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2019-12-07

Vtuberに救われ、そして殺された話

どこかに吐き出したいけど、ごみすぎてどこにも出せないので場末に捨てさせてください。

当方現在30代男性彼女いない歴=年齢。もちろん童貞。それどころか異性の手すら握った事ない気持ち悪いおっさん

高校時代理系に進み、そのまま工業大学電気系、修士、そしてメーカー開発というどこにでもいるありふれた人間です。

学生時代から色恋に興味がなく、一人で何かをすることが大好きで、特に週末は愛車でツーリングという生活社会人になってから

ずっと続けています

そんな私ですが、30歳の誕生日にやったこともないので一度くらい恋愛して彼女作ってみるのも悪くないのではないかと考え、彼女を作るために

行動を始めました。

直30歳のおっさんがそんな男子高校生みたいな事を言い始めた事自体気持ち悪いのですが、何事も経験だし漫画映画を見るとみんな恋愛しているので

そういう経験をしておくのも悪くないと考えました。

もちろん30歳になって魔法が使えなかったという事実絶望したというのもあります

なので、ついでに童貞も捨ててしまえるような方がいればと邪な気持ちもありました。

そしてやるからには最低1年。どんなに辛くても1年は頑張ってみようと思って活動を始めました。

それからの日々は一言で言えば地獄でした。

街コン婚活パーティーに足を運べば相手にもされず、マッチングアプリ経由で会う事に成功した方々からは1回で連絡がなくなる。

奇跡的に二回目に進めた方からはいたかと思いきや、いきなり連絡がなくなる。

おまけに彼女いない歴=年齢を告白したら、ホモ扱いされると今までの人生で感じたことのない辛い日々でした。

何が悪いのかと毎回、終わるたびに反省会を行い、次に改善を試す日々の繰り返しで精神が摩耗していきました。

結果、うまくなったのはマッチングアプリのやり方だけで、対人関係はまるで成長した気がしませんでした。

当時に事なのであまり覚えていないのですが、最終的にマッチングアプリだけで20人ほどお会いしたと思います

その結果の出ない日々に1年は頑張ろうと思って始めたのに、たった3か月で心が折れそうになり、その度に

30年間まともに活動してこなかった癖にたった3か月で結果が出るわけがないと自分鼓舞して続けてきました。

ただその活動の中で、漠然と感じ始めた事がありその事に関してもやもやして心を蝕まれ始めたというのもあります

それは、そもそもデートってつまらなくない??

という疑問です。

私は歩きながら話すのが好きだったので、そういう風な方向に話を誘導して女性と二人で遊びにいくという事をやっていたのですが、

「横の女本当にこれいるか?」

数をこなすうちにその疑問がどんどん強くなってきました。

初対面とか関係なしにこの活動一人でやった方が楽しいのではと考えるようになりました。

初対面な上に女性から慣れてないだけで、仲良くなったら楽しくなると自分を騙して活動を続けるのですが、終わる度に

しかった気分より疲れたって気分の方が大きくなっていきますます疲労する日々が始まります

この頃にはなぜうまく行かないのか、世間はこんなにカップルであふれているのにどうして私だけだめなのかという考えが常に頭を占め、

睡眠不足仕事に集中できないなど悪影響が出始めてました。

それでも、まだ半年もやっていないのに諦めるのは早すぎると考えて義務感だけで続けていました。

そして、全然考えてもいなかった結婚視野にいれた方がいいのではないのかという本末転倒結論に至り、結婚相談所に話を聞きに行ってしまいました。

今考えれば完全に頭がおかしくなったとしか思えないのですが、当時の私は今のまま続けてもうまく行く未来が見えないという焦りからそのような道を選びました。

結婚相談所は正直担当のお姉さんの巧みな話術によって、これもありかなとハンコを押しそうになってしまっていた事を告白します。

詐欺にかかる人間というのはこうやって詐欺にかかるのだと自分自身で実感したものです。

結局、結婚相談所は連休中の旅行先でずっと考えた結果、流石に結婚する気がないのに結婚相談所はあり得ないと結論を出して入ることを回避しました。

とはいえ、結果の上がる気がしないマッチングアプリ経由の活動に嫌気が指していたのは事実だったので、この頃は生きている人間は無理だから好みのAIを作る研究でもした

ほうがいいんじゃないかとすら考えていました。

そんな地獄のような日々の中で、世間バーチャルYoutuberなるもの流行っていると耳にしました。

正直Youtuberというのは存在は知っていましたが、あまり文化圏が違うので一度も見た事がなかったのですが、そういうもの流行っているなら知識習得の為に見ておこうかな

と軽い気持ちで見始めました。

正直最初に見た方はかわいいけど、特に面白くもなくそのままフェードアウトする感じでしたが、おすすめで表示された方を見ていくとある方が目に留まりました。

その方はかわいい容姿はもちろん、笑い方が特徴的でぶっそうな事を頻繁に言っていて、それなのに知性を感じる。その上本当に楽しそうに自分好きな物の話をしていました。

私の求めていたのはこれなのではないかと頭の中でかちりと鍵がはまったような気がして、気が付いたら睡眠不足になりながらその方の動画をむさぼるように見てその方を好きになってしまいました。

悲しい事にその熱は1週間しか持たなかったのですが・・・

1週間たち落ち着いて、冷静になってからはいろんなVtuberさんの動画を見始めるようになりました。本当にいろんな方がいて界隈全体がまだまだ未発達で見ているだけで

面白かったし、こんなにも世界楽しい事であふれているのにつまらない事で疲弊している自分はなんなんだろうと思い、いろいろとばかばかしくなり1年は最低続けるつもりだった活動

