おおかた親から店を受け継いだだけのボンボンがビジネス書読んで適当フカしてるだけだろうと思う。
層があることも知らないんじゃね…
あくまでも端くれですので、ご容赦ください。
私の身の上の都合上、俗に下層と称されるべき方々とも面識があるつもりです。
そういう人々が周りにいる限り、成功するのは困難であろうことも実感済みです。(勿論、当人の人格にも言えます。)
それでも、誰かの成功のほんのきっかけになれば、という所存です。
>>この増田みたいにショボい自己啓発本の抜粋みたいなものでも ただで読めて少しの間でもみんなでコメントしあえれば たしかに割安の娯楽にはなるよな
あなたに申し上げるなら、ここに書いていることは商売における原則論です。
言ってしまえば、算数では足し算より掛け算を先に、だとか、水は100度で沸騰する、というようなことしか述べていないのです。
それを自己啓発と同等のもの、と感じてしまうのは大変危険です。
ピエロになること自体はやぶさかでないので、ご自由に取り扱ってやってください。
>>拙者ITドカタでござるが知り合いが登壇するというからクリエイター系のイベントに参加したところ名刺交換激しくその知り合いもクライアント候補に名刺凸しててOh~と思ったでござるね。。。
無能こそ公務員や自衛隊に所属すべき、というライフハックが広まっていないのは残念な話です・・・。(あまつさえそれを民衆自身が削減していること自体が無念極まりないです・・・。)
無理にとは言いませんが、あなたはそのご知り合いからだけでいいので、貢献できることがあれば引き受けてみてください。
>>言ってることはよく分かる
本来は自営業者であるのにネットでよく見る愚痴はサラリーマン労働者臭がする
自己責任とまでなじる気はありませんが、周りも自分のクソさを我慢している、という視点が欠落しているようでなりません。