現代人の車離れが語られて久しいけれど、未だ俺はそれを首肯できるだけの機会に恵まれていない。
個人的な実感と現実の間に、大した距離があるようには思えなかったからだ。
ちょっと目を放した隙に、近所のスーパーマーケットはパーキングエリアになった。
小さいころに遊んでいた空き地は、いつの間にか車を停めていいことになっている。
子供たちの溜まり場がなくなったと同時に、猫の安息の地もなくなった。
猫からすれば、金属の塊が突如として喚き散らし、日陰は不規則に動きだすのだから戦々恐々だろう。
運転手や駐車場の管理人にとって子供や猫は邪魔な存在だろうが、こっちから言わせれば彼らこそ侵略者だ。
町中でPの文字を見ない日はなく、むしろその数は増えているようにすら見えた。
土地の隙間には駐車場ができて、そこには数台いつも構えている。
車離れなど気のせいだと言わんばかりだ。
まあ、それでも気のせいじゃないのだろう。
俺が知らないだけで、車離れの弊害も大局的にはあって、そのことを多分どこかの誰かは嘆いているに違いない。
世の中は流動的で、それは日々感じる表面的な変化とは別なんだと思う。
そして、俺の通う学校の周りでも、その“変化”は緩やかに起きようとしていた。
クラスでは最近、教室の窓から見える工事現場を眺め、それについて他愛のない会話をするのが日常になっていた。
「外から見る限り、完成間近ってところか」
「ふむ、今年中には完成らしい」
最初はまた駐車場でも作るのかと思ったが、実際はかなり大掛かりな様子だった。
教室から微かに聞こえた都会の喧騒は、ここ数ヶ月は工事の音ばかりだ。
「我も気になって職員に確認してみたが、どうやら既に話をつけているようだ」
クラスメートのウサクが言うには、最近うちの学校で“大きな支援”があったらしい。
目的や出所は判明していないが、十中八九あの建物に関することだろうと。
「なるほどな、教材や備品が妙にグレードアップしたとは思ったが、そういうことだったか」
そういえば食堂のメニューも、現代的というか健康志向のものが増えてたな。
「随分と手回しがいいというか、景気がいいというか。そこまでして建てて、いったい何をしたいんだろうな」
「それも調べてみたんだが……」
そう言ってウサクの言葉を遮るも、実際は調べる気は全くなかった。
近くでやってるから無視できないってだけで、個人的にはあまり興味がない出来事だ。
自分たちの身近に、またどうでもいいものが出来たって程度の認識であり、その変化に強い肯定も否定もない。
俺はそれを漠然と視界に入れるだけだ。
「スポーツセンターも見えなくなったなあ……」
「美術で風景画の授業がきたら、楽できなくなるなーって。描きやすそうだったろ、あのスポーツセンター」
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