やめてしまいました。

それからは憑き物が落ちたように軽やかな毎日に戻り、あんなに目障りだったカップルさえお幸せにと願えるようになりました。

元々の趣味に加えて、Vtuber応援する趣味も増えて二馬力になり、ずっと世界が明るく楽しくなりました。

さて、そんな私を救ってくれた最初Vtuberさんには後輩のユニットさんがいました。

最初生放送中心という事で眼中にもなかったのですが、ある時その後輩の一人がトラック運転しているというとても怖い恐怖映像を見ました。

気になったらその方の生放送を元にしたたくさんの動画があり、凄いなと思って調べて行くとほかにもたくさんその方の後輩がいるという事が判明し、生放送なんて見る気

起きないなと思いながらもアーカイブを流しているとその後輩さんたちは偉大なる先輩を目標活動していて先輩と同じ3Dの体を手に入れる為に日夜頑張っているという事が

分かってきました。

の子たちは12人いてみんな個性的で、それでいてどこかに先輩の面影を感じさせるという事で私も少しでもお手伝いしようと思い、チャンネル登録を行いました。

それから特に生放送中心という事で積極的に追いかけるという訳ではないけど、時々時間が空いたら見るという感じだったと思います

それが決定的に変わったのは、確かその後輩ちゃんの一人と先輩が外のイベントで共演するという時だったと思います

先輩は3Dなのに、後輩は2Dという事でとても違和感があったという事を覚えています。はっきり言えば罰ゲームか何かだと感じる構図だったと思っているのですが、

とにかくこの子たちが先輩と同じように動いている姿を見たいと感じました。

それからは、生放送にも通ってtwitterで実況するようになり、登録者が増えて目標に近づくのを見るのが毎日の喜びでした。

そして念願かなって先輩とその後輩ちゃんたちが一緒に動いている姿を思い出すと今でも目頭が熱くなります

と、言っても私は飽きっぽい人間なので、年明けから2か月ほどで飽きてしまいました。元々生放送という形があまり好きでなかったというのもあると思っています

なので、そのころには生放送ほとんど見ず、気になるアーカイブを見る程度になっていました。

それから彼女たちの躍進は止まらず、本当に大きくなっている姿が誇らしくなったものです。

しかしそんな日々も長くは続きませんでした。彼女たちのプロデューサーリスナー相手暴言を吐いた事を皮切りに、いろんな歯車が狂い始め

結局二人が契約解除という事で決着を迎えました。

運営杜撰はいもの事なので、深くは言及しませんが、直接の原因はおそらく内部の人間関係でこじれたという事で間違いがないと思っています

とても悲しいし、どうしてこうなってしまったのか疑問は今でも耐えませんが、それ以上に私はかつてのあの地獄のような日々を思い出してしまい辛くなってしまいました。

あの時感じた女性への恐怖がまた襲ってきたと申しますか、漠然と感じていた女性不振確信したといいますか。とにかく女性の怖さを改めて認識しました。

私はあの件以来生身の女性とは積極的に関わらないようにしてきました。幸運な事に仕事以外で女性と会う事もないのでそれを実現するのは簡単だったのです。

逃げ込んだネット上なら大丈夫だと思ってVtuberと関わっていましたが、所詮女性であることには変わりはなくやっぱり女の人は怖い。

精神のものが怖いと感じてしまいました。

私は彼女たちに救われ、幸せにしてもらった事は事実ですが、悲しい事に彼女たちによって一層女性への恐怖を認識しました。

はいつかは覚めてしまうから夢というのですが、覚めないで欲しかったという事で駄文を終わります

2019-12-05

[] #81-1「AIムール」

現代人の車離れが語られて久しいけれど、未だ俺はそれを首肯できるだけの機会に恵まれていない。

個人的な実感と現実の間に、大した距離があるようには思えなかったからだ。

ちょっと目を放した隙に、近所のスーパーマーケットパーキングエリアになった。

さいころに遊んでいた空き地は、いつの間にか車を停めていいことになっている。

子供たちの溜まり場がなくなったと同時に、猫の安息の地もなくなった。

からすれば、金属の塊が突如として喚き散らし、日陰は不規則に動きだすのだから戦々恐々だろう。

運転手駐車場管理人にとって子供や猫は邪魔存在だろうが、こっちから言わせれば彼らこそ侵略者だ。

町中でPの文字を見ない日はなく、むしろその数は増えているようにすら見えた。

土地の隙間には駐車場ができて、そこには数台いつも構えている。

車離れなど気のせいだと言わんばかりだ。

まあ、それでも気のせいじゃないのだろう。

俺が知らないだけで、車離れの弊害も大局的にはあって、そのことを多分どこかの誰かは嘆いているに違いない。

世の中は流動的で、それは日々感じる表面的な変化とは別なんだと思う。

そして、俺の通う学校の周りでも、その“変化”は緩やかに起きようとしていた。

====

クラスでは最近教室の窓から見える工事現場を眺め、それについて他愛のない会話をするのが日常になっていた。

「外から見る限り、完成間近ってところか」

「ふむ、今年中には完成らしい」

最初はまた駐車場でも作るのかと思ったが、実際はかなり大掛かりな様子だった。

教室からかに聞こえた都会の喧騒は、ここ数ヶ月は工事の音ばかりだ。

学校とか、近隣の人たちはアレに文句言ったりしないのか?」

「我も気になって職員確認してみたが、どうやら既に話をつけているようだ」

クラスメートのウサクが言うには、最近うちの学校で“大きな支援”があったらしい。

目的出所は判明していないが、十中八九あの建物に関することだろうと。

「なるほどな、教材や備品が妙にグレードアップしたとは思ったが、そういうことだったか

そういえば食堂メニューも、現代的というか健康志向のものが増えてたな。

象印良品だとかニタニタ食堂にありそうな、意識の高い感じ。

「随分と手回しがいいというか、景気がいいというか。そこまでして建てて、いったい何をしたいんだろうな」

「それも調べてみたんだが……」

「いい、いい、言わなくて。自分で調べるから

そう言ってウサクの言葉を遮るも、実際は調べる気は全くなかった。

近くでやってるから無視できないってだけで、個人的にはあまり興味がない出来事だ。

自分たちの身近に、またどうでもいいものが出来たって程度の認識であり、その変化に強い肯定否定もない。

俺はそれを漠然と視界に入れるだけだ。

スポーツセンターも見えなくなったなあ……」

窓にもたれかかって、そこから風景をしげしげと眺める。

見えるのは、ほとんどあの建物だけだ。

スポーツセンター思い入れでもあるのか?」

美術風景画の授業がきたら、楽できなくなるなーって。描きやすそうだったろ、あのスポーツセンター

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2019-12-04

anond:20191203161819

年取ってからセックスして欲しいとか甘ったれんな

同じ女とセックスしてても飽きるっていう当たり前のことをなぜ理解出来ない

今の時代、男に漠然とした憧れを持ってる10代とSNSいくらでも出会えるんだから、よそでぴちぴち10代とよろしくやってるに決まってんだろ

2019-12-03

数週間抱えてるモヤモヤを書き出してみる

理想とする自分像と、現在自分がかけ離れていすぎるのでここ数週間ずっとモヤモヤを抱えている。

先日、社長リーダーとそれぞれ面談し、前期の評価は5段階評価のうちの4。

今の会社に入って初めての評価だったが、とても良いと言えるものだった。

高い壁だと思われる業務もなんとか成し遂げることができたし、そこを見てもらえて評価してもらえてとても嬉しかった。

それを踏まえて今期の目標マネジメント力をつけたらどうかと提案された。

この提案評価されたものであるが故のものであるという誇らしさと、今まで一プレイヤーとして、がむしゃらに目の前の業務遂行していくことばかり考えていたので人を見ていくという全く新しい分野に挑戦する不安とで、感情がごちゃついている。

おそらく自分不安の原因はチームのメンバーにどう思われているのだろうか、ということのように思う。

評価であるリーダーには評価してもらい、ある程度信頼されていることを肌で感じているが、チームのメンバーはどうだろう。

チームのメンバー自分は信頼されているのだろうか。

「チームを明るくする」であるとかは自信があるが、チームのメンバーに頼ってもらえるような何かは自分にはあるのだろうか。

それが不安で仕方がない。

「何か」を見つけるために、あれもできるようになりたい、これもできるようになりたいと、思うことがたくさんある。

でも、その分あれも足りない、これも足りないということがありすぎて、どれから手をつけていいのか呆然としてしまっているのが今の自分な気がする。

欲張って、でも全然及ばなくて悔しくて、誰かに負けたくなくて。

とりあえず自分にとっての課題を一つずつクリアしていくしかないのはわかる。

けれど、漠然とした大きなモヤモヤがあるせいで、家に着くと気持ちがどうしても落ち込んでしまう。

2019-12-02

人と関わるの怖い

コミュニケーション漠然とした恐怖がある

多分自分プライド高いとか自意識過剰なんだろうなっていうのは頭の中で分かってるし他人が常に自分のことを考えてるわけじゃないのもわかるんだけど

仕事にしてもプライベートにしてもとにかく他人コミュニケーションを取らないといけないっていう状況が怖くて怖くてしょうがない

自分発言と行動は常に相手不愉快にさせるものしか思えない

というか存在のもの不愉快なんだろうな

無意識マウンティングしてるしイキってる癖にネガティブ思考で常に相手の反応を伺ってる

でも周囲の人たちは普通に会話して普通にコミュニケーション取ってる

もちろんそれなりの努力気遣いがあって成立してる物なんだろうけど

自分が同じようにやっても逆効果になる

知らないうちに嫌われてそっぽ向かれてる

何がいけないんだろ

そもそも匿名でこんな記事書いてる時点でダメなんだろうな

って免罪符みたいな言葉で〆ようとしてるのもダメなんだろうな

結局全部だめだわ、内容も支離滅裂だし

とにかく疲れた

努力も才能という言葉

https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20191201/1575181566


俺はこの件について最近よく考える。

きっかけは増田なんかで「努力すればちょっとこのとならできるんじゃない?」というようなことを言うと、激しい人格攻撃を受けることが数度あったことだ。

それはどう言うことなんだろう、と考えていて、全く別件の個人的かつ趣味的な勉強で、自己効力理論動機付け研究の本を読んで、ある程度「こうではないだろうか」「こうとらえ直したほうが、自己人生をやや豊かにできるのではないだろうか」という自分なりの捉え方をできたので言ってみる。


