2019-12-05

[] #81-1「AIムール」

現代人の車離れが語られて久しいけれど、未だ俺はそれを首肯できるだけの機会に恵まれていない。

個人的な実感と現実の間に、大した距離があるようには思えなかったからだ。

ちょっと目を放した隙に、近所のスーパーマーケットパーキングエリアになった。

さいころに遊んでいた空き地は、いつの間にか車を停めていいことになっている。

子供たちの溜まり場がなくなったと同時に、猫の安息の地もなくなった。

からすれば、金属の塊が突如として喚き散らし、日陰は不規則に動きだすのだから戦々恐々だろう。

運転手駐車場管理人にとって子供や猫は邪魔存在だろうが、こっちから言わせれば彼らこそ侵略者だ。

町中でPの文字を見ない日はなく、むしろその数は増えているようにすら見えた。

土地の隙間には駐車場ができて、そこには数台いつも構えている。

車離れなど気のせいだと言わんばかりだ。

まあ、それでも気のせいじゃないのだろう。

俺が知らないだけで、車離れの弊害も大局的にはあって、そのことを多分どこかの誰かは嘆いているに違いない。

世の中は流動的で、それは日々感じる表面的な変化とは別なんだと思う。

そして、俺の通う学校の周りでも、その“変化”は緩やかに起きようとしていた。

====

クラスでは最近教室の窓から見える工事現場を眺め、それについて他愛のない会話をするのが日常になっていた。

「外から見る限り、完成間近ってところか」

「ふむ、今年中には完成らしい」

最初はまた駐車場でも作るのかと思ったが、実際はかなり大掛かりな様子だった。

教室からかに聞こえた都会の喧騒は、ここ数ヶ月は工事の音ばかりだ。

学校とか、近隣の人たちはアレに文句言ったりしないのか?」

「我も気になって職員確認してみたが、どうやら既に話をつけているようだ」

クラスメートのウサクが言うには、最近うちの学校で“大きな支援”があったらしい。

目的出所は判明していないが、十中八九あの建物に関することだろうと。

「なるほどな、教材や備品が妙にグレードアップしたとは思ったが、そういうことだったか

そういえば食堂メニューも、現代的というか健康志向のものが増えてたな。

象印良品だとかニタニタ食堂にありそうな、意識の高い感じ。

「随分と手回しがいいというか、景気がいいというか。そこまでして建てて、いったい何をしたいんだろうな」

「それも調べてみたんだが……」

「いい、いい、言わなくて。自分で調べるから

そう言ってウサクの言葉を遮るも、実際は調べる気は全くなかった。

近くでやってるから無視できないってだけで、個人的にはあまり興味がない出来事だ。

自分たちの身近に、またどうでもいいものが出来たって程度の認識であり、その変化に強い肯定否定もない。

俺はそれを漠然と視界に入れるだけだ。

スポーツセンターも見えなくなったなあ……」

窓にもたれかかって、そこから風景をしげしげと眺める。

見えるのは、ほとんどあの建物だけだ。

スポーツセンター思い入れでもあるのか?」

美術風景画の授業がきたら、楽できなくなるなーって。描きやすそうだったろ、あのスポーツセンター

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                    • ≪ 前 『AIムール』は社内の事業を機械がほとんど担っている。 だからトラブルが発生した場合、その原因と是非は機械に求められるだろう。 ひとつの機械が起こした問題だとしても...

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