2019-12-06

[] #81-2「AIムール」

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しかし、ひょんなことから、俺はあの建物に関心を持つ必要に迫られる。

数日後、職場体験カリキュラムがあったんだ。

体験できる職場複数存在し、生徒はそこから自由に選べる。

パトカーに真っ当な理由で乗りたくないかい? 警察なら、本物の銃を間近で見れるぞ」

初日体育館に様々な仕事代表者が集まって、各ブースで魅力をアピールしてくれる。

その中から俺たちは好きなものを選び、後日そこでの仕事体験するって具合だ。

ネット炎上して困ったことはないかい? 消防署で火の消し方を訓練しよう!」

特徴的なのは、各ブース担当者たちが放つ、圧倒的な熱量だ。

俺たち生徒との温度差によって、熱電発電可能な勢いである。

「我が社のスポンサードリンク飲んでみない? 病み付きになるよ!」

「いや、遠慮しときます……」

たくさんの希望者を集めようと、学生相手にどこも必死だ。

特に大手貪欲で、企業の非売品グッズで釣ろうとするところまである

「毎度のことながらよくやるよ、あの人たち」

「彼らにとってはこれも仕事からな」

昨今、人手不足を嘆く声は、いつもどこかしら聞こえてくる。

そんな中、有能かつ長く働いてくれる人材を確保することは大きな課題だ。

この職場体験は俺たちにとっては勿論、企業側にとっても意義のあるものなんだろう。

未来正社員候補学生の段階で吟味できるし、あわよくば唾をつけておける。

そうじゃなくても会社PRにはなるだろう。

まり、この学校の生徒たちは潜在的人材、或いは顧客なんだ。

授業の一環だとしか思っていない俺たちより前のめりなのは当然なのである

広告広告を、広告してみる仕事に興味はないかい? “え、これも広告だったの?”みたいな発見もたくさんあるよ!」

「どうやってエンジンが作られるか興味ないかい? エンジニア現代社会象徴だよ!」

それにつけても、そんな紹介の仕方でいいのかと思うようなところもチラホラ見受けられる。

しか教師たちは誰も止めようとしないあたり、あらかじめ“熱心な説得”でもしたのだろうか。

健気な話だが、そういう担当者たちの涙ぐましい努力とは裏腹に、俺たち生徒は残酷だ。

「やはり食品開発は人気があるなあ。その他の部署との格差がすごいことになってるぞ。一応、同じ会社なのに」

「関心のないものや、退屈なものは身になりにくい。あれも合理的判断だろう」

意識が高めの学校だが、それでも生徒は所詮ティーンエイジャーだ。

普段では体験できない、面白そうなところを選びたがる人間が大半である

「で、マスダはどれにするか決めた?」

「いいや。だがバイトでできそうな仕事は嫌だな。給料が出ないから損した気分になる」

「まあ、一通り見て回ってから考えよう」

そんな中、クラスメートタイナイと俺は未だ決めかねている状態だった。

「ほらほら! お前たちも早めに決めた方がいいぞ。選り好みをして結局は何も選べない、ってのは優柔不断の極みだ。そんな人間のもとに仕事や金は振ってこない」

クラスメートタイナイたちが決めかねていると、見かねた担任教師が囃し立ててきた。

この人は声量がでかいというか、体育会系のノリを若干引きずってるので苦手だ。

自分たちの将来に関わるかもしれないんですから、もう少し悩ませてくださいよ」

「それは結構だが、お前たちの悩みを世の中は待ってくれない! あまり時間をかけすぎると、“余り”しかなくなるぞ」

かにそれは困る。

この職場体験には、それぞれ参加人数に上限があるんだ。

希望者が多すぎると対応しきれないというのもあるが、何より不人気ブースに誰もいないという状況を避けるためでもある。

せっかく準備していたのに、それを活かせないのはコスト無駄だし、わざわざ学校に呼んでおいて希望ゼロでは角が立つ。

まあ、とどのつまり、有り体に言えば“忖度”ってやつだ。

「そのツケがこっちに回ってくるんだからホントいい迷惑だよ」

「でも先生の言うことも一理ある。前回みたいな石ころ売りは御免だ」

俺たちは体育館内を、走らない程度のスピードで見て回る。

どちらかの足は常に地面に設置している、いわゆる競歩スタイルだ。

「ん? なんだこれ……エーアイムール?」

「いや、“アイムール”って読むっぽい」

そうして目に留まったのが『AIムール』……“あの建物”に関するブースだった。

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記事への反応 -
  • 現代人の車離れが語られて久しいけれど、未だ俺はそれを首肯できるだけの機会に恵まれていない。 個人的な実感と現実の間に、大した距離があるようには思えなかったからだ。 ちょ...

  • ≪ 前 ブースに近づくと、担当らしき人物が俺たちに声をかけてきた。 「『AIムール』に興味がおありですか?」 「うわっ、びっくりした!」 「俺は、お前の“びっくりした”って声...

    • ≪ 前 そうして、俺たちは職場体験先を『AIムール』に決めた。 パンフレットを読むのに時間をかけすぎて、他の候補先を選ぶ余裕がなかったからだ。 まあ体験内容も楽そうだし、出...

      • ≪ 前 「ここが皆さんの部署です」 部署はクラス毎に分けられ、俺たちは開発課を任された。 「わー、すごい……」 「本当にAI中心で働いているんだな」 そこでは十数体のアンドロ...

        • ≪ 前 「エーゼロワン、異常はない?」 「はい、エーゼロワン、異常ありません」 「はいはい、異常なし……っと」 翌日の仕事に慣れてきたこともあって、あっという間に終わった...

          • ≪ 前 リーダーに後ろから近づく。 まさかとは思っていたが、やっぱりだ。 至近距離で見てみると、その大きさがますます分かる。 アメフト選手と相撲レスラーを足して、2で割らな...

            • ≪ 前 「気になったんだが、ムカイさんはどういう経緯でこの部署のリーダーに?」 「タントウを名乗る人間にリーダーを任命された」 イントネーションが独特だが、「タントウ」っ...

              • ≪ 前 「あー……」 カジマたちも発言が不用意だったことに気づいたようだ。 さっきまで滑らかだった口は途端に摩擦を失い、みんな不規則にキョロキョロしだす。 「どこを見てる...

                • ≪ 前 機械のやることは労働じゃないのだから、労基を守る必要もないってことだ。 それは労働力を搾取される社員を機械に置き換えているだけともいえたが、この会社は、この社会は...

                  • ≪ 前 『AIムール』は社内の事業を機械がほとんど担っている。 だからトラブルが発生した場合、その原因と是非は機械に求められるだろう。 ひとつの機械が起こした問題だとしても...

                    • ≪ 前 「担当者と話したいなら、内線で呼ぼう」 ムカイさんを宥めながら、俺はクラスメートのタイナイに目配せをした。 「あ……ああ、分かった。呼んでくるよ」 しかし、タイナ...

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