自己効力理論というのは、ある行為に当たる際に、「できるかもしれない」と漠然と思う感覚、「自己効力感」についての理論だ。

まずある行為が失敗におよんだとき、あらかじめ自己効力感が高い人と低い人では、「何に原因があったか」に対する捉え方が違いがちだという。

高い人は概ね「努力が足りなかった」「思慮が足りなかった」「状況が悪かった」など、「その時点の自己選択」や「自分の外」に結果を求める。

対して、低い人は「自分能力がなかった」「才能がなかった」と、「自分本質」や「自己の内側」に結果を求めがちだ。


大きく違うのは、高い人の理解というのは、「自己が違う選択をしたり、違う状況なら結果は変わる」と考えていることで、低い人の理解は「自己自己である限り簡単に結果は変わらない」と考えているということだ。


思わしくない結果に直面した時、自己自尊心を守るために状況に働きかけることが「一時コントロール」、自己の捉え方を変えて受け入れるのが「二時コントロール」という。

自己の内側」に結果を求め、「仕方ない」と自尊心を守るのは「二時コントロール戦略といえる。


さて、動機付け研究においては、自分が状況に働きかけて、状況を変えうるというのは「有能感」とよばれ、この「有能感」に関連して、有能さがどのようなものかの信念に個人差があるとされている。

知能に関してある信念である「暗黙の知能観」での個人差が「固定理論」と「増大理論」と呼ばれるもので、「固定理論」が「知能や有能さというのは生まれつきのもので、一生を通じて大きく変わらない」という信念で、「増大理論」が「知能や有能さというのは個人選択で変わりうる」というものだ。

大人になって人間は大きくは成長しないし性格も変わらない」と何度も何度もいうような人は「固定理論」をかなり強固に信じていると言える。


これらを振り返って「努力すればちょっとこのとならできるんじゃない?」と言ったら激しい攻撃を受けるというのはどういうことなのだろうと考える。

仮説はこうだ。

この言葉カウンターの一撃を食らわせたい人は、いつかかけられるかもしれない、この言葉自己への脅威だと感じている。

なぜ脅威なのか、自尊心を脅かすからだ、自尊心を守りたい。

なぜ自尊心が傷つくのか、かつてうまく状況をコントロールできなかったからだ。

状況をコントロールできなかったのは、自分努力できなかったという認識記憶があるからだ。

ではなぜ努力できなかったのか。

この言葉に傷つく人は、「固定理論」を信じ、「自己効力感」も低い状態にあり、失敗した原因を「遥か昔から変わらない、これからも大きく変わらない自分が故に失敗した」と思っているからだ。


そこに「努力すればちょっとこのとならできるんじゃない?」という奴が実際にあらわれる。

その言葉をかけてきた人は、自分の中にある「固定理論」に基づき、「努力がもともとできた人」「努力の才能を与えられた人」だ。

そして、「自分が勝ち取ったわけでもない与えられたギフトの結果で成功しているのに、それを無自覚で、ギフトを与えられてない自分に対して無理を強いてくる、そしていつか平気で自分尊厳を踏みつけるだろう」「与えられたものであるお前にはその資格がない」「そんな不公平な言説がはびこる世は正義に反する」と考える。

から大いなる怒りと正義感をもって攻撃する。

攻撃する正当な理由資格大義自分にはある。


ここで話を変えて、俺が「固定理論」と「増大理論」のどちらを信じているかというのをいうと、IQなんかは遺伝性質が大きいことは知っている。

性格もある程度遺伝やすく、性格の一つの「誠実性」というのは、「物事をコツコツやるのを好む性質」をさしていて、となると、ある程度「固定理論」も信じていると言える。

でも、行動を積み上げることで自己の知能や誠実性はもっと引き出せる、まだ自分の知らない自分はたくさんあると考えており、「増大理論」も信じていると言える。


でさあ、「努力」に対してどういう態度でのほうがいい気分でいられるかなんだけどさあ、「努力の才能」ってことをあんまり「間違いない世界観」として捉えるってさあ、まああると思うよ、そういうやついるもん。

でもね、それってもし状況が整わず自分努力できずに失敗した時に、「遥か昔から変わらない、これからも大きく変わらない努力できない自分が故に失敗した」「そんな自分からこれから先も努力不足故に失敗する」ってことになるじゃん。

あんま気分よくなくない?それ?

それに「努力の才能」っていう「固定理論」をあまりに強固に信じてると、失敗も怖くなんのよ。

なんでかっていうとさ、失敗しちゃった時その失敗をどう捉えるかでさ、「自分能力性質も大きく変わらない」って思うと、「失敗は自分が失敗してしまうことを知った」「自分無能証明された」ってことになんのね。

そうすると、誰でも自尊心は守りたいからさ、やんなくなんのね、いろんなこと。

そうすると、自分生活ってあんまり変わらない、外の状況が変わる以外で自分人生変わんないってなるじゃん。

状況の力は強いけど、自分が動くことどんどん少なくなっていったら、変わる可能性減るじゃん。

そこは「増大理論」だと失敗しても「今日は失敗したな、失敗するやり方がわかったか成功ちょっと近づいたかもな」ってなるのよ。


別に努力の才能」が実際あっても構わないけどさ、それはそれとして、「今日は結果が出なかったけど、まあ別の方法ならいけるかもな」って思ってさ、ちょっとの1日5分とかの努力ならしてみようぜ、ちょっとだけ明日自分生活がよくなるかもしれないじゃん。

失敗しても、そういう時もあるしさ、だいたい、隣の奴が努力の才能に恵まれてて、自分がそうじゃなかったとして、他人努力成功してもお前の人生が下がるわけじゃないじゃん、他人成功なんかどうでもいいよ、お前はお前の人生だけちょっとよくすること考えればいいじゃん。


ってね、そう思うの。

から、「努力の才能」って言葉あんま使いすぎるの自分を追い詰めるんじゃないの?

って、思うよ、俺。

2019-11-29

女性器は構造的に蒸れやすい」

anond:20191129161256

これ言ってる人たまに見るんだけどさ、よくわからない。

具体的にはどういうことなんだ。

男性器の方が表面積は大きいから、蒸散する汗の量は多いと思うのだが。そういう意味ではないのか。

anond:20191129163817

男の穴からは出ない何かがでてくる

経血が問題なのか。聞ける機会がないので聞いておきたいのだが、ナプキンから蒸発する水分量ってズボンでは不快になるほどに多いのかな。液体の状態ポリマーに留まるのだと、漠然想像していた。

表現の自由戦士たちさん

最近かっこ付きの『フェミニスト』と表現の自由戦士たちの戦いを、目にしない日はない。

ツイッターでのことです。

私がフェミニストで、直接面と向かって「この反日」と言われたことがあるくらいにリベラル寄りで

そういった話にとても興味があるからだろうか?

私のTLには笑っちゃうくらいたくさんの、フェミニストと、表現規制に反対する人と、ツイフェミと、セクハラおじさんがいる。

私たちにはフェミニズムがある。

ここ数年、Metoo運動が始まったあと、女性エンパワメントする何かを、見ることが増えた。

それが社会実効性があるかどうかは措いておいて。

でも、表現の自由戦士たち、きっとその多くは男性で、それこそだれかに優しくしてもらった経験が少なくて、

自分の考えを深めるための助けも得られず、自分の考えを適切に表現するための方法も学んだことがない人たちは、

かにエンパワメントしてもらえるのだろうか。

現在、このクソみたいな社会で、

私たち女には希望がある。

実際あるかどうかは措いておいて、希望があるようにみえる。

私たちはもしかしたら、男性との扱いの差がなくなり、

ぺったんこの靴を会社に履いていき、

生理を(その日程を公言するのでなく)理解してもらい、

医学部にも学力があれば入ることができて、

性犯罪は減り、不適切なところで性的にはまなざされないようになり、

もし犯罪に遭ってしまっても適切な扱いを受けることができる日がくるのかもしれない。

少なくとも、そうなるように戦っている人がいることを知っていて、

どうなれば私たち気持ちが軽やかになるのか、何を勝ち取れば私たち幸せになれるのか、

漠然と知っているような気がする。

その戦いの日々は真っ暗で辛くてマジでクソみたいだけど、

でも勝ち取ったらきっと、私たち生活もっと素敵になるんだろうなあ。

(それが、本当に素敵なのかは、措いておいて)

でも、表現の自由戦士たちには、何か勝ち取って幸せになれる道が見えているんだろうか?

表現の自由を勝ち取って、全裸おっぱいを丸出しにしている女を愛でることができる…?

私たち女の置かれている状況はクソみたいでマジでムカつくし是正していかなきゃいけないし、

そのために戦いたいし、そのために戦うことには正当性しかないと思ってるけれど、

でもクソみたいな状況に置かれている人間は女だけじゃないことを私は知っている。

女でなくても、貧しい人はいるし、

女でなくても、(性的にまなざれないまでも)モノみたいに扱われてる人はいるし、

女でなくても、やさしくされない人はいる。

女だったら全員フェミニズムに共感して、フェミニズムに救われるとは言わないけれど、

精神的につらい状態にある人で、

自分が置かれている状況を、フェミニズムで説かれているいろんな構造的な欠陥にあてはめてみて、

「あー、私が苦しくて嫌な気持ちになるのは、女性が不当に扱われているからだったのね?」

共感できる要素が、ひとつもない人って、とっても少ないのでは?

自分が、男性社会にすごく適応できている女だ!と思っている人は、フェミニズムに共感できないかもだが、

 男性社会にすごく適応できているので、毎日どん底どん底みたいな生活はしてないのでは?)

でも、男性で、貧しくて苦しかったり、体調が悪かったり、嫌な服を強制されたり、大学には入れなかったり、

何かの犯罪に巻き込まれたことがあったりする人たちは、

それを何かのせいにしてくれる、しか建設的な言説って、あるのか?

フェミニズムに対応して男性学とかもあると思うのだけれど、そういうのが男性の間でメジャーになっているの、見たことない。

そんなふうに、すでにあるものでも、これから現れるものでもいいのだけど、

私が具体的な何かを思いつくわけじゃないけれど、そういう人たちをエンパワメントしてあげる何かが、

今すぐにパッと現れたらいいのにね。

神様もいないようなこのクソみたいなこの世の中で、

何にもすがれるものがないって、マジで地獄みたいだと思うからさ。

そりゃ、全裸おっぱいを丸出しにして、嫌なこと一つも言わないモノが欲しくもなるわ。

でもマジで表現の自由戦士たちはフェミニスト達の言いたいこと、

書いてる文章から読み取ってくれ。

2019-11-26

31歳中年、13歳の時に出来たことができなくなった

徳川将軍を言えない

つるかめ算が解けない

元素表が分からない

コミュニケーションのとり方が分からない

・家に呼ぶ友達がいない

・将来に希望が持てない

・覚えたものが脳に定着しない

・出来ることが毎日増えていかない

・この国も10年後にはマシになっていると思えない

漠然といつかは結婚できてしまうなんて思えない

・そのうち何者かにはなれると考えられない

・走れない

・覚えられない

・すぐ分からない

・知らない

・何も知らない

・今やっている仕事のここ数年の記憶以外何も出てこない

・俺にはもう何も残ってない

・せめて時間だけでも残っていればといつも思う

・今から動き出せばまだ間に合うと信じられない

・同い年なのに高卒から入ってきた人間が既に15年選手なのを見ると今から1年生としてどこかに入れるとは思えない

子供の頃からちゃんと頑張ってきた人間は同い年で20年選手25年選手だと思うと……もう怖くてどこかに新しく加われるなんて思えない

・年齢ぐらいどうにかなるなんてもう思えない

学校で習ったことすら覚えてなくて体力も記憶力もないし適応も出来ない人間がどこか別の業界に30から入ることが可能だなんてもう信じられない

自分人生自力で切り開ける人間だと信じる力がない

他人人生を切り開く手助けをしてもらえるような人種ではあるのかも知れないなんて思えるはずがない

・なにも出来ない

・もう生きること自体が出来なくなりそうだ

・どうしようもなくなってもカーチャントーチャンが飯と部屋ぐらいは用意してくれるなんて甘ったれたことはもう言えない

・もうなにもない

2019-11-24

anond:20191124161358

うーんなるほど… お互いプライベートな場のほうがハードル低そうに思えるけど、意外とそうでもないんですかね

正直職場で…というのはあまり良い行いに思えなくてなかなかためらってしまますが、、、他で何かしらのコミュニティ漠然)に属すといいのかなあ

なんにせよアドバイスありがとうございます

お金問題

彼のことを信頼してないわけじゃないんだけど

お金のことは、手放しで信用するのも不安がある

身の回りお金の使い方はきちんとしてる

ギャンブルもやらない

大きな買い物してるけど分不相応な高級品を買うようなこともない

金銭感覚は私より倹しく、きちんとしてると思う

けどだけど、私のお金全面的に渡す、のは漠然とした不安がある

結婚後は共稼ぎになり、給与口座が2つになるが

お互いの口座のカードをそれぞれで持つ形で、と言われて、なんとなく嫌な気持ちになってしまった

彼の方には貯金はないらしい

私はある程度はある

彼は家をもう買ってて

私は賃貸を引き払って彼の家にいく形

貯金も全面委託するのはやっぱり不安がある

2019-11-21

死にたい理由を書いてみる

漠然としててただ死にたいだけで、具体的なもんが出てこない。

言葉にしたら終わりみたいな。

2019-11-18

ネットに載りにくいジャンル検索する方法が知りたい

研究数値計算をするところまではネット書籍があるからのだが、可視化するところで躓く。

小規模のデータであれば検索ですぐ出てくるが、ちょっとデータが多くなってくると待ち時間が多くなってしまう。


Python,Julia,C++などで探すが、案外ない。


あと研究用品についても見つけにくい。

書籍に載るような装置カテゴリー名がついていれば探しやすいが、頭の中に漠然と○○の機能を持っているものとなると、引っかからない。

2019-11-17

吉良上野介の話

最初

吉良姓を受け継いだ吉良上野介の子はいない。(後に別家が吉良の名を継いだ形で、子孫の方は上杉家や畠山家等におられる)

三河地方に吉良の領地があったのは元禄16年(1703年)までで、それ以降は吉良と三河地方との関係は無い。

 

 

吉良上野介は名君?

忠臣蔵で悪役として扱われている吉良上野介

近年「実は吉良上野介地元では名君」っていう話をよく聞くようになった。

歴史秘話みたいな感じでテレビでも取り上げられるので、

吉良上野介は名君」って言う説を知っている人も多いだろう。

 

 

で、その「吉良の地元ってどこだ?」って話になると

案外、知ってる人が少なかったり誤解している人が多かったりすると思う。

 

 

恥ずかしながら私もそうで、

三河地方っていうのは知っていたのだけれど

漠然と、今の西尾市だろうと思っていると、

年配の西尾市出身の人から変な顔をされた。

 

地元歴史的経緯 

この辺には歴史的な経緯があるそうで、

そもそも三河に持っていた吉良上野介領地というのは

幡豆郡吉良庄の中のうち、八か村が飛び地の形であった。

いっても吉良は旗本なんで、そんなに領地は大きくない。

吉良は赤穂事件の後、三河領地没収されて

その後、これら土地は、あちこちの藩やら寺社旗本領地なんかに吸収されて

明治からは村の統廃合が続く。

(こういう状態で「吉良の地元」という意識が受け継がれてきたというのには少し無理があるような) 

 

 

その後、昭和三十年に 横須賀村と吉田町合併して吉良町生まれる。

(余談だが吉良には雲母の意があったという)

吉良町の中に、かつての吉良上野介領地も含まれてた感じ。

  

そして平成23年にこの吉良町西尾市編入合併される。

  

もともと西尾市には西尾藩というのがあったわけで、

歴史を知っている人でも、吉良上野介は大昔の隣の殿様という扱いで

古くから西尾市の人に「吉良上野介地元」と言われると変な顔をされたわけだ。

 

 

もう少し西尾市の人に話を聞いてみると、

んで、もう少し突っ込んで話を聞いてみると、

吉良上野介時代に、西尾藩には土井利意という名君がいて

西尾藩領民が、吉良が作った堤防により水害が発生して苦しんでいたので

大二重堤防を作って、これを防いだという逸話があるという。

 

 

こういう歴史上の逸話は、どこまで本当かどうかはワカランが

こういう逸話があるぐらいなんで旧西尾藩地域の人にとっては、

吉良上野介地元では名君とされている」と言われるのに抵抗があるみたい。

 

 

名君の作り方

ただ近年、西尾市教育委員会とかが、

積極的に「黄金堤」などを吉良上野介の治績として

吉良上野介地域の名君として賞賛する教育西尾市の全域で行っているとのこと。

 

それで地元とは言えない所の子供達にまで「地元の名君」と教えられているそうな。 

(吉良の堤防による洪水で、エライ目に遭ってた所だったりしたら洒落にならんな)

 

調べてみると、

吉良上野介黄金堤を作って地域の開発に役立ったのかからして怪しいという。

そもそも吉良上野介の治績を裏付ける文献や史料は無く、

どうも大正時代に作られた怪しい逸話が元になっているらしい。

 

 

残された絵図面なんかをみると、この地域にあった鎧が淵の新田開発で

しろ周辺とトラブルを起こしていたりしてる。

 

 

どうも旧吉良町との同化政策の一環として、

近年になって「吉良つながり」で、吉良上野介が担ぎ出されてきたっぽい。

 

 

実際に吉良上野介が名君であったかどうかはともかく、

消えてしまった「吉良町」という名前を、

なんとか別の形で残そうという人の思いかも知れないね

 

でも、そういう都合で「新しい歴史」をつくっちゃて

教育を利用して子供達に広げるのはどうなのかなぁと。

 

 

また吉良上野介と同時代に、その地域

地震被害の救済に尽力したり色々と善政をおこなった土井利意や

堤防などの治水等で名代官と言われる鳥山牛之助(さきほどでた新田開発のトラブル調停もしている)

なんかの話が、わりとしっかり記録や文献をたどれるのに殆ど注目されなくて、

「らしい」という話しかない吉良上野介けが地元の名君」って言われて教育現場で広められている状況は、

なんだかなぁって思ったりする。

 

 

吉良の赤馬

吉良上野介が名君であったという話に「吉良の赤馬」という郷土玩具をセットにする人が多い。

愛知県ホームページにも、

吉良上野介義央は治水事業に心を寄せ、領内の水害を防ぐため、黄金堤を築き、自ら愛馬赤馬に乗り巡視にあたりました。その姿は威風堂々とし、愛馬も大変立派であったので、領民はこれを称えいつしか赤馬と呼ぶようになりました。領内の村に住んでいた村人が江戸天保年間に子ども玩具として作ったのが始まりです」

とある

しかしこの記述は、よく読むとあやしい

天保年間というのは、1831年から1845年までの間だ。

いわゆる赤穂浪士の討ち入りが元禄15年末(1703年の1月)。

三河領地を取り上げられる裁定が下ったのが元禄16年(1703年)になる。

 

 

まり天保年間というのは、130年ぐらい後の話になるわけで

「領内の村に住んでいた村人」と言っても、

その時には吉良領は跡形もなくなっている。

昔、吉良の領民だった人も既に死に絶えた後のはず。

 

 

実際の記録では吉良上野介三河領地を訪れたのは生涯一回だけだったらしい。

直に吉良上野介を見た村人が、後に玩具を作り出したとかいう話なら、

まだなんとなくわかる気がするのだけれど、

百年以上前に一回だけ訪れた殿様の馬を、

わざわざ玩具にしようというのいうのは変だよなぁ。

天保年間には別の殿様が治めている状況なのに。

  

  

調べると、さらに興味深い話が出てきて、

吉良の赤馬は近年になって愛好家から要望で、

商品に「白馬」と「殿様」というのが加わったという。

この時点では「白馬」なのね。

もし本当に赤馬と吉良上野介の話が元になっていたのなら、

突然、殿様に白馬ってのは出てこないよなぁ

  

まりそもそも赤馬と吉良上野介関係なく、

「自ら愛馬赤馬に乗り巡視にあたった」という話自体が後から出た感じがする。

 

 

もちろん、こういうのは商品を開発したり売る人が、

色々面白おかしく「いわれ」を主張するのは別に良いと思うのだが、

愛知県をはじめとした自治体がそういうのに乗っかって、

曖昧根拠のまま紹介するのはどうなんだろうね。

実際、どうなんだろう?

このエントリーは「吉良上野介地元では名君」という説が「ちょっと変」っていう話で、

からといって、これだけでは「名君ではない」とまで言えない。

(西尾藩領民洪水被害を出した伝承とかは、ちょっとふれたが)

 

  

んで、赤穂浪士研究している団体の中には、

「名君だと言うならもその根拠資料を出せ」と言っている所もあるそうな。

 

吉良上野介が名君だった」という人は、きちんとした資料を出してやれば良いと思うよ。

 

 

それを元にして、地域教育とかを書き直していく必要があるんじゃないのかな。

少なくとも教育委員会とか自治体が、根拠に疑問が持たれる話を持ち出して

へんな形で「地元の名君」を作り出そうとするような状態は良くないなぁと。 

 

 

たぶんメディアとかでは広がらない話。

もっとも「実は、吉良が名君という話は怪しい」というのは、

中々メディアとかでは取り上げにくい話だと思う。

 

 

実は「正義の味方だった」と言うのは受けるだろうが

例えば「イメージ通りの悪い人でした」と言っても、

そこには話題性も何も無いわけだ。

 

 

この点は、なかなか興味深くて、  

「誤った情報」と「正しい情報」っていうのを比べてみても

必ずしも同じように拡散するわけでは無くて、

広がりやすさには非対称性が生まれてる。

 

たぶん「地元では吉良上野介は名君」って話は

このまま誰も異議を唱えないまま残ってしまうんじゃ無かろうか。

 

とか思ってたら、wikiかにもわりと詳しく書いてあったわ。

 

勉強したら豊かな生活と素晴らしい相手との人生がある、みたいな漠然としたイメージあったけど

勉強してもコミュ障就職失敗したし

非モテコミュ障貧乏暇なしIT土方自然恋人ができることもなく

婚活すれど年齢もあれで結婚生活スキルも皆無でひたすら金をドブに捨てる日々

勉強はそんなコスパいいもんでもなかったわと今思う

2019-11-16

社会復帰したら死にたくなった

 ニートしてた間はなんだかんだ、社会復帰したら良いことが待っているんだろうなという幻想を抱いていた。

 ハロワで楽な仕事を見つけて、なんだこれなら生きていけるじゃんという気持ちになったけど、

 働いているうちに同じことが反復して繰り返されることの苦痛じわじわと味わうことになった。

 真綿で首を締めるってこういうことなんだなと。

 結局すぐやめちゃったけど、こんなに楽な仕事って他にあるんだろうかって仕事だったし、

 職場の人もいい人ばっかりだったから余計辛くなった。これが無理なら他のも絶対無理だなと漠然と思う気持ち

 心療内科に行こうかと思ったこともあったけど、その屈辱に耐えられないからやめた。心療内科に行くくらいなら死にたい

 だから死のうと思ってドアノブ首吊りしようとしたけど失敗したとき後遺症が怖くなって調べているうちに、

 どこにも行けない袋小路に陥った気持ちになって今これを書いている。

 死にたいけど死ぬのが怖い。死ぬ理由だって、上に書いたような表層的なものではなくて、

 本当はもっと根源的なものだってことを自覚している。

 人に愛されたいけれど、人は私を愛してくれない。なぜって、人は目に映る私の「像」を愛するだけだから

 イメージ。それは私自身ではない。それは空想的で、社会的な、拵え物にすぎない。

 目の前にいる哀れな人は、結局その像を通じて私と関わるしかいから、仕方ないんだけど、

 無力なその人は結局私が本当にほしい人ではありえない。私が本当に欲しいものは手に入らないものだ。

 そのことに気がついて、働くのが嫌になってしまったんだ。希望去勢されてしまったとき、どんな人がそれ以上活動的に生きていけるんだろう。

 だから社会に住まうみんなは真実から目を逸しているというより、真実に気が付かないことで平和暮らしている。それが羨ましい。

 私はもう死ぬしかないのに死ぬのが怖くて生きている。

 恐怖。苦痛。どこにも行き場がない。自殺。難しい。

2019-11-15

妹に彼氏が出来て大混乱の私の話

『21』

この数字完璧という意味があるんだって書いてあって、妹のスマートフォンケースこの数字カードが挟まっていたのを思い出した時、あの私にとって完璧だった妹が誰かの元へ行ってしまった。

ああ、大きいもの自分からなくなってしまったなと大きな消失に駆られてしまいました。

妹に彼氏が出来たって本当、本当それだけなんですけど、彼氏って自分は少ししかいた事ないので、それも全然好きになれなかったので私には愛とか語る資格ないでしょうけど、

まり彼女は大好きな人を見つけたってことなんですよね

私は異性からそういうわかりやす試験の模範解答のような愛情のやり取りを上手くできた覚えがないので、

家族から愛されるしか、愛を知らないのですが、父親も、母親自分のために生きている人なので、妹がなにより愛情対象でした。

むかしから一緒に住んでいなかった分、小学校3年生、私は6年生、家を出ていってしまったものから、ずっと妹には「会える家族」という位置づけなんですね。

それでいて、小さい頃はしょうもないことでさんざん喧嘩して、なんでも言えると思っていますから

父親のこと、母親のこと、ほかの親族のこと、どう思っているかなんでも話したし、辛くて耐えられなかった時を知っているし、嬉しかたことは一緒に喜んだりしたし、一緒にお買い物したり、服を選んだり、お化粧をしてもらったり、

人間として結構極端で終わってる自分ちゃんとおねえちゃんにしてくれたのが妹なんですね。

から私はお姉ちゃんでいれたし、彼女は私の妹であってくれたんですね。

そんな妹は私よりも誰よりも可愛くて、一生懸命働いて、いろんなお手伝いをして努力家の彼女はなにより、弱音が吐かないんですよね。

それでいて強くあろうとしているので、自分家族を見ても、誰かを好きになったり愛したり出来ないんじゃないかってちょっと心配だったのに、彼氏出来ましてね。

嬉しい半分、ほっとしたりして、それでいて漠然と、寂しくてしょうがない、ここまで自分視点で、自分ありきで妹の話をしましたけども、

妹が彼氏できるって個人的には人生の中での大事件なんです、母親彼氏発覚よりも大事件です。

去年誕生日に妹に手紙をもらったのを読んでは泣いている、ダメな姉です、本当にどこまでもダメです、彼氏挨拶にこいお前を絶対に許さん1回許さないということにさせてくれそこからそして和解させてくれ、ごめんね、お姉ちゃんもうダメかもしれない!!!!!!!!!

乳幼児スナイパー期せずして同業者連携する-前編

乳幼児スナイパーの主戦場は主に交通機関の中だが、俺のようなプロともなると「親が身動きできない状況」は概ねすべて戦場に様変わりすることも珍しくない。まさに常在戦場。かっこいいなあ、もう一回言ってみよう「常在戦場」。

ここは埼玉県でも有数のとある歓楽街。世を忍ぶ仮の姿底辺リーマンである俺は仕事の打ち合わせを終え、乗り慣れない黄色電車を降り、飯でも食って帰ろうと西口から出た。俺が子供ときに観てた、略すとプロレス団体みたいだったタイトルドラマ舞台ともなった界隈。道行く人たちも何かそんな雰囲気である。俺は身長だけ長瀬智也に似ているので自然と口を開けながら歩いてしまう。

このあたりを歩いていると、黄色電車の中にもいたが、制服なのになぜか化粧がプロ並みにバッチリ決まったアンバランス女子高生散見され、大人の俺としては「きみもしかしてコンプライアンスにていしょくするバイトしてない?」と素朴に尋ねたくなるのもこの地ならではである

立ち並ぶ飲食店の中、大人の疲れを癒してくれる居酒屋を物色して俺が彷徨っていると、おおよそこの界隈に相応しくない赤ん坊の声がする。やれやれ今の俺はオフなんだけどな。常在戦場の身としては仕方ないか

とある飲食店の前で、泣いている赤ん坊を抱いて一生懸命あやしている父親の姿が見えた。傍らには赤ん坊お姉ちゃんとおぼしき少女もいる。父親スーツお姉ちゃんちょっとよそ行きの恰好をしており、俺のプロとしての経験則が素早くプロファイルする。「おそらくお出かけ帰りである」と。そして食事中にこいつが急に泣き出して周囲に迷惑から父親が抱きあげて席を立ち、お姉ちゃんは「あたしもいく!」とでも言いながら父親について来たのだろう。俺は大人から瞬時に脳内映像付きで再現された。もちろん4Kだ。

OK、周囲に迷惑をかけないよう赤ちゃんを連れ出す気配り。さらに嫁さんに食事ゆとりを与えるその思いやり。俺は嫌いじゃないせ。この子ママであるあんたの嫁さんは、あんたの優しい心遣いに安心して今頃好物のエビチリをザトウクジラがオキアミの群れを一気食いするように貪ってるんだろう?素敵な奥方じゃないか

プロの出番が来るかどうかはわからないが常在戦場信条とするプロのたしなみとして俺は漠然戦略を立てていた。もちろん彼が自力で事なきを得た場合「いや俺大人なんで初めから関心ないっす」と言う顔で通過できるようゆっくりではあるが歩みを止めず距離を詰めていると、俺と同じような動作対象との距離を詰めている者がいた。二十歳かそれを少し過ぎたくらいの女の子だった。む!同業者か?

前述のアンバランスJKの先輩かと勝手錯覚させる雰囲気キノコみたいな金髪モヘアニットワンピースからべろーんと出ている肩、妙に光沢のあるトートバッグを持っている。俺の経験則ではこういう風貌の女が同業者だったケースはまれで、むしろ赤ちゃんの泣き声に舌打ちするタイプのはずだが人は見かけによらないのかもしれない。なお、信仰上の理由なのか眉毛がない。

蛇足ではあるが俺が生まれ西の地には「キャンディスパッツ」と言う、主に壮年のご婦人のみで編成された大規模かつ凶暴な乳幼児プレデター軍団存在するのだが彼女たちもおおむね眉毛がない)

「びゃぁぁん!けほっけほっびゃぁぁぁん!けほっ」。この咳込みながらの泣きに、くぐり抜けてきた修羅場で培った俺の本能危険を知らせる。これは狙撃では間に合わないかもしれない。そしてこの父親はおそらく赤ん坊を独りであやすのに慣れていない。あの毛布みたいなタオルみたいな赤ちゃん用のふわっとした布が垂れ下がっても気づいてないあたり間違いない。そろそろ来るぞ!回避は間に合わないから衝撃に備えろ!

「っびゃぁぁぁれろろろろろ」そう、泣きゲロだ。

後編へつづく

11/15→https://anond.hatelabo.jp/20191115002956

2019-11-13

anond:20191113094335

自民民主政策経済面ではほぼ同じなんだから韓国がどうとかいう部分で比較するしかないだろ。

 

なお維新山本太郎漠然とヤバそうな感じがするか、地元候補者がいないかだ

2019-11-11

乗換案内アプリ存在を知らず、路線図をひたすら眺める女子高生

https://togetter.com/li/1426396

調べることができないんじゃないね

地方電車が一本道だったり

そもそも焼酎学校時代に親や友達に恵まれて、

鉄道がどこからどう移動してていつお金を払ってどのタイミングで席を立ち自転車はどこに止めてどう利用するのか

概念を教わっていない場合は使い方がわからないんっだな

全体が漠然しかからない状況で一部の部分だけを具体的に教わってもわからない

[] #80-5「人は簡単に変われる」

≪ 前

ありのままで自分を信じましょう」

自分のためだけに体と心を鍛え、環境を洗練させていこう。

嫌なもの可能な限り排除して、無理はしなくていい。

あの男は頭の天辺から足の爪先まで、自己中心的な話しかしていないんだ。

そりゃあ、「自分を変える」ハウツーなのだから筋は通っている。

だって自分の都合を優先させることはあるから全否定はできない。

だが現実問題、その他の諸々を甘く見積もったり、そもそも無視しようってのはキツくないか

自分次第でどうにかなることなんて、多いようで少ないんだから

それが多いと思っているならば、ほぼ「好きに、楽に生きよう」と言っているのと同じだぞ。

そんなことを肯定的表現で、色とりどりに飾り付けるのは欺瞞な気がする。

「自信を持つのです。あなたたちの成功も失敗も、全てはあなたたちのものなのですから

これも良いセリフのように感じるが、言い換えれば「お前らが成功しようが失敗しようが、こっちは知ったこっちゃない」ってことだ。

こんなセミナーを開いておいて、その言い草はないだろう。

「『よく学び、よく遊べ』…… いいですか、『よく学び、よく遊べ』です。 声に出すことでより効果があります。『よく学び、よく遊べ』!」

同じことを三回続けて言いやがった。

相手脳内言葉を植えつける上等手段だ。


こうしてセミナー小一時間ほどで終了したが、実際はそれよりも長かった気がする。

セミナー終了後、会場に陳列された関連書籍やグッズの前に受講者がゾロゾロ集まっていた。

金欠の弟はそこに並びはしなかったものの、以前に買わされた本を返す気は完全になくなっているようだ。

「『よく学び、よく遊べ』!」

先ほどのセリフ意味もなく復唱している。

「どうだった、兄貴。意外と悪くなかったでしょ?」

「んー、俺にはあまりピンとこないなあ……」

だが、ハマってしま人間がいる理由何となく分かった。

あの男は自我を無条件に肯定してくれるんだ。

良くなさそうなものポジティブに捉え、些細なことは気にするなとエネルギッシュに語る。

それが自我の強い人間には、とても心地よい。

ましてや弟はガキだから大人社会で抑圧されることが多い。

あの男の話は、さぞクリティカルヒットしたことだろう。

「俺、将来は“ああいう感じ”になれたらいいなあ」

とうとう、こんなことまで言い出した。

我が弟ながらチョロすぎだろ。

「1冊の本と、1時間セミナーだけで、そこまで決めてしまっていいのか?」

その時になって、俺はようやく弟に直接的な忠告をした。

上手く言えないが、強い危機感を覚えたんだ。

「“ああいう感じ”になりたいというが、あれは人格無責任矯正して、体よくモノを売りつけているだけだぞ。誇れるような仕事じゃあない」

だが漠然とした危機感のまま意見したところで、それはイチャモンしかならない。

弟の自我にまで踏み込めない以上、瑣末なことを指摘して屁理屈を捏ねても納得するわけがなかった。

兄貴の考える“誇れるような仕事”が何なのかは知らないけどさ、犯罪でもないのに他人仕事をなじるのはどうかと思うよ。自分理解出来ないもの、気に入らないかもの否定するのは“誇れる事”じゃあないだろ」

それどころか、逆に説破されてしまった。

次 ≫

2019-11-10

[] #80-4「人は簡単に変われる」

≪ 前

そうして数日後、セミナーがまた開かれる時がきた。

「前は話をマトモに聞いていなかったから、今日ちゃんと聞いてみようと思う」

もはや弟は本を返品するかどうかという段階ではなく、なんならサインでも書いてもらおうって勢いだ。

「それにしても、兄貴までセミナーに来るとは思わなかったよ。あんまり良く思ってなかったのに」

「まあ、目につく部分だけで決め打ちするのもどうかと思ってな。実際にちゃん咀嚼してから批判することにした」

批判前提かよ」

そうは言ってみたものの、自分がどう立ち回るかは決めかねたままだった。

弟が何を拠り所にして物事を考え、生きていけばいいのかなんて俺が決められることじゃない。

そう頭では理解しつつも、今の弟に対する不安感は漠然と胸に残り続けていた。

しかし、この感覚を公正に言語化できない内は、俺が弟に忠告できることはないに等しい。

この場に来ていない両親も口には出さないが、たぶん似た感じだろう。

弟に何かを言おうとして、結局は何も言わないという仕草を数回ほど見たことがある。

自分の子供が、たまたま遭遇した自己啓発にのめり込んでいるんだ。

心配なのは当然だ。

それでも理性と親心狭間で揺れ動き、自分の子供に下手な忠告が言えない、といったところか。

セミナー確認しに来なかったのも、場合によっては耐えられる自信がなかったからかもしれない。


会場に来てから10分ほど経ったとき、壇上に一人の男が現れた。

「みなさん、こんにちははじめましての方は、はじめまして。セイコウです」

あれがあの本の筆者か。

俺のクラスメートにはタイナイっていう意識の高い奴がいるが、それの進化系みたいな物腰だ。

格好は無地の服を着ているだけでシンプルだが、色合いが強くて、しか上下を揃えているから逆に目立つ。

「今回も様々な話をしていきたいと思いますが、その前にまず思考クリアにするため、みんなで頭の体操しましょう」

「あ、『誰でも出来る自己改革』に書いてあるやつだ!」

書いている奴が同じだから当たり前だろうに、なぜか弟はそのことが嬉しそうだ。

「目を瞑って、呼吸を整えましょう。リラックスして、精神統一

弟含め、会場にいる人間たちは言われたとおりに実行した。

俺は気乗りしなかったが、一人だけ目を開けたままじゃ目立ってしまう。

仕方なく細目にして、こっそり周りを観察することにした。

「さあ、自分自身をイメージして、喋らせてみましょう。そして耳を傾けて」

男の言ってることは、意味が分かるようで、イマイチからない。

だが周りの反応を見る限り、そう思っているのは俺だけらしい。

自分を変えるために必要なのは、まず今の自分を知ることです。そして今の自分が何を求め、何が不満なのか洗い出していきましょう」

自問自答しろって言いたいのだろうか。

理屈は分からなくもないが、何だか変な感じだ。

「それが自分にとってどれほど負担であるかを、ひとつひとつ数値化してみましょう。それで高いと思ったのならば、それはあなた方にとって必要のないものです」

そんな調子で、男はゆったりとした口調で色々と語っていく。

お腹が空けば食べ物必要ですよね。その食べ物は、できれば美味しいもののほうがいいでしょう? そして美味しいものとは、あなたにとって好物でもあるはず」

だが、その内実はシンプルだ。

この男は、とどのつまり自分」としか言っていないのである

次 ≫

いわゆるアカハラだろうか

今の状態を鬱というには甘えだろうか…

しばらく研究室に行けてない、行きたくなく家に閉じこもってかれこれ2週間経ち、空腹を抑えるだけの無気力生活が続いている

こうなったのにも原因があるのだが客観的に見た自分の状況を知りたくて今に至るまでを対話形式で書いてみた。

3月

ボク「液晶研究がしたいです!」

教授「そうか、なら前任者いるし私の研究室にこい」

4月

教授「お前は俺の下につけ」

ボク「わかりました!テーマなど貰えるのでしょうか?」

教授「お前はこの材料研究しろ

ボク「え、これって液晶じゃないんじゃ…」

教授「いいから今はこれをやれ、テーマは後でだ」

この時から教授の押しの強さや先輩方の研究に対する意欲の低さに違和感を覚えていた。

5月

ボク「まあいつか液晶やらせてもらえると信じて頑張ろう…」

ボク「xxの合成に成功しました!」

教授「次はこれを合成しろ

ボク「展望など教えていただけないでしょうか?研究の参考にしたいもので」

教授「お前は先の事ばかり考えすぎた、今言われていることをやれ」

ボク「…(なんとなくブラック研究室匂いがする)」

この時から外部も視野に入れ行動、ちょうど同じレベルぐらいの他大学液晶研究をしていらっしゃる有名な先生を見つけ訪問、とてもホワイト自由研究室であることや研究室学生の意欲の高さに感動する。

6月

教授「そろそろ大学院推薦願書の締めだが君の分が届いていないようだが?」

ボク「他大学視野に入れているので一般受験で受けようと考えています

教授「お前他大学にいくのか?もう知らん、好きに研究しろ

この研究室がやばかった時の保険訪問先の研究室への魅力から受験までの間のこの研究室の様子を見て進路を決めようと決意

推薦進学すると他大学受験が実質不可能になるので教授にはこの段階でばれる

7月

ボク「あの、この合成が終わったのですが次はどうしましょう?」

教授「好きにやれといったはずだ、テーマからからから自分で決めろよ、俺に頼るな忙しいんだ」

この時点でヤバいと思った。研究テーマ自分で見つけて実行するなんて普通なら優秀なM2(大学院2年生)かD1(M2さらに上の1年生)から仕事だと後で准教授から聞いた。この時点で漠然とした気持ちから研究に身が入らなくなり、院試勉強に精を注いだ。

8月

院試勉強

9月前半

両方とも院試合格

教授「お前院試も終わったんだからそろそろテーマ決めろよ、そのために学会の話もってきたからさ笑」

ボク「院試期間研究はしなかったので急に言われても厳しいです…ちなみにエントリー期限は…?」

教授「3日後だ。オレのメンツもかかってんだから絶対に出ろよ。ちなみにエントリーにはテーマ必要から笑」

ボク「テーマを3日で、、ですか?いくら何でも不可能では?」

結局、3日間で死に物狂いで調べて考えてを繰り返したもの素人が考え付くアイデアなんて殆どその道の専門家にやりつくされているものばかりで、院試前にもしもの為に考えていたかなり無謀なテーマで提出した。

9月後半

ボク「テーマに沿った研究計画を考えました。査収ください。」

教授「この装置使っちゃダメ、うちでは400℃までしか使ってないから」

ボク「念のため説明書を調べたのですが1100℃まで可能なようです。ボクの使う温度は700℃なのでやらせていただけないでしょうか?」

教授「お前リスク考えろよ、こんな意味のない研究の為に装置ぶっ壊すリスクうつもりかよ?」

議論の中心となるデータを得るための測定がわけのわからない理由でつぶされ、学会に出すためのデータが1つに絞られてしまう。

10月

ボク「あの測定装置が使えない現状で今のテーマに沿った研究は厳しいです…」

教授「じゃあ仕方ないから提出したテーマに沿った別の研究考えて」

提出したテーマは広義の語句(機能改善といった類の語)を多く含むものだったのでまだ切り替えが効いた。

そして助教先生にも相談し、なんとかテーマを考えた。

ボク「テーマ計画を考えました。試薬発注すれば何とか結果がでるかもしれません」

教授「でるかもじゃダメだろ、出さないと試薬発注意味がないだろ?来年はもういないお前の為に試薬発注なんてしてたら研究室に手つかずの試薬が増えるだけだろ?」

ボク「つまり発注はできないのでしょうか?」

教授「これで結果が出なければ今後発注させない」

回りくどく最後試薬発注しろ、と言われている感じでした。

結局、自分が使おうとしている装置は誤差がひどく、±3程度の誤差が出てしまっていました。これでは結局発注してもその誤差が原因で信頼できるデータではなくなってしまうためこの計画も没になりました。

最後覚悟教授研究相談をしに行きましたが、まあわかっていたことですがまともに取り合ってもらえませんでした。何をやっても否定されるこの状況が自分には耐えきれず、研究室に通う事すら難しくなっていき、結局連続休みを頂いて2週間目になってしまいました。

まさか大学院を外部にするというだけでここまでの仕打ちを受けるとは夢にも思いませんでした。そして家から出る気力も最近はなくなり引きこもっています。これっていわゆるアカハラなんですかね…

2019-11-09

ホモフォビアは襲われるのが怖いんじゃないと思うよ

だってその理論なら弱弱しいホモは嫌う必要なくなるじゃん?

でも欧米の学園物の映画ドラマでは必ず体小さい子ややせっぽちが「ホモ野郎」って罵倒されて嫌われてる。

体の大きいたくましい男が「あれはホモなんじゃないか」と恐怖や警戒されてることなんかないでしょ。



日本でもそう。

ホモフォビアっていうのは根源的には

ホモに襲われるのが怖い」んじゃあなくて

自分ホモと関わりのある人間になる、ホモになるのが怖い」なわけ。


まり男性一般的

ホモと言うもの自体タブー感や嫌悪感が根強いの。

心理学的な何かがあるのか社会的ことなのかしらんけど。

女性レズへの気持ちより男性ホモへの気持ちの方が拒絶が強い気がする。

科学的に比べたわけじゃないけど。


多くの男性ホモについてつまり、出来損ないとか失敗者みたいなイメージをどこかに持ってる。

男児父親去勢される恐怖を持ってる、っていってた心理学者がいたけどホモ嫌悪はあれに近い。

もし「身近にホモがいて自分が好かれてる」となった場合には

具体的に襲われることを警戒するというより、

そのホモとの関係性が出来る、自分ホモに近くなる、自分ホモになる、

みたいな漠然としたイメージと拒絶感が出てる。


ホモの性欲に現実的危機感もつって話なら

肉体的に弱いホモは嫌われる理由が少なくなってわりと寛容に扱われて

肉体的に強いホモはより激しい嫌悪対象になるはずじゃん?


でも現実はそうなってない。むしろ正反対

ムキムキゲイの故ビリー・ヘリントンは「兄貴」として大人気で慕われてたよね。

あれはつまりボディビルで鍛えあげた超男性的な肉体がホモという「欠陥」を凌駕して

しろ「超オス的な英雄なのにでかい欠点のある親しみやすい俺達の兄貴」になったわけ。


ムキムキでゲイなら親しみを込めていじられることもある。

線が細くて女性的でゲイならもう救いようがなくキモいのでキモキャラオカマキャラしかない。

これは結構世の多くのゲイ嫌悪的なストレート男性の反応として心当たりあるでしょ。


現実的に襲われることが怖い」じゃなくて、

「男の失敗作のバイキンが移ることが怖い」。

これがホモフォビアの大部分の正体だと思うよ。


まり何が言いたいかと言うと

bigapple11 性的に見られることへの恐怖って女にとっては身近すぎて当たり前になっているけど、男は身近にゲイ存在があって初めて、実感として意識できるようになるんだろう

2019/11/09 リンク Add Starikarino-ikaring121fmv610nu2i

こういうのはたぶん大外れってこと。

俺の説もこの人の説もともに科学的なエビデンスはない自己研究見解だけどさ。

俺の見解のほうが事実と照らして説得力あると思わない?


このbigapple11さんの意見はたぶん、

痴漢に悩まされたことがある女性かにとって「スカッとする」説なのでこんなに支持されてトップに立ってるんだろうけど、

スカッとする説が正しいかと言うとそうでもなくて、願望バイアスがあるぶん外していくことの方が多いと思うよ。


ゲイいじめたりするのはもちろんよくないことで非難されるべきなんだけど、

非難されるべき人間の心の内訳と言うのはとかく「スカッとする」説明をされやすい。

でもスカッとすることと引き換えに原因を読み間違えると、現実問題解決は大きく遠のくと思う。



anond:20191108131916

失敗した…

漠然とお客さんにお金相談をしてしまった…。

伝えた後、指摘してもらって、お客さんの困った顔が目に浮かんでしまった。

本当に申し訳ないことをした…。

急に「本当はもっとお金欲しいけど、我慢して今までやってた。」なんて、

言葉にしてみれば、何故、最初相談してくれなかったと思う。

お客さんが優しかったらよかったけど本当に気をつけないと…。

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